コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

2010年07月

和田創ブログ 2010年7月タイトル一覧

◇2010年7月31日(土) ボチェッリが歌う吉岡聖恵「ありがとう」
◇2010年7月30日(金) 中小企業大学校広島校提案営業セミナー感想
◇2010年7月30日(金) 死地とイノベーション…孫子の兵法(再録)
◇2010年7月29日(木) 和田創ブログ&セミナーの基本スタンス
◇2010年7月29日(木) 不言実行と有言実行、有言不実行(再録)
◇2010年7月28日(水) 内需は中国人観光客、経営再建は中国企業頼み
◇2010年7月28日(水) 論理と感動の融合…無謀な挑戦(再録)
◇2010年7月27日(火) 横綱白鵬は美しい…責任感の優勝に拍手!
◇2010年7月27日(火) 『起業の教科書』和田創正誤表…東洋経済
◇2010年7月26日(月) MBAの授業を信じる呑気な学生(再録)
◇2010年7月26日(月) 人に教えるということ…講師経験
◇2010年7月25日(日) 倉科カナ・ウェルかめ総集編(再録)
◇2010年7月25日(日) 直江津祗園祭花火大会、山車集結の賑わい
◇2010年7月24日(土) 花火大会ランキング人気&感動ベストテン
◇2010年7月24日(土) 水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房
◇2010年7月23日(金) 『起業の教科書』刊行…SBI大学院大学
◇2010年7月23日(金) 中小企業大学校広島校営業セミナーアンケート
◇2010年7月22日(木) きょう10年振りに著作を発表…東洋経済新報社
◇2010年7月22日(木) 定時退社の営業マンは首にしろ(再録)
◇2010年7月21日(水) 頭の焦点が合わない
◇2010年7月19日(月) 名門料理旅館に格安素泊まり旅行(再録)
◇2010年7月18日(日) 木村拓哉の一本調子…スターの代償(再録)
◇2010年7月17日(土) ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞
◇2010年7月17日(土) 横浜フレンチディナークルージング(再録)
◇2010年7月16日(金) 和田創・提案営業セミナー参加者アンケート
◇2010年7月16日(金) 木村拓哉…スターと役者の違い(再録)
◇2010年7月15日(木) 消費税増税15パーセント…財政再建待ったなし
◇2010年7月15日(木) ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー
◇2010年7月14日(水) 浅田真央とアンジェラ・アキ(再録)
◇2010年7月13日(火) 若者はモノを買わないのか買えないのか
◇2010年7月13日(火) 野村克也と峰山高校野球部顧問…こころの遺伝子
◇2010年7月13日(火) 内気で無口…トップセールスマン(再録)
◇2010年7月12日(月) 有権者惨敗、自民党高笑い…2010年参院選総括
◇2010年7月12日(月) みんなの党と渡辺代表の評価・真価…参院選
◇2010年7月12日(月) みんな中西健治当選…参院選神奈川選挙区
◇2010年7月11日(日) みんなの党候補者は当落線上…参院選3人区
◇2010年7月10日(土) 神奈川・中西けんじ当落…参院選みんなの党
◇2010年7月10日(土) 2010参院選の投票先…2009衆院選の反省
◇2010年7月9日(金) 人気キャンピングカーは軽とレンタル…WBS
◇2010年7月9日(金) 参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の戦い
◇2010年7月8日(木) 政党別獲得議席数・候補者当落予想への関心
◇2010年7月8日(木) マニフェストは国民への約束…菅直人の欺瞞
◇2010年7月7日(水) 江ノ島「恵比寿屋」評価…大満足の料理旅館
◇2010年7月7日(水) ワーキングプアから単なるプアへ…民主党公約
◇2010年7月6日(火) 二人のキムタクの名言にしびれる(再録)
◇2010年7月6日(火) 民主党マニフェスト、詐欺の手口は巧妙化
◇2010年7月6日(火) 仕事の急所をつかめ!…無料研修ビデオ
◇2010年7月5日(月) 民族大移動ユニクロ、世界企業楽天の英語漬け
◇2010年7月5日(月) 向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房
◇2010年7月5日(月) 終わりから始まる…研修受講心得(再録)
◇2010年7月4日(日) W杯日本代表次期監督候補にマラドーナ?
◇2010年7月4日(日) 迎合と組織票で民主党勝利…参議院選挙予想
◇2010年7月3日(土) 浅田真央新コーチ人選、ソチ金メダル条件
◇2010年7月3日(土) 世界の北野武は明治大学5年中退(再録)
◇2010年7月2日(金) 岡田監督の進退、遠藤保仁の挑戦…2014W杯
◇2010年7月2日(金) 福田剛大氏、画期的な“名刺本”を刊行
◇2010年7月1日(木) 大嶽親方の代償と大相撲の危機…野球賭博
◇2010年7月1日(木) サラリーマン不要論…柳井正(再録)
◇2010年7月1日(木) 渡瀬謙サイレントセールス勉強会(再録)

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ボチェッリが歌う吉岡聖恵「ありがとう」

NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
村井布美枝役の松下奈緒、村井茂(水木しげる)役の向井理の好演が光り、高い人気を誇る。
また、二人の実家、漫画(仕事)関係、調布の商店街の人々など、出演者が総じて熱演…。
むろん、武良布枝の原作と山本むつみの脚本(シナリオ)がよいのだろう。
私はしばしば感動させられる。

ゲゲゲの女房は、私の結婚以降の極貧暮らしを再現しているみたい…。
約35年前(1970年代後半、昭和50年代前半)、プランナーで食べていくのは至難だった。
フリーランスの駆け出し。
やっと探してきた仕事が恐ろしく安い。
私は不眠不休に近い状態で働いたが、失うものがないので心配のしようがなかった。
妻もあっけらかんとしていた。
どん底の生活では開き直るしかない。
それ以上悪くならないというのは案外、気楽である。

ゲゲゲの女房。
初めて、ドラマに自分を投影するほどのめり込んだ。

さらに、私が好きなのは、いきものがかりの主題歌「ありがとう」。
詞も曲も素晴らしい。
ウィキペディアによれば、いきものがかりは男女混成3人組の音楽グループ。
吉岡聖恵がボーカル、水野良樹がギターとボーカル、山下穂尊 がギターとハーモニカ。
バンドの名前は、水野良樹と山下穂尊が小学生時代に「生き物係(金魚の世話係)」だったことに由来するのだとか…。
私は何だろうと思っていた。

ありがとうのボーカルは吉岡聖恵(よしおか・きよえ)。
私は仕事に追われながらも、朝・昼・夜の放送、土曜日の1週間分の放送のいずれかで、おおよそストーリーを追いかけている。
したがって、主題歌は数え切れないほど耳にした。
そして、そのたびに“名曲”だと思う。

先日、とんでもない考えが頭をよぎった。
これをクラシック風にアレンジし、オーケストラをバックに「アンドレア・ボチェッリ」に歌ってもらいたいと…。
私は音楽に関してまったくの素人だが、非常にマッチするのでなかろうか。

また、ボチェッリはデュエットの名手である。
たいていの相手を包み込んでしまう。
例えば、「Andrea Bocelli & Judy Weiss」。
私は二人のコンビネーションにしびれた。

2009年9月5日「Vivo Per Lei … BEST」はこちら。

ボチェッリは相手のよさを引き出しながら、自分の持ち味を打ち出せる。
ボチェッリのソロで「ありがとう」を聞きたいが、吉岡聖恵とのデュエットでも聞いてみたい。
どちらも最高では?

なお、これは一方的な希望を述べたにすぎない。
私は当事者の意思、そしてボチェッリのギャランティを含め、何も知らない。

                       ◇

「ゲゲゲの女房」の音楽を手がける窪田ミナ(くぼた・みな)がNHKスタジオパークに登場した。
1972年、福岡県生まれ。
作曲家、ピアニスト。
テレビドラマや映画などの映像に音楽をつける。
アレンジャー、プロデューサーとしても活躍…。

ゲゲゲの女房では百曲ほどつくったらしい。
私はドラマに見入っていて音楽を意識したことがなかったが、大変な曲数である。
さまざまなシーンに織り込まれ、感動の名場面の誕生に一役買っていたのだ。

番組(スタジオパーク)のホームページに窪田ミナの詳しいプロフィールが載っている。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

⇒2010年7月17日「ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞」はこちら。

⇒2010年7月24日「水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房」はこちら。

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中小企業大学校広島校提案営業セミナー感想

私は6月に3日間、7月に2日間、計5日間、中小企業大学校広島校で「提案営業セミナー」の講師を務めた。
昨年まで和田創研の社員が行ってきたが、来年の閉鎖を前提に社員が去り、私が代役を務めた。
講師、とくに営業系の講師は体力の消耗が激しく、来年還暦の私はくたくたになった。
衰え、そして老いを実感する昨今である。

さて、中小企業大学校の受講者は総じて熱心であり、彼らから講座に対する感想が寄せられた。
先日のブログに続いて紹介しよう。

◆50代・男性、製造業、環境事業部・部長。
「感動と反省の連続でした」。
一番印象に残った言葉は「営業とは与えること」。
⇒和田創:勇気づけられる感想です。
この仕事を続けてきてよかったと思います。

◆20代・男性、製造業(石油製品)、営業。
「いままでは受動型の営業だった。
これからは案件型の営業へシフトします」。
一番印象に残った言葉は「営業と決別しろ」。
⇒和田創:提案営業の実践は、営業との決別が前提になっています。
主役である顧客の立場で、顧客の観点で考える姿勢を大切にしてください。
また、この仕事を誇り高く楽しむためにも、御用聞き営業から案件育成営業へ転換してください。

◆30代・男性、卸売業、営業。
「非常に熱く教えていただき、勉強になりました。
トモコさんのなぞは解けませんでした」。
一番印象に残った言葉は「提案営業で売るのは解決策」。
⇒和田創:商品を売る「提案営業」はありません。
それは「推奨営業」です。
かならず課題解決への貢献、すなわち“役立ち”を売ります。
素晴らしい営業になってください。
なお、和田創研は当初、「知的ソフトウエア研究所」という名称でした。
広い意味の「知」に関するノウハウを確立して提供したいと考えたからです。
提案営業とは、営業分野におけるそれ。
「知子さん」は社名から取りました。

◆30代・男性、商社、営業・主任。
「すべて“真逆”ということに驚きましたが、納得できました。
この5日間の内容をあすから活用していき、自分のスキルとします。
ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「買ってくれ、は禁句」。
⇒和田創:私の講演やセミナー、研修は、売ろうとして売れる時代はとうに終わっているという認識が出発点になっています。
飽和市場の顧客に商品の購入を迫っては、自分がつらくなります。
仕事を楽しむ姿勢を忘れないでください。

◆男性。
「非常に熱心に教えていただき、ありがとうございます。
もう少しグループワークをしてもよかったかなと思います。
ロールプレーは全員について聞きたかった。
先生にプレゼンテーションを見てほしかった」。
一番印象に残った言葉は「顧客は商品を買うのではない。業務上の効用、経営上の目的を買っている」。
⇒和田創:私どもの責任ですが、カリキュラムの編成に無理があり、終わりに近づくにつれて押してしまいました。
和田創方式の本来のカリキュラムは、最大の特徴が受講と並行して実案件(優良顧客に対する大口商談)を進めること。
さらに、最高の教材が受講者の提案書になること。
日程の制約から、いずれも果たせませんでした。
当然、教材(各人の提案書&提案内容)の出来は不十分でした。
最終日の採点(評価)は受講者に酷だったと思っています。

◆30代・男性、問屋業、営業・係長。
「先生の話を聞いて、現状の営業はただの御用聞きだと自覚しました。
あすから考え方を真逆にし、ほんとうの意味での顧客志向を大切に、お客さまと真剣に向き合っていきたいと思いました」。
一番印象に残った言葉は「営業とは与えること」。
⇒和田創:顧客価値の最大化にどのような貢献ができるかを追求します。
それは、仕上げとしての提案だけでなく、土台としての営業においても同じです。
すなわち、スタートからゴールまで与えることを大切に、プロセスを着実に踏んでいきます。
優良顧客を対象に大口商談をまとめるには幾度も「通う」ことが条件になります。
しかもポテンシャルの大きい顧客、決定権の大きい人物が相手になります。
与えられないと、通えません。

以上。
提案営業は奥深い。
これからも粘り強く学んでほしい。

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和田創ブログ&セミナーの基本スタンス

私はこのブログで「好き嫌い」を言わないように戒めている。
だれしも好きなものは好きであり、嫌いなものは嫌いである。
ものとは、ヒト、コト、モノ。
それを互いに口走ったところで、すれ違いに終わる。
自分の好き嫌いの感情など取るに足らない。
どうでもよい・・・。

自分のブログに自分の好き嫌いを書くのは自由だ。
しかし、私はそうしていない。
好き嫌いの感情に引きずられてコメントを寄せる人が多く、私は閉口している。
この際だからついでに言えば、ブログの内容と直性関係のないコメントを寄せる人も少なくなく、私は閉口している。
当然だが、自分の主張は自分のブログでやってくれ。

私は、日々の出来事や印象などを綴った雑文を別にし、ブログに書きたいことを書いているわけでない。
5〜8割で止めるように心がけている。
たいてい結論はその先の2〜5割にある。
自分なりに結論がないわけでないが、私は周囲に考えを押し付けられることを望まない。
その逆も同じだ。

したがって、ブログに書きたいことは書かない。
これは私の講演、公開セミナー、企業研修、そしてMBA講義(授業)においても一貫した、基本的なスタンスである。

私がこのブログの読者としておもに想定しているのは、次世代のリーダーである。
環境が劇的に変化する以上、それは「変革リーダー」になるはずだ。
彼らに対して考える素材、そこまでいかなくても考えるきっかけを差しあげられるならと頑張っている(大半は書き溜め)。
そう、このブログは「問題提起」にすぎない。
後は、一人ひとりが自由かつ柔軟に考えてほしい。

私は老いた。
この国に生まれ育ち、長らく世話になった身として、わが子を含めた次世代へメッセージを残したい。
日本の将来は恐ろしく険しいと予想するからだ。
それは不況のような一時的な後退でなく、トレンドとしての長期的な衰退である。
半世紀にわたり、一国の経済、企業の活動、個人の生活など、すべてが著しく縮み、落ち込んでいく。

次世代が手垢で汚れた通念や常識に凝り固まっていては、閉塞し切った状況を打ち破れない。
例外を設けず、ことごとく疑ってほしいのだ。

私はこのブログで、私を含めたすべての人を揺さ振りたい。
それが自分にできるささやかな恩返しと心得ている。

幾度か述べたとおり、MBAでは学生に対して「私の授業を信じるな。取るに足らない」と繰り返している。
このブログでも同じだ。
自分の頭でとことん考えなさい。
あなたの仕事であり、生活であり、人生である。

                       ◇

私は先頃、東洋経済新報社から刊行されたSBI大学院大学学長北尾吉孝編著『起業の教科書』において1章を受け持った。
「営業発の起業」について述べている。

ところが、著者校正の終了後に文章を何箇所か変えられ、原稿を滅茶苦茶にされた。
意味が曖昧になる、意味が不明になる、さらに私の主張と正反対になる…。
初版は、私にとり屈辱的である。
それに気づいたときは、すでに書店で売られていた。
後の祭。

