日曜日の深夜(日付は月曜日)、TBSの「報道の魂 とことん−メダル支えたスケートおやじ」と題する番組で、富山市のダイチ株式会社が取りあげられた。
社員40名程の中小企業。地質調査会社。
質素でこじんまりした社屋が映し出された。

先のバンクーバー冬季五輪のスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)で銀メダルに輝いた3選手のなかの田畑真紀と穂積雅子を送り込んだ。
スケート部を創設したときは25億円あった年商が、その後の公共事業削減と不況により9億円に激減した。

途中、田中実会長は自らの報酬を削って凌いできた。
ダイチは昨年、金融危機の影響でついに赤字に転落した。
たいていは「廃部もやむなし」となる。
しかし、富山ダイチのスケート親父(おやじ)は“普通”でない。
このピンチを凄まじい執念で乗り切った。
スケート知らずというから、私は余計に驚く。

息子の田中洋一郎社長の存在も大きかった。
実会長とぶつかりながらも結局、支えつづけた。

私の父は入善町椚山の貧農の出身だ。
私が高校2年生のときに東京で事業につまずいて入善町に戻り、家を建てた。
その後、滑川市に家を建て替えた。
私が、晩年に横浜・港北ニュータウンに呼び寄せるまで、両親は30年以上、富山で暮らしたことになる。
私は富山県立魚津高校の卒業だが、実質1年半くらいしか住んでいない。
しかし、番組で実会長の富山弁を聞き、懐かしさが込み上げてきた。
私の父はアルツハイマーが進んで言葉を話せない。

五輪後、実会長の自宅で祝宴が催された。
ふすまを外すと、2つの和室がつながる。
両親の滑川の実家がそうだった。
実会長は2選手に挟まれ、首に2個の銀メダルをかけられ、感無量の表情を浮かべた。
苦労が報われた。

同社スケート部はこの春に高卒の新人を迎え、ロシア・ソチ冬季五輪へ向けてこれまで以上に厳しい練習のスタートを切った。
金メダルを目指していることは言うまでもない。

地元はダイチへ仕事を発注して盛りあげてほしい。

                      ◇◆◇

富山ダイチのスピートスケート女子に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年4月15日「ダイチ・田畑真紀、メダルへの道のり」はこちら。

⇒2010年3月9日「五輪銀メダルのダイチは富山中小企業」はこちら。

⇒2010年3月1日「日本金メダル逃す…女子団体追い抜き」はこちら。

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