コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

ジョブ&キャリア

頭でっかち…その意味とは?

営業の高学歴化にともない、営業の弱体化がどんどん進んでいる。
とくに21世紀に突入してから、さらに若年層において顕著な傾向である。
最近は大学院やMBAの出身者も珍しくない。
数字目標をろくに達成できないのは嘆かわしい現実・・・。

そこで、私は講演や公開セミナー、企業研修でこうした人たちを「頭でっかち」と呼んでいる。
だれが考案したのか、非常に使い勝手がいい。

もしこの言葉がなかったら、私は彼らに「頭が悪い」と言わなければならず、角が立った。
とても助かる。
「頭でっかち」とはむろん「頭が悪い」という意味である。

こうした人は概して、授業や図書などで得た他人の知識で頭がふさがり、自分の努力や行動を通じて考えることができない。
つまり、“脳”を働かせられない。
気の毒なこと!
インプットとアウトプットのバランスがまったく取れておらず、営業でも仕事でも人生でもこれといった成果を上げられない。

やはり「頭でっかち」とは「頭が悪い」という言葉と同義である。

                       ◇

「頭でっかち」には、いくらか「頭がいい」というニュアンスが含まれているように考える人がいる。
が、それは間違い。
「頭がいい」の対極である。
つまり、最悪・・・。

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現代型うつの増殖と蔓延…ストレス耐性が低い社員

古川聡宇宙飛行士が約5カ月半の国際宇宙ステーション(ISS)滞在を終え、ソユーズで無事に帰還した。
連続滞在165日は野口聡一宇宙飛行士の163日を抜いて日本人最長となった。

カザフスタン中部の雪原に着陸して約30分後、帰還カプセルから運び出された。
古川聡は無重力状態で長く生活していたので、歩くことはもちろん立つことさえ不可能だった。
「太ももが上がらない」
現地で見守った野口聡一に強い違和感を訴えた。
ヒューストンで1カ月半にわたるリハビリに入る。

私はその様子をテレビの報道番組で見て、重力が人間を強くするということを再認識した。
同時に、サッカーワールドカップ(W杯)でサムライブルーを歴史的快挙へ導いた日本代表前監督の岡田武史の言葉を思い出した。
「重圧やプレッシャーは重力みたいなもの。それがないと、筋肉がダメになる」。
まったくそのとおり!

⇒2010年10月18日「岡田武史W杯日本代表監督の名言…カンブリア宮殿」はこちら。

私は還暦を迎え、職業人生で3番目の壮絶な頑張りに明け暮れている。
結婚後の数年、そして転職を決意して著作を刊行した40歳過ぎ、そしてサードキャリアに挑戦する今年である。
それもこれも営業活動を積極的に行ったためだ。
やがてキャパシティを超える仕事が舞い込んだが、こちらから働きかけた手前、依頼を断れなかった。
2010年10月からすでに1年以上、睡眠時間をどこまで削れるかという勝負が続いている。

結果、凄まじい重圧やプレッシャーを背負った。
来年3月まで締め切りが次々と襲ってくる。

しかし、この重力が自分を鍛えてくれる。
そうでなければ、私は60歳でこれほど多くの新しい仕事をこなすことができなかった。
何せ本質的に怠け者であり、自分に妥協ばかりしてきた。

私がよりよく働き、よりよく生きるうえで、ストレスは大きなエネルギーを引き出してくれる。

                       ◇

先日、NHKのクローズアップ現代で「現代型うつ」が取りあげられた。
上司が怒鳴ったわけでなく、注意を与えただけで出社することができなくなる部下がいると知り、驚いた。
しかも急速に増えているらしい。
彼らに共通した傾向は、そうした事態に陥った責任が会社や上司にあると考えることだ。
部下を預かる上司の困惑は非常に大きい。
長期休職中に給料を払う会社の負担は非常に重い。
さらに、現代型うつが30代、40代にも広がりつつある。

私はふと思った。
彼らは重力が不足した環境で育てられたのでなかろうかと・・・。
戦後教育の失敗、第一に家庭教育、第二に学校教育のツケが回ってきた。

                       ◇

私は営業分野のコンサルタントであり、教育指導を生業としている。
公開セミナーや企業研修でここ数年ひしひしと感じるのは営業の弱体化である。
はっきり言って、営業マンのレベルが急降下している。
主因は、成績向上にもっとも重要な「ストレス耐性」が極端に低くなったことだ。
現代型うつの増殖と蔓延に深く関係している。

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Facebookに見る労働の画一性と均質性の崩壊

知人に勧められ、先だって登録した「Facebook」がなかなか面白そうだ。
私は使い方やルールなどが分かっておらず、手探りの状態。
多忙な私に代わり、妻が「友達」を見つけたりつくってくれたりした。
千名以上の友達を持つ会員が珍しくなく、それと比べると多いといえないが、いくらか増えた。

貧乏暇なしの私はFacebookにほとんど時間を割けない。
それでも仕事に倦んだり疲れたりしたとき、深夜や早朝に仕事を終えたときなど、ウォールに掲載された写真やコメントにいくらか絡むことがある。
時間にゆとりがあれば、のめり込みそう。
はまる人が続出するのもうなずける。

日本でSNSといえば、先行した「mixi」。
しかし、実際の利用者はFacebookにかなり流れている?
Facebookは会員同士を結びつける仕組みが優れており、なおかつ交流がダイナミックでリアルタイムである。
もっとも私が知らないだけで、mixiでも十分に楽しめるのかもしれない。
何せ登録したきりで、使い方が分かっていない。
mixiファンに叱られそうだ。

Facebookはリタイア後のシニアにもよい。
私は職業人生の幕引きが迫っている。
その頃には体を動かして人に会いにいくのが億劫になっているだろう。
友達とのコミュニケーションの機会がたやすく得られるので、退屈をそれほど感じないし、孤独もいくらか和らぐのでは…。

ところで、私はFacebookに入り、非常に驚いたことがある。
日本は変化がきわめてのろいと思っていたが、働き方や生き方の画一性や均質性が大きく崩れていた。
当人がそうしたのか、そうせざるをえなかったのか、おそらく両方でなかろうか。
私が知らないうちに、個人事業主や零細企業の経営者を中心に働き方や生き方がずいぶん多様になっていた。
新しい職業や職種が生まれ、新しいワークスタイルが生まれた。
社会全体に自由の風が吹きわたりつつある。

Facebookは会員(登録者)が原則として顔写真入りの実名なので、そうしたことが実感として分かる。
また、個人の時代を加速させている。

余談。
生き方を変えるには、働き方を変えるのが手っ取り早いように思う。
働き方を思い切って変えないと、生き方をそれほど変えられないのでなかろうか・・・。

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営業学講義・授業…大学・大学院・MBA

4年制大学の新卒の就職内定率が惨憺たる数字のまま、卒業式が近づいている。
求人がほとんどないわけでなく、学生が大手志向をさらに強めていることも一因だ。
中小企業のなかには手を尽くしても新卒の採用に至らないところが珍しくない。
私が講演会などで接する社長は「なかなか来てくれない」と嘆く。

それと、どうなのだろう、企業が求める職種と学生が望む職種にミスマッチ(不適合)が生じていることも一因では…。
私が見聞きする範囲では、営業職の質が年々低下している。
たいていの企業は営業系の人材不足が深刻である。
それなりの学生については採用に前向きのはずだ。

学生が何かと有利な大手企業にこだわる気持ちが分からないわけでない。
しかし、選り好みせず、自分を評価してくれる会社に入ることを勧める。
また、営業職として働くことを勧める。
適職は探して見つかるわけでない。
仕事を掘りさげていかないと、面白さに突き当たらない。
適職は携わりながらつくるものである。

健闘を祈る。

私は現在、社会人大学院(MBA)で「実践営業論」の授業を持っている。
このブログで以前、学生の率直な感想・評価を紹介した。
彼らが体系的かつ実践的な「営業学」の講義をいかに切実に待ち望んでいたかが文面から伝わってくる。

