コンサルの引き出し|和田創ブログ


だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

男子400mリレー銀メダル勝因

リオデジャネイロ五輪、陸上男子400mリレーの決勝で日本は37秒60の日本新記録・アジア新記録で銀メダルを獲得しました。
予選と同じ、〇蓋亮太、飯塚翔太、6誉絃予─↓ぅ吋鵐屮螢奪姑鳥のオーダーで臨みました。
金メダルはウサイン・ボルトがアンカーを務めたジャマイカが獲得し、37秒27でした。

レースは最終走者へ。
飛鳥がバトンを受け、3連覇を目指すボルトを僅差で追う展開になりました。
飛鳥はちょっとバランスを崩し、ボルトにバトンが当たったというから驚きです。
爆発的な加速力を持つボルトにゴール前で引き離されましたが大健闘でした。
そして、飛鳥は憧れのボルトから祝福されました。

⇒2016年8月21日「なんでそこにおるねん・・・ウサイン・ボルト」はこちら。

日本の男子がトラック種目で表彰台に立つのは2008年北京五輪の同リレー銅メダル以来、2度目です。
ただし、このときはメダル有力候補の米国や英国が予選でミスを犯し、決勝に進出していませんでした。
ちなみに、2012年ロンドン五輪は4位でした。
リオ五輪の銀メダルの価値はきわめて高いといえます。

日本は予選を全体の2番目となる37秒68の日本新記録で突破していました。
しかし、私は決勝ではダメだろうと決めつけていました。
歴史的快挙を実況放送で見なかったことを悔いています。

私は奇跡が起こったと思いましたが、どうやらそうでないようです。
勝因は大きく2つとか。
第1に、4人の強みと経験を生かしたオーダーがはまったこと。
第2に、磨き抜いたバトンパスが見事に決まったこと。

もちろん、個々のタイムがよくなっていることが前提にあります。
自己ベストは桐生祥秀が10秒01、山県亮太が10秒05、ケンブリッジ飛鳥が10秒10、飯塚翔太が10秒22となっており、日本の五輪史上で最強のメンバー構成でした。
とくに桐生祥秀が2013年に日本歴代2位の10秒01を出してから、選手が「9秒台」を目指してしのぎを削るようになりました。

日本は結局、勝つべくして勝ったことになります。

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SMAP解散の見苦しさ、メンバーの小ささ

8月、リオデジャネイロ五輪が行われました。
日本はとくに団体競技で目覚ましい活躍を示し、国民に素晴らしい感動を与えました。
チームの和を重んじ、心と力を一つにする日本人のよさがいかんなく発揮された結果です。

それだけに五輪期間に勃発したSMAP解散騒動は見苦しさが目立ちました。
「世界に一つだけの花」は個性の尊重という本来の意味に、時代の変化につれて平和の希求などのメッセージが託されてSMAPの代表曲に育ちました。
しかし、口も利かないアイドルグループが歌っていたと分かり、私は白々しい気分になります。
「皆が一つになれるような振付」が聞いて呆れます。
にもかかわらず解散発表の直後、「世界に一つだけの花」の購買運動が起きたというから驚きます。
ファンは裏切られたと不買運動を起こすべきでした。

⇒2016年9月24日「SMAP、五輪解散への疑問と憤り」はこちら。

軋轢、反目、対立、抗争、拒絶・・・。
SMAPは長く苦楽をともにし、一緒に大勢のファンをつくってきた仲間を受け入れられないだの許せないだのと、何と心の狭いメンバーの集まりなのでしょう。
ファンが不在になっており、周囲からちやほやされてきたトップアイドルのおごりとわがまましか感じられません。
(この周囲には、所属のジャニーズ事務所も含まれます。)

「SMAPは修復できないほど仲が悪い」のですから応援など無用です。
グループはとうに崩壊していたのです。
5人のタレントが人気維持の必要に応じ、表面的な形を整えていたにすぎません。

私は9月、パラリンピックのウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)で日本が悲願の銅メダルを獲得した試合を見ることができました。
互いに信頼しあい、苦しい局面を乗り切ったチームワークに胸が熱くなりました。
それに引き換え、SMAPのメンバーは人間として幼く、そして小さい。

ごたごたの解散でもっとも傷つくのはファンと自分たちということに気づかなかったのでしょうか。
一人ひとりが頭を冷やし、自らの歩みを振り返りながら、いまを見つめることが必要です。
それなくして真の再生への道は開かれません。

5人はもともと才能があります。
それを踏まえた方針なのか、メンバーはグループが解散してもジャニーズ事務所を離れず、個々で活動していきます。
自業自得といえ、さぞかし居心地が悪いでしょう。

ジャニーズ事務所に所属する他のアイドルグループの面々も気の毒です。
腫れ物に触るように、変な気を使わされるはめになるでしょう。
身勝手な思惑や好き嫌いで迷走した先輩たちを笑って許してやってください。

⇒2016年9月24日「SMAP、五輪解散への疑問と憤り」はこちら。

「世界に一つだけの花瓶」は割れました。
破片を寄せ集め、無理にくっつけても、無残な跡ばかりが浮かび上がります。
SMAPは、もう忘れましょう。

5人は自由を手に入れたわけですから、さらに個性と強みを磨きあげてほしいと思います。
それぞれに根強いファンがついており、この先もしぶとくやっていけるでしょう。

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SMAP、五輪解散への疑問と憤り

長く芸能界に君臨してきた男性アイドルグループ「SMAP」。
その解散が所属のジャニーズ事務所から発表され、大騒動になりました。

SMAPは今年1月にメディアで解散危機が伝えられ、直後にメンバー全員が出演する番組で謝罪会見を行いました。
(顔が引きつり、場が白ける異様さでした。)
さらに、6月にメンバーが会報で解散を否定しました。
ファンはこれで一件落着と胸をなでおろしたことでしょう。
しかし、その後、メンバー相互の意思の食い違いが取り沙汰されるようになりました。
そして、ついに12月31日をもって解散・・・。

私が疑問と憤りを感じたことがあります。
発表が8月14日午前1時近くに行われたことです。
ジャニーズ事務所が各メディアにファクスでリリースを送りました。
愚かなテレビ局はニュース速報として流しました。

