日本は起業率が冴えない。
起業家育成を謳うMBAの卒業生もほとんど会社をつくらない。
大方は資格を増やすつもりで学んだのか…。

起業が活発にならなければ、経済に元気を取り戻せない。
成功率は低くても、大きな母数のなかからあすの社会と世代を支える企業が育つ。
深刻な雇用問題も、職場と仕事を創出しないかぎり、本質的な解決は図れない。
若い世代には会社をつくってほしい。

以下に、「起業は衝動であり、計画でない」と題する2007年9月23日のブログを収める。
かなり手を加えた。

                       ◇◆◇

一般に、「計画」を立てたがる人の特徴は、なかなか「行動」を起こさないことだ。
彼らは、行動の先にある「成果」をつかむことに対し、とても臆病である。
行動を起こせない後ろめたさから、計画を立てるという見方さえ成り立つ。
自分への“言い訳”としての計画…。
こうした人は、少なくともセルフスターターとしての起業家に不向きなのでないか。

起業は衝動であり、計画でない。
起業は実行であり、予定でない。

「考えてから動く」のでなく、「動きながら考える」。
あるいは、「動いてから考える」。
決め手は、凶暴な行動力。

当たり前だが、起業について何年か勉強するより、起業して3カ月で失敗するほうが断然多くを学べる。
本は、それを知らないとどうしても行動できないと感じたときにだけ読む。
私の場合には、それを知らないとかならず失敗すると感じたときにしか読まない。
本を読んだのはいつ頃だろう。

とくに若いうちは、どんどん起業すればよい。
うまくいかず、財布や引き出しの小銭をかき集めた経験は、職業人生の財産となる。
失敗には前向きな価値がある。

貧乏は、若者の特権。
挑戦する若者は、たいていそうだ。

一定の保障を得られるサラリーマン生活が長くなるほど衝動を失いやすい。
また、それなりの成功を収めたオーナー社長の大半は衝動が湧かない。
いずれも起業が叶わない。

なお、ここで述べた「起業」とは、きわめて初期段階のそれだ。
自分のなかに押さえがたい思いが生まれ、それを具現化するビジネスの着想もしくは構想が得られた状態である。
この思いこそ、起業の「志」にほかならない。
それが社会への貢献性に加え、時代への適合性を持つなら、血が騒いで当然だろう。

後は、出会いを求めて動くのみ。
「有言」を通じて共鳴者を募り、「実行」へ向けて心と力を合わせる。

                       ◇

大学生が就職活動に膨大なエネルギーを割いたにもかかわらず、内定をもらえない…。
そこで、卒業を延ばしたり大学院に進学を試みたりするらしい。
やりたいこと、できそうなことを始めてみるのも一法では…。
それは起業へ踏み出したことになる。

学生に限らず、就職と起業(独立を含む)の両方を考えておかなければ乗り切れない時代に入ったのでないか。
職業人生は半世紀に及ぼう。

就職を前提とした学校教育は見直しが必須である。
とりわけ“就社”を目指した学校教育は…。

                      ◇◆◇

最初の原稿は以下のとおり。

⇒2007年9月23日「起業は衝動であり、計画でない」はこちら。

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