コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

営業実践大学での教えになるほど!

「サンタさん営業、ドロボー営業」。
たとえが、実に見事だ。
たったいま、営業実践大学の公開講座から自宅に戻ったところである―。
大学セミナーの講師は、YSコンサルタントの「岡田基良」社長である。同社の「佐藤康行」会長が開発したカリキュラムに基づき、講義を行ってくださった。
その教えは非常にシンプルだが、これにより指導先で顕著な業績伸張を成し遂げてきた。
「顧客から得ることを追求する営業から、顧客に与えることを優先する営業へ転換する」。それが、冒頭の比ゆである。
同感だ。私の昨日のブログと通じる。
もう一つ。仕事に限らず、「目標設定」の重要性は、だれしも理解している。もちろん、私も…。
しかし、私たちは「得る目標」を立てることはあっても、「与える目標」を立てることはほとんどない。
耳の痛い指摘だ。いやー、勉強になった。
岡田先生、佐藤先生、まことにありがとうございました。
皆さま、おやすみなさい。

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お客さまの目に、うっすらと涙が…

お客さまの目に、うっすらと涙がにじむ…。
私が営業活動を行うと、そんなハプニングが起こる。年に1〜3回くらい。
私は、何も社長や役員を泣かせようと思って、話をしているわけでない。
まず、営業としての志や信念を伝える。そして、顧客の繁栄や幸福を念頭に置いて、思うところ、考えるところを述べる。ときに、勢いが余って苦言を呈することもある。それが、お客さまの胸を強く打つようだ。
経験上、こうしたときは自然に商談がまとまる。また、すぐに仕事にならない場合でも、後に何らかのきっかけでつながったりする。
責任感の強い営業パーソンほど、顧客に「商品」を売るという商談の結果に拘泥しやすい。それで成績がついてくるなら問題はないが…。
案外、商談の過程で顧客に「感動」を与えることに専念すればよいのかもしれない。
今日はここまで。
明日は営業実践大学の公開講座が開催される。どうか皆さま、ご参加ください。