いまだに怒りが治まらないが、すでに読み終えた方もおられるだろう。
本書についても考える素材を提供したにすぎず、自分の頭でとことん考えていただきたい。

私は「教育」に携わっている。
教育は、教えて育てると書く。
しかし、私は教えたら育たないと考えている。

授業を受ける、書籍を読む。
人から教わるほど、考える力は衰える。

本書を読むことに割いた時間の数倍は考えることに割いていただきたい。
切に願う。

                      ◇◆◇

国母和宏に関するブログは以下のとおり。
きょうのブログは一連の流れを踏まえている。

⇒2010年6月26日「国母和宏の反骨心…突っ張りより苛立ち」はこちら。

⇒2010年6月27日「国母和宏の舌打ち…大人の良識への挑戦状」はこちら。

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内需は中国人観光客、経営再建は中国企業頼み

私は品川の都市ホテルにしばしば宿泊している。
先だって、駅前の信号付近で派手なハッピをまとった若い男が大声で呼び込みをやっていた。
日本語でない。
なるほど、高輪口には大規模なホテルが林立し、中国人が団体で押し寄せている。
彼らの購買力を期待してのことだ。
貧しい日本人は関心外らしい。

内需は中国人観光客頼み。
日本政府は、富裕層に限定していた個人向け観光ビザの発給条件の緩和措置を中間層に拡大した。
これまでの役員クラスに、課長クラス以上が加わる。
条件はゴールドカードを持つこと。
これに家族を含める。
それにより約10倍の1600万世帯が対象となる。

家電など国内販売は彼らを見込まざるをえない。
実は、これまで中国人観光客はアメリカ人観光客の5倍の金額を落としてくれた(一人当たり)。
最高のお得意様なのだ。
ただし、中間層がどれくらい使ってくれるかは未知数だ。
また、不法滞在ほか、治安悪化の問題も懸念されている。

中国では所得・生活水準が上がり、海外旅行がブームになっている。
ビザ緩和で家電量販店はもとより、ホテルなどの宿泊施設では中国人観光客が劇的に増えそうだ。
私はこれまでもマナーの悪さに呆れており、これからどうなるのか気がかり…。
大国・中国はこうした部分の教育が追いついていない。

経営再建は中国企業頼み。
私が暮らす横浜・港北ニュータウン、横浜市営地下鉄センター南駅に「ラオックス」という家電量販店があった。
数年前に撤退。
その後、中国企業に買収された。

今度はアパレルの名門「レナウン」が買収された。
かつては欧米の有名ブランドを手に入れていたのに…。

いずれも中国資本のもとで復活を目論む。

                       ◇

人民元が上昇すると、中国頼みの状況は一段と加速する。
日本は、堺屋太一がかなり前に予想したとおり「アジアの片田舎」に落ちぶれる。

ただし、飛ぶ鳥を撃ち落とす勢いの中国経済にも懸念材料がある。
上海万博(2010年上海国際博覧会)終了後も力強い上昇軌道を保てるのか。
中国政府はすでに不動産市場の引き締めのため融資規制などに踏み切っているが…。

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横綱白鵬は美しい…責任感の優勝に拍手!

野球賭博問題のさなかの大相撲七月(名古屋)場所。
ファンが離れ、スポンサーが去り、テレビ中継が消え、表彰が取りやめられ…。
異例づくめの開催だった。

横綱白鵬は記者会見で、「千人近くの力士を引っ張っていかなくてならない…」などと語った。
責任感の優勝である。
いや、使命感か。

昭和の大横綱大鵬の45連勝を抜き、47連勝中。
15日制のもとで、初の3場所連続全勝優勝の快挙だ。
一人横綱になった春場所から一度も土がついていない。

横綱白鵬は美しい。
日本の心を持っている。

千秋楽、土俵際の優勝インタビューで涙を見せた。
天皇賜杯を受け取れなかったのだ。
表彰状と優勝旗が授与されたのみ。

九月(秋)場所では、千代の富士の53連勝に挑む。
その先に見据えるのは、双葉山の69連勝…。

以下に「大嶽親方の代償と大相撲の危機…野球賭博」と題する2010年7月1日のブログを収める。

                      ◇◆◇

野球賭博問題が相撲界を揺るがせている。
日本の伝統国技は存亡の危機に立つ。
賭博に関わったのは幕内力士が多く、親方まで含まれる。
情けないかぎり。

相撲界の腐敗は、構造的な問題が大きい。
日本相撲協会もさることながら相撲部屋についても「閉鎖性」が強い。
部屋は親方個人の財産(所有物)となっており、周りから実態を窺い知ることが難しい。
また、その経営は日本相撲協会からの分配とタニマチからの支援により成り立つが、不況で優良なタニマチが減っている。
台所事情が苦しいなど、好ましくない援助が入り込む余地が生じる。

さらに、相撲界はしきたりや慣習が厳しく、力士は「ストレス」が強い。
社会と切り離され、相撲部屋に閉じ込められがちだ。
時代は変化したが、弟子は自由を制限されたまま…。

さて、野球賭博問題でもっとも悪質だったのが、大嶽(おおたけ)親方である。
NHKのインタビューに応じ、日本相撲協会のどのような処分も受け入れると心境を語った。
そして、賭博に関わった力士に再起のチャンスを一度だけ与えてほしいと涙を流した。
大関琴光喜(ことみつき)も“追放”は免れそうにない。

私は大相撲に詳しいわけでないが、第46代横綱朝潮と並んで元関脇貴闘力(大嶽親方)は大好きな力士の一人だった。
愚直かつ不器用な取り口で、ひたすら前へ。
気合十分の仕切り、回転の速い突き押しが特徴。
朝潮と異なるのは、闘志を体全体で表したこと。
そこに熱い人間味も感じられた。

本人が語ったところによれば、もともと賭け事が好きだった。
野球賭博は次第に回数が増え、金額が大きくなった。
順調な相撲人生にも満たされない何かがあり、心のなかに闇が巣食い、広がっていったのか。
私たちは弱く、ちょっとしたことから崩れやすい。

                       ◇

なお、懸念された名古屋場所は、理事会が特別調査委員会の勧告を受け入れ、開催にこぎつけられそう。
年配者を中心に、根強いファンは胸をなで下ろしている。

大相撲は不祥事が続き、国民の信頼回復は容易でない。
長い歳月がかかるだろう。
日本相撲協会が取り組むべきは、相撲部屋制度のほか、相撲界全体の抜本的な改革である。
21世紀にふさわしい、透明性の高い経営システムを確立しなくては、日本が誇る伝統国技を守れないのでないか…。

協会(理事会)に自浄能力、そして再建能力はない。
公益法人なので、文部科学省は強力に関与すべきだ。
一旦解体が手筋であろう。

◆書き加え1

このブログは2〜3日前に記した。
私は思い出した。
大嶽部屋は、第48代横綱大鵬が起こした「大鵬部屋」が前身だった。
大嶽親方は大鵬の養子なのだ。娘婿。

報道によれば、名誉を汚し、妻との離婚を決めた。
賭け事に興じた代償はあまりに大きい。
大関琴光喜を巻き込んだ罪もきわめて重い。

が、話に不自然なところがあり、大関琴光喜をかばっている可能性も否定できない。
真相が明らかになるには時間がかかりそうだ。

◆書き加え2(7月4日)

日本相撲協会の臨時理事会が開かれ、大嶽親方と大関琴光喜の二人は解雇処分と決まった。
名古屋市内のホテルで行われた緊急記者会見で発表された。

私は元関脇貴闘力が大好きだった。
大相撲から追放されるのはやむをえないが、無念である。

◆書き加え3(7月6日)

NHKは大相撲名古屋場所の生中継を取り止めると発表した。
一場所を通じて生放送を見送るのは初めて。
多くの視聴者から意見が寄せられ、7割近くが否定的だったことを踏まえて判断した。

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SMBC20100728

起業の教科書・正誤表…SBI/東洋経済

起業の教科書 ―次世代リーダーに求められる資質とスキルビジネス雑誌・図書の老舗出版社「東洋経済新報社」から『起業の教科書』が刊行された。

書名◆起業の教科書
副題◆次世代リーダーに求められる資質とスキル
編著◆北尾吉孝(SBI大学院大学学長)
刊行◆東洋経済新報社
仕様◆A5判上製、292ページ
定価◆2,730円(消費税込み)

SBI大学院大学(MBA)の教官12名による共著である。
私が受け持った章は、「起業を円滑・確実にする営業力 〜出会いと巻き込みによる成功法」である。
「営業発の起業」について述べている。

ところが、著者校正の後で文章を何箇所か変えられた。
それに気づいたときには市場に出回っており、後の祭。
内容がゆがめられ、初版は私にとり不本意である。

私はやむをえず、東洋経済新報社に正誤表を折り込んでもらうことにした。
とはいえ、一部は読者の手に渡っている。
いまから正誤表を折り込めるのは、大型書店の陳列分くらいだろう。
それも書店の協力が条件になるので、徹底はムリ。
私は悲しい・・・。

なお、正誤表は、東洋経済新報社の忠告(?)に従い、どうしても困るという個所に留めた。
そこで、このブログでは、それ以外も含めて示した。

◆223ページ
(正)
第4は「真逆営業」へ針路を取る。成長期と成熟期、好況期と不況期では営業のありようは正反対になる。環境が逆なのだから当たり前だ。営業の考え方も進め方も一切引っ繰り返す。私は「真逆営業」と命名した。「まぎゃく」は若者の造語。売れる時代の常識は売れない時代の非常識で決まり。
※途中省略。
「真逆営業」のほんの一例を挙げれば、自社の営業担当者の立場を離れ、顧客の購買コンサルタントの役割に徹する。すると、商談をやめ、相談に乗るようになる。それにより、大勢のなかの一業者と見なされず、かけがえのないパートナーと認められる。売れない時代の営業とは、営業との決別である。

(誤)
売れない時代の営業との決別である。

(説明)
主旨は、売れない時代の営業とは、いわゆる営業との決別である。
通念や常識としての営業との決別、既成概念や固定観念としての営業との決別である。
平たく言えば、売れない時代の営業とは、売れる時代の営業との決別である。

本書では、この個所が結論に当たったので、読者に少し考えてほしくて違和感が残る文章にした。
「うん?」と、立ち止まってもらうためだ。

直すなら、せめて「売れる時代の営業との決別である」。

私が変革・再建系の営業コンサルタント・講師として十数年にわたり一貫して説いてきたのは、「売れる時代の営業を忘れよ、捨てよ」である。
冒頭で「営業などやめてしまえ」と言い切っている。
この点が私の最大の主張であり、私への最大の評価である。
セミナーや講演のアンケートもここに集中する。

還暦前年の私がいま職業人生の集大成として執筆に取り組んでいるのも、売れる時代の営業との決別がテーマである。

書名◆営業全否定
副題◆真逆営業の思想と実際
惹句◆エイギョウの「エ」の字も知らない社長と上司につける薬

すべて仮。
原稿を完成させてから刊行を引き受けてくれる出版社を探す。
編集者の注文で本を書いておらず、いつも飛び込みだ。

細かな部分ならともかく、肝心の結論が反対になってしまった。
著者はつらすぎる。

◆218ページ
(正)
おもに法人営業については、なるべく早い時点で経営を軌道に乗せようとすると、収益の核となる優良顧客を確保することが必須である。起業家は新規開拓に全力を注がなくてならない。その際に守るべき原則は「行くべき顧客を訪問し、会うべき人物と面会する」ことだ。

(誤)
おもに法人営業については、なるべく早い時点で経営を軌道に乗せようとすると、収益の核となる優良顧客を確保することができる。

(説明)
経営を軌道に乗せようと思うと、優良顧客をつかまえられるという文章だ。
理解が不能。
世の中、つぶれる会社はなくなる。
これもつらい。

◆223ページ
(正)
やってはならないのに、営業担当者は顧客の注文を受け入れる。営業の「え」の字も知らない経営トップや営業幹部が「要望やニーズに応えよ」と、ひたすら御用聞きをつくってきたせいだ。業績下落の張本人は誤った命令や指示により、下に仕事でなく作業をすり込んできた上である。

(誤)
業績下落の張本人は誤った命令や指示により、下に仕事でなく作業をすり込んできた結果である。

(説明)
業績下落の張本人は結果であるという文章だ。
意味が不明。
業績下落の張本人は上である。
社員に対する社長、担当者に対する管理者、部下に対する上司、後輩に対する先輩などを指す。
ここでは前の文章を省いたが、読めば文脈のなかで分かる。
なお、これ以前の箇所でも、上と下という記述を行っている。

◆198ページ
(正)
ところで、いまや接点ならバーチャルで容易につくれる。が、それでは人と関わる、そして交わるとは言えない。まして動かすには至らない。コトが起こらないのだ。「接点を耕して交点と成し、交点を高めて力点と成す」。どれだけ人と交わり、人を動かすか、リアルの努力が起業の機運と環境を用意してくれる。ここで個人名刺がおおいに役立つ。

(誤)
「接点を耕して交点と成し、交点を高めて力点と為す」。

(説明)
私は「成す」と「為す」の表記に迷う。
ここでは「成す」とした。
が、「為す」とされた。
それでも構わないが、ならば「接点を耕して交点と為し、交点を高めて力点と為す」だろう。
一つの文章で「成す」と「為す」を使い分けたわけであるまい。

◆222ページ
(正)
ゆえに、顧客から注文をもらうことは営業活動のスタートになる。始まりの合図にすぎない。ここからが営業担当者としての“腕”の見せどころである。そのためには要望やニーズにYESと応じず、NOと返す。相手の注文を受け入れた途端に収益の伸びにフタをしてしまうからだ。実際、YESと答えると顧客先を辞退し、見積職としての“作業”で済ませる。
そうでなく営業職としての“仕事”に取り組むのだ。つまり、NOと答えて顧客先を辞退せず、腰を据える。注文にはたいてい何らかの背景が潜んでおり、それを探り出していく。顧客が抱える事情や意図、顧客が望む効用や目的などである。それらは顧客の「課題」と密接に関わる。

(誤)
実際、YESと答えると顧客先を辞し、見積職としての“作業”で済ますことができる。
そうでなく営業職としての“仕事”に取り組むのだ。つまり、NOと答えて顧客先を辞すことなく腰を据える。

(説明)
私は、可能性でなく、事実を述べた。
大半の営業担当者は何も考えずにそうしている。
意図したわけでなく、無思慮である。
わざわざ「実際」と断った。
なお、「辞退」という言葉に、御用聞き特有のへりくだったニュアンスを持たせたかった。

以上。
また、以下は誤りといえないが、私は疑問を感じた。

◆199ページ
(正)
いきなり起業する人がいて勇気に頭が下がる。しかし、リスクを小さくできるならそれに越したことはない。

(誤)
いきなり起業する人がいるが勇気に頭が下がる。しかし、リスクを小さくできるならそれに越したことはない。

(説明)
こんな直しにどれほどの価値があるのか。
「いるが」と「しかし」はニュアンスが重複し、文章としてつたない。
どうしても気に入らないというのなら、「いきなり起業する人がおり、(その)勇気に頭が下がる。」。

                      ◇◆◇

起業の教科書 ―次世代リーダーに求められる資質とスキル営業のこと、とくに実態がまったく分かっていない素人が断わりもなく手を入れるから、失態を起こす。
それ以前に、編集の仕事が分かっておらず、自分の原稿と勘違いしている。
経験の浅い社員か外注スタッフがやらかしたのでは…。

