私は北島康介の面構えが好きだ。
高い目標を胸に秘めているからだろう、何かに取り組むとき、何かを語るとき、目が強い光を放ち、キラキラ輝いている。

北島康介はこれまで夏季五輪(オリンピック)を目指し、かならず挑戦の期間を設けてきた。
それは苦闘と挫折を意味する。
私には、北島康介が意図的に自分を“どん底”に突き落としているように思える。
失敗がもっとも成功に近い。
彼は挫折なくして表彰台の頂点に立てないと考えている。
その結果が五輪4冠である。

28歳の北島康介は2012年ロンドン五輪(オリンピック)への挑戦を明言した。
頭が下がる。

以下に、「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」と題する2010年12月14日のブログを収める。

                      ◇◆◇

日本男子競泳平泳ぎの第一人者・北島康介。
2004年アテネ五輪(オリンピック)の百メートル、2百メートルで金メダルを獲得した。
2008年北京五輪(オリンピック)の同じ種目で2冠。
男子百メートル平泳ぎの2連覇は世界初。
平泳ぎで2大会連続2種目制覇は世界初。
快挙だ。

北島康介は中学2年生で東京SCコーチの平井伯昌に才能を見出された。
図抜けた何かを持っていたのだろう。
そして、初めて臨んだ2000年シドニー五輪(オリンピック)の百メートルで決勝に進出したが、4位入賞に留まった。

そこで、北島康介はアテネオリンピックへ向けて大きな脱皮に挑んだ。
スポーツ選手にとり最高の舞台で頂点に立てる泳ぎを追求したのだ。
さらに、北京オリンピックへ向けて脱皮に挑んだ。
しかも、2012年ロンドン五輪(オリンピック)へ向けて脱皮に挑んでいる。
私は、二人三脚で歩んできた平井伯昌コーチのもとを離れたという話を耳にした(不確か)。
驚きだ。

北島康介は五輪を節目に「進化」を遂げてきた。
もう一度言うが、「勝つ」ためだ。
逆に言えば、それまでの泳ぎでは勝てないと判断を下した。

私は思う。
北島康介の最大の凄みは、オリンピックをしっかりと見据えた準備にある。
過酷極まりない計画。
2〜3年がかりで古い泳ぎを脱ぎ捨てる。
いや、新しい泳ぎをつくりあげる。
いかなる変化もリスクをともなうが、それを強固な意志でやり遂げてきた。

年齢的にきわめて微妙なロンドンオリンピック。
それでも北島康介は諦めていない。
参りました。

2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)で表彰台の一番高いところを目指す浅田真央がもっとも学ぶべきアスリートは、北島康介を置いてほかにいない。

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