コンサルの引き出し・・・和田創ブログ(工事中)


だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

何事も挑戦は大変・・・

チャレンジしたいニュービジネスについて、これまでもやもやしていた思い、ぼんやりしていた考えが固まりつつあります。
私が不得手なデジタル・ハイテク分野ですので、楽しみよりも苦しみのほうが大きい時期が長らく続きました。
途中、幾度も気持ちで負けそうになりました。
何事も挑戦は大変です。

私自身がようやく事業のイメージを思い浮かべられるところまでたどり着きました(時間がかかりすぎ)。

暑さが収まったら、普段の仕事をこなしながら徐々に準備を進めていきます。
年内に立ち上げるのはスケジュール的に厳しいかもしれません。

秋口から具体的な企画作業に入りたいと思っていますが、どうなりますか・・・。

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台風10号、東北横断か・・・気まぐれ進路

65歳の私が記憶する範囲では初めてです。
9〜11号の3つの台風がほぼ同時に、近い海域で団子みたいに発生しました。
気象庁による予想進路がクロスしており、ごちゃごちゃでした。

とくに気まぐれなのが台風10号です。
発生後、南西の方向にずっと進むのは珍しい。
しかも、その後に何日か止まり、いまは折り返してブーメランのように戻っています。
これほどの迷走も記憶にありません。

台風10号は2〜3日前まで東海か関東に上陸すると考えられていました。
しかし、どうやら東北の太平洋側と日本海側を横断するようです。
(現在でも進路は正確につかめません。)
台風が本州の関東以西(以南)を経由することなく東北に迂回することはきわめて珍しい。
どうやら宮城県か福島県になります。

インターネットで調べたところ、東北への直接上陸は観測史上初でした。
台風は通常、北東の方向に進みますので、おもに九州や四国、東海に上陸します。

台風10号には「ライオンロック(獅子山)」という勇ましい名称が与えられています。
幸い、私が暮らす横浜への直撃は避けられました。
ですが、発生後かなりの日数が経っているにもかかわらず、強い勢力を保っています。
進路に当たる海域の温度が高かったためです。

台風10号は次第に衰えていくはずです。
それでも猛威を振るう恐れがあります。
なかでも豪雨による被害は侮れません。

関東北部から北海道にかけては先日の台風9号などの影響で雨量が増え、地盤が緩んでいます。
大規模な土砂災害や河川氾濫が起きやすい状況にあります。
また、海面の高い時期と重なります(不確か)。
東日本大震災で地盤が沈下した海岸線も危ないとか・・・。

台風10号が近づくにつれ、各地で避難勧告などが出されるでしょう。
「備えを済ませ、いざというときには素早い避難を心がける」。
これに尽きます。

◆書き加え(8月28日)

この記事は日曜日の午前中に書きました。
午後11時に予想進路が変わっていました。
鋭く曲がって東北を横断することはなさそうです。
この先もどんどん変わっていくでしょう。

つねに最新の気象情報に接してください。

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吉田沙保里と伊調馨、現役か引退か

リオデジャネイロ五輪、レスリング女子フリースタイル。
53キロ級の決勝で33歳の吉田沙保里が米国のヘレン・マルーリスに敗れました。
これにより個人戦の連勝が 206で止まり、五輪と世界選手権を合わせた連続世界一が16大会で途切れました。

吉田沙保里は栄和人チームリーダーと「金メダルで引退」と決めて出場しました。
また、32歳の伊調馨と「五輪4連覇」の偉業を一緒に叶えたいと願って出場しました。

しかし、決勝は絶対女王が最後まで得意のタックルにいけない完敗でした。
ファンだけでなく関係者にも衝撃が広がりました。
日本レスリング協会の福田富昭会長は「積極的でなく、初めて彼女のああいう試合を目の当たりにして戸惑っている」と語りました。

吉田沙保里はここまで「父に金メダルを届けたい」との思いを最大のモチベーションとしてきました。
リオ五輪が近づくにつれ、周囲の期待も増していきました。
しかし、体の衰えと若手の突きあげを感じ、重圧に苦しんでいました。
それが不眠や病気などの体調不良を引き起こしたのでしょうか。

吉田沙保里は長らく、図抜けた強さと明るい性格で女子レスリング界を引っ張ってきました。
とくに本大会の代表チームではあらゆる面で先頭に立ちました。
若手が金メダルラッシュに沸いたのは彼女がいたからこそでした。

吉田沙保里は今後の身の振り方に関心が集まっています。
彼女の母校、至学館大学(旧・中京女子大学)の監督も務める栄和人は、11月の新体制で女子日本代表コーチの就任を打診することを明らかにしました。
リオ五輪では初戦から二人で「最後」と話していたとか。
とはいえ、「コーチをしながら東京五輪を目指すかどうかを考えればいい」と気遣い、あくまで本人の意思を尊重するつもりです。

至学館大学はリオ五輪代表6人を学生とOBで独占しました。
谷岡郁子理事長(学長)は、栄監督を指揮者、吉田沙保里をコンサートマスターにたとえ、監督の力だけではここまで強くならなかったと語りました。
吉田沙保里が望むなら、ふさわしいポストを用意するようです。

伊調馨も今後の身の振り方に関心が集まっています。
本人は「後進に道を譲りたい」「五輪はいい節目」、試合後に「せっかく身につけた技術なので伝えていきたい」などと語ってきました。

日本レスリング協会は二人の功績をたたえながらも、4年後の東京五輪を見据えて代表の若返りを図る方針です。
したがって、二人が選考会で勝ったとしても、2017、2018年の世界選手権に派遣されることはありません。
このまま現役を引退するかもしれません。

そうであれば、指導者として豊かな経験と実績を生かしてほしいと思います。

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荒井広宙、進路妨害と五輪競歩初メダル

リオデジャネイロ五輪、陸上競技男子50km競歩で荒井広宙(あらい・ひろおき)が3時間41分24秒で3番目にゴールしました。
史上初となるオリンピックメダル獲得の瞬間です。
日本の競歩選手が初出場した1936年ベルリン五輪以来の悲願が叶いました。

荒井広宙は有力選手さえ脱落する炎天下の耐久レースを終始、冷静に歩きました。
他の選手の無理な飛び出しに追随せず、マークする相手を状況に応じて柔軟に変えました。
40km手前では5人でトップ集団を形成しました。
やがて単独3位で歩き、メダルに近づきました。

しかし、最終盤でカナダのエバン・ダンフィーに追い越されました。
そこで勝負をかけ、問題となった接触シーンで抜き返しました。
ゴール直後にカナダが進路妨害と抗議し、審判長が荒井広宙を失格と裁定して銅メダルをはく奪しました。
日本は「不可抗力の接触で、むしろカナダ選手の肘が先に当たっている」と主張し、国際陸連に上訴しました。
これが認められ、荒井広宙は銅メダルが確定しました。

ダンフィーは荒井広宙に抜き返された際に2〜3歩よろけて両手を広げ、進路妨害をアピールする素振りを見せました。
(なんとわざとらしい演技でしょう。)
腕の振りが大きい競歩では選手同士の接触はつきものです。
実況放送を見ていた私は抗議にも裁定にも呆れました。
注目映像が世界に拡散する時代に、こんな言い分が通るはずがありません。
その後、慌てたダンフィーは声明を発表し、判定結果を受け入れる考えを示しました。

非がダンフィーにあるのは明白です。
銅メダル争いに敗れそうな荒井広宙に幅寄せを行い、肘鉄を食わせる進路妨害に出ました。
(私よりせこいです。)
スポーツマンシップに反するこの選手がなぜ失格にならなかったのでしょうか。
2020年東京五輪に出てきたらブーイングで迎えてあげましょう。

荒井広宙は学生の頃から長く内田隆幸コーチのもとに住み込み、地道に固めた完成度の高い「歩型」が一番の財産になりました。
4時間近いサバイバルレースでも最後までフォームが崩れることはありませんでした。
快挙というより偉業を成し遂げたにもかかわらず、「日本の競歩をつくってくれた先輩たちに少しは恩返しができた」と控えめに喜びました。
(控えめなところは私にそっくりです。)

