侍ジャパンが昨夜、切り傷だらけの体を隠し、満面の笑顔で戻ってきた。
おめでとう。

私は、WBCのダイジェストをテレビでときどき見た。
スポーツニュースは当然として報道番組などで、全国各地の熱狂的な応援が映し出された。
一人静かな観戦に罪悪感を覚えるほどの盛りあがり。
知らない人とハイタッチしたり抱き合ったりすることが約束事のよう…。
2回目なのに、すでに日本では人気絶大のスポーツイベントに育っていた。
第1回目の優勝が大きい?
野球はサッカーに長らく押され気味だったが、その人気の根強さを感じさせられた。

「侍ジャパン(JAPAN)」。
だれがそう名付けたのか?
日の丸を背負って戦場へ赴くサムライ。
悲壮感をかき立てるネーミングである。
もう引き返せない…。

さて、私の率直な印象を述べると、「日本は強い」。
戦い振りは素晴らしかった。
最高の大舞台で2連覇を成し遂げるのは、フロックでは絶対に不可能。
勝負の世界は厳しく、結果がすべて。
勝ったから強いのであり、強いから勝ったわけでない。
しかし、私は、日本は強いから勝ったと思う。
つまり、勝つべくして勝った。

野球の素人の目からも、完成度がケタ違いということが分かった。
走・攻・守のバランスが取れ、しかも穴がない。
失点を最少に留め、得点をコツコツと積みあげる。
そのためには緻密な試合運びも欠かせない。
パワーとスケールの劣るものが世界で勝つにはどうしたらよいか、模範的な回答を私たちに示してくれた。
別の角度から眺めれば、経済のグローバル化で狩猟民族の活躍が目立つなか、農耕民族の優位点が巧みに取り入れられていた。
侍ジャパンは稲作型にアレンジしたベースボールをやってのけたのだ。

一部の選手の際立った活躍は確かにあったが、ベンチにいるメンバーを含めた全員の勝利だったのでないか。
短期間での、相互信頼を土台とした村社会の形成。
風通しが保たれたうえに、各人が柔軟な役割意識を持っていた。
むろん、指揮官の手腕が見事だったから。
一癖も二癖もある侍をまとめあげ、チームとしての最大限の能力を引き出した。
柔和な原辰徳監督は肝が据わっている。
ボールを怖がり、凡打や三振に倒れていた現役時代からは想像もつかない。
この人は監督になるために選手を通った。
心の痛みを察せられる名将になるかもしれない。

また、底を這いつづけたイチローが最後の最後で結果を出せたのもよかった。
塁上で涙を堪えているように見えた。
日本中の喜びが爆発することに…。
責任感の飛び切り強い男だから、つらく苦しく厳しい大会だったに違いない。
ただし、どうもジョークが似合わない。
冗談さえストイックで、聞く側が緊張を強いられる。
いい加減な私は息苦しくなる。

決勝戦に連続で進むだけでも賞賛に値するが、それが現実になると国民が「連覇」の期待を抱くのは当然である。
監督と選手にのしかかるプレッシャーはいかばかり。
よくぞそれに打ち克ち、勝利を収めた。

松坂大輔、岩隈久志、ダルビッシュ有。
いずれも頭脳・度胸・技術の3拍子が揃っている。
ピッチングスタッフは随一。
安定度が高かった。
その陰に城島健司のリードがあったのでないか。
目玉をギョロつかせ、そっけないコメントを残してキャンプ地へ向かったが…。
いかにも侍。

日本が決勝トーナメントへの進出を決めたとき、王貞治前監督が発した言葉は苦労人ならでは。
私の記憶が曖昧だが、「ここからは付録みたいなもの」。
どれだけ原辰徳監督に勇気を与えたろう。
さすが真剣で練習を繰り返した一本足の侍。

次回の「18番」はマー君らしい。
閉塞した日本を救うのは、またまた高卒の侍だろう。
才能の豊かな若い芽はとっくに大学に見切りをつけている。
時代は変わった。

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