コンサルの引き出し|和田創ブログ


だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

2011年03月

終わりよければすべてよし

「終わりよければすべてよし」。

自分を信じ、
相手を信じ、
家族を信じ、
懸命に人生を歩みつづけた人が、
この言葉を用いるとき、
重みが増す。

言い尽くせない感慨が、
そこには込められている。

すべての苦労を受け止めたうえで、
人生の最後に穏やかに言えたなら、
どんなにいいだろう。

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和田創ブログ 2011年3月タイトル一覧

◇2011年3月31日(木) 終わりよければすべてよし
◇2011年3月31日(木) アプローチブックのつくり方…営業セミナー
◇2011年3月30日(水) 御の字の人生。
◇2011年3月30日(水) 愛猫アメショーのガン…創生水の効果
◇2011年3月29日(火) てっぱんテーマ曲、イタリアオペラ歌手の美声
◇2011年3月28日(月) てっぱん・富司純子と任侠女優・藤純子
◇2011年3月27日(日) 浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権
◇2011年3月26日(土) 瀧本美織、期待を上回る…てっぱん最終回
◇2011年3月25日(金) 赤プリ最後のメルマガ…赤坂プリンスホテル閉館
◇2011年3月24日(木) 薬師丸ひろ子、セーラー服と機関銃の快感
◇2011年3月23日(水) 受講生の胴上げが始まった…提案営業コース
◇2011年3月22日(火) コンサルティング営業セミナー…中企大広島校
◇2011年3月22日(火) 中村玉緒、てっぱんナレーションのさじ加減
◇2011年3月21日(月) てっぱん視聴率、出演者泣かせの無茶振り
◇2011年3月20日(日) スマートフォン新品無料交換…ドコモショップ
◇2011年3月19日(土) 坂上二郎と萩本欽一、コンビの絆…コント55号
◇2011年3月18日(金) 三陸は壊滅…東北地方太平洋沖地震
◇2011年3月17日(木) すべてを失い、命が残る
◇2011年3月10日(木) 営業マンこそ会社をつくろう…MBA起業講座
◇2011年3月9日(水) 井上雄彦、人気漫画家の創作を支える信念
◇2011年3月8日(火) 営業が弱い地場製造業を救え…社長への応援歌
◇2011年3月8日(火) 安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん
◇2011年3月7日(月) 提案営業勉強会の衝撃…中小企業家同友会仲間
◇2011年3月6日(日) 浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか
◇2011年3月5日(土) 博多通りもん、福岡土産一番人気の秘密
◇2011年3月4日(金) 浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜
◇2011年3月3日(木) 物流業界・物流会社の提案営業研修…業績テコ入れ
◇2011年3月3日(木) 提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会
◇2011年3月2日(水) 提案営業セミナーの気づき、人気と評価
◇2011年3月2日(水) 浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権
◇2011年3月1日(火) 社長の営業活動…中小・地場企業の生き残り
◇2011年3月1日(火) 松下奈緒、男勝りの女刑事への転身は失敗

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アプローチブックのつくり方…営業セミナー

私は先週、東京・麹町のSMBCコンサルティング(三井住友銀行シンクタンク)で、実践営業塾「会話がはずむアプローチブックのつくり方 〜飛び込みと初回訪問をスムーズにする万能ツール」の講師を務めた。
営業活動、なかでも新規開拓で用いる「セールスアプローチブック」の作成法に関する講演(セミナー)である。
このアプローチブックは、セールストークの標準化を通じて見込客との初面談をサポートする。
営業マンがもっとも緊張する場面である。
がちがち、しどろもどろになる人も少なくない。

私はこの講演のコンテンツ作成に直前まで没頭し、滑り込みで間に合わせた。
実は、年明けから同社で「新規開拓」をテーマとした新講演を毎月1本のペースで開催してきた。
昨今の縮小市場では、新規開拓は収益伸長どころか収益確保に欠かせない。
果敢に推進しなくては、業績はじり貧になり、会社は縮小する運命である。

◇2011年1月19日(水)
営業マンの新規開拓を活発にするポイント

◇2011年2月22日(火)
テルアポイントの取り方、見込客の増やし方

◇2011年3月24日(木)
会話がはずむアプローチブックのつくり方

大きな情熱と手間を注ぎ、かつ限界まで考え抜いたおかげで、素晴らしいカリキュラムが完成した。
それぞれ1日の公開セミナーや企業研修として実施が可能である。
むろん、3日間コース(通し)でも…。

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御の字の人生。

人生は勝ち越しでよい。
そう考えられると、
気持ちがずいぶん楽になる。
怠惰さえいとおしい。

人生は勝ち越しでよい。
そう考えられると、
負けがあまり怖くなくなる。
試練さえいとおしい。

51勝49敗。
49回もつまずけるなんて、
人生はありがたい。
大げさに悔やむこともない。
長く引きずることもない。

苦しかったら笑ってみる。

50勝50敗。
引き分けなら御の字の人生。

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愛猫アメショーのガン…創生水の効果

私は年末にパソコンがクラッシュしてから睡眠時間を削り、新講演のコンテンツに全力を注いできた。
自分との格闘だった。
それにともない、最大の懸案だった自分商品の開発・投入は大幅に遅れることになった。
気持ちは焦っているが、なかなか発表できない。

この先も次々と新講演を行うので、毎月のようにコンテンツのつくり込みに追われるが、一番のピークは乗り越えた。
安ど感から、3カ月の疲労がドッカーンと出ている。
ぐったり、へとへとの状態・・・。

徹夜の場合には脱水状態と塩分不足になりやすく、私はそれを防ぐために「創生水」でインスタントラーメンをつくった。
老いとともに袋麺を食べる機会がめっきり少なくなったが、この間は受験生並みに戻った。
デスクワークのときは連日だったので、さすがに飽きた。
また、昔と違って胃がもたれる。
いまどき、受験生の夜食はバラエティに富んでいるか?

きょうは2007年6月3日の記事にいくらか手を加えてアップする。
不思議な水「創生水」の話だ。

                      ◇◆◇

久し振りのわが家。
嵐のような1週間を何とか乗り切ることができた。
私は溜まりに溜まった疲れ、足・腰・首の張り、ノドの痛みなどで座っているのもつらい。
たいして使わなかったはずなのに「頭」もやられている。

無気力に横たわるしかない私を、書斎のアメリカンショートヘア「フウ」が案じ、近寄ってきた。
何せ母ネコ「モモ」が末期がんの際につきっきりで看病し、死んだらそのショックから「拒食症」になり、命を落とす寸前までいった。

フウは心がやさしく、頭がいいので、周りの家族やネコの様子が気になって仕方がないのだ。
わが子が風邪でも引こうものなら、ベッドで寄り添う。
人間の言葉もかなり分かるようで、会話に耳を傾ける。

さて、私は少し落ち着いたところで「創生水」をごくごく飲んだ。
出張中は持ち歩くことができない。
温めず冷やさず、そのままの状態で大量に飲むと、体のなかがきれいになった感じがする。
老廃物とか有害なものを、体の外へ排出してくれるからではなかろうか。

「創生水」のお陰で、私はオーバーワークにもかかわらず、かろうじて体調を回復し、ぎりぎりで健康を維持している。
ここ一月ほどの間にお会いした経営者や役員のなかに、明らかに重い疲労を引きずっている方が何人かいた。
彼らには、守るべき社員、そして家族がいる。
元気で長生きしてほしい。
私は見かねて「創生水」を飲むように強く勧めた。

ところで、モモはある日突然、普通に歩けなくなった。
その異変を最初に目撃したのは、私である。
水を飲みにいこうとして、足が進まないどころか後ずさりし、体がぐらりと大きく傾いた。
この光景を鮮明に覚えている。
だいぶ後で思ったのだが、ガンが脳に達していた。

私は大声で妻を呼んだ。
モモはやがて頭部、顔面がみるみる変形していった。
じきに眼が腐り、閉じなくなった。
耳も…。
おそらく脳が腐ったのだ。
壮絶な症状…。

フルの仕事を持つ妻の不眠不休に近い看病もむなしく、家にだれもいない昼間に妻のベッドで息を引き取った。
その姿勢から、モモは水を飲みにいこうとして力が突きたのかもしれないと、私は思った。

振り返ると、死より6〜7年前から、モモはときどき口元が歪むことがあった。
それが何ともいえない“愛嬌”に見え、家族でかわいいと笑ったものである。
実は、この時点でガンを発症していたのでないか。

逆に言えば、モモは6〜7年間も生き延びたことになる。
水が「創生水」という以外は何もしていない。
ガンの進行を大幅に遅らせてくれたのだろう。

「人は水、水は命」。
つくづくそう思う。

⇒2011年1月16日「創生水の健康回復効果を実感…運命的な出合い」はこちら。

私と「創生水」との出合いを綴っている。
実の母のガン、そして愛猫アメリカンショートヘアのガンや皮膚病についても触れた。
この水にどれくらい救われたろう。

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てっぱんテーマ曲、イタリアオペラ歌手の美声

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
最終回の放送へ向かい、シナリオ(脚本)は唐突の頂を極めつつある。
ここまで滅茶苦茶だと、それが癖になる視聴者も少なくないと思えてきた。
いまや限界を突き抜けてしまった。
私などは人生や物事が目論見どおり、計画どおりに進んだことが一度もない。
だから支離滅裂な展開が分からないわけでない。
が、それにしても「てっぱん」は凄すぎる。
掟破りの域に達している。

さて、この朝ドラのためにオリジナルの美しい旋律を提供した葉加瀬太郎(はかせ・たろう)。
バイオリニスト(ヴァイオリニスト)ならでは、楽曲は伸びやかで繊細な情感が溢れている。
そこに葉加瀬太郎ならでは、温かさと切なさが込められている。
私は名曲だと思う。
以下は、番組公式サイトによる。

葉加瀬太郎は小学生の頃から朝ドラを見ていた。
「てっぱん」で音楽を担当することになり、とても光栄に思った。
真っ先に思い浮かべたのは瀬戸内海だった。
父の実家が岡山にあり、よく知っていた。
それを地中海と重ね合わせ、「ひまわり」と「Habanera(ハバネラ)」を作曲した。

タイトルは、曲が完成してからつけているそうだ。
葉加瀬太郎が一番好きな花が、ひまわり。
娘の名前も「向日葵(ひまり)」。
オープニングテーマ曲「ひまわり」は自己採点で百点満点とか。
ヒロイン・村上あかりの性格をイメージした。
彼女を演じる瀧本美織にもつながる。
アレンジは、羽毛田丈史。

それに対し、「ハバネラ」は海の光景をイメージした。
瀬戸内海を鳥瞰し、雄大なメロディとフルオーケストラで表現した。
ドラマの挿入曲の概念を変えたいと、ヨーロッパ映画を意識した。
アレンジは啼鵬(ていほう)。

葉加瀬太郎の「ハバネラ」は、「てっぱん」の印象的な場面で静かに、ときにしっかりと流れる。
この朝ドラの世界観を形づくりながら、しかも広げていくテーマ曲である。
2月(?)から突然、歌曲に変わった。
正確に述べれば、新たなバージョンとして加わった。
イタリア語の歌詞がついたのだ。
しかも歌うのは、イタリアのオペラ歌手。

・・・でなく、日本の演歌歌手、川中美幸(かわなか・みゆき)。
「浜勝」を寿(ことぶき)退社した松下小夜子を演じた。
このところ出番がなかった。
新婚世帯の家計の足しにでもなればと考えたのかもしれない。
演歌で鍛えあげた歌唱力は見事!
押さえながら情感と壮大さを融合させた。

なお、ハバネラはタンゴのルーツとなったキューバの民族舞曲。
ビゼーのオペラ「カルメン」の『ハバネラ』、ナポリ民謡の『オ・ソレ・ミオ』などが、その特徴的なリズムを用いている。
19世紀末までに世界に広まった。

                      ◇◆◇

朝ドラ「てっぱん」と瀧本美織など出演者に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月28日「てっぱん・富司純子と任侠女優・藤純子」はこちら。

⇒2011年3月26日「瀧本美織、期待を上回る…てっぱん最終回」はこちら。

⇒2011年3月22日「中村玉緒、てっぱんナレーションのさじ加減」はこちら。

⇒2011年3月21日「てっぱん視聴率、出演者泣かせの無茶振り」はこちら。

⇒2011年3月8日「安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん」はこちら。

⇒2011年2月28日「瀧本美織の号泣…てっぱんヒロイン村上あかり」はこちら。

⇒2011年2月16日「てっぱん脚本は滅茶苦茶…十八番は唐突」はこちら。

⇒2011年2月14日「瀧本美織、バレンタインデーの手づくりチョコ」はこちら。

⇒2011年2月9日「てっぱん高視聴率のわけ…近藤良平ダンスの温かさ」はこちら。

⇒2011年2月8日「瀧本美織は燃えやすいぞ、と…てっぱん」はこちら。

⇒2010年12月13日「てっぱんの失敗、瀧本美織の涙」はこちら。

⇒2010年11月23日「第1回てっぱんダンス収録会…大阪城公園集合」はこちら。

⇒2010年11月21日「てっぱんダンス…瀧本美織はだれと踊るのか?」はこちら。

⇒2010年11月20日「富司純子が本領発揮…てっぱんを仕切る凄み」はこちら。

⇒2010年11月9日「てっぱんの息切れと名言、瀧本美織の演技」はこちら。

⇒2010年11月8日「近藤良平てっぱんダンス、あれは私です」はこちら。

⇒2010年10月27日「てっぱん見どころは富司純子か瀧本美織か」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱん瀧本美織、人生の哲学と真理を語る」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」はこちら。

⇒2010年10月20日「てっぱん・瀧本美織、ひたむきな演技が最大の魅力」はこちら。

⇒2010年10月16日「てっぱん瀧本美織、前輪に笑顔、後輪に泣き顔」はこちら。

⇒2010年10月12日「ピエロ瀧本美織…てっぱん・強引・マイウエイ」はこちら。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

