私は直江津を流れていた川の名前があやふやになり、グーグルのマップで調べた。
そして、いくつかのブログで「関川」という言葉を用いた。
しかし、どうもしっくりしない。

いま、関川の河口にかかった「荒川橋」という名前に触れ、思い出した。
昔は「荒川」だったはず。
川の名前が変更されるなどということがありえるのか?

真行寺幼稚園あっ、グーグルで「関川と荒川」と題する興味深い記事が見つかった。
アメーバブログ「直江津の真行寺」。
主(管理人)は、私が通った「真行寺幼稚園」の園長、中戸賢裕氏。
呉羽紡績(後に東洋紡績)の支所兼自宅と、道路を挟んだ斜め向かいにあった。
直江津小学校直江津小学校の頃に遊んだ方だろうか?
記憶が曖昧。

さて、中戸賢裕氏のブログによれば、直江津を流れる川は上流では関川と言い、下流では荒川と言っていた。
なるほど、日本最長の「信濃川」は、上流の長野県では「千曲川」と呼ばれる。
だが、荒川の改修問題が起こり、建設省が荒川橋と直江津橋のきわに「関川」という看板を立てた。
地元の新聞やテレビも関川と呼ぶようになった。
そうした経緯があった模様。

確かに、人の名前と同じく固有名詞である。
住民感情を無視し、歴史と親しみのある川の名前を変更するのはいかがなものか。
ちなみに、関川は「せきがわ」と読むそうだ。
中戸賢裕氏は、ひいお爺さま・中戸賢亮氏の著作『直江津こぼれ話』(北越出版、1974年刊)を引用しながら述べている。
直江津小学校卒業まで直江津で過ごした私にとり、関川はやはり「荒川」である。



きょうのブログは盆休み前の執筆(私はまれに1カ月分ほど書きためることがある)。
その後、中戸賢裕氏「直江津の真行寺」を読者登録。
その際のやり取りで判明したことがあり、書き加えたい。
私が直江津小学校の頃に遊んだのは、中戸賢裕氏のお父さまだった。
真行寺の現住職である。
私はそそっかしい。

ホテルセンチュリーイカヤ4月、富山・財団法人北陸経済研究所で公開セミナーの講師を務めた帰路に直江津駅で途中下車し、ホテルセンチュリーイカヤに宿泊。
翌日、短時間ながら市街を散策。
真行寺幼稚園はとても立派になっていて、近くの駐車場に送迎バスが何台か…。
地元で果たしてきた貢献の大きさが伝わってきた。
現在、同幼稚園は規模の拡大にともない、私がかつて住んでいた家の真向かいにある。
数メートル幅の道路を挟むだけ。
ただし、その家は更地に変わっている。

真行寺私が当時、おもに遊んだのは真行寺。
寺と幼稚園が一続きの建物だった?
私は冬場を除き、近所の仲間と真行寺の空き地(境内というべきか?)で野球や缶蹴り、鬼ごっこなどをして楽しんだ。
大声を出したり、ボールを打ち込んだり、壁を汚したり、かなり迷惑をかけたかもしれない。
度が過ぎたのだろう。まれに注意を受けた記憶があるが、強く叱られたことは一度もない。
私たちを温かく見守ってくれたことになる。

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