私はこれまで多くないが、本を出してきた。
著作、監修のほか、冊子など…。
別のペンネームによる著作もある。
計十数冊。

著者校正の後、私の知らないところで文章を変えられた経験は一度もない。
東洋経済新報社といえば、日本経済新聞社、ダイヤモンド社と並び、日本を代表するビジネス系の出版社である。
日経(BP社を含む)もダイヤモンドも原稿を尊重してくれた。

今回は言葉を失った・・・。
私は長らくお世話になった方々に対し、自腹を切って本書を贈呈しようと張り切っていた。
それが叶わず、非常に悔しい。

私は、講演でも著書でも「論理」を大切にしてきた。
本書についても十回ほど推敲を繰り返している。
この原稿が人目に触れると思うと・・・。

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SMBC20100728

人に教えるということ…講師経験

「和田創 プロ講師養成塾」シリーズのとりあえずの最終回である。
これまでの説明をちょっと補うくらい。

公開セミナーの主催者は「今後の参考にするために…」とアナウンスし、参加者にアンケートへの協力を依頼することが多い。
その中身は、おおよそ講師と講義、教材に対する評価になる。
フリーアンサー欄が設けられていると、率直な感想や意見も寄せられる。

しかし、すでに述べたとおり、セミナーアンケートは講師の評価を行うだけでない。
参加者の評価を行うものだ。
分かりやすい例を挙げよう。
公開セミナーでなく企業研修であるが、アンケートの内容はリストラの判断基準としてしばしば用いられる。

実は、講師を基準に述べれば、セミナーアンケートは経験の浅い人では、おもに講師を評価する物差しになる。
しかし、それをかいくぐってきたのがベテラン講師、そして人気講師である。
ゆえに、経験の長い人では、おもに参加者を評価する物差しになる。

アンケート結果をどう見るかは、講師経験の長短により比重が正反対になる。
それが公開セミナーの主催者の判断だろう。

私は、事務局がアンケートを読みながら溜め息をついている光景を目にしてきた。
「レベルが低いなぁ」。
「これだとついてこられない…」。
ぶつぶつつぶやく。

まして主催者が繰り返し実施してきた定番セミナーでは、参加者を評価する物差しになる。
私の「提案営業セミナー」は日本を代表するビジネスセミナー会社を中心に数百回開催されてきた。
マナーなど新入社員向けのベーシック講座を除き、同一テーマでこれほどの実績を持つ営業セミナーは長らく出ていない。

                       ◇

このシリーズは、プロ講師、それも主要なビジネスセミナーで活躍する講師を目指すという前提で書いた。
かなり高いところに目標を置いたことになる。

だが、そこまでいかなくても、講師料を収入の一部としている人は大勢いる。
ボランティアに近い条件で引き受ける人も…。
また、ビジネスを離れ、地域や社会において使命や趣味で引き受ける人は無数にいるはずだ。

今日、私たちはしばしば「人に教える」立場になる。
公が対象でないが、社内インストラクターはもとより社長や上司もそうした役割を担っている。
広い意味の「講師」を経験する機会は日常に広がっている。

ということは、私たちは逆の立場にもなる。
自分が講師を務めると、他人の講義を受ける際の心構えも態度も次元が違ってくる。
私は、現代の社会人に積極的に講師を経験してほしい。

もう一つの効用として、学ぶには教えるのが断然早く深い。

現実には、人に伝えたり人を導いたりするのは決して容易でない。
いや、非常に困難だ。
そこにセオリーとノウハウが存在するのは確かである。

私は今回のシリーズに限らず、このブログでたびたび講師の仕事について書いてきた。
近い将来、こうした記事を含めて「人に教えるということ(仮題)」といった著作を刊行してみたい。
それが講師本か教育本か指導本か、私のなかで固まっているわけでないが…。
大それた夢である。

和田創、大噴火プロフィール

和田創、大噴火営業変革講演

                      ◇◆◇

「和田創 プロ講師養成塾」シリーズは以下のとおり。

⇒2010年5月11日「次世代が育たない…プロ講師養成塾」はこちら。

⇒2010年5月12日「セミナーアンケート…プロ講師の常識」はこちら。

⇒2010年5月13日「プロ講師の心得…講義の内容と表現の評価」はこちら。

⇒2010年5月14日「教えたら育たない…教育を解釈する」はこちら。

⇒2010年5月27日「講師とは自己否定である…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年6月16日「講師にとっての顧客とは?…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年6月18日「プロ講師のなり方…地獄をくぐり抜ける」はこちら。

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直江津祗園祭花火大会、山車集結の賑わい

あすから4日間にわたり直江津祗園祭(祇園祭)。
私はこの時期、直江津小学校時代(半世紀前)をかならず思い出す。
地域全体を巻き込んだ唯一のイベントの到来を待ち侘びた。

去年は雨にたたられた。
気温も上がらなかった。
今年は梅雨明けが早く、日本海側の地域に特有の夏の暑さが爆発した。
が、日本気象協会の週間天気によれば、上越(高田)は26日〜29日は快晴というわけにいかない(23日17時発表)。
曇〜曇時々晴。
降水確率は40〜30%。
しかも確度がやや低い予報。
要は、自信がないのだ。
何とか持ち堪えてくれますように…。

上越まつりは7日間にわたり、前半は高田地区、後半は直江津地区で行われる。
その中日、直江津地区では関川(荒川)を下ってくる神輿を屋台と花火が盛大に迎える。
「直江津祇園祭」の幕開け。
盛り上がるのは直江津地区。

私は当時、真行寺幼稚園前の自宅兼事務所(オフィス)、呉羽紡績(後に東洋紡績に吸収合併)支所に暮らしていた。
夕食が終わり、花火の音が聞こえると、幼い頃はおそらく親に手を引かれ、直江津小学校時代は親とともに会場へ向かった。
徒歩7〜8分。
決して広くない道の真上に大輪が開いた。
次第に音が体全体に響くようになる。
懐かしい思い出だ。

あす26日はその花火大会。
私は飛んでいきたい気分。
童心に返り、御幸町の屋台を引く…。

以下に「直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台」と題する2009年8月16日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私が子どもの頃もっとも楽しみにしていたのは、直江津祗園祭(祇園祭)。
それはもう待ち焦がれた。
7月26日〜29日の4日間(当時は不明)。
梅雨明けのタイミングと重なる。
直江津市が高田市などとの市町村合併を経て上越市となった現在、「上越まつり」の一部という位置づけ。
祭は1週間、前半の3日間は高田地区で、後半の4日間は直江津地区で行われる(これは昔から変わらないらしい)。

そして、直江津祗園祭の始まりを華かに告げるのが直江津花火大会。
いまは「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。
5千発の打ち上げ、10万人の人出(当時は不明)。
人口3万人の小都市だったから規模は決して大きくないが、地域住民には最大のイベントだった。
花火大会の会場周辺に、後に述べる舟形屋台(山車)が集結して祗園囃子を奏でる様子は壮観である。
八坂神社(祗園社)から高田地区へ貸し出していた神輿(みこし)が両地区を流れる関川を船で下り、直江津地区に戻ってくる。
神輿の関川河口(花火大会会場)の到着に合わせ、ナイアガラとスターマインの豪華競演が繰り広げられる。

直江津地区の19町内会(当時は不明)がそれぞれ1台、装飾を凝らした舟形屋台(山車)を持っている。
昔、直江津は北前船の寄港地として栄え、千石船が絶え間なく出入りしていた。
舟形屋台はそれをかたどったもの。
これを各町内会の小学生がロープで引っ張る。
掛け声は、男の子が「わっしょい」と発し、女の子が「よいやさ」と受ける。
ニュアンスとしては「わぁーっしょい」「よいやさぁ〜」。

当時、直江津小学校の私も御幸町の舟形屋台(山車)を引いた。
かなりの重労働。
まして夏場なので汗だくになるが、それでも嬉しくて仕方がなかった。
「ご苦労さん」ということで、確かビニール袋に入った駄菓子が配られた。
しかし、それが目当てでない。
ひょっとすると、祗園祭に直江津小学校の鼓笛隊もパフォーマンスを披露したのでないか。
ならば、私は隊長だったので、先頭で指揮棒(指揮杖)を振っている。
記憶が曖昧。

この舟形屋台(山車)の後ろに太鼓が2つ据え付けられており、大人が叩く。
その後ろに笛を吹く大人数名が従う。
日が暮れて青っぽい提灯に明かりが灯ると、舟形屋台は優雅で幻想的な雰囲気に包まれる。
私は子ども心に、とても美しいと感じた。
ちなみに、祗園は京都八坂神社の旧称、祗園祭は京都八坂神社の祭礼。
知らなかった。

直江津祗園祭の4日間の大雑把なスケジュールは以下のとおり(当時は不明)。
1日目は、神輿が関川河口に到着。花火大会が開催。舟形屋台(山車)も会場周辺に集結。
2日目は、舟形屋台が市街巡回。
3日目は、舟形屋台が市街巡回。民謡流し(佐渡おけさのパレード)。
4日目は、舟形屋台がメーンストリート(八坂神社付近の商店通り)に集結。1台ずつ八坂神社に御饌米(おせんまい)を奉納。舟形屋台が解散(各町内会へ)。
なお、奉納では重い俵を担いだ大人が、露店が両脇を埋める八坂神社の百メートル強の参道を本殿目がけ、一気に駆ける。
なかなか勇壮!

私がグーグルで検索したら、生まれ育った直江津を深く愛する方のホームページが見つかった。
小学生、高校生、大学生、青年会と祗園祭にのめり込んだ経験が成長の糧となったと述べている。
氏は、さらに祗園祭が果たしてきた教育面の効用に言及し、その重要性を強調している。
祗園祭は長らく直江津地区で学校とは別の、地域社会のなかでの“学び”の機会になっていたとのこと。

近年、若者が祗園祭を支える青年会に入りたがらず、また小学生が少なくなり、永続が危ぶまれるのだとか…。
そのため、大人が担ってきた太鼓と笛を、中高生を含めた子どもが受け持つように…。
町内会によっては舟形屋台(山車)を引く小学生がほとんどいない。
また、地方衰退と人口減少の影響が祗園祭の沿道に現れている。
舟形屋台が集まっても人出が少なく、かつての熱狂が失われている。
地域住民の祗園祭に対する関心がかなり下がった。
私が子どもの頃は皆、祗園囃子が聞こえてくるだけで家の外に飛び出し、舟形屋台を探し歩いた。

ところで、私は「直江津屋台会館」ができたことは知っていたが、食べ物の屋台が揃う、観光客向けの飲食施設をイメージしていた。
何と食い意地が張っているのか。
そうでなく、祗園祭で繰り出される19町内会の舟形屋台(山車)を収蔵・展示しておくためにつくられた施設だった。
となると、明るい照明のもとですべての舟形屋台を四方八方から眺められる。

私は元気なうちに、直江津祗園祭を4日間じっくりと楽しみたい。
子どもの頃に覚えた胸の高鳴りを、もう一度取り戻したいのだ。
夢は叶うか?
両親と一緒というわけにいかない…。

                      ◇◆◇

直江津祗園祭に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年8月8日「夏の風物詩・花火大会ランキング」はこちら。

⇒2009年8月16日「直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台」はこちら。

ホテルハイマートの駅弁「鱈めし」に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年8月15日「絶品駅弁! 直江津ハイマート鱈めし」はこちら。

⇒2009年9月21日「漁師まかない飯…直江津漁港」はこちら。

かなざわ総本舗「出陣餅」に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年8月4日「上杉謙信・出陣餅と武田信玄・信玄餅」はこちら。

⇒2009年8月29日「筑紫もち、信玄餅、出陣餅、三つ巴」はこちら。

直江津途中下車に関するブログは以下のとおり。

⇒2007年4月25日「生まれ故郷・直江津へ自分探しの旅」はこちら。

⇒2008年2月17日「故郷・直江津にマイミク」はこちら。

⇒2009年8月30日「関川と荒川…直江津を流れる川」はこちら。

⇒2010年3月10日「直江津ホテルハイマートに宿泊予約」はこちら。

直江津小学校時代に関するブログは以下のとおり。

⇒2007年3月11日「NHK・桜井洋子さんの活躍が励み」はこちら。

⇒2008年2月26日「上越・高田の観桜会…日本三大夜桜」はこちら。

⇒2009年4月4日「桜の名所、高田城址と高遠城址」はこちら。

⇒2009年4月5日「意外、人口最多は新潟県」はこちら。

⇒2009年7月22日「46年前の皆既日食」はこちら。

⇒2009年7月24日「感激! 生まれ故郷・直江津から…」はこちら。

⇒2010年3月11日「心にぽっかり穴…直江津小学校卒業式」はこちら。

⇒2010年3月17日「卒業式シーズン…大人への通過儀礼」はこちら。

⇒2010年3月20日「校歌を歌ってみなさい…就活・面接」はこちら。

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花火大会ランキング人気&感動ベストテン

日本一の花火大会はどこだろう?
ふと疑問が湧いた。
そこで、グーグルで「花火大会ランキング」のキーワードで検索したら、約7百万件がヒットした。
凄い数!
花火は、日本人の夏の風物詩なのだ。

さて、多くの人にとり、もっとも親しみを感じるのは地元の花火大会だろう。
私にとり、生まれ故郷の直江津の花火大会。
狭い市街地の真ん中辺りに自宅があったおかげで、わざわざ会場に足を運ばなくても十分に楽しめた(でも、足を運んだ)。
住民が唯一燃焼できる、待ち焦がれたイベントだった。
地方都市ゆえに規模は大きくなく、打ち上げ数は5千発、来場者数は10万人。
私が暮らしていた約半世紀前は不明。
直江津市は人口が約3万人だった。
現在は市町村合併により上越市になり、正式名称は「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。
例年7月26日。
やはり当時は不明だが、7月下旬だったと記憶している。

次いで、私がいま暮らす横浜の花火大会。
「神奈川新聞花火大会」。
8千発、30万人。
人口 370万人弱の日本最大都市の住民はクールなのか。

私はインターネットで調べ、何をもって日本一とするかも難しいことが分かった。
打ち上げ数か、来場者数(人出)か。
それともさまざまな演出を含めた楽しさか、周囲の景観を含めた美しさか。
演出にはイベントやサービス、ほかに露店などを加えるか。
ちなみに、私の生まれ故郷の花火大会は直江津祗園祭(祇園祭)の一環というか幕開けとして行われる。
主会場となる関川(荒川)河口には舟形屋台(山車)が集結し、祭との相乗効果で盛り上がる。
5千発の打ち上げながら素晴らしい感動を味わえる。

私は、各地の花火大会に順位をつけることにあまり意味がないという、当たり前の結論に行き着いた。
「全国花火大会ランキング」の類は、レジャーや観光で出かける際の目安になるくらいだ。

ところで、私は新潟県の直江津小学校を卒業し、長野県の伊那中学校に入学した。
確か2年生の夏休みに家族4人で諏訪湖の花火大会を見にいき、あまりの迫力に圧倒された。
入園前の妹は震えていたのでないか。
私は妹のことが心配で、花火を楽しめなかった。
2歳頃から重い自家中毒に幾度もかかっていた。
噴水のように吐きつづける様子を見て、私は2度ばかり「命が助からない」と思った…。
それは精神的な興奮が引き金になっていたようだ。
伊那市駅まで鉄道で帰らなければならなかったこともあり、花火大会の途中で引き揚げた(うろ覚え)。
凄さをいやというほど味わったのと、乗り物の混雑を避けたいということだったと思う。