⇒2010年10月9日「てっぱん瀧本美織の涙、安田成美・遠藤憲一の味」はこちら。

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てっぱん・富司純子と任侠女優・藤純子

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
ヒロイン・村上あかりを演じる19歳の新人女優、瀧本美織。
彼女と「ダブルヒロイン」と言われたのが、実の祖母・田中初音を演じる大ベテラン女優、富司純子(ふじ・すみこ)だった。
孫くらいの年齢差の瀧本美織をしっかりと盛り立てた。
ちなみに、私はダブルヒロインと思っていない。
あくまで瀧本美織が馬力そして泣き笑いで、この朝ドラを最後まで牽引した。
役者魂というか役者根性というか、見上げたものだ。

富司純子は田中初音を演じるのがわりと難しかったのでないか。
性格がかなりひねくれている。
また、対照的な表情が求められる。
それでも立派にこなしてしまうのは役者としてのキャリアだろう。
若い世代の視聴者は知らないと思うが、東映の任侠女優・藤純子(ふじ・じゅんこ)である。
背中に緋牡丹の刺青を彫ってスクリーンに登場した。
中高年層に熱烈なファンがいるはずだ。

以下に、「富司純子が本領発揮…てっぱんを仕切る凄み」と題する2010年11月20日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
私は10日間ほど仕事に忙殺され、ご無沙汰している。
木曜日、たまたま番組を見た。
例によりストーリーが急展開したようで、私は事情がよく飲み込めない。

瀧本美織が演じるヒロイン・村上あかりが実の祖母・田中初音が封印したお好み焼屋をやりたいと言い出した。
それは昔、自分を生んでくれた母を養うために死に物狂いで切り盛りしていた。
ドラマではずっと「開かずの間」だったところ。

この祖母を演じているのが、富司純子(ふじ・すみこ)。
庶民の瀧本美織と対照的に、血統というか家系が別格。
中高年の邦画ファン、とりわけ任侠映画にのめり込んだ方にはいまでも「藤純子(ふじ・じゅんこ)」のほうがしっくりするだろう。

「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子を演じた『緋牡丹博徒』は大ヒットしてシリーズ化された。
やくざ映画にヒロインが誕生。
ついに鶴田浩二、高倉健と並んで“男の東映”の3大スターとなり、観客動員におおいに貢献した。
緋牡丹の刺青を背負った姿は目に焼きついて離れない。
スクリーンいっぱいに凄絶な美しさが漂った。
代表作はシリーズ第6作『緋牡丹博徒 お竜参上』。

昔、フジテレビのワイドショー『3時のあなた』で本名の寺島純子(てらしま・じゅんこ)で司会を務めた。

私が覚えているのは、1989年に名作『あ・うん』で映画に復帰したこと。
この際、新人女優としてスタートしたいと、現在の富司純子に改名した。

私がドラマからしばらく離れているうちに、田中初音は人格が変わったよう。
表情が柔らかくなり、しかもときどきはにかみ笑いを見せる。
村上あかりが祖母の閉ざされた心を開いていったのだろう。
すっかり、かわいい孫を見守るおばあちゃんだ。

祖母は育ての親(遠藤憲一、安田成美)が許すなら、孫がお好み焼屋を始めることを認めようと考えていた。
そして、条件が整い、孫を含めた関係者を呼び集め、突然仕切りはじめた。
富司純子は凛とし、静かな気迫と覚悟が伝わってくる。
空気が一変し、場に緊張感が走る。
本領発揮、任侠女優の凄みを彷彿させる。
一人ひとりの意思を尋ねた。
いよいよ自分の考えを述べるところで、続きはあした。

⇒2010年10月9日「てっぱん瀧本美織の涙、安田成美・遠藤憲一の味」はこちら。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

⇒2010年10月12日「ピエロ瀧本美織…てっぱん・強引・マイウエイ」はこちら。

⇒2010年10月16日「てっぱん瀧本美織、前輪に笑顔、後輪に泣き顔」はこちら。

⇒2010年10月20日「てっぱん・瀧本美織、ひたむきな演技が最大の魅力」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱん瀧本美織、人生の哲学と真理を語る」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」はこちら。

⇒2010年10月27日「てっぱん見どころは富司純子か瀧本美織か」はこちら。

⇒2010年11月8日「近藤良平てっぱんダンス、あれは私です」はこちら。

⇒2010年11月9日「てっぱんの息切れと名言、瀧本美織の演技」はこちら。

◆書き加え1(11月19日)

「話は分かった」。
祖母のこの一言で、村上あかりがお好み焼き屋を開店することが決まった。

私は昼休みの時間だったがバタバタしていて、ろくに見られなかった。

店名は「おのみっちゃん」。
あした開店とか…。
せわしない。

◆書き加え2(11月20日)

「庶民の瀧本美織と対照的に…」と記した。
うかつだった。
本人が漂わせる雰囲気から、私はそう感じた。
役柄のせいかもしれない。

ウィキペディアによれば、小学生の頃からダンスのレッスンなどを受けるためにたびたび上京していたらしい。
余裕のない家庭では不可能。

                      ◇◆◇

朝ドラ「てっぱん」と瀧本美織など出演者に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月26日「瀧本美織、期待を上回る…てっぱん最終回」はこちら。

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⇒2010年10月27日「てっぱん見どころは富司純子か瀧本美織か」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱん瀧本美織、人生の哲学と真理を語る」はこちら。

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⇒2010年10月16日「てっぱん瀧本美織、前輪に笑顔、後輪に泣き顔」はこちら。

⇒2010年10月12日「ピエロ瀧本美織…てっぱん・強引・マイウエイ」はこちら。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

⇒2010年10月9日「てっぱん瀧本美織の涙、安田成美・遠藤憲一の味」はこちら。

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浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権

「2011世界フィギュアスケート選手権」。
「東北関東大震災」の影響で東京・代々木大会が今秋の初めに延期された。
ところが、急きょ4月下旬、モスクワでの代替開催が決定した。
24日から5月1日。

私はこのところバタバタで経緯を知らなかった。
日本スケート連盟が辞退したのだとか…。
これを受け、国際スケート連盟(ISU)が決断を下した。
「福島第1原発」の事故も理由だろう。
また、開催を中止すれば、ISUは大きな収入を失う。
さらに、選手はオリンピックイヤーを除き、シーズン最大の目標にしている。
ちなみに、日本は2012年に東京で開催するという噂が流れている。
予定するフランスが返上するとかしないとか…。

私はロシア・モスクワ大会がおおいに楽しみだが、選手はたまらない。
ピークに達した緊張感はいったん緩んでいる。
フィギュアスケートは非常にデリケートなスポーツだ。
モチベーションはもちろんコンディションも低下したはずであり、それを短期間で立て直さなくてならない。
とりわけ自国開催でもっとも張り切っていた日本選手には非常に気の毒・・・。

今季絶好調の安藤美姫は、いまの自分にできるベストの演技を見せると力強かった。
初出場の16歳、村上佳菜子は気持ちを切り替えて臨むときっぱり。
織田信成は4月23日に予定していた結婚披露宴を5月以降に先送りする。

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)金メダリスト、キム・ヨナは出場する。
が、最高の状態に戻せるかどうか分からないと語った。
ロサンゼルスから韓国に戻っており、調整はソウルで行う。
そのため、ピーター・オペガード・コーチを呼び寄せる。

キム・ヨナが本大会をもって現役を引退するという噂も飛び交っている。
真相はどうか。
そうなると、浅田真央がキム・ヨナと対決するのは最後になる。
私たちにとっても見納め・・・。
浅田真央は高橋大輔とともに大会連覇がかかる。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

なお、フジテレビはロシア大会を中継する意向を表明した。

以下に、「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」と題する2011年2月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

女子フィギュアスケート界は、浅田真央とキム・ヨナ(金妍兒)の対決を軸に回ってきた。
ところが、オリンピックシーズンに大差がついた。
低迷する浅田真央に対し、キム・ヨナは劇的に成長した。
浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)惨敗直後、カメラの前で大粒の涙をこぼした。
インタビュアーにマイクを向けられても、言葉にならなかった。

浅田真央は、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)へ向けて基礎的な滑りの修正、そして得意のジャンプの見直しに着手した。
重点は、ジャンプの前後を含めた一連の運動の再構築である。
その過程で浅田真央のなかにちょっとした混乱が起こり、さまざまな迷いが生じて、これまで難なくできたことまで壊れてしまった。
フィギュアスケートがいかにデリケートなスポーツか分かる。

私は浅田真央の重大な決意が分かるだけに、1〜2年は結果を求めてはいけないと自分に言い聞かせていた。
選手が頂点を目指してスケーティングの矯正に取り組むとしたら、応援する側に必要なのは辛抱である。

バンクーバーオリンピックの余韻を引きずるなかで行われた「世界フィギュアスケート選手権2010(トリノ大会)」。
モチベーションの上がらないキム・ヨナは、浅田真央に敗れた。
かたや、浅田真央は勝ったという実感が乏しかった。
表彰台の頂上で見せた表情は非常に硬かった。

そして、シーズン終了後、二人は対照的な道を歩んだ。
矯正期間中にもかかわらず大会に出つづけ、ぶざまな姿をさらした浅田真央。
プロ転向の決断を保留し、リンクから遠ざかったキム・ヨナ。
これもまた苦悩の現れか。

3月、「世界フィギュアスケート選手権2011(東京大会)」が行われる。
浅田真央は昨年12月、ラストチャンスの全日本フィギュア選手権で代表の座をつかんだ。
となると、世間の期待は連覇へ向かう。
う〜ん。
彼女にとり、これがいい方向に働くかどうかは来シーズンを見なくては判断がつかない。

私自身は、浅田真央が納得するまで矯正に専念してほしかった。
世界フィギュアで結果を望むのは早い。
彼女の姿を見られれば十分でなかろうか・・・。

余談。
浅田真央は、負けても大勢を感動させられる、まれなアスリートだ。
また、彼女の笑顔には媚びがない。
いずれもスターの条件である。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・安藤美姫に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年2月25日「安藤美姫、世界王者返り咲きへ…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月22日「安藤美姫、ため息が出るほど美しく・・・」はこちら。

⇒2010年12月28日「安藤美姫と高橋大輔…ぶっちぎりエキシビション」はこちら。

⇒2010年12月8日「安藤美姫はエロい大輪を咲かせよ…神秘的セクシー」はこちら。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・村上佳菜子に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年12月11日「村上佳菜子は僅差3位、織田信成は後退2位」はこちら。

⇒2010年12月9日「真央二世・村上佳菜子、安藤美姫と頂点を競う」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート男子・高橋大輔に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年2月20日「高橋大輔、金メダル宣言…世界選手権東京大会」はこちら。

⇒2010年12月28日「安藤美姫と高橋大輔…ぶっちぎりエキシビション」はこちら。

⇒2010年12月7日「高橋大輔は心に訴えない…内臓を揺さぶる泥臭さ」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート男子・小塚崇彦に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年11月28日「イケメン小塚崇彦に足りないもの…GP圧勝」はこちら。

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瀧本美織、期待を上回る…てっぱん最終回

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
19歳の新人女優、瀧本美織がヒロイン・村上あかりを熱演した。
村上あかりが自分は養子と知るきっかけになった祖母・田中初音が暮らす大阪へ出て、二人でお好み焼き屋を開店して奮闘する物語。
単純なストーリーに荒唐無稽の出来事、そしてさまざまな登場人物のふれあいがこれでもかというくらいに盛り込まれる。
印象は、ドタバタ喜劇ならぬ「ドタバタ人情劇」。
泣かせどころの連続で、視聴率はかなり健闘した。

昨年5月24日の広島県尾道市でのロケ以来、撮影は9カ月に及んだ。
瀧本美織は制服で海に飛び込むシーンに始まり、体当たりの精神で長丁場の収録を駆け抜けた。

先だってクランクアップを迎えたとき、ヒロインを中心に出演者、スタッフが本物の家族みたいになっていた。
最後は、村上家の鉄板ガレージ(?)でお好み焼きを囲むシーンのようだ。
この朝ドラのタイトルからもオープニングからもそうなることは予想できる。
主役の瀧本美織、祖母役の富司純子(ふじ・すみこ)、育ての親役の遠藤憲一と安田成美のほか、柳沢慎吾、森田直幸、京野ことみ、遠藤要、尾美としのりが集まる。

モニターチェックが終わると同時にくす玉が割れ、紙吹雪が舞った。
セレモニーで瀧本美織はやはり号泣。
無事に務め終えた安ど感・達成感・充実感に包まれ、同時にさみしさに襲われた。
育ての母・村上真知子役の安田成美は感涙。
育ての父・村上錠役の遠藤憲一は打ち上げで初めてという、ほろっ。
曲者役が多かったのに、温かいドラマで温かい仲間に囲まれて演技を行えた、自分の役者人生のなかでも思い出に強く残る作品だったと振り返った。
ダブルヒロインと言われた田中初音役の富司純子は、瀧本美織の主演にかける情熱と意気込みをたたえ、期待を上回る頑張りをねぎらった。

予定では「てっぱん」は最終回が3月26日の放送だった。
ところが、大地震の発生により数回の放送が流れた。
どうなる?

