NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(村井茂=向井理)は講談社の「少年マガジン」でデビューを果たした。
一人の編集者が水木作品を高く買っていたのだ。
部数で大差がついたライバル誌、小学館の「少年サンデー」を追撃するため、この編集者はほどなく編集長に抜擢された。
きょうは先日のブログ「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」の続きである。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

編集者が調布の水木家を訪れた。
水木しげるが悪戦苦闘の末に描きあげた「テレビくん」の出来に満足して受け取った。
そして、原稿料は銀行振り込みと告げた。
水木しげるはこれまで作品を届けたときに粘って原稿料を受け取ってきた。
が、約束の金額を払ってもらえなかったり、一円も手にできなかったり…。
編集者は帰り際、水木しげるの妻(村井布美枝=松下奈緒)に「奥さん、電話を引く気はありませんか。ここは通うにはちょっと…」。

後日、妻は記帳し、桁違いの金額に驚いた。
何かの間違いだから返さなくては…。
早速、水木家に電話が通じた。

そして、「少年マガジン」で「墓場鬼太郎」の読み切り連載が始まった。
月1本のペース。
しかし、第1回(8月号)、第2回(9月号)は読者の人気投票で最下位だった。
3回連続最下位だと、連載は打ち切られる。
水木しげるはピンチに立たされていた。
なお、私は「墓場鬼太郎」と思ったが、ドラマでは「墓場の鬼太郎」だった。

「連載を打ち切るべし」との編集部員の意見を、例の編集長は一喝した。
「アンパイ(安全牌)ばかり切っていたら、ここから先には進めないぞ」。
ライバル誌を超えるには、つまらん常識は捨てろと…。
「少数でも熱いファンのいる漫画はかならず化ける」。
実際、ポツリポツリ、読者から編集部に絶賛の声が寄せられていた。

編集長は鬼太郎の底力を信じ、打ち切るどころか、少年マガジンの看板になると週刊連載(続きは来週号)に変えた。
大勝負をかけたのだ。
ここで、子どもたちの興味をあすにつなぐ紙芝居作家の経験が生きるとは…。

水木しげるは昭和40年(1965年)11月、馴染みの質屋に質札の束を持参し、リヤカー一台分を持ち出した。
私は35年以上前、西荻窪駅近くの質屋に出入りしたことを思い出した。
質ぐさがほとんどなかったせいで、ときどき世話になる程度だったが…。
私は明治大学進学で上京してから中野、東小金井、西荻窪、三鷹と中央線沿線で暮らし、何軒かの質屋に出入りした。
そういえば、古本屋はもっと世話になった。
百円程度の片道の電車代を幾度も用立ててもらった。
なぜだろう、極貧生活が懐かしい。

水木家に編集長から電話が入った。
「テレビくん」が講談社児童漫画賞を受賞したとの知らせだった。
漫画の芥川賞。
水木しげるは呆然…。
実感がわかない。
が、しばらく間があって「当然だがな…」。
妻も同意。

私は体力のあった40代、日経BP社などの月刊誌、中部経済新聞(日刊紙)で本格的な連載を行った。
締め切りに追われ、ヒイヒイ悲鳴を上げた。
週刊誌で、まして漫画連載となると、文字どおり「地獄」なのでなかろうか。

                       ◇

私は、水木しげるが仕事に打ち込む姿に感心するとともに、おおいに励まされる。
フリーランスのプランナーの駆け出しの頃、三鷹で小さな和室が2部屋の間借り生活を営み、机どころかテーブルもなかった。
買うカネもなかったが、置くスペースがなかった。
一年中、電気こたつ。
冬場以外は掛け布団を外し、食卓兼机として使っていた。
私は、水木しげるのように、起きている時間のほとんどすべて畳に座って仕事を行っていた。
内臓など体に大きな負担がかかっていたのでないか…。
前妻は、私が早死にすると友人など周囲に話していた。
クレージーな働き方だった。

私は40代まで、水木しげるに負けないくらい仕事にエネルギーを注いだ。
30代から、机と椅子で…。
還暦間近になり、重い腰痛と背筋痛、疲労を抱え、いつも愚痴をこぼし、溜め息をついている。
我ながら情けない。

ゲゲゲの女房を見ていると、もっと頑張らなくてはという気持ちが湧いてくる。
私が一番苦手な真夏に入るが、何とか自分商品の第1号を完成させたい。
営業変革・再建系のコンサルタントとしてのノウハウを集約したいのだ。
本も出したい。

水木しげるは40代半ばで大きな花を咲かせた。
しかし、職業人生の黄昏を迎えた私はこれといった実績を残していない。
前妻は出会いから結婚、そして死の直前まで、私を「凄い」「凄い」と誉めつづけた。
末期がんで呼吸が困難にもかかわらず、「お父さんは凄い」と声を振り絞った光景を忘れられない。

私は「凄い」を証明できないうちにリタイアが迫る・・・。
そのことが今日までずっと心に引っかかっている。
悔いばかり。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

Copyright (c)2010 by Sou Wada

人気ブログランキング←応援、よろしく!