以下に、「大学は営業を教えよ」と題する2008年5月14日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

欧米の先進国と比べ、日本では「営業」の社会地位、さらに社内地位が非常に低い。
それが災いしているのか、「営業職」を希望する学生はきわめて少ない。
営業コンサルタントの私としてはさみしいかぎり。
また、己の力不足を痛感する。
私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学を含め、和田創研は十余年いったい何をやっていたのだろう。

さて、問題の本質は、営業の仕事に対する世間の偏見にあるのでなく、当事者の誤解にある。
だから、厄介なのだ。
戦後長らく続いた売り手優位の市場環境下での営業思想を引きずり、その営業手法から抜け出すことができない。
「売る」のが目的というより、「売りつける」のが使命だと勘違いする人がいまだに大勢いる。
この仕事に価値と誇りを見出しにくくしている張本人は、残念ながら営業自身である。

そこで、こうした頑固な思い込みを根絶やしにすることが、営業の社会地位と社内地位を向上させ、ひいては若者の営業職離れを食い止める出発点となる。
実は、私が「提案営業研修」で最重視してきたのは、当事者に営業の仕事を正しく理解してもらうことだった。
それなしに世間の認識を改められるはずがない。
気の遠くなる戦い…。

とはいえ、営業職を希望する学生はいる。
また、入社後に営業部門に配属される学生はいる。
例えば、メーカーでは、製品が営業を介して商品に変わることで初めて収益をもたらしてくれる。
製品そのものはコストでしかない。
営業職は貴重であり必須だ。

そこで、私からの提案―。
「大学は営業を教えよ」。
経営学部などの授業に「営業」を組み込むべきである。
それも営業を狭い概念に閉じ込めるのでなく、学生が実社会へ出てから活路を切り開く基礎的な行為と位置づけて…。

実際、職業人生とは自分という商品の営業活動の歴史であり、その成果にほかならない。
就職や転職、昇進や昇給、独立や起業など、私たちのステップアップの局面に深く関わる。

私は、営業力の有無が当人の成功をもっとも左右するのではないかと考えている。
燃えるような向上意欲や自己実現欲求を持つ学生にはどうしても身につけておいてほしい。
また、それはビジネスがグローバル化するなかで、日本の経済と企業が勝ち抜いていくうえで不可欠のインフラになると思うのだが…。

大学、大学院、社会人大学院(MBA)で「営業」が正規の課程として認められ、4単位が与えられるのはいつの日か。

                      ◇◆◇

大学、大学院、社会人大学院(MBA)の営業学、営業授業に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年6月10日「大学・大学院で営業学の授業が増加」はこちら。

⇒2009年4月13日「MBA、大学で営業学の授業」はこちら。

⇒2008年5月14日「大学は営業を教えよ」はこちら。

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仕事の自己評価…一喜一憂は禁物

私は年末、パソコンのクラッシュにより講演やセミナーのコンテンツのデータを失った。
講師稼業の私にとり、開発中の新商品。
自動的に行われていると信じ込んでいたバックアップが取れていなかった。
迂闊、不注意、愚か…。
悔やんでも悔やみきれない。

仕事の大幅な遅れを取り戻そうと、すでに1カ月、睡眠時間を限界まで削って働いている。
先日、鏡に映った自分の顔を見て愕然とした。
白髪が一気に増えた。
頬がげっそりとこけた。
酷使した目の周りがくぼみ、黒ずんでいる。
しわも増えた。

私は連日、ため息をついている。
新テーマの短時間講演が2月、3月に1本ずつ、1日セミナーが3月、4月に1本ずつ。
まだまだ山場が続く・・・。
体力が持つか、心配。

                       ◇

私は数年間、重い疲労感と倦怠感、さらにかなりの体調不良に苦しんできた。
3年前後はひどく、とくに1〜2年は深刻だった。
一時は講師稼業をもう続けられないと諦めたほど・・・。

昨年、たまたま病院に世話になった際、更年期障害と判明した。
うれしいやら、悲しいやら…。
原因があったのだ。

私の仕事ぶりをはたから見守ってきた妻に尋ねたら、昨夏までは無気力そのものだったという。
自分としては頑張らなければと思っていた。
が、実際には仕事に手をつけられない。
手をつけたとしても進められない。
結局、何一つやり遂げられない。

ところが、昨秋から徐々に気力が戻ってきた。
老化は止められないので、体力は衰えている。
しかし、いくらか頑張れるようになった。
いまは数年ぶりに燃えつつある。
日本一と称される講演を何本かつくりあげたいと思う。

先だって激痛が走った腰はいくらか回復している。

以下に、「仕事の自己評価…その落とし穴とは?」と題する2010年12月17日のブログを収める。

                      ◇◆◇


私はこの一年、自分に課した仕事がさっぱり進んでいない。
それなりに頑張っているつもり・・・。

会社に勤める身分でないので、上司から「これをやれ」と具体的に命じられるわけでない。
何に挑むか、何に取り組むかは、自分で決める。
だれかが方針なり方向性なりを示してくれたらさぞかし楽だろうと、疲れ切った頭で思うことがある。

私の仕事が進まない原因はいろいろ考えられる。
が、最大の理由は、目標が高すぎること。
それは現状から手の届かないところに置かれている。
平たく言えば、能力をはるかに超える。
私は階段をずっとのぼっているのに、目標に近づいているという手応えが得られない。
月を追いかけると月が逃げる、あの感覚。

私は無謀だ。
若い頃ならいざ知らず、還暦目前になり、できもしない目標を掲げたがるのは病気といえよう。

以下に、「自分の仕事をどう評価するか…人生論」と題する2010年6月24日のブログを収める。
大幅に手を加えた。

                      ◆◇◆

自分の「仕事」をどう評価するか?

結論を述べれば、仕事で評価しない。
「人生」に位置づけて評価する。

すなわち、長いスパンで眺め、いまが「幸せ」になっていると感じたら、自分の仕事を評価するのだ。
仕事のための人生でなく、人生のための仕事なのだから…。

私たちが仕事の評価を仕事で行うと、一喜一憂しやすい。
営業職を例に取ると、成績や順位がよければ舞い上がり、それが悪ければ落ち込む。
私たちは、成果を出したり、成果を出せなかったりする。
あるいは、昇給や昇進が叶ったり、減給や降格に合ったりする。
いまや働く期間は半世紀に及んでおり、それでは幾多の試練や荒波を乗り切れない。

私は原則として年中無休、しかも起きている時間のほとんどを仕事に費やしている。
そうしなければ食べていけなかった。
また、40歳まではプランナー、40歳からは著者や講師だったので、仕事に「これで完了」というピリオドを打ちにくかった。
知的生産は、手間をかけるほど品質が高まり、それは際限がない。
ゆえに、あまり苦痛を感じないで仕事にのめり込めた。
が、それがよかったかと問われれば、答に窮する。

私は働くことが好きだと、よく勘違いされる。
遊ぶほうが断然好きだ。
でも、「あぁ、遊んだ」という記憶がない。
遊んでいる自分を夢見て働いてきたと言えなくもない。
私は本質的に怠け者である。
それが一変したのは、前妻と結婚して家庭を持ってからだ。
別人になった。

私のような“仕事人間”でなくても、たいていは人生の大きな部分を仕事に割かざるをえない。
それを重視して当然だ。
それを楽しむのはもっと大切だ。
けれども、仕事は所詮、手段にすぎない。

私たちが仕事の評価を仕事で下すのは間違いだ。
「いい結果を出したから…」。
そうした判断は、社長や上司に任せておけばよい。
また、企業での評価がそうなるのは致し方ない面がある。

