きょうNHKのBShiで「日本の祭2010 徳島 阿波おどり」が放送される。
時間は午後8時〜9時半(90分間)。
ゲストは、朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」出演者から3人、ヒロインの倉科カナ、嶋大輔、室井滋。
ハイビジョン放送により臨場感いっぱいの踊りを堪能できる。

本場・徳島市で8月12日〜16日まで4日間にわたり開催された阿波おどり。
街全体が踊る阿呆の狂騒と見る阿呆の沸騰に包まれた。
多彩な連が藍場浜演舞場に次々となだれ込む様子は圧巻である。
番組ではおもに有名連の熟練・洗練の踊りを分かりやすい解説を交えながら紹介する。

昨年も「日本の祭2009 こころ踊る天水の夏 徳島阿波おどり」と題して放送された。
毎年恒例なのだろうか。
ちなみに「天水」とは、天からの水と踊りさえあればいいという踊り好きのこと。
倉科カナは昨年もゲスト出演。

以下に、「日本の祭『阿波おどり』の天水たち」と題する2009年11月14日のブログを収める。
ついては、かなり手を入れた。

                      ◇◆◇

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」。
三味線、太鼓、鉦、横笛などの2拍子の伴奏に乗り、踊り手の集団である「連」が踊り歩く。
女は優雅に、男は腰を落として豪快に…。

私は40年以上前を思い出した。
高校1年生の夏に1度だけ家族で阿波おどりを見たことがある。
東洋紡績の桟敷席だった(うろ覚え)。
目の前で踊りが延々と繰り広げられた。
額の汗が見えるのはもちろん、激しい息づかいが聞こえる。
男踊りは体力の消耗が凄まじい。
非常に過酷だ。

                       ◇

私は徳島県小松島市で14カ月暮らした。
小松島市立小松島中学校が5カ月強。徳島県立城北高校が9カ月弱。
実は印象が悪い。
それは徳島のせいでなく、私、正確に言えば家族の問題だった。
呉羽紡績が東洋紡績に吸収され、出世街道を着実に歩んでいた父は肩書を奪われ、徳島へ飛ばされた(徳島が辺ぴという意味でない)。

降格にともない、住環境が一戸建てから、東洋紡績小松島工場の従業員が暮らす4軒長屋へ。
生活が一変した。
両親は愚痴をこぼさなかったが、つらかったろう。
家から笑い声が消えた。
何もかもつまらなかった私は、滑稽な踊りも表情もむなしく思えた。

後に富山県から上京し、若い頃は中野(杉並区高円寺南)、東小金井、西荻窪、三鷹と一貫して中央線沿線に暮らした。
にもかかわらず、高円寺の商店街(?)で催される「東京高円寺阿波おどり」に一度も行っていない。
いまや百万人程が繰り出す、東京の代表的な夏祭の一つ。
私のなかで阿波おどりは徳島時代の苦しい記憶とつながっていたのだ。

40年以上の歳月を経て、当時のわだかまりから解き放たれ、私は阿波おどりを心から楽しむことができた。
番組の進行につれ、懐かしい感情がじんわりと広がってきた。

                       ◇

ところで、当時もそうだったのだが、改めて徳島の経済的な貧しさを感じた(私の印象であり、データは確かめていない)。
阿波おどりは、道があり、人がいれば、たいしたカネがかからない。
地元の人たちは長らく情熱を注ぎ、大切に祭を育てあげた。
約4百年の歴史があり、「日本三大盆踊り」に数えられる。

番組では、阿波おどりに自分の人生を重ね合わせる人が大勢いることが紹介された。
一年が祭を中心に回っている!
まさしく阿呆…。
また、私には変わらないように見えるが、天水たちはつねに新しい阿波おどりを創造しようと努力を惜しまない。
当時はとても思い至らなかった。

…父はこの後、何もかもうまくいかなくなっていく。
人生の歯車が完全に狂った。
それをすぐそばで見るのは嫌だった。
両親は経済面でも大変だったが、精神面でも地獄の状態が十年ほど続くことになる。

私は富山の実家を飛び出したい一心で、日本経済新聞社の奨学制度(日経育英奨学会)を利用し、明治大学への進学を強行した。
地元に残ってほしいとの両親の希望、とくに父の願いを振り払って…。
暗く重い雰囲気に覆われた家庭に息が詰まりそうだった。
妹に申し訳なく思う。

                       ◇

私はナマで阿波おどりに触れたいと思った。
徳島を訪れる機会が得られるだろうか。
それが難しいなら高円寺へ出かけたい。

◆書き加え1(2010年8月22日)

アルツハイマーの父がお世話になる港北ニュータウンの特別養護老人ホームで盆踊りが開かれた。
大勢のボランティが駆け付け、懸命に催しを盛り上げてくれる。
私は頭が下がる。

夕方とはいえ、猛烈な暑さのせいか父は機嫌が悪く、担当者を怒鳴り散らしている。
途中で屋内に戻された。
テントの下でも1時間が限界のようだ。

私と妻が話しかけても、何の反応も示さない。
だいぶ前から、実の子どもさえ忘れてしまった。

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