コンサルの引き出し|和田創ブログ


だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

2010年04月

直江津マイミクとセピオーラで歓談

きのうのブログ「特急はくたか、強風で全面運休」の続き。
ホテルアクア黒部に緊急宿泊した私は目覚めて一番にテレビのスイッチを入れた。
地元のニュースを見たら、北陸本線は通常どおり運行している。
糸魚川近辺の強風が治まり、胸をなで下ろした。

魚津駅2私は午前11時半に直江津駅前でマイミク2名と歓談の機会を持つ約束をしていた。
ところが、それに間に合う「特急はくたか」が黒部駅でなく一駅戻った魚津駅しか停車しない。
黒部駅の窓口できのうの事情を話したところ、そのための乗車券を購入することなく各駅停車で魚津駅へ。
20分程の待ち合わせ時間をホームで過ごした。
魚津駅1私は富山県立魚津高校の卒業であり、この駅は2年生の2学期から3年生の3学期(といっても受験校だったので、3学期はほとんど通学しなかったと思う)まで乗り降りした。
基本的なつくりは当時と変わっていないのでは…。
「蜃気楼」の看板はかけられていなかった?

当時も駅の奥のほうに富山地方鉄道の新魚津駅があった。
ただし、昔は国鉄(現JR)の高架橋(線路橋)が地鉄まで延びていた(不確か)。
それが消えている。
魚津駅3人気の宇奈月温泉へはこちらから。

はくたかが全面運休になったお陰で、私は魚津駅のホームで懐かしい思い出に浸ることができた。
家庭が崩壊していた富山時代だったが、最近ようやく受け入れられるようになった。
が、両親にとっては長い地獄の入り口にすぎなかった。
人生でもっとも辛い十数年でなかったか。
私と妹のために歯を食い縛って頑張ったに違いない。

                       ◇

直江津駅私は、はくたかで11時過ぎに直江津駅に降り立った。
目の前に、幾度か宿泊したホテルセンチュリーイカヤ。
2階のレストラン「セピオーラ」で森川義明氏と池田秀敏氏のマイミク2人と2時間にわたりランチを楽しむ。
私と森川氏、森川氏と池田氏は初対面。
皆すぐに打ち解けられた。
例により私はしゃべりすぎ。
ごめん!

直江津駅前その後、私は一人、半世紀以上前に通った「真行寺幼稚園」を予告なしに訪ねた。
アメーバブログで知り合った「おぼうさん」にご挨拶したいと思ったのだ。
小さなお子さんの世話をしていたご本人にお目にかかれてよかった。
ブログどおりの人柄が伝わってきた。
母君からお茶を飲んでいくように熱心に勧められた。
どこの馬の骨とも分からない私に対し、何という優しさ。
私は帰りの都合があり、お断りした。
振り返ると、家のなかからお土産2つを持って追いかけてくる。
私は再び感動。
おぼうさんが「迷惑だから…」と割って入った。
2年間お世話になった真行寺幼稚園。
呉羽紡績(現東洋紡績)の支所兼自宅と、狭い道路を挟んだ斜め向かいにあった。
直江津小学校卒業まで、私の遊び場はおもに真行寺だった。
やんちゃな子どものことだから、かなりご迷惑をかけたはず。

直江津駅で途中下車し、ホントよかった。
皆さまと再会できますように…。

                       ◇

⇒2010年4月29日「特急はくたか、強風で全面運休」はこちら。

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和田創ブログ 2010年4月タイトル一覧

◇2010年4月30日(金) 直江津マイミクとセピオーラで歓談
◇2010年4月30日(金) 真逆営業の思想と戦略…変革リーダー
◇2010年4月30日(金) 部下指導に役立つ営業研修教材(再録)
◇2010年4月29日(木) 特急はくたか、強風で全面運休
◇2010年4月29日(木) コミュニケーション力=仕事力
◇2010年4月29日(木) 会社を辞めたい人への名言集(再録)
◇2010年4月28日(水) 存在の際立ちと硬直化…人生論
◇2010年4月28日(水) 社長殺到の講演会…経営の新常識
◇2010年4月27日(火) 素人とプロの決定的な違いとは?
◇2010年4月27日(火) 感動の全身表現…みずほ営業セミナー
◇2010年4月27日(火) 営業会議で大人気の研修ビデオ(再録)
◇2010年4月26日(月) 学びとは違和感、成長とは不快
◇2010年4月26日(月) ソリューションセールスセミナー感想
◇2010年4月26日(月) 経営者が凍りつく激辛講演会(再録)
◇2010年4月25日(日) 間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ
◇2010年4月25日(日) 幹部猛反発の営業研修ビデオ(再録)
◇2010年4月24日(土) 木村拓也追悼試合…東京ドーム広島戦
◇2010年4月24日(土) 名言物語…賢人(再録)
◇2010年4月23日(金) 驚異的評価…社長・取締役辛口講演会
◇2010年4月23日(金) 予算未達が慢性化する営業部門(再録)
◇2010年4月22日(木) トップの打ち手ー…大噴火経営塾
◇2010年4月22日(木) 月次会議活性化の大人気教材(再録)
◇2010年4月21日(水) 経済の先行き予測は可能か?
◇2010年4月21日(水) モノ売り営業脱却の条件(映像)
◇2010年4月21日(水) 営業を変える…個別経営相談会(再録)
◇2010年4月20日(火) 正直企業の異色経営…カンブリア宮殿
◇2010年4月20日(火) 変革リーダーの条件…SMBC経営塾
◇2010年4月19日(月) アサヒビールのソリューション営業
◇2010年4月19日(月) 3333アクセス…ブログ読者への感謝
◇2010年4月19日(月) ハイマート駅弁「磯の漁火」(再録)
◇2010年4月18日(日) 一億総自営業の時代…柳井正×村上龍
◇2010年4月18日(日) キム・ヨナ、気になる去就に決着か
◇2010年4月17日(土) 抵抗勢力向け全社改革ビデオ(再録)
◇2010年4月16日(金) 妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会
◇2010年4月16日(金) 会員制ビジネス人気サービス(再録)
◇2010年4月15日(木) 松井秀喜、歓喜の優勝リング贈呈式!
◇2010年4月15日(木) ダイチ・田畑真紀、メダルへの道のり
◇2010年4月14日(水) 日本製品、世界シェア急降下のなぞ
◇2010年4月14日(水) 個別相談会…丸の内経営サロン(再録)
◇2010年4月13日(火) 原巨人V4(4連覇)、おめでとう!
◇2010年4月13日(火) みずほ東京・大阪、提案営業セミナー
◇2010年4月13日(火) 業績立て直し、全社改革ビデオ(再録)
◇2010年4月12日(月) 日本沈没の予兆…吹き出物としての新党
◇2010年4月12日(月) モノ売り営業脱却…公開研修(再録)
◇2010年4月12日(月) タイガー再休養…マスターズ最終日
◇2010年4月11日(日) 巨人包囲網完成…セ・リーグ順位予想
◇2010年4月10日(土) 石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙
◇2010年4月10日(土) 石川遼1打差予選敗退…マスターズ
◇2010年4月9日(金) タイガー自己ベスト…マスターズ初日
◇2010年4月8日(木) 大正期の洋館・いかや旅館…直江津
◇2010年4月9日(金) 営業会議マンネリ打破に最適(再録)
◇2010年4月8日(木) 追悼…木村拓也という生き様
◇2010年4月7日(水) 嫌われ者研修講師の孤独と矜持(再録)
◇2010年4月7日(水) 新設MBA、ブランドづくりの試み
◇2010年4月7日(水) 楽天不振に上機嫌の野村克也
◇2010年4月6日(火) 苦戦議員の駆け込み寺としての新党
◇2010年4月6日(火) 営業が苦手…丸の内経営相談会(再録)
◇2010年4月6日(火) 卒業条件が会社設立…大人気MBA
◇2010年4月5日(月) 舛添要一と渡辺喜美が「あなたの党」
◇2010年4月4日(日) ドコモスマートフォンと浅田真央
◇2010年4月3日(土) 新人へ…人生を勝ち抜く名言(再録)
◇2010年4月3日(土) 社長絶句! 営業セミナーレポート
◇2010年4月3日(土) 2011年新卒・就職戦線突破講座(再録)
◇2010年4月2日(金) 営業研修アンケート…受講者の感想
◇2010年4月2日(金) 営業発・全社改革の思想と理論(再録)
◇2010年4月2日(金) 松山千春、さだまさし愛惜…厚生年金
◇2010年4月1日(木) 新人教育・社員研修がスタートした
◇2010年4月1日(木) 新人研修講師、冒頭のつかみ(再録)
◇2010年4月1日(木) キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!

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真逆営業の思想と戦略…変革リーダー

このところ『月刊トップセミナー』の購読申し込みに勢いがついてきた。
ときどきメッセージが添付され、口コミで広がっていることが分かる。
ご紹介してくださった方々に感謝したい。

『月刊トップセミナー』のシリーズ全体を貫くのは「真逆(まぎゃく)営業」の思想と戦略である。
社長や取締役がこれを知らないと業績下落に苦しめられ、縮小均衡から抜け出せない。
今後の生き残りに必須の“経営常識”と呼べるだろう。

ところで、「真逆営業」とは何か?
成長期と成熟期、好況期と不況期では、営業の考え方と進め方、行い方を正反対にするということ。
すなわち、社長が社員へ、上司が部下へ、従来と逆の指示を出すわけだ。

例を挙げれば、「訪問件数を減らす」「商談をやらせない」「会社説明・商品説明を禁ずる」「注文を断る」「見積書を出させない」「提案書をつくらせない」。
がっかりするほどシンプル。

『月刊トップセミナー』は、職場や営業会議で研修教材として利用されている。
社長は社員教育に、上司は部下指導に役立てている。
無償だからといって中身(コンテンツ)に手抜きはなし。
再建系コンサルタントとしての経験を踏まえ、プライドをかけて、内容は考え抜いたつもり。
サンプルビデオとして「新年度特大号」を公開しており、ご視聴くだされば有効性が実感できよう。

◆2010年4月号(新年度特大号)
モノ売り営業脱却はこうしなさい
〜やり方でなく“あり方”を変えることが条件!


『月刊トップセミナー』は、経営革新と営業変革に役立つ15分前後の講演映像。
大勢のビジネスリーダーに毎月無料で提供。
ご登録くださると、最新号よりお届けする。

◆『月刊トップセミナー』無料購読のお申し込みはこちら。

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2010年5月公開講座

特急はくたか、強風で全面運休

私は火曜日に富山第一ホテルで北陸経済研究所が主催する「北経研経営セミナー」の2010年度の皮切りの講師を仰せつかった。
光栄の至り。
演題は、「営業変革勝ち残りセミナー」。
対象は、富山県を中心に北陸4県の地場企業の経営トップと営業幹部。
上層部に限定したため、参加者は多くなかった。
しかし、現状に強い危機感、次世代へ深い愛情を持つ方々の集まりだったため、互いに濃密な時間を共有することができた。
受講態度は非常に真剣であり、講師として一段と熱が入った。
主催者と参加者に対し、心より感謝したい。

私は普段、講師紹介で「明治大学中退」と名乗っている。
学歴とは学業に関する経歴であり、明治大学は学び遂げられなかったので中退になった。
したがって、最終学歴は「富山県立魚津高校卒業」。
当日は地元でのセミナー。
私はいつも厳しい口調で講義を進めているが、どうしてもリラックスしてしまう。

ところで、宿泊ホテルがセミナー会場と同一であり、朝はゆっくりできる。
そこで前夜、富山駅の近くで、かつての両親の実家、滑川市天望町に暮らす妹と久し振りに食事をともにした。
ホタルイカほか海鮮を用いたメニューが中心の、地元の居酒屋。
妹は3人の子どもが大学進学で次々と親元を離れた。
寂しかろう。
2時間、会話が弾み、私は一安心。

                       ◇

北経研経営セミナーは夕方に終わった。
私は富山駅で帰りの切符を求めようとして、糸魚川付近の強風のためにダイヤが大幅に乱れていると告げられた。
「特急はくたか」は運休状態。
参ったなぁ…。

私はやむをえず、行けるところまで行こうと各駅停車に乗った。
一駅ずつ長い停車。
途中、魚津駅(うろ覚え)で、まもなく入線する特急列車が先に出発するとアナウンスがあった。
私はほとんど信じておらず、そのまま各駅停車に残った。
乗客の大半がホームに降り立って、反対側に入線する特急列車をずっと待っている。

出張の多い私は過去に幾度かトラブルを味わっており、長期戦を覚悟していた。
各駅停車はがらがら。
このチャンスしかないと思い、Tシャツとジーンズ、皮ジャンにささっと着替えた。
何と大胆な…。
が、手慣れたもの。
実は、丸1日のセミナーで汗まみれになり、体調を崩しそうだった。
先週から風邪気味だった。

かなり遅れて到着した特急列車に乗り換えたが、隣の黒部駅で長らく停車した挙げ句、運転打ち切り。
やっぱりな…。
JRが直江津駅まで振り替え輸送のバス便を用意してくれたが、私は疲労がピークに達しており、この上の長時間移動に耐えられない。
幸いにも黒部駅前の「ホテルアクア黒部」に空室があり、宿泊することにした。

私が黒部に降り立ったのは三十数年振り。
楽譜取次の松沢書店の一員として、北陸出張でレコード楽器店を毎月訪ねていた。
その駅前にこんな立派なホテルができていたことに驚いた。
至って快適。

黒部はYKK(旧吉田工業)のお膝下である。
不遇の父は同社に拾ってもらい、嘱託として女子寮の寮長を長年務めた(不確か)。
隣の生地駅か。

ふと思った。
昔、地元の人は吉田工業を「チャック」と呼んでいた(不確か)。
あちこちの家庭で内職をやっていた。
富山県民の真面目かつ豊富で安価な労働力に恵まれたから、同社の基盤が築かれたのでなかったか。

私が黒部駅に降り立った頃は暗闇に包まれ、街を見通せなかったが、とても懐かしい気持ちに浸れた。
自分の思い出より、父の姿が浮かんできた。

家族を支えるため、どん底の境遇で頑張りつづけた父に感謝したい。

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コミュニケーション力=仕事力

私が理事長を務める「NPO法人営業実践大学」では 第167回公開講座を行う。
実は、本大学は、現在のスタイルでの運営を2011年3月に終了する。
ついては、2010年1月〜9月を過去の好評セミナーのアンコール企画とした。
長らくのご支援に対し、心より感謝する。

第5弾の案内文は以下のとおり。

営業と顧客。上司と部下。社長と社員…。
私たちの仕事は、人とのコミュニケーションのうえに成り立っており、その良し悪しが成果を左右します。
コミュニケーション力=仕事力と言ってもよいでしょう。
しかし、あまりに日常的なスキルのため、真剣に考える機会が少ないのも事実です。
そこで今回は、上司と部下のコミュニケーションを例題に、即使えるコミュニケーションのツボを学ぶことにしました。
ゲストは、一昨年12月の「問題解決技法」で大好評だった古波倉正嗣氏です。
ケーススタディやワークショップ満載、頭脳フル回転の濃密講座です。

概要は以下のとおり。

日 程◆2010年5月18日(火)
時 間◆午後7時40分〜9時20分(1時間40分)
会 場◆ジェイック(地下鉄神保町駅至近)
演 題◆できる上司は部下を動かす!
副 題◆[即効講座]コミュニケーション力は仕事力
ゲスト◆古波倉正嗣(ヒューマンキャピタルイニシアティブ代表)

講師略歴は以下のとおり。

マーケティング会社などを経て、東京イングリッシュセンター入社。
マネージャーとして、異文化間のコミュニケーション問題の解決に従事。
97年に国際ディベート学会公認トレーナーの認定を取得。
現在は「組織と個人における思考力・コミュニケーション力の強化」をテーマに、企業・官公庁・自治体などで講演・指導に奔走。実績は多数。

詳しいパンフレット(案内状)はこちら。

私・和田創は前座として、「社長スクール」で講演を行う。
演題は、「顧客増加・売上向上 お任せツール!」
時間は、午後6時50分〜7時20分(30分間)。

今日、営業担当者は売れなくて困っている。
右肩下がりの経済、縮小市場に勢いがつく今後、さらに売れなくなる。
そこで、営業担当者はルーティンに甘んじることなく、新規顧客の開拓や既存顧客の深耕・拡大に挑まなくてならない。
しかし、精神的な負担が重いため、大方はブレーキを踏んでしまう。
社長や上司はそうした現実を嘆くだけでなく、社員や部下の営業活動を支援していくことが欠かせない。
彼らのストレスや恐怖心を和らげてやるのだ。
実は、従来の営業ツールを見直すなら、顧客増加も売上向上も叶えられる。
今回は商品が売れる名刺、仕事が取れる名刺について述べる。

当日の受講料は一般4千円、会員2千円。
NPO法人なので、収益事業でなく社会貢献事業。
ぜひお気軽にご参加ください。
初めての方、営業未経験者、学生、大歓迎です。

なお、途中の20分間はフリータイム(名刺交換会&休憩)。
毎回、ゲストと参加者、参加者同士で大盛りあがり。
どうか名刺をお忘れなく。
お持ちでない方は、手書きなどでも結構。

では、会場でお目にかかりましょう。

公開型の「営業研修」としてもご利用ください。

                      ◇◆◇

前回の公開講座について簡単に報告したい。

演題は、「営業発・全社改革の思想と感動実例」
201005-2ゲストは、大胆な営業変革と業務改革により共立メンテナンスを断トツのナンバーワン企業へ導いた立役者・横山博氏。
どん底からの再生のツボを紹介していただいた。

当日、会場は参加者が溢れんばかり。
NPO法人営業実践大学の公開講座としては珍しく大盛況となった。
ゲストと大勢の参加者に心より感謝したい。

201005-1実は、本大学を来年3月で閉鎖すると発表してから人気が出てきた。
どこだったか年中「閉店セール」をやっていた。
店主の気持ちがようやく分かった。
本大学は予定どおり“閉店”する。

伝説のリーダーが放った起死回生策。
私は横山博氏の同じセミナーを4回聞いたことになる。
今回も感動を覚えた。
なぜこれほど大胆な発想転換を図れたか、ただただ驚く
業績が大化けした。

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2010年5月公開講座

存在の際立ちと硬直化…人生論

「とらわれずに、こだわろう」。

以前、デザインプロデューサー・黒崎輝男氏の言葉にハッとした。

私には、私なりに「こだわり」がある。
会社や仕事、人生や生活、社会や家庭…。
とくに「オン」に関しては“提案営業バカ”を自認し、「営業変革一筋」を打ち出した。
かれこれ15年、これだけで食べてきた。

だが、人はこだわるあまり、知らず知らずのうちにとらわれていることがある。

こだわりとは、「特化による存在の際立ち」である。
とらわれとは、「呪縛による存在の硬直化」である。
両者は、別物だ。
存在を「個性」や「価値」と置き換えてもよい。

「こだわり」に己が縛られはじめ、そのうち身動きが取れなくなる。
自分自身をがんじがらめにした状態で、これが「とらわれ」である。

そもそもこだわりとは、それを捨てるともう“己”でなくなってしまうという、のっぴきならない「存在証明」。

案外、私たちはこだわりを捨てても生きていけたりしないか。
それどころか、こだわりを捨てると生きやすくなったりしないか。
身にまとっていた殻を脱ぎ捨てた解放感!