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こどもエコ絵画コンクール審査結果

先日、「第4回ブリヂストンこどもエコ絵画コンクール」の審査結果がホームページ上で発表された。
同日、わが子の絵が鮮明にプリントされた「Tシャツ」が手元に送られてきた。思いがけないプレゼントに、私と妻はびっくりした。
応募要項に、そんなアナウンスは一切なかった。サプライズの演出が見事だ。
1万7千名を超える応募者全員に、個別対応の記念品を贈るとは…。力のあるブリヂストンでなくては、絶対にできない。
また、応募者に対する、主催者の“心遣い”が伝わってくる。作品を返さない代わりに、作品をメモリーに仕立てて届ける…。
さて、3月1日のブログで紹介したように、小学3年生の子どもは「自然広がる小笠原!」という空想の作品を応募した。八つ切り(270ミリ×380ミリ)である。
麦わら帽子の頭の部分を“島”に見立て、つばの部分を“海”に見立て、それを子どもがかぶっている光景である。さらに周りに小笠原の動植物を配している。
精一杯の情熱と手間を注ぎ込んだが、残念ながら選外に…。
制作の過程は、凄まじいものだった。
「ラフスケッチ」を重ねながら、アイデアを膨らませ、構図を固めていった。個々のモノの形にもこだわる。
そして、画用紙に「下絵」を何枚か描き直した。
ようやく着色。これがもっと大変だった。初の不透明水彩を用いる。重ね塗りが利くので、気に入るまで何度もやり直す。
仕上げがさらに大変だった。思い通りにならず、画材店で細筆を買いそろえる。ある部分を描き込むと、そうでない部分の出来が引っかかるようだ。
完成に近づくほど線が細くなる、点が小さくなる。それはドットのようで、目が悪くなるのではと心配した。気の遠くなるような、緻密な作業の連続だった。
着色と仕上げの繰り返しで、画用紙が重くなる。結局、週末と祝日、平日の帰宅後、さらに冬休みもつぎ込むことに…。
とりわけ苦労したのは、麦わら帽子のつばの部分の「海」に、波の線を入れたときである。楕円状にきれいに引けなくて、恐ろしい時間がかかった。
子どもは幼児からスイミングクラブに通い、泳ぎに自信があるし、海に愛着がある。まだ見ぬ「小笠原」への憧れを、この作品に託した。
アイデアをじっくりとあたためた時間…。絵を描くための資料をいろいろ探し回った時間…。夕食や入浴の後、就寝の前など、気になる箇所にちょこちょこ手を加えつづけた時間…。
これらを足しあげるだけで、かなりの時間になる。それを含めないで、スケッチから完成まで、妻が把握している範囲でも30時間以上は費やしている。
合計では「50時間」に達するだろう。
子どもは応募に先立って、過去のすべての入賞作品を丹念に見た。そして、それらをどうしても“上回る”という決意と気迫で取り組む。
大人でもそこまではムリという、9歳の子どもの限界を超えた集中力と努力、そして上位入賞への執念で、この作品を完成させた。
むろん、時間や労力をかければいいというものでないだろう。やはり、資質や感性が一番大事なのかもしれない。
私も妻も絵に関しては素人なので、「良し悪し」は判断できない。落胆したが、それが複数の専門家が下した客観的な評価だと冷静に受け止めている。審査結果に異議を唱えるつもりは、毛頭ない。
だが、子どもはどうしても納得がいかないのだ。
「なぜ、ぼくの絵はダメなの?」。
そう問われ、私たちは答えられなかった。親のひいき目で、とても素晴らしい作品に思えるからだ…。
私は、制作の過程を振り返り、つくづく思う。
子どもは、私の“血”を引いている。それは、私の姿そのものである。
なぜ、子どもは、度を超して頑張ったか。理由は一つ。「自分に絵の才能がない」ことが、よく分かっているからだ。
私は、才能のなさを、努力の大きさで、ひたすらカバーしてきた。
血は争えない。子どもへの“いとおしさ”が一段と増す機会になった…。
ところで、今回の経験もあり、これだけのエネルギーを注いで絵を描くことは、二度とないだろう。この作品は、子どものかけがえのない「宝物」であり、この時期を精一杯生きた「証」である。
いまとなっては、子どもは、自分の作品が戻ってくることだけを願っている。
私たちも、この作品が消えてしまうことに耐えられない。
実は、3月に入ってから、子どもが「審査結果」をずっと気にしていた。中旬に入ってからは、学校から帰宅すると、親の表情を覗き込むようになった。日が経つにつれ、それは痛々しいほどだった。
私たちは、そうした事情を詳細に手紙にしたためて、こちらの費用負担で作品を返却してくださるよう、礼を尽くして主催者へ申し入れている。
もちろん、応募要項に記載があり、法的には返却されなくて当然なので、ひたすらお願いするしかない。主催者のご厚意にすがるしかない。
本コンクールは、子どもたちに夢や希望を与えるものでもあると思う。
子どもが、作品の返却を待ち侘びているのだ…。
子どもは頑張って描いた。今度は、私たちが頑張って返してもらう番だ。
キャンペーン資材として活用するので返却できないとの返事だが、選外作品はその機会も限られるし、仮に活用されたとしても1年間に留まる。終了後で結構。
私たちは粘り強く、主催者へ作品の返却を求めていきたい。
子どもが大人になったとき、この「悔しさ」を懐かしく振り返れる日が、かならず来ると信じている。
最後に、絵画コンクールの主催者は、希望者への「有料返却」をぜひとも制度化してほしい。
とっくに時代は変わった。なかには、幼少期から絵の専門教育を受け、早い段階からプロフェッショナルを目指す子どもだっているのではないか。
そうでなくても、子どもが命がけで描いた作品を返してもらいたいと願うのは、私たちだけではあるまい。
おやすみなさい。