◆書き加え1(3月26日)

このブログは、かなり前に書いた。
「てっぱん」は大震災で1週間分(6回分)の放送がずれ込み、最終回は来週土曜日になる。

井上真央がヒロイン・須藤陽子を演じる次の朝ドラ「おひさま」。
テーマ曲「ひまわり」をいただく「てっぱん」の後は、「おひさま」。
予定より1週間遅れ、4月4日に放送が始まる。

NHK朝の連続テレビ小説は昭和36年(1961年)にスタートした。
私が生まれた10年後。
50年間で83作品を数える(「てっぱん」を含む)。
当初、放送期間は半年でなく1年間だった。

私がぼんやりと記憶している作品は1964年の「うず潮」。
おそらく伊那中学校の1年生。
この作品も広島県尾道市が舞台だった。

ところで、「てっぱん」の最終回の放送日、4月2日の午後7時45分から8時57分まで、NHK総合テレビで「連続テレビ小説50年! 〜日本の朝を彩るヒロインたち〜」と題する特別番組が組まれる。
「おひさま」の前人気を高める狙いも込められている。
番組では過去の全作品が紹介される。
当然、すべてのヒロインも…。

私は放送時間の関係で、朝ドラをほとんど見られなかった。
一般的な学生や職業人は皆そうだろう。
が、懐かしい記憶が蘇ってくるかもしれない。

井上真央が出演するようだ。
瀧本美織はコメントが紹介される。
忘れずに視聴したい。

                      ◇◆◇

朝ドラ「てっぱん」と瀧本美織など出演者に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月22日「中村玉緒、てっぱんナレーションのさじ加減」はこちら。

⇒2011年3月21日「てっぱん視聴率、出演者泣かせの無茶振り」はこちら。

⇒2011年3月8日「安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん」はこちら。

⇒2011年2月28日「瀧本美織の号泣…てっぱんヒロイン村上あかり」はこちら。

⇒2011年2月16日「てっぱん脚本は滅茶苦茶…十八番は唐突」はこちら。

⇒2011年2月14日「瀧本美織、バレンタインデーの手づくりチョコ」はこちら。

⇒2011年2月9日「てっぱん高視聴率のわけ…近藤良平ダンスの温かさ」はこちら。

⇒2011年2月8日「瀧本美織は燃えやすいぞ、と…てっぱん」はこちら。

⇒2010年12月13日「てっぱんの失敗、瀧本美織の涙」はこちら。

⇒2010年11月23日「第1回てっぱんダンス収録会…大阪城公園集合」はこちら。

⇒2010年11月21日「てっぱんダンス…瀧本美織はだれと踊るのか?」はこちら。

⇒2010年11月20日「富司純子が本領発揮…てっぱんを仕切る凄み」はこちら。

⇒2010年11月9日「てっぱんの息切れと名言、瀧本美織の演技」はこちら。

⇒2010年11月8日「近藤良平てっぱんダンス、あれは私です」はこちら。

⇒2010年10月27日「てっぱん見どころは富司純子か瀧本美織か」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱん瀧本美織、人生の哲学と真理を語る」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」はこちら。

⇒2010年10月20日「てっぱん・瀧本美織、ひたむきな演技が最大の魅力」はこちら。

⇒2010年10月16日「てっぱん瀧本美織、前輪に笑顔、後輪に泣き顔」はこちら。

⇒2010年10月12日「ピエロ瀧本美織…てっぱん・強引・マイウエイ」はこちら。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

⇒2010年10月9日「てっぱん瀧本美織の涙、安田成美・遠藤憲一の味」はこちら。

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赤プリ最後のメルマガ…赤坂プリンスホテル閉館

私が会員登録を行っている「プリンスホテルズ&リゾーツ」から、「赤プリ 最後のメルマガ」が届いた。
そうか、3月31日閉館だった。

「赤プリ」の愛称で親しまれた都心の一等地の都市ホテル、千代田区紀尾井町の「赤坂プリンスホテル」が今月末に55年半の歴史に幕を閉じる。
最寄駅は、東京メトロ赤坂見附駅、永田町駅。
旧館・別館・新館の3棟で構成される。
2007年4月1日に「グランドプリンスホテル赤坂」に名称を変更したばかり。

青山通りをクルマで走ると、丹下健三が設計した地上40階建ての超高層ホテルが出現する。
これが新館。
空高くそびえる力強さ、そこに洗練と格調が備わった斬新なフォルムは見事である。
私は外観が好きだ。
1983年3月7日に開業し、客室数は 761室。
バブル期はトレンディスポットになった。

閉館の理由は、施設の老朽化、そして外資系ホテルの進出による競争の激化。
新館はまだ十分に使用が可能と思うが、取り壊されるというから驚きである。

私は横浜に引っ越してきて、都心で仕事の打ち合わせを行う際に1階ロビーのカフェラウンジを使用した。
雑誌の取材もここで受けた。

また、私は都心の企業研修や公開セミナー、講演でも、会場の近くにかならず前泊している。
講師として持ち歩く荷物が大きくて通勤電車に乗れないし、交通事情などで遅刻することが許されない。
過去に幾度か赤坂プリンスホテル新館(グランドプリンスホテル赤坂)に宿泊した。
最高のロケーションなのに、価格はリーズナブル。
館内に明るい解放感が広がる。
それなりにゴージャスな雰囲気、リッチな気分を緊張せずに味わえるのが魅力…。
名門の都市ホテルに特有の堅苦しさがない。
“部屋割り”の都合なのだろう、通常の料金でビジネススイートに連泊できたこともあり、きわめて快適だった。

私にとって一番の思い出は、講師を務めるために宿泊した折、息子と彼女に部屋を取ってやれたこと。
二人のうれしそうな表情を見て、私も幸せな気持ちになった。

◆書き加え1(3月25日)

このブログはかなり前に書いた。

グランドプリンスホテル赤坂が、閉館後の4月上旬から福島第1原発の避難者を受け入れると東京都に申し出た。
きのう、石原慎太郎知事が記者会見で明らかにした。

6月末日までの3カ月弱、全客室が避難所として提供される。
百平方メートル弱の和室スイートルームを含む約7百室。
収容人員は最大1600人。

同ホテルの運営会社は長年の愛顧に対し、社会的に有意義な恩返しができる。
赤プリ最後の務めとなった。

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薬師丸ひろ子、セーラー服と機関銃の快感

3月10日、私は講演のコンテンツの作成に追われていた。
深夜、デスクワークに没頭していたとき、つけっ放しのNHK総合テレビから「薬師丸ひろ子」の歌声が流れてきた。
耳にしたのは、思い出せないほど前。
番組は「SONGS」。
薬師丸ひろ子(本名は博子)は1964年生まれ。
歌手デビュー30周年とか・・・。

私は結婚し、定収入がなかったので、家族が食べていくことに精一杯だった。
すべてのエネルギーを注いでも間に合わなかった。
自分のために必死に働いた経験はなかったが…。
両親がなぜあんなに頑張れたのかも実感として分かった。

・・・1981年、薬師丸ひろ子が現れた。
透き通った歌声と天然の歌い方が、私のどこかに残っていた「青春」を揺さ振った。
「セーラー服と機関銃」。
17歳、歌手デビュー。
同名の映画の主題歌(以下、同じ)。
作詞は来生えつこ、作曲は来生たかお。
楽曲も映画も大ヒット。
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった「角川映画(角川春樹事務所)」の看板女優になった。
ときどき挨拶を交わしていた近所の女の子が突然、スクリーンに登場した印象…。
薬師丸ひろ子が機関銃を乱射しながら「快感」と叫ぶシーンは、当座の食い扶持を得る仕事に忙殺されていた自分を解き放ってくれるようで気持ちがよかった。
伸びやかな歌声が、私を日常のかなたへ運んだ。
「セーラー服と機関銃」は心に深く刻まれた。
渡瀬恒彦が出演。
なお、記憶が曖昧であり、おそらく公開終了後にテレビで視聴か(以下、同じ)。

1983年、「探偵物語」。
長身の松田優作が出演。

1984年、「メイン・テーマ」。
なぜか楽曲しか記憶がない。

1984年、「Woman “Wの悲劇”より」。
20歳。
映画の題名は「Wの悲劇」。
三田佳子が出演。
また、世良公則が出演。
私が学生時代から結婚前後にかけて幾度も訪れた「井の頭公園」近くの安アパートに住んでいるという設定。
とても懐かしい光景だった。

薬師丸ひろ子は少女から大人へ。
大きな壁にぶつかり、行き詰まりを感じていた。
女優をやめよう・・・。

アルバム「古今集」をリリース。
「SONGS」では「元気を出して」を歌った。
作詞・作曲は竹内まりや。
薬師丸ひろ子によれば、とても難しい楽曲らしい。

私は薬師丸ひろ子の気が強そうな格好の悪い鼻が好きだ。
身長 155センチメートル。
前の妻が 152センチメートル、いまの妻が 154センチメートル。

                      ◇◆◇

私の心に残る「青春の名曲」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月17日「財津和夫・心の旅、青春の影…BS2コンサート」はこちら。

⇒2010年12月21日「山下達郎クリスマス・イブ…絶句する完成度」はこちら。

⇒2010年12月22日「JR東海クリスマス・エクスプレス赤い口紅CM」はこちら。

⇒2010年12月30日「チューリップ・青春の影…財津和夫の苦悩と葛藤」はこちら。

⇒2011年2月12日「天才・山下達郎の後悔…クリスマス・イブ」はこちら。

⇒2011年2月13日「遠距離恋愛カップルの逢瀬…バレンタインデー」はこちら。

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受講生の胴上げが始まった…提案営業コース

和田創研が全講師をコーディネートして派遣する、九州生産性大学の「提案営業マネージャー養成コース」。
日程は「2日×7回=14日間」。
私自身もこのうちの「2日×4回=8日間」を担当し、“本物の提案営業”の指導に当たる。

「皆、覚悟せよ。 提案営業研修」はこちら。

さて、昨年の受講者から丁寧なメールが寄せられた。
返信しなくてはと思っていたら年末にパソコンがクラッシュし、再度送信していただいた。
企業名や個人名など差し障りのある個所を伏せたうえで以下に紹介する。

                       ◇

九州生産性大学でお世話になりました。
天下の和田創講師から「敬意を表する」などとブログに書かれ、恐縮しております。
どうも私は子どもの頃から回りに「こいつならできて当たり前」と思われていたようで、妻以外に褒められるという経験がなく、びっくりし、またうれしかったです。

太鼓判まずは、ご報告から・・・。
12月10日の修了記念パーティーでは、うちの講座(和田創注:提案営業マネージャー養成コース)だけが異常に盛りあがっていました。
“胴上げ”が始まり、記念撮影では皆、満面の笑みでした。
全員からものすごい達成感が溢れ出ていて、苦労が偲ばれます。
私は10月に「安全衛生管理者」の受験と「社内レポート」の提出があり、それがこの講座の「課題提出(和田創注:提案書作成)」と重なって倒れそうでした。
ところが、11月16日のブログで紹介された他の受講生のメールを読んで、「なあ〜んだ、みんな一緒だったんだ」と一人納得しました。

ちなみに、「社内レポート」は1ページ以上を求められたのですが、私は大がかりな“社内改革案”をつくりました。
この講座で習得した「和田創方式提案書フォーム」に従い、堂々の12ページ。
ただし、あえて「内容」と「方法」の欄にそれなりのブランクを残しておき、さらに「備考」の欄に「このレポートの空白部分を埋めるのは、経営者と経営企画部の仕事である…」と書き込みました。
また、表紙の右上に「血圧上昇注意」の赤文字を入れました。
そのうえで、取締役業務統括本部長と取締役経営企画部長に提出しました。

結果、ゴルフコンペの打ち上げの席で経営企画部長から「読んでいて腹が立った。分かっていて、なかなかできないことを他人から言われるのはつらい」と笑顔で話しかけられました。
その隣の業務統括本部長から「これは5年かかるよ」、「いいや、10年」。
私は上司に恵まれています。

この上司が、1月18日に財団法人九州生産性本部で開催される和田創講師の「営業変革トップセミナー」に営業部長を送り込みます。
また、来年度の「提案営業マネージャー養成コース」に営業課長を送り込みます。
我が社のために、どうか“地獄”を見せてやってください。
よろしくお願いします。

認定証PS.
私の弱点である国語力、持久力、対人コミュニケーション力の三つをフル活用しなければならなかったこの講座は非常にやりがいがあり、楽しかったです。
このような面白いセミナーにお金を出してくれた会社に感謝します。
そして、だれよりも、楽しい時間を提供してくださった、和田創講師に感謝します。

                       ◇

以上。
まことにありがとうございました。
私が指導する「提案営業」は、営業が顧客を対象とする場合に限定されない。
「我以外皆客也」。
上層部や他部門など、あらゆる“社内提案”に適用できる。
とくに「和田創方式提案書フォーム」は練りあげられており、汎用性がきわめて高い。
万事に通用する完成度が自慢。

なお、本年度から名称が「提案営業マネージャー養成コース」から「提案営業実践コース」に変更される。
カリキュラムの骨格は同じだが、提案営業の管理よりも実践をさらに重視した。
受講申し込みの締め切りはまだ先だが、すでにそれなりの人数に達しているようだ。
心より感謝したい。

                      ◇◆◇

九州生産性本部、福岡県中小企業家同友会の営業講演、提案営業セミナーに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年11月15日「松下奈男&向井理子…提案営業太鼓判&認定証」はこちら。

⇒2010年11月16日「どうしてもお礼を伝えたい…地獄の提案営業研修」はこちら。

⇒2010年12月9日「提案営業…MBA学生、セミナー受講者の絶賛」はこちら。

⇒2011年3月3日「提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会」はこちら。

⇒2011年3月3日「物流業界・物流会社の提案営業研修…業績テコ入れ」はこちら。

⇒2011年3月7日「提案営業勉強会の衝撃…中小企業家同友会仲間」はこちら。

                      ◇◆◇

営業強化・再建、営業教育・指導に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月2日「提案営業セミナーの気づき、人気と評価」はこちら。

⇒2011年2月15日「社内に波風を立てる…外部講師の意義と役割」はこちら。

⇒2011年2月14日「社員教育の機会均等は負け組企業への道」はこちら。

⇒2011年2月10日「営業講師・経営講師の使命と価値、実力と評価」はこちら。

⇒2011年2月9日「全員最高評価の営業セミナーアンケート」はこちら。

⇒2011年2月8日「SMBC提案営業セミナー、毎回感動、30回開催」はこちら。

⇒2011年2月7日「部品メーカー、下請け・孫請け社長の受注活動」はこちら。

⇒2011年1月26日「大田区町工場を救え…社長の受注強化セミナー」はこちら。

⇒2011年1月25日「名古屋地場製造業が苦しい…社長セミナー」はこちら。

⇒2011年1月24日「新規開拓を活発にする…SMBC実践営業塾」はこちら。

⇒2011年1月22日「ぎっくり腰講師…営業再建・社長向け講演」はこちら。

⇒2010年11月16日「どうしてもお礼を伝えたい…地獄の提案営業研修」はこちら。

⇒2010年10月28日「仕事がない…何と愚かな言葉だろう」はこちら。

⇒2009年11月4日「社長の悲鳴…中小製造業・零細町工場」はこちら。

⇒2008年12月4日「トヨタ系部品メーカーの悲鳴」はこちら。

⇒2008年11月27日「トヨタに命を預ける…太っ腹経営者」はこちら。

⇒2008年10月27日「やはり名古屋はトヨタ頼み」はこちら。

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コンサルティング営業セミナー…中企大広島校

先だって中小企業大学校広島校から「コンサルティング営業セミナー」の講師の依頼が寄せられた。
私にぜひというお誘い。
3日間+2日間=5日間コース。
内容は、コンサルティングセールスの思想とソリューションセールスの技術に基づく「提案営業」の講義である。
ところが、そのうちの1日は確定、1日は仮押さえが入っており、先方が希望する日程を取れない。

