若者のボランティア活動が紹介された番組をいくつか見た。
どれも地域社会に深く分け入り、しっかりと根づいた取り組みである。
貢献度が大きく、彼らがいなくては地域社会が成り立っていかないと思われるほどだ。

こうした運動が大勢を巻き込んだムーブメントに高まるには、けん引役となるリーダーの志と情熱、そして行動力が不可欠である。
それがNPO法人化されているところも…。
学生を含む若者のほか、主婦や会社員、自営業者なども関わる。
メンバーの年齢構成が幅広いグループも珍しくない。
無報酬とはいえ、肉体的に過酷な労働もあった。
若者が流す大粒の汗が何とも美しかった。

活動母体は財源が厳しいはず。
企業の寄付でまかなえず、彼らが不足を補っている可能性がある。
手間もカネも出しており、私は頭が下がる。
広い意味の地元をよくしたいという思いと、住人への愛情がベースになった地道で粘り強い取り組みである。

例えば、空き家再生プロジェクト。
街のあちこちに、いや通りにいくつも空き家が生じている。
放っておくと櫛の歯が抜けたようになり、近隣関係が壊れ、コミュニティが崩れる。
そのままでは住まい手も買い手もつかない住宅に手を入れ、他地域を含めて人を呼び込む。
住民、さらに観光客の交流の場として用いることも…。

例えば、暮らし再生プロジェクト。
へき地や島しょ部では年寄りが一人で暮らす世帯が多い。
洗濯機やラジカセなど家電製品の故障、竹やぶの侵食など、生活に支障を来す不都合や不具合があっても、自分ではどうすることもできない。
それを解決してくれる店がないし、またサービスを依頼するカネがない。
衰えた体、弱った心に堪える。
そこで、知識や技術を持つ若者が訪れ、修理や修繕、手入れや措置を施す。
道具も部品もろくになく、悪戦苦闘の連続だ。
理容のプロやその卵もボランティアに駆けつける。
離島の高齢者が何十年振りにカットしてもらったと喜んでいた。
鏡に見入る顔がとても嬉しそう。

地方は衰退や疲弊が深刻だ。
人口の減少、そして住人の高齢化が急速に進む。
ボランティアの活躍の舞台はおもに過疎地域である。



私は仕事に追われ、一般的なボランティア活動に携われなかった。
しかし、自分が食べてきたビジネス分野ならいくらか貢献ができるだろうと、NPO法人の理事長として突っ走ってきた。
職業人に低廉な学習の機会を提供する取り組みである。
日本経済の活性化に寄与するのも意義が大きいと考える。
私が寄付を募らず、しかも収益事業を行わなかったため、結果として十余年で凄まじい持ち出しになった。
還暦目前になり、正直、老後に残しておけばよかったという気持ちがないわけでない。

ボランティアは、活動母体はたいてい財政が火の車だ。
とりわけ主宰者や主力メンバーは懐をかなり痛めていよう。

が、こうした人たちの献身的な行動力が地域社会を支え、高齢者を救う。
財政破たんに直面する日本では、国や地方自治体の行政サービスが縮むばかり。
あれもこれも対象外…。
自ら福祉ネットワークを広げていくしかない。
ボランティアの心意気と努力に心より感謝したい。

私は、私が得意とする領域で頑張る。
やれるところまでは…。

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