日本の競歩のレベルが世界のトップに追いつきました。
もともと他の種目に比べて身体的な素質に頼る部分が低く、日本人向きとされてきました。
所属の枠を越え、競歩界が一体になって取り組んできた強化策が実り、世界で戦える選手を輩出するようになりました。
医療や科学の力も借り、暑熱対策も徹底して行ったそうです。
しかし、本大会ではもう一つの目標だった複数入賞は果たせませんでした。

東京五輪では複数メダル獲得を目指してください。
きっと実現できます。

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井村雅代コーチ、日本シンクロ再生の手腕

シンクロナイズドスイミングはオリンピックの正式種目になって以来、日本のお家芸とされてきました。

しかし、井村雅代(いむら・まさよ)ヘッドコーチが2004年アテネ五輪後に中国代表コーチへ移ると、どんどんレベルが落ちました。
中国は2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪で連続してメダルを獲得する大躍進を見せました。

それに対し、日本はロンドン五輪でデュエット、チームともに5位に終わり、初めてメダルを逃しました。
井村雅代の突出した選手育成の手腕がはっきりと証明される結果になりました。
そこで、日本は2014年に井村雅代に再生を託することにしました。

さて、リオデジャネイロ五輪、シンクロナイズドスイミング。
デュエットのフリールーティンの決勝で日本は25歳の乾友紀子(いぬい・ゆきこ)・22歳の三井梨紗子(みつい・りさこ)ペアが合計で銅メダルに輝きました。
テクニカルルーティンで3位のウクライナに僅差の4位につけており、何とか引っ繰り返しました。
北京五輪以来、2大会ぶりに表彰台に上りました。

井村雅代は8月16日が誕生日でしたので、最高のプレゼントになりました。
3人で肩を抱き合い、涙を流して喜びました。

また、8人チームのフリールーティンで日本は合計で銅メダルに輝きました。
テクニカルルーティンで4位のウクライナに僅差の3位に立っており、何とか守り抜きました。
といっても、デュエットもそうでしたが、練習で培ってきたすべてを出し切る攻めの演技です。
アテネ五輪以来、3大会ぶりに表彰台に上りました。

日本のシンクロの短期間での再生を可能にしたのが、井村雅代の代名詞となったスパルタ式の猛特訓です。
食べる、寝る、トイレ以外は練習、正月以外は練習で、時間が長いだけでなく中身も濃いとのこと。
つらさに耐えられずに選手が泣き出したり、代表候補が離脱したりしました。

しかし、厳しさだけではだれもついていくはずがありません。
選手にどうしてもメダルを獲らせてあげたいという熱さと温かさが根っこにありました。
それを信じ、地獄の練習についていった選手だけが表彰台に上れるのでしょう。

リオ五輪で日本のシンクロは復活を果たしました。
それでも2位の中国、1位のロシアとはかなりの差があります。
銀メダル、金メダルを手にするのは至難です。
ここから上に行くには、さらに科学的・技術的なアプローチが欠かせません。

1950年生まれの井村雅代は2020年東京五輪で70歳に達します。
そこでの成績がコーチ人生の集大成になるのでないでしょうか。

◇◆◇

井村雅代に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年8月24日「井村雅代をヘッドコーチに…リオ五輪シンクロ立て直し」はこちら。

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川井梨紗子、伊調馨を倒して東京五輪へ

リオデジャネイロ五輪、レスリング女子フリースタイル63キロ級の決勝で21歳の川井梨紗子(かわい・りさこ)がベラルーシのマリア・ママシュクを6−0で下しました。
相手が攻め込む機会をほぼ与えない完勝でした。
初出場の五輪で金メダルに輝きました。
この階級では日本勢が4大会連続で金メダルをつかみました。

前日に日本勢は3人全員が金メダルを獲りました。
川井梨紗子はそれを見て、自分も絶対に欲しいと決勝に臨んだそうです。
終了直後、栄和人チームリーダーを投げ飛ばし、感謝の気持ちを表しました。

川井梨紗子は初戦から攻めつづけていました。
私は、ポイント差があるのだがら体力を残してほしいと思ったくらいです。
猛烈な攻撃性です。
試合後のインタビューで「ずっと攻めつづけるのが、自分が教えてもらったレスリングです」と答えました。

ところで、川井梨紗子がリオ五輪に出場するまでには大きな決断を要しました。
階級変更にともなって選んだ58キロ級に伊調馨がいました。
五輪4連覇のかかる絶対王者が従来の63キロ級から最適な58キロ級に下げたのです。

栄和人は川井梨紗子が伊調馨に次ぐ実力者と認めていて、階級を63キロ級に上げるように奨めました。
川井梨紗子は周囲の説得も受け入れて2015年6月の全日本選抜で優勝を飾り、同9月の世界選手権で準優勝を果たし、五輪代表に決まりました。

川井梨紗子は伊調馨との戦いから逃げたわけでありません。
負けん気が恐ろしく強く、金メダルを獲得した後に「63キロ級は終わり。58キロ級に戻す」と語り、伊調馨を倒して東京五輪に出ると言い放ちました。
63キロ級での出場がよほどの屈辱だったようで、絶対王者に挑戦状を突きつけました。
栄和人によれば、タックルの鋭さは吉田沙保里、防御のしぶとさは伊調馨、駆け引きのうまさは登坂絵莉に近づいているそうです。
ならば、滅茶苦茶強くなります。

女子レスリングは2004年アテネ五輪で競技種目になって以来、日本のお家芸となりました。
2012年ロンドン五輪で4階級中の3階級を制しました。
リオ五輪で6階級になり、これまで以上の成果が求められていました。
日本勢は金メダル4個、銀メダル1個なので立派です。

余談ですが、リオ五輪代表は全員、至学館大学(旧・中京女子大学)とか。
吉田沙保里、伊調馨、渡利璃穏、登坂絵莉の卒業生4人、川井梨紗子と同じく4年生の土性沙羅。
オリンピックでよく肩車される栄和人は同大学レスリング部監督です。

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体操男子種目別は惨敗、スペシャリスト育成を!

日本は2020年東京五輪で多くのメダル獲得数を目標に掲げるはずです。
(非公式だと思われますが、すでに関係者から金メダル30個、メダル合計80個など、かなりの数字が示されています。)

私はリオデジャネイロ五輪の体操男子を見て、種目別での活躍がほとんどなくなったことにさみしさを覚えました。
「惨敗」はいいすぎとしても「不振」といえるのでないでしょうか。

個人総合での優勝は日本の伝統かもしれません。
が、それは近年では「内村航平」によりもたらされた幸運であり、体操界は彼に頼りすぎです。

私は種目別のスペシャリストの育成にもっと力を入れるべきだと思いました。
また、そうでなくては日本のメダル獲得数も伸ばせません。

次世代のゼネラリスト、とくにスーパースターが出現する土壌はそこにあるはずです。
体操選手のすそ野を広げないと、「体操日本」の真の復活はないでしょう。

ここまでを振り返り、内村航平の存在が個人総合の水準どころか次元を高めました。
絶頂期の彼がそうだったように、オールラウンドのスペシャリストでないと個人総合で勝利を収められない時代に変わりつつあります。

日本の伝統を守るためにもスペシャリストの育成を重んじるべきです。

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なんでそこにおるねん・・・ウサイン・ボルト

リオデジャネイロ五輪、陸上男子400mリレーの決勝。
私は、最終バトンを受けたジャマイカのウサイン・ボルトが横目で日本のケンブリッジ飛鳥を見て、「なんでそこにおるねん」みたいな驚きの表情をしている写真に吹き出しました。
結構、焦っています。

このシーンが日本のリレーチームの健闘をもっとも象徴的に伝えています。
いや〜、痛快! 痛快!