中小企業大学校の受講者は、派遣元の社長が勉強熱心であり、概して優秀。
文字どおり中小企業の社員が中心になるが、レベルは大手企業の社員とそれほど遜色がない。
大手企業は明らかに優秀な「人財」がいる反面、意識も意欲も低い「人罪」が大勢いる。
後者を指導していると、絶望的な気分になる。
中小企業大学校の受講者はおおよそ粒ぞろいであり、講師として遣り甲斐を強く感じる。
また、彼らとの交流は刺激的であり、学ぶところも多い。

仮押さえで一向に構わないので、早めに日程を知らせてほしかった。
そうすれば、空けておいた。

実は昨年、受講者から突出した評価を得たが、カリキュラム自体にかなりのムリがあった。
中小企業大学校のためにということでないが、5日間研修の内容(教材)に思い切った改訂を施し、完成度を高めた。
私はとても残念・・・。

                       ◇

先日、和田創研に社員百名弱の中小企業から電話で「中小企業大学校で提案営業を教えていませんか」という問い合わせが入った。
首都圏の会社だった。
私は、SMBCコンサルティングや三菱UFJリサーチ&コンサルティング、みずほ総合研究所、りそな総合研究所、浜銀総合研究所など都市銀行や地方銀行のシンクタンクで「提案営業セミナー」の講師を務めている。
そうした主催者との兼ね合いもあり、中小企業大学校東京校では教えていない。

                      ◇◆◇

中小企業大学校提案営業セミナーの受講者の感想・評価に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年7月23日「中小企業大学校広島校営業セミナーアンケート」はこちら。

⇒2010年7月30日「中小企業大学校広島校提案営業セミナー感想」はこちら。

                      ◇◆◇

「和田創 プロ講師養成塾」シリーズは以下のとおり。

⇒2010年5月11日「次世代が育たない…プロ講師養成塾」はこちら。

⇒2010年5月12日「セミナーアンケート…プロ講師の常識」はこちら。

⇒2010年5月13日「プロ講師の心得…講義の内容と表現の評価」はこちら。

⇒2010年5月14日「教えたら育たない…教育を解釈する」はこちら。

⇒2010年5月27日「講師とは自己否定である…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年5月29日「『営業講師の大ベテラン』にショック!」はこちら。

⇒2010年6月16日「講師にとっての顧客とは?…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年6月18日「プロ講師のなり方…地獄をくぐり抜ける」はこちら。

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中村玉緒、てっぱんナレーションのさじ加減

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
ヒロイン・村上あかり役を生き生きと演じる瀧本美織が、ベテランを含めた出演者を最後まで引っ張った。

この朝ドラの盛り上げに一役買っているのが、中村玉緒のナレーションである。
とくに2月頃から話し方もトーンも変わり、エンジン全開になってきた。
私は、中村玉緒が「てっぱん」のシナリオの破綻というか無理難題に“ツッコミ”を入れ、かなりカバーしていると感じた。
さすが・・・。

以下は、「てっぱん」公式サイトによる。

中村玉緒は、ナレーションは初経験とのこと。
ずっと前からやってみたかった。
ときにドラマや出演者に話しかけるが、出しゃばりすぎてはいけないと戒めた。
あくまで「黒子」を自覚し、全体の邪魔にならないように“さじ加減”に気を配った。
ナレーターと役者の距離感を大切にするため、「てっぱん」の撮影スタジオにほとんど顔を出さなかったようだ。

視聴者はもちろん、出演者の感想が耳に入ってくることがある。
評価が高い。
この朝ドラの人気に貢献している。

                      ◇◆◇

朝ドラ「てっぱん」と瀧本美織など出演者に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月21日「てっぱん視聴率、出演者泣かせの無茶振り」はこちら。

⇒2011年3月8日「安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん」はこちら。

⇒2011年2月28日「瀧本美織の号泣…てっぱんヒロイン村上あかり」はこちら。

⇒2011年2月16日「てっぱん脚本は滅茶苦茶…十八番は唐突」はこちら。

⇒2011年2月14日「瀧本美織、バレンタインデーの手づくりチョコ」はこちら。

⇒2011年2月9日「てっぱん高視聴率のわけ…近藤良平ダンスの温かさ」はこちら。

⇒2011年2月8日「瀧本美織は燃えやすいぞ、と…てっぱん」はこちら。

⇒2010年12月13日「てっぱんの失敗、瀧本美織の涙」はこちら。

⇒2010年11月23日「第1回てっぱんダンス収録会…大阪城公園集合」はこちら。

⇒2010年11月21日「てっぱんダンス…瀧本美織はだれと踊るのか?」はこちら。

⇒2010年11月20日「富司純子が本領発揮…てっぱんを仕切る凄み」はこちら。

⇒2010年11月9日「てっぱんの息切れと名言、瀧本美織の演技」はこちら。

⇒2010年11月8日「近藤良平てっぱんダンス、あれは私です」はこちら。

⇒2010年10月27日「てっぱん見どころは富司純子か瀧本美織か」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱん瀧本美織、人生の哲学と真理を語る」はこちら。

⇒2010年10月23日「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」はこちら。

⇒2010年10月20日「てっぱん・瀧本美織、ひたむきな演技が最大の魅力」はこちら。

⇒2010年10月16日「てっぱん瀧本美織、前輪に笑顔、後輪に泣き顔」はこちら。

⇒2010年10月12日「ピエロ瀧本美織…てっぱん・強引・マイウエイ」はこちら。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

⇒2010年10月9日「てっぱん瀧本美織の涙、安田成美・遠藤憲一の味」はこちら。

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てっぱん視聴率、出演者泣かせの無茶振り

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
放送終了まで2週間ちょっとになった11日午後、「東北地方太平洋沖地震」が起こった。
これにより、12日に放送が中断した。
そして、19日に放送が再開した。
1週間分(6日分)が飛んだ。

きのう、午後の時間帯に過去6回分がほぼ連続で放送された。
中断分でない。
おそらく毎週土曜日に放送されていた1週間分の再放送だろう。
本来なら12日。
それがやはり飛んだ。

私は大震災により、3月半ば〜5月に予定されていた企業での講演や研修が中止になった。
つまり、取りやめ。
3社を数える。
また、1社は延期になった。
未曽有の大災害であり、勉強どころでないと判断したのだ。
いずれの企業も業務に深刻な支障が出たり、いわゆる「災害特需」への対応を迫られたり…。

「東北地方太平洋沖地震」による死者は1万人に迫り、1995年1月17日の「阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)」を大きく上回って戦後最悪。
おもに津波被害である。
しかも、警察に届け出のあった行方不明者と合わせると2万人を超えた。
消息が分からない人も大勢・・・。

今回の大震災で私個人が相当な影響を受けているくらいだから、日本全体が混乱しきっている。
社会も経済も生活も…。
が、被災者のことを思えば、皆が我慢しなくてならない。
一日も早い復興を願う。

                       ◇

ところで、「てっぱん」はシナリオが破天荒であり、私は役者泣かせだと思う。
台本(脚本)に従って演じているわけだが、出演者は“無茶振り”に近い受け止め方をしていたのでないか。
ベテランは何とかこなし、若手は体当たりで乗り切った。
皆、汗だく…。

人はだれしも二面性や多面性を持っているにしろ、出演者は表情や仕草、言い方をころっと変えなくてならない。
それが“記号”のように映り、私などは白けてしまう。
あまりに不自然。
シナリオに無理が多いからだ。
これが「てっぱん」の視聴率に幸いしたか?
案外、人気の要因かもしれない。

「てっぱん」の主要キャストのなかで、わりと自然な演技が許されたのはヒロイン・村上あかり役の瀧本美織、育ての親・村上真知子役の安田成美の二人くらいでなかろうか。
とくに19歳の瀧本美織は怖いもの知らずで、まっすぐ、のびのび、はつらつ。
この朝ドラのなかで実際に生き、実際に暮らしているようだった。
演技が達者なこともあり、“素”に見えるほどだ。

⇒2011年3月8日「安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん」はこちら。

「てっぱん」は放送終了が迫る。
葉加瀬太郎作曲の「ひまわり」を聞けるのも、近藤良平振り付けの「てっぱんダンス」を見られるのも、残りわずか・・・。
前者は旋律が美しく、朝ドラでさまざまなアレンジがなされている。
後者は踊りが温かく、関西・中国地方を中心に大勢の視聴者を巻き込んでいる。

                      ◇◆◇

朝ドラ「てっぱん」と瀧本美織など出演者に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月8日「安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん」はこちら。

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⇒2010年12月13日「てっぱんの失敗、瀧本美織の涙」はこちら。

⇒2010年11月23日「第1回てっぱんダンス収録会…大阪城公園集合」はこちら。

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スマートフォン新品無料交換…ドコモショップ

NTTドコモのスマートフォン「XPERIA(エクスぺリア)」
製造は、「Sony Ericsson(ソニー・エリクソン)」。
私は、仕事に便利なので、昨春の発売と同時に購入した。
実際、画期的だった。
ところが、昨年の暮れぐらいからバッテリーが弱ってきたのか、フルに充電しても電池が早く切れるようになった。
使用頻度が高い人は、3〜4カ月でバッテリーが消耗すると聞いたことがあり、私はこの時点で8カ月以上経過している。
年明け、1月、2月とすぐに電池が切れるようになった。
フルに充電しても、目が覚めるとスマートフォンの電源が落ちている。
日中、仕事にちょっと使うとお仕舞い。

そこで、横浜市営地下鉄センター北駅前の「ドコモショップ」に行き、バッテリーを交換した。
幸いポイントが貯まっていて、その範囲内で購入できた。

やれやれと思ったら、先の状態がまったく改善しない。
エクスペリア本体の故障を疑うしかなくなり、再び同店を訪れて修理を依頼した。
カウンターで女性スタッフとやり取りするなかで、新品と交換してもらえることになった。
私は拍子抜け・・・。

途端に快調。
私は「エクスぺリア」を使いこなせるわけでないが、かなりの改良が加えられたように感じる。
明らかに使いやすくなっている。

1年の保証期間内であり、新品を手にすることができた。
同店に持ち込むのが3週間遅ければ修理、それも有料。

以下に、「ドコモスマートフォンと浅田真央」と題する2010年4月4日のブログをほぼそのまま収める。

                      ◇◆◇

4月1日、港北ニュータウンのヤマダ電機のケータイ(?)売り場は活気に溢れた。
NTTドコモのスマートフォン「XPERIA(エクスペリア)」が発売されたからだ。
表記は、「Xperia」か。
事前予約者を中心に大勢が駆け付けた。
テレビで繰り返し報道されたのでご存知の方が多いだろう。

ボディカラーはブラックとホワイトの2タイプ。
ブラックの背面の艶消しのような高級感そして感触(手触り)は魅力的だったが、私は性格が暗いので明るいホワイトを選んだ。
この土日、家電量販店は契約カウンターがパンクしているのでないか。
品切れになっている?

エクスペリアは、製品の開発はソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズが行った。
先行した「iPhone」は端末自体のスペック競争と決別するもので、画期的だった。
ハードウェアからソフトウェアへ、進化の軸足を移した。
結果として、人によりアプリケーションや使用法が大きく異なる。
俗っぽい言い方だが、その対抗機種。

ドコモは力が入る。
「iPhone」を追撃するため、ハードはいきなり実質的な値引き。
2年利用を条件に3万円台前半と、最新モデルのケータイ(人気の「AQUOS(アクオス)ケータイ」ほか)の半値近く。
これを24分割した金額が請求に上乗せされる(一括払いも可)。
スマートフォンは多機能・高機能なので月々の利用料が高くなり、端末の価格を抑えてもキャリアはやっていける。

以下は、購入した理由。
私は出張が多く、かならず「パスファインダートロリー」を引っ張っている。
このアウトポケットにノートパソコンがすっぽりと納まっている。
ソニーの「VAIO(バイオ)」。
講演やセミナー、研修の合間に、あるいは外出先でちょこちょこインターネットやメールを覗かなくてならない。
その都度、パソコンを取り出し、セットし、立ち上げ、そして元の位置に戻す。
動作も通信速度も遅く、この時間がバカにならない。
このブログは移動時に、あるいは宿泊先で書き溜めているので、今後もノートパソコンは持ち歩くが…。
スマートフォンへの買い替えは、仕事への投資である。

私は早速、フィギュアスケート女子の浅田真央とキム・ヨナを見た。
4インチの液晶ディスプレイが鮮明で、二人がきれいなのか画像がきれいなのか分からなくなる。
思わずニヤリ…。
が、そのために買ったわけでないと気持ちを引き締める。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

ちなみに、従来はカメラさえついていないペラペラのモデル(ケータイ)を持ち、電話とメールに用いるのみ。

私は時間に追われっ放しで、エクスペリアのマニュアルを読んでいない。
にもかかわらず、最低限の機能はかろうじて使える。
これでスマートフォンもノートパソコンもソニー製。
きのうパーティでエクスペリアを使っていたら、若い女性が「先生、早いですね」。
「スマートですから」と私。

ただし、4月1日の発売を絶対条件として開発を急いだせいか、ソフト面の完成度が低い?
確かに、これより遅れると年間最大の商機を逃してしまう。
エクスペリアは、メカ音痴で年寄りの私には操作が複雑に感じられる。
少なくとも“分かりにくさ”は残る。
もっとシンプルにできるはず。
まもなく多彩なアプリケーションが出揃う。
また、秋には「iモードメール」が使える(いまは不便)。

スマートフォン市場が爆発しそう。
ケータイから猛烈なシフトが起こるのでは…。
使いこなせる人は断然こちらでしょう。

私は、アンドレア・ボチェッリの「カルーソー」を聞く。
ユーチューブの動画。
音質は十分だ。
ルチアーノ・パバロッティも歌ったルーチョ・ダッラの名曲。
思わずうっとり…。
が、そのために買ったわけでないと気持ちを引き締める。

⇒2009年12月6日「ボチェッリのカルーソー」はこちら。

余談。
「Xperia」と似た舌を噛みそうなネーミングの大型商業施設が東京ディズニーリゾート(ランド&シー)の近くにあった?