己の存在証明と呼ぶに値する「こだわり」が、どれほどあるだろう。
冷静に検証する必要がありそうだ。

企業に則して述べよう。
こだわりを持つことで危険なのは、社会や経済、市場や顧客を眺める目線が固定し、しかも距離が短くなること。
ゆえに、視野が極端に狭くなる。
さらに、環境変化への適応が恐ろしく難しくなる。
したがって、新たに出現する機会をことごとく見逃す。
そして、そうした状態は「とらわれ」に違いない。

こだわりが、企業の経営やマーケティングを、個人の生き方や働き方、触れ合い方を、窮屈で退屈なものにしていたのではないかと考えはじめている。

なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。

和田創講演TV人生編「こだわりととらわれ」はこちら。
ユーチューブの数分のセミナー動画だ。

                      ◇◆◇

一連のブログは以下のとおり。

⇒2010年4月26日「学びとは違和感、成長とは不快」はこちら。

⇒2010年4月27日「素人とプロの決定的な違いとは?」はこちら。

きょうのブログは、2009年6月12日「こだわりととらわれ」に若干の修正を施したものである。

⇒2009年6月12日「こだわりととらわれ」はこちら。

なお、最初の原稿は以下のとおり。

⇒2007年4月7日「黒崎輝男氏の凄い言葉に、イタタッ」はこちら。

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社長殺到の講演会…経営の新常識

1年や2年ならともかく、長らく業績が低迷しているなら“上”が悪いに決まっている。
まして長らく業績が下落しているなら…。
社長の社員への指導が間違っているのだ。

これは成績不振の野球チームを考えると分かりやすい。
その責任は選手でなく監督にある。
勝負の世界は厳しく、フロント(株主)もファン(顧客)も黙っていないため、職に留まれない。

私は「丸の内経営サロン」でトップやリーダーの個別相談に乗っている。
「業績がひどくて会社がつぶれそう」。
“地獄”を見た社長がやって来る。

最大の特徴は、経営の常識を知らないこと。
「業績=商品力×営業力」。
商品力が競合他社と比べてそれほど変わらないとすれば、業績は営業力で決まる。
にもかかわらず、営業への愛情と理解を欠く。

当然だが、成長期と成熟期、好況期と不況期では、営業の考え方と進め方が正反対になる。
言い換えれば、社員への指示がまったく逆になっていなければ、業績はどん底を這う。
それすら分かっていない。
この先も“縮小均衡”を繰り返しながら会社は消滅へ向かうはず。

私が述べるまでもなく、従来の営業の延長線上に業績回復・拡大の“解”はない。
大丈夫、売れた時代のやり方が売れない時代に通用することは断じてない。
21世紀に生き残ろうと思うなら、新しい営業常識を身につけなければならない。
それがいま社長が慌てて学びはじめた「真逆(まぎゃく)営業」である。

そもそも数年に及ぶ業績不振は、従来の営業の“惨敗”を意味する。
そして、従来の営業をつくったのは、ほかならぬ社長である。
「変わるが勝ち」。
季節が真冬になっても夏服を着つづけるバカはいない。
凍え死ぬ!

なお、これまで述べてきたことは部門や拠点を預かる管理者についても当てはまる。
“上”が悪いに決まっている。
上司の部下への指導が間違っているのだ。

                       ◇

三井住友銀行系列のシンクタンク、SMBCコンサルティングより、私・和田創の渾身映像「営業変革講演」DVDが無償提供されるかもしれない。
中堅・中小企業などの社長や取締役へ手渡し。

先週木曜日に同社で行った「90分経営塾 変革を起こすリーダーの条件」講演会が圧倒的な評価を得たため。
テーマは、「社長の経営常識 〜“真逆営業”の思想と戦略」。
即座に数回の追加開催が決定。
いまだに反響が寄せられ、十回を超えるかもしれない。

この「90分経営塾 変革を起こすリーダーの条件」「社長の経営常識 〜“真逆営業”の思想と戦略」講演会は、経営トップと営業幹部を対象とした衝撃的なセミナーである。
自分がなぜ苦しまなくてならないか、自社がなぜ業績不振から抜け出せないか、最大の理由が一発で明確に分かる。
目からウロコが10枚落ちること請け合い。
ただし、刺激が強く、会場が凍りつく。
参加には相当な覚悟が必要になろう。

和田創大噴火「営業変革講演」9タイトルはこちら。

セミナー映像9タイトルすべて公開中なので、どうかご視聴いただきたい。
銀行系シンクタンクの三菱UFJリサーチ&コンサルティング、北陸経済研究所などのセミナーパンフレットでも紹介されている。
さらに、財団法人九州生産性本部などでもDVDが無償配付されている。
私は大勢の変革リーダーに営業強化・再建のヒントをつかんでいただきたい。

売れない時代では、売るための教育に力を入れるほど業績不振にはまる。

「丸の内経営サロン(無料個別相談会)」はこちら。

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素人とプロの決定的な違いとは?

好き嫌いはバカでも言える。
好きなら好きと言い、嫌いなら嫌いと言うだけ。

「私は好きだなぁ」。
「私は嫌いだなぁ」。

すれ違ってお仕舞い。
対象に則し、両者が交じり合うことはなく、したがって高め合うこともない。

すなわち、好き嫌いは主観や感覚に任せて“言う”ものであり、“語る”ものでない。

例えば、仲間と音楽を語ったというとき、たいていは好き嫌いを述べたにすぎない。
映画でもアートでもスポーツでも…。

語るというからには、客観や論理に基づいた「評価」をともなうことが条件である。
したがって、対象のなかに評価する部分と評価しない部分が出てくる。
どちらかに決め込む必要はさらさらない。

例を挙げよう。
私は音楽に関してはまったくの素人だ。
したがって、的確な評価はムリ。
このブログで以前、「ポール・ポッツ」を取りあげたことがある。
だが、言っただけでない。
いくらか語ったつもりだ。
むろん、私に可能な範囲で精一杯。

⇒2009年11月7日「待望ポール・ポッツ2010年来日公演」はこちら。

好き嫌いはバカでも言える。
何事に対しても、しなやかな頭と心で接し、学んでいきたい。

                       ◇

かの大山康晴は、「将棋の駒に好き嫌いなどあってはならない」と断じた。
経営と人生において豊かさと幸せをつかむ極意だ。

⇒2009年9月14日「大山康晴の言葉と生き様」はこちら。

素人は好き嫌いを言い、プロは評価を語る。
両者の決定的な違いだろう。
これは資質と気質が絡むため、克服は容易でない。

                      ◇◆◇

一連のブログは以下のとおり。

⇒2010年4月26日「学びとは違和感、成長とは不快」はこちら。

きょうのブログは、2008年2月18日「好き嫌いはバカでも言える」に若干の改訂を施したものである。

⇒2008年2月18日「好き嫌いはバカでも言える」はこちら。

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感動の全身表現…みずほ営業セミナー

私は先日、みずほ総合研究所で「提案営業セミナー」の講師を務めた。
会場で寄せられた受講者の感想(アンケート用紙記入方式)のごく一部を以下に紹介しよう。

◆30代・男性、営業。
「頭のなかであやふやだったものが明確になりました。すっきりしました。
あとは行動を起こすだけです」。
一番印象に残った言葉は「買ってくれ、は禁句」。

⇒和田創:『月刊トップセミナー』を活用し、提案営業を掘り下げて学んでください。

◆40代・男性、製造業。
「私たち営業は、商品の販売成績で評価されるため、御用聞きを捨て切れないのが実情です。
もちろん、提案型の営業もあわせて実施しているのですが、そのほとんどが前述だと思われます。
大きく発展する可能性のある“案件”を推進できていないことが多々あると感じました。
今後は営業スタイルを思い切って変え、顧客の課題(悩みごと・苦しみごと・困りごと)を抽出するように努めます」。
一番印象に残った言葉は「買ってくれ、は禁止!」。

⇒和田創:顧客志向に頭を切り替え、顧客理解に力を尽くしましょう。
提案営業は、提案(アウトプット)でなく、情報収集・分析(インプット)を大切にします。

◆50代・男性、製造請負業、常務取締役。
「ソリューションに関する自分の理解に、基本的な誤解がないことが確認できた。
ソリューションを提供していくに際しての方法論について知識が得られたので、実践してみる。
一番印象に残った言葉は「真逆(まぎゃく)営業」。

⇒和田創:製造のアウトソーシングは本格的なソリューションでなくては通用しにくく、概して営業はレベルが高いです。
私の講義に違和感はなかったのでないでしょうか。
そもそも顧客の経営戦略や経営計画の一部に位置づけられるわけですから…。
決定権者との膝を交えたコラボレーションを大切にされていることでしょう。

◆40代・男性、流通業、拡大推進部マネージャー。
「ご講義の内容と合わせ、営業に対する思いを“全身”で表現していただき、とても感動しました」。
一番印象に残った言葉は「トモコさん」。

⇒和田創:トモコさんを決して忘れないでください。
これこそ「顧客志向」。
また、ソウ君をときどき思い出してください。
ぐすん・・・。

後日のメールは、以下のとおり。
「早速のメール配信をいただきまして、ありがとうございました。
こちらこそ、末永くよろしくお願い申しあげます」。

⇒和田創:当日のセミナーは変わる契機にすぎません。
『月刊トップセミナー』で学びつづけ、最良の営業を目指してください。
お分かりと思いますが、最強の営業を目指すと「顧客志向」の対極、「自社都合」に走りがちですので注意が要ります。
そして、職業人生における自己実現をしっかりと叶えてください。
いつかお会いしましょう。

和田創プロフィールはこちら。

                       ◇

『月刊トップセミナー』は、経営革新と営業変革に役立つ15分前後の講演映像。
大勢のビジネスリーダーに毎月無料で提供。
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サンプルビデオは以下のとおり。

◆2010年4月号(新年度特大号)
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学びとは違和感、成長とは不快

私は、嫌いなものが自分の幅を広げてくれると思うに至った。
さらに、それが自分の深みも増してくれると思うに至った。
ものとは、ヒト・コト・モノ。

それは50代に入って…。
私は何事も気づきが遅い。

好きなものに拘っていては、成長が覚束ない。
成長とは、むろん「変化」のこと。
時代が激しく変わっているからだ。

拘りは捉われに変わり、捉われは囚われに変わりやすい。
いつしか好き嫌いの感情に自分が飼い馴らされ、思考にバイアスがかかる。
つまり、好き嫌いをもって評価にかえる。

私たちにとり、囚われは安堵や安心につながる。
それは、囚われに感じる窮屈や退屈よりはるかに大きい。
好きなものに接したり囲まれたりすることは楽であり、この上なく「快適」なのだ。

かたや、嫌いなものに接したり囲まれたりすることは苦であり、この上なく「不快」なのだ。
私たちにとり、それは居心地の悪さにつながる。

しかし、この「不快」こそ人の成長に不可欠だ。
学びとは“違和感”にほかならない。

好きなものに身を置く典型が、読書や勉強である。
その最大の問題は、満ち足りた気分に浸れること。
カネと時間を注ぎ込んだわりに成果を得られていない理由は、成長が遅いからだ。

ところで、社長は好きなものを手繰り寄せ、嫌いなものを遠ざけられる立場にある。
こうした状態が続くと、人間としての成熟はとても果たせない。
若くして頂点に立ったトップなどに、ひどく子どもじみた人が少なくない。
会社の発展もそこで止まることになろう。

                       ◇

かの大山康晴は、「将棋の駒に好き嫌いなどあってはならない」と断じた。
経営と人生において豊かさと幸せをつかむ極意だ。

⇒2009年9月14日「大山康晴の言葉と生き様」はこちら。

                       ◇

私は長らく再建系のコンサルタントとして講演やセミナーを行ってきた。
来場者のなかに業績や成績の不振から抜け出せなくてもがいている人が少なくない。
経営トップや営業幹部もやって来る。
ありがたい。

人は感謝の気持ちを抱くと、相手に優しくしたくなる。

が、私は好かれる講師になってならないと、強く戒めている。
当然ながら、結果を出せないでいる参加者が首を縦に振る内容では話にならない。
建て直しは、彼らの“否定”から始まる。

私はプロフェッショナルを自任しており、参加者に「不快」を持ち返っていただきたい。
これを真剣に追求してきたから、悠々と講師稼業を続けてこられたのでなかろうか。

言い換えれば、講師は自分にとり「快適」な講演やセミナーにしてならない。
そのためには参加者に嫌われればよい。
許されるなら、自分が会場から逃げ出したいと思うこと。
闘いの場に居心地のよさはあってならない。

大丈夫、大勢が拒絶を示しても、少数が評価を下してくれるなら、仕事に困らない。
人は全員に好かれなくても食べていける、生きていける。
世の中はうまくできている。

                      ◇◆◇

きょうのブログは、2008年2月15日「拘り、捉われ、囚われ…」に大幅な改訂を施したものである。

⇒2008年2月15日「拘り、捉われ、囚われ…」はこちら。

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ソリューションセールスセミナー感想

私は先日、みずほ総合研究所で「提案営業セミナー」の講師を務めた。
翌朝、飲料メーカーの営業企画に携わる受講者から丁寧なメールが寄せられた。
会社名と個人名などを伏せ、以下に紹介しよう。

                       ◇

昨日セミナーに参加させていただきました。
先生から向かって右から2番目に着席していました。
どうしても外せない約束が入っていたため、セミナー終了後の歓談に参加できず、ほんとうに残念でした。

先生よりご教授いただくまでは、お恥ずかしいかぎりですが、「提案営業」という意味合いをまったく履き違えておりました。
昨日の講義は、私にとって非常に衝撃的なものでした。

どこまで理解できたかは分かりませんが、先生から伺ったことを自分の財産として早速活動に生かしていくつもりです。

『月刊トップセミナー』をお送りいただきましたら、私のみならず、会社の上層部にも見てもらいたいと思います。
ご面倒をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いいたします。

                       ◇

以上。
まことにありがとうございます。

筋のよさが文面から伝わってくる。
仕事のなかでたびたび思い起こしてほしいのは、「コンサルティングセールス」の思想、そして「ソリューションセールス」の技術。
前者は、自社の営業担当者の立場を離れ、顧客の購買コンサルタント(仕入れコンサルタント)の役割に徹する。
つまり、営業担当者との決別。
商談をやめて相談に乗ること。
後者は、顧客へ課題解決策を投げかける。
つまり、商品を売らず、役立ちを売る。
これらの取り組みを可能にするキーワードは、「顧客志向」と「顧客理解」。

なお、『月刊トップセミナー(講話映像)』を社内で視聴し、活発に議論してほしい。
経営層を巻き込めるなら、営業の見直しの機運が盛りあがるだろう。
収益伸長、成長持続につながることを切に願う。

                       ◇

営業を重視する中堅以上の企業では、営業統括部や営業企画部、営業推進部などが置かれている。
いわば営業全体の“司令塔”だ。
こうしたセクションが今日の環境下で第一に果たすべき使命とは「営業変革」でなかろうか。

現場は売れなくてほとほと困っている。
どうしてよいか分からない状態…。

売れた時代のやり方が売れない時代において機能不全どころか機能停止に陥っている。
実際、売れた時代のやり方が売れない時代になっても何ら改められていない。

営業本部は上層部と連携し、自社の営業を21世紀に生き残れるように“再生”しなくてなるまい。

                       ◇

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間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ

2008年12月17日に大阪を出発、マラソンとヨットで世界一周「アースマラソン」に挑戦しているお笑いタレントの間寛平(はざま・かんぺい)。

今年1月に前立腺がんと診断され、経口と注射によるホルモン治療を行いながらマラソンを続けていた。
しかし、体調が思わしくなく、トルクメニスタンで一時中断し、米国サンフランシスコで放射線治療を受けている。
もちろん“完走”するため。
担当医師によると、腫瘍の程度は5段階の4と高いが、2カ月程で完治しそう。
再スタートの時期は様子を見て判断する。

アースマラソンは「山あり谷あり」。
間寛平は治療とトレーニングを並行し、一日も早く日本に着けるように頑張りたいと語った。
ブログには連日、激励のメッセージが届いている。
間寛平が病魔と闘いながらゴールを目指す姿は、ファンに大きな勇気と感動を与えよう。

人はだれしも“老い”を迎える。
行く末を考えれば不安が膨らみ、来た道を振り返れば悔いが残る。
さまざまな思いに苦しめられ、心が揺れ動く。
それでも間寛平はひょうひょうとして生きる。

私がやりたくてできないことを、間寛平は代わりにやってくれている。
セカンドライフに誇りと喜びを見出せなくて元気を失いがちな団塊の世代や60代の憧れでもあろう。

「地球を走って一周する」。
ここまで壮大でなくても、一生のうちにこれといった目標を掲げられ、なおかつ実行へ移せる人はどれだけいるだろう。
私たちは何となく歳月を過ごし、気づけば夕暮れにたたずみ、すぐに朽ちていく。

間寛平のチャレンジは、困難そのもの。
入念な準備は当然として、それまでの不断の鍛錬、それに基づく実績の積み重ねがあってこそ可能性が芽生えるし、支援者も現れる。
私には絶対に無理と承知しつつ、うらやましいと思う気持ちがどこかにある。

自然は美しい。
そして厳しい。
吹きすさぶ砂漠、荒れ狂う海原、降り注ぐ太陽…。
行程の大半は過酷極まりないのかもしれない。

間寛平は、人生の地平線をどこまでも走っている。
胸に時折去来する思いは何なのだろう。

還暦間近の私は思う。
垢で汚れてしまった心を空っぽにできたら…。
広辞苑によれば、還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還るからいう、数え年の61歳の称」とある。

                      ◇◆◇

私は以前、たまたま見た報道番組で深い溜め息をついてしまった。
自分の境遇とのあまりに大きな隔たり…。
そこには大海原を背景に、こぼれるような笑顔の間寛平が映し出されていた。
以下に、「大西洋上で還暦を迎える幸せ!」と題する2009年8月18日のブログを収める。