「諏訪湖祭湖上花火大会」。
なるほど、あれが人により日本一と讃える花火大会だったのだ。
約45年前は不明だが、4万発、50万人。
湖は安全面でゆとりがあり、大玉の打ち上げや大がかりな仕掛けが可能である。
スターマインやナイアガラなどのスケールは突出している。
波のない湖面に映る花火も美しさを増幅させる。
また、山に囲まれており、音が体中に伝わる。
ホント、凄い。
湖畔に沿い、大勢が取り囲むように楽しめるのもよい。

あるランキングでは、山下清画伯の貼り絵で有名な「長岡まつり大花火大会」がベストテンに入っていた。
日本最長の信濃川の河川敷で行われる。
こちらは2日間合計で2万発、90万人弱。

以下に、ヤフーでの花火大会人気ランキングベストテンを示す。
集計期間が2010年6月30日〜8月31日なので、途中経過だ。

1位:長野県 第62回諏訪湖祭湖上花火大会
2位:新潟県 長岡まつり 大花火大会
3位:秋田県 全国花火競技大会(大曲の花火)
4位:静岡県 全国花火名人選抜競技大会 ふくろい遠州の花火2010
5位:大阪府 教祖祭PL花火芸術
6位:滋賀県 びわ湖大花火大会
7位:大阪府 なにわ淀川花火大会
8位:三重県 全国花火サミット開催記念 第58回伊勢神宮奉納全国花火大会
9位:栃木県 真岡の夏祭り 大花火大会
10位:栃木県 尊徳夏まつり大花火大会

こうした調査は、組織票が入りやすい。
地元が熱心に応援すれば得票が伸び、順位が跳ね上がる。
参考にしかならない。
が、1位と2位が図抜けている。

私が見たいと思うのは、長岡、大曲、琵琶湖(びわ湖)の花火大会である。
それと、もう一度、諏訪湖。
印象が強烈だ。

                       ◇

私が親しみを感じるのは熱海の花火大会だ。
「夏季熱海海上花火大会」。
観光客を誘引する目的で行われている。
むろん、満足度を高める目的でも…。
打ち上げ数は5千発と多くないが、30分間に立てつづけ。
来場者数は2〜3万人か。
首都圏から近く(こだま号で約50分、ひかり号で約35分)、旅行などのプラスアルファの思い出づくりに最適である。
夏が中心だが、春や秋、冬にも行われる。
私は熱海が大好きなので、幾度か楽しんだ。

東京ディズニーランドの花火もそうだ。
東京ディズニーリゾートというべきか。
こちらは午後8時半から毎日(要、問い合わせ)。
名物のパレードの後にほんの数分間、ディズニーソングとともに数百発が打ち上げられる。
一日の思い出、パレードの感動を仕上げる効果を狙っているのだろう。
花火が終わると、土産を買って帰る家族連れやカップルが少なくない。

熱海の花火も東京ディズニーランドの花火もそれ自体の魅力を訴えるというより、見る人に幸せを感じてもらうものだ。
人気の秘密はこれ。

人生のエポックと交わるとき、花火は燦然と輝く。
そして、心のなかに生きつづける。

                       ◇

きょうのブログは、以下のブログに思い切って手を加えたものである。

⇒2009年8月8日「夏の風物詩・花火大会ランキング」はこちら。

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SMBC20100728

水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房

NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
私は、自分が通った道をなぞっている錯覚に陥る。
何とも懐かしい。
これほど思い入れというか共感を持って見入ったドラマはほかにない。

私はフリーランスのプランナーとして極貧生活と戦っていた。
営業活動が実り、ようやくまともな仕事が入るようになった。
そして、顧客から認められ、仕事が増えていった。
一人でこなし切れず、自宅でアシスタントに手伝ってもらった。
水木しげる(村井茂=向井理)と同様、家族の生活が滅茶苦茶になった。

水木しげるは自宅だったので、有り金をはたいて改築に踏み切った。
私は間借りだったので、都心に仕事場を借りた。
いずれも大勝負である。

すると、さらに仕事が増えていった。
アシスタントの人数が多くなった。

水木しげるは人気作家になったので、経済的な不安は遠のいたかもしれない。
しかし、私は注文の多いプランナーにすぎない。
売り上げは伸びたものの、アシスタントへの支払いも膨らんだ。
月末は頭が痛かった…。

アシスタントを使いながら企画の品質を維持する、いや向上させるのは大変だった。
そうでなくては、あっという間に顧客が離れる。
水木しげると同様、気合いを入れて仕事に取り組んだ。
眠る時間はろくに取れない。
私は仕事場に泊まり込んだ。
自宅に戻れない…。

さらに仕事が増えていった。
アシスタントを食わせるために働いている気分だった。
私は次第にわけが分からなくなっていった。
殺到する注文と急増する人件費に悲鳴を上げた…。

水木しげるは「株式会社水木プロダクション」を旗揚げした。
売れっ子漫画家は分業制を敷かないと仕事を回せない。
数名、それ以上のアシスタントを抱える。
私が味わった金銭的な苦労と無縁だったのだろうか?

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

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『起業の教科書』刊行…SBI大学院大学

起業の教科書 ―次世代リーダーに求められる資質とスキルビジネス雑誌・図書の老舗出版社「東洋経済新報社」から『起業の教科書』が発行された。
10年振り。
私がいかに怠けていたか、よく分かる。
といっても、SBI大学院大学(MBA)の教官12名による共著である。
私が執筆したのは3万字、通常の単行本の3分の1、70ページくらい。
それを2万4千字まで減らすのに苦労した。
私が受け持った章は、「起業を円滑・確実にする営業力 〜出会いと巻き込みによる成功法」である。

書名◆起業の教科書
副題◆次世代リーダーに求められる資質とスキル
編著◆北尾吉孝(SBI大学院大学学長)
刊行◆東洋経済新報社
仕様◆A5判上製、292ページ
定価◆2,730円(消費税込み)

私は、東洋経済新報社のホームページをのぞいた。
それによれば、内容はSBI大学院大学の講座内容を軸に、ベンチャービジネスに必要な知識を網羅している。
ビジネスモデル、収支計画、事業計画、資金調達、営業、法務の基本を丁寧に解説している。

おそらく格調の高い原稿が並んでいるのでは…。
ハードカバーの装丁に気品を感じた。
私は例によりえぐい原稿である。

私が言いたかったのは、営業マンこそ会社をつくりなさい。
主張は明快だ。
仕事を取ってこられる営業力を持つなら、起業など恐れるに足らない。
また、私を含め、考えない営業マンこそ起業に向いている。
MBAで学ぶ人を眺めれば分かるように、知識や技術、手法を詰め込むと自らブレーキを踏みやすい。
起業は度胸に決まっている。

なお、私の原稿は、おもにこのブログ「和田創 講演講師の引き出し」からピックアップした記事を編集加工した。

                       ◇

私は何とか来年3月までに“自分の本”を2冊出したいと頑張っているところ…。
1冊は営業本だ。
営業変革・再建系コンサルタントとしての集大成である。
長年にわたり企業研修、公開セミナー、講演などで述べてきた収益伸長のための営業の極意を明かす。

書名◆営業全否定
副題◆真逆営業の思想と実際
惹句◆エイギョウの「エ」の字も知らない社長と上司につける薬

むろん、すべて仮。
やはりこのブログの記事を編集加工する。
私の思惑にすぎないが、年明け早々に刊行できればうれしい。
それもこれも原稿をいつ完成させられるかにかかっている。

◆書き加え1

このブログはきのうの午前中にしたためた。
夕方、麹町の書店に足を運んだが、『起業の教科書』はまだ店頭に並んでいなかった。
隣のSMBCコンサルティングで「変革リーダーの条件」講演会に立ち会う。

自宅に戻ると、書籍が届いていた。
なかなか立派である。

きょうくらいから出回っている模様。

◆書き加え2(7月27日)

楽しみにしていた『起業の教科書』の刊行。
ところが、本を手にし、目を疑った。
私が知らないうちに原稿が書き換えられていた。
しかも、内容がゆがんだり、間違っていたり…。
揚句、結論が反対になった。
私は絶句…。

読者にも大変申し訳なく思う。
以下に『起業の教科書』和田創正誤表を載せた。

⇒2010年7月27日「起業の教科書・正誤表…SBI/東洋経済」はこちら。

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SMBC20100728

中小企業大学校広島校営業セミナーアンケート

私は体調と体力の維持が難しくなってきた。
今年から新規顧客については公開セミナーと企業研修の講師を断わっている。
既存顧客についても先方の了解が得られれば講師を降りている。
いずれも感謝の念を抱きつつ…。
講師は激務であり、自信がなくなった。

私が率いた和田創研は長らく各地の中小企業大学校で「提案営業」を中心に営業セミナーを行ってきた。
しかし、閉鎖を来年に控え、社員が去った。
そこで、和田創研に代わる講師を手当てしていただいたが、広島校だけは間に合わず、私が引き受けた。
既存顧客に迷惑をかけるわけにいかない。

私自身は講師の仕事を始めた頃、関西校、そして東京校で引き受けたことがある。
また、社員のピンチヒッターで伺ったことも…。
昔の話だ。

さて、中小企業大学校は受講者のレベルがかなり高い。
地元の優良な中堅・中小企業が中心であり、教育熱心な社長が社員を定期的に送り込んでくる。
皆真剣だ。
当たり前と思うかもしれない。
が、昨今はなぜこんな社員が来ているのかと思うほど、能力以前に意識と意欲の低い受講者が増えた。
学ぶ気持ちが薄いと、講師はお手上げである。
講義の最中に虚しささえ覚える。
社会人、職業人のレベルに達していない人が珍しくない。

中小企業大学校は、講師はやりがいが大きい。
提案営業を習得するには8日間(2日×4回)が必要になる。
各回、1〜2カ月のインターバルを置いて…。
広島校は5日間(3日+2日)なので、受講者は大変である。
講師も大変…。

還暦間近の私は1日でもふらふらになる。
2日、3日と続くと、ホテルの自室に倒れ込むように戻っている。
中小企業大学校は広島校に限らず、宿泊施設と研修施設が一体になっており、その点はとても楽である。
夜間は講師宿泊室で体を休めることができた。
それでも疲れた…。

中小企業大学校広島校の受講者から「提案営業セミナー」の感想や評価、意見が寄せられた。
アンケートやメールなどである。
何回かに分けて紹介しよう。

◆20代・男性、卸売業、営業。
「5日間、ありがとうございます。非常に勉強になりました。
3日間と2日間のインターバルに、早速実践で活用させていただきました」。
一番印象に残った言葉は「すべて真逆」。
⇒和田創:講義の足りない部分は「月刊トップセミナー」で補ってください。
提案営業は奥深く、学びつづけることを願います。

◆30代・男性、商社。
「いままでの自分の営業スタイルを変える必要があると強く感じました」。
一番印象に残った言葉は「変わるが勝ち!」。
⇒和田創:私がコンサルタントとして見聞きした範囲では、変わることのできない企業はじり貧に陥っています。
10年前、20年前と同じような事業を営み、同じような商品をつくり、同じようなやり方で売っている。
社会や経済は変わり、市場や顧客は変わりました。
果敢に変化する気持ちを大切に…。

◆40代・男性、事務用紙製品製造、代表取締役。
「今回の講習で提案営業に取り組むよい機会をいただきましたことに感謝します」。
一番印象に残った言葉は「ベネフィット(利益・利便・利点)」。
⇒和田創:提案営業では顧客のベネフィットにフォーカスし、その最大化のためにどのような貢献が可能か、柔軟かつ徹底的に考えます。
すなわち、価格提示型から価値提供型へ転換を目指します。
価値を与えられなくては、価格で戦うほかにありません。
また、ベネフィット追求の結果、「屋」が取れ、新しい事業や商品、サービスの芽が生まれるかもしれません。
社長(経営者)の責任は重大です。

◆30代・男性、食品、営業部長。
「エグイほどズバリ!」。
一番印象に残った言葉は「できることはもうやらない」。
⇒和田創:私が40年間の職業人生で肝に銘じてきたことです。
提案営業とは、できないこと(超ルーティン)への挑戦です。
当然、失敗も増えるでしょう。
既存顧客への「顔出し⇒御用聞き⇒見積書対応」など、できること(ルーティン)でお茶を濁さない。
困難な案件育成に取り組み、営業力を高めてください。

◆30代・男性、卸売業、営業。
「日数に限りがあり、早足な感が否めませんでした。
もう少し時間があれば、より深く理解できたと思います」。
一番印象に残った言葉は「顧客理解」。
⇒和田創:実案件の進行と歩調を合わせて講義を行えればよかったのですが…。
理想は1〜2カ月置きに3日×4回です。
なお、提案(アウトプット)の大きさを決定づけるのは、顧客理解(インプット)の大きさです。

◆40代・男性、営業所長。
「とても熱心に教えていただき、ありがとうございました。
今回の研修はこれまで受けてきた営業啓発セミナーのなかで一番聞き入った研修となりました。
メールでいただいたさまざまな情報は、積極的に活用していきます」。
一番印象に残った言葉は「商品を売るな!」。
⇒和田創:それ以前に、商品を買う顧客はいません。
業務上の効用、そして経営上の目的を買っています。
モノ(商品)売り営業からの脱却は容易でありませんが、ぜひ成し遂げてください。

以上。
続きは後日。

営業関係者は多忙を極めており、研修にそれほど日数を割けない。
実際、日数を長くすると、受講者が集まらない。
プログラム(カリキュラム)の編成は悩ましい。

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SMBC20100728

きょう10年振りに著作を発表…東洋経済新報社

私はきのう、品川の三菱UFJリサーチ&コンサルティングで「提案営業セミナー」の講師を務めた。
猛暑と酸欠で軽い目まいが起きた。
機関銃のようにしゃべったためだ。
1日即興。
自分が何を話していたか、直前の記憶が幾度か飛んだりした。
汗だく、くたくた・・・。

今夜、麹町のSMBCコンサルティングで「変革リーダーの条件」の講演に立ち会う。
ゲストは、共立メンテナンスグループの株式会社ビルネットで代表取締役社長を務める横山博氏。
伝説の革命派リーダーだ。

SMBCコンサルティングの「変革リーダーの条件」は、私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学が講師をコーディネートしている。
むろん、私も講師を幾度か務める。
横山博氏の講演はこれまでに5回ほど聞き、そのたびに感動を覚えた。
私の一押し講師である。

                       ◇

起業の教科書 ―次世代リーダーに求められる資質とスキルきょう東洋経済新報社から『起業の教科書』が刊行された。
共著とはいえ、私にとり10年振りの著作だ。
いまから都心の大書店で何冊か買うつもり。
お世話になりっ放しの横山博氏に手渡ししたい。

日本経済を元気にするには、「一億総起業」しかなかろう。

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SMBC20100728

頭の焦点が合わない

私は7月中旬から気候についていけず、体調が悪い。
疲労も重なり、目の焦点が合わなくなった。
うまく像を結ばないのだ。
周りが二重に見える。

これは大変だと思っていたら、頭の焦点が合わなくなった。
これは深刻だ。
考えを深められず、仕事ができない。

きょうは朝から丸1日、提案営業セミナーの講師を務める。
主催は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング。
受講者に迷惑をかけないよう、何とか乗り切りたい。

そうした事情でブログの更新が覚束ない。
頭に薄い幕がかかった感じ…。
耳も遠い。

                       ◇

あすビジネス系出版社の名門、東洋経済新報社から著作が刊行される。
十年ほど間が空いてしまった。
といっても、SBI大学院大学(MBA)教官12名による共著である。
私が執筆したのは、通常の単行本で3分の1くらいの文字量。
書名を教えてもらったが、頭の焦点が合わなくて失念した。
テーマは「起業」。
実は、自分の誕生日も忘れていた。