2016年リオデジャネイロ五輪の真っ最中になぜ?
よりによって実況放送の時間帯になぜ?
確かテニス男子シングルスの準決勝で錦織圭がアンディ・マリーと熱戦を繰り広げていました。

私はSMAP解散の真相を知りたいと思いません。
出回っているさまざまな報道は憶測にすぎません。
判明するとしても、メンバーが芸能界を引退してからです。
しかも、それぞれの言い分は異なるはずです。

SMAPはひどく仲が悪いだけの話なので、五輪期間にわざわざ発表する価値も報道する価値もなかったのです。
オリンピックの盛り上がりに水を差したことはとても不愉快でした。

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東京五輪シンクロは銀狙い・・・井村雅代

日本のシンクロナイズドスイミングは、井村雅代(いむら・まさよ)コーチが離れた間に一気にレベルが落ちました。
私はてっきり日本を追い出されたと思っていましたが、そうでないのかもしれません。
(ただし、日本水泳連盟との関係が良好だったといえないはず。)
井村雅代は裏切り者、売国奴、国賊と呼ばれたことを知りました。

⇒2012年8月24日「井村雅代をヘッドコーチに…リオ五輪シンクロ立て直し」はこちら。

競技としてのシンクロはロシアの時代が続いており、日本は中国にも水を空けられました。
その中国を押し上げたのが2006年からヘッドコーチに就いた井村雅代です。
本人によれば、「私が中国からのオファーを断ったら、中国はロシア人にオファーを出す。ロシアに教わったらロシアに勝てない。ますますロシア一強になってしまう」。
分かったような、分からないような・・・。
シンクロの世界的な実力の底上げを図り、ロシアの独占状態を打破したいと考えたのが中国へ渡った理由とか。
2008年北京五輪のホスト国からの「シンクロを強化してほしい」という懇願に応えた?
ならば、悪化した日中関係の改善にも貢献できます。

井村雅代は日本水泳連盟の要請を受け、2014年に10年ぶりに日本代表のコーチに復帰しました。
そして、選手に1日2500回の腹筋、12時間の練習などを課しました。
離脱者を出しても、方針がぶれることはありませんでした。
リオデジャネイロ五輪でデュエットとチームのどちらでもただちに結果を出しました。
約束どおりに選手を表彰台に立たせたのです。
二人、そして全員(8人)と笑みをこぼし、涙を流してハグ・・・。

井村雅代は「鬼」と呼ばれており、指導を受けた選手は口をそろえて怖いと語ります。
しかし、そもそも鬼は笑いませんし、ましてや涙を流しません。
選手がどうせ大変な思いをしてオリンピックに出場するならメダルを獲らせてあげたいという親心が強いはずです。
実際、自分の胸にメダルがかかっているかいないかでは達成感も喜びもまったく違います。

井村雅代が命じる過酷極まりない練習は、自分の手柄へのこだわりでなく、選手への愛情がベースになっています。
だからこそ、どんなに苦しくてもつらくても練習についてきたのです。
彼女の力により、シンクロ日本は復興の第一歩を刻みました。

ところで、私が意外だったのは、インタビュアーに東京五輪で狙うメダルを尋ねられたときに井村雅代が返した言葉でした。
リップサービスも含め、指揮官は「金メダル」と答えると思いました。
が、「一つでも上を目指す」。
私は肩透かしを食らった気分になりました。

井村雅代は1位のロシアの圧倒的な実力をわきまえていて、それを4年間でしのぐのは不可能と考えているようです。
また、日本は現時点で2位の中国にかなりの差をつけられています。
それらを踏まえ、自分が導いた中国なら何とか越えられると・・・。

おそらくシンクロは東京五輪でデュエットもチームも銅メダルより一つ上の銀メダル狙いです。

◆書き加え(9月15日)

三井梨紗子が現役引退を決めました。
シンクロ日本代表最年少の18歳で2012年ロンドン五輪にチームで出場し、5位に終わりました。
リオ五輪へ向けて井村雅代に「限界の超え方」を叩き込まれ、デュエットで2大会ぶり、チームで3大会ぶりに表彰台に立ちました。

まだ22歳ですので東京五輪でエースとしての活躍を期待されていました。
しかし、これまでの猛特訓で心身ともに消耗しました。
オリンピックの舞台でメダル獲得という悲願を達成し、すっかり燃え尽きたようです。

なお、デュエットでペアを組んだ25歳の乾友紀子は現役続行を決めています。

◇◆◇

井村雅代に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年8月24日「井村雅代コーチ、日本シンクロ再生の手腕」はこちら。

⇒2012年8月24日「井村雅代をヘッドコーチに…リオ五輪シンクロ立て直し」はこちら。

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浅田真央、ジャパンオープン回避と視聴率

このところフィギュアスケート女子シングルの浅田真央の音信を聞かなくなりました。
シーズンオフなので、それが当然なのかもしれません。
あるいは、私が忙しくて世相に疎くなっているだけなのかもしれません。
インターネットでちょっと調べてみました・・・。

浅田真央はおそらくわりと静かな環境のなかで練習に励んでいます。
すでにカナダでショートプログラム(SP)とフリースケーティング(FS)のプログラムを固めました。

浅田真央は先だってアイスショー「ザ・アイス」に出ています。
姉の浅田舞も一緒だったとか。
その際かどうか分かりませんが、今シーズンの初戦が「フィンランディア杯」(10月6〜9日)になることを明かしました。

当初は日本、北米、欧州によるチーム対抗戦「ジャパンオープン」(10月1日)の予定でした。
しかし、フィンランディア杯でSPとFSの両方を試したいという理由で、FSだけのジャパンオープンの出場を見送ったようです。
主催者と協賛者はスーパースターの不在に頭を抱えていることでしょう。
また、テレビ局やスポンサーは視聴率で大打撃を受けます。

浅田真央は長らく関係者への配慮を第一にしてきましたが、ようやく自分の希望と意志を貫けるようになりました。
(宮原知子がエースに育ってきたなどの事情もあるでしょう。)
私は欠場の決断に、彼女の成長を感じました。
周囲に気兼ねはいりません。
実績と貢献が絶大のベテランアスリートは自らのプラン(計画)に沿い、コンディション(調子)を踏まえてどの大会に参加するかを決めたらいいのです。