私は、社員に対して社長であり、顧客に対してコンサルタントである。
したがって、仕事の評価を仕事で下す。
社員から、顧客から、私は仕事の評価を仕事で下される。

私たちが現実に仕事で生活を支えている以上、仕事でいい評価が得られるのは望ましいが、それがすべてでない。

私は、人生の理想が明確だ。
幸せであること。
では、幸せとは何か?
むろん、そう感じられること。

実は、幸せという感情がもっともシンプルであり、正直である。
ゆえに、自分をごまかせない。

現代人は、仕事と切り離して人生を考えることが難しい。
だから、両者の距離をしっかりと保たなくてなるまい。

仕事で結果を残しながら人生に幸せを感じられないのは、仕事に捉われているからだ。
両者の同一視、人により両者の逆転現象が起こっている。
したがって、働き方を誤ってしまう。
年齢を重ねるにつれ、人生がおかしくなっていく。

よりよい仕事は確かに「豊かさ」をもたらしてくれる。
しかし、もっと大事なのは、心の豊かさをもたらしてくれることだ。
そう、人生に幸せを感じられる…。
そんなあなたは周りをなごませ、明るくする。

自分の仕事は人生に位置づけて評価せよ。
一喜一憂すべきでない。
その成果が人生の果実につながってこその仕事である。

たかが仕事で気分が浮いたり沈んだり…。
つまらん。

                      ◇◆◇

幸せに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年11月18日「倉本聰の名言『貧幸』…ゲゲゲの女房の教え」はこちら。

⇒2010年11月19日「松下奈緒が茶の間に届けた『ゲゲゲの貧幸』」はこちら。

⇒2010年11月26日「貧しさのなかに幸せが息づく…昭和30〜40年代」はこちら。

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新卒学生就活、壊れた雇用にしがみつく

年末にパソコンが破損し、データが消滅した。
私はそれによる仕事の遅れをなかなか取り戻せない。
書き溜め記事が中心のこのブログは実質休止。

以下に、「新卒就活の社会通念、青春のオシッコ飛ばし」と題する2010年10月2日のブログを収める。

                      ◇◆◇

待望(?)の「下ネタ特集」第2弾。
ずいぶんと間隔が空いてしまった。
第1弾は以下のとおり。

⇒2010年9月1日「キンタマ・シンポジウム…率直・真剣・比較」はこちら。

人は何歳くらいから将来の職業を考えはじめる?
生まれ育った環境により大きく異なろう。
また、成長につれ、夢に近いものから目標と呼べるものへ変わっていこう。
さらに、本人がしっかりしていれば計画に近いものを描こう。

タレントなど有名人の生い立ちを紹介する番組などでよく用いられるのが、小学生時代の作文である。
卒業文集のテーマが「将来の夢」だったりする。
多くの子どもは職業について綴るのでは…。

おそらく現実的な目標を持つのは就職を考える時期、高卒なら高校生、大卒なら大学生になってからだ。
もとより進学先の選択の際に、職業のおおよその分野や領域くらいは固めている。

日本では21世紀に入り、経済の低迷どころか衰退が鮮明になった。
労働市場では「就職難」が慢性化している。
若者はこうした社会情勢を感じ取り、概して堅実である。
希望を持てないにもかかわらず、サラリーマン志向を一段と強めている。
なかでも新卒学生は「就活」と称し、実際には壊れてしまった雇用にしがみつこうとする。
変化の時代にもっともリスクが高い生き方は、保守的であろうとすることだ。
若者を眺めれば、押し寄せる波を楽しむ「サーファー」は減るばかり…。
この国の凋落は決定的である。

私は40年以上前に富山県から上京して明治大学へ進学したが、サラリーマンは眼中になかった。
どこが有利かくらいの目先の判断で“就社”する能天気な周囲をうらやましく思う気持ちがなかったわけでない。
しかし、私自身は会社を信用しておらず、ゆえに学歴に執着していなかった。
学歴でも会社でも食えないとの結論をすでに持っており、それが職業人生の出発点だった。
言い換えれば、社会通念を疑ってかかっていた。
幸い「日経育英奨学生制度」で地獄の新聞配達を経験したおかげで、何をやっても食っていける自信が身についた。
したがって、生きていける自信も…。
大学で勉強に励んでいい成績を取ったら、最悪だった。

私は、当面に関しては、きょう食べるものを得ることしか考えていなかった。
日々を乗り切るなかで将来の進路を探り、職業を決めていく感覚だった。
つまり“いい加減”。
具体的な目標、まして計画を定めていたわけでない。
自分にこれといった才能は備わっていないと自覚しており、流れ着いた先でやっていこうと・・・。
なるようにしかならないと腹を括っていた。

以下に、「オシッコ飛ばしとフルチン走り」と題する2009年10月21日のブログを収める。
内容を大幅に書き足した。

                      ◇◆◇

若い頃のでたらめな思い出が甦ってきた。

18歳で富山の実家を無一文で飛び出した私は、何となく芸術家に憧れていた。
いつの時代も、若者は食えない職業に憧れる。
食えると尊敬を集められ、カッコいいからだ。
カネはほしいが、カネをバカにする矛盾を抱えている。
また、私自身は求道的な面持ちをしてみたい。
写真に収まれば、様になりそうだ。

とはいえ、書も絵画(油彩)も陶芸もどれ一つとして学んだことはなかった。
学ぶには遅すぎる。
また、学ぶにもカネがない。
仮に学べても、それで食べていくのは絶望的…。

所詮叶わぬ夢と分かっていながら、どこかで諦め切れない。
腹を括っていたはずなのに、食べるための仕事(アルバイト)に満たされない自分を持て余した。
正社員の成果を簡単に凌いでしまい、がっかりした。
その程度の仕事に己の人生をかけられるはずがない。
世の中の職場がつまらなく思えた。
辞めると言うと、経営者が残るように懇願した。
ますます失望が深まった。
私は悶々とした時期がかなり続いた。

寝付かれない夜はつらく、街中を長時間歩き回った。
疲れたかったのだ。
そして尿意を催すと、高級住宅の塀に大きな文字を書道家の気分で書いた。
カニ歩きしながら…。

やがて排泄量の加減と止めるタイミングがつかめ、草書体もどきになった。
よく膀胱炎にならなかったなぁ。
なかでも大物俳優の豪邸は最高のキャンバス!
ときどき通行人に見つかったが、とがめられもしないおおらかな時代だった。
世間が立ち小便にうるさくなったのはいつからか…。

いま、ふと思った。
なぜ、この豪邸なのか?
通りに沿って高く築かれた塀自体が素晴らしかった。
しかも、水分の吸収のいい天然石で、うまく書ける。
それと、だれもが知っている映画スター。
根底に成功者への嫉妬があった?

私はその日口に入れるものを手当てすることに精一杯だった。
いまになり、自分が本気だったら学ぶ道は開けたのでないかと思わないわけでない。
いや、どんな困難も受け入れるつもりなら、少なくとも学ぶ道は開けた。
私にそこまでの覚悟がなかったという話である。
また、結局それで食べていけなかった。
最後は才能だ。

もう一つ。
気の合う女の子がいた。
あくまで友だち(ホント)。
午後9時頃、彼女の下宿を訪れ、大家にすぐに戻るからと言われた。
外で帰りを待っている間に尿意を催した。
例により塀に文字を書き終わった直後、手桶を持った彼女が銭湯から戻ってきた。
一瞬びっくりした表情を浮かべたが、無言だったことを覚えている。
呆れたのでは…。

還暦目前の私は、かつてオシッコ飛ばしに生き甲斐のようなものを感じていた自分がとても不思議…。
バカばかりやっていた。

確か日本映画で若者がオシッコをどれくらい遠くまで飛ばせるか競うシーンがあった。
それ自体に価値はないが、生命力の噴出だろう。
河原での後ろ姿だった。
青春とはそうしたものか?