このブログの記事をベースにした原稿なのでうれしい。
自分で言うのもなんだが、まあまあの出来栄えでなかろうか。
私は都心の大書店で探してみるつもり。

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ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞

NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(村井茂=向井理)は講談社の「少年マガジン」でデビューを果たした。
一人の編集者が水木作品を高く買っていたのだ。
部数で大差がついたライバル誌、小学館の「少年サンデー」を追撃するため、この編集者はほどなく編集長に抜擢された。
きょうは先日のブログ「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」の続きである。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

編集者が調布の水木家を訪れた。
水木しげるが悪戦苦闘の末に描きあげた「テレビくん」の出来に満足して受け取った。
そして、原稿料は銀行振り込みと告げた。
水木しげるはこれまで作品を届けたときに粘って原稿料を受け取ってきた。
が、約束の金額を払ってもらえなかったり、一円も手にできなかったり…。
編集者は帰り際、水木しげるの妻(村井布美枝=松下奈緒)に「奥さん、電話を引く気はありませんか。ここは通うにはちょっと…」。

後日、妻は記帳し、桁違いの金額に驚いた。
何かの間違いだから返さなくては…。
早速、水木家に電話が通じた。

そして、「少年マガジン」で「墓場鬼太郎」の読み切り連載が始まった。
月1本のペース。
しかし、第1回(8月号)、第2回(9月号)は読者の人気投票で最下位だった。
3回連続最下位だと、連載は打ち切られる。
水木しげるはピンチに立たされていた。
なお、私は「墓場鬼太郎」と思ったが、ドラマでは「墓場の鬼太郎」だった。

「連載を打ち切るべし」との編集部員の意見を、例の編集長は一喝した。
「アンパイ(安全牌)ばかり切っていたら、ここから先には進めないぞ」。
ライバル誌を超えるには、つまらん常識は捨てろと…。
「少数でも熱いファンのいる漫画はかならず化ける」。
実際、ポツリポツリ、読者から編集部に絶賛の声が寄せられていた。

編集長は鬼太郎の底力を信じ、打ち切るどころか、少年マガジンの看板になると週刊連載(続きは来週号)に変えた。
大勝負をかけたのだ。
ここで、子どもたちの興味をあすにつなぐ紙芝居作家の経験が生きるとは…。

水木しげるは昭和40年(1965年)11月、馴染みの質屋に質札の束を持参し、リヤカー一台分を持ち出した。
私は35年以上前、西荻窪駅近くの質屋に出入りしたことを思い出した。
質ぐさがほとんどなかったせいで、ときどき世話になる程度だったが…。
私は明治大学進学で上京してから中野、東小金井、西荻窪、三鷹と中央線沿線で暮らし、何軒かの質屋に出入りした。
そういえば、古本屋はもっと世話になった。
百円程度の片道の電車代を幾度も用立ててもらった。
なぜだろう、極貧生活が懐かしい。

水木家に編集長から電話が入った。
「テレビくん」が講談社児童漫画賞を受賞したとの知らせだった。
漫画の芥川賞。
水木しげるは呆然…。
実感がわかない。
が、しばらく間があって「当然だがな…」。
妻も同意。

私は体力のあった40代、日経BP社などの月刊誌、中部経済新聞(日刊紙)で本格的な連載を行った。
締め切りに追われ、ヒイヒイ悲鳴を上げた。
週刊誌で、まして漫画連載となると、文字どおり「地獄」なのでなかろうか。

                       ◇

私は、水木しげるが仕事に打ち込む姿に感心するとともに、おおいに励まされる。
フリーランスのプランナーの駆け出しの頃、三鷹で小さな和室が2部屋の間借り生活を営み、机どころかテーブルもなかった。
買うカネもなかったが、置くスペースがなかった。
一年中、電気こたつ。
冬場以外は掛け布団を外し、食卓兼机として使っていた。
私は、水木しげるのように、起きている時間のほとんどすべて畳に座って仕事を行っていた。
内臓など体に大きな負担がかかっていたのでないか…。
前妻は、私が早死にすると友人など周囲に話していた。
クレージーな働き方だった。

私は40代まで、水木しげるに負けないくらい仕事にエネルギーを注いだ。
30代から、机と椅子で…。
還暦間近になり、重い腰痛と背筋痛、疲労を抱え、いつも愚痴をこぼし、溜め息をついている。
我ながら情けない。

ゲゲゲの女房を見ていると、もっと頑張らなくてはという気持ちが湧いてくる。
私が一番苦手な真夏に入るが、何とか自分商品の第1号を完成させたい。
営業変革・再建系のコンサルタントとしてのノウハウを集約したいのだ。
本も出したい。

水木しげるは40代半ばで大きな花を咲かせた。
しかし、職業人生の黄昏を迎えた私はこれといった実績を残していない。
前妻は出会いから結婚、そして死の直前まで、私を「凄い」「凄い」と誉めつづけた。
末期がんで呼吸が困難にもかかわらず、「お父さんは凄い」と声を振り絞った光景を忘れられない。

私は「凄い」を証明できないうちにリタイアが迫る・・・。
そのことが今日までずっと心に引っかかっている。
悔いばかり。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

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和田創・提案営業セミナー参加者アンケート

私が講師を務めた「提案営業セミナー」の受講者から感想や評価、意見が寄せられた。
アンケートやメールなどである。
その一部を何回かに分けて紹介しよう。

◆40代・男性、営業。
「ご教授いただいた内容を、今後の営業活動に生かさせていただきます。
ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「モノ売り営業からの脱却」。
⇒和田創:モノ売り営業とは商品推奨営業にほかなりません。
目指すは、課題解決営業です。
ちなみに、商品を売る提案営業はありません。
「月刊トップセミナー」2010年4月号をぜひ視聴してください。

◆20代・男性、物流業、主任。
「いままでの自分のやり方が間違いだと気づきました。
勇気をもち、失敗を恐れず、提案営業に取り組んでいきます」。
一番印象に残った言葉は「得ようとして得られることは、断じてない」。
⇒和田創:物流はソリューションがもっとも活発な業種の一つであり、しかもレベルが非常に高いです。
コンサルタントの役割に徹し、商談をやめて相談に乗る姿勢を貫いてください。

◆30代・男性、製造業、営業。
「最初のうちは、哲学的な先生が言われることの理解に苦しみました。
しかし、最後になって、例を交えて話していただくにつれ、合点しました。
自分の会社の営業を見直すきっかけになりそうです」。
一番印象に残った言葉は「作業レベルの引き合いを断り、その裏にある業務レベル、経営レベルの意図をつかみ、大きな収益を得るということ」。
⇒和田創:どうか御用聞き営業から案件育成営業へ転換してください。
そのためにはポテンシャルの大きい顧客、決定権の大きい人物に働きかけることが前提になります。
御社の「営業変革」をけん引してください。

◆30代・男性、商社、営業・係長。
「ありがとうございました。
弊社は鋳材屋ですが、業界としては国内市場が拡大することはありえません。
今夏の賞与がゼロのお客さまもあります。
そのような状況下で、お客さまはさまざまな課題を抱えていると思います。
私は営業活動でしばしば“グチ”を聞かされますが、そのなかから“課題”を見逃さないように注意します」。
一番印象に残った言葉は「営業マンはしゃべってはいけない」。
⇒和田創:営業がしゃべっている間、顧客理解はストップしています。
成績(収益)は顧客理解の大きさで決まりますから、最悪です。
営業の仕事は適度な質問を投げかけ、顧客にしゃべってもらうことです。

◆40代・男性、建設業、営業部・部長。
「営業の基本が明確に分かり、大変参考になりました。
当社が直面している課題が少し見えてきました」。
一番印象に残った言葉は「提案営業は、注文を断ることから始まる」。
⇒和田創:顧客から注文をいただくことを営業活動のゴールにすると、「YES」と応じてしまいます。
不況期で注文が半分に減ると、売り上げは前年対比50パーセントになります。
これが、景気に左右される営業の正体です。
顧客の要望やニーズに応えてはなりません。
注文をいただくことは営業活動のスタートです。
意識と発想の転換が必須ですね。

◆20代・男性、システム、営業。
一番印象に残った言葉は「営業は段取り8分、商談2分。仕事は段取り8分、本番2分」。
⇒和田創:言い換えると「プロセスマネジメント」です。
「走れば躓く」「急がば回れ」「慌てる乞食は貰いが少ない」…。
結局、プロセスマネジメントとは、欲張らないこと。
手続きを着実に踏んでいきましょう。

◆60代・男性、建設業・設備、営業部長代理。
「大切な部分(先生が重要と考える部分)が自然と早口になり、聞き取りにくい個所があって残念だ。
大変参考になりました。
会社に持ち帰ります」。
一番印象に残った言葉は「営業はできるかできないか、能力ではない。やるかやらないか、意思と行動である」。
⇒和田創:早口で申し訳ありません。
わざわざ足を運んでくださった皆さまにより多く持ち帰っていただきたく、とくに1日の公開セミナーでは気持ちが焦っています。
また、ごく限られた時間で何をどう伝えるか、いつも迷っています。
当日はノドの調子が極端に悪かったことも影響しています。

◆20代・男性。
「ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「人生も営業もどれだけ与えられるかに尽きる」。
⇒和田創:営業は、価格提示型から価値提供型へ。
顧客価値の最大化に、自社として自分としてどのような貢献ができるかをつねに追求してください。

◆50代・男性、広告代理店、アカウントディレクター。
「営業はうまくいかないのが当たり前、失敗を恐れずチャレンジせよ。
挑んでしくじる自分を受け入れなさいとの教えが心に響きました。
また、営業マンとして目線をあげることの大切さも学びました」。
一番印象に残った言葉は「変わるが勝ち…変化への挑戦」。
⇒和田創:広告業界は受け身の営業活動の典型です。
オリエンテーションやコンペティションに染まっています。
顧客に対するプレゼンテーション(企画提案)は活発ですが、提案営業はきわめて低調です。
本来の「営業」の概念が乏しいのです。
営業の使命は仕事の創出、したがって予算の創造になります。

◆30代・男性、卸、営業。
「新規顧客への訪問が楽しくなりそうです。
ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「最初から会社案内、商品説明は絶対にしない」。
⇒和田創:営業活動、とりわけ新規開拓のストレスをゼロにはできません。
しかし、「与える」ことに徹すれば、それをいくらか和らげられます。
また、次の訪問につなげられ、「通う」こともできます。
顧客の対応や反応は、鏡に映った自分の営業としての心や姿勢だと肝に銘じてください。

以上。
熱心な受講に感謝したい。

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三菱UFJ20100721

消費税増税15パーセント…財政再建待ったなし

ギリシャの財政危機に端を発した欧州の信用不安…。
日本の財政への懸念が急速に強まっている。
加盟国の経済金融政策を監視する国際通貨基金(IMF)は年次審査報告を発表した。

日本は先進国で財政状況が最悪の水準となっている。
公的債務残高が国内総生産(GDP)比で2倍近くに膨らみそう。
基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を急ぎ、持続可能な水準まで引き下げるべきとした。

ついては、2011年度から財政健全化のための政策実行を求めた。
まず、消費税を10年間で段階的に15パーセントに引き上げる。
それによりGDP比で4〜5パーセント(20兆円程度)の歳入が増えると試算し、短期的には成長率を 0.3パーセント程度押し下げるが、中長期的には 0.5パーセント程度押し上げると結論づけた。
老後の不安が解消され、貯蓄が消費に回る効果を織り込んでいる。
あわせて所得税控除の縮減も行う。
さらに、諸外国と比べて高い法人税率を引き下げ、雇用や投資を刺激する成長策を組み合わせる。

今後の動向次第で、日銀は景気後退やデフレ進行を防ぐための金融緩和策が求められるかもしれない。

なお、日本経済については、アジアの旺盛な需要を背景に輸出が好調であり、緩やかに回復を続けると見通した。
う〜ん。

                       ◇

民主党が参院選で大敗した。
消費税の引き上げに言及したことが主因と、菅直人首相自らが総括した。
増税など「税制改革」が先送りされようとしている。
当然、「社会保障制度改革」も先送り…。

そこに、IMFからの今回の提言。
民主党政権は景気回復に配慮しながら財政再建に取り組まなくてならない。

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ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー

NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
松下奈緒(まつした・なお)と向井理(むかい・おさむ)が難しい役どころを好演している。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

ドラマは早いもので、半ばを過ぎた。
このところ、2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会や第22回(2010年)参議院議員通常選挙に隠れ、影が薄れがちだった。

水木しげるは1964年、長井勝一が創刊した「ガロ」で商業誌デビューを果たした。
斜陽の貸本漫画家からようやく抜け出せそう。
が、生活は依然として苦しいまま…。

ところが、講談社の漫画雑誌「少年マガジン」では、編集部の一員が水木しげるの漫画を載せようと骨を折っていた。
発行部数は当時、すでに40万部(ほどなく百万部突破)。
番組で最初に使われたのは、実際の建物と社内の映像か?
メジャーデビューが迫っていた。

水木しげるは少年マガジンでの連載により「妖怪漫画」の第一人者と称えられ、妖怪ブームを巻き起こした。
番組では村井茂(向井理)も村井布美枝(松下奈緒)もまだそれを知らない…。

自伝はほとんどが著名人に関するものであり、ドラマにした場合に結末がおおよそ分かっている。
私が、夫婦の苦労にはらはらしながら、どこかで安心してドラマを見ていられるのはそのせいだ。

1964年といえば、戦後にエポックを画した「東京オリンピック」が開催された。
東京を中心に主要なインフラ整備が進み、国中が沸き立っていた。
私は生れ故郷・新潟県直江津市(現上越市)を離れて長野県伊那市に移り、伊那中学校の1年生だった。
世間の空気は明るく、日本人は自信を取り戻しつつあった。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

◆書き加え1(7月10日)

ここまでは数日前に「中小企業大学校広島校」の講師宿泊室で記した。
なかなか快適な研修施設である。
その後、ドラマは進展…。

1965年、少年マガジンの編集者が調布の水木家を訪れた。
「別冊・少年マガジン」に、宇宙を舞台にしたSF漫画を描いてほしいとの依頼である。
ロケットによる月探査が活発になり、子どもたちの間に宇宙に対する関心と夢が大きく膨らんでいた。

編集者は、貸本漫画家・水木しげるの作品に早くから注目していた。
編集会議で幾度か反対されたが、皆を説得して乗り込んできた。
が、水木しげるは断ってしまった。

絶句する妻に、「注文は気乗りせんのだ」。
長女が小学校に上がると、カネがかかるようになる。

水木家は貧しさのあまり、新聞も取れず、テレビも買えない。
漫画の注文を受けても、時代ものについていけない。
そうした事情を察し、自分のミシンを質入れしてテレビを買おうと持ちかける妻に、水木しげるは「仕事のことに口を出すな!」と激高した。

実は、編集者と相対しながら、水木しげるは敗者復活戦のない大勝負と考えていた。
これまでに貸本漫画家が漫画雑誌に描いては消えていった。
「苦手なもので勝負したらかならず失敗する」。
この編集者は断っても、もう一度やってくる。
水木しげるはそう思ったのだ。

◆書き加え2(7月12日)

