4年制大学の新卒の就職内定率が惨憺たる数字のまま、卒業式が近づいている。
求人がほとんどないわけでなく、学生が大手志向をさらに強めていることも一因だ。
中小企業のなかには手を尽くしても新卒の採用に至らないところが珍しくない。
私が講演会などで接する社長は「なかなか来てくれない」と嘆く。
それと、どうなのだろう、企業が求める職種と学生が望む職種にミスマッチ(不適合)が生じていることも一因では…。
私が見聞きする範囲では、営業職の質が年々低下している。
たいていの企業は営業系の人材不足が深刻である。
それなりの学生については採用に前向きのはずだ。
学生が何かと有利な大手企業にこだわる気持ちが分からないわけでない。
しかし、選り好みせず、自分を評価してくれる会社に入ることを勧める。
また、営業職として働くことを勧める。
適職は探して見つかるわけでない。
仕事を掘りさげていかないと、面白さに突き当たらない。
適職は携わりながらつくるものである。
健闘を祈る。
私は現在、社会人大学院(MBA)で「実践営業論」の授業を持っている。
このブログで以前、学生の率直な感想・評価を紹介した。
彼らが体系的かつ実践的な「営業学」の講義をいかに切実に待ち望んでいたかが文面から伝わってくる。
以下に、「大学は営業を教えよ」と題する2008年5月14日のブログを収める。
いくらか手を加えた。
◇◆◇
欧米の先進国と比べ、日本では「営業」の社会地位、さらに社内地位が非常に低い。
それが災いしているのか、「営業職」を希望する学生はきわめて少ない。
営業コンサルタントの私としてはさみしいかぎり。
また、己の力不足を痛感する。
私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学を含め、和田創研は十余年いったい何をやっていたのだろう。
さて、問題の本質は、営業の仕事に対する世間の偏見にあるのでなく、当事者の誤解にある。
だから、厄介なのだ。
戦後長らく続いた売り手優位の市場環境下での営業思想を引きずり、その営業手法から抜け出すことができない。
「売る」のが目的というより、「売りつける」のが使命だと勘違いする人がいまだに大勢いる。
この仕事に価値と誇りを見出しにくくしている張本人は、残念ながら営業自身である。
そこで、こうした頑固な思い込みを根絶やしにすることが、営業の社会地位と社内地位を向上させ、ひいては若者の営業職離れを食い止める出発点となる。
実は、私が「提案営業研修」で最重視してきたのは、当事者に営業の仕事を正しく理解してもらうことだった。
それなしに世間の認識を改められるはずがない。
気の遠くなる戦い…。
とはいえ、営業職を希望する学生はいる。
また、入社後に営業部門に配属される学生はいる。
例えば、メーカーでは、製品が営業を介して商品に変わることで初めて収益をもたらしてくれる。
製品そのものはコストでしかない。
営業職は貴重であり必須だ。
そこで、私からの提案―。
「大学は営業を教えよ」。
経営学部などの授業に「営業」を組み込むべきである。
それも営業を狭い概念に閉じ込めるのでなく、学生が実社会へ出てから活路を切り開く基礎的な行為と位置づけて…。
実際、職業人生とは自分という商品の営業活動の歴史であり、その成果にほかならない。
就職や転職、昇進や昇給、独立や起業など、私たちのステップアップの局面に深く関わる。
私は、営業力の有無が当人の成功をもっとも左右するのではないかと考えている。
燃えるような向上意欲や自己実現欲求を持つ学生にはどうしても身につけておいてほしい。
また、それはビジネスがグローバル化するなかで、日本の経済と企業が勝ち抜いていくうえで不可欠のインフラになると思うのだが…。
大学、大学院、社会人大学院(MBA)で「営業」が正規の課程として認められ、4単位が与えられるのはいつの日か。
◇◆◇
大学、大学院、社会人大学院(MBA)の営業学、営業授業に関するブログは以下のとおり。
⇒2010年6月10日「大学・大学院で営業学の授業が増加」はこちら。
⇒2009年4月13日「MBA、大学で営業学の授業」はこちら。
⇒2008年5月14日「大学は営業を教えよ」はこちら。
Copyright (c)2011 by Sou Wada