テレビ番組の視聴率の高低に一喜一憂することはありませんが、視聴率が落ちると競技の人気が衰えるのも確かです。
フィギュアスケート男子シングルは羽生結弦がしばらく引っ張っていきそうですが、女子シングルは次のスターを待たなければなりません。
とりわけスーパースターに関しては育つというより現れるというニュアンスが強いのでないでしょうか。
大勢を惹きつける天性の魅力が欠かせません。

私はこの先、宮原知子がエースでスターになるのがいいと思っています。
いまはそれほど華を感じませんが、世界で勝っていくにつれて輝きを増すこともありうるでしょう。

なお、浅田真央がフィンランディア杯に出場するのは、「2017年世界フィギュアスケート選手権」(3月29日〜4月2日)がフィンランド・ヘルシンキで行われることと関係があるかどうかは分かりません。
冬季五輪(2018年平昌五輪)を控えた最大の世界大会ですので、どうしても出場しておきたいのでしょうか。
ここで勝つことができれば、世界女王としてオリンピックに臨めます。
メダル争いのライバルとなりそうなトップクラスの選手の水準や状態を肌で感じられます。

浅田真央は自分にとり最後のオリンピックへ向けて弾みをつけたいと考えているようです。

◆書き加え(9月22日)

このところの記事は長期出張の長距離移動時や宿泊先での十数日分の書き溜めです。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

今回の浅田真央の決断には、現在の落ち着きとともに今後への意欲が感じられます。
異国のフィンランディア杯で今シーズンの第一歩を踏み出してほしいと思います。

あとは世界の大舞台で平常心とゆとりを保てるかどうかでしょう。

◇◆◇

浅田真央に関する最近のブログは以下のとおり。

⇒2015年12月28日「浅田真央は生きた心地がしない」はこちら。

⇒2015年12月27日「浅田真央は「魂」をなくしたのか」はこちら。

⇒2015年12月26日「浅田真央、最高難度の無謀と動揺」はこちら。

⇒2015年12月12日「浅田真央評価…努力は報われない」はこちら。

⇒2015年11月29日「浅田真央はあんなもの」はこちら。

⇒2015年10月10日「浅田真央、GPシリーズ2015へ」はこちら。

⇒2015年10月9日「浅田真央、現役続行の条件」はこちら。

⇒2015年10月7日「浅田真央はピョンと跳び、チャンと降りる」はこちら。

⇒2015年10月5日「浅田真央、勝負師の宿命」はこちら。

⇒2015年10月3日「浅田真央が帰ってきた」はこちら。

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小池百合子都知事を怒らせるな・・・安倍晋三首相

ついに五輪旗が東京にやってきました。
1951年(昭和26年)生まれ、65歳の私は生きている間に二度の東京五輪を経験できると思いませんでした。
前回は1964年、長野県の伊那市に暮らしており中学1年生、13歳でした。

母は東京の下町生まれで、親戚(親兄弟)がすべて東京と横浜でした。
「行かなくてもいいだろう?」。
私は母に後ろ向きに打診され、オリンピックの生観戦を断ったことを覚えています。
母は新潟県の直江津から転勤してきて4か月しか経っておらず、仕事でも生活でも伊那に慣れる必要があると考えたのでしょう。
父は呉羽紡績で着実に昇進を重ねていましたが、私は心のどこかで経済的な負担を案じたのでしょう。
叔父が聖火ランナーを務めた前回の東京五輪はもっぱらテレビ観戦でした。
それでも家中が猛烈に盛り上がり、日本中が熱狂に巻き込まれました。
人生初そして人生最後の生観戦をとても楽しみにしています。

さて、東京都の小池百合子知事がリオデジャネイロ五輪の閉会式に着物姿で出席し、リオデジャネイロ市のパエス市長から五輪旗を引き継ぎました。
いわゆる「フラッグハンドオーバーセレモニー」です。
そして、羽田空港でタラップに姿を現し、五輪旗を大きく振ってみせました。
華があり、絵になるからさすがです。
「五輪旗はそう重くないが、その責任たるや非常に重い」と記者団に挨拶しました。
言葉の練り方もさすがです。

五輪旗は当面、都庁の知事室で厳重に保管されます。
リオパラリンピックの閉幕以降、都内各地や東日本大震災の被災地でのイベントなどに登場する予定です。
今後、急速に機運が高まっていくことでしょう。

その閉会式ですが、安倍晋三総理大臣が人気ゲームのキャラクター「マリオ」に扮して登場し、締め括りました。
組織委員会の要請に応え、東京五輪のアピールに一肌脱いだようです。

スーパーマリオが地球を潜り抜けて反対側のリオの競技場の真ん中に飛び出し、赤い帽子を取ると安倍晋三首相という斬新な演出でした。
このプレゼンテーションが一番目立ってしまい、世界中の話題をさらったことが小池百合子都知事の癇に障ったのでしょうか。
「安倍総理が大活躍されて、もっと国が関与してくださるという意思表示でないかと受け取った次第でございます」と痛烈に皮肉りました。

開催都市の女性首長がかすんでしまってはいけません。
私には、顔が引きつるほどの不機嫌と映りました。
崖から飛び降りた女性を敵に回すと、総理大臣といえども歯が立ちません。
どうか仲よく東京五輪を成功へ導いてくださいね。

⇒2016年9月11日「パラリンピック視聴率の低さ…オリンピックとの違い」はこちら。

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オリンピックとパラリンピックの同時開催

リオデジャネイロパラリンピック。
日本は2020年東京大会へ弾みをつけようと2012年ロンドン大会の2倍となる金10個、合計40個というメダル獲得目標を掲げていました。
しかし、パラリンピック初参加の1964年東京大会以降、夏季では初めて金メダルゼロというさみしい結果に終わりました。
合計は24個と健闘しましたが、1位の中国は 239個、2位の英国は 147個、3位のウクライナは 117個でした。

パラリンピックはオリンピックと同じ年に同じ場所で開催されるようになり、メダルの価値が高まりました。
新興国を含めた世界各国で障害者スポーツを強化する機運が高まり、日本はその流れに置いていかれました。
競技力が相対的に下がったのです。
もともと金10個は根拠の乏しい数字でした。

