卒業式シーズンは今週がピーク?
還暦間近の私はこれまでに「卒業式」を経験していない。

直江津小学校(新潟県)では、卒業式の前日に伊那市へ引っ越した。
信じられない・・・。
いまだに引きずる無念については、先日のブログ「心にぽっかり穴…直江津小学校卒業式」で詳しく述べた。
しかも無念は年とともに募る。

伊那中学校(長野県)では3年間クラスが同じだった。
級友に恵まれて卒業式を迎えられると喜んだら、10月下旬に小松島市(徳島県)へ引っ越した。

生まれて初めての丸刈り(坊主頭)。
小松島中学校で卒業式を経験したはずなのに…。
高校受験を目前にした時期であり、皆心の余裕がなかった。
教科書が変わり、しかも転入時にはそれを用いた授業がほぼ済んでいた。
成績が落ちた。
私は徳島の言葉に親しめなかったこともあり、クラスメイトと満足に会話を交わしていない。
一人の名前も思い出せない。
友だちがいてこその卒業式だ。
記憶が抜け落ちているのは、感動を味わえなかったからか。
恐らく校歌も覚えないうちに小松島での中学生活は終わった。

高校に至っては、徳島県立城北高校、東京都立墨田川高校、富山県立魚津高校と3校を渡り歩いた。
ことごとく学年途中。
そのたびに教科書が変わり、勉強が滅茶苦茶になった。
城北高校は1クラス50人、1年生12クラスのマンモス校だった。
私は6百人中7番目の成績で入学したが、魚津高校を卒業する頃には急降下。
明治大学に合格してまもなく、日本経済新聞社の高円寺専売所に入店したので、魚津高校の卒業式に出席していない。
家に金がなく、新聞奨学生制度を利用して進学するしか選択肢がなかったのだ。

そして、明治大学では4年制の経営学部を5年で“中退”することになる。
世界の「北野武(きたの・たけし)」は明治大学を4年で中退したので、私は1年分勝った。
私のささやかな誇りだ。
だが、北野武の母親は本人がその気になったら復学できるように5年目の学費を払い込んでいた。
北野武は後年それを知ったらしい。
うーん、イーブン(ドロー)になってしまった。

当然、「中退式」はない。
ところが、私はこの中退さえ怪しくなった。
十年程前に公開セミナーの受講者だったか、退学手続きを取らないと“除籍”扱いになると聞かされた。
どうだったか?
迂闊に「明治大学中退」とも名乗れないとは…。

私は結局、一度も卒業式を経験してこなかった。
古い自分と決別し、新しい自分へ脱皮する節目のイベントだというのに…。

さらに、だらしなさの延長でフリーランスの道に迷い込んだため、「就職活動」を経験することもなかった。
フリーランスといえば聞こえはいいが、企業社会からのドロップアウトにほかならない。
そう、「成人式」も。

私は、社会の正門をくぐる努力と苦労、そして精神の高揚を知らない。
裏口から世間に紛れ込んでしまった。
40代になり講師の仕事を始めるまで、スーツもワイシャツもネクタイもベルトもクツもろくに持っていなかった。
腕時計はいまだに持っていない。

出口と入口というケジメを欠いた人生…。

我ながら思う。
この齢になっても子どもっぽさが抜けない。
というより、「幼児性」が色濃く残っている。
それは、大人になるための「社会儀礼」を通過しなかったことと無関係であるまい。

ちなみに、会社に関わる式典や旅行、忘年会や新年会、結婚式や葬儀、接待などで揉まれていない。
組織に溶け込んだり集団に同化したりするのが苦手だ。

私は来年、還暦を迎える。
もはや手遅れだ。
できそこないの大人として残りわずかな人生を生きていこう。

このブログは2007年5月13日「私にいまだに残る幼児性…」に手を加えたものである。

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