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黒崎輝男氏の凄い言葉に、イタタッ

「とらわれずに、こだわろう」。
デザインプロデューサー・黒崎輝男氏の言葉にハッとした。
私には、私なりに「こだわり」がある。会社や仕事、生活や人生、家庭や社会…。
とくにオンに関しては、提案営業バカを自認し、提案営業一筋を打ち出した。
私は、営業研修の常識から外れた「8日間」という重いカリキュラムを構築し、営業関係者を教育してきた。
営業ものは、1〜3日間のカリキュラムが主流だ。多忙な営業関係者を何日も拘束するわけにいかないというのが、それを採用する企業の本音である。
しかし、長くて嫌われがちな8日間さえ「基礎コース」という位置づけだ。私は、顧客が主役の時代に働く営業関係者にとり、「提案営業」は必須と考える。また、それは奥が深く、習得が容易でないと思う…。
いつの間にか提案営業研修は、私のブランドと言えないまでも“代名詞”になった感がある。事実、同業者の集まりなどで挨拶する場合は、「提案営業の和田創でございます」と述べている。これで通るし、笑いも起こる。
だが、人は「こだわる」あまり、知らず知らずのうちに「とらわれている」ことがある。
こだわりとは、「特化」による存在の際立ちである。とらわれとは、「呪縛」による存在の硬直化である。存在を「個性」と言い換えてもよい。
両者は、別物だ。
「こだわり」に己が縛られはじめ、そのうち“身動き”が取れなくなる。自分自身をがんじがらめにしてしまった状態で、これが「とらわれ」である。
こうした実例は、私がコンサルタントとして、オーナー企業や名門企業などでしばしば目撃してきた。大半は、業績が低迷するか下落している。
そもそも、こだわりとは、それを捨てると、もう己でなくなってしまうという、のっぴきならない「存在証明」のようなものである。
案外、私たちは、こだわりを捨てても、生きていけたりしないか。
それどころか、こだわりを捨てると、生きやすくなったりしないか。
己の存在証明と呼ぶに値する「こだわり」が、どれほどあるだろう。冷静に検証する必要がありそうだ。
こだわりを持つことで危険なのは、「視野」が狭くなることである。さらに、「環境変化」への適応が難しくなることである。
そして、そうした状態は「とらわれ」に違いない。
こだわりが、自分の働き方や生き方、触れあい方を、窮屈で退屈なものにしていたのではないかと、考えはじめている。
「とらわれずに、こだわろう」。
私にとって、非常に耳の痛い言葉である。

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学んだあげくダメになった人の話

昨日の続き。学んだあげくダメになった人の話―。
公開セミナーで、休憩時間に参加者が近寄ってきた。いやな予感。
近寄られるのがいやなのでなく、この参加者がいやなのだ。
パンフレットに「基礎講座」と謳ってあったのに、どうやら講義のレベルに不満があるらしい。
「企画関連の勉強を続けてきた」と、誇らしげに言う。私の知識はたいしたことがないというニュアンスを、何としても伝えたいようだ。
私は、無表情を装う。
講義の終了後、じれた彼が「自分が作成した企画書を見てほしい」とやってきた。
初めからそう言いなさいよ、まったく。この手合いが多い。
――やっぱり。私は、あまりのつたなさに、うれしくなった。でも、吹き出してはいけないから、無表情を装う。
「企画書」をすぐに戻したのが、彼は気に食わないようだ。
「なぜ、ちゃんと見ないのか」と、顔に書いてある。
もちろん、見る価値がないからだ。私のほうが、10倍、20倍、30倍は上だなぁ…。だって、その気になれば、それで食べていけるもの。
立案した企画内容、作成した企画書、その出来が肝心なのだ。
たくさん学んだとか、ほとんど学ばなかったとか、どうでもいいことである。
たくさん知っているとか、ほとんど知らなかったとか、どうでもいいことである。
おやすみなさい。