選手発掘の努力が実を結ぶのに時間がかかり、東京大会に間に合わないようです。
そうなると、現有戦力を底上げするために障害者スポーツ専用の練習環境を整備するなど、おのずと対策が限られます。
メダル獲得で群を抜いた中国はトレーニング施設などがとても充実していました。
それに比べて、戦争負傷者の多い米国がベストスリーに入っていないのが不思議です。

⇒2016年9月11日「パラリンピック視聴率の低さ…オリンピックとの違い」はこちら。

ところで、日本の周回遅れはパラリンピックに対する関心の薄さと無関係でないでしょう。
端的に表れるのが視聴率の低さです。
それが放送(露出)の少なさをもたらします。
いつまで経っても盛り上がりません。
もっとも日本だけの問題でないのかもしれません。

その打開策としてインターネットで示されるのが、オリンピックとパラリンピックの同時開催です。
しかし、費用が大幅に跳ね上がり、招致を先進国の一部に狭めてしまいます。
いまでさえホスト国はたいてい財政難にあえいでおり、新興国を排除することになります。
また、運営要員の確保が困難です。

さらに、短期間に多数の選手や関係者、大勢の観光客や観戦者が集中するので道路、交通機関や宿泊施設、飲食施設などのインフラの整備が追いつきません。
警備も監視も行き届かず、事件や事故による社会の混乱を引き起こしかねません。
オリンピックとパラリンピックの同時開催は問題が多すぎ、現実的といえません。

視聴率が取れない状態で、スポンサー収入でやりくりしている民放に枠を設けさせるのは無理です。
パラリンピックに振り向いてもらうことが先決になります。
私は、パラリンピックをオリンピックに先行させるのが現時点でベターだと考えます。
五輪気分の高揚のなかで、いくらか視聴率も稼げます。

世の中に障害者はいます。
自分も障害者になる可能性があります。
それでも健常者がオリンピックとパラリンピックを同列に見ることは簡単でないでしょう。
たかが視聴率ですが、一人ひとりが関心を示すことから始めるのが早い。
私はほとんどの番組と同様に、いい加減な“ながら視聴”です。

⇒2016年9月11日「パラリンピック視聴率の低さ…オリンピックとの違い」はこちら。

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吉田沙保里の面倒見・・・全日本コーチへ

レスリング女子53キロ級の吉田沙保里(よしだ・さおり)。
リオデジャネイロ五輪からの帰国の挨拶で「日本選手団としては過去最多のメダルを獲ることができ、うれしく思っています」と胸を張りました。

確かに、選手としては銀メダルに留まりました。
しかし、私はチームの主将として金メダルに輝いた後輩4人をけん引した貢献は絶大だと考えます。

吉田沙保里はとにかく面倒見がいい。
周囲には彼女のカリスマ性に憧れつつ、人柄を慕う後輩がたくさんいます。
実は、これまでもコーチに近い仕事をこなしてきました。
しかも、男子コーチでは踏み込みにくい女子選手のメンタルに及びます。

日本レスリング協会の栄和人強化本部長は至学館大学の監督も務めます。
吉田沙保里を母校のコーチ、さらに全日本のコーチに招くプランを示しました。

本人はリオ五輪での敗北を振り返り、「いまは銀でよかったと思う。負けた選手の気持ちも分かります。金より得られるものが大きい」と心境を語っています。
指導者の道を歩むうえで貴重な経験を積むことができました。

レスリング女子が東京五輪で一層の成果を上げるうえで彼女のサポートが欠かせません。
私は吉田沙保里がコーチをしながら進退をじっくりと考えるというのは賢い選択だと思います。
現役引退の決断はいつでも下せますから・・・。

◇◆◇

吉田沙保里に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年9月18日「吉田沙保里、現役続行の無謀・・・東京五輪」はこちら。


⇒2016年9月17日「吉田沙保里は乙女なのか」はこちら。

⇒2016年8月25日「吉田沙保里と伊調馨、現役か引退か」はこちら。

⇒2016年8月20日「吉田沙保里、取り返しのつかない五輪敗因」はこちら。

⇒2016年8月19日「吉田沙保里は怖くて見られない・・・五輪4連覇」はこちら。

⇒2012年8月11日「吉田沙保里は勝って当たり前…五輪レスリング女子55kg級」はこちら。

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吉田沙保里、現役続行の無謀・・・東京五輪

レスリング女子53キロ級の吉田沙保里(よしだ・さおり)。
リオデジャネイロ五輪からの帰国後、それまでの一連の言動をひるがえして現役続行の意思を示しました。
私は強靭な精神力、そして旺盛な勝負魂に敬服します。

しかし、吉田沙保里が格闘技の種目において、37歳で東京五輪を目指すのはいささか無謀だと感じました。

専門家によれば、意外なことに年齢はあまり問題にならないとか。
実際のところ、リオ五輪では72キロ級で銀メダルを獲得した38歳の選手がいました。

そうなると吉田沙保里が国内の代表選考を勝ち抜けるかどうかが焦点になります。
栄和人強化本部長はリオ五輪後、2017年世界選手権は有望な若手にチャンスを与えると明言しました。
筆頭候補が4月に至学館大学に入学し、後輩となった向田真優(19歳)です。
彼女は吉田沙保里を恐れておらず、近い将来に勝てると信じて猛練習に明け暮れています。
ほかにも、2013、2014年で世界ジュニアを連覇した宮原優(22歳)、2015年で世界ジュニアを制した入江ななみ(21歳)が著しく台頭しています。
53キロ級で日本代表になるのは至難です。

残る問題は、吉田沙保里が4年後までアスリートとしてのモチベーションを保てるかどうかです。
五輪のメダリストはたいてい翌年を休養に充てますが、吉田沙保里はリオ五輪まで世界一を争う大会に参加しつづけました。
2012年に「国民栄誉賞」を受賞し、さらに記録を伸ばし、ついに昨年の世界選手権まで五輪と合わせて16連覇を成し遂げました。
ちなみに、伊調馨(いちょう・かおり)は2012年北京五輪の翌年は試合に参加していません。
常軌を逸した頑張りは吉田沙保里に重い負担となったはずです。

東京五輪の代表になることの大変さはだれより吉田沙保里が分かっています。
覚悟を決めることが先決といえます。

そこら辺を考慮し、吉田沙保里は「1〜2年試合に出なくても、代表になれればという考え方もある」と語っているようです。
やはり本気で目指しています。
ならば、痛んだ心と体をやさしくケアすることを第一に考えてください。