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求人がほとんどないわけでなく、学生が大手志向をさらに強めていることも一因だ。
中小企業のなかには手を尽くしても新卒の採用に至らないところが珍しくない。
私が講演会などで接する社長は「なかなか来てくれない」と嘆く。
それと、どうなのだろう、企業が求める職種と学生が望む職種にミスマッチ(不適合)が生じていることも一因では…。
私が見聞きする範囲では、営業職の質が年々低下している。
たいていの企業は営業系の人材不足が深刻である。
それなりの学生については採用に前向きのはずだ。
学生が何かと有利な大手企業にこだわる気持ちが分からないわけでない。
しかし、選り好みせず、自分を評価してくれる会社に入ることを勧める。
また、営業職として働くことを勧める。
適職は探して見つかるわけでない。
仕事を掘りさげていかないと、面白さに突き当たらない。
適職は携わりながらつくるものである。
健闘を祈る。
私は現在、社会人大学院(MBA)で「実践営業論」の授業を持っている。
このブログで以前、学生の率直な感想・評価を紹介した。
彼らが体系的かつ実践的な「営業学」の講義をいかに切実に待ち望んでいたかが文面から伝わってくる。
以下に、「大学は営業を教えよ」と題する2008年5月14日のブログを収める。
いくらか手を加えた。
◇◆◇
欧米の先進国と比べ、日本では「営業」の社会地位、さらに社内地位が非常に低い。
それが災いしているのか、「営業職」を希望する学生はきわめて少ない。
営業コンサルタントの私としてはさみしいかぎり。
また、己の力不足を痛感する。
私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学を含め、和田創研は十余年いったい何をやっていたのだろう。
さて、問題の本質は、営業の仕事に対する世間の偏見にあるのでなく、当事者の誤解にある。
だから、厄介なのだ。
戦後長らく続いた売り手優位の市場環境下での営業思想を引きずり、その営業手法から抜け出すことができない。
「売る」のが目的というより、「売りつける」のが使命だと勘違いする人がいまだに大勢いる。
この仕事に価値と誇りを見出しにくくしている張本人は、残念ながら営業自身である。
そこで、こうした頑固な思い込みを根絶やしにすることが、営業の社会地位と社内地位を向上させ、ひいては若者の営業職離れを食い止める出発点となる。
実は、私が「提案営業研修」で最重視してきたのは、当事者に営業の仕事を正しく理解してもらうことだった。
それなしに世間の認識を改められるはずがない。
気の遠くなる戦い…。
とはいえ、営業職を希望する学生はいる。
また、入社後に営業部門に配属される学生はいる。
例えば、メーカーでは、製品が営業を介して商品に変わることで初めて収益をもたらしてくれる。
製品そのものはコストでしかない。
営業職は貴重であり必須だ。
そこで、私からの提案―。
「大学は営業を教えよ」。
経営学部などの授業に「営業」を組み込むべきである。
それも営業を狭い概念に閉じ込めるのでなく、学生が実社会へ出てから活路を切り開く基礎的な行為と位置づけて…。
実際、職業人生とは自分という商品の営業活動の歴史であり、その成果にほかならない。
就職や転職、昇進や昇給、独立や起業など、私たちのステップアップの局面に深く関わる。
私は、営業力の有無が当人の成功をもっとも左右するのではないかと考えている。
燃えるような向上意欲や自己実現欲求を持つ学生にはどうしても身につけておいてほしい。
また、それはビジネスがグローバル化するなかで、日本の経済と企業が勝ち抜いていくうえで不可欠のインフラになると思うのだが…。
大学、大学院、社会人大学院(MBA)で「営業」が正規の課程として認められ、4単位が与えられるのはいつの日か。
◇◆◇
大学、大学院、社会人大学院(MBA)の営業学、営業授業に関するブログは以下のとおり。
⇒2010年6月10日「大学・大学院で営業学の授業が増加」はこちら。
⇒2009年4月13日「MBA、大学で営業学の授業」はこちら。
⇒2008年5月14日「大学は営業を教えよ」はこちら。
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