トラック種目での男子の銀メダル獲得は歴史的な快挙です。
(なお、ウサイン・ボルトはあまり関西弁が得意でありません。)

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オリンピックで勝つメンタルと運・・・日本選手

時代が変わり、4日間のお盆休みが9連休などの夏休みに変わりました。
年中無休で働く私にとり、デスクワークに打ち込める貴重な期間です。

しかし、私はもともと冬が好きで、しかも年を取るにつれてますます夏が苦手になり、つらくなってきました。
この時期に特有の蒸し暑さに耐えられません。
頑張らなければという気持ちは残っているのですが、集中力が高まらないのです。
もっとも重要となる、知的生産の詰めの作業を行えません。
今夏も仕事がはかどらず、自分にいら立ってきました。

言い訳になりますが、リオデジャネイロ五輪が行われていることも一因です。
デスクトップパソコンの画面の片隅で日本選手が活躍しそうな競技種目の放送を流していました。
いい加減な応援で申し訳ないですが、それでも手が止まり、見入ってしまうこともしばしばです。

かならずしも勝ち負けに対する興味やこだわりだけでありません。
アスリートたちが自らの限界に挑み、それを超えようとする姿に日常では味わえない感動を覚えるからです。
さらに、オリンピックの大舞台に立つまでの死に物狂いの努力にも思いが及びます。
それぞれにヒューマンなストーリーがあり、ドラマがあるはずです。
仕事が進まないのも当たり前ですね。

これは夏季五輪に限らず、冬季五輪でも同じです。
まして開催地の時差が大きいと睡眠不足と体調悪化に陥ります。
毎回、オリンピックが閉幕する頃にはへとへとになっています。
フィギュアスケート女子シングルの浅田真央のように実況放送を見るのが怖くなる選手さえいます。
(私は気の小さいファンですから!残念!!)

さて、私がいつも感じるのは世界大会、なかでも4年の一度のオリンピックで勝つことの大変さです。
金メダルの有力候補が事前の予想や大勢の期待を裏切り、肩を落としたり涙にくれたりする姿を目の当たりにしてきました。
こちらも胸を締めつけられます。

自分に重いプレッシャーや大きいストレスがかかる状況で、普段どおりの実力を発揮するのは恐ろしく難しいことなのでしょう。
世界トップクラスのアスリートは皆、並々ならぬ精神力を備えているはずですが、彼らにしてそうです。
勝負の世界は容赦ないですから、大舞台で緊張や力み、委縮からミスが出てしまってはメダルを獲ることができません。

かく言う私は過酷な機会や場面に身を投じた経験がありません。
65歳の今日まで、それにふさわしい能力に達したことがないからです。
しかし、思うところがありますので記します。

おそらく実力が僅差の選手同士では「運」を味方につけなければ金メダルを獲れません。
それには決勝などの大一番に臨むメンタルが大きく影響します。
選手は成績が認められ、自分が選ばれて五輪に出るからには「思い切り楽しむ」ことを第一にすべきでしょう。
そうでないと「運」が逃げていきます。

コーチなどの関係者、ファンなどの応援者への「恩返し」は結果であり、それを金メダル獲得のモチベーションまして原因にすることに、私はいささか違和感を覚えます。
自分が悲愴や悲痛になるばかりです。

オリンピックを観戦する都度、私は思います。
「勝つべくして勝つ。負けるべくして負ける」。
あるいは、「勝つ人は勝つ。負ける人は負ける」。
勝利の女神は、極限の状況でも心の余裕を持てる選手に対して微笑むのでないでしょうか。

こうすれば勝てるという、シンプルでストレートな「競技哲学」を築いていることが前提になります。
(例えば、「一番練習した人が一番強い」など、自分が納得できるならば何でもいいでしょう。)
後は本番で、それを実践した「己」を心の底から信じられるかどうかです。
負ける選手は結局、自分を信じられず、不安や恐怖に負けているように見受けられます。
そのうえで、「本番を思い切り楽しむ」という楽観性を持てるかどうかです。

金メダルに近いところにいながら金メダルを逃してしまう選手ほどライバルに敗れたわけでないでしょう。
敗因を明らかにするには、試合の分析でなく自己の分析、すなわち「内観」から始めるべきです。
案外、大舞台に立つ前に敗れています。

・・・4年後の2020年に東京五輪を迎えます。
日本は高いメダル獲得数、とくに金メダル獲得数を目標にしています。
私は、多くの日本選手が表彰台の頂点に立ち、会心の笑顔を見せてほしいと願っています。

◆書き加え(8月21日)

この原稿は次の東京五輪で一人でも多くの日本選手に表彰台に上ってほしくてまとめました。
それも、なるべく一番高いところに・・・。

私は、オリンピックはプレッシャーがかかるほうが力を出せる選手の集まりだと思っています。
にもかかわらず、メダル争いで力を出せずに敗れます。
とくに金メダルの有力候補がまま惨敗します。

長年、「なぜだろう」「どうすべきだろう」と考えてきました。

実際に戦うトップアスリート個人にとり、明確かつ具体的な答の一つ、もしくはヒントの一つになってくれればと思います。

ちなみに、私の仕事は経営者が表彰台に立てるようにすることです。
そのためにどうすべきか、評論家でなく当事者の立場で、寝ても覚めても、うだうだと考えています。

余談・・・。
選手を勝たせられるコーチと勝たせられないコーチがいます。
技術水準が高まった今日のオリンピックでは、コーチが選手のメンタルに踏み込めないと金メダルが逃げていきます。

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吉田沙保里、取り返しのつかない五輪敗因

リオデジャネイロ五輪、レスリング女子フリースタイル53キロ級の決勝で、吉田沙保里が米国のヘレン・マルーリスに敗れました。
私は嫌な予感があり、怖くて実況放送を見ることができませんでした。

結論を述べれば、女子レスリング界を背負い、さらに日本選手団を背負い、五輪4連覇をかけた試合に臨むことはあまりに過酷でした。
前日に伊調馨が成し遂げただけに、私は気の毒で仕方がありません。
「二人揃って」と、心から願っていました。

吉田沙保里は終了後のインタビューで「ごめんなさい。取り返しのつかないことになってしまった」と号泣しました。
私はこの言葉を聞いたとき、一人で背負い込んでいたものの大きさに思いが及び、胸が締めつけられました。

決勝の試合に即して考えれば、敗因は対戦相手に研究し尽くされたことでしょう。
しかし、マットの外部の悪条件のほうが敗北の主因でないでしょうか。

現役としてのピークを過ぎた吉田沙保里が消耗の激しい格闘技で五輪4連覇を成し遂げるという重圧と負担は凄まじかったはずです。
実際、病気や故障も抱えるようになっていました。
私は、それに対する周囲の配慮がいささか足りなかったと思います。

日本オリンピック委員会(JOC)は日本選手団の主将を依頼すべきでありません。
関係者は吉田沙保里に甘えすぎです。

振り返れば、吉田沙保里は練習に十分な時間を割けない状況に置かれていました。
2020年東京五輪招致の大使として、2012年ロンドン五輪後にレスリングが正式競技から外される危機では存続活動の顔として駆り出されました。
また、自ら進んで女子レスリングの人気向上のためにメディアに登場したりイベントに参加したりしていました。
さらに、精神面も含め、後輩の成長を促す役割を担いました。

吉田沙保里は昨年12月の全日本選手権以降は試合に出場しておらず、8か月ぶりの実戦が五輪本番になりました。
かなりの無理があったのです。
しかも、2014年に指導者の父が急逝し、「父がいない五輪は初めて」でした。

そんなこんなの背景や事情が重なり、「試合に出るのが怖い」「マットに上がるのが怖い」という気持ちを引きずっていたのでないでしょうか。

私は、偉業に挑む吉田沙保里がもうちょっと試合に集中できる環境を整えられなかったものかと残念でなりません。

4年に一度、世界のトップクラスが表彰台の頂点を目指してぶつかるオリンピックは勝敗が紙一重であり、どちらに転んでも不思議でありません。
が、この決勝では負けるべくして負けたように感じました。

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吉田沙保里は怖くて見られない・・・五輪4連覇

リオデジャネイロ五輪、レスリング女子フリースタイルの決勝。
53キロ級で五輪個人種目3連覇、33歳の吉田沙保里(よしだ・さおり)が米国のヘレン・マルーリスに1−4で敗れました。
五輪4連覇をかけて金メダルを目指しましたが、銀メダルに留まりました。
その場で泣き崩れ、うずくまったまま動けませんでした。
3連覇は55キロ級でしたが、リオ五輪から階級変更が行われました。

実は、前日に58キロ級で32歳の伊調馨(いちょう・かおり)が女子で初となる個人種目の五輪4連覇を成し遂げていました。
格闘技なのでその凄さが際立ちます。
私はとてもうれしかったのですが、同時にとても困りました。
それにより吉田沙保里に一段と大きなプレッシャーがかかるのでないかと案じました。