テレビ報道によれば、「アースマラソン」に挑戦しているお笑いアスリート・間寛平が大西洋上で還暦を迎えた。
このアースマラソンは、マラソンとヨットで世界を一周する、人類初の冒険。
輝かしいマラソン歴の集大成らしい。

私は2年弱で満60歳に達する。
ヨットでの航海中に還暦を迎えられたら、最高の気分だろう。
人生の幾多の苦労も吹き飛ぶに違いない。

これまで間寛平が走っている番組をついつい見てしまった。
もともと不思議な味わいを持つ芸人なのだが、マラソンとの取り合わせはきわめて魅力的。

                      ◇◆◇

以下に、「旅人・関口知宏」と題する2008年3月2日のブログを収める。
旅人に対する私の憧れを素直に綴ったもの。
それと、「リヤカーマン」を思い浮かべた。

きのう、BS2で「関口知宏スペシャル 全部見せます! 日中欧鉄道大紀行」という長時間番組を放映していた。
過去の番組の総集編か。
私は、「日本列島縦断最長片道切符の旅」の、しかもごく一部のみ視聴。

すべてがゆったりと流れる…。
途中、各地の自然や風物、文化や風土、暮らしや人情などに触れる。
うらやましい。

関口知宏は、どこにでも自然体で溶け込んでいけるし、だれからも温かく迎え入れられる。
それに絵も描けるし曲もつくれる。
これ以上の旅人はそうそういない。
タレントのジャンルとして「旅人」が成り立つのではないかと思わされる(あ、兼高かおるというあまりにも偉大な先人がすでに存在した)。
このシリーズに限らず、街道を徒歩で旅する番組もあったのでは…。
それとバイクで旅する番組も…(こちらは二人連れ)。

この手の紀行番組の登場は、チャネルの増加と無関係でない。
制作コストを低く抑えられ、しかも放映時間を長く稼げる。
そうしたテレビ局の思惑がある。

紀行番組は、筋書きも演出も限られる。
それ以前に、スタジオもセットも、脇役もエキストラも要しない。
主役の旅人一人。
結果として素朴な内容になり、そこに新鮮な面白さがある。
ストーリーを追わなくてよいので、“ながら視聴”の私にぴったり。
関口知宏のキャラクターとあいまって、心が癒やされる。

多忙な現代人にとり、時間の消費そして忘却こそが最高の贅沢なのかもしれない。

自分の限界に挑み、生命の危険にさらされながら旅を続ける「リヤカーマン」にさえ、憧れの気持ちを抱く人は少なくない。

                       ◇

将来の夢。
腰や背中が悲鳴を上げなければ、私は鈍行(各駅停車)による「日本一周の旅」を楽しんでみたい。

これまで幾度かつまずきながら、しかし走るようにして生きてきた。
そう、私は前しか見たことがない。
気の遠くなるくらいのんびりとした日々を、一生にたった1度でも送れるなら…。

                      ◇◆◇

⇒2009年8月18日「大西洋上で還暦を迎える幸せ!」はこちら。

⇒2008年3月2日「旅人・関口知宏」はこちら。

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木村拓也追悼試合…東京ドーム広島戦

今月2日の広島戦前にくも膜下出血で倒れ、意識不明のまま7日に亡くなった読売ジャイアンツの木村拓也一軍内野守備走塁コーチ。
亨年37歳。

きょう東京ドームで「追悼試合」が開かれる。
2006年途中まで在籍した広島との対戦。

試合前に追悼セレモニーが催され、球場正面22番ゲート前広場に特別献花台が設けられる。
選手時代の活躍が同広場の大型ビジョンに映し出される。

球場全体が涙を誘われるのは始球式。
長男が父親のユニフォームを着てマウンドに立つ。
10歳なので、小学4年生くらいか。
地元・広島のソフトボールチームで中心選手としてプレーしているらしい。

入場者はメッセージボードに思い思いの追悼コメントを記し、一斉に掲げるようだ。
ボードカラーは巨人のオレンジのほか、広島のレッド。

木村拓也は3人の子どもの成長を何よりも楽しみにしていた。
顔が子煩悩。
先立った本人にも残された家族にも申しあげる言葉が見つからない。
しかし、これほど立派な儀式が執り行われるのは“人柄”ゆえだ。
天国から覗いていることだろう。

                      ◇◆◇

以下に、「追悼…木村拓也という生き様」と題する2010年4月8日のブログを収める。
原稿の一部を削った。

読売ジャイアンツの木村拓也一軍内野守備走塁コーチが7日未明亡くなった。
37歳。
2日夕刻、広島のマツダスタジアム、試合前のシートノック中に「くも膜下出血」で倒れた。
運ばれた病院で意識不明の容体が続いていた。

私は昔、前妻をガンで亡くした。
3人の子どもはまだ小さかった。
当時の記憶がよみがえってきた。

木村拓也は最後まで意識が戻らなかった。
せめて家族に一言でも残したかったろう。
無念。
そして家族は一言でも届けたかったろう。
気の毒。

私が三鷹・杏林大学医学部附属病院の病室を一人で訪ねたとき、前妻は死を覚悟していたのか、「3人の子どもを残して、死んでも死に切れない」とつぶやいた。
私の判断で告知を行っていなかったので、「何をバカな…」と笑いを返した。
前妻は私に思いを託することができた…。

木村拓也の生き様は地味ながらプロ野球ファンの心に深く刻まれた。
ご冥福をお祈りする。

以下に、2009年11月28日「木村拓也と木村拓哉の名言に感動!」と題するブログから、「木村拓也」について述べた部分を掲げる。

私はキムタクがマスコミのインタビューに対し、さらりと返した言葉に感動した。
そこには彼の半生の生き様と実感が詰まっていた。
しびれる名言…。
ただし、“ながら視聴”なのでうろ覚え。
「チャンスのあるところを探さないと、生き残っていくことができなかった」。
凡人の私は、ほんとうにそのとおりだと思う。
しかし、こうしたことを強く自覚して働きとおせる人はいったいどれくらいいるだろう?

「キムタク」の愛称で親しまれた木村拓也は1991年に日本ハムファイターズに捕手として入団したが、まもなく限界を察し、出番を求めて外野手へ転向した。
とはいえ、レギュラー争いは熾烈を極める。
自分の能力では定位置は取れないと肝に銘じる。
球団はそのシーズンやそのときどきで、選手の不足や故障、不調などにより手薄なポジションが生じることがある。
木村拓也はそうしたポジションを見逃さず、全力で守るようになった。

「チャンスのあるところを探さないと、生き残っていくことができなかった」。
そのなりふり構わぬ実践が、ピッチャー以外の全ポジションにつくことにつながった。
アマチュア野球ならともかく、プロ野球では凄いこと。

木村拓也は「ユーティリティープレーヤー」として重宝がられた。
実際の試合では想定外のハプニングがまま起こる。
どこでも守れる選手が一人いれば、監督は心強い。
しかも打撃も走塁も肩もそれなり。

木村拓也は、自分の置かれたチーム内の立場を分かったうえで、働き場所を貪欲に追い求めた。
そして、つねに何らかの価値と存在感を示した。
結局、木村拓也は37歳まで現役を続けることができた。
最後は読売ジャイアンツ(読売巨人軍)で日本一を達成し、ユニフォームを脱いだ。

インタビューに答える晴れやかな笑顔に、自分の持ち味を生かし切ったという満足感が見て取れる。
素晴らしいではないか。
そのうちどこかの球団から守備コーチのお声がかかるかもしれない。
野球人生が終わったわけでなく、息は長そう…。

木村拓也の選手生活は、サラリーマンに限らず、社会人が幸せで豊かな職業人生を全うするヒントそのものだ。
いや、奥義に通じる。
先の監督は経営者や上司、チームは会社や職場、ポジションは地位や仕事と置き換えればよい。

誤解が生じるといけないので…。
木村拓也は凡人でない。
才能があり、だからプロ野球界に入れた。
その彼にして、「チャンスのあるところを探さないと、生き残っていくことができなかった」。
私のような凡人はなおさらという意味。

以下は、木村拓也(きむら・たくや)のプロフィール。
おもにウィキペディアによった。
1991年にドラフト外で日本ハムファイターズに入団した。
県立宮崎南高校時代には強肩捕手として鳴らし、5打席連続三塁打の珍しい記録も持つ。
だが、プロ野球界からはたいした注目を集めなかった。
1992年に俊足と強肩を生かせる外野手へ転向した。
1995年に交換トレードで移籍した広島東洋カープで内野手を兼ねるようになった。
1997年にスイッチヒッターへ転向した。
2000年に1番打者として規定打席に到達し、その後は3年連続でレギュラーとして好成績を記録した。
やがてコンパクトに構えてセンター返しを心がけるシュアな打撃に磨きをかけていった。
が、相次ぐ故障や若手の台頭などにより出場機会が減った。
2006年に交換トレードで読売ジャイアンツへ移籍した。
そして守備だけでなく打撃でも活躍した。
また、代打として貴重な働きも多かった。
2008年に2番、二塁のレギュラーとして充実したシーズンを送った。
2009年に若手との競争が激しくなり、自身も調子を落として出場機会が減った。

以上。
なお、現役引退を伝える新聞は「木村拓也内野手」と記していた。
「日本一になってうれしい気持ちと、野球をやらなくていいというほっとした気持ちの両方がある」。
苦労人の率直な感慨だ。

…何だ、読売ジャイアンツでの仕事が待ち受けていた。
休む間もなく一軍内野守備走塁コーチを務める。
あれだけの闘志と経験、技術を、プロ野球界が放っておくはずがない。
実力のある人は引っ張り凧になるのが世の中だ。
還暦間近の私はこれまでの人生を悔いるばかり。

以上。

雑草を自認する私は木村拓也が好きだ。

                      ◇◆◇

⇒2010年4月8日「追悼…木村拓也という生き様」はこちら。

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驚異的評価…社長・取締役辛口講演会

私は来週まで講演とセミナーが続く。
そのうち3本は経営トップと営業幹部を対象とした激辛の内容。
昨夜は三井住友銀行系列のシンクタンク、SMBCコンサルティングで「変革リーダーの条件」。
来週火曜日は北陸銀行系列のシンクタンク、北陸経済研究所で「営業変革トップセミナー」。

私が講師を行ううえで一番大切にしているのはのは、参加者に反発してもらうこと。
彼らがカチンときたりムッとしたりする話し方を心がけている。
好かれる話し方では、右の耳から入り左の耳から抜けていく。
それではプロ講師として失格、まして私の場合はテーマが“再建系”なので論外。
いかに頭と心にくさびを打ち込むかの勝負だ。
それができなくては成果を上げられず、したがって仕事にあぶれる。

参加者に「いやな講師だなぁ」と嫌ってもらうこと。
私はときに断固たる口振りで抵抗や拒絶、怒りの感情を呼び覚ます。

講師が褒めるのは非常に楽だ。
好かれるので、講義も進めやすい。
そして、自分が持つ知識や手法をあれこれ紹介する。
精神的・肉体的な疲労も少なくて済む。

講師が叱るのは恐ろしく大変だ。
なかでも参加者を頭ごなしに否定するには、自分に絶対の自信を持てなくては不可能である。
となると、コンテンツの作成に膨大なエネルギーをかけざるをえない。
例えば、90分の講演で1週間、1日のセミナーで1カ月間。
これは1日16時間労働で正味の日数、しかも最低の日数。
私は年中無休、寝ても覚めても考えつづけ、磨き抜く。

実は、他人から得た知識や手法で叱れない。
自分がつかんだ体験の知恵をぶつけるしかない。
これができる講師だけがプロとして悠悠と食べていける。

私は最近、90分の講演や1〜2日のセミナーなら、会場に着いてから話す内容を決めている。
参加者の属性、そして反応を踏まえながら臨機応変に進めている。
即興。
しかし、その背景にはコンテンツの無数の引き出しがあることは言うまでもない。
決していい加減なわけでない。

私は長らく再建系の経営コンサルタントとして働くなかで、「相手に好かれたらお仕舞い」との気づきを得た。
それではクライアントを立て直せない。
この仕事は困難を極める。

社内に厳しいことを言う人がいない。
業績不振企業に共通する大きな特徴である。
私が代わりに伝えるしかあるまい。

ところで、厳しいこととは、何か。
当たり前のこと。
当たり前のこととは、何か。
子どもでも分かること。

私が講演やセミナー、研修で守ってきたのは、小学生高学年が理解できる話しかしないこと。
そう、基本中の基本。

経営でも業務でも営業でも「基本」を徹底させることがもっとも骨が折れる。
「基本ほど理解できない。基本ほど実践できない。基本ができれば、だれだってイチローになれる」。
私はクライアントで繰り返し述べてきた。

経営トップや営業幹部に気づいてほしい。
優良企業に生まれ変わるのに、特別なこと、高度なことを行う必要はさらさらない。
それは“自己満足”や“逃避行為”にほかならない。
毎年、経営企画室などが難しい戦略や計画を策定してくれるお陰で、着実に凋落している企業が珍しくない。

そうでなく、愚直なまでに基本をやり抜く。
絶対に“逃げ道”をつくってならない。
これは個人(人生)でも同じ。

私は参加者にとり不快な刺激に満ちた講義にしようと努めている。
学びとは“違和感”であり、それが成長をもたらすからだ。

が、講演やセミナーが終わる頃には参加者の受け止め方に変化が起こっていなくてならない。
むろん、全員でなくてよい。
むしろ、全員がそうなってはいけない。
なぜなら、変革を引き起こせる内容でないから皆が賛同するのだ。
イノベーションを牽引できるのはせいぜい2割。

企業が変わるのは地獄の苦しみだ。
それを乗り越えられるなら、この世から業績不振は消える。
これは個人(人生)でも同じ。

私は再建系の講師として、変革に目覚める人が2割出るように頑張っている。
きのうは7割が最高の評価を下してくれた。
容赦ない内容だったのに…。
変革リーダーを目指す人を対象とした講演とはいえ、驚異的な数字である。
心より感謝したい。

私は、SMBCコンサルティングが継続開催する「90分経営塾 変革を起こすリーダーの条件」において、その“皮切り”の講師を仰せつかった。
光栄の至り!
先ほど主催者とやり取りしたが、電話口の向こうで驚いていた。
「和田先生に期待したとおりのパフォーマンスを発揮していただきました」。
勇気づけられる言葉だ。
即座に数回の追加開催が決定した。

「講師は気に入らないけれど、言うことに一理はある」。
「頭に来る講師だけれど、腑に落ちたところもある」。
3時間以内の講演なら、終了時にこうした状態に導ければ大成功でなかろうか。

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トップの打ち手ー…大噴火経営塾

私は公開セミナーと講演が続き、疲労が限界に近い。
声もガラガラ…。
年なので静かに話そうとしているが、受講者の熱を感じると、私もつられて力が入ってしまう。
きのう大阪で行った、みずほ総合研究所主催の「提案営業セミナー」がそれだった。
大阪証券取引所の立派なビル内の北浜ホール。
私は講師稼業が長く、朝、会場で参加者の表情や様子を見た途端におおよそのレベルが分かる。

実際、講義中はあちこちで大きく頷いている。
休憩時間は会話や質問で盛りあがる。
そして、名刺交換の列ができる。
加えて、翌日のメールでも…。
通常の営業セミナーでここまで大きな反響が沸き起こるのは珍しい。

私はきのう、へろへろ。
しかも東京に戻るため、終了後の対応を30分程度に留めたいと思っていた。
ビル1階の上島珈琲に場を移し、受講者数名と質疑応答を兼ねた歓談。
ところが、凄く熱心なため、私は話が止まらなくなってしまった。
結局、「特別セミナー」。
気づくと1時間半近くが経っていた。

私のセミナーや講演の出発点は、「売ろうとして売れる時代はとうに終わっている」。
市場環境は非常に厳しい。
それでも営業は“数字”に責任を負わなくてならない。
しかし、この先は一段階、二段階、三段階売れなくなるだろう。
営業関係者の能力強化を図らずして、業績の維持どころか企業の存続さえ叶えられない。

私はいつも私なりに精一杯、セミナーや講演を行っている。
とはいえ、受講者に営業の見直しと活性化のヒントもしくは材料、あるいは“きっかけ”を差しあげられるにすぎない。
「私の講義など取るに足らない」と繰り返し述べている。

大事なのは、受講後。
「これでいいのか、うちの営業?」。
「これでいいのか、私の営業?」。
はたして従来の営業の延長で社長は会社と社員を守れるのか、社員は自分と家族を守れるのか。
この根源的な問いかけを決して忘れず、営業の高みを目指していただきたい。

名刺交換者には『月刊トップセミナー』を毎月差しあげる。
無料だからといって、手抜きは一切していない。
15分前後の映像だが、コンテンツ(講義内容)の作成に丸3日は割いている。
中身をぎゅうぎゅうに詰め込んだ。
最近、職場や営業会議で視聴してくださる企業が増えている。
また、MBA(社会人大学院)や経済団体などでも配信・配付されている。

「継続は力なり」。
年金は支給開始が遅れ、若い世代は少なくとも70歳前後まで働かなくてなるまい。
職業人生はとてつもなく長く険しい。
どうか向上意識と自己実現欲求を持ち、粘り強く学びつづけていただきたい。
かならずや大きな力となる。

皆さん、どうもありがとう。

                       ◇

ところで…。
充実したセミナーや講演になるかどうか?

むろん、講師は力量が問われる。
プロの端くれとして、つねに自分を戒めている。
しかし、私一人の頑張りでは限界がある。

実は、セミナーや講演は、講師と受講者のコラボレーション(共創)である。
私の場合はとりわけ“変革系”の内容なので、受講者の危機感の強さと問題意識の深さが大事になる。
互いに噛み合ったとき、素晴らしい時間と空間を共有できる。

「この仕事をやっていてよかった」。
そう、心の底から思える。

                       ◇

私は今朝、体中の激しい痛みでベッドからしばらく起き上がれなかった。
「身動きができない」。
日常の動作や仕草がままならなくなってきた。

今夕、三井住友銀行系列のSMBCコンサルティングで「営業変革講演」の講師を務める。
テーマは、「営業を変えて会社を伸ばす」。
経営幹部向けの激辛セミナーであり、大噴火しそう。
最悪のコンディションで、はたして体が持ち堪えられるか。

概要は以下のとおり。

日程◆2010年4月22日(木)
時間◆午後6時30分〜8時30分
会場◆SMBCホール(千代田区麹町)
名称◆SMBCビジネスセミナー
演題◆90分経営塾 変革を起こすリーダーの条件
   「営業変革トップセミナー」
講師◆和田創(わだ・そう)
対象◆経営層、管理職
主催◆SMBCコンサルティング

講演自体は1時間半。
私は、参加者との名刺交換と交流が楽しみだ。
変革志向の強い経営幹部の方々にぜひご参加いただきたい。

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経済の先行き予測は可能か?

