NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(武良茂。向井理)が極端なスランプに陥ったのは、1980年代の初頭らしい。
ウィキペディアに、妻・村井布美枝(武良布枝。松下奈緒)が外で働くと切り出すほどのピンチだったと記されている。
それは、戦後の高度成長の「最後の十年」の始まり。
世の中、あらゆる面で合理性が追求されていた。
水木しげるにとり逆風になったのかもしれない。
主因は第1にブームの反動、第2に作品のマンネリと思われるが、鬼太郎人気、妖怪人気が急速にしぼんだ。
さて、月曜日の放送は、1984年(昭和59年)4月。
水木しげるの父・村井修平(風間杜夫)は急に衰えた。
元気がなく、頭もいくらかボケた。
死への親近感を口にしはじめた。
もう十分に生きたというように…。
人はそろそろ休みたくなる。
母・村井絹代(竹下景子)も交番に保護され、布美枝が引き受けた。
親はかなりの高齢である。
私は2000年頃、富山・滑川に暮らす両親を横浜・港北ニュータウンに呼び寄せた。
実際の面倒は妻が見てくれた。
あるとき、父が小学校に保護されているという連絡が警察から入った。
かなりの距離だ。
迷いながら歩いているうちに、自宅からどんどん遠ざかったのだろう。
妻が迎えに行くと、校長室のソファーで普段どおり茶を飲んでいたという。
プライドの強い父なので、内心恥じたはず。
地理に不案内ということもあるが、やはりボケが進んでいたのだ。
私は、この事件(?)を思い出した。
1922年3月生まれの武良茂は62歳に、1932年1月生まれの武良布枝は52歳に達している。
朝ドラでは、向井理も松下奈緒もメイクが若すぎる印象を受ける。
ムリに年を取らせると、かえって違和感が大きくなるからか…。
水木しげるは妖怪事典が世に出て、仕事の注文が戻りつつあった。
再び手応えを感じていた。
暇なときに一点ずつ描いた渾身の「妖怪画」は、漫画というよりイラスト。
村井布美枝によれば、怖くなる出来栄えだった。
点々のアシスタント・菅井伸(柄本佑)が異様に張り切ったのでないか。
妖怪は、実在しない。
大勢に印象づけるには「妖怪」をシンプルに描きたい。
が、それにリアリティを与えるには「背景」を精緻に描きたい。
点々は、妖怪漫画(イラスト)の第一人者、水木しげるに不可欠の描画要素である。
アシスタント、万歳!
◇
このブログは原則として、ゆとりのあるときに書き溜めた原稿を数日から1カ月ほどのスケジュールに落とし込み、マネジャー(秘書)にアップしてもらっている。
そこに、外出時や出張時、移動中の空き時間に記したブログがはさみ込まれる。
「ゲゲゲの女房」に関するブログに限らないが、時間の流れが前後したり入り組んだりすることが頻繁に起こる。
ご容赦いただきたい。
◇◆◇
「株式会社水木プロダクション(調布市。武良茂社長)」に関するブログは以下のとおり。
⇒2010年9月1日「水木しげる大スランプ、自信喪失…仕事がない」はこちら。
⇒2010年9月2日「水木しげるの異変、村井布美枝(武良布枝)の苦悩」はこちら。
⇒2010年9月3日「水木しげるスランプの原因…先生商売の落とし穴」はこちら。
⇒2010年9月3日「水木夫婦ゆかりの地巡り…清水ミチコ、松下奈緒」はこちら。
⇒2010年9月4日「水木しげる作品・自宅・プロダクション…調布名物」はこちら。
⇒2010年9月6日「水木しげる、復活へのノロシ…スランプ脱出」はこちら。
⇒2010年9月7日「水木しげるの漫画家魂、妖怪研究家の名声」はこちら。
◆書き加え1(9月7日)
村井絹代が交番に保護されたのは、迷子になったせいでなかった。
マナーの悪い若者を注意し、それでも言うことを聞かなかったので杖を振り回した。
心臓が悪かったはずだが、元気一杯である。
水木しげるは妻に対し、長女・藍子が大学を卒業したら会社(水木プロダクション)を手伝わせたいと語った。
わりと早くからそうした考えを温めていたのか。