私自身はどちらかというと吉田沙保里よりも伊調馨のほうが好きです。
しかし、吉田沙保里が女子レスリング界で積みあげてきた実績、担ってきた役割、とくに果たしてきた貢献は絶大でした。
今日の興隆を中心になって築き、そして支えてきました。
文字どおり偉大な選手と断言できます。
だから、吉田沙保里にどうしても金メダルを獲らせてあげたかった・・・。
私が獲らせてあげられるわけでないのは承知ですが、そう強く念じていました。

吉田沙保里は年齢的な衰え、精神的な負担や疲労などで調子が上がっていないという噂(真偽は不明)も聞こえてきました。
私は試合が気になって仕方がありませんでしたが、もしも負けたらどうしよう、それどころか初戦敗退もありうるのでないかと嫌なことばかりが頭をよぎりました。
というわけで、私は怖くて吉田沙保里の試合を実況放送で見ることができませんでした。

午前5時半頃に結果がニュース速報で流れた後で映像を見ましたが、初戦から顔面が蒼白です。
まったく眠れなかったのか、それとも体調不良なのか・・・。

私の心配をよそに吉田沙保里は決勝まで1ポイントも与えず、順当に勝ちあがりました。
格の違いを見せつけたのは確かですが、相手を圧倒したわけでありません。
競技人生の総括になるかもしれない決勝では持ち前の爆発的な攻撃力を出せずに終わりました。
五輪4連覇に手が届くという緊張からなのか力みからなのか、スピードとキレも鈍っていました。

また、マルーリスは2015年世界選手権で55キロ級を制しており、たやすく勝てる相手でありません。
彼女は警告を与えられないために攻めの姿勢をつくりながら、守りを固めてポイントを奪われないようにしました。
とくに高速タックルの得意技を封じました。
吉田沙保里がじれて無理な攻めを仕かけてくるのを待っていたのでしょう。
対戦相手の徹底した研究と対策を踏まえ、巧みにポイントを奪いました。

スタンドでは吉田沙保里を姉のように慕う48キロ級優勝の登坂絵莉(とうさか・えり)が号泣していました。
選手としての成長は吉田沙保里なくしてありえず、二人揃って金メダルを獲ることを夢にしていました。
敗北を自分のことのように悔しがっています(この子はやさしい)。
あるいは、吉田沙保里の心中が痛いほど分かったのでしょうか。

勝者と敗者の対比は試合終了後のマットでも、表彰台でも、あまりに残酷でした。
涙が枯れるほど泣いたら、今後の身の振り方を考えてください。
お疲れさまでした。

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水谷隼、五輪メダルとガッツポーズ

リオデジャネイロ五輪、卓球男子団体の準決勝で日本はドイツを3−1で破り、決勝進出を決めました。
長らく五輪や世界選手権で決勝進出を阻まれてきた相手です。
ちなみに、2012年ロンドン五輪で日本は5位、ドイツは銅メダルでした。
この勝利により同種目としては史上初の銀メダル以上を確定させました。

日本は前夜、女子団体が準決勝でドイツに競り負けています。
男子団体は第1試合を落としましたが、その後の3試合を制しました。
その仇(かたき)も討ちました。
とくにシングルス銅メダルの水谷隼が2戦2勝と大暴れしました。
第2試合のティモ・ボルにこれまで歯が立ちませんでした。

ロンドン五輪で女子団体が史上初の銀メダルを獲りましたが、男子団体は準々決勝で涙を飲みました。
その悔しさも晴らせました。

さて、決勝で日本は中国に1−3で敗れました。
これで日本初のメダルは銀になりました。
中国は男女ともに3連覇を果たしました。

第1試合、丹羽孝希がシングルス金メダルの馬龍に0−3で敗れました。
第2試合、シングルス銅メダルの水谷隼が過去全敗だった許キンに3−2で勝ちました。
世界ランキングの格上を相手に2ゲームを奪いながら2ゲームを奪われました。
そして、最終ゲームでマッチポイントを握られましたが、そこから5連続ポイントを取って大金星を挙げました。
大舞台でこれまでの借りを返しました。
第3試合、ダブルスは吉村真晴・丹羽孝希組が許キン・張継科組に1−3で敗れました。
第4試合、吉村真晴が馬龍に0−3で敗れました。

日本は王者・中国の牙城を崩せず、悔しさが残りました。
しかし、表彰台に上った3選手の表情には充実感があふれていました。

リオ五輪の目標は個人(シングルス)と団体でのメダル獲得でしたが、どちらも成し遂げました。
女子ばかりに注がれていた目を男子にも向けさせることができました。

ところで、水谷隼の派手なガッツポーズが映し出され、何かと話題になっています。
両こぶしを握りながらコートに仰向けに倒れ込んで喜びを爆発させる例のスタイルです。
彼は「卓球のメジャースポーツ化」を掲げており、それこそ望むところです。
張本勲の喝に対して「戦場なので」と理解を求めました。

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登坂絵莉、伊調馨、土性沙羅、劇的逆転

リオデジャネイロ五輪、レスリング女子フリースタイルの決勝。
日本は3選手が土壇場で劇的な逆転勝利を収め、金メダルラッシュに沸きました。
私は、最後の最後まで試合を諦めず、絶体絶命のピンチを乗り切った精神力に圧倒されました。
気迫と執念がすさまじいです。

猛練習に裏付けられた体力と技術を含め、日本の女子は強さが際立ちます。
凄い!!!

48キロ級で初出場、世界選手権3連覇中、22歳の登坂絵莉(とうさか・えり)。
アゼルバイジャンのマリア・スタドニクを下しました。
終了間際に1−2でしたので、私は勝利がとおさかったと思いました。
が、相手の足を取り、背後に回って2ポイントを加え、3−2としました。
同時に終了のブザーが鳴りました。
「ここしかないと思って」と力を振り絞ったそうです。

登坂絵莉は富山県高岡市の出身です。
親父が生きていたら、この快挙に大騒ぎになったことでしょう。
ほんわかした雰囲気は実の妹(富山県滑川市在住)に近いです。
試合後の親友とのやり取りが放送されましたが、懐かしい富山なまりでした。

58キロ級で五輪個人種目3連覇、32歳の伊調馨(いちょう・かおり)。
3連覇は63キロ級でしたが、リオ五輪から階級変更が行われました。
ロシアのワレリア・コブロワゾロボワを下しました。
個人種目の五輪4連覇は全競技を通じて男子では4人が達成していますが、女子では最初の1人になりました。
私は、長らく女子レスリング界を一緒に引っ張ってきた33歳の吉田沙保里(よしだ・さおり)にもぜひ成し遂げてほしいです。

伊調馨は年明けに国際大会でモンゴルの若手選手にテクニカルフォール負けを喫しました。
13年ぶりの黒星で、連勝は 189でストップ。
この五輪では勝利にこだわり、慎重に戦っていました。
1―2から残り30秒、不利な体勢を入れ替えて背後に回り、足を抜いて2ポイントを加え、3−2としました。
残り5秒でしたので、私はいいちょうと叫びました。
「最後はお母さんが助けてくれた」と一昨年に急逝した最愛の母に語りかけました。
「これからは後輩たちが活躍していく時代」としており、リオ五輪で競技人生に一区切りつけるようです。

69キロ級で初出場、21歳の土性沙羅(どしょう・さら)。
ロシアのナタリア・ボロベワを下しました。
残り1分を切って0−2でしたので、私はどうしょうと案じていました。
終了間際にタックルを決めて2−2とし、ビッグポイントの数が相手を上回りました。

土性沙羅は先輩2人の勝負強さが乗り移ったかのようでした。
栄和人チームリーダーを軽々と肩車し、リングを一周しました。
重い階級で頑張りました。
(トップバッターの登坂絵莉も栄和人を肩車しましたが、重そうでした。)

3選手は準決勝までわりと余裕で勝ちを重ねていました。
強豪がそろう大舞台で余裕ということはないはずですが、落ち着いた試合運びからそう見えたのでしょう。
いずれも銀メダル以上を確定させていました。