2010年度の東京ディズニーリゾートは、新設された2つのアトラクションが好評だったことなども寄与し、前年度に続いて過去2番目の入場者数(入園者数)を記録した。
2580万人強。
新型インフルエンザの流行も何のその。
テーマパークで独り勝ち!

⇒2009年11月8日「上海ディズニーランドへの期待値」はこちら。

オリエンタルランドがディズニーのブランドを借りずに「ハウステンボス」を運営したらどうなるか?
私は見てみたい。
建て直せるところは、同社くらいしか思い浮かばない。

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坂上二郎と萩本欽一、コンビの絆…コント55号

3月10日、コメディアン・坂上二郎(愛称は二郎さん)が脳梗塞で亡くなった。
享年76歳。
悼む間もなく、翌日に東北地方太平洋側で大地震が起こった。

1966年、坂上二郎は萩本欽一と「コント55号」を結成した。
私は都立墨田川高校1〜2年生の頃、確か「恩師」をテーマとしたコントに爆笑した記憶がある。

長年連れ添った萩本欽一(愛称は欽ちゃん)は、東北新幹線の全面運休により、12日の通夜に間に合わなかった。。
13日、JR在来線で宇都宮に着き、タクシーに乗り換えて午前11時過ぎに栃木県那須塩原市内の斎場に駆けつけた。
遺言(口頭)に従って「家族葬」が営まれた。
萩本欽一は最後の別れを行ったが、棺のなかの顔は見なかったらしい。
「二郎さんの足元にも及ばなかったよ」とつぶやきながら、足のほうに花を入れた。
出棺時に遺影を持ち、坂上二郎の代名詞のギャグで送り出した。

私は萩本欽一が69歳と知った。
二人は年齢が近いと思い込んでいたが、かなりの差があった。

                       ◇

「コント55号」はとにかく面白かった。
しかし、当時は萩本欽一が嫌いで、坂上二郎が好きだった。
私は、お気に入りのコンビについては、二人ともそれなりに好きなので、不思議な経験である。

萩本欽一がわざとらしく感じて白けてしまい、どうも苦手だった。
独特のしゃべり方も関係していたように思う。
いまは冷静に見られるし、好き嫌いの感情にあまり左右されなくなった。
萩本欽一の努力を受け入れることができる。
功績も凄い。

天才と天才が浅草で出会い、コンビを組んだ。
が、坂上二郎は萩本欽一よりも才能は上だったと思う。
が、萩本欽一が坂上二郎の才能を限界まで引き出したとも思う。
坂上二郎は、萩本欽一の無茶なエネルギーを吸収してしまう懐の広さがあった。
二人の絆は外部からうかがい知れない。

                       ◇

以下は、ウィキペディアから抜き書き。

1953年、「NHKのど自慢コンクール」で鹿児島県代表に選ばれ優勝した。
この記述は、日本一になったという意味なのか?

これをきっかけに、歌手を目指して上京する。
青木光一の付き人や島倉千代子の専属司会者など、さまざまな職業を経て、獅子てんや・瀬戸わんや門下へ。
やがてストリップ劇場「浅草フランス座」のコメディアンとなり、幕間コントで萩本欽一と共演した。

1966年、キャバレーの営業などで食いつないでいたとき、萩本欽一と再会したことが大ブレークにつながった。
マージャンのメンバーが足りず、たまたま呼び寄せたようだ。
坂上二郎は芸能界から足を洗うことをすでに決めていた。
奇跡的な縁・・・。
即席コンビのつもりが、浅草松竹演芸場、日本劇場などで人気を博した。
折からの演芸ブームに乗り、コント55号はすぐにテレビに引っ張りだこになった。

1974年、歌手として「学校の先生」がヒットした。
1976年、コンビの活動が中断し、それ以降はテレビドラマや映画、舞台で俳優として活躍した。

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三陸は壊滅…東北地方太平洋沖地震

2011年3月11日、14時46分、東北地方から関東地方北部にかけての太平洋沖で巨大地震が起こり、それにともない沿岸部に巨大津波が押し寄せた。
震源は三陸沖、深さは24キロメートル。
国内では観測史上最大のマグニチュード 9.0。
1900年以降、世界でも4番目の規模である。
宮城県栗原市で震度7の揺れを記録した。
私が暮らす横浜市でも震度5を記録した。
3月9日〜10日に起こったのは「前震」だったのでないかという声が上がっている。
私はこの言葉を初めて知った。
ちなみに、1923年の「関東大震災(大正関東地震)」はM 7.9。

この地震(本震)を含め、3つの地震が5分ほどの間に連動して発生した。
震源域は岩手県沖から茨城県沖にわたる。
西北西−東南東方向に圧力軸をもつ逆断層型の海溝型地震とのこと。
破壊された断層は南北に5百キロメートル、東西に2百キロメートル。
これにより「阪神・淡路大震災」の千倍のエネルギーが放出されたらしい(新聞報道による)。

地震発生後、北海道から千葉県にかけて大津波が襲った。
なかでも岩手県、宮城県、福島県では海岸部の集落が丸ごと飲み込まれた。
津波が高さ10メートルの防潮堤を乗り越えた地域もある。
さらに、津波襲来後に大規模な火災が発生した。
結局、日本のすべての沿岸地域で大津波警報、津波警報、津波注意報のいずれかが発令された。

気象庁は当日、一連の地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。
より正確には「東北・北関東太平洋沖地震」でなかろうか。
報道機関(マスコミ)は「東北関東大震災」「東日本大震災」「東北・関東大地震」「東日本巨大地震」「東日本大地震」などと呼称している。
いずれも表現が的確でない。
一言で括れないくらい広域かつ深刻な災害だからだろう。

今回の地震は東北地方と関東地方北部に直接、甚大な被害をもたらした。
何よりも大勢の人命が失われた。
さらに、日本の社会・経済・産業に、また国民の生活全般に深刻な影響を及ぼしている。
加えて、原子力発電所の損傷による放射能漏れが発生した。
こちらも重大な懸念である。

このブログでは、大震災とそれに関わる事柄をなるべく取りあげない。
マスコミ報道がすべて正しいと思わないが、未曽有の災害時には“取材”を経た情報を判断材料としてほしい。
裏付けのないものは不安を増幅させ、混乱を深刻にするだけである。

私たちは金銭・物資・労力の提供など、自分にできる範囲で“何か”を実行すべきだ。
一人ひとりがたとえささやかであっても被災地や被災者に手を差し延べるなら、大きな助けになる可能性がある。
言葉より「行動」で示そう。

                       ◇

私は、昔のことなので記憶が曖昧だが、今回の津波で最悪の被害が出た「三陸沿岸」を数回は訪れた。
「宮古」から電車やバスで南下して「釜石」「大船渡」「陸前高田」「気仙沼」「石巻」まで。
少ないところで2〜3回、多いところで5〜6回?
明治大学の学生だったが、生活の必要で楽譜専門卸(問屋)・松沢書店の一員として主要な書店を巡った。
名前はうろ覚えだが、「山田屋旅館」に泊まることをとても楽しみにしていたのでは…。
きわめてリーズナブルな料金なのに、新鮮な海産物がふんだんな夕食付きだった。
ただし、これに関しては、はなはだ不確か。

テレビに映し出される三陸地方の惨状は目を疑うものだった。
海と山に挟まれた平野に形成された市街地は壊滅。
住宅が残っておらず、辺り一面、瓦礫の山。
私は、食べるために飛び回っていた青春時代の思い出がオーバーラップした。
あまりのひどさに、被災地と被災者にかける言葉が見つからない・・・。

                       ◇

今回の地震後しばらく気象庁による「緊急地震速報」が1日に何回も流れた。
テレビ画面に「強い揺れに警戒」と出る。
精度が低く、誤報と思われるものが多かった。
そのたびに緊張を強いられる。
現状ではやむをえないのだろう。
確かに、用心第一、安全第一、人命第一なのだが・・・。

長野県や新潟県、静岡県でも強い地震が発生した。
あちこちで地震活動が活発になっている?
日本列島全体が激しく揺れている。

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すべてを失い、命が残る

大津波が三陸沿岸を襲った。
テレビ各局で、数日後の市街地の惨状が映し出されている。

自宅があった辺りに呆然と立ち尽くす被災者・・・。
建物は壊れ、流されて、集落の瓦礫に覆われている。
生きた痕跡も、暮らした痕跡も見つけられない。
うなだれた肩と背に、うっすらと雪が積もっている。

・・・すべてを失い、命だけが残った。

                       ◇

また、数日振りに再会を果たした家族の様子も映し出されている。
笑顔、抱擁、涙…。
一時は諦めかけていた。
互いの無事を喜び、幸せを噛みしめる。
が、すぐに近所や仲間の安否が気になりはじめる。

避難所の人々にも身内の安否が分かってきた。
朗報に顔が輝いたり、声を上げたりする。
が、すぐに周囲の気持ちをおもんぱかる。

容赦ない明暗である。

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営業マンこそ会社をつくろう…MBA起業講座

先週日曜日のブログ「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」に続いて「高橋大輔は2位じゃダメなんでしょうか」をアップする予定だった。
原稿の土台はだいぶ前にできており、いくらか手を加えるだけなのだが、そのわずかな時間が取れない。
後日に回すことになり、申し訳なく思う。

私は講演会の準備に打ち込んできた疲れが噴出し、ぐったりとしている。
が、企業内での講演会に向けて再び準備に追われる…。

先だってSBI大学院大学(MBA)で私が受け持つ「実践営業論」の学生(といっても社会人)の評価を行った。
おもな課題は重点顧客に対する「提案書」の作成である。
かなり大変。
今回はそれなりの力作が届き、講師を引き受けてよかったと思えた。
お疲れさま。

                       ◇

起業の教科書 ―次世代リーダーに求められる資質とスキル昨年7月下旬に東洋経済新報社から刊行した『起業の教科書』。
技術書のような値段にもかかわらず、再版がかかった。
SBI大学院大学の教官による執筆だが、私はかなりのページ数を受け持った。
初の共著に、競争心が猛烈に刺激された。
かなりの気合を入れて原稿を練りあげた。

このブログで述べたとおり、私は楽しみにしていた初版を手にして目を疑った。
著者校正が終わった後、原稿が勝手に書き換えられていた。
しかも、内容がゆがんだり、間違ったり…。
揚句、主張が反対になった。

再販ではそうした誤りをすべて正した。
つまり、私の原稿に戻った。
やれやれ…。

私はこれまで自著の初版を2冊ずつ保存してきた。
この本については再販が1冊のみ。
悪夢のような初版は手元に残さなかった。

幸い、『起業の教科書』は読者から高い評価をいただくことができた。
頑張って執筆した甲斐があった。

⇒2010年11月18日「私費で提案営業を学ぶ…『起業の教科書』に感動」はこちら。

⇒2010年7月27日「起業の教科書・正誤表…SBI/東洋経済」はこちら。

                       ◇

ところで、私が『起業の教科書』において主張したかった眼目は、「営業マンこそ会社をつくろう」ということだった。
経済は衰退が深まり、国民は若い世代を中心に働く場所を得られない。
日本を覆う重苦しい閉塞感を打ち破るには、起業が活発にならなければならない。
ついては、営業力があれば起業を円滑に、しかも確実に進められる。
数人の会社は社長の営業力で十分に回っていく。

もう一つ。
営業マンが会社をつくらないまでも、緩やかな意味での「営業」による出会いと巻き込みを重視したネットワーク型の起業を推奨したかった。
個人が一切合財を投じて挑戦するのではリスクが大きすぎる。
若い世代、とくに就職氷河期の学生には数人の仲間と「遊び」の延長で起業を楽しむようになってほしい。
“ごっこ”でよし。

大学を出て会社に入るといった決まりきった人生を歩めないことは、幸せへの大きなきっかけになる可能性がある。
どうせ会社は自分を守ってくれない。

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井上雄彦、人気漫画家の創作を支える信念

井上雄彦の大ヒット作『SLAM DUNK』。
国内発行部数は1億部を突破する。
ウィキペディアによれば、日本におけるバスケットボールブームの火付け役となった。

井上雄彦はとくに興味があったわけでないが、高校時代に友人に誘われてバスケットボール部に入部し、主将を務めるまでに…。
子どもの頃から絵を描くことが好きで、高校卒業の頃には漫画家になることを意識しはじめた。
やがてバスケットボールを題材にしようと決めた。
当時そうした漫画がなく、井上雄彦は自分が描くまではだれもやらないでほしいと願ったらしい。

                       ◇

だいぶ前、NHKが井上雄彦の仕事ぶりを紹介した。
ひりひりするような切迫感が職場にみなぎる。
私は自分が甘いとつくづく思った。
締め切りに追われっ放しとは、期待に追われっ放しということだろう。
いつも極度の緊張を強いられる。
忍耐はもとより立ち向かう勇気がなくては、その重圧に押し潰される。
読者への約束を守ろうと苦闘する姿は壮絶であり、痛ましくさえあった。

私は高が知れているが、フリーランスのプランナーとして締め切りに追われた時期が長かった。
多いときは10本くらいの仕事を抱えた。
40代になり、体力的な限界を感じて講師商売へ転じた。
一応先生なので、主導権を握れる。
そうした生活に浸るうちに、私は当時の切迫感をすっかり忘れてしまった。

50代半ば以降、とくにここ1〜2年は自分商品(コンテンツなので、作品と言えなくもない)の開発を続けていながら、いつまで経ってもゴールにたどり着けない。
自らに課した締め切りを守れない。
原則無休で働いていても、本質は仕事嫌いなのだろう。
絶体絶命のところに追い詰められないと頑張れない性格が、還暦間近になってようやく分かった。
怠惰な私は案外、締め切り商売が合っていたのかもしれない。
大きな集中力を引き出してくれたようだ。

以下に、「井上雄彦の名言、仕事の流儀…睡眠とは仮眠」と題する2010年10月19日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は少し頑張れるようになった。
体調は依然として低迷しているが、精神面に持ち直しの兆しが出てきたように思う。
それだけのことで、とてもうれしい。