                       ◇

午前4時15分頃、慶応大学の学生9人が東急東横線日吉駅の構内をフルチン(フリチン)で走り回った。
女子学生1人がその様子をビデオカメラで撮影していた。
いずれも1年生、広告サークルに所属する18〜19歳。
半数は酒を飲んでおり、盛りあがった末に騒ぎを起こした。
始発前で改札やホームは無人だったが、通行人に110番通報された。
「夏の思い出に、面白い映像をつくろうと思った」。
その程度ではつまらん。
買う人はいないはずで、純粋なメモリアルイベントだった?

それにしても、バカなことをしでかしたと思う。
が、当時の私と大差ない。
どうか許してやってほしい。
ごめんなさい。

                      ◇◆◇

若者の希望職種アンケートに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月4日「いかに食べるかでなく、いかに生きるか」はこちら。

しかし、これは“夢”を述べたにすぎない?
いまどきの若者は足下を見詰めているように思う。

                      ◇◆◇

新卒、第二新卒の就職活動などに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年3月23日「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」はこちら。

⇒2010年3月24日「2011年新卒就活、勝負名刺の作成技法」はこちら。

◆書き加え1(9月27日)

私はこのブログを、冗談を交えながら書いた。
そして、9月中旬にアップする予定だった。

ところが、慶応大学法学部の学生が笑ってすまされない不祥事を起こした。
明白な犯罪だ。

一流私大ゆえに波紋が大きいのかもしれないが、このところ早稲田も慶応も綻びが目立つ。
根底にあるのは、学生らの驕りだ。

…タイミングが悪すぎる。
そこで、きょうに先送りした。

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どうしても頑張りすぎてしまう方へ

私は、2011年度以降をにらんだ「講演」の新メニューの開発に取り組んでいる。
要は、従来と異なる演題(テーマ)への挑戦。
自分にとっての「商品開発」ともいえよう。

もともと年初から来年3月までを準備期間と位置づけ、短時間の講演へのシフトを目指していた。
還暦が迫り、これまで行ってきた長時間の公開セミナーや企業研修が難しくなっていた。
更年期障害と重なり、とくに2〜3年前から体がもたなくなった。
実際に行えば分かるが、恐ろしく過酷な労働である。
終了と同時に倒れ込みそうになる。

むろん、講演講師への転職が目論みどおりに進むかどうかは別。
世の中はそんなに甘くないはずだ。
これまでの人生を振り返り、すんなりと運んだ例(ためし)は一度もない。
すべて苦闘の連続だった。

というわけで、私はそのコンテンツ(テキスト)の作成に連日のように頭を悩ませている。
1〜2カ月は睡眠不足が深刻で、頭がくらくらする。
元旦を含めて無休(おそらく)でやってきた疲れも蓄積している。

このところ、ブログの更新もままならない。
内容をじっくりと考えることができない状態が続く。
かなりのストック(書き溜め)もほとんど使い果たした。
すべての忘年会を遠慮させていただくのも初のこと。

私は年内にとりあえずの目途だけはつけたいと思っている。
師走は勝負。
どうなるだろう?

                       ◇

私は、アメーバブログで「和田創 人生の寺子屋」を展開している。
ふと浮かんだ人生の感懐を、ポエム調の短文に託している。
更新はまれ。

以下に、「自分を無事に走らせよう。」と題する2010年8月17日のブログを収める。

人は、根が真面目で、向上意欲が強いと、つい無理をする。

私は、どうしても頑張りすぎてしまう方にお読みいただきたい。
また、最近ちょっと疲れを感じるという方にお読みいただきたい。

休むことを知らない自分への言い聞かせでもある。
私は頑張りたがる。
困ったものだ・・・。

⇒2010年8月17日「自分を無事に走らせよう。」はこちら。

                      ◇◆◇

アクセルとブレーキ、
そしてハンドルが備わるから、
クルマを無事に走らせられる。
人も同じ。

職業人生は平坦でない。
長いデコボコ道が続く。

安全かつ確実に進むには、
アクセルを吹かすことと同じくらい、
ブレーキを踏むことが大事である。
また、障害を避けたり進路を変えたりするために、
ハンドルを操ることも大事である。

アクセルを吹かしっ放しだと、
クルマの負荷が大きい。
オーバーヒートや故障が起こり、
時を失いかねない。

アクセルを吹かしっ放しだと、
クルマの制御が難しい。
衝突や転落が起こり、
命を痛めかねない。

職業人生は遠く険しい。
息が上がらぬよう、
景色を眺めるもよし、
道草を楽しむもよし。

アクセルを吹かしたままでは、
ブレーキもハンドルも効きにくい。

速度をコントロールしながら、
方向をコントロールしながら、
自分を無事に走らせよう。

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新卒学生就活の極意…就職先の見つけ方

きのうのブログ「新卒就活地獄…就職支援室の限界、大学の怠慢」において「(就活を)猛烈に頑張ってもうまくいかなければ…」と記した。

⇒2010年10月28日「新卒就活地獄…就職支援室の限界、大学の怠慢」はこちら。

ふと思った。
これがそもそも怪しい。
NHKのテレビ番組だったか、「百社以上断られた」などと就職難を嘆く声が紹介された。

「千社」の間違いでは?
例えば、JR神田駅や新橋駅で降りて軒並み飛び込めば、1日30社から百社は回れる。
1日平均50社として20日で千社、2百日で1万社。
私ならそうする(実際には、勤めたい会社が見つかりそうもなかったので、さっさと見切りをつけ、勤めたい職場をつくった)。
就職先が見つからないなど、せめて千社くらい回ってから言ってほしい。

ひょっとして競争率が高くなる「会社説明会」などを選んでいないか。
ライバルが集まるところにわざわざ出かけるとしたら、最高学府で学んだとは思えない。
あそこは就職からもっとも遠い場だ。
頭が柔軟なはずの学生が“社会通念”に凝り固まっている。
外見は若いが、中身は年寄り。

私が20年営んだ「和田創研」は多いときで従業員が十名ちょい。
コンサルタント会社は当人1名が大半である。
5名いれば大きい。
和田創研は給与が高く、労働時間が短かった。
とりわけ同一規模の同業者と比較すれば、待遇は段違い。
求人誌の担当者が、その金額は周囲の求人広告に影響を与えるのでやめてほしいと懇願した。

和田創研は、横浜市営地下鉄の駅のそばにオフィスを構えていた。
その間、新卒の飛び込みはゼロ。
真剣に就職しようとしているのか?

学生が押し寄せるなら求人広告を出さずに済むと考える経営者はいる。
互いに大助かり…。

これまで述べてきた事柄は、大学の「就職相談室」「就職支援室」が学生に真っ先に説いているでのは…。
そうでなくては、就職先を見つけられない学生を助けられないし、減らせない。

職場と仕事が得られない状況下で、就活とは飛び込みである。
無数のライバルとの差別化が決め手!