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水木しげる(武良茂。向井理)が極端なスランプに陥ったのは、1980年代の初頭らしい。
ウィキペディアに、妻・村井布美枝(武良布枝。松下奈緒)が外で働くと切り出すほどのピンチだったと記されている。
それは、戦後の高度成長の「最後の十年」の始まり。
世の中、あらゆる面で合理性が追求されていた。
水木しげるにとり逆風になったのかもしれない。
主因は第1にブームの反動、第2に作品のマンネリと思われるが、鬼太郎人気、妖怪人気が急速にしぼんだ。
さて、月曜日の放送は、1984年(昭和59年)4月。
水木しげるの父・村井修平(風間杜夫)は急に衰えた。
元気がなく、頭もいくらかボケた。
死への親近感を口にしはじめた。
もう十分に生きたというように…。
人はそろそろ休みたくなる。
母・村井絹代(竹下景子)も交番に保護され、布美枝が引き受けた。
親はかなりの高齢である。
私は2000年頃、富山・滑川に暮らす両親を横浜・港北ニュータウンに呼び寄せた。
実際の面倒は妻が見てくれた。
あるとき、父が小学校に保護されているという連絡が警察から入った。
かなりの距離だ。
迷いながら歩いているうちに、自宅からどんどん遠ざかったのだろう。
妻が迎えに行くと、校長室のソファーで普段どおり茶を飲んでいたという。
プライドの強い父なので、内心恥じたはず。
地理に不案内ということもあるが、やはりボケが進んでいたのだ。
私は、この事件(?)を思い出した。
1922年3月生まれの武良茂は62歳に、1932年1月生まれの武良布枝は52歳に達している。
朝ドラでは、向井理も松下奈緒もメイクが若すぎる印象を受ける。
ムリに年を取らせると、かえって違和感が大きくなるからか…。
水木しげるは妖怪事典が世に出て、仕事の注文が戻りつつあった。
再び手応えを感じていた。
暇なときに一点ずつ描いた渾身の「妖怪画」は、漫画というよりイラスト。
村井布美枝によれば、怖くなる出来栄えだった。
点々のアシスタント・菅井伸(柄本佑)が異様に張り切ったのでないか。
妖怪は、実在しない。
大勢に印象づけるには「妖怪」をシンプルに描きたい。
が、それにリアリティを与えるには「背景」を精緻に描きたい。
点々は、妖怪漫画(イラスト)の第一人者、水木しげるに不可欠の描画要素である。
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そこに、外出時や出張時、移動中の空き時間に記したブログがはさみ込まれる。
「ゲゲゲの女房」に関するブログに限らないが、時間の流れが前後したり入り組んだりすることが頻繁に起こる。
ご容赦いただきたい。
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⇒2010年9月1日「水木しげる大スランプ、自信喪失…仕事がない」はこちら。
⇒2010年9月2日「水木しげるの異変、村井布美枝(武良布枝)の苦悩」はこちら。
⇒2010年9月3日「水木しげるスランプの原因…先生商売の落とし穴」はこちら。
⇒2010年9月3日「水木夫婦ゆかりの地巡り…清水ミチコ、松下奈緒」はこちら。
⇒2010年9月4日「水木しげる作品・自宅・プロダクション…調布名物」はこちら。
⇒2010年9月6日「水木しげる、復活へのノロシ…スランプ脱出」はこちら。
⇒2010年9月7日「水木しげるの漫画家魂、妖怪研究家の名声」はこちら。
◆書き加え1(9月7日)
村井絹代が交番に保護されたのは、迷子になったせいでなかった。
マナーの悪い若者を注意し、それでも言うことを聞かなかったので杖を振り回した。
心臓が悪かったはずだが、元気一杯である。
水木しげるは妻に対し、長女・藍子が大学を卒業したら会社(水木プロダクション)を手伝わせたいと語った。
わりと早くからそうした考えを温めていたのか。
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