私は先だってNHKの「こころの遺伝子〜あなたがいたから〜」という番組をたまたま見た。
実は、これまでに幾度か…。
スタジオにゲストを招き、人生の岐路で背中を押してくれた恩人とのエピソードを語ってもらう番組だ。
ときに恩人も招かれる。

タイトルは、「技術の前に人間を磨け 野村克也」。
ゲストは、東北楽天ゴールデンイーグルス名誉監督の野村克也であり、野球評論家・解説者として活躍している。
下位球団を預かり優勝へ導いてきた名将である。
日本一に3度輝いた。

野村克也の野球哲学の原点に、京都府立峰山高等学校時代の恩師・清水義一(故人)の存在があった。
希望に燃えて入部した野球部は不良の巣窟になっており、生徒指導主任の清水義一は廃部を唱えた。
野村克也は、野球をまったく知らない清水義一に部長(野球部顧問)に就任してくれるよう頼み込み、この危機を乗り切った。
策略家という言葉が使えないとしたら、知恵者。
そして、これが公私にわたるつきあいが始まるきっかけとなった。

清水義一は、無名の野村克也にプロ野球への道筋をつけてやろうと推薦状を書き、片っ端から監督に送った。
ついに南海ホークスの鶴岡一人(つるおか・かずんど)監督の目に止まった。
「カベ用にでも入れておけや」。
カベとは、ブルペン捕手のこと。
野村克也は1954年、契約金ゼロのテスト生として入団を果たした。
清水義一との出会いがなければプロ野球選手になれなかったかもしれない。
まさに人生の恩人だ。

僧侶でもあった清水義一は、野球部員に「心を磨きない」と説いた。
後に、野村克也は監督として人間力を重視し、「再生工場」の異名を取った。
番組では、好んで「本質」という言葉を用いた。
清水義一の教えが大きな影響を与えたことが分かる。

                       ◇

なお、驚きの発言が飛び出した。
「大リーグの監督をやってみたい」。
理由は、大リーグが大リーグと呼べないレベルだから…。
野村克也らしい。
それを建て直したいのか。

10年連続でオールスター戦の出場を決めたシアトル・マリナーズのイチロー外野手を筆頭に、日本人選手の活躍は目覚しい。
が、監督となると初。
野村克也はいまだに野望を持ち、執念を燃やしていた。

本音は日本球界で監督を続けたい?
野村克也は口が災いしたか、引き際がきれいでなかったせいか、どの球団からもお声がかからない。
成績が低迷する東京ヤクルトスワローズや横浜ベイスターズはどう考えているのだろう。

私は思った。
野村克也はグラウンドで倒れたいのだ。

以下に「わずか2勝で名将? 野村克也監督人生」と題する2010年3月18日のブログを収める。

                      ◇◆◇

野村克也(のむら・かつや)のプロ野球監督としての通算成績は、わずか2勝の勝ち越しだった。
私がそれを知ったのは、NHKのプレミアム8「1565勝1563敗〜野村克也 野球人生を語る〜」という番組の予告である。
きのうが放送日だったが、わが家はBShiを見られない。

私は驚くとともに熱くなった。
自分のこれまでの人生に思いを馳せざるをえなかった。

野村克也は、兼任の南海を含め、ヤクルト、阪神、楽天の4球団で監督を務めた。
昨季、楽天を初の2位に躍進させたものの、本人によれば「解任」。
実際には契約終了。

私は、野村克也は野球への情熱が衰えておらず、健康を保てれば「監督業」は務まると思っている。
しかし、野村克也を雇う球団がなければ、これが生涯成績になる。
“名将”にして、わずか2勝の勝ち越し。
私は、野村克也が弱小チームを率い、選手を育成したり再生したりして優勝へ導いたという印象を持つ。

楽天ではチームの強化に加え、広告塔として活躍した。
球団がドラフトくじで田中将大(たなか・まさひろ)を引き当てた幸運に恵まれたとはいえ、マスコミや世間から見向きもされなかった球団に多くのファンを引き寄せた。
本拠地の「Kスタ宮城球場」が埋まるようになった。
人気面での功績も大きい。

今季から試合後の監督インタビューがスポーツニュースで報道されることはない。
広告費に換算すると、いったいいくら失う?
数億円などという金額でない。
楽天はチームが2位に留まっては、監督を交代させた意味がない。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」。
企業経営につながる名言だろう。

私は還暦が来年に迫る。
人生に勝ち負けという言葉を使うのは適切でないが、現時点で大幅な負け越しである。
盛り返せるかどうか分からない。
私は野村克也の戦績に勇気づけられる。
いくらかでも勝ち越せればよしとしたい。

生涯わずか2勝の名将。
そこに氏の運不運も感じるし、反骨も感じる。
むろん、凄いのは監督として3千試合以上、指揮を執ったこと。

野村克也は楽天と「3年契約の名誉監督」でようやく折り合った。
一説には、球団批判の口を封じる狙いで提示された条件とか。
うん? 期限付きの名誉監督?
この“期限付き”というところに野村克也の限界があるようにも思う。
プロ野球での実績と貢献はONに引けを取らないはずなのに…。

野村克也はかつて、王貞治(おう・さだはる)と長嶋茂雄(ながしま・しげお)をヒマワリ、自分を日本海に咲く月見草にたとえてみせた。
氏ほどボヤキの似合う人間はいない。

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