フィギュアスケートグランプリシリーズ2011(GPシリーズ2011)。
小塚崇彦は昨季のピークと比べ、調子を大きく落とした。
第4戦「NHK杯」ではショートプログラム(SP)でもフリースケーティング(FS)でも得点を伸ばせなかった。
それでも第1戦「スケートアメリカ(アメリカ大会)」から状態をいくらか立て直した。

私は小塚崇彦について何の心配もしていない。
GPシリーズの2戦の演技を見て、むしろ順調な進化を遂げていると感じた。
もともとスケーティングの技術に定評があり、美しさは世界屈指とされる。
スケート靴と氷が一体化したような滑らかさゆえに、ジャンプは安定し、スピンは高速だ。
今季に入り、弱点とされた「表現力」が明らかに高まってきた。
いまは曲というよりも音符を意識し、それを全身で表現しようと努めているところだ。

小塚崇彦は表情の豊かさもずいぶん増した。
平たく言えば“笑顔”ができるようになった。
だいぶ前のブログで顔筋(顔の表情筋)のトレーニングを行うべきだと述べた。
観客を味方につけるうえで無表情は損だ。
世界の頂点に立つ選手は会場全体をかならず巻き込む。
小塚崇彦は感情を抑制しやすく、自分を解放することが苦手である。
恥じらいや照れがどうしても先に立ち、自己表現にブレーキを踏む。
それが改まりつつある。

私は、小塚崇彦にもっと自由で、もっと奔放で、もっと元気で、もっとおおらかであってほしい。
心理的なバリアを取っ払い、己をさらけ出し、普段の生活から“大口”でどんどん笑おう!
それは彼の端正なマスクに似合う。
きっと抜群だ。

⇒2011年11月15日「高橋大輔と小塚崇彦の比較…スケーターの特性と演技」はこちら。

小塚崇彦の最大の成長は、依存心を拭い去ったこと。
それもこれも自らの課題を明確にし、それを克服して世界の頂点に立つという目標が定まったからだ。
これまでは練習をやらされているという雰囲気がどこかに残っていたが、まったく消えた。
劇的な変化をもたらした主因が「浅田真央」の存在というのは間違いない。
昨年9月に佐藤信夫コーチのもとに入ってきて、二人一緒に指導を受けることになった。
浅田真央は練習の反復そして時間が半端でない。
要は、アイスリンクを去らない。
その現実を目の当たりにし、男、まして年上なら負けるわけにいかなかった。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

小塚崇彦がスケートを始めたのが4歳だ。
父・小塚嗣彦は1968年グルノーブル五輪代表。
母、祖父もスケーター。
「フィギュア一家」に育ったサラブレッドである。
佐藤信夫コーチはそのときから手ほどきし、すぐに才能を見抜いた。
だが、一人っ子で大事にされ可愛がられたので“甘えん坊”だった。
「たかちゃん」はどん欲さがなく、簡単に諦めてしまう。
それが逸材の開花を遅らせた。

ところが、放任主義の北米での単身練習、浅田真央との合同練習などが刺激となり、ようやく自覚が芽生えた。
前者は自ら志願したはずであり、外部要因がすべてでない。
気が熟したという見方も成り立つ。
いまは佐藤信夫コーチに教わるのでなく、自分で考えて解決策を見出す姿勢が際立ってきた。
私は伸び代が十分に残されていると思う。
2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)のエースだ。

小塚崇彦は昨季、全日本フィギュアスケート選手権で優勝した。
さらに、開催地が変更になり開催日が約1カ月延期になった世界フィギュアスケート選手権ロシア大会で銀メダルを獲得した。
初の表彰台にのぼったとはいえ、カナダのパトリック・チャンに圧倒された。
そして、GPシリーズNHK杯では高橋大輔に跳ね返された。
こうした経験は小塚崇彦の今後の競技人生に味方する。
サラブレッドのプライドと闘魂に火をつけ、彼をレベルの高い練習へ駆り立てる。

小塚崇彦は来年3月の世界フィギュアスケート選手権2012フランス大会の代表最終選考会を兼ねる年末の全日本フィギュアスケート選手権2011にはコンディションをいくらか整えてくるのでないか・・・。
正式名称は、「第80回全日本フィギュアスケート選手権大会」。
日程は、2011年12月22日(木)〜2011年12月26日(月)。
会場は、大阪府門真市・なみはやドーム。

小塚崇彦のなかには苦楽をともにする浅田真央への共感と信頼に加え、同じ門下生として競争心が働く。
やはり浅田真央に負けるわけにいかない。
高得点の高橋大輔にも一矢を報いたい。

                       ◇

実は、私が小塚崇彦の成長をもっとも感じたのは、競技大会(試合)でなかった。
世界選手権から帰国して間もなく、音頭を取って東日本大震災のチャリティーショーを開催した。
3月11日直後からプランを温めていたらしい。
イベントの準備を自ら手伝う熱の入れようだった。
最後に主催者を代表して挨拶した。

小塚崇彦は日本を代表する選手として、ファンどころか世の中に対する貢献欲求が内面から沸き起こってきた。
人間として幅と厚みを増している。
非常に頼もしい。

                      ◇◆◇

小塚崇彦に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年11月15日「高橋大輔と小塚崇彦の比較…スケーターの特性と演技」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

⇒2011年10月22日「フィギュアGPシリーズ2011日程&出場選手…小塚と真央は?」はこちら。

⇒2011年10月3日「小塚崇彦、劇的成長の予感…自分が引っ張るしかない」はこちら。

⇒2011年9月30日「ジャパンオープン2011…安藤美姫、高橋大輔、小塚崇彦が出場」はこちら。

⇒2011年7月10日「小塚崇彦と浅田真央が初々しい…お似合いカップル」はこちら。

⇒2011年4月27日「小塚崇彦、金メダルへの距離…世界選手権」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年11月28日「イケメン小塚崇彦に足りないもの…GP圧勝」はこちら。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

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