◇◆◇

吉田沙保里に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年9月17日「吉田沙保里は乙女なのか」はこちら。

⇒2016年8月25日「吉田沙保里と伊調馨、現役か引退か」はこちら。

⇒2016年8月20日「吉田沙保里、取り返しのつかない五輪敗因」はこちら。

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吉田沙保里は乙女なのか

レスリング女子53キロ級の吉田沙保里(よしだ・さおり)。
オリンピックの日本開催が決まった当時、「東京五輪を目指します」と誇らしげに告げました。
私は、これは本気だなと思いましたが、サービス精神が旺盛だなとも思いました。

吉田沙保里はリオデジャネイロ五輪の直前に「最後の試合になるかもしれない」と周囲にもらしました。
それくらい道のりが大変だったということ!
ところが、決勝で敗れて銀メダルに終わるという想定外の事態になりました。
対戦相手に研究し尽くされ、自分のレスリングをさせてもらえませんでした。
今後のシナリオがすっかり狂ってしまいました・・・。

吉田沙保里は命をかけたといっても過言でない4連覇を逃した悔しさがこみ上げたこともあり、頭が大混乱に陥ったようです。
私にはややパニックやヒステリーに近い精神状態に見受けられました。

栄和人強化本部長が意思を確かめたところ、「もう一度五輪に向けてやる勇気がない」と明かしました。
さらに、翌朝の会見で「次を目指したい気持ちはあるけれど…」、リオの空港で「引退も頭のなかに出てきた」、帰国の挨拶で「次の道へ向けて…」と語りました。
いずれも現役引退をにおわせています。

・・・吉田沙保里は時間が経ち、だいぶ落ち着きを取り戻しました。
後日の会見で「次の五輪が東京でなければ、たぶん引退でした」と現役続行の意欲をにじませました。
報道陣からダメを押され、「引退はないです」と即答しています。

吉田沙保里のもとには大勢のファンからすでに「東京で金」「笑顔で終わってほしい」などの応援の声が寄せられています。
彼女の人望の厚さも物語っています。
リオ五輪から乙女みたいに心が揺れましたが、傷をいやし、4年後を見据えはじめました。

レスリングは人生そのものであるのは当然として、愛する家族とも重なっているのかもしれません。
この競技への思いはいまだにうぶで真っ直ぐなのでしょう。

結論として、吉田沙保里は乙女(おとめ)です。

◇◆◇

吉田沙保里に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年8月25日「吉田沙保里と伊調馨、現役か引退か」はこちら。

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高畑充希の演技力・・・とと姉ちゃんヒロイン

NHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』。
ヒロイン・小橋常子(こはし・つねこ)は亡き父に代わり、家族を守る「とと(父親)」の役目を果たしたところからそう呼ばれました。
おそらく20歳前だと思いますが、「妹たちを嫁に出す」「家を建てる」との目標を立てていたようで驚きです。

私はヒロインを演じる高畑充希(たかはた・みつき)をまったく知りませんでした。
素人の雰囲気が漂い、女優の華が感じられません。
この朝ドラのヒロインに起用された最大の理由でしょう。

ウィキペディアによれば、小橋常子役はオーディションで2564人の応募者から選ばれました。
高畑充希は朝ドラ『ごちそうさん』で出演経験がありました。

『とと姉ちゃん』は、私がぼんやりと抱いていた『暮しの手帖』のブランドイメージを映し出した演出です。
一言でいえば、世間の家庭と日常の生活に通じる「普通」です。
が、現実の雑誌を軌道に乗せた大橋鎭子(おおはし・しずこ)は責任感とそれに裏打ちされた無鉄砲な行動力を備えていたようです。
この線に沿って高畑充希の主演が決められたのでしょう。
彼女は普通でありながら意志と気の強さが伝わってきます。
私は他の作品を見ていないので、素と演技のどちらの要素が大きいのか判断がつきません。

『とと姉ちゃん』の内容は戦前編と戦後編に大別されるようです。
想像を絶する困難に直面した三姉妹の境遇を描いた戦前編も見応えがあったのでないでしょうか。

ちなみに、オープニングもどうということはありません。
主題歌は宇多田ヒカルが初めてNHKドラマに書き下ろした「花束を君に」です。
作品は総じて抑え気味で当たり前の仕上がりになっています。

わずかしか見ていませんが、朝ドラ『とと姉ちゃん』は出来がいいと思いました。
高畑充希は物語のさまざまなシチュエーションに溶け込み、女優のにおいが消えています。
これが彼女の演技力なのでしょう。

◇◆◇

とと姉ちゃんと高畑充希に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年9月14日「とと姉ちゃんの視聴率とリアリティ」はこちら。

⇒2016年9月12日「とと姉ちゃんが面白い・・・暮しの手帖」はこちら。

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管理者セミナーの評価・・・三菱UFJSQUET

昨年そして今年と8月下旬に三菱UFJ大阪(ハービスOSAKA)で部長や課長などの管理者を対象とした「SQUETセミナー」を行いました。
営業管理者でなく一般管理者向けの内容になります。
私が開発したコンテンツを事務局が早々に採用してくださいました。
2年続け、受講者からそれなりの評価もいただきました。

さて、私はむろん内容を磨きあげたうえでセミナーに臨んでいます。
しかし、参加者を前にして実際に話すと気になるところ、引っかかるところが出てきます。
(業種もまちまちです。)
そこで30〜40時間をかけ、テキストを見直しました。
改訂でなく修正のレベルですが、論旨がすっきりし、主張が尖りました。
(これまでのアンケートでも「分かりやすい」という声が寄せられていましたが・・・。)

もともと知的生産では、これで完璧とか万全という状態にたどり着けません。
それでもこうした地道なブラッシュアップの作業がプロ講師としてやっていく前提になります。
65歳の私はこの稼業を辞めようとしていますが、いまだに熱心にお声をかけてくださるセミナー会社やクライアント企業があります。
お引き受けしたからには、コンテンツの出来に執念と情熱を燃やしています。

正直に言えば、私は老いによる体力と気力の衰えにつれ、その気持ちが徐々に薄れてきました。
しかし、消えたということはありません。

そうなったとき、人さまに教育指導を行う資格を失うはずです。

◆書き加え(9月12日)