10月に入り、仕事に向かう時間がわずかながら、しかし確実に増えている。
私の場合には、自分に課した仕事のこと。
周りからこれをやれという指示、まして命令はない。
「締め切り」がないので、いくらでもさぼれるし、うやむやにできる。
それがつらい。
また、私の場合には、仕事は「知的生産」のこと。
これで十分といったゴールを決められず、半永久的に続けられる。
それがつらい。

私は10月から労働時間を手帳に記すことにした。
日々の振り返り、そして自分へのご褒美である。
3時間ごとに「☆」1個を与える。
ただし、自信を持って“集中”できたといえる時間。
これには、きょうの食いぶちを得るための労働は除外している。
例えば、講師やコンサルタントとして働くなどだ。
当座の仕事に深く感謝しているが、それはそれ。
あくまでも将来の成果に投じた時間に限定している。
それがこれからの豊かさを決定づけるからだ。

私は手帳に☆が付くと、大喜び。
まれに☆が2個、3個と並ぶと昇天。

                       ◇

先日、NHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」で人気漫画家の仕事部屋(オフィス)が映し出されていた。
いま番組公式サイトで調べたら、2009年9月15日「井上雄彦 闘いの螺旋(らせん)、いまだ終わらず」。
私はチャンネルを切り替えた際に、その再放送をたまたま見たのだ。

映像は深夜もしくは明け方。
漫画の締め切り日だったのだろう、アシスタントが頭から毛布をかぶり、ソファーで眠っていた。
若さゆえに、こうした場所でも睡眠を取れるし、体も傷めない。
私がフリーランスだった時代と同じ光景である。

井上雄彦(いのうえ・たけひこ)は「スラムダンク」「バガボンド」「リアル」と、メガヒットを連発している。
創作活動を支える信念は、「手に負えないことをやる」。
名言はたいてい正気でない。
井上雄彦ははたして眠っているのか。

ボスはアシスタントより多く眠れない。
自分がそうだった。

…思い出した。
私にとり睡眠とは「仮眠」のことだった。
45歳くらいまでの話。

家庭を持った20代半ば以降、まともに眠った例がない。
なぜ20年間もそうした毎日に耐えられたのか、謎である。

                       ◇

私は、とりわけ50代半ば以降、締め切りもゴールもない世界で働いてきたことになる。
終わりのない仕事にのめり込んでしまったと、ようやく気づいた。

締め切りもゴールもなければ、だれかにねぎらわれることもなく、だれかに褒められることもない。
自分が感じてきた「孤独」の正体は案外たわいない・・・。

◆書き加え1(10月17日)

私は昔、これとは違ったやり方で手帳に記していた。
自分ができない仕事に取り組んだ時間。
昔とは、職業人生における成長期のこと。

「できることは、もうやらない」と誓うだけで、職能はびっくりするほど開発される。
自己実現の一番の近道である。

⇒2008年12月3日「大不況から自分と家族の生活を守る」はこちら。

⇒2009年4月21日「職業人生で自分なりの頂点を極める」はこちら。

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営業が弱い地場製造業を救え…社長への応援歌

私は新テーマの講演会「社長と幹部の営業活動」を行う。
ここ1週間はコンテンツの“仕上げ”に限界まで取り組んできた。
むろん、膨大な日数をかけてつくった“土台”があってのこと。
その完成度を高める、一番つらい作業だった。

この間、ほかの仕事が入っておらず、書斎でデスクワークに没頭できた。
汚い話で申し訳ないが、顔も洗わず、歯も磨かず、風呂も入らなかった。
小刻みに仮眠を取るくらい…。
仕事着でベッドに倒れ込むので、下着も替えない。
体全体が悪臭を放つ。
自分で嫌になるくらいだから、臭いに敏感なアメリカンショートヘアはもちろん、妻も近寄らない。
髪は汗と油で固まり、髭は伸び放題・・・。

きのうメドがつき、久し振りに入浴。
その後、港北ニュータウン・石ケ谷交差点の理容店「MEN’TU CLUB(メンツクラブ)」へ。
体を清潔にしたら、いくらか疲れが和らいだ。
自分では、本来とてもきれい好きなつもり。

今夜は都心のホテルに宿泊。
私は軽い脱水状態と塩分不足なので、夕食は東京駅八重洲地下街の名店「くじら軒」で取る。
「らーめん(薄口醤油)」にするか「支那そば」にするか、いつも迷う。
どちらもおいしく、7百円。
昔の支那そばにルーツを求めたシンプルで懐かしい味が特徴だ。
スープは澄みきった煮干し系で、胃にやさしい。
素材の風味を大切にしている。
「くじら軒」の隣に志村けんの「志村軒」ができればいい。
私は同店の「けんちゃんラーメン」を食べてみたい、優香と二人で…。

「くじら軒」は自宅から徒歩10分程の距離に本店があり、ごくまれに足を運ぶ。
おそらく5〜6年前までは平日でも長い行列ができていた。

話を戻し、先の講演会は、売り上げが振るわないのに営業活動を活発に行えない、おもに中小・地場製造業の社長と取締役を対象にしている。
苦手意識、人によっては恐怖心が先立つ。
彼らに対する応援歌といってよい。

以下に、「社長の営業活動…中小・地場企業の生き残り」と題する2011年3月1日のブログを収める。

                      ◇◆◇

来週水曜日、東京駅歩0分の丸の内トラストタワー本館20階で開催するコンサルティングセミナー「中小企業・地場企業 社長の営業活動」。
対象は経営幹部・営業幹部、参加は2〜6名。
地方から新幹線で上京する社長には便利なようだ。
ゴージャスな応接室(役員会議室)で、ゆったりじっくり講演を聞いていただきながら、営業の立て直しや業績のテコ入れに関する質問に丁寧にお答えしている。
大勢を対象とした公開セミナーでは絶対に不可能だ。
年初から月1回のペースで開催しており、参加者の満足度は突出して高い。
希望者全員に後日、電話による個別コンサルティングを無料で行っており、これも好評を博している。
和田創研の主催なので、もともと採算は度外視。
私は参加者との交流も大きな喜びになっている。

演題ではシンプルに「社長の営業活動」としたが、取締役、支社長・支店長、部長などの幹部向けの内容である。
売れない時代では販売活動や受注活動に注力しなければならない。
しかし、現実には営業部門が確立していない企業、営業社員が存在しない企業も珍しくない。
となると、社長や幹部が「トップセールス」を推進せざるをえないわけで、その成否が生き残りのカギを握る。
成果を出せる、成果を伸ばせる勘どころを、私が踏み込んで解説する。
販売増進や受注拡大を目指す方々に自信を持ってお勧めする。

「社長の営業活動」のカラーパンフレットはこちら。

私にとり新テーマへの挑戦であり、そのコンテンツの作成に限界まで頑張っている。
睡眠不足と疲労で、頭はぼーっ、体はふらふら。
それなりの出来栄えになってきた。

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社長の営業活動20110309

安田成美、古風な雰囲気、不思議な魅力…てっぱん

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
だいぶ前にクランクアップし、放送も残すところわずかとなった。
ヒロイン・村上あかり役の瀧本美織のまっすぐな演技、そしてベテラン出演者のサポートにより視聴率が好調らしい。
瀧本美織が撮影で流した涙の総量はどれくらい?

ところで、この朝ドラで注目されたのが、安田成美の起用だった。
ヒロインの養母・村上真知子役を控えめに演じている。
養父・村上錠役は、朝向きの顔でないと自覚する遠藤憲一。
私は久しぶりに安田成美を見た。
どこか古風な雰囲気を漂わせ、不思議な魅力を秘めており、やわらかな知性をまとう。
ヘアスタイルのせいだけであるまい。
やさしく美しい。
夫は、とんねるずの木梨憲武。

安田成美は昔、NHK朝のテレビ小説「春よ、来い」で1年間ヒロインを演じる予定だった。
脚本家・橋田壽賀子の自伝小説のドラマ化。
が、肉体的・精神的な疲労による体調不良を理由に途中降板。
よくよくのことだ。
中田喜子が急きょ、代役を務めた経緯がある。
私は真相を知らない。
血液型でくくると叱られそうだが、B型はいったんいやになると我慢できない?

あれから歳月が流れ、NHKと和解したのだろう。

                       ◇

2月頃から「てっぱんダンス」に大勢の視聴者が日替わりで登場するようになった。
年齢も職業も実にさまざま。
近藤良平が振り付けたこの踊りは人をハッピーにする。
オープニング映像を楽しみにしている方も多いのでは…。

以下に、「第1回てっぱんダンス収録会…大阪城公園集合」と題する2010年11月23日のブログを収める。

                      ◇◆◇

きょうは「勤労感謝の日」。
祝日。
大阪城公園で「第1回てっぱんダンス収録会」が開催される。
NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」の番組公式サイトでの呼びかけ「踊ってみたい人、集まれ!」に応じ、大勢が詰めかけるのでなかろうか。
きっと盛りあがる。
この会場は、私が大阪出張の際にしばしば宿泊するホテルからいつも一望している。

私は仕事に追われ、可憐な瀧本美織がヒロイン・村上あかりを演じる「てっぱん」そのものはなかなか見られない。
テレビをつけていたとしても音声を聞く程度。
しかし、葉加瀬太郎の「ひまわり」が流れ、近藤良平の「てっぱんダンス」が始まると、つい手を止めてしまう。
オープニングが気になって仕方ないのだ。

⇒2010年10月23日「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」はこちら。

私のお気に入りの“踊り手”は以下のとおり。
額の汗をぬぐい、一息つく小学生の男の子。
鰹節(かつおぶし)をひらひらする呉服屋(?)の若女将(?)。
「トン! トン! トン!」のポーズをする魚屋(?)のおっちゃん。
腕を組んで回る若い男女。
実は、この男性は何を隠そう私である。

⇒2010年11月8日「近藤良平てっぱんダンス、あれは私です」はこちら。

作曲も振付も最高!
地元に留まらず周辺、さらに各地から朝ドラ「てっぱん」ファンが駆けつけるのでは…。
元気なら自家用ジェットで大阪城公園へ飛んでいき、パラシュートで踊ってみたい。
このところわが家の物置でホコリをかぶっている。

しかし、私と妻は体調不良。
きょうは二人並んで1時間の入念なボディケアを施してもらう。
日頃の頑張りが足りないせいか、だれも褒めてくれない。
そこで、自らにプレゼントを贈ることにした。
長年の無理がたたり、夫婦ともに体がぼろぼろ…。
とくに仕事と家事をこなしてきた妻が弱っている。

以下に、「てっぱんダンス…瀧本美織はだれと踊るのか?」と題する2010年11月21日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
バイオリニスト・葉加瀬太郎(はかせ・たろう)が手がけたテーマ曲「ひまわり」の美しさ、そして振付師・近藤良平(こんどう・りょうへい)が手がけた「てっぱんダンス」の温かさ。
絶妙な取り合わせ!
楽曲と踊りは傑作である。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

そして、ヒロイン・村上あかり役の「瀧本美織(たきもと・みおり)」が体当たりの演技を見せる。
ちっこいが、大きな情熱とエネルギーがほとばしる。
それと、この子は抜群にうまい。
おまけに感極まって、いつもうるうるしている。
とてもチャーミング!

⇒2010年10月20日「てっぱん・瀧本美織、ひたむきな演技が最大の魅力」はこちら。

瀧本美織の脇をベテラン女優2人(富司純子、安田成美)、ベテラン男優2人(竜雷太、遠藤憲一)ががっちりと固める。
説得力の強い中村玉緒(なかむら・たまお)の語りの力も動員し、ハチャメチャなシナリオ(脚本)をほとんどカバーしてしまう。

⇒2010年10月27日「てっぱん見どころは富司純子か瀧本美織か」はこちら。

すべてが“力技”で成り立つ画期的な朝ドラである。
それもそのはず、テーマ曲「ひまわり」が完成し、それがヒロインのキャラクター(性格)を決定づけた。
シナリオはさらに後工程。
視聴者も強引さに慣れてきた?

⇒2010年11月20日「富司純子が本領発揮…てっぱんを仕切る凄み」はこちら。

さて、おとといの昼休み、近藤良平がコンドルズのメンバーを率いてNHKの「金曜バラエティー」に出演し、「てっぱんダンス」の実演・特訓を行った。
私は仕事の途中だったので、テレビ画面をほとんど見られなかった。
会場は中高年が中心だが、全員が立ちあがり一緒に踊りを楽しんだ。
皆、笑顔がこぼれ、幸せそう。

先のブログ「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」で述べたとおり、「てっぱんダンス」は大げさなのに自然。
面白おかしく、どこか切なく、それでいてうれしい。
私は内臓を熱くされ、すっかり感動してしまった。
楽曲の高揚と相まって、「鉄板」を介した人々の交流が深まっていく。
さらに、村上家の家族の絆、あかりと祖母の絆が深まっていく。

やはり先のブログで、私は「てっぱん」のテーマ音楽とダンスがどれくらい大勢の視聴者を巻き込んでいけるかが、この朝ドラが人気を得るうえで大きなカギを握ると述べた。

NHK(制作陣)も同じ考えのようで、総合テレビを中心に、「てっぱんダンス」の一大キャンペーンを展開しはじめた。
枠はミニ番組「NHKプレマップ」。
「てっぱんダンス・ひとり編(2分)」「てっぱんダンス・グループ編(2分)」「てっぱんダンス・全部編(5分)」を12月末まで繰り返し放送するようだ。

おそらく「てっぱん」の前の朝ドラ「ゲゲゲの女房」のヒロイン・松下奈緒(まつした・なお)が紅組司会を務める大みそかの「NHK紅白歌合戦」でピークに持っていこうとしているのでは…。
近藤良平やコンドルズが登場するか。
それどころか紅白の出演者全員が踊るかもしれない。
となると、当然、瀧本美織もうるうるしながら踊ることに…。
かわいいだろうなぁ。

「てっぱん」公式サイトには、振付を担当した近藤良平による「てっぱんダンス(正規版)」の教則映像が公開されており、膨大なアクセスを得ている。
「解説付き」に加え、素人が練習しやすいように左右の「反転版」が用意される。
しかも、それぞれ一人編と二人一組編。
恐ろしく親切である。
さらに、コンドルズ(メンバー)によるアレンジバージョンも用意される。