私は月曜日から出張。
年なので移動だけで疲れる。
きのう大阪のホテルに宿泊。
きょうは丸1日、大阪証券取引所ビル内の北浜フォーラムで「提案営業セミナー」の講師を務めている。
主催はみずほ総合研究所。
このブログがアップする頃は、真っ最中。

講師の仕事は腰と背中に重い負荷がかかる。
私はすでに激しい痛みに苦しめられている。
軽快なパスファインダーのトロリー(キャリーバッグ)でさえ重く感じる。

さて、きょうも古い記事でお許しいただきたい。
きわめて簡潔ながら、なかなかいいことを書いている(自分で言うか)。
過去のブログを振り返るなかでたまたま見つけた。

ちなみに、私は例の「リーマンショック」を見通したわけでない。
やばいと思っていたが…。
そんな透視力は持ち合わせていない。

世界は金融資本主義があまねく行き渡り、日本は人口減少が半世紀以上続く。
政治の混迷を考えれば、経済はジェットコースターのように乱高下を繰り返しながら右肩下がりへ。

私たちは将来に希望を見出せない状態…。
不安を通り越し、恐怖を感じる国民のほうが多いのでなかろうか。

                      ◇◆◇

以下に、「ニトリ社長、後始末より先始末」と題する2007年11月13日のブログを収める。

株価が振るわない。
休業中の私の耳に入る情報では、企業景気も思わしくない。
設備投資やIT投資が勢いを失う。
そのせいだろうか、浮ついた話がちょっと減ってきた。
バブルの喧騒がひとまず遠ざかり、経済は落ち着きを取り戻しつつある。

来年は「北京五輪」が行われる。
恐らく夏前には世界が在庫過剰に陥り、しばらく景気は冷え込むのではないか。
そして「上海万博」に向けて盛りあがり、その後は急降下しつづける…。
私なりにそんなイメージを持ち、経営や起業のシナリオを描いていきたい。

日本に正念場が迫っている。
これからが腕の見せどころだ。

そういえば、昨夜のカンブリア宮殿で、ニトリの似鳥昭雄社長が「後始末より先始末」と語っていた。
同感!

                      ◇◆◇

以下に、「カネは己を持たない…金融恐慌」と題する2008年10月10日のブログを収める。
いくらか加筆を行った。

経営トップが経済評論家の言葉を真に受けていたら、会社をつぶす。
当たった例がない。
それもそのはず、もはやだれも経済の先行きを予測することができない。
なぜか?

理由は簡単、カネが世界を支配しているからだ。
人が世界を支配していたときには、ぼんやりと読むことができた。
ところが、いまは違う。

実は、カネの関心は、上昇局面では増殖にしかなく、下降局面では防衛にしかない。
したがって、景気変動の速度と振幅は想像を絶するほど大きくなる。
国家も企業も個人も津波に一瞬で飲み込まれる。
社会も職場も暮らしも壊れる。

そう、カネは「己(おのれ)」を持たない。
モラルやポリシー以前に、意思がない。
自分を持たない人が他人に振り回されるように、カネは周囲がどう考えるかどう動くかばかり気にする。
そして、やみくもに従うのみ。
予測は不能。

世界がマネーゲームに翻弄されている。
行き過ぎた金融資本主義の恐怖だ。
経済は予断を許さない状態が続こう。

                      ◇◆◇

⇒2007年11月13日「ニトリ社長、後始末より先始末」はこちら。

⇒2008年10月10日「カネは己を持たない…金融恐慌」はこちら。

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モノ売り営業脱却の条件(映像)

仕事に忙殺されて発行が大幅に遅れていた『月刊トップセミナー』2010年4月号の収録を日曜日に行った。
体も頭も疲れ切っており、声もがらがら。

途中でつかえたり言い間違えたり、撮影は難航。
そのうち少し調子が出てきて、幾度か大噴火!
いや、小噴火かな…。
懸命に頑張ったが、出来は決してよくない。

テーマは、モノ売り営業をいかに抜け出すか。
これまでに多くの企業が試み、なかなか果たせないでいる。
むろん最終的には営業行動が変わらなければならないが、営業思想を変えられないからだ。
技術や手法といったやり方の指導もさることながら、意識や姿勢といった“あり方”の教育がカギを握っている。
経営トップや営業幹部が押さえるべきポイントを簡潔かつ明確に語った。
また、モノ売り営業脱却の“具体例”も示した。

実は、先週のNPO法人営業実践大学で「社長スクール」として行い、大好評を博した内容と同じだ。
それを再現した。

今回は新年度特大号。
通常より長い22分強のビデオ映像。
きのうの午前中に皆さまのお手元へ。
どうか職場や営業会議などでご視聴いただきたい。
そして、営業の活性化と業績の向上につなげていただきたい。

なお、特別企画につき、ブログ読者にも1日遅れで公開する。

◆2010年4月号(新年度特大号)
モノ売り営業脱却はこうしなさい
〜やり方でなく“あり方”を変えることが条件!


『月刊トップセミナー』は、経営革新と営業変革に役立つ15分前後の講演映像。
大勢のビジネスリーダーに毎月無料で提供。
ご登録くださると、最新号よりお届けする。

『月刊トップセミナー』無料購読のお申し込みはこちら。

また、「和田創 営業変革講演」も大人気を得ている。
やはりセミナー映像。
9タイトルすべて無料公開中なので、どうかご視聴いただきたい。
銀行系シンクタンクの三菱UFJリサーチ&コンサルティング、北陸経済研究所などでも紹介されている。
さらに、財団法人九州生産性本部などでもDVDが無償配付されている。
凄まじい反響!

◆和田創大噴火「営業変革講演」9タイトルはこちら。

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正直企業の異色経営…カンブリア宮殿

私はきのう都心のホテルに宿泊。
きょうは丸1日、内幸町のみずほ総合研究所で「提案営業セミナー」の講師を務めている。
不況下、幸いにも盛況。
多くの受講者に感謝したい。
このブログがアップする頃は、真っ最中。

きょうも過去の「カンブリア宮殿」から、私の印象に強く残っている企業を再び取りあげる。
もともと“ながら視聴”。
時間が経過して記憶がさらに曖昧になっており、お許しいただきたい。

カンブリア宮殿にゲストとして登場した玉子屋の菅原勇継会長、ユザワヤの畑中利元会長。
両社は、蒲田に本社を置く企業だ。
この辺りは、洗練と程遠い実直さ、つまり「愚直さ」を残す。。
街全体に人の温もりがにじみ出ている。
両社は、世の中に幸せを届けることを喜びとする“正直企業”である。
こうした職場で働く従業員も幸せに満ちている。
いわばカマタオーラを発する。

まずは、玉子屋の特集番組。
過去最大のインパクト!
場違いの雰囲気を漂わせた人物がゲストとして座っていたからだ。
これが創業者の菅原勇継会長。
私はところどころで仕事の手を止めてしまった。
とにかく面白い。
そして刺激が強い。
思わず引きずり込まれた。
ここは1日1メニューで勝負する。

次いで、ユザワヤの特集番組。
「一人でも欲する客がいるなら、たとえ売れない商品でも置く」。
そう語ったのは創業者の畑中利元会長。
「趣味の店」という特性があるにしろ、それを貫くには信念が欠かせない。
流通はどこでも坪単価に神経を尖らせている。
ここは豊富な品揃えで勝負する。

商品に関して述べれば、絞り込みを追求する玉子屋に対し、多様性を追求するユザワヤ。

両社は正反対を向いているように見える。
が、共通するのは経営の根幹に徹底した「顧客志向」の思想を据えること。
ベネフィット向上のため、妥協を許さず、限界に挑んでいる。
私は商売の原点を再認識させられた。

顧客への良識がビジネスの常識を超えたという点において、両社は“異色企業”といえるだろう。
こうした会社が行き詰まる経済を元気にする。

                      ◇◆◇

以下に、「玉子屋・菅原会長…カンブリア宮殿」と題する2010年1月12日のブログを収める。

昨夜のカンブリア宮殿は、玉子屋の菅原勇継会長が登場した。
強面(こわもて)。
インパクトが凄い。
玉子屋は大手企業などへの仕出し弁当の会社らしい。
個人商店、零細企業の私は縁がなく、同社の名前も存在も知らなかった。
玉子から生まれるヒヨコをマークにしている。
これも会長の考案(デザイン)。

1日(恐らく平日)7万食というから半端な数量でない。
しかも、メニューは1種類。
絶対の自信を持っているのだ。
7万人が同じ弁当を食べている。
注文は、当日午前9時〜10時の受け付け。
12時までに届けてくれて、一人前 430円。
昼食時に混雑を覚悟しなければならないオフィス街の会社員にとり、とくにありがたい。
弁当は、顧客の満足度が高い。

玉子屋は、社員が元ワルばかりという異色の職場であり、国内はもとより海外からも視察が入る。
いくつも面白い話を聞けたが、「人材は養殖でなく天然に限る」という件はなるほどと思った。
会長には、学校や塾などで飼い馴らされた優等生は好奇心や挑戦魂を失っているように映る。
上から言われたことをそつなくこなす社員になりがちだ。
会長は「うちでは評価しない」と言い切った。
痛快だ。

会長は毎日、お客さまと同じ時間に同じ弁当を食べる。
そして、何を食べたいか、客観的な研究を加えながらメニューを決めている。
とにかく熱心。
食材にこだわり、調理にこだわるから、原価率が非常に高い。
それでも、しっかりとした業績を挙げている。
立派だ。

また、弁当の廃棄率がコンビニエンスストアなどと比べて圧倒的に低いのも、大変な経営努力の証だろう。
私は子どもの頃、貧農育ちの父から「ご飯を粗末にするな」と言われつづけた。
食べ物を捨てることに対し、強い嫌悪感を持っている。
しかし、食品業者が廃棄量を減らすことは、実際にはきわめて難しいはずだ。
玉子屋に大きな拍手を送ろう。

                       ◇

私は菅原会長のように腕力に自信もなければ、ワルを受け入れる度量もない。
が、若い頃に社会からドロップアウトした人間であることは確か。

日本は閉塞し切っている。
こうした時代に風穴を開け、元気を呼び覚ますのは、いつだってアウトローである。
玉子屋と社員のさらなる活躍を望む。

カンブリア宮殿は毎回何かしら学ぶところがある。
今回はそれに加え、素晴らしい「爽快感」を味わえた。
村上龍と番組スタッフにも感謝したい。

                      ◇◆◇

以下に、「ユザワヤと玉子屋…蒲田の正直者」と題する2010年2月9日のブログを収める。

私はテレビ東京の「カンブリア宮殿」をつけるようにしている。
といっても、おもに音声を聞き、まれに映像を見るくらい。
学ぶところが多く、お気に入り。

番組の企画も手掛けるホストの村上龍が「正直者はバカを見ない特集」をやりたいという。
昨日、ゲストとしてユザワヤの畑中利元会長が登場した。
創業54年、手芸用品・生地・ホビー材料の大型専門店を展開している。
売れない商品まで陳列しており、品揃えの豊富さで圧倒している。
70万アイテム。

さらに、つくり方の店頭無料講習会を開き、手づくり専門のカルチャースクール「ユザワヤ芸術学院」を営むなど、楽しさの啓蒙と手法・技術の普及に努めている。
自前でファンを育てているのだ。
まさに「手作りの殿堂」といえる。
ユザワヤには年間2千万人が訪れるというから、驚きだ。

番組では、世界最大級のホビーハウスの経営哲学が紹介され、人気の秘密が解き明かされた。
消費不況のなか、既成の衣料に演出を施す「プチデコレーション」が注目を集めている。
ユザワヤはそのブームを支える。
ユニクロの大衆衣料もちょっとした工夫と手間で、世界に一着のオリジナルに変わる。
単なる節約でなく、自分らしさの表現なのだ。
また、ユザワヤは「現金仕入れ・返品なし」を貫き、業者に優しい。

私は思い出した。
この特集でないが、以前、玉子屋の菅原勇継会長が番組に登場した。
実は、ユザワヤも玉子屋も蒲田駅近くの会社である。
両社に共通するのは、泥臭いほど徹底した顧客目線。
「正直」をとことん大切にする企業だ。

蒲田は、下町のよさを色濃く残す土地柄といえよう。
駅の周辺を散策すれば、すぐに分かる。
両会長からにじみ出るのは、人間的な温もり。
名付けて「カマタオーラ」。
顧客はもとより、従業員と取引先を大切にし、長い時間をかけて信頼を育んできた。
ユザワヤと玉子屋は社会に幸福を届ける企業である。

                      ◇◆◇

⇒2010年1月12日「玉子屋・菅原会長…カンブリア宮殿」はこちら。

⇒2010年2月9日「ユザワヤと玉子屋…蒲田の正直者」はこちら。

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変革リーダーの条件…SMBC経営塾

私は明後日夜間、都心の三井住友銀行系列のSMBCコンサルティングで「営業変革講演」の講師を務める。
テーマは、営業を変えて会社を伸ばす。

概要は以下のとおり。

日程◆2010年4月22日(木)
時間◆午後6時30分〜8時30分
会場◆SMBCホール(千代田区麹町)
名称◆SMBCビジネスセミナー
演題◆90分経営塾 変革を起こすリーダーの条件
「営業変革トップセミナー」
講師◆和田創(わだ・そう)
対象◆経営層、管理職
主催◆SMBCコンサルティング

講演自体は1時間半。
私は、参加者との名刺交換と交流が楽しみだ。
変革志向の強い幹部の方々にぜひご参加いただきたい。

和田創プロフィールはこちら。

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アサヒビールのソリューション営業

私は『月刊トップセミナー』を発行している。
これは、おもに社長など経営層、支社・支店長や部・課長など営業幹部を対象に、経営革新と営業変革に役立つ15分前後の講演映像を毎月無料でお届けするサービス。

私は昭和26年生まれ。
職業人生が残りわずかとなり、遅ればせながら世の中に恩返しをしたいと思うようになった。
団塊の世代から外れているが、彼らとともに戦後の発展をしゃにむに引っ張ってきた。
物質的な豊かさの基盤構築に寄与したことは間違いない。
しかし、同時に今日、日本は莫大な借金を抱え、また経済は活力を失っている。
今後、きわめて長期に及ぶ衰退・凋落が予想される。
私がとくに心を痛めるのは、次世代へツケを回すこと。
中高年の一人として責任を感じている。

とはいえ、凡人の私にできることは限られている。
そこで、これまでの経営コンサルタントとしての経験と実績を通じてつかんだ「企業再生」のノウハウを提供しようと考えた。
会社の繁栄や社員の幸福にいささかでもつながるなら喜びは大きい。

さて、以前、テレビ東京の「カンブリア宮殿」という経済番組にアサヒビールの荻田伍社長(現会長)が2週にわたって登場した。
荻田伍が営業出身のトップのせいか、テーマはおもに「営業」となった。
それは私にとりきわめて興味深い内容だった。
惜しくも1回目は見逃し、ホームページでダイジェストを確認した。

そして、私は荻田伍と村上龍の会話に触発され、営業のあり方に関する講演を『月刊トップセミナー』2009年12月号として収録し、配信した。
営業は提案型でなく問題解決型へ。
「ソリューションセールス」の重要性とポイントを語った。

◆2009年12月号
提案型でなく問題解決型へ
〜逆境の指揮官が営業の真髄を指摘!


21世紀に通用する営業のスタンダードとはどのようなものかを明らかにしている。
ぜひご視聴いただきたい。

この『月刊トップセミナー』は、日本と企業の次世代を担う若いリーダーにもお奨めする。
すでに大勢の読者を得ており、好評を博している。
職場や会議で視聴し、全員で学習したり議論したりするところもある。
ご登録くださると、最新号よりお届けする。

『月刊トップセミナー』無料購読のお申し込みはこちら。

                      ◇◆◇

以下に、「アサヒビール変革…カンブリア宮殿」と題する2009年11月26日のブログを収める。

勤労感謝の日、テレビ東京「カンブリア宮殿」を“ながら視聴”。
例により番組の内容はほとんど頭のなかに入ってこない。
実は日中、遅れに遅れた「月刊トップセミナー」の講話映像(講演動画)の収録を行い、へとへとになっていた。
9月号〜11月号の3カ月分。
疲れて眠りに就きたかったが、仕事が片付いておらず、夜もだらだら続けていたのだった。

さて、ゲストはアサヒビールの荻田伍(おぎた・ひとし)社長である。
番組のホームページで知ったが、2週連続の登場だった。
前回は、営業の鬼が語る「どん底でも売れる営業力とは」。
そうか、“営業特集”だったのか…。
私はたいていテレビ東京をつけっ放し。
村上龍がホストを務めるカンブリア宮殿は楽しみにしている番組の一つだが、バタバタしていたのか見逃してしまった。
営業講師、営業コンサルタントの端くれとして、残念至極。

番組のホームページに前回の金言が載っていた。
金言1:「悩みを解決するのが営業」
金言2:「部下に成功の場を与えよ」
金言3:「2割に危機感を吹き込め」

1は、私が公開セミナーや企業研修で指導する「提案営業」の基本中の基本。
2は、さまざまな機会に力説する「創造」の要諦。
社長や上司は社員に部下に「失敗を恐れるな」でなく「失敗をやらかせ」と明言すべき。
成功の場を与えるとは、挑戦の場を与えることだ。
3は、社長や取締役など経営トップ向けの講演などで強調するポイント。
荻田伍社長に共感する。

今回は、ドライを超えろ! 常にメガヒットを狙え!
カンブリア宮殿は、荻田伍社長を「逆境の指揮官」と紹介した。
苦しくなるほど真価を発揮するという意味か。
私は、右肩下がりの経済下、飽和市場下で社員を引っ張るトップは逆境の指揮官でなくてならないと考える。
何せ経営を巡る環境は苛酷。
いい言葉だ。

荻田伍は、営業一筋37年。
昔、ガリバー・キリンビールはマーケットシェアが50パーセントを超え、10パーセントを割り込んだアサヒビールは「夕日ビール(ユウヒビール))」と揶揄された。
荻田伍は会社がジリ貧状態に陥っていた時期でも「プラス思考」を肝に銘じ、部下を激励しつづけ、地道に実績を積み重ねていった。
そして、1987年に「スーパードライ」という最高の商材を得たとき、逆境で鍛えあげられた荻田チームの営業力がついに爆発した。
奇跡の大逆転!
アサヒビールは業界地図を一気に塗り替えた。
いまや“伝説”である。