レスリング女子フリースタイルは若い選手が登場し活躍しており、2020年東京五輪も大丈夫そうです。

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石川佳純投げキス、福原愛号泣・・・重圧からの解放

リオデジャネイロ五輪、卓球女子団体。
日本は、15歳の伊藤美誠(いとう・みま)、23歳の石川佳純(いしかわ・かすみ)、27歳の福原愛(ふくはら・あい)の3選手で臨みました。

その準決勝でドイツに2−3で敗れ、2大会連続の決勝進出を逃しました。
2012年ロンドン五輪では銀メダルを獲っていました。
第1試合の伊藤美誠が5ゲーム目の9−3から大逆転負けを喫しました。
これが響き、日本チームは最後まで勢いに乗れませんでした。
ダブルスとシングルスで敗れた福原愛は「敗因はすべて私」と声を震わせました。

今大会の目標だった「中国との対戦、銀メダル以上」が崩れました。
しかし、3選手は中1日で気持ちを入れ替えて3位決定戦に向かいました。
そして、シンガポールを3−1で下し、銅メダルをつかみました。

第1試合、キャプテンの福原愛がユ・モンユに2―3で敗れました。

第2試合、エースの石川佳純がフェン・ティアンウェイとのエース対決に3―0で勝ちました。
ロンドン五輪、シングルスの3位決定戦で0−3で敗れていました。
彼女は自分に2勝を課していました。
劣勢を跳ね返し、振り出しに・・・。

第3試合、ダブルスで福原愛、伊藤美誠組がユ、ジョウ・イーハン組に3−1で勝ちました。
福原愛は伊藤美誠に励ましと助言を与えつづけました。
後輩に準決勝での敗北を4年間引きずらせないと誓っていました。
次のシングルスでもコーチみたいでした。
これで銅メダルに王手・・・。

第4試合、伊藤美誠がフェンに3−0で勝ちました。
先輩がつくった流れに乗り、物おじせずに攻めました。
集中力が高まり勢いが増していくのがはっきりと分かりました。
かさにかかったときの強さは見事でした。
第5試合、石川佳純に出番は回りませんでした。

日本は男子団体に続き、初の男女メダルを成し遂げました。
勝利の瞬間、3選手は抱擁で喜びを爆発させました。
福原愛は顔を覆い、号泣です。
目と鼻まで真っ赤に染めました。

石川佳純はスタンドのファンにピースサインと投げキスを送りました。

初出場の伊藤美誠はスタンドの母親に親指を突き出しました。
五輪の怖さも味わったはずです。

4大会連続出場の福原愛はシングルスで初の4位となりました。
しかし、最年長でまとめ役という責任感に押しつぶされそうでした。

2大会連続出場の石川佳純はメダル狙いのシングルスの初戦(2回戦)で敗れていました。
しかし、自分を奮い立たせ、団体戦では負けなしでチームをけん引しました。

卓球女子への国民の期待が高まり、二人ともロンドン五輪よりはるかに大きなプレッシャーと戦っていました。
試合後に重圧から解き放たれ、安堵感に浸りました。
「足を引っ張ってばかり」「一番苦しいオリンピック」と振り返った福原愛の言葉がそれを物語っています。

リオ五輪での日本チームの頑張りに拍手を送ります。
お疲れさまでした。

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福原愛五輪川柳…卓球女子団体の感動

リオデジャネイロ五輪、卓球女子団体の3位決定戦は感動、感動、感動の連続でした。
私は仕事で疲れていましたが、起きていてよかったと心の底から思いました。
日本は素晴らしいチームワークと凄まじい気迫でシンガポールを圧倒しました。

人の表情はここまで変わるのでしょうか。
日本(第1試合)の悪い流れを断ち切り、嫌なムードを吹き飛ばした第2試合の石川佳純(いしかわ・かすみ)は鬼気迫るものがありました。
彼女は2012年ロンドン五輪、女子シングルスの3位決定戦でフェン・ティアンウェイに敗れていました。

第4試合の伊藤美誠(いとう・みま)が銅メダルを決めるとは驚きです。
日本は団体戦負けなしの石川佳純が第5試合に残っていました。
ところが、15歳が世界ランキング4位のフェン・ティアンウェイを寄せつけませんでした。
(シンガポールのエースは今大会で本調子でなかったのかもしれません。)

私は2020年東京五輪がとても楽しみです。
16歳の平野美宇(ひらの・みう)も大きく成長するはずですので、いまから卓球女子団体のメンバーはどうなるのだろうと心配するくらいです。
彼女は伊藤美誠と同い年生まれの同学年です。
ほかにも有望な選手が多いとか・・・。

ところで、日本が勝利を収めた後、福原愛が中国メディアに語りました。
私はその言葉にセンスを感じました。
五輪川柳と呼んでいいでしょう。

「銅の字を分解すれば金に同じ 福原愛」。

字余りが惜しいですが、名作の域に達しています、はい。

「銅の字を分解すれば同じ金 福原愛」。

キャプテンの福原愛はドイツとの準決勝でダブルス、シングルスともに敗れました。
エースの石川佳純が2勝を挙げましたが、それをカバーしきれませんでした。

福原愛は「敗因はすべて私にある」とし、自分の不甲斐なさを責めつづけました。

日本はロンドン五輪よりメダルの色を悪くしました。
しかし、無欲で獲れた前回の銀メダルと、獲りにいってつかんだ今回の銅メダルを単なる色で比べられません。
その価値も重みも違うはずです。

日本の卓球女子団体は東京五輪での栄光へ向け、すでに歩み出しました。

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タカマツペア…バトミントン悲願の金へ

いまから半世紀以上前の小学生時代、私がときどき楽しんだのがバドミントンでした。
家にラケットと羽根(シャトル)がありました。
私の相手はおもに父や母でしたが、大人同士ということも…。
バドミントンは日本古来の羽根突き(羽子板)よりたやすく、ラリーが長続きします。
戦後でしたので、西洋の雰囲気も好まれたのかもしれません。
ただし、スポーツでなく、気軽な遊びでした。

当時はときどき卓球も楽しみました。
こちらは競技性がいくらかあったように思います。
わりと熱くなったりしました。

ウィキペディアによれば、バドミントンは1992年バルセロナ五輪から、卓球は1988年ソウル五輪から正式競技になっています。
昔を知る私にはどちらもちょっぴり不思議です。

さて、リオデジャネイロ五輪、バドミントン女子ダブルスの準決勝で高橋礼華・松友美佐紀組(タカマツペア)が韓国ペアを下して銀メダル以上を確定させました。
日本勢の決勝進出は2大会連続です。

2012年ロンドン五輪では藤井瑞希・垣岩令佳組(フジカキペア)が中国ペアに敗れて銀メダルに終わりました。

タカマツペアは世界ランキング1位、優勝候補の筆頭とか。
日本バドミントン界にとり悲願の金メダルに手が届きそうです。
二人の最高の笑顔を見たいですね。

◆書き加え(8月19日)

決勝で高橋礼華・松友美佐紀組が世界ランキング6位のデンマークのリターユヒル・ペデルセン組を破り、日本バドミントン界初の金メダルを獲得しました。

私は余裕で勝てるのでないかと思っていましたが、試合が始まるとそうでありませんでした。
1ゲーム目を18−21の接戦で落としました。
しかし、2ゲーム目を修正して21−9の大差で制しました。
3ゲーム目を大ピンチから5連続ポイントを挙げて21−19の逆転で制しました。
16−19になったところで、私は負けたと思いました。
タカマツペアは猛烈な粘りを見せ、劇的な勝利を収めました。

高橋礼華は19−19で並んでからは記憶がないそうです。
それだけ試合に集中できていたのでしょう。

2人がペアを組んだのは仙台市の聖ウルスラ学院英智高で高橋礼華が2年生、松友美佐紀が1年生のときでした。
やがて松友美佐紀が好機をつくり、高橋礼華が豪快に決めるという役割分担が固まりました。
松友美佐紀は冷静さとセンス、高橋礼華は積極性とパワーが光ります。
柔と剛という理想の相性を備えたパートナーは結成10年目に最大の目標を叶えました。

タカマツペアは表彰台で君が代が流れると涙が止まらなくなりました。
金メダルの重みを感じながら、女子バドミントンの歴史つくった小椋久美子・潮田玲子組(オグシオペア)、末綱聡子・前田美順組(スエマエペア)、藤井瑞希・垣岩令佳組(フジカキペア)への思いと感謝を口にしました。
おめでとう!

