きのうのブログの続き。
NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(村井茂。向井理)が作品づくりに注ぎ込む執念は並大抵でない。
それを可能にしたのは、好きな漫画だからこそ!
それと、仕事が来るのでやらざるをえない、家族を支えるために頑張らざるをえないなどの側面も否めない。
何せ40代半ばまで口に入れるものにも困る貧乏暮らしが続いていた。
ようやく得た人気を絶対に手放したくないという気持ちは、収入の保障のないフリーランスに共通するのでは…。
厳しい世界である。
水木しげるは、漫画家が現れては消える様を見てきた。
講談社の少年マガジンの別冊そして本誌にデビューするとき、それを強く肝に銘じた。
いい加減なものは描けない、と…。
苦労人だ。
人気作家になっても、その姿勢は崩れることがなかった。
怒涛のように押し寄せる締め切りと格闘しながら、次々と作品を生み出している。
水木しげるが漫画にかける情熱が本物ゆえに、株式会社水木プロダクションのアシスタントたちも歯を食い縛ってついてきたはずだ。
◇
さて、私は不甲斐ない自分を何とかしようと考えた。
十年程、これといった成果を創出していない。
生みの苦しみは、外部から締め切りなどの強制力が働かないと、なかなか乗り越えられない。
私は根が怠け者であり、さらに性分としてぎりぎりまで追い詰められないと本気になれない。
こうなったら自ら発破をかけ、尻を叩くしかない。
そこで、一大決心!
部屋にスローガンを貼ろう。
私にもっとも必要な言葉は、有名な「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」。
おそらくこれに尽きる。
一代で世界の日本電産グループを築きあげた炎の起業家にして経営者、永守重信(ながもり・しげのぶ)のスピリッツがごく短いフレーズに凝縮されている。
⇒2009年10月8日「永守重信の言葉と生き様」はこちら。
「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」。
しかし、この言葉はあまりにも厳しい。
まともに実践するなら、確実に倒れる。
心の強くない私はとことん追い詰められそう。
むり・・・。
続きは、あさってのブログで…。
◇◆◇
「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。
⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。
⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。
⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。
⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。
⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。
⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。
⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。
⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。
⇒2010年7月17日「ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞」はこちら。
⇒2010年7月24日「水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年7月31日「ボチェッリが歌う吉岡聖恵・ありがとう」はこちら。
⇒2010年8月5日「水木プロダクション異様な活気…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年8月9日「ゲゲゲの鬼太郎へ題名変更…主題歌もヒット」はこちら。
⇒2010年8月11日「水木プロダクション…アシスタント人件費」はこちら。
⇒2010年8月12日「いじめ…有名人の子の苦悩(ゲゲゲの女房)」はこちら。
⇒2010年8月14日「妖怪いそがし、家庭を顧みない水木しげる」はこちら。
⇒2010年8月18日「漫画家・水木しげる、締め切りの地獄と天国」はこちら。
⇒2010年8月20日「職業人生に締め切りを設けよ…水木しげるの教え」はこちら。
⇒2010年8月20日「松下奈緒は号泣、向井理は手料理…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年8月21日「芸術への憧れを捨て、フリーランスのプランナーへ」はこちら。
⇒2010年8月21日「松下奈緒の美しさ…思い出のメロディー司会&演奏」はこちら。
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NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(村井茂。向井理)が作品づくりに注ぎ込む執念は並大抵でない。
それを可能にしたのは、好きな漫画だからこそ!
それと、仕事が来るのでやらざるをえない、家族を支えるために頑張らざるをえないなどの側面も否めない。
何せ40代半ばまで口に入れるものにも困る貧乏暮らしが続いていた。
ようやく得た人気を絶対に手放したくないという気持ちは、収入の保障のないフリーランスに共通するのでは…。
厳しい世界である。
水木しげるは、漫画家が現れては消える様を見てきた。
講談社の少年マガジンの別冊そして本誌にデビューするとき、それを強く肝に銘じた。
いい加減なものは描けない、と…。
苦労人だ。
人気作家になっても、その姿勢は崩れることがなかった。
怒涛のように押し寄せる締め切りと格闘しながら、次々と作品を生み出している。
水木しげるが漫画にかける情熱が本物ゆえに、株式会社水木プロダクションのアシスタントたちも歯を食い縛ってついてきたはずだ。
◇
さて、私は不甲斐ない自分を何とかしようと考えた。
十年程、これといった成果を創出していない。
生みの苦しみは、外部から締め切りなどの強制力が働かないと、なかなか乗り越えられない。
私は根が怠け者であり、さらに性分としてぎりぎりまで追い詰められないと本気になれない。
こうなったら自ら発破をかけ、尻を叩くしかない。
そこで、一大決心!
部屋にスローガンを貼ろう。
私にもっとも必要な言葉は、有名な「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」。
おそらくこれに尽きる。
一代で世界の日本電産グループを築きあげた炎の起業家にして経営者、永守重信(ながもり・しげのぶ)のスピリッツがごく短いフレーズに凝縮されている。
⇒2009年10月8日「永守重信の言葉と生き様」はこちら。
「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」。
しかし、この言葉はあまりにも厳しい。
まともに実践するなら、確実に倒れる。
心の強くない私はとことん追い詰められそう。
むり・・・。
続きは、あさってのブログで…。
◇◆◇
「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。
⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。
⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。
⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。
⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。
⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。
⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。
⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。
⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。
⇒2010年7月17日「ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞」はこちら。
⇒2010年7月24日「水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年7月31日「ボチェッリが歌う吉岡聖恵・ありがとう」はこちら。
⇒2010年8月5日「水木プロダクション異様な活気…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年8月9日「ゲゲゲの鬼太郎へ題名変更…主題歌もヒット」はこちら。
⇒2010年8月11日「水木プロダクション…アシスタント人件費」はこちら。
⇒2010年8月12日「いじめ…有名人の子の苦悩(ゲゲゲの女房)」はこちら。
⇒2010年8月14日「妖怪いそがし、家庭を顧みない水木しげる」はこちら。
⇒2010年8月18日「漫画家・水木しげる、締め切りの地獄と天国」はこちら。
⇒2010年8月20日「職業人生に締め切りを設けよ…水木しげるの教え」はこちら。
⇒2010年8月20日「松下奈緒は号泣、向井理は手料理…ゲゲゲの女房」はこちら。
⇒2010年8月21日「芸術への憧れを捨て、フリーランスのプランナーへ」はこちら。
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