NHKは本気になり「てっぱんダンス」をはやらせようとしている。

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提案営業勉強会の衝撃…中小企業家同友会仲間

先週木曜日、「提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会」の続き・・・。

⇒2011年3月3日「提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会」はこちら。

私は先ごろ講師として、福岡県中小企業家同友会の会員企業25社を対象に2日間の「提案営業研修 基本講座」を行った。
物流サービス会社「シティーライン」の田浦通社長が音頭を取り、社長や幹部など大勢の受講者を集めてくださった。
中小企業家同友会の公式行事でなく、あくまでも仲間の勉強会である。

和田創「皆、覚悟せよ。 提案営業研修」のカラーパンフレットはこちら。

私は学ぶ姿勢の真剣さに感動してしまった。
セミナールームは酸欠になるほどの大盛況だった。
受講者の一部からアンケートが寄せられたので紹介したい。

1人目。
60代・女性、OA機器・オフィス用品販売業、代表取締役。
「いままでの営業方法が問題だらけだったことに衝撃を受けました。
和田先生の講義はとても聴きやすく、大切なところは何度も繰り返してくださるのでよく理解できました。
2日間学んだことをどのように実践に取り込めるか、まずは顧客への質問から始めようと思います」。
一番印象に残った言葉は「つきあってくれ、買ってくれは禁句」。

2人目。
40代・男性。
「2日間の話を聞き、自分に則していろんなアイデアが浮かびました。
いい言葉、心に残る言葉を壁に貼り、部屋にいるだけで元気が出て幸福になる所長室をつくります。
そして、たくさんの人に来てもらい、みんなで楽しくなりたいと思いました。
きょうの研修を機に売り上げを倍増させます」。
一番印象に残った言葉は「営業の仕事がつらいと感じるのは根本が誤っているからだ」。

3人目。
40代・男性、コンサルティング業、支店長。
「きのうも受講後、会社で話し合いました。
営業のやり方を真逆に変えます」。
一番印象に残った言葉は「真逆」。

4人目。
40代・男性、印刷業、代表取締役。
「質問のレベルが小さかったことを痛感。
提案営業の奥深さと難しさを学ばせていただきました。
あとは行動あるのみです。
気づきをありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「相手(お客さま)を案じよ」。

5人目。
40代・男性、OA機器提案・保守業、課長。
「理論的、具体的で分かりやすい講義でした」。
一番印象に残った言葉は「営業とは与えることであり、奪うことでない」。

6人目。
50代・男性、物流業、代表取締役。
「提案営業の概念と考え方が大変よく理解できました。
絶対に売り込まない。
顧客理解に徹し、商談から相談へ転換してお客さまの便益を最大化するなかで、わが社の商品を役立てていただく場面を折り込んでいく。
そのような営業の仕組みを構築する必要性を痛感しました」。
一番印象に残った言葉は「真逆の発想」。

7人目。
30代・男性、ISO業、ISOコンサルタント。
「とても実践的で、しかもあすから活かせる内容であり、非常に勉強になりました」。
一番印象に残った言葉は「営業はうまくいかない!! この一言に救われた反面、営業の厳しさも痛感しました」。

8人目。
50代・男性、運送・物流業、統括部長。
「実践を通してのお話でしたので、自分の経験と重ね合わせて考えることができました。
今後は研修イメージを頭に描きながら進捗管理をしていきます」。
一番印象に残った言葉は「課題の明確化とは、顧客の決定権者が課題と認めたときのことをいう」。

以上。
受講者の意識の高さと意欲の強さが伝わってくる。
私は講師として非常に遣り甲斐を感じた。
福岡県中小企業家同友会の会員のレベルは凄い。

                       ◇

皆さま、まことにありがとうございました。
営業と経営を巡る環境は依然として厳しいものがありますが、どうか収益伸長、業績拡大を成し遂げてください。
ご縁があれば、またお会いしましょう。

                      ◇◆◇

営業強化・再建、営業教育・指導に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月3日「物流業界・物流会社の提案営業研修…業績テコ入れ」はこちら。

⇒2011年3月3日「提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会」はこちら。

⇒2011年3月2日「提案営業セミナーの気づき、人気と評価」はこちら。

⇒2011年2月15日「社内に波風を立てる…外部講師の意義と役割」はこちら。

⇒2011年2月14日「社員教育の機会均等は負け組企業への道」はこちら。

⇒2011年2月10日「営業講師・経営講師の使命と価値、実力と評価」はこちら。

⇒2011年2月9日「全員最高評価の営業セミナーアンケート」はこちら。

⇒2011年2月8日「SMBC提案営業セミナー、毎回感動、30回開催」はこちら。

⇒2011年2月7日「部品メーカー、下請け・孫請け社長の受注活動」はこちら。

⇒2011年1月26日「大田区町工場を救え…社長の受注強化セミナー」はこちら。

⇒2011年1月25日「名古屋地場製造業が苦しい…社長セミナー」はこちら。

⇒2011年1月24日「新規開拓を活発にする…SMBC実践営業塾」はこちら。

⇒2011年1月22日「ぎっくり腰講師…営業再建・社長向け講演」はこちら。

⇒2010年11月16日「どうしてもお礼を伝えたい…地獄の提案営業研修」はこちら。

⇒2010年10月28日「仕事がない…何と愚かな言葉だろう」はこちら。

⇒2009年11月4日「社長の悲鳴…中小製造業・零細町工場」はこちら。

⇒2008年12月4日「トヨタ系部品メーカーの悲鳴」はこちら。

⇒2008年11月27日「トヨタに命を預ける…太っ腹経営者」はこちら。

⇒2008年10月27日「やはり名古屋はトヨタ頼み」はこちら。

                      ◇◆◇

「和田創 プロ講師養成塾」シリーズは以下のとおり。

⇒2010年5月11日「次世代が育たない…プロ講師養成塾」はこちら。

⇒2010年5月12日「セミナーアンケート…プロ講師の常識」はこちら。

⇒2010年5月13日「プロ講師の心得…講義の内容と表現の評価」はこちら。

⇒2010年5月14日「教えたら育たない…教育を解釈する」はこちら。

⇒2010年5月27日「講師とは自己否定である…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年5月29日「『営業講師の大ベテラン』にショック!」はこちら。

⇒2010年6月16日「講師にとっての顧客とは?…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年6月18日「プロ講師のなり方…地獄をくぐり抜ける」はこちら。

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提案営業研修

浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか

おとといのブログ、「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」の続き・・・。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

民主党の参議院議員・蓮舫(れんほう)は昨年、内閣府の行政刷新会議の事業仕分けで辣腕を振るった。
私が一番印象に残ったのは、次世代スーパーコンピュータ開発の予算削減を決めたこと。
文部省に要求額の妥当性を質した際の「世界一になる理由は何があるんでしょうか。2位じゃダメなんでしょうか」という発言がマスコミに大きく取りあげられた。

先頃、中古車買い取りのガリバーインターナショナルがこれをもじったCMを流した。
蓮舫に似た出演者が「一番高い必要ってあるんでしょうか。2位じゃダメなんでしょうか」。
私は横浜・港北ニュータウンの北山田交差点そばのガリバーに1年半〜3年使用したクルマを数台売却した。
走行距離は数千キロ〜1万キロ、最小は2千キロ。
同社の羽鳥由宇介社長は「最高値チャレンジ」を宣言している。
確かに、買い取り価格はこの近辺で一番だった。

CMの背景は、エコカー補助金が終わり、中古車の割安感が見直されていること。
ようやく客が戻ってきたのだ。
とはいえ、新車販売の低迷により程度のいい中古車が減り、タマ不足の状態が続く。
ガリバーインターナショナルは買い取りと販売の同時強化を狙った。

ところで、私がCMに触れ、即座に頭に浮かんだのがフィギュアスケート女子の浅田真央だった。
昨年の世界女王。
今月下旬に東京・代々木で開催される「2011世界フィギュアスケート選手権」で、日本人初の2連覇に大きな注目が集まっている。

浅田真央はバンクーバー冬季五輪(オリンピック)で韓国のキム・ヨナ(金妍兒)に大差で敗れた事実を受け止め、今季は滑りの見直しに取り組んでいた。
その過程でジャンプが壊れた。
最大の得点源である。
浅田真央はそれでもあえて大会に出場し、ファンにぶざまな姿をさらしつづけた。
シーズン序盤は悲惨だった。
彼女は人気を自覚している。
興行面に配慮し、欠場する選択肢を断ったのかもしれない。

私自身は浅田真央に世界選手権での優勝を期待しては気の毒だと考えていた。
そもそも代表に選ばれることが難しいと…。
しかし、12月の全日本フィギュアスケート選手権で切符をつかみ、2月の四大陸フィギュアスケート選手権でさらに調子を上げた。
そのうえ、帰国時に金メダルを狙うと宣言を行った。
滑りの矯正が終わったのか私には分からないが、浅田真央は恐ろしく負けん気が強い。
競泳男子の北島康介もそうだ。
自らにプレッシャーをかけ、それをエネルギーに変えながら戦う。
強靭な意志が光る。

私などは浅田真央が大舞台に登場するだけで満足してしまう。
これは高橋大輔についても同じ。
彼らの姿を見られ、演技を楽しめればよし。
得点、そして順位は二の次だ。
私は日本選手全員を応援しているが、二人は格別である。

今回は東京開催なので、国民的な関心が盛りあがるだろう。
当然、浅田真央に勝利を求める声が大きくなる。
選手本人がそれを目指して出場する以上、金メダルを取れるならうれしいが、私は優勝がすべてでないと思う。
「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」と言いたい。

続きは来週木曜日、「高橋大輔は2位じゃダメなんでしょうか」のブログで・・・。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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博多通りもん、福岡土産一番人気の秘密

通りもん1このブログで「博多じまん、人気の福岡土産のうまさ…明月堂」と題して、「博多通りもん」と「博多じまん」という和洋折衷の銘菓を取りあげた。
いずれも福岡市の株式会社明月堂が製造している。

⇒2011年2月18日「博多じまん、人気の福岡土産のうまさ…明月堂」はこちら。

私は先ごろ福岡で提案営業研修を行った。
通りもん2
地場企業の社長の熱意にほだされたのだ。
3泊4日の出張の帰路、新幹線博多駅構内の例の売店(「おみやげ街道博多」と判明)で「博多通りもん」と「博多じまん」を買い求めた。
妻と子どものリクエストに応えた。
実は、私もくたくたに疲れていて甘味が欲しかった。

それぞれ6個入りと決めていた。
通りもん3当日、「博多じまん」は10個入りしか置かれていなかった。
売り切れ?
私は原則としてこちらしか食べないので、むしろ好都合。
両方とも洗練されたおいしさが特徴だが、あえて言えば上品な「博多通りもん」に対して俗っぽい「博多じまん」。
通りもん4今回は写真に収めてみた。

「博多通りもん」は福岡土産のなかでも人気ナンバーワンの銘菓である。
その秘密に関しては先のブログで詳しく述べた。

                       ◇

博多じまん1私は職業講師として日本各地を訪れたが、東京を除いて圧倒的に多いのが福岡市である。
大阪や名古屋、広島と比較にならない回数、そして日数である。
私はヒコーキに乗らないので、東海道新幹線と山陽新幹線の「のぞみ」をかならず利用しており、どうも「福岡」という呼称がしっくりしない。
福岡空港を利用している人は、おそらく「博多」という呼称がしっくりしないのでないか。

博多じまん2三大祭(祭り)が「博多どんたく港まつり」「博多祇園山笠」「筥崎宮(箱崎宮)放生会」。
観光の面でも「博多」。
また、繁華街も福岡中洲というより博多中洲のほうがピンとくる。
一度クラブで遊んでみたいと思っているうちに還暦を迎える。
余談ながら博多に限らず、講演や公開セミナー、企業研修の前夜に飲んだことが一度もない。
博多じまん3ひたすら体調の維持と体力の温存に努めてきた。

福岡県福岡市は、生まれ故郷の新潟県直江津市(現上越市)を別にし、一番好きな地方都市である。
私は新幹線新横浜駅でのぞみに乗り込む際、ふるさとに戻る気分になる。
今年も合計1カ月間は滞在しそう。

やはり余談。
博多じまん4博多は、歌手のほか多くの芸能人やタレントを輩出している。
自由の風が吹き、遊びの土壌が培われている。
私が好きな「青春の影」の財津和夫。
彼は勝負をかけて博多から上京した。
そして、ついに「心の旅」のヒットを飛ばした。
この楽曲はそのときの心情と決意を歌った?