2020年東京五輪でもタカマツペアはおおいに期待できそうです。

◆書き加え(8月20日)

松友美佐紀は1992年2月8日生まれの24歳。
高橋礼華は1990年4月19日生まれの26歳。

タカマツペアでは、同じ高校の1学年違いの後輩と先輩という関係が絶妙なコンビネーションを生んだ一因になっています。
適度に秩序が保たれ、なおかつ変な遠慮がありません。

私は決勝の映像を改めて見て、そもそもの攻撃性は松友美佐紀のほうが強いのでないかと思いました。
大胆に揺さぶり、ときに果敢に切り込む勝負師です。
性格もきつく、どんどんいきたがる?
高橋礼華の存在が大きいのでないでしょうか。

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白井健三は東京五輪エース、個人総合金へ

リオデジャネイロ五輪、体操男子種目別跳馬の決勝で19歳の白井健三が銅メダルをつかみました。
オリンピックで初めての個人メダルでした。
また、日本選手の表彰台は1984年ロサンゼルス五輪でともに銀メダルの森末慎二と具志堅幸司以来、32年ぶりでした。

白井健三は金メダルが確実視された種目別床運動での敗北から気持ちを立て直しました。
種目別跳馬の決勝は異なる2本の跳躍の平均得点を競います。
開き直り、一か八かの大勝負に出たとのこと。

1本目に「伸身ユルチェンコ3回半ひねり」に挑戦し、しかもほぼ成功させました。
従来の「シライ/キム・ヒフン」に半回転のひねりをさらに加える「シライ2」と呼べる新技であり、演技の難しさを示すDスコアが 6.4に高まります。
跳んだ本人が驚いていました。
演技の美しさを示すEスコアはもともと高い選手です。

2本目に難度(Dスコア)を抑え、完成度(Eスコア)を重んじました。
それが銅メダルを獲れた要因であり、銅メダルに留まった要因でもあります。

白井健三が金メダルをつかむには高難度のDスコアを2本そろえなければなりませんが、伸び代は十分に残しているように思います。

リオ五輪で白井健三は団体の跳馬と床運動で得点を稼ぎ、日本チームの金メダル獲得に大きく貢献しました。
種目別跳馬の終了後に「団体戦のメダルと違ったうれしさがある」「五輪はやりきった感や満足感でいっぱい」と語りました。

白井健三は2020年東京五輪を23歳で迎えます。
おそらく年齢的に最高のはず。
内村航平の後継者として、体操男子個人総合で金メダルに輝けるエースに成長しているのでないでしょうか。
私はそれを心から願っています。

◆書き加え(8月16日)

「シライ2」はシンプルゆえに美しさが引き立つ新技です。
これで着地が決まると美しさが一段と映えます。

どうなのでしょう、Dスコアはもうちょっと高くてもいいように感じます。

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白井健三、金メダル当然のプレッシャー

リオデジャネイロ五輪、体操男子種目別床運動の決勝で金最有力の白井健三は4位 個人総合金の内村航平は5位に終わりました。

19歳の白井健三は2013年、2015年の世界選手権を制しました。
しかし、予選では精彩を欠きました。
団体戦では一人16点超えの高得点を叩き出し、日本を金メダルへ導く活躍を見せました。

個人戦では着地が2度も大きく乱れ、得点が伸びませんでした。
とくに1度は尻もちをつきそうでした。
強心臓の演技がすっかり失われていました。
応援席の両親に向けて「ごめん」と手を合わせました。

白井健三は床運動で優勝の絶対的な本命とされていました。
オリンピックで「金メダルが当然」というプレッシャーに押しつぶされた格好です。
自ら「心の小ささが出た」と、悔しさを語りました。
兄貴のように見守ってきた内村航平は「あいつも人間だったな」と、4年に1度のオリンピックの怖さを語りました。
いわゆる五輪に棲む魔物。

白井健三は団体金獲得からメンタルの持続が難しかったそうです。
2020年東京五輪へ向けて課題もあぶり出されました。
まだ、団体戦で高得点を出した種目別跳馬が残っています。
床運動での悔しさを晴らす演技を見せてほしいと思います。
金メダルの可能性もあります。

なお、内村航平は個人総合決勝で大逆転をかけた最終種目の鉄棒の演技中に腰を痛めました。
しかし、それを押して出場しました。
ラインオーバーのミスがあり、得点が伸びませんでした。
けがの影響でしょうか。
しばらく体と心を休めてください。

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ひねり王子、バランス感覚の狂い

リオデジャネイロ五輪、体操男子種目別床運動の決勝。

白井健三は「ひねり王子」の異名を取ります。
ミスが出なければ金メダルは固いところです。

しかし、二人で表彰台に上りたいと強行出場した内村航平は得点が振るわず、メダル圏外へ。
結果、白井健三はこの種目に対する大勢の期待を一人で背負うことになりました。

プレッシャーによる力みからか空中のバランス感覚が狂い、着地をほとんど決められませんでした。
メンタルな要素が演技の出来を著しく左右します。

苦い経験を今後の成長に生かしてほしいと思います。

◆書き加え(8月16日)

着地の乱れは、ラインオーバーによる減点の恐れから跳躍が小さくなったことも原因のようです。
目の前で内村航平がこのミスを犯しています。

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錦織圭の勝利を諦める・・・五輪テニス

リオデジャネイロ五輪、テニス男子シングルスの3位決定戦で錦織圭(にしこり・けい)がスペインのラファエル・ナダルを下し、銅メダルをつかみました。
熊谷一弥(くまがい・いちや)が1920年アントワープ五輪で銀メダル2個を獲っています。
それ以来、実に96年ぶりの快挙となりました。

錦織圭は好調で、第1セットは6−2で制しました。
第2セットは5−2でサービスゲームを迎えましたが、そこで決められず、流れが変わりました。
ナダルが踏み止まり、調子を取り戻しました。
そして、6−7で落としました。

私はこの時点で錦織圭の勝利をほぼ諦めました。
世界ランキングは錦織圭が7位、ナダルは5位です。
しかも、過去の対戦成績は1勝9敗であり、苦手としていました。
ナダルはリオ五輪の男子ダブルス、2008年北京五輪の男子シングルスで金メダルを獲っています。
大舞台での実績が十分の難敵です。

しかし、錦織圭は第3セット(ファイナルセット)は第4ゲームをブレイクし、その勢いを手放さずに6−3で制しました。
短い休憩でよくぞ立て直したと思います。

錦織圭は粘り強い戦いぶりが光りました。
とくに準々決勝では3本のマッチポイントを握られる崖っぷちから逆転し、自身初のベスト4(準決勝)進出を決めていました。

東京五輪で金メダルを期待したくなります。

◆書き加え(8月16日)

錦織圭のトイレットブレイク(トイレ休憩)が長かったことが物議を醸しています。
おもにナダルを応援するファンなどからです。
先に戻ったナダルがしびれを切らして審判にクレームをつけました。
調子が出てきた本人は明らかにいらついていました。
観客もかなり遅れて戻ってきた錦織圭にブーイングを浴びせました。

通常5分の休憩が今回12分に延びた理由はどうやら2つです。
第1に、係員に誘導されたトイレが遠かったこと。
第2に、着替えなどを行っていたこと。

トイレ休憩を境に、錦織圭は相手に傾いた流れをもう一度、自分に引き戻して勝利を収めたのは確かです。
しかし、それは悪意でもなければ、まして作戦でもなかったようです。

スペインなど海外でなされている「錦織圭はフェアでない」という批判はおそらく当たっていません。

ナダルは終了時の握手では憮然としているように見えましたが、試合後のインタビューでは錦織圭の出来をたたえています。
冷静になったのか、大人の対応でした。

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日本メダル獲得数…リオ五輪と東京五輪

ヤフーにリオデジャネイロ五輪における日本のメダル獲得数が表示されています。
その都度、更新されているはずです。

13日の深夜の時点で金メダルが7個、銀メダルが3個、銅メダルが14個です。
この数字が予定というか目標と比べて多いのか少ないのか、私は知りません。
しかし、なかなか立派な成果のように思えます。
その理由も分かっていませんが、関係者は2020年東京五輪に向けて手ごたえを感じているのでないでしょうか。