「おはようございます。
私は、明治大学経営学部5年生の和田創と申します。
就職難の時代に受け身の姿勢ではダメだと肝に銘じ、1日百社を目標に飛び込みによる就職活動を行っているところです。
社長はご多用と思いますが、ぜひお時間を割いていただけませんでしょうか。
よろしくお願いします…」。

えらく簡単。
それと、この経験を通じて職能がどんどん開発される。
例えば、社会人としてのコミュニケーションが磨かれる。
最重要の「度胸」は別次元。
人により入社前に即戦力に育つ。
また、職業人生で怖いものが少なくなろう。



「就職浪人」が出るに及んで、政府は「新卒」の定義を改めた?
彼らの救済を目的に、企業に対して拡大解釈を押し付ける。
それはそれでよいが、お粗末な知恵である。
結局、翌年の新卒が就職先を見つけにくくなる。
順送り。
限られたパイ(労働市場)の奪い合いの状態が解消されるわけでない。
この国の政治家はどうしようもない。

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新卒就活地獄…就職支援室の限界、大学の怠慢

戦後、小さな会社が次々と産声を上げた。
職場と仕事がなかったからだ。
自らつくるほかに、飢え死にを避けられなかった。
それらは高度経済成長をけん引し、ごく一部は今日の有力企業に育った。
この間、国民を食べさせてきた。

日本を豊かにしたい。
国民を幸せにしたい。
そうした創業者の「志」を否定することはできないが、起業の主因は就職先がなかったこと。

4年制大学を卒業しても就職先を見つけられない。
就職活動(就活)は地獄だ。
しかし、こうした社会情勢は入学前から分かり切っている。

大学は旧態依然とした「就職相談室」「就職支援室」を設けている。
たいした成果を上げていない。
就職先を見つけるという発想が限界なのだ。
環境変化にまるで対応できていない。
なぜ「起業相談室」「起業支援室」を設けないのか。
大学の怠慢以外の何物でもない。
それ以前に、経済・経営系の学部や学科でもっとも大事なのは「起業教育」である。
21世紀に入ってからの就職難を踏まえれば当然。
にもかかわらず、講義体系も授業体制もほとんど整っていない。

政府の長年にわたる経済運営の失敗などにより、就職先がなくなった。
私たちは幸い、職場や仕事をつくらざるをえない。
老後の備えがこれからの私も、むろん。
皆が会社をどんどん立ちあげることだ。

ところが、独立(自営業)を含めた起業が一向に活発にならない。
日本人に「ハングリー精神」がなくなったからだ。
厳しいとはいえ、昔と比べればはるかに豊かであり、恵まれている。
行くところへ行ったり、手続きを取ったりするなら、それなりの食事にありつける可能性がある。
何かのテレビ番組で、私がよく食べるオーケーストアの 290円弁当より立派な食事が支給されている様子が映し出されていた。
がっくり・・・。
これでは切迫感が乏しく、就職先を死に物狂いで探そうとしない。

新卒学生の就職率はこの先もたいして改善しない。
私は、トレンドとして悪化すると考える。

自分で会社をつくるか。
他人の会社に入るか。
このいずれかにより職場と仕事が得られる。
学生が就活にエネルギーを注ぐのはよい。
しかし、猛烈に頑張ってもうまくいかなければ、しがみつくことをやめよ。
就職先がないと嘆くだけでは、あまりに無気力である。

今日、学生の起業を強力に促進したり後押ししたりする手立てが欠かせない。
在学中に「起業」に近い経験を積んでおくなら、踏み切りに抵抗感が薄れる。
大学はそうした取り組みに単位をどっか〜んと認定せよ。
例えば、30〜60単位、ジョーカーみたいな性格を付与。
また、企業は起業経験者を圧倒的に優先して採用せよ。
社内に「新規事業募集」のポスターを貼り出しても、ろくなプランが集まらないのだから…。
政府が音頭を取れば即座に実現可能!

いまや大学は全入だ。
学生の数が多いので、これしきのことで日本の起業がかなり活発になる。
膨大の母数のなかから、国民の将来の生活を支える有力企業が育つ。

⇒2010年8月24日「起業へ挑戦、そして失敗…職業人生の財産」はこちら。

他人にリスクを負わせ、自分はリスクを避ける。
そうした働き方が通用しなくなった。
苦しい時代に、虫のいい話などない。
これは若者が21世紀に生き抜くうえで、どうしても知っておくべき基本認識である。
大学は授業でこうしたことを学生に本気で伝えているか。
くその役にも立たない知識を覚えさせていないか。
私は経営者の端くれだったが、必要なのは小学校で習った足し算と引き算、掛け算と割り算だった。
ほかは何一つ使っていない。
明治大学を中退してホント、よかった。

「平穏無事」は昔物語。
自らの人生において、挑戦や勝負を幾度か試みるのは絶対。

失うものが少ない学生時代はチャンスである。
なかでも就職先の見つからない学生は怖いもの知らずだ。

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井上雄彦の名言、仕事の流儀…睡眠とは仮眠

私は少し頑張れるようになった。
体調は依然として低迷しているが、精神面に持ち直しの兆しが出てきたように思う。
それだけのことで、とてもうれしい。

10月に入り、仕事に向かう時間がわずかながら、しかし確実に増えている。
私の場合には、自分に課した仕事のこと。
周りからこれをやれという指示、まして命令はない。
「締め切り」がないので、いくらでもさぼれるし、うやむやにできる。
それがつらい。
また、私の場合には、仕事は「知的生産」のこと。
これで十分といったゴールを決められず、半永久的に続けられる。
それがつらい。

私は10月から労働時間を手帳に記すことにした。
日々の振り返り、そして自分へのご褒美である。
3時間ごとに「☆」1個を与える。
ただし、自信を持って“集中”できたといえる時間。
これには、きょうの食いぶちを得るための労働は除外している。
例えば、講師やコンサルタントとして働くなどだ。
当座の仕事に深く感謝しているが、それはそれ。
あくまでも将来の成果に投じた時間に限定している。
それがこれからの豊かさを決定づけるからだ。

私は手帳に☆が付くと、大喜び。
まれに☆が2個、3個と並ぶと昇天。



先日、NHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」で人気漫画家の仕事部屋(オフィス)が映し出されていた。
いま番組公式サイトで調べたら、2009年9月15日「井上雄彦 闘いの螺旋(らせん)、いまだ終わらず」。
私はチャンネルを切り替えた際に、その再放送をたまたま見たのだ。

映像は深夜もしくは明け方。
漫画の締め切り日だったのだろう、アシスタントが頭から毛布をかぶり、ソファーで眠っていた。
若さゆえに、こうした場所でも睡眠を取れるし、体も傷めない。
私がフリーランスだった時代と同じ光景である。

井上雄彦(いのうえ・たけひこ)は「スラムダンク」「バガボンド」「リアル」と、メガヒットを連発している。
創作活動を支える信念は、「手に負えないことをやる」。
名言はたいてい正気でない。
井上雄彦ははたして眠っているのか。

ボスはアシスタントより多く眠れない。
自分がそうだった。

…思い出した。
私にとり睡眠とは「仮眠」のことだった。
45歳くらいまでの話。

家庭を持った20代半ば以降、まともに眠った例がない。
なぜ20年間もそうした毎日に耐えられたのか、謎である。



私は、とりわけ50代半ば以降、締め切りもゴールもない世界で働いてきたことになる。
終わりのない仕事にのめり込んでしまったと、ようやく気づいた。

締め切りもゴールもなければ、だれかにねぎらわれることもなく、だれかに褒められることもない。
自分が感じてきた「孤独」の正体は案外たわいない・・・。

◆書き加え1(10月17日)

私は昔、これとは違ったやり方で手帳に記していた。
自分ができない仕事に取り組んだ時間。
昔とは、職業人生における成長期のこと。

「できることは、もうやらない」と誓うだけで、職能はびっくりするほど開発される。
自己実現の一番の近道である。

⇒2008年12月3日「大不況から自分と家族の生活を守る」はこちら。

⇒2009年4月21日「職業人生で自分なりの頂点を極める」はこちら。

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新卒女子大生、嬢王3で水商売へ…就活地獄

突然消えたカリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)が水商売に戻ってきた。
テレビ東京で先週金曜日から「嬢王3」が始まった。
六本木の華やかなキャバクラを舞台とした一連の深夜ドラマである。
設定は人気の高級店なので、客は羽振りがよく、したがってホステスは待遇がよい。
彼女らは美貌を武器に、一度しかない青春を謳歌しているように見える。

「嬢王3」は放送が大人の時間帯であり、グラマーなホステスのヌードやセックスが映し出されるなど、きわどいシーンがふんだんに盛り込まれる。
制作側のサービス精神に歓喜の涙を流す視聴者がいるかもしれない。
とくに主役・原幹恵のGカップの巨乳は一見の価値がある。
同じ新潟県出身者として、私は応援したくて拝んだ。
谷間の深さが半端でない。
例えば、顔を挟んでもらう(おっと)。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