荻田伍が泥まみれの営業体験を通じてつかんだ真理。
危機感の共有から新商品が生まれること、そして商品がメーカーの命運を決すること。
実は、私は講演や企業研修などで断言している。
「企業が提案営業を導入するとは、商談手法を転換するに留まらない。営業活動に革命を起こし、成し遂げる、営業変革の取り組みである。
それだけでない。マーケティング改革や事業改革、経営改革につながる。
私が指導する『提案営業』では、市場や顧客の生きた声を突き付け、過去の“栄光”に凝り固まったそれらを揺り動かし、活性化する狙いと効用が大きい。
儲かるマーケティングは、企業の“外部”にヒントがある。
まして、顧客が主役の時代だ。
これからは、そこと頻繁に接触する営業パーソンが儲かるマーケティングを誘導していくのが正解だろう」。

アサヒビールは、スーパードライの成功体験が呪縛となったのか、発泡酒や「第3のビール」と呼ばれる低価格商品で出遅れた。
かつて、酒屋(酒販店)を通じた瓶ビール(ビンビール)の宅配市場を築きあげたキリンビールが、缶ビールへの切り替えに乗り遅れたように…。
手元の“既得権益”を守ろうとする結果だ。
いつの時代も、「きのうの成功要因は、あすの失敗要因である」。
アサヒビールは今年1〜9月、低価格商品でトップブランドをつくりあげたキリンビールに、ビール類全体のシェアで追い抜かれてしまった。

さらに、アサヒビールに追い討ちをかけたのが、キリンホールディングスとサントリーホールディングスの巨大連合誕生のニュース。
寝耳に水だったらしい。
この先、ビール戦争は一段と熾烈になる。
荻田伍社長は、消費者の志向が低価格化し、嗜好が多様化するなか、スーパードライを超える新商品の開発を命じた。
あくまで「メガヒット」にこだわる。

それを成功させる土壌として、社員に危機感を刷り込み、アサヒビールの原点、チャレンジ・スピリッツ(挑戦魂)を取り戻させた。
同社はさらなる“変革”へ向け、大きく舵を切ったところ。
「荻田アサヒ丸」は現在の逆境を克服し、今後の成長を約束する新商品を生み出せるのだろうか。
私は日本酒派ながら、とても楽しみ。

                      ◇◆◇

以下に、「荻田伍と瀬戸雄三…逆境の指揮官」と題する2009年11月27日のブログを収める。

テレビ東京「カンブリア宮殿」。
ゲストは、アサヒビール荻田伍社長、2週連続登場。
ホストは、村上龍。
“変革対談”となった。

番組のホームページに今回の金言が載っていた。
金言1:「問題解決能力の時代」
金言2:「現状不満足集団であれ」
1は営業社員を、2は全社員を意識した言葉か。

私が番組でとくに興味深かったのは、荻田伍社長が営業について語ったくだり。
「提案型でなく、問題解決型」(うろ覚え)。
素晴らしく明確だ。

私は、ながら視聴につき、あやふやで申し訳ない。
カンブリア宮殿の収録スタジオに詰めかけた人は、アサヒビールの社員だろうか?
若い世代に営業職が嫌われる今日、村上龍の問いかけに対して大勢が営業の仕事への意欲を示した。
NPO法人営業実践大学を主宰してきた私は、営業の社会地位・社内地位の向上に執念を燃やしてきたが、同社の社員は営業志向を持っている。
とても嬉しかった。
それは企業文化や組織風土としての「顧客志向」の強さの反映であろう。
スタジオの方は、同社の社員というわけでなく、営業に関心を寄せる人が多かったのかもしれない。

私は社長や取締役に向けた講演などで繰り返し述べている。
「経営トップの指示は明確でなくてならない」。
実は、営業関係者に普及した「提案」という概念は非常に曖昧であり、かつ曲者である。
それは、顧客に対して「課題解決策」を投げかけること。
私が「提案営業」に関する公開セミナーや企業研修で説いている急所を、荻田伍社長はさらっと語った。

そして、「課題解決策の提示」で最重要なのは、顧客の抱える課題をつかむこと。
アサヒビールでは、相手は流通になるだろう。
したがって、営業パーソンはマーチャンダイジングやマーケティングにおける課題を突き止めていく。
例えば、売り場づくりや品揃え、販売や集客のあり方だ。

私が営業講師や営業コンサルタントとして行く先々で目の当たりにした「提案営業」とは結局のところ、「推奨営業」にすぎなかった。
この程度では業績など上がるはずがない。
悲しいかな、社長や営業幹部の大半は、提案営業をまったく理解できていない。
誤解を恐れずに言えば、商品を売る「提案営業」はそもそもありえない。
いまやハードはほぼ横並びであり、競争優位の源泉は「ソフト(ノウハウ)」へシフトした。
流通に課題解決の知恵を売るのだ(厳密には異なるが、課題を「問題」と置き換えてもよかろう)。
そのキモは、「課題の明確化」。

営業関係者が使いたがる「お役立ち」という言葉。
これは、顧客の課題解決への貢献が明らかに認めらる場合に限って用いることが許される。

ところで、私がアサヒビールで思い出すのは「瀬戸雄三」である。
スーパードライ発売後の奇跡の復活劇を営業本部長として陣頭指揮し、社長に就任した。
沈みかけたアサヒビールを一番高く輝かせた立役者。
私は瀬戸雄三の気迫に満ちた“名言”について語ったことがある。

和田創講演TV賢人編「瀬戸雄三」はこちら。
3分4秒の講話映像、ユーチューブの動画。

荻田伍(おぎた・ひとし)は、1942年に福岡県で生まれ、九州大学経済学部を卒業。
アサヒビール一筋。
途中、3期連続の赤字に陥っていたアサヒ飲料の社長に就任し、「三ツ矢サイダー」など主力商品を“顧客目線”で蘇らせて即座に黒字に転換、V字回復を成し遂げた。
子会社再建の劇的な実績を買われ、2006年にアサヒビールの社長に就任した。
カンブリア宮殿では、「逆境の指揮官」と紹介された。
本人は、「スーパードライ」の一本足打法からの脱却を目指すとの決意を披露した。
テレビ画面に67歳とは思えぬバイタリティがあふれる。
表情から厳しさと同時に温かさが伝わってきた。

ホストの村上龍は番組のホームページの編集後記で、ゲストの荻田伍社長との出会いを振り返っている。
趣旨は以下のとおり。
荻田さんがやってこられたことは、人と人の真摯で誠実なコミュニケーションだった。
自分が用いた、営業の鬼や神様といった表現は間違い。
こうしたリーダーとともに働く人は、きっと幸福だろう。

私は「カンブリア宮殿」が好きだ。
“ながら視聴”にもかかわらず毎回、何かしら考えるきっかけを与えてくれる。
いまどき珍しい番組。

                      ◇◆◇

⇒2009年11月26日「アサヒビール変革…カンブリア宮殿」はこちら。

⇒2009年11月27日「荻田伍と瀬戸雄三…逆境の指揮官」はこちら。

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3333アクセス…ブログ読者への感謝

私は仕事の予定が重なり、目が回る忙しさ。
書き溜めたブログが底を突き、しかも新たなブログを書き起こせない。
2週間ほど、過去のブログを修正・編集した記事をアップすることになりそう。
すでに先週土曜日からそうした状態…。

さて、私はライブドア「和田創 講演講師の引き出し」を基本とし、これをアメーバ「もっとあなたへ 和田創」、FC2「経営コンサル和田創の講演メモ」、ヤフー「変化を楽しむ。」に展開している。
いわゆるミラーサイト。
1日に合計で5百人〜千人のユニークユーザーが訪れる。
しかも、じりじり増えている。
恐らく固定読者がついており、なるべく毎日更新しようと頑張っている。
が、私は筆が極端に遅いのでとても大変だ。

私はライブドア「和田創 講演講師の引き出し」を「人気ブログランキング」のマーケティング・経営カテゴリーに登録している。
順位は当然変動するが、だいたい20位くらい。
決して高くない。
これは「週間IN」のポイントで決まる。
1週間に“応援クリック”を押してくれた人の数である。
しかし、最近「週間OUT」のポイントが5位以内に入るようになった。
一時的に1位に立つことも…。
これは人気ブログランキングから私のブログを覗きにきた人の数である。

どういうこと?
応援したいと思わないが、読んでしまうブログなのだろう。
「どうも気に入らないが、たまにいいことを言う」。
これは私の講演、公開セミナー、企業研修に通じる。
すべて辛口、ときに激辛なので、会場が静まり返る。
MBA授業も同じ。

とくに経営トップや営業幹部を対象とした講演は、休憩時間に帰っていく方が珍しくない。
昔の話ながら、珍しい1日タイプの講演で、最初は埋まっていたのに最後はがらがらになり、主催者に驚かれた。
一様にうなだれて会場を去ったとのこと。
「先生に刺激を与えてもらいたかったので、あれでいいのです」。
私は講師としていまだに飛び回っている。
話に共感してくださる方がいくらかいるからだ。
感謝したい。

先行きが想像を絶するほど厳しいのは明白である。
日本は凋落が止まらず、生活は立ち行かなくなる。
世直しとともに、企業と個人の覚醒、再生が不可欠だ。
私はなかでも若いリーダーに読んでもらいたくて、このブログを懸命に執筆している。
もし何か感じるところ、得るところがあれば、どうか仲間にご紹介いただきたい。

応援は少ないが、読者は多い。
これこそ矜持である。

私はリタイアが目前だ。
たとえわずかでもよい日本を次世代へ手渡したい。
そう願っている。

                       ◇

ところで、先週金曜日、午後6時少し前、ライブドア「和田創 講演講師の引き出し」のアクセスが「3333」を記録した。
ユニークユーザー。
結局、ライブドアブログに限ったこの日のアクセスは「4402」となった。
過去最多。
また、47,486ブログが登録するライブドア「ビジネス:一般」のランキングにおいて「第2位」となった。
これも過去最高。
心より感謝したい。

「日本航空(日航、JAL)」の再建に関するバックナンバーにアクセスが集中したためだ。
この記事だけで金・土曜日に6千人程。
私はてっきり当日のブログ「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」かと思ったが、まったく違った。
この日、「日航、早期退職達成の見通し(衆院国交委調査)」との報道がなされた(ヤフー)。

◆書き加え
日曜日に発表された土曜日のライブドアランキングにおいて「第1位」となっていた。
金曜日に比べてアクセスは6割程に減ったが、ほかのブログがもっと減ったため、順位が上がった。

ただし、日曜日のアクセスは通常に戻った。
2日間、いい夢を見られた。

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みずほ(東京)

一億総自営業の時代…柳井正×村上龍

私は、NHKなど他局にときどき切り替えるが、たいていテレビ東京(系列)をつけっ放しにして仕事を行っている。
新聞や雑誌に接する時間が限られるため、それを少しでも補うための“ながら視聴”である。
見ているというより聞いており、私の問題意識に触れた言葉がときどき耳に入ってくる。
さらに気になると、仕事の手を止め、画面を覗く。

私がとくに重視している番組の一つが「カンブリア宮殿」。
月曜日午後10時から1時間弱にわたり放送される。
ゲストの経済人とホストの村上龍が対談する公開番組。
ホームページをのぞいたら、「ニュースが伝えないニッポン経済」「平成カンブリア紀の経済人を迎える、大人のためのトーク・ライブ・ショー」とある。
また、ホストでなくインタビュアーと呼んでいた。

                       ◇

先日の番組は「理想の人材」に関する特集。
村上龍が優良企業の経営者数名に取材を行い、今後求められる人材とその育成のあり方を探った。

最後に登場したゲストが、一人勝ちの代表格、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。
「ユニクロ」を展開している。
2010年の社内テーマは「民族大移動」。
グローバルな展開を見据えてのこと。
海外出店を加速させるに当たり、日本人従業員の海外勤務と海外従業員の日本勤務を推進している。

それにしても民族大移動とは見事なスローガンだ。
「人口減少⇒内需縮小」が本格化し、一人勝ちのユニクロとて“内弁慶”ではやっていけなくなるという経営トップの危機感が伝わってくる。
その際に、日本人の内向性が大きな壁となる。
それを乗り越え、全員が行動を起こそうとの決意を示した。
こうした明確なメッセージが社内に及ぼす影響は絶大である。
経営のツボを心得ている。

さて、私の耳に飛び込んできたのは、「サラリーマンの時代は終わりました。自営業者の時代です」。
まったく同感。
そう語る場所は本社内の応接室か。

同社では平均入社2年、早い人は半年でユニクロの店長になる。
そして、数十人の従業員を動かし、数億円の年商をつくる。
驚きだ。
村上龍の「経営者ですね」に対し、「店長は経営者でなく、その入口ですけれどね」と厳しい言葉、しかしながら当然の言葉を添えることも忘れなかった。
「希望を持つ人材にしか回復は図れない」。
回復とは、日本や企業を元気にするという意味だろう。

もはやサラリーマンという“職業”はなくなった。
決められた時間にやってきて、上から言われたことをそつなくこなす。
そうした働き方の有効性が失われたのだ。
国内のライバルに世界のライバルが加わって熾烈な競争を繰り広げるなかで、企業自体が業績の安定どころか存続の保証を失ったのだからやむをえない。
サラリーマンと長らく一体になっていた「安定」という実体は崩れ去った。

私は、経営者としてのささやかな経験を振り返り、思う。
サラリーマンを抱えるほど会社が苦しくなる。
「自分はサラリーマン」と考える社員は一人もいらない。
荷物になるだけだ。
これは多くの経営者に共通する思いでないか。

いまや、何とかなることはない。
自ら何とかしなければならない。
それくらい私たちが置かれている環境は厳しい。
村上龍は、「成功でなく生き残りを」と述べた。
成功者にして、この認識である。
さらに、「甘えでなく自立を」と…。

私は、だれかにリスクを取らせて自分はそれを避けながら働くという姿勢、生きるという発想が通用しなくなったと考える。
一億総自営業者の時代。
これまでのサラリーマンの意識で携われる仕事、勤められる職場は跡形もなく消えよう。

                      ◇◆◇

柳井正の発言には、経営者として職業人として21世紀を生き抜く真理が含まれている。
彼自身の経験からつかんだ気づきだろう。
私は強い刺激と大きな示唆を受けた。

以下に、「安藤忠雄・柳井正、成功の条件」と題する2009年11月9日のブログを収める。

創造とは挑戦であり、したがって失敗である。
よほどの才能か幸運に恵まれないかぎり、人は挑めばかならずしくじる。
挑戦なくして創造なし、失敗なくして創造なし。
とりわけ若い社会人にとり、失敗が職業人生に創造をもたらす道である。

世界的な建築家、東京大学特別栄誉教授の安藤忠雄にこんな言葉(著書)がある。
「連戦連敗」。
「連戦」から分かるのは、無限に挑んだこと。
「連敗」から分かるのは、無限にしくじったこと。
「連戦連敗」から分かるのは、無限にしくじったが、それでも無限に挑んだこと。
結局、氏は勝利を収めた。
ここから分かるのは、人は無限に挑み、無限にしくじらないと、創造に近づけないこと。
コンクリート打ちっ放しはつとに有名。

ファーストリテイリング代表の柳井正にこんな言葉(著書)がある。
「一勝九敗」。
「一勝」から分かるのは、1回うまくいったこと。
「九敗」から分かるのは、9回うまくいかなかったこと。
「一勝九敗」から分かるのは、9回うまくいかなかったが、それでも1回うまくいったこと。
結局、氏は勝利を収めた。
ここから分かるのは、人は九敗を避けると、一勝も挙げられないこと。
カジュアル衣料のユニクロはつとに有名。

安藤忠雄の成功は連敗によりもたらされ、柳井正の成功は九敗によりもたらされた。
先の言葉は、しゃにむに突き進んだ人だけがつかみえた真理であろう。
私たちは成功者の成功に目を奪われやすいが、失敗に目を向けることが大事なのだ。

なお、本日のテーマについて、もう少し掘り下げて語っている。

⇒和田創講演TV人生編「成功の条件を考える」はこちら。
ユーチューブの数分の動画だ。

                      ◇◆◇

私はこのブログにおいて「破壊と創造」「知識と気づき」「社会人の学習法」「起業」などについて幾度も述べている。
どうか参考にしていただきたい。

以下に、「知識と気づきの違い…MBA授業」と題する2010年3月25日のブログを収める。

日本は衰退が進んでいる。
これが長期化すると、凋落が決定的になる。
西欧から私たちはエコノミックアニマルとからかわれながら、経済大国を築いていった。
もともと時代が右肩上がりで、企業は成長余地が大きかった。
が、いまや右肩下がり。
頑張るものの、成長が難しい。
規模の縮小を止めるのが精一杯…。

巷に優良企業がないわけでないが、それはおもに経営に長けているからだ。
先人などだれかがつくったビジネスを踏襲したり利用したりして、それをうまく回している。
昨今の環境下で黒字を実現するのは立派だ。
また、雇用に貢献しているのも事実だ。
私はこうした経営者を尊敬する。
しかし、旧来のビジネスで数字を伸ばしているとしたら、どこかの会社から社員が移っているはずだ。
雇用の確保は認められても、創造に至らない。
既存企業の好業績は、そこに革新的な取り組みがなされていようと結局、広い意味での「管理」の勝利でないか…。

日本では有望なビジネスが芽生えるとか新しい産業が育つとか、次なるうねりがなかなか湧き起こらない。
とくに世界に通用するもの。
先行きに希望を見出しにくい。

その原因として指摘されるのは、私たちが「創造」を不得手とすること。
まったくそのとおり。
しかし、それ以上に苦手なのは「破壊」である。

つくろうとすると難しい。
実際、創造らしい創造はきわめて限られる。
ところが、先に壊してしまえばつくらざるをえない。
破壊が創造をもたらす。
この認識が重要だ。
私は、破壊があるから創造があると考える。

言い換えれば、評価すべきは、挑戦による失敗である。
私が知る範囲では、天才が幸運に恵まれた場合にしか成功が先行しない。
多くの失敗の向こうにわずかな成功があるのでないか。
そして、この成功が次の社会や世代を支える。
むろん、いま手に入れている成功が次の社会や世代を支えるわけでない。