オリンピックは後半に差しかかりました。
日本がどれくらいメダル獲得数を上積みできるか楽しみです。
それにより東京五輪メダル獲得数もぼんやりと見えてきます。

とても難しいのは、世代交代が必要な得意種目ですね。
自国開催とあれば、出場にこだわるベテラン選手が出てきて当然です。

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内村航平、31歳の東京五輪出場

リオデジャネイロ五輪、体操男子個人総合で内村航平が最終種目の鉄棒で奇跡を起こし、2012年ロンドン五輪に続いて金メダルに輝きました。
1968年メキシコ五輪と1972年ミュンヘン五輪の加藤沢男以来、44年ぶりの2連覇を成し遂げました。

決勝は内村航平と予選を1位で通過したウクライナのオレグ・ベルニャエフの高次元の一騎打ちになりました。
内村航平は難度と美しさの調和を目指します。
かたや、ベルニャエフは難度の高さで得点を上積みします。

内村航平は床運動、あん馬、つり輪、跳馬と安定した演技を重ねました。
平行棒はベルニャエフの高得点を意識したせいか、力みから着地がやや乱れました。
そのベルニャエフは素晴らしい演技を続け、5種目を終えた時点で 0.901点の差をつけました。
逆転は不可能と思われました。

内村航平は最終種目の鉄棒で離れ業を成功させるなど完璧な演技で、着地も吸いつくようにぴたりと決めました。
すべてが美しかった!
最後のベルニャエフは着地がやや乱れ、内村航平が 0.099点の小差で上回りました。
結果として、着地を止められたかどうかで勝敗が分かれました。

決勝は互いにほぼミスがなく、全力を出し切る名勝負になりました。
内村航平は体操界の「絶対王者」「キング」と呼ばれてきた強さを土壇場で改めて見せつけました。

内村弘平はリオ五輪で一番の目標としていた団体金メダルを叶え、モチベーションを保つのが難しかったようです。
燃えつき感、そして予選と団体で蓄積した疲労をはねのけた精神力に、私は敬意を表します。
「疲れ切りました。もう何も出ないところまで出し切って、うれしいというより幸せですね」と語った表情に実感がこもっていました。

内村航平は世界選手権6連覇と合わせ、個人総合で世界大会8連覇を果たしました。
その過程で体操界に進化を促し、個人総合のレベルを劇的に引きあげました。
「うれしいです、自分がやらなくていいですから」と喜びました。
若い選手に対し、自分が築いた「個人総合の日本」の伝統を守ってほしいとも語りました。

2020年には生まれ育った日本で東京五輪が行われます。
アスリートで自国開催のオリンピックに出場できる選手は多くありません。
本人はそこにこだわるとしながらも、31歳に達します。
ゆっくり休んだうえで考えたいとのこと。
種目を絞ることになるでしょう。

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内村航平・・・悲願の団体金メダル

リオデジャネイロ五輪、体操男子団体は日本が2004年アテネ五輪以来3大会ぶりに優勝しました。
1960〜70年代の5連覇と合わせ、この種目では通算7度目になります。

決勝は8チームが進出し、メンバー5人のうちいずれか3人が6種目の演技を行って合計得点を競います。
日本は2012年ロンドン五輪個人総合金メダルの内村航平を軸にし、加藤凌平、山室光史、田中佑典、白井健三が加わるという強力な布陣で臨みました。
しかし、予選は内村航平などに大きなミスが出て4位でした。

さて、3連覇を狙った中国は演技にミスが相次ぎ、日本は同じ種目順のロシアと金メダルを争う展開になりました。
牽引力となったのは安定した演技を見せた内村航平、そして得意の跳馬と床運動で躍動した19歳の白井健三でしょう。

,△麈呂鉢△弔衫悗浪燭箸しのぎ、勢いに乗りました。
D掲呂脇眤執卻燭版魄羞鮖阿高得点を出し、5位から2位に上がりました。
な森塰世牢萎な演技でロシアと差を縮めました。
ヅ緩世呂修譴曚匹離潺垢發覆、日本が僅差で首位に立ちました。
床運動は白井健三が難しい技をすべて成功させ、素晴らしい得点を叩き出しました。
ここで金メダルはほぼ決まり。
27歳の内村航平は、日本が自分を軸に戦える最後の五輪団体戦と考えたのか、全種目に出場しました。
体力は限界に達していましたが、気力を振り絞って着地を止めました。
日本は 274.094点で、ロシアに 2.641点差をつける完勝でした。

内村航平がこの競技に魅了されたのは高校1年、アテネ五輪の日本の体操男子団体の演技でした。
例の「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」の名実況で放送された日本の勝利を決定づけるシーン。
それ以降「体操の魅力を多くの人に知ってもらいたい」との思いを抱き、そのために五輪の金、とりわけ団体の金にこだわりました。
しかし、19歳で挑んだ2008年北京五輪は個人総合と団体ともに銀メダルに甘んじ、エースとして挑んだロンドン五輪は気負いのせいかミスが相次いで団体で再び銀メダルに終わりました。

・・・団体金メダルは内村航平の悲願でした。
あらかじめ若い選手に対して2020年東京五輪を見据えるように注文をつけていました。
その意図どおり、この大会で「体操ニッポン」の座を取り戻す道筋をつけました。
また、単に勝つだけでなく、内村航平の「美しい体操は大勢を感動させられる」とのこだわりを現実に示しました。

私は、内村航平がリーダーシップを発揮し、チームをまとめ、メンバーの力を引き出したことが最大の勝因だと考えています。
君が代を歌い終え、笑顔が弾けました。
そして、インタビューに「金メダルはめちゃめちゃ重たい。僕たちの頑張りというものも入っているので、重さが倍以上に感じる」と答えました。
この頑張りこそ、内村航平が求めてやまなかった日本のチーム力、そして団体戦の醍醐味でないでしょうか。

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冴えわたる福原愛・・・別人の強さ

リオデジャネイロ五輪、卓球女子シングルスの福原愛の戦いぶりが冴えわたっています。
持ち前の気迫があふれ、しかも恐ろしいほど冷静です。
緩急自在のプレー、勝負どころでの畳みかけは圧巻であり、隙を見せません。
失礼ながら、別人になったかのような覚醒・・・。

大接戦が予想された準々決勝では、世界ランキング4位で2012年ロンドン五輪銅メダル、シンガポールのフォン・ティエンウェイをまったく寄せつけませんでした。
3回戦(初戦)、4回戦に続いて3試合連続のストレート勝ちを収めました。
これまで1ゲームも奪われず、オリンピック(シングル)で自身初となる準決勝進出(ベスト4)を決めました。

4度目の五輪という精神的なゆとりが関係しているのかもしれませんが、何より競技に打ち込む本気度が大幅に高まったのでないでしょうか。
私はインタビューでの受け答えを聞き、福原愛は立派な大人になったとつくづく思いました。
「泣き虫愛ちゃん」のイメージがすっかり消えました。

準決勝は世界ランキング5位でロンドン五輪金メダル、中国の李暁霞とぶつかります。
福原愛はこの大会に世界ランキング8位で臨みましたが、格上の選手を破って表彰台に立っても不思議でない出来です。
私は、いまの集中力と勢いを保てるなら、頂点さえも狙えると考えています。

応援しています。

◆書き加え1(8月10日)

福原愛が中国の李暁霞との準決勝でいいところなく敗れました。
1ゲームどころかポイントをほとんど奪うことができず、完敗となりました。
どうか気持ちを切り替えて3位決定戦に臨んでください。
日本勢初の個人メダルを期待しています。

◆書き加え2(8月15日)

福原愛が北朝鮮のキム・ソンイとの3位決定戦で敗れ、男女を通じて初となる五輪メダルを逃しました。
準決勝に続いてほぼ完敗でした。

その代わりと言っては何ですが、水谷隼が3位決定戦でベラルーシのウラジーミル・サムソノフを下し、銅メダルを獲りました。
歓喜のあまり床に仰向けに倒れ込んだ姿が印象的でした。

福原愛は自身初となる4強入りを果たしたのですから好調なのは間違いありません。
心配された石川佳純も大丈夫そうなので、団体でメダルを獲ってほしいと思います。
ロンドン五輪では銀メダルをつかんでいます。