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“横串学習”をもっと大切にせよ

ホワイトカラーの仕事がどんどん細分化し、高度化している。
一昔前は、仕事の“幹”を知っていればすんだ。現在は、そこから加速度的に“枝分かれ”が進んでいる。
それらをすべて習得しようとすると、年がら年中勉強するハメになる。知識そのものを競う学者や評論家などの職種は別とし、一般の職業人はもっぱら仕事の「成果」によって評価される。あまり賢明なやり方といえない。
仕事を進めるなかで、疑問や壁にぶつかったときに人や本に当たってみるといった“いい加減”な気持ちでよいのではないか。
根が真面目だと、あれもこれも勉強しなくてはという「強迫観念」に追い立てられるようになる。心を患いかねず、要注意の状態である。
ここに、枝分かれしたものに“横串”を通すという、ベーシックな、しかもスキルへ寄せた学習の意義と必要性がある。
業務に直結する部分は掘りさげて学ぶとしても、それ以外の分野は基礎的かつ実践的なところを学べば間に合う可能性がある。
忘れてならないのは、横串となる学習が貧弱だと、枝分かれした勉強に振り回されやすいことである。また、咀嚼率、吸収率が悪くなる。
よく指摘されるが、その会社や仕事に限り使用できる知識と、世間で広く応用できる知識がある。知識の習得では、このバランスに留意する必要がある。
1日は短い。そして、1年は短い。
職業人生を謳歌したいなら、役立てられない勉強を行うヒマはない。
「使うものしか勉強しない。勉強したらかならず使う」。
勉強が目的と化してしまった人からは、どこか“世捨て人”の風情が漂う。
誇るべきは、学習の努力でなく、仕事の成果である。
ここをはき違えないよう、肝に銘じて学んでいこう。

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悲しいかな、知的生産性が半減した

私は50代墓場に差しかかり…。
「50代半ば」のつもりが、タイピングミスでそう変換された。おかしいやら、悲しいやら。
私は50代半ばに差しかかり、「限界を超えて頑張らない」ことを強く意識しながら働くようになった。
再婚し、守るべき妻がいるし、子がいる。まだ小さい。
また、会社を経営し、守るべき社員がいる。
以前の私は、周りから「働き方がクレージーだ」と言われ、自分でも納得していた部分があった。
しかし、実際にはそうでなかった。最低限のコントロールはできていた気がする。
何の保障もない世界で長らく働いてきたから、わが身を守るぎりぎりの“勘”を身につけていたのではないか。「これ以上頑張ると、自分が壊れる」。
その証拠に、20歳頃から頑張りつづけ、壊れかけているにすぎない。
ところが最近、この“限界点”が覚束なくなった。加齢により急速に低下し、さらに季節や月により大幅に変動する。厄介だ。
ついつい限界点を超えてしまう。それは病気や重い疲労といった反動が現れ、悔いというかたちで気づく…。
今後は自分と相談しながら慎重に働いていくしかないのか。
才能の乏しさを、努力の大きさで、ひたすらカバーしてきた私にとり、辛く厳しいステージに突入したことは間違いない。
実際、脂が乗っていた30代と比べ、限界点が4割程度に落ちている。講演のかたわら執筆もこなしていた40代と比べ、5割程度に落ちている。
労働時間は2割しか減っていない。体力の衰えにともない、集中力が保てなくなったため、仕事の密度が大幅に薄れた。「知的生産性」が半減した感じである。
この世には60代や70代になっても著作や創作に励む方がいる。それどころか加齢につれて盛んになる…。凡人の私からすれば、とんでもないこと。
それを可能にする“秘訣”とは、いったい何なのだろう。

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年度手帳と暦年手帳、さあどちら?