そして梅雨の初めの蒸し暑い日、編集者が再び訪れた。
水木しげるの直感は当たった。

夏の特大号、読み切り32ページ(不確か)。
テーマは自由。
ただし、「テレビより面白い、インパクトのある作品を描いてほしい」。

この若い編集者は編集長に昇格することが決まっていたようだ。
部数日本一を目指してライバル誌にない魅力をつくり出そうと、新しい漫画家と作品を探していた。

何を描くかは任せる。
これは水木しげるにとり厳しい注文である。
力量を試されているのだ。
実は、別冊での読み切りは本誌での連載への登竜門だった。
そこで評価を得られれば、レギュラーになれる。

◆書き加え3(7月14日)

編集者からテレビより面白い作品を描いてほしいと言われたが、水木しげるはテレビそのものをほとんど知らない。
そこで、馴染みの質屋で有り金をはたいて中古のテレビを買った。
一晩中画面に見入るうちに、現実の世界とテレビの世界を自由に行き来する「テレビくん」を描こうと思いついた。
子どもの夢を作品にしよう…。

企画はすんなりと通った。
悪戦苦闘の末に描きあげた「テレビくん」を、編集者はすんなりと受け取った。
そして、その場で「少年マガジン」本誌での16ページ(不確か)の読み切り漫画を切り出した。
月一本のペース。
水木しげるはメジャーデビューの関門を突破した。
編集者は作品に共感し、その出来栄えに満足したのだ。
私まで天に昇る気持ち…。

水木しげるは「墓場鬼太郎」を描きたいと申し出た。
実は、編集者もその言葉を待っていたのだ。
作品に惚れ込み、愛読していた。

なお、ウィキペディアによれば、「テレビくん」は講談社児童漫画賞を受賞し、一躍人気作家になった。
水木しげるは敗者復活戦のない大勝負を制した。

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若者はモノを買わないのか買えないのか

私たちはモノを買わなくなった。
そう言われるようになって久しい。
なかでも「若者」については顕著である。
これには所有から利用へという、私たちの「価値観」の変化が根底にある。
しかし、それだけでは説明がつかない。

私たちは今日、「経済」ときわめて密接に関わりながら生きている。
自分では意識していなくても、雇用や所得の状況、動向などに強い影響を受けている。
それらと切り離し、生活を考えることができない。

若者がモノを「買わなくなった」のは確かだが、「買えなくなった」のも事実である。
雇用が安定し、所得が増加するなら、きっとモノを買う。
まして、将来への不安が解消されるなら…。

「若者はモノを買わないのか、モノを買えないのか」と問われれば、両方だろう。

人は、買いたくても買えない状態が長く続くと、「物欲」を忘れてしまう。
よく耳にする言葉、「買いたいモノがない」。
若者がそう思い込んでいる可能性がある。

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2010年7月公開講座

野村克也と峰山高校野球部顧問…こころの遺伝子

私は先だってNHKの「こころの遺伝子〜あなたがいたから〜」という番組をたまたま見た。
実は、これまでに幾度か…。
スタジオにゲストを招き、人生の岐路で背中を押してくれた恩人とのエピソードを語ってもらう番組だ。
ときに恩人も招かれる。

タイトルは、「技術の前に人間を磨け 野村克也」。
ゲストは、東北楽天ゴールデンイーグルス名誉監督の野村克也であり、野球評論家・解説者として活躍している。
下位球団を預かり優勝へ導いてきた名将である。
日本一に3度輝いた。

野村克也の野球哲学の原点に、京都府立峰山高等学校時代の恩師・清水義一(故人)の存在があった。
希望に燃えて入部した野球部は不良の巣窟になっており、生徒指導主任の清水義一は廃部を唱えた。
野村克也は、野球をまったく知らない清水義一に部長(野球部顧問)に就任してくれるよう頼み込み、この危機を乗り切った。
策略家という言葉が使えないとしたら、知恵者。
そして、これが公私にわたるつきあいが始まるきっかけとなった。

清水義一は、無名の野村克也にプロ野球への道筋をつけてやろうと推薦状を書き、片っ端から監督に送った。
ついに南海ホークスの鶴岡一人(つるおか・かずんど)監督の目に止まった。
「カベ用にでも入れておけや」。
カベとは、ブルペン捕手のこと。
野村克也は1954年、契約金ゼロのテスト生として入団を果たした。
清水義一との出会いがなければプロ野球選手になれなかったかもしれない。
まさに人生の恩人だ。

僧侶でもあった清水義一は、野球部員に「心を磨きない」と説いた。
後に、野村克也は監督として人間力を重視し、「再生工場」の異名を取った。
番組では、好んで「本質」という言葉を用いた。
清水義一の教えが大きな影響を与えたことが分かる。

                       ◇

なお、驚きの発言が飛び出した。
「大リーグの監督をやってみたい」。
理由は、大リーグが大リーグと呼べないレベルだから…。
野村克也らしい。
それを建て直したいのか。

10年連続でオールスター戦の出場を決めたシアトル・マリナーズのイチロー外野手を筆頭に、日本人選手の活躍は目覚しい。
が、監督となると初。
野村克也はいまだに野望を持ち、執念を燃やしていた。

本音は日本球界で監督を続けたい?
野村克也は口が災いしたか、引き際がきれいでなかったせいか、どの球団からもお声がかからない。
成績が低迷する東京ヤクルトスワローズや横浜ベイスターズはどう考えているのだろう。

私は思った。
野村克也はグラウンドで倒れたいのだ。

以下に「わずか2勝で名将? 野村克也監督人生」と題する2010年3月18日のブログを収める。

                      ◇◆◇

野村克也(のむら・かつや)のプロ野球監督としての通算成績は、わずか2勝の勝ち越しだった。
私がそれを知ったのは、NHKのプレミアム8「1565勝1563敗〜野村克也 野球人生を語る〜」という番組の予告である。
きのうが放送日だったが、わが家はBShiを見られない。

私は驚くとともに熱くなった。
自分のこれまでの人生に思いを馳せざるをえなかった。

野村克也は、兼任の南海を含め、ヤクルト、阪神、楽天の4球団で監督を務めた。
昨季、楽天を初の2位に躍進させたものの、本人によれば「解任」。
実際には契約終了。

私は、野村克也は野球への情熱が衰えておらず、健康を保てれば「監督業」は務まると思っている。
しかし、野村克也を雇う球団がなければ、これが生涯成績になる。
“名将”にして、わずか2勝の勝ち越し。
私は、野村克也が弱小チームを率い、選手を育成したり再生したりして優勝へ導いたという印象を持つ。

楽天ではチームの強化に加え、広告塔として活躍した。
球団がドラフトくじで田中将大(たなか・まさひろ)を引き当てた幸運に恵まれたとはいえ、マスコミや世間から見向きもされなかった球団に多くのファンを引き寄せた。
本拠地の「Kスタ宮城球場」が埋まるようになった。
人気面での功績も大きい。

今季から試合後の監督インタビューがスポーツニュースで報道されることはない。
広告費に換算すると、いったいいくら失う?
数億円などという金額でない。
楽天はチームが2位に留まっては、監督を交代させた意味がない。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」。
企業経営につながる名言だろう。

私は還暦が来年に迫る。
人生に勝ち負けという言葉を使うのは適切でないが、現時点で大幅な負け越しである。
盛り返せるかどうか分からない。
私は野村克也の戦績に勇気づけられる。
いくらかでも勝ち越せればよしとしたい。

生涯わずか2勝の名将。
そこに氏の運不運も感じるし、反骨も感じる。
むろん、凄いのは監督として3千試合以上、指揮を執ったこと。

野村克也は楽天と「3年契約の名誉監督」でようやく折り合った。
一説には、球団批判の口を封じる狙いで提示された条件とか。
うん? 期限付きの名誉監督?
この“期限付き”というところに野村克也の限界があるようにも思う。
プロ野球での実績と貢献はONに引けを取らないはずなのに…。

野村克也はかつて、王貞治(おう・さだはる)と長嶋茂雄(ながしま・しげお)をヒマワリ、自分を日本海に咲く月見草にたとえてみせた。
氏ほどボヤキの似合う人間はいない。

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2010年7月公開講座

有権者惨敗、自民党高笑い…2010年参院選総括

朝刊各紙は第一面に「民主大敗」などの大見出し。
これは誤りだ。
新聞は販売部数のことしか考えていない。
第22回(2010年)参議院議員通常選挙で惨敗したのは「有権者」に決まっている。
テレビも視聴率のことしか考えていない。
マスコミは真実に口をつぐむ。

私は思う。
第45回(2009年)衆議院議員総選挙で有権者が示した判断は何だったのか?
国民の多くは、自民党に対して「NO」を突き付けたのでなかったか。
強烈なダメ出し!
にもかかわらず、何一つ変わっていない自民党に支持が戻っている。

戦後初の野党第1党による政権交代から1年も経っていない。
マスコミは、まず有権者に苦言を呈するべきだ。
参院選の結果は、自民党にとっても不幸である。
なかには有権者は愚かだと、高笑いしている議員もいるだろう。

私は衆院選で民主党に投票しなかった。
マニフェストが最悪だったからだ。
しかし、国民の多くが民主党政権を選択した以上、その意思に従う覚悟は持っていた。

有権者は安易に手の平を返すべきでない。
民主党政権を見守る義務を負う。
私たちが政権を育てないかぎり日本の再生は叶わず、暮らしの改善は望めない。

昨年の衆院選後にブログで述べた。
私が自民党で、政権交代が避けられない見通しなら、民主党にさもムダだらけのような資料を渡すと…。
簡単に民主党政権を潰せるからだ。
おそらく政権を担当したことのない野党に、実効性とリアリティのあるマニフェストはつくれない。
なぜ、民主党ははっきりと非(間違い)を認めないのだろう。
そのうえで政権公約を変えたらよい。
この手続きを端折り、うやむやにしてしまうものだから、有権者が不信感を募らせる。
詭弁、強弁ばかり…。

                       ◇

参院選の結果、いわゆる「ねじれ国会」へ。
民主党は連立相手を組み替えるか、政策ごとに連合相手を探すかして乗り切るしかない。
このブログで述べた、2010年代は日本にとりもっとも厳しい10年という予想が当たりそうだ。
1990年代の「失われた10年」はいつしか「失われた20年」になり、2010年代の「暗黒の10年」につながるのか…。

私は民主党政権にほとんど期待を寄せていなかったが、4年間は下駄を預けるべきだと考えていた。
戦後政治の膿を出し、垢を落とすにはそれでも短いくらいだ。
政権交代には大きな意義があろう。
が、私のそうした最低限の期待も裏切られた。
悲しいかな、次の衆院選を待たざるをえない状況である。

菅直人(かん・なおと)は、総理(首相)が交代する際には信を問わなければならないと語っていた。
そこを野党に突っ込まれ、この参院選で信を問うと逃げた。
結果は改選議席数を下回り、自民党に改選第1党を譲った。
ところが、開票が始まるとすぐに総理続投の意向を側近に伝えた。
ホント、ひどい…。

⇒2010年6月4日「一番総理になりたかった男…菅直人」はこちら。

菅直人は長年の主張を忘れたらしい。
なりふり構わず首相の座にしがみつこうとする姿は醜い。
私は政治家の言葉を信じられないが、とくに民主党の大物議員は誠実さを欠く。

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三菱UFJ20100713

みんなの党と渡辺代表の評価・真価…参院選

第22回(2010年)参議院議員通常選挙の開票が終わった。
マスコミの終盤情勢分析どおりの結果だった。
緻密な調査を土台としているから当然といえよう。
“番狂わせ”はほとんど見られなかった。

最終投票率は 57.92パーセント。
このうち、期日前投票は参院選過去最高の 11.56パーセント。
第45回(2009年)衆議院議員総選挙での政権交代を受け、参院選のわりに関心が高かった。
ところが、ふたを開けてみると第21回(2007年)参議院議員通常選挙を下回った。

今回の参院選における最大の関心は当初、民主党の単独過半数だった。
しかし、菅直人内閣発足時の高い支持率がどんどん下がっていった。
選挙戦終盤、民主党と自民党の拮抗が焦点になった。
そして、改選第1党は自民党に決まった。

政党別の獲得議席数は以下のとおり。

自民党――――――51議席(改選38議席)、うち比例12議席
民主党――――――44議席(改選54議席)、うち比例16議席
みんなの党――――10議席(改選0議席)、うち比例7議席
公明党――――――9議席(改選11議席)、うち比例6議席
共産党――――――3議席(改選4議席)、うち比例3議席
社民党――――――2議席(改選3議席)、うち比例2議席
新党改革―――――1議席(改選5議席)、うち比例1議席
たちあがれ日本――1議席(改選1議席)、うち比例1議席
国民新党―――――0議席(改選3議席)

私は、渡辺喜美(わたなべ・よしみ)代表が率いる「みんなの党」の評価がなぜここまで低いのか理解に苦しむ。
わずか10議席に留まった。
昨年の衆院選以降、政党支持率の上昇は緩やかだ。
渡辺喜美は有権者に謝意を表しても、勝利と喜ぶべきでない。
まして「躍進」と…。
第3極として、あくまで「政権獲得」を目指してほしい。
そのためには党勢の拡大もさることながら、渡辺喜美が総理(首相)の器に育たなくては…。
参院選の特番などを見るかぎり、発言が軽すぎる。
とくに「経済成長」に関して…。
それができれば国民の暮らしも国家の財政も確実によくなるが、欧米の先進国は成し遂げられなくて苦しんでいる。
一番難しいはずだ。
有権者に道のりの険しさを説かなくてならない。

渡辺喜美は、すっかり失われた政治家の言葉に対する信頼を取り戻すことに全身全霊を傾けるべきだ。
でなくては、日本の政治は絶対によくならない。

みんなの党が真価を問われるのは、民主党や自民党に議席で肉迫する勢力になったときである。
最初の試練は、次回の衆院選だろう。
なお、政界再編を志す以上、民主党との連立など論外。

                      ◇◆◇

第22回(2010年)参議院議員通常選挙・神奈川選挙区(3人区)に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月9日「参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の争い」はこちら。

⇒2010年7月10日「2010参院選の投票先…2009衆院選の反省」はこちら。

⇒2010年7月10日「神奈川・中西けんじ当落…参院選みんなの党」はこちら。

⇒2010年7月11日「みんなの党候補者は当落線上…参院選3人区」はこちら。

⇒2010年7月12日「みんな中西健治当選…参院選神奈川選挙区」はこちら。

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2010年7月公開講座

みんな中西健治当選…参院選神奈川選挙区

第22回(2010年)参議院議員通常選挙の投票は午後8時に締め切られた。
NHKと民放各局は例により「選挙特番」を組んだ。
「開票速報」と謳うが、実際には開票が進まないうちに「当確(当選確実)」を次々と出していく。
事前の世論調査や当日の出口調査などを行っており、放送本番前に当落の判定をおおよそ済ませている。

しかし、今回の参院選は序盤から終盤にかけて情勢がかなり動いた。
1人区で民主党と自民党の候補者が接戦を演じた。
また、3人区でみんなの党の候補者が最後の議席をうかがった。
テレビ局は、焦点となる選挙区では早い段階での「当確」を打ちにくかっただろう。

私が暮らす横浜・港北ニュータウンは朝からどんよりとした天候であり、いわゆる「選挙日和」。
快晴だと、湘南など海へ繰り出す。
雲が立ち込め、雨が降り出しそう。
案の定、昼過ぎからパラパラ落ちてきた。
が、苦になるほどでなく、投票率が上がる条件が揃った。
おそらく神奈川県全域がそうだったろう。
ところが、第21回(2007年)参議院議員通常選挙の投票率を下回った。
県民の関心は低い…。

⇒2010年7月10日「神奈川・中西けんじ当落…参院選みんなの党」はこちら。

神奈川選挙区(3人区)では、自民党の現職候補の小泉昭男(こいずみ・あきお)が終始リードした。
したがって、民主党の現職候補の千葉景子(ちば・けいこ)と金子洋一(かねこ・よういち)、みんなの党の新人候補の中西健治(なかにし・けんじ)が2議席を巡り、熾烈な選挙戦を繰り広げた。
終盤まで横一線で並んでおり、3人とも当落線上と伝えられていた。

小泉昭男は早々と当確。
午前0時近く、開票率60パーセント弱で中西健治が当確。
テレビ神奈川の出口調査の結果がよく、私は心配していなかった。
地元情報は信頼が置ける。

千葉景子は現職閣僚、法務大臣(法相)。
神奈川新聞によれば、金子洋一に中盤で逆転された。
その後、必死に巻き返しを図ったはず。
はたして…。

このブログで、いまの民主党に2議席を取らせては「神奈川県の恥」とまで言い切った。
中西健治は終盤で支持を伸ばし、初当選を果たした。
おめでとう!