◆書き加え3(8月17日)

感動、感動、感動・・・。

疲れていましたが、起きていてよかった。
日本は卓球女子団体で3位決定戦を制しました。
素晴らしいチームワークと凄まじい気迫でシンガポールを圧倒しました。

人の表情はここまで変わるのでしょうか。
日本の劣勢を食い止めた第2試合の石川佳純は鬼気迫るものがありました。
私は胸が熱くなりました。

日本の銅メダルを第4試合の伊藤美誠が決めるとは驚きです。
15歳が世界ランキング4位を寄せつけませんでした。
この子は強い。

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日本柔道の強さと美しさ・・・大野将平一本勝ち

リオデジャネイロ五輪、柔道男子73キロ級で大野将平(おおの・しょうへい)が金メダルをつかみました。
日本の柔道男子でも金メダルの獲得は2大会ぶりとなります。
この階級は、日本選手が世界選手権で2010年から5大会連続で制しています。
しかし、オリンピックでは2012年ロンドン五輪の中矢力の銀メダルが最高でした。
また、日本の柔道勢(男女)はリオ五輪でここまですべて銅メダルでした。

大野将平は世界選手権で3年前と昨年の2度、優勝しています。
技術とパワーをあわせ持ち、攻撃的な柔道を貫いてきました。
得意技は内股と大外刈りとか。

2回戦(初戦)と3回戦は一本勝ち、準々決勝は優勢勝ち、準決勝は一本勝ち。
そして、決勝も小内巻き込みで一本勝ちを収めました。

大野将平は五輪初出場と思えない落着きが感じられ、勝っても喜びを示すどころか表情さえ変えません。
私には文句のつけようのない内容に見えましたが、本人はそれほど満足していません。
ただし、柔道という競技の素晴らしさ、日本柔道の強さと美しさを伝えられたと語りました。
インタビューの受け答えが冷静であり、なおかつ論理的です。

大野将平は金メダルを獲って当たり前という声が聞こえてきて、大きなプレッシャーを感じていたとのことでしたので、よほど精神力が強いのでしょう。
前夜はよく眠れたそうです。
しかし、本人は当たり前のことを当たり前にやる難しさを改めて感じとも語りました。

日本の柔道男子での圧勝はいつ以来でしょう。
私は胸がすかっとしました。

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天皇陛下肉声…生前退位

2016年8月8日は、私の人生でも忘れられない1日になりました。
天皇が生前退位の意向を示されました。
ビデオメッセージでしたが、私は初めて肉声に触れた気がしました。

平明で率直な言葉から、国民の象徴としての望ましいあり方を模索しつつ全身全霊で実践されてきた陛下の責任感の強さと愛情の深さ、さらにお人柄と苦悩が伝わってきました。

ご自身を含め、象徴天皇が老いと衰えにより務めを果たせなくなる事態を案じておられます。
想像できないほどの心労がおありなのでしょう。

日本に生まれ育ったことに誇りと喜びを感じている私は、皆で陛下の懸念(問題提起)に向かい合うべきだと考えます。

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瀬戸大也と萩野公介の戦い…東京五輪

リオデジャネイロ五輪、競泳男子4百メートル個人メドレーは見ごたえがありました。

私は、表彰台に立つ二人の日本選手の姿を誇らしく、またほほえましく思いました。

瀬戸大也(せと・だいや)と萩野公介(はぎの・こうすけ)。
二人は競いながら世界のトップスイマーに成長し、オリンピックを迎えました。
それを北島康介が見守りながら励ましました。

瀬戸大也は世界選手権で2連覇を果たしましたが、決勝では全力を出し切れずに大差で敗北を喫しました。
銅メダルに終わった悔しさを胸にしまい、幼い頃から目標として追いかけてきた金メダルの萩野公介をたたえました。
最高のライバル同士の友情が根っこにあるとはいえ、潔い態度が印象的でした。

二人の戦いはおそらく2020年東京五輪へ続きます。
瀬戸大也は前を向き、巻き返しを誓いました。

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無難な人生を送りたい

隙間の時間を大切にし、新会社について頭を巡らせています。
考えが深まらず、固まるまでに時間を要しそうです。

「雇用創出」。
たとえわずかな社員でも、人に給料を払うには知恵を絞らなくてなりません。
経営者になるのは、自営業者になるより格段に大変だと分かります。
また、コンサルタントが社長を指導するのはまず無理だと感じます。

私は日々、とくに寝つきの時間が地獄・・・。

起業には、知識や成績(点数)、学歴や資格は不要です。
しかし、凶暴な意思と行動は不可欠です。
戦後教育のなかで骨抜きにされた日本人にあまり残されていません。
政府が日本経済の再生を掲げ、補助金をいくらつけても起業家がたいして現れない道理です。

会社を軌道に乗せるのは至難ですが、それ以前に会社をスタートラインに立たせるのが困難です。
生みの苦しみを乗り越えられなくなっているのでしょう。

私は起業を目指していて、つくづく思います。
「無難な人生を送りたい方にはとてもお奨めできない」と・・・。
おそらく切り捨てなければならないこともいろいろと出てくるのでしょう。

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三宅宏実を見たい…2020年東京五輪重量挙げ

企業研修や公開セミナーなど、6日間の銀座出張から戻ってきました。
夏場が大の苦手の私は汗まみれ、へとへとになりました。
しかし、不思議なもので、夏らしくない週の前半はもっと堪えました。
週の後半は3日連続の猛暑です。
皆さま、熱中症にくれぐれもご注意ください。

ところで、リオデジャネイロ五輪が始まっています。
(銀座の自室にテレビがありません。)
早くも日本選手がいくつかのメダルを獲っています。
おめでとうございます。

重量挙げ(ウエイトリフティング)女子48kg級の三宅宏実(みやけ・ひろみ)も銅メダルです。
腰の痛みに耐えて頑張りました。
銀メダルのロンドン五輪に続き、2大会連続の表彰台は立派です。
練習を満足に行えず、自身初となる痛み止めの注射を打って本番に臨まざるをえなかったとか・・・

三宅宏実は現時点で30歳なので、年齢的に2020年東京五輪は出場が厳しいというか微妙です。
65歳の私は、伯父・三宅義信(みやけ・よしのぶ)が1964年東京五輪で金メダルをつかんだ試技がいまだに目に焼きついています。
メダルの色はともかくとして、三宅宏実の姿を見られるなら嬉しいです。

◆書き加え(8月7日)

最後の試技にかけるのは、父・三宅義行(みやけ・よしゆき)監督との作戦どおりだったようです。

そうせずにいられなかったのでしょう、バーベルを抱き締める姿に感動しました。

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リオ五輪の前景気が盛り上がらない

私の記憶は小学生の頃から残っています。
加齢とともに幼稚園の頃が曖昧になってきました。

さて、その範囲では、リオほど関心の薄い五輪(オリンピック)は初めてです。
私はもっぱらテレビ観戦でしたが、それでも開幕が近づくと父母と楽しみにしたものです。

ところが、リオ五輪は世間の前景気がほとんど盛りあがりません。
私は7月に入り、公開セミナーの参加者などに開幕日を尋ねましたが、一人として答えられませんでした。

残念ながらリオ五輪は準備が整っているとはいえない状況のようです。
選手村の評判も芳しくありません。
アスリートたちは万全のコンディションで力を発揮することができるのでしょうか。

私は競技会場などの警備も案じています。
無事に終わってくれることを祈るばかりです。
(まだ始まってもいないというのに・・・。)

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和田創PDF無料本
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9784907620004-00

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和田創

和田創研代表

数字がすべて、結果がすべて。
目標達成、業績向上、成長持続、社業発展など、「収益伸長」の一点に特化したコンサルタント。
プランナー時代を含めて40年を超える経験と実績、信念と情熱を土台に、多くのクライアントを優良企業に育ててきた。
近年は新商品や新事業、新会社の開発を請け負いながら、内需・地場の中小・中堅企業の短期再生に取り組む。
その一環として、年中無休、昼夜を問わず、社長の個別相談に応じる。
また、経営から管理、人事(採用)、マーケティング、事業、商品、企画まで、おもにトップを対象としたセミナーを行う。

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