私は、とりわけ成熟社会や飽和市場において大事なのは「破壊」だと思う。
まして、行き詰まりが顕著になり、閉塞感が覆っているとしたら…。

では、なぜ破壊できないか。
教育の堕落だ。

本来有為の人材が知識を持つのと引き換えに覚悟を失ったからだ。
例えば、わざわざMBAに入り、起業コースで学んだ挙げ句、行動を起こさない学生がほとんどである。
中途半端…。
評論家になれない評論家ばかり。
それが言いすぎだとしたら、自分が携わる仕事をうまくやろうとする人ばかり。
志が低い…。

創造は凶暴であり、たいていは知性と馴染まない。
そして、成功は創造の報酬である。
正確に述べれば、成功は失敗の報酬である。
ゆえに、成績と成功の間にたいした相関関係はない。

教育の目的は、失敗する人材を社会へ送り込むことだ。
それを第一に担うべきはMBAである。

人は怖くて壊せない。
ゆえに、新しい何かを生み出せない。
経営者の集まりでさえ守りに汲々とする人ばかりで退屈極まりない。
会社が縮むわけだ。
私は、いくつかの経済団体の会合に顔を出したことがあり、化石となっている現実を思い知らされた。
この人たちはいったいいつの時代に生きているのか。

破壊はエリートの特権。
MBAの学生の使命はそれ。
私がアルバイトの時給くらいで講師を引き受けた理由も、壊せる人材を育てたかったから…。
優れたリーダーに日本を救ってほしい。

学生に強調しているのは、「授業を信じるな」。
社会人大学院の基本は実学のはず。
にもかかわらず、例えば起業関連講座の教授や講師が失敗していない。
大問題!
なぜなら、教えることを仕事にしているからだ。
失敗しようがない。
大丈夫、人は行えば、しくじる。
私は断言する。

授業は、自ら考える材料かきっかけにすぎない。
ありがたがって教わっている学生を見ると、がっかりする。
「MBAを取得したい」。
大学や大学院の卒業資格の延長と考える学生も…。

「私の授業など取るに足らない」。
これを冗談と受け止められては困る。

さらに、私が辛くなるのは、自分の持つ知識や技術、手法の豊富さを誇る学生である。
悲惨極まりない。
知識や技術、手法は、そもそも頭の悪い人のためにある。
自ら考えられる人には不要の代物、無用の長物。
この程度のことは子どもでも分かるが、MBAの学生には分からない。
それらを身につけると、創造から遠ざかる。

守っていく力と壊していく力がせめぎ合わない社会は不幸である。
健全性、そして活力が失われていく。
ダイナミックな息吹が感じられない。

失敗と破壊を忌み嫌う日本は、どこまでもすたれ、どこまでも貧しくなる。
凋落は決定的だ。

私自身の生き方や働き方について述べれば、守ってうまくいくより、壊してしくじるほうがしっくりする。
前者に喜びや価値をそれほど見出せない。
もちろん、壊してうまくいくように努力を払ってきたが…。

                       ◇

先頃、私は三菱UFJ東京で「提案営業」の公開セミナーを行った。
あくまで営業強化・再建を主眼としている。

終了後、私は受講者のアンケート用紙をめくり、跳び上がりそうになった。
そこには簡潔な印象がポツンと記されていた。
「破壊と創造を感じた」。

営業セミナーなので、そうした言葉を用いていない。
これは鋭い指摘だ。
剛速球の評価を寄せてくれた。

私は、この仕事をやっていてよかったと思った。
うれしい・・・。

社会にしても企業にしても暮らしにしてもうまくいっていないのに、皆が守ろう守ろうとする。
私はせめてそうした姿勢を突き崩したい。

                       ◇

きょうのテーマと密接に関連するブログとセミナーは以下のとおり。
世界的建築家・安藤忠雄とユニクロ・柳井正を例題に引き、成功のキモを探った。

⇒2009年11月9日「安藤忠雄・柳井正、成功の条件」はこちら。

このブログに対し、社長からコメントが寄せられた。
「失敗の大切さに気づきました」。
読んでくださったことに感謝しつつ、このコメントは間違いだと思った。
正しくは、「失敗の大切さを知りました」。
私は失敗の大切さを述べており、そのまま。

「知る」と「気づく」の違いが分からない人が圧倒的大多数だ。
「気づき」の最大の特徴は、それを境にして劇的に行動が変わること。
ときに風景が変わる。
一生で0〜3回くらいか。
ごくささやかな気づきは、一年で0〜3回くらいか。
めったにないのが普通だろう。

私たちが気づきを得られるなら、それはもう目覚ましい成長を遂げる。
人の行動を変えさせるのは、気づきレベルに達した認識だけである。
知識はそうでない。
いくらか行動をよくするのが関の山。
自分の成長を遅らせたいと本気で願うなら、知識を得るのがベストだ。

「失敗しないことは努力していないことだと気づきました。あすからどんどん失敗します」。
これはOK。
私はときめく。
が、現実にはこうしたコメントは寄せられない。
それは、知識が行動と交わらないと気づきに変わりにくいこととも関係する。

私は、しくじらない人はサボっている人だと思っている。
まったく評価しない。
できそうなことに甘んじていたり、似たようなことを繰り返していたりするのだろう。

当然ながら、失敗がもっとも必要なのは社長だ。
でなくては、会社を伸ばしていけるはずがない。

今日の経営者の最大の仕事は、会社を変えることだ。
マネジメント、マーケティング、ビジネス、事業、商品、営業・販売…。
変えられない社長は、無能だ。

余談。
起業とは名刺をつくることである。
気づけない人があまりに多い。

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キム・ヨナ、気になる去就に決着か

キム・ヨナが韓国で凱旋のアイスショーを開いた。
熱烈なファンが詰めかけ、プラチナチケットに…。

バンクーバー冬季五輪で金メダルを取った自信か、本人は至ってリラックスムード。
しかも、競技でなく演技なので、美しさがさらに際立つ。
キム・ヨナのスケーティングは「魅了」という言葉がぴったり。

私はテレビのスポーツ番組でちらっと見たが、ポップスからクラシックまで、またどのような曲調であっても、完璧にこなせる実力が備わった。
若さがあふれながら、そこに円熟味も加わりつつある。
ゆえに、少女から大人まで演じ切れる。
体力さえ持てば、一人でアイスショーが成り立つのでないかと思ったほど…。

恐るべし、キム・ヨナ!

                       ◇

ところで、キム・ヨナについてもっとも気になるのは、その去就。
現役続行か、プロ転向か…。
地元ではマスコミが5分5分と報道するなど、見方が分かれる。
本人も明言を避けた。
所属事務所では、5月以降に発表するとしている。
ということは、心は決まっているのか

が、仮に選手生活を引退したとしても、2014年ソチ冬季五輪に復帰するかもしれない。
同オリンピックでの金メダルを誓う浅田真央にとり、キム・ヨナが最大のライバルとなる可能性が消えるわけでない。

余談。
キム・ヨナはアマチュアでありながら、押しも押されもせぬスターだ。
昨年は8億円弱を稼いだ?
私は、プロになったほうが収入は増えると思っていたが、あちらでは一概にそうと言えないらしい。
収入の基盤は、国を挙げての“人気”。
それを保つうえで現役を続行するのとプロへ転向するのとどちらが有利かという判断もキム・ヨナの進路に影響を与えるのだろうか。

                      ◇◆◇

以下に、「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」と題する2010年4月1日のブログを収める。

4月1日午前3時を挟んだ時間帯、フジテレビでイタリア・ミラノ世界選手権フィギュアスケートのエキシビションを放送していた。
私は眠い目をこすりながら結局、最後まで見てしまった。
あした体力が持つか心配・・・。

試合とは異なり、皆のびのび滑っている。
何よりも心の底から演技を楽しんでいる。
インタビューでは、浅田真央はいくらか緊張し、トリを取った高橋大輔はおおいに緊張したと語っていたが…。

私は思い出した。
浅田真央も高橋大輔も一番大事な今シーズンは“どん底”からスタートした。
大きなケガ、かつてない不調。
国民の期待の大きさを分かっているだけに、恐怖心さえ抱いたのでは…。
が、オリンピックも世界選手権も持てる力を出し切った。
厳しい試練を乗り越え、両大会で素晴らしい成績を残した二人は、立派の一言に尽きる。

先輩たちが長い歳月をかけて土台を築いたとはいえ、荒川静香に続いて浅田真央と高橋大輔は「フィギュア王国」を揺るぎないものとした。
日本の誇りだ。

                       ◇

私は日本選手を応援している。
が、このエキシビションは勝敗と無関係なので、純粋に楽しむことができた。

そこで感じたのは、キム・ヨナの突出したスケーティング。
本調子でなく、ジャンプを回避したりしたが、それでも別格。
身のこなしはしなやか、動きはなめらか、そして表現は繊細。
頭のてっぺんから手足の指先まで、全身に“美の女神”が宿るかのよう。
私はただただ溜め息…。
イナバウアーは荒川静香に及ばず、ご愛嬌。

キム・ヨナは「氷上で舞う」という形容がぴったりだ。
観衆を引き付けてやまない。
実際、彼女が演技を始めた瞬間、会場の空気が一変した。
圧倒的な存在感。
ホント、凄い。

私はフィギュアスケートの採点システムにうとい。
にもかかわらず、私が好きな浅田真央と相当な差があるという印象を持った。
日本だけでなく、二人のライバルに対する採点に疑問を呈する声が上がっているのは知っているが…。
また、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に対する評価が低すぎると考えているが…。

キム・ヨナはプロへ転向しないという噂を耳にした。
どうなのだろう?
現時点のキム・ヨナを超えるのは至難でなかろうか。
それほど群を抜く。
この先、円熟味が加わりそう。

ふと思った。
キム・ヨナは荒川静香に学んだのでは、と。

驕ることがなければ、フィギュアスケート史上に名を残す。

◆書き加え
私は午前3時頃、キム・ヨナの演技に圧倒された。
思わず見入ってしまった。

いま夕刻。
寝不足で頭がぼーっとしている。
エキシビションの興奮がいくらか冷めてきた。

私はフィギュアスケート、なかでも女子をどうしても「アート」の観点から見てしまう。
平たく“美しさ”と言い換えてもよい。

しかし、フィギュアスケートは第一に「競技」だった。
この尺度からすれば、少し時間を要するが、私が応援する浅田真央にキム・ヨナを超える可能性は十分にあると思い直した。

ただし、そのためにはバンクーバー冬季五輪での敗因を分析することが先決だ。
フリープログラムの選曲ミスとか直接指導の不足とか、タチアナ・タラソワコーチの問題で片づけられない。
練習の環境や指導の体制など、大きな要因がいくつか絡み合っているのでは…。

                      ◇◆◇

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

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妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会

貧乏暇なし。
私は目が回る忙しさ。
きのう実際に目まいが起こり、いつまでも収まらず、ついにダウン…。
新聞も1カ月以上、溜まったまま。
世の中の動向や出来事がほとんど分かっていない。
テレビのニュース報道番組が頼り…。

さて、天皇皇后両陛下主催の「春の園遊会」がきのう赤坂御苑で開催され、バンクーバー冬季五輪のメダリスト7人全員や各界の功績者など約1900人が招待された。

あいにく都心は真冬並みの気温、小雨混じりの天候だった。
両陛下は会場を回り、しばしば足を止めて懇談を楽しんだ。
注目は何といってもフィギュアスケート女子の銀メダリスト浅田真央と男子の銅メダリスト高橋大輔。
ともに五輪直後のトリノ世界選手権の金メダリスト。
二人並んで最前列に立ち、かなり緊張の面持ち…。

天皇陛下から「おめでとう」とねぎらわれた浅田真央は、「ありがとうございます」。
世界選手権の優勝に話が及び、笑顔を見せた。

天皇陛下から「男子のフィギュアも盛んになってくるのではないですか」と話しかけられた高橋大輔は、「そうだとうれしく思います」。
本人はひげをそっていた。
陛下は、高橋大輔のけがのことも忘れていなかった。

女子チームパシュートの銀メダリスト3選手も招かれた。
全員着物姿。
天皇陛下からレースの難しさを尋ねられた田畑真紀は、「何があるか分からないです」。

スピードスケート男子五百メートルの銀メダリスト長島圭一郎、銅メダリスト加藤条治も招かれた。
天皇陛下から次の五輪出場を尋ねられた加藤条治は、「頂点を目指して頑張ります」。

陛下は、一人ひとりの選手についてとてもよく知っておられる。

報道陣に両陛下の印象を問われた浅田真央は、「お会いできて光栄でした。優しい方だと思いました」と答えた。
また、長島圭一郎は、「頑張ってよかったなと思いました」と答えた。
彼の言葉がメダリストの気持ちを代表しているだろう。

おめでとう!

ところで、私がほほえましく思ったのは、天皇陛下に答える浅田真央を隣の高橋大輔が心配そうに見守っていたこと。
19歳の妹を24歳の兄が気遣う。
頂点に立つための練習を続けてきた二人にしか共有できない思いがあるのでは…。

                      ◇◆◇

以下に、「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」と題する2010年2月28日のブログを収める。

フィギュアスケート女子の浅田真央(あさだ・まお)は、2014年ロシア・ソチ冬季五輪(オリンピック)での金メダルを目指し、早くも新コーチ探しに動き出した。
バンクーバー冬季五輪では、宿命のライバル、韓国のキム・ヨナに敗れて銀メダルに留まった。
所属は中京大。
ネットは、二人の選手の今後に関する話題で持ち切り…。

浅田真央は、苦手のショートプログラム(SP)で5点弱の得点差に抑え、得意のフリースケーティングで逆転を狙ったものの、結果は23点強の得点差に広がった。
女王、キム・ヨナの出来栄えが完璧で、つけ入るスキがなかったのだ。
驚くほどの大差をつけられ、完敗を喫した。
しかし、現時点でキム・ヨナと戦えるのは浅田真央しかいないこともはっきりした。
私は、国民の熱狂的な期待に押し潰されず、2選手とも立派な成績を残したと思う。
素晴らしいこと!

浅田真央は表彰式の終了後、ソチ五輪への挑戦を明言した。
気持ちを整理できたのか、表情は晴れやか。
試合の直後、大粒の涙をこぼした。
キム・ヨナに負けたことより、自分で納得のいく演技を行えなかったことが悔しかったのでないか。
バンクーバー五輪で金メダルを獲得したらアマチュアを引退し、プロへ転向するとの噂があった。
私たちはもう一度、オリンピックの大舞台で浅田真央の演技を楽しめる。

                       ◇

このブログで述べたとおり、浅田真央のキャラクターとイメージ、19歳という年齢からして、とくにフリーの選曲はどうだったのだろうと思う。
セルゲイ・ラフマニノフの前奏曲「鐘(かね)」は、荘厳で重厚である。
まず、内容の解釈が難しい。
また、会場の巻き込みが図りにくい。
もっとも浅田真央が勝利を収めていれば、タチアナ・タラソナコーチは称賛を受けたはずだ。
選手とコーチ、最終的に選手が決めることなので、周囲はとやかく言えない。
が、北米開催のオリンピックでは分かりやすさと具体性を大切にしたほうが結果はよかったのでは…。
この選曲は、年齢的にも場所的にもソチ五輪向き。
ラフマニノフはロシアの作曲家、ピアニスト。

タラソワコーチは選手に示唆を与えられるが、手本を示せない。
2006年トリノ五輪金メダリストの荒川静香が大会直前にコーチをかえた最大の理由だ。
また、健康状態が不安だ。
さらに、ロシアに教え子を持つため、オフシーズンの指導が中心になり、試合での現地合流が大半になる。
浅田真央にとり五輪代表選考のラストチャンス、昨年12月の全日本選手権はロシア選手権と重なり、タラソワコーチは来日できなかった。
二人が選手とコーチの関係で戦うのは、3月に行われるイタリア・トリノの世界選手権が最後になりそう。

浅田真央陣営は、日本人コーチを含めて人選に着手する。
ただ、タラソワコーチの指導を評価しており、「総合アドバイザー」として残す模様。
浅田真央の新しい一面をつくり出したのは、事実。
とりわけ表現に幅をもたらした。
今後の競技生活に大きなプラスとなるのは間違いない。
また、タラソワコーチは地元ロシアで豊かな人脈を築いている。
ソチ五輪で有利に働く。

キム・ヨナはショートプログラムとフリーを通し、初めてノーミスで滑った。
演技後は重圧から解放されてほっとしたのか、涙を流した。
韓国人の応援は日本人のそれの比でない。
度を超えている。
キム・ヨナの圧勝の背景に、彼女を支える万全の体制があった。
コーチを含めた3人が役割を分担して精神、技術、表現をブラッシュアップし、滑りを劇的に進化させた。
これが最大の勝因だろう。
ショートプログラム、フリー、合計のすべてで世界歴代最高得点を更新!