私は中西健治に1票を投じたが、個人というより政党を選んだ。
参院選はそうした傾向が否めない。
中西健冶の当選にケチをつける気はない。
駅頭などで粘り強く訴えてきたらしい。
しかし、国会議員を目指すなら、次の衆院選まで待つべきだった。
なぜタレントだらけの参院選候補者のなかに自らを放り込んだのか疑問に思う。

中西健治は、第45回衆議院議員総選挙と同時に行われた2009年横浜市長選挙に立候補し、林文子(はやし・ふみこ)に惜敗している。
これこそ大健闘!
互いに無所属での出馬。
林文子は、民主党の推薦、国民新党の支持を受けた。
中西健治は、政党の推薦と支持を受けなかった(ただし、自民党と公明党が独自に支援した)。
中西健治は、とりあえず政治家になることを優先したように映り、いま一つ分かりにくい。

私は「みんなの党」の支持者でない。
いわゆる「無党派層」に含まれるのだろう。
その時点における有権者への主張を聞き、日本の建て直しにいくらかでも寄与しそうな政党を選んでいる。
判断材料として最重視するのは、ぎりぎりの財政状況下での実現可能性である。
政権公約を票集めの道具に仕立てていないか、強く疑ってかかるのだ。
世の中でもっとも信じていけないのは政治家と政党だと肝に銘じている。
私は、2009年衆院選における民主党のマニフェストに絶句した。
あそこまでひどいと笑うしかない。

⇒2010年6月13日「子ども手当は子どもが返せ…友愛の正体」はこちら。
子どもに選挙権がないからだ。

民主党は政権担当後の明らかな公約違反に関しても詭弁を弄し、強弁を繰り返した。
決定的に欠けているのは、謙虚さと誠実さだ。
バカはたんと休んでから言え!
おかげで、自民党が積み重ねた失政が霞んでしまった。
全員野球の谷垣禎一(たにがき・さだかず)総裁はうはうは・・・。

                      ◇◆◇

第22回参議院議員通常選挙・神奈川選挙区(3人区)に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月11日「みんなの党候補者は当落線上…参院選3人区」はこちら。

⇒2010年7月10日「2010参院選の投票先…2009衆院選の反省」はこちら。

⇒2010年7月9日「参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の争い」はこちら。

◆書き加え1

このブログをアップした直後、テレビ神奈川で金子洋一が当確。
現職閣僚・千葉景子は落選。

横浜メディア・ビジネスセンターに入居する神奈川新聞社(テレビ神奈川)は当然ながら地元情報に強い。
それが証明された。

このセンターは、関内でひときわ目立つ高層ビルである。
おそらく両社は大家だ。
私が講師を務めるMBAも入居している。

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2010年7月公開講座

みんなの党候補者は当落線上…参院選3人区

きょうは第22回参議院議員通常選挙の投票日そして開票日である。
還暦目前の私は人生の残りを強く意識するようになった。
同年代の元気な方が突然亡くなることも珍しくない。
私は今後、3年に1回の参議院議員通常選挙を何度迎えられるだろう。
見事な桜を目にするとか、さまざまな機会にそうした思いが頭をかすめる。
私は疲労と腰痛が高じているが、妻と投票に出かける。
そして、大阪へ…。

民主党政権は発足以来、国民救済の政権公約に従って直接給付により暮らし振りの改善を進める。
が、当初見込んだムダの削減による財源の捻出がほとんどできなかった。
カネを借りてばらまくことになった。

そうした政策の根拠としているのが、「内需重視」への転換である。
GDPの約6割を占める個人消費を伸ばせば景気回復が図れると押し切った。
しかし、日本は長年“輸出立国”でやってきた。
「外需依存」は改めなくてならないが、半世紀以上にわたる内需縮小がトレンドとして避けられない。
これまでの産業構造を変えるのは容易でない。
しかも、そのための戦略と計画すら示そうとしない。

民主党の政策は画期的。
収入(歳入)を無視し、支出(歳出)を拡大する。
“博打”が裏目に出なければよいが…。
それ以前に収入(歳入)に冷淡だ。
税率を上げようとしないし、課税対象となる個人所得や企業業績を伸ばそうとしない。
日本の財政赤字は雪だるま式に増えていく。

                       ◇

2005年衆院選は自民党と民主党による国家の「改革競争」だった。
が、2009年衆院選は一転して国民への「迎合合戦」だった。
政権交代が焦点となり、両党とも有権者に揉み手した。
その醜さといったら…。
2010年参院選はその反省が生かされたといえない。

民主党の政策に一貫しているのは、あす稼ぐための投資より、きょう食うための消費のほうを大切にすることだ。
なぜなら、選挙で断然戦いやすい。
有権者に関心の高い「雇用」についても職場を守ることを主眼にし、仕事をつくることは関心外である。

民主党は経済政策がちぐはぐで、互いに効果を打ち消しそう。
アクセルを吹かしながらブレーキを踏む。
日本の建て直しを望めないどころか、消耗と疲弊を深める。
そのツケはすべて国民、とくに次世代へ回される。
子どもは未来を失う。

また、民主党の暴走に歯止めをかけなくてならない自民党は政権転落後の無気力から抜け出せなかった。
解党的出直しを誓った谷垣禎一(たにがき・さだかず)総裁はどのように自民党を変えるのか、ついに明確な方針を示さなかった。
当初掲げた「全員野球」とは、皆で民主党政権の“敵失”を待ちつづけることだった。

                       ◇

戦後社会の行き詰まりが動かしがたい事実となったとき、小泉純一郎が叫んだ「構造改革」は基本路線として圧倒的に正しい。
党内の守旧勢力と激突するのは火を見るより明らかであり、凄まじい胆力である。
かならず自民党政治の否定につながる。
いまどきの政治家はこんな蛮勇を振るわない。

かじを逆に切ったせいで、具体政策に行き過ぎがあったり目配りが足りなかったりした。
だからといって、それを否定しては日本を滅ぼす。
そもそも構造改革は世直し運動であり、「格差」と短絡的に結びつける論調は誤りだ。
まして、「格差の元凶」呼ばわりは…。
本質的な問題は、従来の延長でいくのか見直しをかけるのかという決断であろう。

私は“削る政党”が正しいと信じる。
再建は、企業と同様、国家もそこからスタートする。
最初の一歩は、政治家が自らの利権をバッサリと切り捨てることだ。
これを逸早く訴えたのが、渡辺喜美(わたなべ・よしみ)みんなの党代表。
有権者はきょうの参院選投票日にどのような審判を下すのか?

みんなの党の候補者は、3人区で民主党の2人目の候補者と激しく競り合っている。
私の地元・神奈川選挙区でも、神奈川新聞や全国紙の終盤情勢分析(調査)によれば中西健治(なかにし・けんじ)は当落線上らしい。

⇒2010年7月10日「神奈川・中西けんじ当落…参院選みんなの党」はこちら。

右肩下がりの時代、参議院も衆議院も国会議員の定数が多い、まったく…。
結果として、愚かな政治家に議席を与え、税金で食わせる。
半分以下で十分!
財政の非常事態なのだから、選挙制度とセットにして検討すればよい。
少数意見を守るためなら無駄や非効率は許されるという論理は、政党の傲慢である。
それを何とかするのが政治家の仕事だろう。
知恵も絞らないうちに投げ出すな。

なお、新党は有権者の関心と期待を盛り上げる力を欠いた。
有権者が乗ってこなかったのだ。

日本は抜本的な改革が先延ばしされ、借金だけが猛烈な勢いで膨らんでいる。
政治家も政党も責任を取らない。

                      ◇◆◇

第22回参議院議員通常選挙に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月4日「迎合と組織票で民主党勝利…参議院選挙予想」はこちら。

⇒2010年7月6日「民主党マニフェスト、詐欺の手口は巧妙化」はこちら。

⇒2010年7月7日「ワーキングプアから単なるプアへ…民主党公約」はこちら。

⇒2010年7月8日「マニフェストは国民への約束…菅直人の欺瞞」はこちら。

⇒2010年7月8日「政党別獲得議席数・候補者当落予想への関心」はこちら。

⇒2010年7月9日「参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の争い」はこちら。

⇒2010年7月10日「2010参院選の投票先…2009衆院選の反省」はこちら。

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2010年7月公開講座

神奈川・中西けんじ当落…参院選みんなの党

午前8時にアップしたブログは10日程前に記した。
私はいま(金曜日)、山陽・東海道新幹線のぞみの車中。
火曜日に終着・広島に着いたとき、グリーン車(10号車)は私を含めて2名。
きょう始発・広島で乗ったとき、1名。
ガラガラで気味が悪い。
どの都市を訪れても景気回復の実感は乏しい。

のぞみの電光掲示板(?)に政党別獲得議席数の予測に関するニュースが流れた。
全国紙の終盤情勢調査(分析)によれば、民主党は50議席前後となり、参議院での単独過半数は難しい。
菅直人(かん・なおと)代表(首相)が勝敗ラインに設定した改選54議席を下回り、連立を組む国民新党と合わせても過半数の 122議席に届かない。
民主党政権の暴走に一定の歯止めがかかった。
“やりたい放題”は目に余った…。

このブログで述べたとおり、小沢一郎(おざわ・いちろう)前幹事長が社民党を含めた三党連立政権を志向した時点で大失敗である。
公明党との部分連合(パーシャル連合)で十分だった。
2009年衆院選での政権交代に寄与したのは事実だが、小沢一郎の政治手法はあまりに古い。
民主党政権を追い詰めた張本人であることも事実で、政界から身を引くことが日本の将来のためになる。
戦後の自民党政治の総仕上げを民主党のドンとして済ませた功績は非常に大きい。

民主党は、2005年衆院選での自らのマニフェストに反し、組織票に目がくらんだのか、国民新党の亀井静香(かめい・しずか)代表とタッグを組んで郵政の肥大化そして国有化へ突き進む。
かつての国鉄やいまの日航(JAL)の二の舞になるのは分かり切っている…。
マスコミは民主苦戦と報じるが、善戦だ。
私に言わせれば、50議席はクレージーな数字である。
おそらく5議席の間違いだろう。

自民党は改選38議席を上回り、40台後半に達しそう。
何一つ変わっていないのに、もう支持が戻っている。
こんな深刻な事態が許されるのか。
私に言わせれば、悪夢みたいな数字である。
日本人の“自民党好き”にほとほと呆れる。
このところ、ニュースなどで小泉進次郎(こいずみ・しんじろう)の顔しか見ていない。
若手のホープは選挙の顔としていいように利用されている。
親父の小泉純一郎(こいずみ・じゅんいちろう)よりルックスもスタイルもよい。
センスははるかによく、即役者になれそう。
トレンディドラマでも時代劇でも主役をこなせる力量を持つ。

⇒2009年8月30日「自民党をぶっ壊す、が今日完結!」はこちら。
ネクタイのセンスが悪かった「小泉純一郎評価」を率直に記した。
小泉進次郎は自民党を飛び出せば、偉大な親父を確実に超えられる。
それは親父の本望でなかろうか…。
自民党の再建でなく、日本の再生が目的のはずだ。

私は、電光掲示板の予測に目を疑った。
改選0議席のみんなの党はたったの10議席前後。
渡辺喜美(わたなべ・よしみ)代表の真っ当な主張は有権者にほとんど届かなかったことになる。
20議席に迫るなら“第三極”の核が形成されたのに…。
ならば、次の衆院選で大規模な「政界再編」が起こる可能性があった。
私たちは日本復活のチャンスを先送りした。

みんなの党に勢いは感じられないが、とりあえず公明党と同程度の議席を獲得する見込み。
私に言わせれば、絶望的な数字である。
渡辺喜美がもっとも重視すべきは、政治家の言葉への信頼を取り戻すことだ。
右肩下がりの時代の経済成長は困難を極める。
それが簡単に叶うとの誤ったメッセージを有権者へ発するな。
大うそつきの鳩山由紀夫(はとやま・ゆきお)民主党前代表(前首相)の轍を踏む。
愚直、誠実であれ!
もう一度言う、渡辺喜美は言葉の重みを第一にせよ。
ペラペラしゃべるほど小粒になる。

政治家と政党の「約束」が信じられないことは、有権者にとり最大の不幸である。

私の地元、神奈川選挙区(3人区)。
ここは変化を嫌う空気が漂っている。
自民党の現職候補、小泉昭男(こいずみ・あきお)は抜け出したまま…。
高みの見物。
加えて、民主党の現職候補、千葉景子(ちば・けいこ)と金子洋一(かねこ・よういち)が2議席を固めつつある。
現状をよしとする有権者で溢れている。
「横浜ベイスターズ」を例に引くまでもなく、危機感が乏しい土地柄だ。

みんなの党の新人候補、中西健治(なかにし・けんじ)は当落線上に片足が残っている。
ぎりぎり滑り込めるかどうかは、きわめて微妙な情勢…。
態度を決めかねている無党派層の動向次第だろう。
なかでも20代、30代の若年層。
私はたとえ嵐が吹き荒れようと、あすは1票を投じるために足を運ぶ。

国家存亡の危機にもかかわらず、参院選における有権者の判断は至ってのんびりしている。

改選3議席の国民新党、改選5議席の新党改革は0議席の見通し。
亀井静香代表と舛添要一(ますぞえ・よういち)代表は何と言い訳するのか…。

◆書き加え1(7月10日)

第22回参議院議員通常選挙。
投票日をあすに控え、党首や候補者は午後8時まで最後の訴え。
民主党は、2009年衆院選でいかさまみたいなマニフェストを掲げ、有権者を煙に巻いた。
財源と実現性を無視し、もっぱら“票集め”の道具に仕立てた。
マスコミや評論家、専門家さえ政権公約を高く評価した。
日本のオピニオンリーダーの頭はその程度である。