⇒2010年12月30日「チューリップ・青春の影…財津和夫の苦悩と葛藤」はこちら。

                      ◇◆◇

福岡・博多に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年2月18日「博多じまん、人気の福岡土産のうまさ…明月堂」はこちら。

⇒2010年8月19日「石原裕次郎が愛した隠れ家…タカクラホテル」はこちら。

⇒2010年5月26日「チャリンコホステス大増殖…博多中洲」はこちら。

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浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜

おとといのブログ、「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」の続き・・・。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

世界フィギュアスケート選手権が近づいてきた。
世界女王・浅田真央の頭のなかは東京大会のことで一杯だろう。
滑りの修正に四苦八苦したシーズン序盤…。
ようやく得意のジャンプが安定してきた。
極度の不振から脱し、自信を取り戻しつつある。

宿命のライバル、韓国のキム・ヨナ(金妍兒)が出場する。
浅田真央は、世界中が注目する大会になると、五輪女王に敬意を払うとともに期待を表した。
それと、やはりキム・ヨナを倒して表彰台の一番高いところにのぼりたいのだ。
「キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」と雄叫び(?)を上げたい気分では…。

浅田真央はバンクーバー冬季五輪(オリンピック)でキム・ヨナに負けたことは忘れたと語った。
しかし、そんなはずがない。
敗北はいつまでも引きずらないという意味だろう。
四大陸フィギュアスケート選手権ではプログラムに大幅な変更を加えた。
これも世界選手権での勝利を念頭に置いたものだ。
終了後、「2番の次は1番しかない」と驚くほど強気の発言が飛び出した。

二人は昨年の世界フィギュアスケート選手権トリノ大会以来の激突になる。
浅田真央はキム・ヨナを破ることの大変さを理解しているようで、5段も10段も調子を上げたいと語った。
四大陸選手権よりいくらかいい演技ではとても勝てないと考えている。

しかし、浅田真央はこうも語った。
リンクに立つことはだれかとの競争でなく、自分との戦い、自分への挑戦だと・・・。
はやる心を鎮めようとしているかのようだ。
本気でキム・ヨナを迎え撃つ。
浅田真央のなかでは、彼女に勝ってこそ完全復活と呼べるのか。

今季は採点方法が変わり、高得点が出やすい。
キム・ヨナはバンクーバーオリンピックで記録した女子シングル歴代最高点(228.56点)を更新したいと考えているはずだ。
1年ぶりに国際大会に復帰するが、不安を感じていない。
自信が凄い。
何せ1年間休んでも世界ランキング1位。
今季絶好調の安藤美姫は4位、浅田真央は6位。
三つ巴の金メダル争いか…。

浅田真央は、世界王者・高橋大輔とともに、日本人初の大会2連覇を目指す。
私は日本代表全員を応援しているが、なかでも二人が金メダルに輝くことがあればとてもうれしい。

続きはあさって、「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」のブログで・・・。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

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物流業界・物流会社の提案営業研修…業績テコ入れ

けさのブログ「提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会」に関連して・・・。

私を講師として博多に招いてくださったのは物流サービス会社の社長だった。
即断即決の期待に応えられ、ほっとしている。
「セミナールームの床に目からウロコが何十枚も落ちていた」と、最高の評価をいただいた。

きのう、やはり物流サービス会社の取締役から2日間講演の依頼をいただいた。
こちらも即断即決。
「善は急げ」とばかり、年度末の実施。
特定分野に特化し、それなりの強みを有する数百名の中堅企業。
内容は福岡と同様、「皆、覚悟せよ。 提案営業研修」の標準講座(2日×4回)の第1回・2日間に当たる。

和田創「皆、覚悟せよ。 提案営業研修」のカラーパンフレットはこちら。

すべての業種が低迷に苦しんでいるが、内需型の物流業界はとりわけ厳しい。
まして、同社は法人を対象としている。
顧客自体が1990年代から不振に陥り、21世紀に入ってから縮小や統合、廃業や倒産に追い込まれている。
もともと利益率が高くないので、経営は崖っぷちだ。
現行事業(サービス)の付加価値の向上は当然として、周辺・関連領域の取り込み、さらに新規顧客の開拓に取り組まなくては生き残りが絶望的である。
このうち、新規顧客の開拓とはライバルの既存顧客を奪い取ることを意味する。

そして、それを成し遂げるには、コンサルティングセールスのマインドとソリューションセールスのスキルを2本柱とする「本物の提案営業」の習得が絶対不可欠!
今回の依頼はその基本中の基本に関する激辛・衝撃講演会。
この物流サービス会社は、営業立て直し、業績テコ入れの第一歩を踏み出そうとしている。
私が背中を押す大役を仰せつかった。
心より感謝したい。

営業強化・再建一筋、和田創・大噴火プロフィールはこちら。

学校の授業みたいな営業研修など、くそくらえ!

                      ◇◆◇

営業強化・再建、営業教育・指導に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月3日「提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会」はこちら。

⇒2011年3月2日「提案営業セミナーの気づき、人気と評価」はこちら。

⇒2011年2月15日「社内に波風を立てる…外部講師の意義と役割」はこちら。

⇒2011年2月14日「社員教育の機会均等は負け組企業への道」はこちら。

⇒2011年2月10日「営業講師・経営講師の使命と価値、実力と評価」はこちら。

⇒2011年2月9日「全員最高評価の営業セミナーアンケート」はこちら。

⇒2011年2月8日「SMBC提案営業セミナー、毎回感動、30回開催」はこちら。

⇒2011年2月7日「部品メーカー、下請け・孫請け社長の受注活動」はこちら。

⇒2011年1月26日「大田区町工場を救え…社長の受注強化セミナー」はこちら。

⇒2011年1月25日「名古屋地場製造業が苦しい…社長セミナー」はこちら。

⇒2011年1月24日「新規開拓を活発にする…SMBC実践営業塾」はこちら。

⇒2011年1月22日「ぎっくり腰講師…営業再建・社長向け講演」はこちら。

⇒2010年11月16日「どうしてもお礼を伝えたい…地獄の提案営業研修」はこちら。

⇒2010年10月28日「仕事がない…何と愚かな言葉だろう」はこちら。

⇒2009年11月4日「社長の悲鳴…中小製造業・零細町工場」はこちら。

⇒2008年12月4日「トヨタ系部品メーカーの悲鳴」はこちら。

⇒2008年11月27日「トヨタに命を預ける…太っ腹経営者」はこちら。

⇒2008年10月27日「やはり名古屋はトヨタ頼み」はこちら。

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提案営業研修

提案営業研修に目から鱗…福岡県中小企業家同友会

福岡県中小企業家同友会は活動が非常に活発だ。
私は神奈川県中小企業家同友会に所属した時期がある。
人口は神奈川県が東京都に次ぐ 900万人強、福岡県が全国9位の 500万人強。
ところが、中小企業家同友会の会員企業は福岡県が神奈川県の4倍程、支部は同じく3倍程。
ただし、ホームページで明記されておらず、不確か。
それもこれも福岡県の地場企業の社長など経営者が交流と勉強に熱心だから…。

「福岡県中小企業家同友会」のホームページはこちら。

私は営業強化・変革・再建一筋の経営コンサルタントである。
とはいえ、講演や公開セミナー、企業研修などでの「教育指導」を基軸としている。
呼んでくださった主催者や企業に感謝しているが、現実には参加者や受講者のレベルが低くてつらくなることがある。
講師経験が長いので、彼らの反応を見れば内容が心に響かず、頭に届いていないことが分かるケースが珍しくない。

私は先だって福岡市の中小企業、物流サービスの「株式会社シティーライン」で研修講師を務めた。
医療業界に特化した物流支援のパイオニアとして、顧客から信頼と評価を得ている。
内容は、「皆、覚悟せよ。 提案営業研修」の標準講座(2日×4回)の第1回・2日間に当たる。

和田創「皆、覚悟せよ。 提案営業研修」のカラーパンフレットはこちら。

田浦通社長が福岡県中小企業家同友会の会員であり、親しいメンバーに声をかけた。
同友会に参加する社長はたいてい人間好き・世話好きであり、横のつながりが広い。
すると、中堅・中小・零細企業25社程が即座に手を挙げた。
画期的なこと!

「株式会社シティーライン」のホームページはこちら。

そして、会員企業の社長や幹部、社員が大勢集まり、セミナールームがはち切れるほどの大盛況となった。
シティーラインが中心とはいえ、企業研修が実質、公開セミナーに様変わりした。
会場は熱気にあふれ、しゃべりっ放しの私は酸欠になり、頭がくらくらした。
受講態度はもちろん非常に真剣だ。
それと、普段学びつづけているので理解力が大きい。

結果として幹事役になった田浦通社長が2日間の締め括りに挨拶を行った。
「セミナールームの床に目からウロコが何十枚も落ちていた」とおっしゃってくださり、営業講師としてこの上ない評価をいただいた。
田浦通社長とすべての参加者に心より感謝したい。
まことにありがとうございました。

                       ◇

田浦通社長は、私が財団法人九州生産性本部で講師を務めた1月の3時間講演会「経営トップのための営業変革セミナー 〜売れない時代、従来の営業のままでいいのか」に参加してくださった。
内容は、和田創研が東京駅歩0分、丸の内トラストタワー本館20階の役員会議室(応接室)で数名の社長や幹部を対象に実施している1日間コンサルティングセミナー「営業立て直し、業績テコ入れ」のエッセンスである。

「結果を出せない営業はこう立て直す」のカラーパンフレットはこちら。

田浦通社長は、3時間講演会の内容に感じるところがあったのだろう。
すぐに私を講師に招いてくださった。
2日間の研修でもっとも学びたかったのは、社長本人だ。
間違いない。
ところが、自社の社員に机(テーブル)を譲り、ご自身はセミナールームの後方の壁に並べられた椅子に座って受講した。
研修テキストにメモも取れない。
人柄がにじみ出ており、私は感動してしまった。

続きは来週月曜日、「提案営業勉強会の衝撃…中小企業家同友会仲間」のブログで・・・。
受講者アンケートを紹介している。

                      ◇◆◇

営業強化・再建、営業教育・指導に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月2日「提案営業セミナーの気づき、人気と評価」はこちら。

⇒2011年2月15日「社内に波風を立てる…外部講師の意義と役割」はこちら。

⇒2011年2月14日「社員教育の機会均等は負け組企業への道」はこちら。

⇒2011年2月10日「営業講師・経営講師の使命と価値、実力と評価」はこちら。

⇒2011年2月9日「全員最高評価の営業セミナーアンケート」はこちら。

⇒2011年2月8日「SMBC提案営業セミナー、毎回感動、30回開催」はこちら。

⇒2011年2月7日「部品メーカー、下請け・孫請け社長の受注活動」はこちら。

⇒2011年1月26日「大田区町工場を救え…社長の受注強化セミナー」はこちら。

⇒2011年1月25日「名古屋地場製造業が苦しい…社長セミナー」はこちら。

⇒2011年1月24日「新規開拓を活発にする…SMBC実践営業塾」はこちら。

⇒2011年1月22日「ぎっくり腰講師…営業再建・社長向け講演」はこちら。

⇒2010年11月16日「どうしてもお礼を伝えたい…地獄の提案営業研修」はこちら。

⇒2010年10月28日「仕事がない…何と愚かな言葉だろう」はこちら。

⇒2009年11月4日「社長の悲鳴…中小製造業・零細町工場」はこちら。

⇒2008年12月4日「トヨタ系部品メーカーの悲鳴」はこちら。

⇒2008年11月27日「トヨタに命を預ける…太っ腹経営者」はこちら。

⇒2008年10月27日「やはり名古屋はトヨタ頼み」はこちら。

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社長の営業活動20110309

提案営業セミナーの気づき、人気と評価

このところ忙しくて放置しているセミナーアンケート。
わざわざ感想や評価を寄せてくださった方々に申し訳なく思う。
私は先だってSMBCコンサルティングで「提案営業セミナー」の講師を務めた。
昨今、主催者はどこも集客に苦労している。
とくに営業分野は不振が際立つ。
私は事務局から、これだけの人気は数年ぶりと教えられた。
大入り!
心より感謝したい。
受講者(一部)の率直な声は以下のとおり。

1人目。
40代・男性、クレジット業、営業部・次長。
「売るべき商品が決まっている場合、顧客の課題解決策と商品効果をマッチさせることが難しいと思う。
その場合は顧客本位にならなくなってしまうことが起こるのではないでしょうか?」。
一番印象に残った言葉は「製品について語るな。顧客について語れ」。
⇒最初から売るべき商品が決まっているのなら「推奨営業」にしかなりません。
本セミナーのテーマ「提案営業」の対象外です。

2人目。
30代・男性、サービス業。
「営業に対する考え方が変わりました。
少しずつ実践できることから取り組んでいきたいと思います」。
一番印象に残った言葉は「商談は一切しない。相談に乗る姿勢に徹する」。

3人目。
40代・男性、飲食事業、課長。
「重要な事柄をキーワードのように繰り返し伝えていただいたので、今後の仕事に対する姿勢・気づきを与えていただきました。
ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「与える」。

4人目。
40代・男性、納豆製造・販売業、営業・主任。
「非常に理解しやすく、今後の営業活動に役立てていけると思います。
私個人は和田先生のお話を社長はじめ上層部、営業に聞かせてみたく感じます。
ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「営業ができない人は、提案はもっとできない。」。
「ほかにもたくさんありました」。

5人目。
20代・男性、サービス業、主任。
一番印象に残った言葉は「営業は組織風土がすべて」。

6人目。
30代・男性、物流業。
「セミナーのなかに重要な一言がたくさんあったので『金言集』があればいいかも…」。
一番印象に残った言葉は「製品について語るな。顧客について語れ」。
⇒まもなく金言集を発売します。
持ち歩くだけで、つぶやくだけで劇的に売り上げを伸ばせる営業の極意をポケットサイズの小冊子に集約しました。
ぜひともご愛用ください。

7人目。
30代・男性、食品業、一般社員。
一番印象に残った言葉は「課題は相手と共有するもの」。
⇒あからさまな表現になりますが、顧客先のしかるべき人物とすり合わせを終えないと飯のタネ(商機)に昇格しませんん。

8人目。
30代・男性、サービス業、営業所長。
「会社説明や商品説明を最初にしないと間が持ちません。
間を持たせる実践トークなどがあればよかったと思います」。
一番印象に残った言葉は「注文をもらったら帰らない。居座る」。
⇒これは「提案営業」のセミナーです。
「製品について語るな。顧客について語れ。」がヒントになるでしょう。
実際には、「商品を語るな。顧客に問いかけよ。」。
相手の繁栄や幸福に関心を寄せるのです。
自社を語るほど売り上げが落ち、顧客に語らせるほど売り上げは伸びます。

9人目。
30代・男性、運輸業、営業・総務主任。
「提案営業がどういうものであるか教えていただけた。
いままで提案営業と思っていたものが実は違うという気づきを与えてもらった」。
一番印象に残った言葉は「顧客理解」。

10人目。
30代・男性、製造卸業、営業。
「営業として成績が伸び悩んでいました。
この講義がきっかけで自分を変えることが必要だと感じました。
売り上げを上げられるよう、今日から実行に心がけます。
ありがとうございました」。
一番印象に残った言葉は「顧客優先の考え、姿勢を大切にする」。

11人目。
30代・男性、物流業、法人営業・課長代理。
「営業について再確認できた。
また、視点を変えていくことが重要だと感じた」。
一番印象に残った言葉は「要望を受け入れた瞬間に御用聞き営業になってしまう」。

以上。
心より感謝したい。
皆さまのご活躍を願う。

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なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
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和田創研代表

数字がすべて、結果がすべて。
目標達成、業績向上、成長持続、社業発展など、「収益伸長」の一点に特化したコンサルタント。
プランナー時代を含めて40年を超える経験と実績、信念と情熱を土台に、多くのクライアントを優良企業に育ててきた。
近年は新商品や新事業、新会社の開発を請け負いながら、内需・地場の中小・中堅企業の短期再生に取り組む。
その一環として、年中無休、昼夜を問わず、社長の個別相談に応じる。
また、経営から管理、人事(採用)、マーケティング、事業、商品、企画まで、おもにトップを対象としたセミナーを行う。

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