キム・ヨナは、外出時にボディガードが必須の人気者。
多くの有名企業がスポンサーにつき、年収は10億円に迫るらしい。
彼女は、百周年を迎える3月の世界選手権で2連覇に挑戦し、大会後に去就を発表するようだ。
アイスショーでの活動を望んでおり、プロ転向がささやかれている。
それでも4年後にアマチュア復帰は可能である。
今大会におけるロシアのエフゲニー・プルシェンコがそうだった。

浅田真央がバンクーバー五輪で銀メダルに終わったのは、選手の資質の優劣で片づけられない。
まして、努力の度合で…。
陣営は総合的かつ客観的に敗因を分析したうえで、勝てる体制を構築してほしい。
ソチ五輪で、浅田真央とキム・ヨナの宿命対決が再燃するかもしれない…。

フィギュアスケートのエキシビションが行われた。
私は、浅田真央の演技を見てつくづく思った。
彼女には“笑顔”が断然似合うと…。
愛らしく、可憐。
浅田真央の敗因に、キム・ヨナに見られる妖艶さが欠けている点を挙げる人がいるが、間違い。
フィギュアは女の色気の闘いでない(キム・ヨナには女優としても活躍できる可能性を感じるが…)。
浅田真央には彼女ならではのよさがある。
それが本大会で圧し殺されてしまった。
残念だ。

                      ◇◆◇

以下に、「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」と題する2010年3月4日のブログを収める。

カナダ・バンクーバー冬季五輪(オリンピック)が閉幕した。
開会式から前代未聞の大トラブルが起こり、競技でもアクシデントが続いて、大会運営上の不手際が目立った。

さて、現地に最後まで留まった選手らが一昨日、笑顔で帰国した。
日本に久々に戻り、皆ホッとした表情を浮かべている。
どうかゆっくりと心身を休めてほしい。
メダリスト7選手は別会場で凱旋の記者会見を行った。
結局のところ、「悔しい」。
このブログで幾度か述べているが、成功者に共通するのは負けず嫌いなこと。

ところで、フィギュアスケートで日本勢は男女6選手が入賞以上を果たした。
私はやはりこのブログで、全員が入賞の可能性を持つ実力者揃いだと述べた。
それは、だれが入賞しても不思議でないという意味。
まさか実際にそうなろうとは、快挙だ。
「史上最強メンバー」との前評判どおりの成績を残した。

2006年トリノ冬季五輪のような金メダルの興奮を味わえなかったので物足りなく感じた人もいるかもしれない。
が、私は大健闘だと思う。
また、改めて荒川静香の偉大さも分かった。
4年に1度のオリンピックで頂点を極めるのは至難なのだ。

フィギュアスケート男子。
高橋大輔(たかはし・だいすけ)は銅メダル。
私はエフゲニー・プルシェンコに次いで銀メダルと予想していた。
4回転ジャンプに挑戦した結果だが、失敗したにもかかわらずメダルを獲得したのは実力があったからだろう。
織田信成(おだ・のぶなり)は7位入賞。
小塚崇彦(こづか・たかひこ)は8位入賞。

フィギュアスケート女子。
浅田真央(あさだ・まお)は銀メダル。
キム・ヨナに次いで銀メダルと予想していた。
安藤美姫(あんどう・みき)は5位入賞。
鈴木明子(すずき・あきこ)は8位入賞。
ショートプログラム(SP)の順位を見て入賞は難しいかもしれないと思ったが、フリーでよく巻き返した。

6選手とも大舞台での頑張りは素晴らしかった。
感動をありがとう。

私は、記者会見での浅田真央の言葉に呆れた。
この子はホンワカした雰囲気を漂わせ、優しい表情を見せるが、芯が強い。
恐ろしく負けず嫌い!
キム・ヨナ選手が打ち立てた得点記録を塗り替えるまで競技を続けると言い切ったのだ。
目標が具体的であり、自分に逃げ道をつくらない。
誓いを公言してしまう。
凄いのは承知のうえで、私は思うのだ。
あまり自分を追い詰めないでほしい。

かたや高橋大輔はNHKの日曜夜の番組で「けがをしてよかった」と穏やかに語った。
それがなくてはバンクーバー五輪でのメダルはなかったと考えているのだ。
心の底から出た言葉。
挫折や失敗を成長の糧にできる。
これも成功者に共通しよう。
私はこの言葉にも呆れた。

浅田真央と高橋大輔は、20代の若者だ。
私は来年に還暦を迎える。
二人の言葉に触れ、これまでの人生を振り返ってしまった。

私は人に負けても悔しいという気持ちがあまり湧いてこない。
無数の敗北を喫したが、眠れずに夜を明かしたことはない。
まして、それを取り返そうと死に物狂いで頑張ったことはない。
敗北に慣れ切っている。

また、大きな挫折や失敗を経験した。
しかし、それに懲りて小さくまとまった。
自分ができそうなことでお茶を濁してきた。
したがって、挫折や失敗は少ない。
成長の糧とすることができなかった。

その結果が現在のザマだろう。

二人の言葉には強烈な意志の力がこもっている。
凡人はただただ驚き、笑うしかないでしょう。

                       ◇◆◇

以下に、「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」と題する2010年4月1日のブログを収める。

4月1日午前3時を挟んだ時間帯、フジテレビでイタリア・ミラノ世界選手権フィギュアスケートのエキシビションを放送していた。
私は眠い目をこすりながら結局、最後まで見てしまった。
あした体力が持つか心配・・・。

試合とは異なり、皆のびのび滑っている。
何よりも心の底から演技を楽しんでいる。
インタビューでは、浅田真央はいくらか緊張し、トリを取った高橋大輔はおおいに緊張したと語っていたが…。

私は思い出した。
浅田真央も高橋大輔も一番大事な今シーズンは“どん底”からスタートした。
大きなケガ、かつてない不調。
国民の期待の大きさを分かっているだけに、恐怖心さえ抱いたのでは…。
が、オリンピックも世界選手権も持てる力を出し切った。
厳しい試練を乗り越え、両大会で素晴らしい成績を残した二人は、立派の一言に尽きる。

先輩たちが長い歳月をかけて土台を築いたとはいえ、荒川静香に続いて浅田真央と高橋大輔は「フィギュア王国」を揺るぎないものとした。
日本の誇りだ。

                       ◇

私は日本選手を応援している。
が、このエキシビションは勝敗と無関係なので、純粋に楽しむことができた。

そこで感じたのは、キム・ヨナの突出したスケーティング。
本調子でなく、ジャンプを回避したりしたが、それでも別格。
身のこなしはしなやか、動きはなめらか、そして表現は繊細。
頭のてっぺんから手足の指先まで、全身に“美の女神”が宿るかのよう。
私はただただ溜め息…。
イナバウアーは荒川静香に及ばず、ご愛嬌。

キム・ヨナは「氷上で舞う」という形容がぴったりだ。
観衆を引き付けてやまない。
実際、彼女が演技を始めた瞬間、会場の空気が一変した。
圧倒的な存在感。
ホント、凄い。

私はフィギュアスケートの採点システムにうとい。
にもかかわらず、私が好きな浅田真央と相当な差があるという印象を持った。
日本だけでなく、二人のライバルに対する採点に疑問を呈する声が上がっているのは知っているが…。
また、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に対する評価が低すぎると考えているが…。

キム・ヨナはプロへ転向しないという噂を耳にした。
どうなのだろう?
現時点のキム・ヨナを超えるのは至難でなかろうか。
それほど群を抜く。
この先、円熟味が加わりそう。

ふと思った。
キム・ヨナは荒川静香に学んだのでは、と。

驕ることがなければ、フィギュアスケート史上に名を残す。

◆書き加え
私は午前3時頃、キム・ヨナの演技に圧倒された。
思わず見入ってしまった。

いま夕刻。
寝不足で頭がぼーっとしている。
エキシビションの興奮がいくらか冷めてきた。

私はフィギュアスケート、なかでも女子をどうしても「アート」の観点から見てしまう。
平たく“美しさ”と言い換えてもよい。

しかし、フィギュアスケートは第一に「競技」だった。
この尺度からすれば、少し時間を要するが、私が応援する浅田真央にキム・ヨナを超える可能性は十分にあると思い直した。

ただし、そのためにはバンクーバー冬季五輪での敗因を分析することが先決だ。
フリープログラムの選曲ミスとか直接指導の不足とか、タチアナ・タラソワコーチの問題で片づけられない。
練習の環境や指導の体制など、大きな要因がいくつか絡み合っているのでは…。

                       ◇◆◇

私はこのブログでフィギュアスケートの浅田真央と高橋大輔を取りあげてきた。
むろん、荒川静香、そして注目の日本選手も…。

私が感じたこと、思ったことを“率直”に語っている。
アップした順序でお目通しくださると分かりやすい。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

⇒2010年2月24日「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」はこちら。

⇒2010年2月28日「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月27日「浅田真央vs長洲未来…ソチ五輪前哨戦?」はこちら。

⇒2010年3月28日「笑顔がこわばる浅田真央…フィギュア表彰台」はこちら。

⇒2010年3月30日「銀・浅田真央は金・荒川静香より凄い!」はこちら。

⇒2010年3月31日「金荒川静香が通った道…羽生結弦」はこちら。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

⇒2010年4月10日「石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙」はこちら。

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松井秀喜、歓喜の優勝リング贈呈式!

読売ジャイアンツの不動の4番打者、松井秀喜。
ファンの気持ちを何よりも案じながら、憧れのメジャーリーグへ渡った。
日米通算連続試合出場記録が1768試合で途切れる手首の骨折、そして膝の悪化に苦しみながらも、ニューヨーク・ヤンキースで7年間プレーした。
ジョー・トーリ監督に4番を任されることもあった。
これ自体が大変な快挙だ。

その松井秀喜がロサンゼルス・エンゼルスの主軸として初めてヤンキースタジアムを訪れ、古巣と対戦した。
私が感心したのは、概してシビアな向こうのファンの心を捉えたことである。
選手は消耗品、移籍が当たり前のように行われるメジャーリーグにおいて所属チームが変わっても愛されていた。
ニューヨークに根を張っていたのだ。

ヤンキースの本拠地開幕戦の主役は松井秀喜だった。
試合前、昨シーズンの「ワールドシリーズチャンピオンリング贈呈式(授与式)」が催された。
最後にキャプテンのデレク・ジーターが受け取ると、「ワールドシリーズMVP、ヒデキ・マツイ!」のアナウンス。
松井秀喜が三塁側のベンチを飛び出すと、だれよりも大きな拍手と歓声が沸き起こった。
27人のピンストライプのユニフォームに、ただ一人異なるユニフォーム。
ジョー・ジラルディ監督から優勝リングを受け取った。
直後、一二塁間に整列していたかつてのチームメートが一斉に駆け寄り、一人ひとりが抱擁するサプライズ…。
締め括りに、親友のジーターが祝福してくれた。
松井秀喜は顔がくしゃくしゃ、目がうるうる。

1回表の初打席では、超満員(約5万人)の観衆がスタンディングオベーションで迎えた。
鳴りやまない拍手と歓声に松井秀喜は戸惑いながらも、赤いヘルメットを軽く掲げて応えた。
試合後、記者会見で「感動した。一生忘れられない瞬間でした」と語った(うろ覚え)。
こんな幸せそうな表情を見たことがない。

実は、最初に渡されたリングは球団がファンに配るレプリカ(偽物)。
お茶目なジーターが仕組んだ悪戯だった。
本物は試合開始の整列の際に届けられた。
リングは数百万円の価値があるらしい。

余韻が冷めないうちに行われた試合で松井秀喜は5打数無安打に終わり、チームは7対5で敗れた。
しかも最後の打者となる屈辱を味わった。
守護神のマリアノ・リベラにバットを折られた。

私は思う。
球場新設の1年目にヤンキースを世界一に導いた勇姿を、ニューヨークの移り気なファンは忘れていなかった。
球団も立役者に取っておきの凱旋セレモニーを用意した。
それは松井秀喜にとり、ヤンキース時代との“決別”を意味しよう。
愛してやまないヤンキースを自ら去らざるをえなかった複雑な胸の内を拭えたのでは…。
これで闘争心にスイッチは入った。
エンゼルスの主軸として、ヤンキースファンから大ブーイングを浴びる活躍を見せてほしい(が、きょうも無安打)。

                       ◆

以下に、2009年11月5日「松井秀喜、MVPコールの感動!」と題するブログを掲げた。

おめでとう。
松井秀喜外野手がワールドシリーズMVPの栄冠を獲得した。
本拠地ヤンキースタジアムを埋め尽くした大観衆が、松井秀喜に最優秀選手選出を求める大声援を送った。
ヤンキースファンの熱烈コールに、胸が熱くなる…。

米大リーグのワールドシリーズ第6戦で、ニューヨーク・ヤンキース(ア・リーグ)がフィラデルフィア・フィリーズ(ナ・リーグ)を7対3で破り、通算3勝2敗で優勝を決めた。
9年振り27度目の制覇。
5番DHで先発出場した松井秀喜は、1960年のボビー・リチャードソン(ヤンキース)のワールドシリーズ記録に並ぶ1試合6打点をマークした。

第1打席、2回無死一塁で、先発のペドロ・マルチネス投手から右翼2階席へ豪快な先制2ランを打ち込んだ。
第2戦、第3戦に続く3本目のホームランでチームに勢いをつけた。
実は、マルチネスから第2戦で決勝本塁打を放っている。
文字どおりカモにした格好。
第2打席、2対1とされた直後の3回二死満塁で、中前へ2点タイムリー。
第3打席、5対1とした5回一死一、二塁で、代わったJ.A.ハップ投手から右中間フェンス直撃の2点タイムリー二塁打。
松井秀喜は、第6戦まで通算13打数8安打3本塁打8打点。
ワールドシリーズ、大暴れ!
MVPの受賞は当然だ。

マリナーズのイチロー外野手は、メジャー1年目の2001年に首位打者と盗塁王に輝き、ア・リーグのシーズンMVPに選ばれた。
また、2007年のオールスター戦で初のランニング本塁打を放つなどでMVPに選ばれた。

松井秀喜のワールドシリーズMVPは、日本選手初の快挙!
これで名前を残した。
注目を集める巨人で不動の4番打者として活躍した松井秀喜は、大舞台での“勝負強さ”が際立つ。
これは、ヤンキースのチームリーダー、デレク・ジーター遊撃手がいつも語っていること。

松井秀喜は、だれよりも巨人ファンの心情が分かっていた。
苦悩の末に、自分の希望を貫いてメジャー行きを決断した。
「ゴジラ」という愛称から、ファンはホームランの量産を期待したが、松井秀喜はそれに応えられなかった。
打点は当初まあまあ…。
だが、手首を折り、とくにひざを痛めてからは、イチローの偉大な記録の陰に隠れ、存在感がきわめて薄かった。
この間、自身の成績、そして故障を理由に、2度のWBCも出場を辞退せざるをえなかった。
悔しかったろう…。

テレビ報道などで彼の人柄が伝わってくるだけに、私は正直ホッとした。
シリーズMVPは、長くつらい努力、苦労、我慢が報われた。
松井秀喜にとり野球人生最高の一日となった。
また、ヤンキースファン、巨人ファン、松井ファンにとり感無量の瞬間となった。
もう一度言う。
おめでとう。

松井秀喜は入団7年目、4年契約の最終年にMVP。
新スタジアム完成年に悲願の世界一を、松井秀喜の目覚ましい活躍で成し遂げたヤンキースは、それでも放出するのか?
松井秀喜は試合後、「最高です。夢みたい。僕はヤンキースが好き」などと話した。
去就が気になる…。

⇒2009年11月5日「松井秀喜、MVPコールの感動!」はこちら。

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ダイチ・田畑真紀、メダルへの道のり

テレビ東京で「アスリート感動劇場 1億の心に響く物語」という1時間半番組をやっていた。
私は例により“ながら視聴”。

紹介されたのは、以下の4選手。

東北楽天イーグルス投手の岩隈久志。
グラブには家族の頭文字が刺しゅうされている。

バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート女子銅メダリストのジョアニー・ロシェット。
本番直前に、自分を励ましつづけてくれた母を失った。

大宮アルディージャの塚本泰史。
開幕直前に「右大腿骨骨肉腫」に侵されたことを公表し、いまは手術後の治療とリハビリを行っている。

バンクーバー冬季五輪スピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)銀メダリストの田畑真紀。
チームリーダー田畑真紀は1994年リレハンメル冬季五輪から通算4度目のオリンピック出場で念願のメダルを獲得した。

私は思った。
感動が生まれるのは、自分自身の限界と戦っているからだ。
凡人は一度も経験しないまま人生を閉幕する。
アスリートは凄い。

私は仕事の手を止め、田畑真紀のストーリーに見入ってしまった。
チームメンバー3選手のうちの田畑真紀と穂積雅子が所属するダイチ株式会社が富山市の中小企業だからだ。
私は約40年前に富山県立魚津高校を卒業した。
2選手は富山県民栄誉賞を贈呈された。

番組で、田畑真紀のメダルへの道のりがきわめて険しかったことを知った。
また、彼女の頑張りを羽田雅樹監督がずっと支えつづけたことも…。

                       ◆

以下に、2010年3月9日「五輪銀メダルのダイチは富山中小企業」と題するブログを載せる。

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で日本チームが銀メダルを獲得したスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)。
出場3選手のなかの田畑真紀と穂積雅子が所属する「ダイチ株式会社」は富山市の中小企業だった。
社員40名弱の地質調査会社。
私は富山県立魚津高校の卒業だというのに、まったく知らなかった。
父は入善町椚山の出身。
滑川市のかつての両親の実家で暮らす妹夫婦はそれぞれ富山市の会社で働く。
お恥ずかしいかぎり…。

ダイチは公共事業の削減と景気の悪化により、年商がピーク時の半分以下に…。
厳しい経営環境下、田中実会長・洋一郎社長が報酬を削って2人を支援してきた。
年間2千万円〜3千万円の負担は重い。
私は、異業種交流勉強会の時代を含めて「NPO法人営業実践大学」を足かけ16年主宰しているが、持ち出しにひいひい言ってきたので、その大変さがよく分かる。

田中実会長は1994年、「2000年とやま国体冬季大会」へ向けた選手育成を依頼され、地元に恩返ししたいとの一念でスケート部を創設した。
2004年、富士急を退社してスポンサーを探していた田畑真紀を採用。
翌年、高校の後輩の穂積雅子が入社し、五輪を照準に活動を本格化させた。

田中洋一郎社長は社員や家族らと会社で、実会長は現地で応援した。
社長は、「こんな小さな会社でもメダリストを送り出せた。誇りに思う」と涙をにじませた。
会長は会社に戻り、「銀メダルは75年の人生で一番うれしい」と喜びに浸った。
ダイチには祝福の花束やメールなどがたくさん寄せられた。

私はこれも知らなかったが、穂積雅子は初の五輪でありながら出場3種目すべてで入賞を果たした。
非常に立派だ。
相沢病院に所属する小平奈緒も初の五輪でありながら3種目で入賞(出場4種目)。
しかも団体追い抜きのメンバー。
23歳の同年齢。

実会長は温かく厳しい。
穂積雅子について、個人種目のメダルを狙うには、これまで以上の練習が不可欠と指摘することも忘れなかった。
2014年ソチ五輪での金メダルに期待を寄せた。
1年間カナダで武者修行させるプランを練る。
バンクーバー五輪を「競技人生の集大成」と位置付けていた35歳の田畑真紀について、銀メダルは最高の花道になるとねぎらった。

業績はままならないダイチだが、実会長は女子団体追い抜きの3選手を自社で揃えたいとの夢を持つ。
4月には有力選手が入社するらしい。
一段と熱くなりそうだ。

                       ◇

私は、ダイチのホームページを覗いた。
銀メダルの反響の凄さが伝わってくる。
以下に引用。

「お祝い、激励のメッセージ」をありがとうございます。

たくさんの方から、温かいメッセージをいただき、ついに当社のホームページがパンクしてしまいました。大変ご迷惑をおかけしました。
社員一同、感激すると同時に会社始まって以来の反響の大きさにとまどっている状況です。
なかには、「寄付やお祝い金」のお申し出をいただいた方もあり、ただただ感激、感涙に浸っております。しかし、当社といたしましては、お気持ちだけをありがたくいただいておくことにいたしておりますので、悪しからずご了承くださいますようお願い申しあげます。
厳しい経済情勢下ではありますが、今後も会長、社長以下、社員一同、力を合わせてスケート部を支えていく所存ですので、できることならオリンピック後も変わらぬご声援を賜りますようよろしくお願い申しあげます。
ありがとうございました。