「嬢王」の視聴者は比較的若い男性が中心だろう。
そこに、中高年が加わる。
しかし、若い女性も少なくないのでは…。

21世紀に入り、日本経済の衰退が深刻になってきた。
世界的な金融バブルの一時期を除いて「就職氷河期」が続いている。
新卒は年々、就職率が悪くなっている。
大学を卒業しても就職先が見つからない。

短大を含め、女子学生は“就活”が地獄だ。
人により何十社どころか百社以上、弾かれる。
たいていは書類選考で落とされ、土俵に上ることもできない。
いわゆる“門前払い”である。
あまりの厳しさに昼間の職場を諦め、夜の商売を探す動きも出ている。
大学を出てキャバ嬢やクラブホステスになるとは、当人も思い寄らなかっただろう。
そうした人たちも「嬢王」シリーズを見て学習に励んでいるのでは…。

水商売に流れる若い女性が増える理由は、ほかにもある。
地方出身の学生は、不景気の影響で親の財布が縮み、仕送りが減っている。
生活費の不足分を補わなくてならない。
もっともそれだけでなく、たまに贅沢をしたいし、少しは羽目を外したい。
キャバクラでは、店により女子学生や専門学校生が多い。
週1日から勤務が可能で、時間も自由だ。
彼女らはホステスの経験を積んでいて、この仕事に対する抵抗感が薄れている。

しかし、年金が破綻しかかっており、「職業人生は半世紀」と覚悟しなくてならない。
それに比べ、ホステスとして働ける期間は極端に短い。
しかも、かつてのように稼げない。
家族にも周囲にも胸を張って仕事と呼ぶには、あまりに不安定である。
きょう食べるための一時避難にしかならない。

新卒(学卒)は就職難民。
「お水の道」を選ぶ女子学生の胸中はいかばかり・・・。

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職業人生に締め切りを設けよ…水木しげるの教え

おとといのブログの続き…。
NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(村井茂。向井理)は着実に作品を残しつつある。
高名な漫画家と無名の自分を同列で比べる気は毛頭ないが、私がこの十年で手がけた成果は何かと考えてみた。
そして愕然とした。
たった2点なのだ。

一昨年の夏場以降、北尾吉孝学長のSBI大学院大学(MBA)で「実践営業論」の講義を完成させた。
そのために、A4判5百ページ程度のテキストを書き起こした。
それに基づき、全15時限(全22時間程度)のインターネット授業を撮り終えた。
それに付随し、全5時間(20分×15時限)の試験問題をつくりあげた。
これらはいずれも毎週、授業の進度に追い抜かれそうになりながら並行して取り組んだ。
私は正味4カ月で15回の締め切りを迎えたことになる。
この間、講演などの予定が挟まっており、綱渡りの連続である。
カリキュラム構築の進捗管理を行っていた同大学院大学の事務局は冷や冷やだったのでないか…。
大変な心配と迷惑をおかけした。

それと、今年の4月以降、やはりSBI大学院大学で『起業の教科書』という12名の教官による共同著書を執筆した。
私は通常の単行本の4分の1くらいの文章量を担当した。
GWを潰しても時間が足らず、締め切りをまたぐことになる。

やはりこの2点だけである。
さみしい〜。

何のことはない、絶対動かせないという締め切りが設けられたタスクに限られる。
怠け者の私は、外部の圧力によってしか働いていなかった。
その意味では、企業研修や公開セミナー、講演の講師の仕事も絶対休めないという条件が設けられていた。
情けない。

いかん、いかん、これじゃ〜、いかん。
私は自らの意思と判断で着手したタスクを成し遂げられずにいる。
例えば、著書、自分商品、起業…。

これまでを振り返り、私は極限状態に置かれ、わずかばかりの能力を振り絞ってきたようだ。
これからを考えると、痴呆(ボケ)の発症と進行をいくらか遅らせるかもしれない。

職業人生にとりもっとも大事なのは“締め切り”を設けることなのだ。
そう水木しげるに教えられた気がする。
これは、サラリーマンを含めたすべての社会人に当てはまろう。
でなくては、学習を継続するくらいに留まり、成果を創出するには至らない。

ワタミの渡邉(渡辺)美樹の名言「夢に日付を!」にどこか通じる。
自らを締め切り地獄に放り込めという容赦ない言葉である。
一代で功を成し、名を挙げる人は、実行力と完遂力が突出している。
私はそれに遠く及ばない。

⇒2008年1月3日「渡辺美樹、夢に日付を…」はこちら。

続きは、あすのブログで…。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

⇒2010年7月17日「ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞」はこちら。

⇒2010年7月24日「水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月31日「ボチェッリが歌う吉岡聖恵・ありがとう」はこちら。

⇒2010年8月5日「水木プロダクション異様な活気…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年8月9日「ゲゲゲの鬼太郎へ題名変更…主題歌もヒット」はこちら。

⇒2010年8月11日「水木プロダクション…アシスタント人件費」はこちら。

⇒2010年8月12日「いじめ…有名人の子の苦悩(ゲゲゲの女房)」はこちら。

⇒2010年8月14日「妖怪いそがし、家庭を顧みない水木しげる」はこちら。

⇒2010年8月18日「漫画家・水木しげる、締め切りの地獄と天国」はこちら。

◆書き加え1(8月19日)

私はこのところバタバタしており、「ゲゲゲの女房」を何回か見逃した。

村井布美枝(松下奈緒)はいま一つ藍子(長女)の気持ちが分かっていない。
村井家に限らず、親と子の間にはいろいろな面で隔たりがある。
どの家庭でもそうだろう。

しかも親が立派なほど、溝が広がりやすい、ずれが大きくなりやすい。

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分が悪いサラリーマン…生涯賃金とリスク

サラリーマンは儲からない。
生涯賃金は大手企業でも高が知れている。
かたや、リスクは経営者よりいくらか低いだけである。

ただし、サラリーマンは会社が倒産するまで、おおよそ一定の給料が支払われる。
こうした当面の安定性は、とりわけ自営業者やオーナー社長にない魅力、いや特権だろう。
ならば、これを目一杯活用しようでないか。
独立や起業の選択肢をつくっておく。

昇進の確率を起業の成功率と比べると、そこに驚くほどの差があると思わない。
ここでいう昇進とは、わりとリストラされにくい取締役クラスへの就任である。
どちらも非常に難しい。

サラリーマンと、自営業者やオーナー社長の決定的な違いとは?
前者では平としての生活を保てる。
それに対し、後者ではすべてを失うどころかマイナスに転じる可能性がある。
結局、サラリーマンとは、保障のことだ。

しかし、この唯一のメリットも揺らいでいる。
終身雇用の崩壊である。
景気後退や業績悪化で簡単に放り出される。

日本は経済が沈み、市場が縮む。
学生の就職人気ランキング企業の大半はその時点がピークだろう。
とくに内需型に関しては顕著である。
わが身を会社に委ねるわけにいかない。

サラリーマンは分の悪い職業になった。
私たちは労働環境や就労形態の変化を意識しながら、自分にとってよりよい働き方を探りつづけるべきだ。
半世紀に及ぶ長い職業人生では「まさか」が幾度か訪れよう。

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いかに食べるかでなく、いかに生きるか

私は以前、インターネット上の調査記事を見て驚いた。
記憶が曖昧だが、若者の2割がミュージシャンを目指すと答えた。
私が若かった頃、周囲はサラリーマンになりたいと答えた。
感覚としては、おそらくそれとあまり変わらない。