三菱UFJ大阪セミナー事務局から2017年も開催するとの連絡が入りました。
評価が高いのは知っていましたが、それにしても早いこと!
先だって終わったばかりです。

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とと姉ちゃんの視聴率とリアリティ

NHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』。
私は8月下旬か9月上旬に数回見ただけですが、面白そうでした。
実在の人物とその人生が土台になっていると、シナリオも登場人物もリアリティが格段に増します。
インターネットで調べたら、『とと姉ちゃん』は近年の朝ドラのなかでも高い視聴率を上げていました。

『とと姉ちゃん』のモデルは戦後間もなく「暮しの手帖社」を興し、『暮しの手帖』を問うた大橋鎭子(おおはし・しずこ)と花森安治(はなもり・やすじ)です。
「暮しの手帖社」は婦人を対象とし、家庭に関連する書籍を刊行しています。
『暮しの手帖』は家庭向けの総合生活雑誌です。

『暮しの手帖』は客観的な商品テストで知られました。
劣悪と判定された製品のメーカーのなかには傾いたところもあったようです。

『暮しの手帖』は公平性を保つために広告掲載を行いませんでした。
雑誌は購読収入と広告収入で成り立ちますので、危険のともなう決断でした。
採算を取るのは至難ですが、消費者(生活者)の立場に即した編集方針と編集内容で多くの読者を獲得し、社業も発展しました。
現在は衣食住に、育児や健康、医療などの記事を加えています。
また、社会と経済の変化に応じ、思い切った見直しが行われました。

大橋鎭子は少女時代からたびたび危機に見舞われ、戦争に翻弄されながら何とか生き延びてきた芯の強い女性だったようです。
しかし、根性だけでなく、しなやかな発想と感性、豊かな理性と知性を持ち、それが『暮しの手帖(前身雑誌あり)』の創刊にもつながりました。
起業家として十分な資質を備えていました。

そうでなければ、不当な圧力と経営の危機を乗り越えて『暮しの手帖』を継続することはできなかったでしょう。

◇◆◇

とと姉ちゃんと高畑充希に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年9月12日「とと姉ちゃんが面白い・・・暮しの手帖」はこちら。

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伊調馨の国民栄誉賞は気の毒

レスリング女子58キロ級の伊調馨(いちょう・かおり)。
私は、日本のレスリング女子を世界一の地位に押し上げ、長くけん引してきた吉田沙保里と伊調馨がそろって金メダルを獲得し、五輪4連覇を達成してほしいと願っていました。
しかし、前日の伊調馨の4連覇に続くはずの吉田沙保里は決勝で敗れて銀メダルに終わりました。
そして、試合終了のマットでも引き上げの通路でも直後のインタビューでも泣きじゃくりました。
痛々しくて見ていられません。

悔しさに暮れたのは吉田沙保里ですが、伊調馨はうれしさが半減しました。
帰国時や会見時に吉田沙保里への気遣いや遠慮があり、喜びを爆発させるわけにいきません。
直接のライバルでありませんが、互いの存在を強く意識しながら切磋琢磨した二人にとり、リオデジャネイロ五輪は残酷な結末でした。

実際、伊調馨は後日の会見で「自分も日本チームや後輩を支えればよかった」など、吉田沙保里に負担を集中させたという趣旨の発言を行っています。
そして、はっきりと「反省」を口にしました。

吉田沙保里はリオ五輪まで世界一を争う大会に参加しつづけました。
2012年に「国民栄誉賞」を受賞し、さらに記録を伸ばし、ついに昨年の世界選手権まで五輪と合わせて16連覇を成し遂げました。
「霊長類最強の女」と称されるゆえんです。

伊調馨は安倍晋三首相の指示により国民栄誉賞が授与される見込みです。
しかし、3連覇の吉田沙保里が受賞しているのに4連覇の伊調馨が受賞できないのはおかしいという雰囲気のなかで決定するとしたら、本人に気の毒なことです。
前人未到の快挙を通じて国民に深い感動と大きな勇気を与えたことが理由になるでしょう。

確定でないようですが、心からおめでとうと言います。

◆書き加え(9月13日)

この記事はかなり前の書き溜めです。
先ほどインターネットで知りましたが、安倍晋三首相が国民栄誉賞授与を正式に決めました。
よかった!
それを受けて開かれた記者会見で、伊調馨がすかっとした笑顔で東京五輪への意欲をのぞかせたようです。
だとすれば5連覇を目指すわけで、大きな目玉になります。
ぜひ成し遂げてほしい。

◇◆◇

伊調馨に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年8月25日「吉田沙保里と伊調馨、現役か引退か」はこちら。

⇒2016年8月23日「川井梨紗子、伊調馨を倒して東京五輪へ」はこちら。

⇒2016年8月18日「登坂絵莉、伊調馨、土性沙羅、劇的逆転」はこちら。

⇒2012年8月12日「伊調馨の3連覇は凄いのか?…五輪レスリング女子63kg級」はこちら。

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本田真凜、ジュニア女王の重圧・・・フィギュアGP

もうフィギュアスケートのシーズンが幕を開けていたのですね。
私はインターネットで、ジュニアグランプリ(GP)シリーズの第3戦・日本大会が地元の新横浜スケートセンターで行われたことを知りました。

女子ではショートプログラム(SP)1位、フリースケーティング(FS)2位の坂本花織(さかもと・かおり。16歳)が優勝しました。
本田真凜(ほんだ・まりん。15歳)はSP5位と大きく出遅れ、FS1位と頑張りましたが、2位に甘んじました。
山下真瑚(やました・まこ。13歳)が3位に入り、日本勢が表彰台を独占する結果となりました。
頼もしい!!!