仕事に限らず、1年の区切りは「年度」である。それも4月から翌年3月までの設定が、日本では大半を占める。
4月スタートの「年度手帳」の愛用者が、かなりの数に上るという話もうなずける。この時期、大手の書店や文具店では、ちょっとしたコーナーができる。
ビジネスの現実に則して考えるなら、そのほうが合理的だし、“使い勝手”もよさそうだ。
私の場合も、公開セミナーなどの予約は、年度単位で入ってくる。その際に、暦年手帳だと、翌年の当日欄がなくて困る。もっともカレンダー程度のメモ欄は添えられているが…。
また、営業活動でも、企業からの受注や請負は、次年度予算の創出や獲得へ向け、年度単位で作成した「行動計画」に基づいて推進することが多い。商談の覚えくらいは、やはり通して振り返りたい。
で、オチがつまらなくてごめんなさい。
私は、長らく暦年手帳に不便さを感じながら、いまだに使いつづけている。
実は、手帳に記すのは、仕事のスケジュールに留まらない。その成果や感触、反省などが含まれる。さらに、生活の雑感や家族の出来事なども盛り込まれる。
年度手帳に切り替えると、1日も欠かさなかった「日記」の要素が3カ月近く途絶えることになり、それが面白くない。
どなたか「年度手帳切替手帳」をご存知でしたら、メールで教えてください。
あ、「パソコンにすれば…」はダメですよ、万年筆で書きたいので…。
おやすみなさい。

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和田創ブログ 2007年3月タイトル一覧

◇2007年3月31日(土) 横尾忠則の言葉を胸に、私は変わる
◇2007年3月29日(木) 和田創、創生水と運命的に出合う
◇2007年3月28日(水) いまどきの起業はネットワークで!
◇2007年3月24日(土) トップセールスマン、極意を明かす
◇2007年3月22日(木) 働きつづけ、ぽっくり死ぬのが理想
◇2007年3月21日(水) 交遊が突出して乏しい日本人男性
◇2007年3月20日(火) 確立したブランドはさん付けしない
◇2007年3月19日(月) 名言なら「松下幸之助」が何より
◇2007年3月18日(日) 皆で「ザッツ営業」を応援しよう
◇2007年3月14日(水) 営業実践大学の3月公開講座を開催
◇2007年3月11日(日) NHK・桜井洋子さんの活躍が励み
◇2007年3月10日(土) 越中おわら節の哀愁…、叶わぬ夢…
◇2007年3月9日(金) 景気に浮かれ、影を潜めた危機感…
◇2007年3月4日(日) 寒気と痛み、日曜診療で盲腸と判明
◇2007年3月3日(土) 提案書の出来のよさにびっくり!
◇2007年3月1日(木) 子どもが全国規模の絵画展に応募

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横尾忠則の言葉を胸に、私は変わる

不甲斐なく、本年度の最終日を迎える。
惰性で、あっという間に1年が終わってしまった。自分は、いったい何をやったといえるのか。
唯一の救いは、営業実践大学と和田創研のホームページを、出来はよくないが、とにもかくにも立ちあげたことである。5〜6年前に必要性を痛感したが、ずっと手を着けられずにいた。下期はこれに没頭した。褒めてやりたい。
90年代半ば頃から提案営業の講師として売れはじめ、かれこれ10年間、忙しさにかまけて変化のない毎日を送ってきた。
実際、は何も変わっておらず、いたずらに年を重ねただけである。
維持とは退行なのではないか―。
老いた親が「1年が経つのが早い」としきりに嘆いていたことを思い出す。生活が単調で平板だと、時間がみるみる過ぎる。10年間の私の姿である。
振り返れば子どもの頃、とくに小学生時代の1年は、中身がびっしり詰まっていて長かった。新しい挑戦や体験に彩られ、いろいろな感動や歓喜に包まれていた。3年生の子どもの姿である。
私は、ぼけるか、健康を損なうことがなければ、66歳まで現役でいたい。
グラフィックデザイナーにして画家の横尾忠則が「変化とは健康なことだ」と言ったとか。同感だ。
残り11年弱、私ははたして、どこまで変わりつづけられるだろう。
自分に期待を込め、強く「変化」を意識しながら働いていきたい、生きていきたいと考える今日この頃である。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
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(272頁。2月10日発売)
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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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