しかし、歌手はサラリーマンほど必要でない。
デビューを果たすのは絶望的である。

さらに、音楽関係の仕事を含めると4割を超えていた。
大雑把にいえば、若者の2人に1人がこの業界に憧れている。
ここまで駆り立てるものは何なのか。

遊びの要素がきわめて強いアンケートであり、どこまで正確か分からない。
それにしても衝撃的な結果だ。

いまどきの若者は、いかに食べるかでなく、いかに生きるかに関心が向かう。
豊かさの裏返しだろう。

還暦前年の私は、時代の変遷を痛感させられる。
自分なりに遣り甲斐を追い求めてきたつもりだった。
実際は、口に入れるものをかけ、がむしゃらに働いてきたことになる。

私自身は、画家、陶芸家、書道家などの芸術関係に憧れていた。
同時に、鼻から諦めていた、食べられるはずがないと…。
したがって、当時そうした希望を両親や友人を含めて周囲に語ったことはない。

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自分の仕事をどう評価するか…人生論

自分の「仕事」をどう評価するか?
結論を述べれば、仕事で評価しない。
「人生」に位置づけて評価する。

すなわち、長いスパンで眺め、いまが「幸せ」になっていると感じたら自分の仕事を評価するのだ。
仕事のための人生でなく、人生のための仕事なのだから…。
私たちが仕事の評価を仕事で行うと、一喜一憂しやすい。
いまや働く期間は半世紀に及んでおり、それでは幾多の試練や荒波を乗り切れない。

私は原則として年中無休、しかも起きている時間のほとんどを仕事に当てている。
最大の理由は、そうしなければ食べていけなかった。
また、40歳まではプランナー、40歳からは著者や講師だったので、「これで完了だ」というピリオドを打ちにくかった。
手間をかけるほど品質が高まり、それは際限がない。
ゆえに、あまり苦痛を感じないで仕事にのめり込めた。
が、それがよかったかと問われれば、答に窮する。

ちなみに、私は働くよりも遊ぶほうが好きだ。
遊んでいる自分を夢見て働いてきたと言えなくもない。

私のような“仕事人間”でなくても、人生の大きな部分を仕事に割かざるをえない。
それを重視して当然だ。
それを楽しむのはもっと大切だ。
けれども、仕事は所詮、手段にすぎない。

私たちが仕事の評価を仕事で下すのは間違いだ。
「いい結果を出したから…」。
そうした判断は社長や上司に任せておけばよい。
また、企業での評価がそうなるのは致し方ない面がある。

私たちが現実に仕事で生活を支えている以上、そうした評価が得られるのは望ましいが、それがすべてでない。

私は、人生の理想が明確だ。
幸せであること。
では、幸せとは何か?
むろん、そう感じられること。

世の中で幸せがもっともシンプルであり、正直である。

現代人は仕事と切り離して人生を考えることが難しい。
だから、両者の距離をそれなりに保たなくてなるまい。

仕事で結果を残しながら人生に幸せを感じられないのは、仕事に捉われているからだ。
両者の同一視、人により両者の逆転現象が起こる。
したがって、働き方を誤ってしまう。

よりよい仕事は確かに「豊かさ」をもたらしてくれる。
しかし、もっと大事なのは心の豊かさをもたらしてくれることだ。
そう、人生に幸せを感じられる…。
そんなあなたは周りをなごませる。

自分の仕事を人生に位置づけて評価せよ。
その成果が人生の果実につながってこその仕事である。

仕事はどこまでも奥深い。
たかが仕事、されど仕事。

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三菱UFJ20100713

大学・大学院で「営業学」の授業が増加

日本の大学や大学院などで「営業学」の授業が次第に増えている。
例えば、経営学部(学科)の科目の一つ。
これ自体は好ましいことだ。
営業職に携わる職業人は非常に多い。
若者に嫌われているとはいえ、営業の仕事に就く新卒学生も少なくない。

ところが、授業内容がお粗末だ。
営業学の教授や講師のなかで、実際の経験を積んだ人はどれくらいいるだろう。
まして、飛び込みなどシビアな営業活動に挑んだ人は…。

書いたものを目にする機会があるが、内容が浅くて話にならない。
現場が分かっていない。
また、営業活動にともなう苦悩や営業活動における問題がつかめていない。
机上の空論ばかりで、実務に役立てられない。

私は、営業は純然たる“学問”にならないし、してはいけないと思っている。
知識でなく「知恵」を伝えるのが、営業学の基本のはずだ。

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2010年6月公開講座

一億総自営業の時代…柳井正×村上龍

私は、NHKなど他局にときどき切り替えるが、たいていテレビ東京(系列)をつけっ放しにして仕事を行っている。
新聞や雑誌に接する時間が限られるため、それを少しでも補うための“ながら視聴”である。
見ているというより聞いており、私の問題意識に触れた言葉がときどき耳に入ってくる。
さらに気になると、仕事の手を止め、画面を覗く。

私がとくに重視している番組の一つが「カンブリア宮殿」。
月曜日午後10時から1時間弱にわたり放送される。
ゲストの経済人とホストの村上龍が対談する公開番組。
ホームページをのぞいたら、「ニュースが伝えないニッポン経済」「平成カンブリア紀の経済人を迎える、大人のためのトーク・ライブ・ショー」とある。
また、ホストでなくインタビュアーと呼んでいた。

                       ◇

先日の番組は「理想の人材」に関する特集。
村上龍が優良企業の経営者数名に取材を行い、今後求められる人材とその育成のあり方を探った。

最後に登場したゲストが、一人勝ちの代表格、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。
「ユニクロ」を展開している。
2010年の社内テーマは「民族大移動」。
グローバルな展開を見据えてのこと。
海外出店を加速させるに当たり、日本人従業員の海外勤務と海外従業員の日本勤務を推進している。

それにしても民族大移動とは見事なスローガンだ。
「人口減少⇒内需縮小」が本格化し、一人勝ちのユニクロとて“内弁慶”ではやっていけなくなるという経営トップの危機感が伝わってくる。
その際に、日本人の内向性が大きな壁となる。
それを乗り越え、全員が行動を起こそうとの決意を示した。
こうした明確なメッセージが社内に及ぼす影響は絶大である。
経営のツボを心得ている。

さて、私の耳に飛び込んできたのは、「サラリーマンの時代は終わりました。自営業者の時代です」。
まったく同感。
そう語る場所は本社内の応接室か。

同社では平均入社2年、早い人は半年でユニクロの店長になる。
そして、数十人の従業員を動かし、数億円の年商をつくる。
驚きだ。
村上龍の「経営者ですね」に対し、「店長は経営者でなく、その入口ですけれどね」と厳しい言葉、しかしながら当然の言葉を添えることも忘れなかった。
「希望を持つ人材にしか回復は図れない」。
回復とは、日本や企業を元気にするという意味だろう。

もはやサラリーマンという“職業”はなくなった。
決められた時間にやってきて、上から言われたことをそつなくこなす。
そうした働き方の有効性が失われたのだ。
国内のライバルに世界のライバルが加わって熾烈な競争を繰り広げるなかで、企業自体が業績の安定どころか存続の保証を失ったのだからやむをえない。
サラリーマンと長らく一体になっていた「安定」という実体は崩れ去った。

私は、経営者としてのささやかな経験を振り返り、思う。
サラリーマンを抱えるほど会社が苦しくなる。
「自分はサラリーマン」と考える社員は一人もいらない。
荷物になるだけだ。
これは多くの経営者に共通する思いでないか。

いまや、何とかなることはない。
自ら何とかしなければならない。
それくらい私たちが置かれている環境は厳しい。
村上龍は、「成功でなく生き残りを」と述べた。
成功者にして、この認識である。
さらに、「甘えでなく自立を」と…。

私は、だれかにリスクを取らせて自分はそれを避けながら働くという姿勢、生きるという発想が通用しなくなったと考える。
一億総自営業者の時代。
これまでのサラリーマンの意識で携われる仕事、勤められる職場は跡形もなく消えよう。