本田真凜は昨シーズンの世界ジュニア選手権で優勝した意地を見せ、「ロミオとジュリエット」のFSで巻き返しました。
終盤のダブルアクセルが抜けて完璧な演技はできなかったものの、フリーの自己ベストを更新。
安堵の涙をこぼす彼女を、会場が温かい拍手で包み込みました。

がむしゃらに挑んだ1年目。
そして、女王として臨む2年目。
本田真凜は精神状態に変化が起きていたのでしょう。
トップクラスに上り詰める選手がその過程でかならず感じるストレスやプレッシャーに苦しめられたことになります。

世界中が注目する大舞台で戦える勝負強さを身につけるには、そうした重圧を跳ね返していくほかにありません。

◇◆◇

本田真凜に関するブログは以下のとおり。
⇒2015年12月22日「本田真凜を本田望結が追いかける」はこちら。

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とと姉ちゃんが面白い・・・暮しの手帖

NHK朝の連続テレビ小説。
私はちょっとしたきっかけで松下奈緒主演の『ゲゲゲの女房』にはまり、その後も瀧本美織主演の『てっぱん』、井上真央主演の『おひさま』、尾野真千子主演の『カーネーション』、堀北真希主演の『梅ちゃん先生』をわりと、もしくはいくらか見ました。
そして、夏菜主演の『純と愛』以降はほとんど見なくなりました。

長らく朝ドラ視聴が途絶えていましたが、先だってたまたまパソコンの画面で流れていた高畑充希(たかはた・みつき)主演の『とと姉ちゃん』に興味を持ちました。
面白い!
商品検査で低い評価を下されたメーカーが『あなたの暮し』の出版社と編集関係者に悪質な嫌がらせを行う内容です。

65歳の私は『とと姉ちゃん』に出てくる雑誌がすぐに『暮らしの手帳』だと分かりました。
そうなると、この朝ドラは実話をベースとしたフィクションでしょう。
ウィキペディアに当たってみました。

『とと姉ちゃん』は、敗戦直後の混乱期に「暮しの手帖社(社名変更は昭和26年)」を立ち上げた大橋鎭子(おおはし・しずこ)と花森安治(はなもり・やすじ)が生活総合雑誌『暮しの手帖』を編集し発行する奮闘の軌跡に題材を得ています。
「当たり前の暮らしを大切にする」をモットーに、壊れてしまった主婦と家族の日常に明かりをともす物語とか・・・。

当時は雨後の竹の子のように画期的な新製品が登場しましたが、相当な粗悪品が混ざっていたと推察できます。
『暮しの手帖』が商品と生活の質的向上に果たした意義と役割はきわめて大きかったはずです。
その後の高度成長に向け、豊かさと幸せの確かな道しるべとなりました。

朝ドラ『とと姉ちゃん』は終盤に差しかかっており、いまから視聴を始めるのは遅すぎます。
近い将来、Huluで流されることがあれば全編を通して見たいと感じました。

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パラリンピック視聴率の低さ…オリンピックとの違い

2016年リオデジャネイロパラリンピックが始まりました。
夏が終わり、私は出張が続いています。
銀座のノートパソコン、そして持ち歩くノートパソコンではテレビ放送を流せません。
が、いまはインターネットで動画を見られる時代です。
また、ホテルでは早朝や深夜に実況やダイジェストに触れています。

オリンピックは最高のフィジカルとコンディションを築いた選手が最大のパフォーマンスを発揮して競います。
スポーツの本来の醍醐味といえます。
それに対し、パラリンピックは自らの意思に反してハンディキャップを負ってしまった選手がさまざまな制約や条件のなかで競います。
彼らの意識においてもオリンピックと違いがあるように思います。

パラリンピックの開催には人間の良質な心の働きと知恵が投影されています。
社会との接点回復と社会での活躍の機会として、何より身体障害者とその家族、周囲に希望をともします。
実際に出場できるのはごく一部ですが、自立の象徴としての価値はきわめて大きい。

私は社会的な意義も頭の隅に置き、順位や勝敗にあまりこだわらずに応援しています。
とりわけインタビューの受け答えに感じるところがあります。
彼らは受け入れがたい己の現実を受け入れたうえで頑張っており、同情の目で見られることを望んでいません。
(そこに至るまでの葛藤はどれほどだったでしょう・・・。)

かつてはプランナーだった私が「なるほど」と感心させられるのは、パラリンピックならではの創意と工夫です。
優れた発案者や考案者がいたのでしょう。
用具を含めて既存の競技をアレンジするだけでなく、障害者向けに新規の競技を開発しています。
ボランティアの付き添いが必要になる種目も設定されています。
おそらく実施と検証により粘り強くブラッシュアップを重ねてきました。
部位や程度が異なる障害者が出られるように、なおかつスポーツとしての公平性が保たれるように、参加条件や運営ルールを細やかに定めています。
なかでも団体競技の設計は考え抜かれています。

パラリンピックには後天的な身体障害者が大勢参加しています。
現代社会ではだれしも事故や事件などの危険にさらされながら生きています。
生命の傷つきやすさを知るとともに無事に過ごせるありがたみに思いが及びます。
さらに生命のたくましさを目の当たりにし、感動と勇気を与えられます。

せめて国民一人ひとりがもうちょっと番組を見て視聴率がいくらか高まるだけでも、パラリンピックの盛り上がりが出てくるはずです。
オリンピックみたいに我を忘れるほどの熱狂は得にくいとしても、関心がいささか低すぎるのでないでしょうか。

私は数日分、ときに十数日分の記事をまとめて書きます。
内容が古かったり順序がおかしかったりするのはそのせいです。
この記事は荒っぽかったので時間をかけて見直しました。

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土日を含めてセミナー、研修、打ち合わせ

私は先週と今週、再来週の土日を含め、公開セミナーや企業研修、打ち合わせ(ミーティング)などが続きます。
すでにへとへとなうえ、九州の都市ホテルでの合宿研修(昼夜研修)も控えています。

私は苦手な夏場のダメージがいくらか回復しましたが、体力が持つかどうか心配です。
そこで、このところ朝晩に軽い体操を行っています。
ごく短時間なのに、疲労がやや軽くなるから不思議です。

毎日の暮らしに簡単な運動を取り入れないと仕事を続けるのが不可能な年齢に達しているのかもしれません。
老いは容赦なく迫ってきます・・・。

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福原愛は金メダル級の幸せ・・・江宏傑と結婚

卓球女子日本代表の福原愛(ふくはら・あい)が今月初めに都内で婚姻届を提出しました。
相手は、卓球男子台湾代表の江宏傑(こう・こうけつ)、同い年の27歳です。
2016年リオデジャネイロ五輪の卓球女子団体で銅メダルを獲得したことで踏ん切りをつけたのでしょう。
国籍は変更せず、二人とも現役を続行します。
(2020年東京五輪への出場を目指すはずです。)