ダイチ株式会社 一同

以上。
私は、黒部市のYKK(旧吉田工業株式会社)がいくらか援護できないものかと思ったが、余計なお世話なのかもしれない。
ダイチは富山の誇りだ。
せめて仕事を発注して同社を盛りあげてほしい。
恐らく富山県としてもスポーツ選手の活躍の話題はそれほど多くない。

                       ◆

以下に、2010年3月1日「日本金メダル逃す…女子団体追い抜き」と題するブログを載せる。

バンクーバー冬季五輪(日本語正式名称は第21回オリンピック冬季競技大会)が17日間の会期を終える。
まもなく閉会式。
それにしても惜しかったのは、リッチモンドの「五輪オーバル」で行われたスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)決勝。
日本は0.02秒差で本大会唯一の金メダルのチャンスを逃した。
惜しい、足の差!
選手が頑張ったのは事実だ。
しかし、何とかならなかったかというのが、私の率直な気持ち。
選手がもっとも悔しい思いを味わっているのは承知。
最後の五輪出場となる35歳の田畑真紀(たばた・まき)はなおさら…。
何せ対戦相手のドイツは今季ワールドカップ(W杯)の実績では格下だった。
メダルのなかでも「金」は別格!
勝利と呼べるのは、これだけだから…。
それ以外のメダルは、だれかやどこかとの敗北を含む。

日本は1回戦、準決勝、決勝ともにダイチの穂積雅子(ほづみ・まさこ)と田畑真紀、相沢病院の小平奈緒(こだいら・なお)の布陣で臨み、3選手は初の五輪メダルを手にした。
準決勝でポーランドを破って銀メダル以上を決めた後、決勝でドイツに逆転負けを喫した。
しかも最後の1周、いやゴール直前の10メートルで…。
私には、この種目の2連覇にかけたドイツに、日本は「執念」で及ばなかったように映った。
とはいえ、五輪スピードスケートで日本女子は3度の銅メダルが最高であり、銀メダルは快挙。
2006年トリノ五輪では3位決定戦で1人が転倒して4位。

W杯総合1位カナダと2位ロシアが初戦で敗退する番狂わせがあり、3位日本に追い風が吹いた。
団体追い抜きは、W杯ではタイムを競う。
それに対し、五輪では2チームずつ対戦して先着を競う。
勝ったほうが上へ進むトーナメント方式。
3人一組で縦に並び、2チームがリンクの半周ずれた位置から同時にスタート。
空気抵抗の負担を分散するために先頭を交代しながら、女子は6周滑る。
個々の能力に加え、チームワークが大事になる。
そして、3人一組のチームの3番手の選手がゴールした早さで勝敗を決する。

日本選手団最年少、北海道・札内中の15歳、高木美帆(たかぎ・みほ)は補欠に回り、出場機会を得られなかった。
彼女は、「自分はまだメダリストにならなくてよかった。この思いがソチにつながるのかなと思う」と語った。
素晴らしいコメント。
2014年ソチ五輪、日本のエースに成長しているかもしれない。

私の直感がたまたま的中し、日本勢のメダルは5個になった。
内訳は銀メダル3個、銅メダル2個。
金メダルゼロが不幸にも的中してしまった。
だが、この結果は大健闘でなかろうか。
選手に拍手を送りたい。

⇒2010年3月9日「五輪銀メダルのダイチは富山中小企業」はこちら。

⇒2010年3月1日「日本金メダル逃す…女子団体追い抜き」はこちら。

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日本製品、世界シェア急降下のなぞ

世界市場で日本製品がシェアを一段と低下させている。

中国やインドなどの新興国では顕著な経済成長につれ、中間所得層が台頭している。
10億人に迫る勢いとか…。
かたや、欧米などの先進国では深刻な経済停滞にともない、低所得層が拡大している。

その結果、これまでより所得水準が低い層が消費を牽引するようになった。
ボリュームゾーンが下方へシフトし、しかも膨張している。
彼らの最大の特徴は、製品への要求がきわめてシビアなこと。
性能や品質についてはそこそこでいいと考える代わりに、価格については妥協しない。
これまでと購買性向が大きく異なる。

しかし、日本製品は「オーバースペック」がアダとなり、そうした需要を取り込めない。
これがシェア低下の主因だろう(といっても、大きな一因)。
それは日本メーカーの地位低下につながっている。
過去の栄光となった家電メーカーが分かりやすい例。

実は、だいぶ前から何が何でも高機能というモノづくりを疑問視する声は上がっていた…。
なぜ、そうなってしまうのか?
私は、日本人の「国民性」が根っこにあるように思う。

第一は、改善が得意。
真面目かつ地道に働く民族であり、粘り強く努力を積み重ねられる。
日本は戦後、アメリカ製品を取り入れ、それをブラッシュアップすることで「メイド・イン・ジャパン」の称号を獲得した。
細やかな改善をお家芸とし、源流をたどれば“稲作文化”では…。
かつて松下電器(松下電器産業。現パナソニック)は「マネシタ電器」と揶揄されたが、それは成功したメーカーにたいてい通じる。
日本は製品の性能や品質でアメリカを凌駕し、圧倒した。
世界第1位となったトヨタ自動車が分かりやすい例。

第2は、戦略が苦手。
戦略とは「捨てること、切ること」である。
だが、そのためには考え抜かなくてならない。
また、それは失いそうでとても怖い。
公平かつ均等に目配りする民族であり、何事も優先度を曖昧にしたがる。
何かを捨てたり切ったりすることを嫌い、源流をたどれば“和の文化”では…。
議論や衝突が避けられないからだ。
オリンピックの派遣選手におけるメダル獲得率の低さが分かりやすい例(よく比較されるのは韓国)。

日本が莫大な借金を背負った一因は、歴代の政権が総花的にカネを使ったからだろう。
広辞苑によれば、総花とは「すべての関係者の機嫌をとるために万遍なく利益・恩恵を与えること」とある。
限られた財源で行えることは限られる。
にもかかわらず、捨てられず切られず、もろもろが既得権益と化していった。
「財政破たん国家」の仲間入りはすぐそこ…。

オーバースペックは開発が楽であり、販売が無難である。
多様なニーズを網羅しており、極端な外れがない。
が、そうした発想の延長線で幅広いユーザーを取り込もうとすると、グローバル競争ではシェアをどんどん落としていく。

私は、日本メーカーは弱体化が避けられず、凋落を止められないと思う。
モノづくり日本は世界において地盤沈下が進むはず。

                       ◇

参考までに「ボリュームゾーン爆発、勢力地図一変!」を掲げる。
2009年10月8日のブログだ。

中国やインドなどの新興国の高度成長にともない、中間所得層のボリュームゾーンが十億人に達しそうな勢いである。
爆発的膨張!
メーカーはこの市場の取り込みを図ることが、グローバル経済において競争優位を築くうえで絶対条件になってきた。
だが、そのためには常識から外れたロープライス(低価格)で製品を提供しなくてはならない。
何割安でなく、何分の一の値段。
まさに「価格破壊」である。
この流れはクルマのほか、主要なデジタル家電に急速に波及しつつある。
特筆すべきは、新興国に留まらず、不況に苦しむ先進国の市場でも受け入れられていること。
日本を含め、低所得層が増大しているのだ。

製品の超低価格化は、基本的かつ本質的な機能のほかはすべて切り捨てることによってしか実現できないはず。
ところが、日本の製造業はハイクオリティの追求をモノづくりの金科玉条としてきた。
それが世界中から「メイド・イン・ジャパン」に対する絶大な信頼を勝ち得ることにつながった。
が、ときに日本人にとってさえオーバースペック。
きのうの成功要因はきょうの失敗要因になりやすい。
日本は、製品への高評価がアダとなり、21世紀に台頭したボリュームゾーンの獲得で大きく出遅れた。
巻き返しは容易でない。
まして円高が加わると、戦いが一層不利になる。

なお、日本のメーカーが超低価格品の市場を重視すると、生産は新興国へシフトせざるをえない。
工場の海外移転や生産の海外委託が増加し、国内の生産は縮小する。
部品調達も世界全体に拡大せざるをえない。
国内の部品メーカーは猛烈な逆風に見舞われ、淘汰されるところが出てこよう。
また、先進国の失業率は10パーセントが当たり前だが、日本のそれも上昇していく?

今後、格安の製品を開発・投入できないメーカーは、世界市場での地位とシェアを著しく落とす。
日本の製造業は2010年代、凋落傾向が鮮明になるのか。
短期間で勢力地図が劇的に塗り替えられそう。
クルマと家電はどこが勝者となる?

⇒2009年10月30日「過去の栄光…自動車メーカー凋落!」はこちら。

⇒2009年10月8日「ボリュームゾーン爆発、勢力地図一変!」はこちら。

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原巨人V4(4連覇)、おめでとう!

セ・リーグを単独で面白くできるチームは「中日ドラゴンズ」しかない。
私は一昨日のブログで、「首位攻防3連戦で巨人が勝ち越すようなことがあれば、今シーズンのペナントレースは終わる。V4(4連覇)は動かない」と述べた。
私が恐れていたことが現実になった。
セ・リーグの火は消えた。

やはり一昨日のブログで、「東京ドームの巨人ファンは心を一つにして中日を応援すべきだ」と述べた。
私の助言ははたして生かされたのか?

⇒2010年4月11日「巨人包囲網完成…セ・リーグ順位予想」はこちら。

V4が確定し、セ・リーグの観客動員は落ち込む。
残る興味はクライマックスシリーズ(CS)への進出をかけた戦い。
それも恐らくヤクルトと阪神の3位争い。
皮肉にも一番影響を受けるのは「読売ジャイアンツ」である。
優勝が決まった後に球場に足を運ぶファンはそれほど多くない。
ナイター中継が当たり前のように20パーセント台の高視聴率をマークした時代があったっけ。

⇒2009年9月25日「ONの時代…両雄並び立つ奇跡!」はこちら。

巨人は中日を叩いていれば、優勝が転がり込む。
それくらい力は図抜けている。
しかも、自前で育成した選手が活躍している。
若手にチャンスが与えられるチームに生まれ変わったのだ。
フロントと原辰徳監督の手腕に負うところが大きい。
ゆえに、巨人を責めることはできない。

では、独走を阻止できないのか?
実は秘策がある。
ドラフト制度を変更し、上位球団に不利にするのは経営努力を否定することになり、いただけない。
やはり一昨日のブログで、巨人V4消滅を可能にする「プロ野球新査定方式」について触れた。
すぐに導入するなら、今シーズンに間に合うはずだ。

⇒2010年4月11日「巨人包囲網完成…セ・リーグ順位予想」はこちら。

まもなく東京ドームで「巨人−阪神」の3連戦が始まる。
「阪神タイガース」の意地を期待したいところだが、このところ外部からの補強に頼りすぎ。
かつてのどこかのチームを見ているようで悲しい。

阪神の投手陣が、1番から8番まで穴がない巨人の打線をどう封じ込めるか。
そのカギを握るのは、メジャーリーグから日本球界に復帰した城島健司捕手のリードだ。
阪神も負け越すと、巨人は2勝1敗のペースで突っ走る。
行方はいかに?

                       ◇

先頃亡くなった木村拓也一軍内野守備走塁コーチの追悼試合が4月24日の東京ドーム「巨人−広島」5回戦と決まった。
土曜日、午後6時開始。
試合前に追悼セレモニーなども行われる。
また、球場正面の22番ゲート前広場に特別献花台が設けられる。
さらに、現役時代の活躍の様子が大型ビジョンに映し出される。

⇒2010年4月8日「追悼…木村拓也という生き様」はこちら。

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みずほ東京・大阪、提案営業セミナー

私は今夕に都心・神保町でNPO法人営業実践大学第166回公開講座を行う。
ゲスト・横山博氏は「営業発・全社改革の思想と感動実例」を講演。
私は「モノ売り営業脱却はこうしなさい!」を講演。
幸い、受講申し込みが殺到した。
会場がおおいに盛りあがりそう。
私は参加者全員と名刺交換を行う。
例の3つ折り“転職専用名刺”だ。
和田創・サプライズ名刺サンプル(原寸・フルカラー)はこちら。
滑りっぱなしの人生と崖っぷちのプロフィールも分かる。

さて、私はまもなく、みずほ銀行のシンクタンク「みずほ総合研究所」が主催する「提案営業セミナー」で講師を務める。
毎年恒例、東京地区と大阪地区で各1回。
不況の煽りとeラーニングの台頭でリアルの営業セミナーが次々と姿を消すなか、十数年続いている。
営業研修の人気・定番講座となった。
毎回大入り、高評価アンケート。

概要は以下のとおり。

日程◆2010年4月20日(火)
時間◆午前10時〜午後5時
会場◆みずほセミナールーム(千代田区内幸町)
演題◆収益伸長の決め手は「顧客志向」と「顧客理解」!
『提案営業』の考え方・進め方・生かし方
〜課題解決重視「案件育成営業」の急所をずばり指導!〜
講師◆和田創(わだ・そう)
対象◆経営幹部、営業管理者・担当者、営業支援スタッフなど

日程◆2010年4月21日(水)
時間◆午前10時〜午後5時
会場◆北浜ホール(大阪市中央区北浜)
演題◆東京地区に同じ

案内文(共通)は以下のとおり。

日本は長期の市場縮小や幾多の景気後退が予想され、それなりの売り上げをつくるのも並大抵の苦労ではありません。
当然ですが、成長期と成熟期、好況期と不況期では、営業方法は正反対になります。
商品推奨営業から課題解決営業へ、御用聞き営業から案件育成営業へ。
本セミナーでは、経験と実績が豊富な講師が、今後の営業活動のあり方と押さえるべきツボを、ナマの事例を交えながら指導します。
目からウロコの“新常識”ばかりです。
ついては、営業担当者が営業責任者や経営幹部と一緒に受講されるようお勧めします。
成果を出せない最大の原因は、「上」の指示が間違っているからです。

特典(共通)は以下のとおり。

当日お名刺を交換させていただいた皆さまに、講師より『月刊トップセミナー』を無料でお届けします。
間違いだらけの経営常識や営業常識を正し、収益回復・伸長を叶えるポイントを語った10分程度の講演映像です。
向上意欲と変革志向の強い読者から絶大な支持を得ています。
どうかお楽しみください。

以上。
私は、現下の経済情勢を踏まえ、不況の克服に重きを置いて講義を進めるつもり。
多くの営業関係者が直面している、顧客からの引き合いの減少をどのように乗り切るか、そのポイントをずばり述べる。
これまでの営業を抜本的に見直す機会としていただきたい。

みずほ総合研究所(みずほセミナー)のホームページはこちら。

                       ◇

また、私はみずほ総合研究所の紹介により、地方銀行第2位の北陸銀行のシンクタンク「北陸経済研究所(北経研)」が主催する「営業変革トップセミナー」で講師を務める。
今回が3度目の登場。
過去2回「提案営業セミナー」を行い、大盛況、受講者の満足度が突出。

今回は社長や取締役、営業幹部クラス向けの内容。
富山県だけでなく石川県や福井県の地場企業などが参加。

概要は以下のとおり。

日程◆2010年4月27日(火)
時間◆午前10時〜午後5時
会場◆富山第一ホテル(富山市桜木町)
名称◆北経研経営セミナー
演題◆これでいいのか、うちの営業!?
社長・幹部のための『営業変革・勝ち残りセミナー』
〜“売れる営業”“儲かる営業”へのテコ入れと再生を渾身解説〜
講師◆和田創(わだ・そう)
対象◆経営層、管理職(約40名)
主催◆財団法人北陸経済研究所

私は、営業強化・再建の確たる指針と方策を示す。
収益伸長・業績拡大のヒントを持ち返っていただきたい。

私は還暦間近で体力が衰えたが、久し振りに“噴火”するかもしれない。
富山県立魚津高校の卒業だ。

北陸経済研究所(北経研経営セミナー)のホームページはこちら。

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日本沈没の予兆…吹き出物としての新党

私はこのところ新聞ほかニュースにろくに触れられない。
「貧乏暇なし」という表現がぴったり。

2009年衆院選、戦後政治のどん詰まりのさなか、野党第1党による「政権交代」が起こった。
有権者が真剣に考えた結果だが、それは歴史的必然でもあったろう。
日本は財政破たん国家の道をまっしぐらに突き進んでおり、それまでの政策運営の延長でいいはずがない。

私たちにとり政権交代はとても貴重な経験だった。
選挙前は自民党に不満、民主党に不安と言われた。
そして、選挙後は民主党に失望、自民党に絶望と言われている。
民主党のマニフェストは無謀だったので、当然!

このブログで幾度か述べたとおり、私は政治の混乱は長く続くと考えていた。
やはり政権交代は地殻変動のプロローグにすぎなかった。

最近、小粒の新党が生まれている。
自民党出身の国会議員、それも長老がつくった「たちあがれ日本」。
が、国会議員に留まらず、地方自治体の首長、つまり日本全体を巻き込んだうねりになりつつある。

それは日本沈没の予兆なのか。
それとも日本再生の萌芽なのか。

いまは吹き出物としての新党にすぎない。
しかし、日本の政治と社会を変える大きなムーブメントに高まる可能性がまったくないわけでない。
たちあげれ日本を支援する石原慎太郎都知事は、「年寄りこそこの国の将来を真剣に憂えている」と語気を強めた。

確かに、日本が置かれた状況は厳しさを通り越し、絶望的と呼べよう。

⇒2010年4月5日「舛添要一と渡辺喜美が、あなたの党」はこちら。

⇒2010年4月6日「苦戦議員の駆け込み寺としての新党」はこちら。

                        ◇

このブログで幾度も取りあげた「日本航空(日航、JAL)」の経営破たん。
ようやく再建へ向けて動き出した。
わずか3年の猶予。

事実上、政府が管理する。
ならば、政府もこれにならった措置を自らに講ずるべきだ。
日本の財政は日航よりもっと深刻な状態なのだから、大ナタを振るうしかない。

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しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
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なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
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和田創

和田創研代表

数字がすべて、結果がすべて。
目標達成、業績向上、成長持続、社業発展など、「収益伸長」の一点に特化したコンサルタント。
プランナー時代を含めて40年を超える経験と実績、信念と情熱を土台に、多くのクライアントを優良企業に育ててきた。
近年は新商品や新事業、新会社の開発を請け負いながら、内需・地場の中小・中堅企業の短期再生に取り組む。
その一環として、年中無休、昼夜を問わず、社長の個別相談に応じる。
また、経営から管理、人事(採用)、マーケティング、事業、商品、企画まで、おもにトップを対象としたセミナーを行う。

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