⇒2009年8月18日「カネで1票を買う…選挙戦スタート」はこちら。

⇒2009年8月19日「有権者を愚弄する選挙戦…党首胸算用」はこちら。

そのうえ、鳩山由紀夫前首相(前代表)が無責任な思いつきを口にし、デタラメな政治に手を染めた。

⇒2010年6月13日「子ども手当は子どもが返せ…友愛の正体」はこちら。

子どもに選挙権がないからだ。
堂々たる主張であり、それは菅直人首相(代表)にもしっかりと引き継がれた。

⇒2009年11月19日「現世代は友愛、次世代は憂哀」はこちら。

2010年参院選で民主党の大健闘が目立つ。
不支持より支持が上回るというから、この国は楽園である。
私は親なので、子どもにツケを回せるなら嬉しい。
ここまで投票する人にすり寄ると感動してしまう。
小沢一郎がこだわる“利権政治”は最大の選挙対策であり、業界や組織から個人(大衆)へ軸足を移しながら、しぶとく生かされている。
政治を食い物にしたスペシャリストとして、後世に名を残そう。

かたや、日本の建て直しを唱える「みんなの党」が伸び悩んでいる。
なかでも民間主導の成長路線が国民に受け入れられない。
「民から官へ」の猛烈な逆風に苦しむ。
私の地元・神奈川選挙区でも新人候補の中西健治(なかにし・けんじ)が危うい。
後一息というところに迫っているが…。

民主党2議席確保は神奈川県の恥である。
きょうに執着し、あすを放棄する。
10年後、20年後、子どもが地獄を見よう…。

                      ◇◆◇

第22回参議院議員通常選挙に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月4日「迎合と組織票で民主党勝利…参議院選挙予想」はこちら。

⇒2010年7月6日「民主党マニフェスト、詐欺の手口は巧妙化」はこちら。

⇒2010年7月7日「ワーキングプアから単なるプアへ…民主党公約」はこちら。

⇒2010年7月8日「マニフェストは国民への約束…菅直人の欺瞞」はこちら。

⇒2010年7月8日「政党別獲得議席数・候補者当落予想への関心」はこちら。

⇒2010年7月9日「参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の争い」はこちら。

⇒2010年7月10日「2010参院選の投票先…2009衆院選の反省」はこちら。

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2010年7月公開講座

2010参院選の投票先…2009衆院選の反省

昨夏の衆院選(第45回衆議院議員総選挙)、民意の動向が強く反映される小選挙区制で、戦後初の野党第1党による政権交代が起こった。
自民党政権での総理の投げ出し、年金の消滅、格差の拡大、未曾有の大不況…。
当時、急激に募った与党に対する不満と怒りを、民主党はなりふり構わず“票”に変えていった。
かたや有権者は裏付けのない政権公約を検証することもなく鵜呑みにし、民主党政権を誕生させた。
国民は豊かさと幸せをつかんだかのような錯覚に陥った…。

⇒2009年8月18日「カネで1票を買う…選挙戦スタート」はこちら。

⇒2009年8月19日「有権者を愚弄する選挙戦…党首胸算用」はこちら。

民主党は消費税率の引き上げは不要とし、無駄の削減で看板政策などの財源は十分に賄えると強弁した。
結局、カネを借りながらカネをばらまき、借金を膨らませてきた。
日本は真っ黒な閉塞感に覆い尽くされそうだ。
そして、それを選択したのは有権者である。
私たちがまず反省しなくてならない。
いまの財政下での子ども手当は、ホントひどい。

⇒2010年6月13日「子ども手当は子どもが返せ…友愛の正体」はこちら。

政治の混乱はさらに深まっていくだろう。
基本的な方向や路線、主要な政策の違いに則した大規模な「政界再編」を避けて通れない。
いまはどちらを向くか、どちらへ進むかも決められず、身動きの取れる状態でない。
十年近く迷走が続くのでないか…。
2010年代は政治の機能が停止する。

しかし、将来、二大政党か三大政党が政権を担える力を持つ体制が整っているかもしれない。
ならば、政治に緊張感が生まれるとともに、政策にチェック機能が働く。
そのときがようやく「日本再生」の出発点になろう。

今回の政権交代により、私たちは「有権者」という自覚を“実感”として持つことができた。
歴史的な体験である。
「日本の政治をどうするかは、自分たちが決める」。
その気づきが衆院選での最大の収穫だった。
そして、いくらかでも選挙への関心が高まり、投票率の下落を食い止めた。

民主党政権の誕生に期待を寄せた多くの有権者は激しい失望を味わわされた。
が、日本を諦めるわけにいかない。
あすの参院選(第22回参議院議員通常選挙)投票日に一人ひとりが己の意思をしっかりと示したい。

                       ◇

投票所の投票用紙に記す直前まで投票先に迷う無党派層がいても不思議はない。
何せ政治家も政党も自らの“当落”にしか関心がない。
「選挙に勝てばよい」という連中ばかりだ。
日本と国民の行く末など知ったことでない。

                      ◇◆◇

第22回参議院議員通常選挙に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月4日「迎合と組織票で民主党勝利…参議院選挙予想」はこちら。

⇒2010年7月6日「民主党マニフェスト、詐欺の手口は巧妙化」はこちら。

⇒2010年7月7日「ワーキングプアから単なるプアへ…民主党公約」はこちら。

⇒2010年7月8日「マニフェストは国民への約束…菅直人の欺瞞」はこちら。

⇒2010年7月8日「政党別獲得議席数・候補者当落予想への関心」はこちら。

⇒2010年7月9日「参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の争い」はこちら。

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人気キャンピングカーは軽とレンタル…WBS

先日のWBS(ワールドビジネスサテライト)によれば、軽のキャンピングカーが人気である。
これまでの中古車に加え、新車も…。
税金の安さ、燃費のよさ、取り回しの容易さ、駐車スペース確保のしやすさなどが理由だろう。
価格が手頃なことは言うまでもない。
通常のクルマとして用いられるのが魅力。
ちょっと時間はかかるが、簡単にフラットスペースをつくれる。
アウトドアライフを楽しむためのオプションもかなり充実している。
夫婦二人での利用には十分であり、小さな子どもが一人くらいなら大丈夫か。

また、最近ではレンタカー業者がキャンピングカーを積極的に扱いはじめた。
こちらはたいてい専用車である。
夏休みを前に、なかなか好調らしい。
年間数十日程度は使わないと、中古車を含めてキャンピングカーをわざわざ買う意味がほとんどない。
一般の家庭は必要に応じて借りるのが賢い。

日本は3連休を含めた休暇がずいぶん増えた。
が、私たちの財布(所得)はどんどん縮んでいる。
キャンピングカーは、ホテルや旅館などに比べてローコストで、しかも時間を気にせずに楽しめる。
また、そうした出来合いの宿泊施設のお仕着せのプランと違った興奮を味わえる。
家族や身内、仲間と至近距離で団欒を持ったり一緒に料理をつくったり…。
コミュニケーションの深さが違う。
濃密な思い出になろう。

以下に「中古・軽キャンピングカーが人気」と題する2010年3月7日のブログを収める。

                      ◇◆◇

不況の到来で、クルマの販売が一気に縮んだ。
ところが、日本RV協会(JRVA)によれば、キャンピングカーの販売はそれほど落ち込んでいない。
国産車はかなり健闘している。
なかでも軽自動車のキャンピングカーは予算面に加え、日本の道路事情や駐車事情から人気が高まっている。
輸入車は法規制の影響で減少しているが、消費者の購買意欲が減退したわけでない。

用途は、キャンプに限定せず、観光や温泉巡り、釣りなど、広い意味での“旅行”に及ぶ。
客層は、60代の比率が高まっている。
「団塊の世代」が需要を引っ張っており、4百万円台が売れ筋となる。

さらに、ここにきて中古車のキャンピングカーが注目を集めている。
こちらは3百万円台が中心となる。
新車特有の気持ちよさは味わえないが、実を取る。
何せ新車価格の2分の1から3分の1程度。

キャンピングカーは総じて販売好調。
高速道路の利用に追い風が吹いていることも背景だろう。
最大の要因は、レジャーに関する日本人の意識変化。
費用を抑え、創意と工夫で楽しむ。
要は、賢くなった。

それと、だいぶ前から、ホテルや旅館といったハードでなく、出来事や取り組みといったソフトを大切にする傾向が強まっている。
日産自動車のミドルクラスワンボックス・セレナに、「モノより思い出」というストレートで分かりやすいコピーがあったっけ。
名作…。

キャンピングカーは、利用シーンを思い浮かべるだけで夢が膨らむ。
小さな子どもがいる家庭。
二人だけになった夫婦。
趣味が共通する気の合う仲間。
笑顔が弾けることだろう。

最近では、週末を中心にレンタルの利用も活発になっているのだとか…。
キャンピングカーライフはすそ野が広がり、日本に根付きつつある。

                       ◇

私は昔、2代目のエルグランドを所有していた。
室内がアイボリーの革張りの最上級グレード。
これをキャンピングカーに仕立てようと検討したことがあった。
しかし、ベース車両としてはもったいないと思い、踏み切れなかった。
私が望むプラン(カスタマイズ)だと、ほぼ解体することになると分かったからだ。
通常グレードならどうしただろう。
ちょっと心残り…。

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参院神奈川選挙区…みんな中西と民主金子の戦い

きのうのブログの続き。
⇒2010年7月8日「政党別獲得議席数・候補者当落予想への関心」はこちら。

私の地元、参院神奈川選挙区は改選定数3議席に対して10人が立候補しており、激戦の様相…。
といっても実質4人の争い。
いや、2人の戦いだろう。
民主党の現職・金子洋一とみんなの党の新人・中西健治。

私が暮らす横浜・港北ニュータウン。
住民の大半は、参院選や知事選が行わなければ「神奈川県民」という意識を持つことはない。
“プチ富裕層”が多い。
かつて革新の風が吹き渡っていた横浜市そして神奈川県は、いまや「保守王国」である。
人は食べていけると現状を容認し、危機感を失いやすい。

さて、参院神奈川選挙区は自民党の小泉昭男(現職)が手堅くリード。
それを、民主党の千葉景子(現職)、民主党の金子洋一(現職)、みんなの党の中西健治(新人)の3人が追いかけている。
ゆえに、このうち1人が落選する。
しかし、法務大臣(法相)の千葉景子は大丈夫か。

共産党や社民党、新党などの候補者はおそらく届かない。
ぎりぎりまで投票先を決められない有権者も少なくないはずで、民主党が現有2議席を死守できるかどうかは開票を待たないと分からない。

国民は見慣れた政治風景を変えてほしいと願い、政権交代を選んだ。
しかし、私は、重要政策の転換や変更など、あまりに乱暴な国会運営に呆れており、民主党に2議席を獲得してもらいたくない。
それ以前に、どちらへ向かっているか、さっぱり分からない。
また、経済政策はひどい。
民主党が参議院で単独過半数を制するようなことがあれば、自民党がダメにした日本をさらにダメにする。
暴走を止められない。

私は、渡辺喜美代表の「みんなの党」を支持する。
主張が明快だ。
2009衆院選の小選挙区、神奈川7区ではみんなの党の候補者がいなかった。
消去法で自民党の候補者、鈴木馨祐(現職)が残った。
32歳と若い。
結果は落選。
2010参院選の神奈川選挙区では中西健治に1票を入れられる。
やれやれ…。

財政逼迫下の日本、ムダの徹底した排除は当然として、政治家(国会議員)が自らを思い切って削ることが建て直しの第一歩につながると信ずる。
それを避け、国民に増税など痛みを強いるなど論外だ。
そんな政党を支持してならない。

ばらまく政策は将来に禍根を残し、次世代(子ども)の暮らしを滅茶苦茶に壊す。
民主党政権はノンストップで国民生活の破壊へ突き進んでいる。
それがはっきりするまでに、たいした時間はかからないはずだ。

みんなの党へ苦言。
渡辺喜美代表は、経済成長が容易という印象を与えすぎる。
言葉が軽く、リアリティが乏しい。
まして日本の再生は至難であり、国民も血を流さなくては成し遂げられない。
選挙向けとはいえ、勢いに任せてペラペラしゃべりすぎだ。
同党の主張の正当性を打ち消しかねない。
口を慎め。

                      ◇◆◇

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◆書き加え1(7月7日)

このブログは数日前に記した。
私は今週、3泊4日で広島出張。
この間、私が暮らす大規模団地に民主党の金子洋一がやってきて演説を行った。
住民は村の人口に匹敵。
妻によれば、必死の形相らしい。

みんなの党の中西健治とどちらが滑り込むか?

◆書き加え2(7月9日)

神奈川新聞社による終盤情勢分析では、1週間ほどで民主党の現職候補の立場(順位)が逆転したようだ。
千葉景子が支持を減らし、金子洋一が支持を伸ばした。
懸命の追い上げが功を奏した。
法相が落選しないとは言い切れない。
みんなの党の新人候補、中西健治を含めた3人の混戦が深まっている。
安泰なのは、自民党の現職候補、小泉昭男。

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政党別獲得議席数・候補者当落予想への関心

2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会の開催と重なり、国民の第22回参議院議員通常選挙への関心はあまり高くない。
一時は「サムライブルー」の活躍に忘れられかけた。
決勝トーナメントでサッカー日本代表がベスト8、ましてベスト4へ勝ち進んでいたら吹き飛んだのでないか…。

全国紙の世論調査などでは、投票に「かならず行く」と「なるべく行く」を合わせると、全員に達しそう。
ところが、実際には「かならず行く」と答えた割合を下回る。
日本を諦めているのか、とくに20代は鈍い。
2010参院選については、2009衆院選で民主党が政権交代を成し遂げ、しかも鳩山由紀夫内閣が総辞職した直後だけに関心はいくらか高い。

とはいえ、参院選(通常選挙)はもともと衆院選(総選挙)のような盛り上がりがない。
衆院選では、政党別の獲得議席数予測や候補者の当落予想の記事がマスコミやネットを賑わす。
それも投票日間近でなく公示日、いや解散前後から…。
しかし、参院選については、選挙情勢調査(分析)の類は概して低調である。
候補者の魅力や力量というよりも選挙区の政党支持率の高さのほうで結果が決まりやすい。
有権者は興味が薄いのだ。

私などは、21世紀に、そして日本の財政状況で「参議院」がはたして必要なのかという気さえしてくる。
両院制(二院制)をやめたら、いったいどれくらいの歳出を減らせるだろう。
思い切り乱暴な言い方になるが、例外なき“仕分け”にかけてみては…。
それがムリだとしたら、議員定数を激減させてほしい。
それと、任期は2期12年までに制限してほしい。
非常事態の日本に、政治を職業(商売)にする政治家は一人もいらない。

私たちは、政治についても通念や常識を疑ってかかるべきだ。
真剣に知恵を絞るなら参議院の役割を「ボランティア」に委ねられると、私は考える。
形や器、権威にこだわる時代はとうに終わった。
国会は化石だ。

                       ◇

今回の参院選で最大の焦点となっている民主党の単独過半数が実現するかどうかは、一人区での勝敗次第だろう。
むろん、民主党(与党)と自民党(野党第1党)の候補者の一騎打ち。
自民党は国民に人気の高い小泉進次郎衆議院議員を応援に引っ張り出しているらしい。
情けない話だ。
日本の将来を背負う可能性がないわけでないが、まだ若い…。

⇒2009年8月30日「自民党をぶっ壊す、が今日完結!」はこちら。
私の「小泉純一郎評価」を記した。

なお、民主党が複数候補の当選を目指す三人区の埼玉、千葉、神奈川、愛知では「みんなの党」と競っている。
無党派層の取り込みがカギを握る。
私はみんなの党の評価が低すぎると思う。

                      ◇◆◇

第22回参議院議員通常選挙に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月4日「迎合と組織票で民主党勝利…参議院選挙予想」はこちら。

⇒2010年7月6日「民主党マニフェスト、詐欺の手口は巧妙化」はこちら。

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和田創研代表
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シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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