福原愛は腰を痛めて昨年1月の全日本選手権を欠場しました。
それを江宏傑が励ましたのがきっかけでした。
(私も励ましておけばと悔やんでいます。)

福原愛は今年4月にブログで交際を明らかにし、8月のリオ五輪が終わるまでは競技に集中するとしていました。
しかし、遠距離でも愛だけはしっかりと育んできたようです。
(ずるい。)

実際、リオ五輪では個人戦で夢を逃したものの、団体戦で主将として12歳年下の相棒を支えました。
銀から色を落としましたが、2012年ロンドン五輪に続くメダル獲得は立派の一言です。
戦い終えた福原愛は「ほんとうに苦しいオリンピックでした」と胸の内を語りました。
昔の「泣き虫愛ちゃん」に戻っていました。

福原愛は3歳9か月から卓球の英才教育を施されました。
そして、早熟の天才としてテレビ番組で派手に扱われ、世間の関心と注目を浴びつづけました。
しかし、自分を見失うことなく練習の努力を限界まで積み重ね、競技力はもとより人間力を高めていきました。
例えば、試合後で疲れていても気配りを怠らず、ファンのサインや記念撮影の求めに応じる人柄と態度が誠実さを尊ぶ日本国民の共感を呼びました。

福原愛は卓球大国を倒すことが表彰台の頂点に立つ条件と考え、2005年から2年間、中国トップリーグでもまれました。
現地に溶け込む姿勢、ひたむきなプレイ、くったくのない笑顔は反日感情の強い中国国民のなかでも支持を広げました。

だれからも愛されてきたのです。

福原愛は「福」も「愛」も「原っぱ」のように大きい。
二人で歩みはじめた長い人生において、どうか金メダル級の幸せを勝ち取ってください。
おめでとう!!

◇◆◇

福原愛に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年8月18日「石川佳純投げキス、福原愛号泣・・・重圧からの解放」はこちら。

⇒2016年8月17日「福原愛五輪川柳…卓球女子団体の感動」はこちら。

⇒2016年8月10日「冴えわたる福原愛・・・別人の強さ」はこちら。

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伊那中学校の親友・・・卒業50周年の同窓会

きょうのブログは伊那中学校時代のいまは亡き親友に捧げます。

1951年(昭和26年)生まれの私は来年2016年(平成29年)に66歳を迎えます。
1967年(昭和42年)、伊那中学校卒業50周年の節目となります。

私は父の転勤にともない、日本海を望む新潟県直江津市(現上越市)から、アルプス山脈に囲まれた長野県伊那市に引っ越してきました。
直江津小学校では卒業式の前日に移動したため、出席することが叶いませんでした。

伊那中学校ではクラス替えが行われず、友人がたくさんできました。
とりわけ仲がよかったのが4人であり、学校の帰りがしばしば一緒でした。
休日の遊びや遠出もまま・・・。
なかでも一人は互いの自宅が国鉄伊那市駅のすぐ裏手であり、歩1分の距離でしたので、夕食後に部屋を行き来しました。
くっついていた時間がとにかく長かった。

私は中学3年で卒業式を意識しはじめた10月中旬に徳島県小松島市(小松島中学校)に引っ越しました。
伊那は寒冷な盆地なので学校は冬季の休みが長く、登校日は3か月ほどを残すだけでした。
がっかり・・・。

というわけで、私は伊那中学校を卒業したわけでありませんが、半世紀ぶりの同窓会か同級会が開かれると信じ、2〜3年前から楽しみにしていました。
親友は面倒見がよく、幹事になるはずです。
彼に頼み込んで、仲間に混ぜてもらおう・・・。

私は6月頃から消息を追いかけ、お盆休み明けの8月30日にようやく近隣の方と電話で連絡を取ることができました。
(グーグルマップのストリートビューがなければ、手がかりをつかめませんでした。)
そして、彼がかなり前に亡くなったことを知らされました。
高齢のお母さんは存命のようですが、伊那(実家)に一人で置いておけないと弟さんがロシアに連れていったそうです。
きれいでやさしいお母さんでした。
私まで可愛がってくださいました。

「会っておけばよかった・・・」。
私は1週間、悔いに苦しみ、講師の仕事とクライアントの受託業務のほかは何も手につかなくなりました。
彼はさみしさと喪失感を悟ってか、昔の笑顔で夢にたびたび現れました。
仲がよすぎて距離を取った時期もありましたが、素晴らしくいい奴だった。
ありがとう!

私(富山県立魚津高校卒業)も彼(長野県立伊那北高校卒業)も大学進学で上京しました。
二人とも昼間の学生でありながら昼間の仕事についていました。
彼は有名デパートなどでお得な宝飾品の販売に携わっており、収入が多かったのでしょう。
私は新宿や銀座の盛り場に誘われ、酒をおごってもらいました。
すべてが女の子のいる店です。

やがて彼は札幌など遠隔地に転勤し、さらに私も彼も所帯を持って転々とし、連絡が取れなくなってしまいました。
おそらく音信が途絶えた最大の理由は、どちらも家族を養うのに精一杯だったことでしょう。
私自身は今日まで仕事漬けになりました。

先だって東京生まれの団塊の世代と話していたとき、「同窓会のたびに人が消えていく」と嘆きました。
どうしても会いたい人には早めに会っておくべきですね。
人間はかならず死にますから・・・。

私は直江津小学校の卒業50周年記念同窓会に参加できませんでした。
せめて魚津高校の卒業50周年記念同窓会には参加したいと思います。

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和田創PDF無料本
(308頁。2月14日発売)
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(272頁。2月10日発売)
9784907620011-00
プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表

数字がすべて、結果がすべて。
目標達成、業績向上、成長持続、社業発展など、「収益伸長」の一点に特化したコンサルタント。
プランナー時代を含めて40年を超える経験と実績、信念と情熱を土台に、多くのクライアントを優良企業に育ててきた。
近年は新商品や新事業、新会社の開発を請け負いながら、内需・地場の中小・中堅企業の短期再生に取り組む。
その一環として、年中無休、昼夜を問わず、社長の個別相談に応じる。
また、経営から管理、人事(採用)、マーケティング、事業、商品、企画まで、おもにトップを対象としたセミナーを行う。

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私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
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