                      ◇◆◇

柳井正の発言には、経営者として職業人として21世紀を生き抜く真理が含まれている。
彼自身の経験からつかんだ気づきだろう。
私は強い刺激と大きな示唆を受けた。

以下に、「安藤忠雄・柳井正、成功の条件」と題する2009年11月9日のブログを収める。

創造とは挑戦であり、したがって失敗である。
よほどの才能か幸運に恵まれないかぎり、人は挑めばかならずしくじる。
挑戦なくして創造なし、失敗なくして創造なし。
とりわけ若い社会人にとり、失敗が職業人生に創造をもたらす道である。

世界的な建築家、東京大学特別栄誉教授の安藤忠雄にこんな言葉(著書)がある。
「連戦連敗」。
「連戦」から分かるのは、無限に挑んだこと。
「連敗」から分かるのは、無限にしくじったこと。
「連戦連敗」から分かるのは、無限にしくじったが、それでも無限に挑んだこと。
結局、氏は勝利を収めた。
ここから分かるのは、人は無限に挑み、無限にしくじらないと、創造に近づけないこと。
コンクリート打ちっ放しはつとに有名。

ファーストリテイリング代表の柳井正にこんな言葉(著書)がある。
「一勝九敗」。
「一勝」から分かるのは、1回うまくいったこと。
「九敗」から分かるのは、9回うまくいかなかったこと。
「一勝九敗」から分かるのは、9回うまくいかなかったが、それでも1回うまくいったこと。
結局、氏は勝利を収めた。
ここから分かるのは、人は九敗を避けると、一勝も挙げられないこと。
カジュアル衣料のユニクロはつとに有名。

安藤忠雄の成功は連敗によりもたらされ、柳井正の成功は九敗によりもたらされた。
先の言葉は、しゃにむに突き進んだ人だけがつかみえた真理であろう。
私たちは成功者の成功に目を奪われやすいが、失敗に目を向けることが大事なのだ。

なお、本日のテーマについて、もう少し掘り下げて語っている。

⇒和田創講演TV人生編「成功の条件を考える」はこちら。
ユーチューブの数分の動画だ。

                      ◇◆◇

私はこのブログにおいて「破壊と創造」「知識と気づき」「社会人の学習法」「起業」などについて幾度も述べている。
どうか参考にしていただきたい。

以下に、「知識と気づきの違い…MBA授業」と題する2010年3月25日のブログを収める。

日本は衰退が進んでいる。
これが長期化すると、凋落が決定的になる。
西欧から私たちはエコノミックアニマルとからかわれながら、経済大国を築いていった。
もともと時代が右肩上がりで、企業は成長余地が大きかった。
が、いまや右肩下がり。
頑張るものの、成長が難しい。
規模の縮小を止めるのが精一杯…。

巷に優良企業がないわけでないが、それはおもに経営に長けているからだ。
先人などだれかがつくったビジネスを踏襲したり利用したりして、それをうまく回している。
昨今の環境下で黒字を実現するのは立派だ。
また、雇用に貢献しているのも事実だ。
私はこうした経営者を尊敬する。
しかし、旧来のビジネスで数字を伸ばしているとしたら、どこかの会社から社員が移っているはずだ。
雇用の確保は認められても、創造に至らない。
既存企業の好業績は、そこに革新的な取り組みがなされていようと結局、広い意味での「管理」の勝利でないか…。

日本では有望なビジネスが芽生えるとか新しい産業が育つとか、次なるうねりがなかなか湧き起こらない。
とくに世界に通用するもの。
先行きに希望を見出しにくい。

その原因として指摘されるのは、私たちが「創造」を不得手とすること。
まったくそのとおり。
しかし、それ以上に苦手なのは「破壊」である。

つくろうとすると難しい。
実際、創造らしい創造はきわめて限られる。
ところが、先に壊してしまえばつくらざるをえない。
破壊が創造をもたらす。
この認識が重要だ。
私は、破壊があるから創造があると考える。

言い換えれば、評価すべきは、挑戦による失敗である。
私が知る範囲では、天才が幸運に恵まれた場合にしか成功が先行しない。
多くの失敗の向こうにわずかな成功があるのでないか。
そして、この成功が次の社会や世代を支える。
むろん、いま手に入れている成功が次の社会や世代を支えるわけでない。

私は、とりわけ成熟社会や飽和市場において大事なのは「破壊」だと思う。
まして、行き詰まりが顕著になり、閉塞感が覆っているとしたら…。

では、なぜ破壊できないか。
教育の堕落だ。

本来有為の人材が知識を持つのと引き換えに覚悟を失ったからだ。
例えば、わざわざMBAに入り、起業コースで学んだ挙げ句、行動を起こさない学生がほとんどである。
中途半端…。
評論家になれない評論家ばかり。
それが言いすぎだとしたら、自分が携わる仕事をうまくやろうとする人ばかり。
志が低い…。

創造は凶暴であり、たいていは知性と馴染まない。
そして、成功は創造の報酬である。
正確に述べれば、成功は失敗の報酬である。
ゆえに、成績と成功の間にたいした相関関係はない。

教育の目的は、失敗する人材を社会へ送り込むことだ。
それを第一に担うべきはMBAである。

人は怖くて壊せない。
ゆえに、新しい何かを生み出せない。
経営者の集まりでさえ守りに汲々とする人ばかりで退屈極まりない。
会社が縮むわけだ。
私は、いくつかの経済団体の会合に顔を出したことがあり、化石となっている現実を思い知らされた。
この人たちはいったいいつの時代に生きているのか。

破壊はエリートの特権。
MBAの学生の使命はそれ。
私がアルバイトの時給くらいで講師を引き受けた理由も、壊せる人材を育てたかったから…。
優れたリーダーに日本を救ってほしい。

学生に強調しているのは、「授業を信じるな」。
社会人大学院の基本は実学のはず。
にもかかわらず、例えば起業関連講座の教授や講師が失敗していない。
大問題!
なぜなら、教えることを仕事にしているからだ。
失敗しようがない。
大丈夫、人は行えば、しくじる。
私は断言する。

授業は、自ら考える材料かきっかけにすぎない。
ありがたがって教わっている学生を見ると、がっかりする。
「MBAを取得したい」。
大学や大学院の卒業資格の延長と考える学生も…。

「私の授業など取るに足らない」。
これを冗談と受け止められては困る。

さらに、私が辛くなるのは、自分の持つ知識や技術、手法の豊富さを誇る学生である。
悲惨極まりない。
知識や技術、手法は、そもそも頭の悪い人のためにある。
自ら考えられる人には不要の代物、無用の長物。
この程度のことは子どもでも分かるが、MBAの学生には分からない。
それらを身につけると、創造から遠ざかる。

守っていく力と壊していく力がせめぎ合わない社会は不幸である。
健全性、そして活力が失われていく。
ダイナミックな息吹が感じられない。

失敗と破壊を忌み嫌う日本は、どこまでもすたれ、どこまでも貧しくなる。
凋落は決定的だ。

私自身の生き方や働き方について述べれば、守ってうまくいくより、壊してしくじるほうがしっくりする。
前者に喜びや価値をそれほど見出せない。
もちろん、壊してうまくいくように努力を払ってきたが…。

                       ◇

先頃、私は三菱UFJ東京で「提案営業」の公開セミナーを行った。
あくまで営業強化・再建を主眼としている。

終了後、私は受講者のアンケート用紙をめくり、跳び上がりそうになった。
そこには簡潔な印象がポツンと記されていた。
「破壊と創造を感じた」。

営業セミナーなので、そうした言葉を用いていない。
これは鋭い指摘だ。
剛速球の評価を寄せてくれた。

私は、この仕事をやっていてよかったと思った。
うれしい・・・。

社会にしても企業にしても暮らしにしてもうまくいっていないのに、皆が守ろう守ろうとする。
私はせめてそうした姿勢を突き崩したい。

                       ◇

きょうのテーマと密接に関連するブログとセミナーは以下のとおり。
世界的建築家・安藤忠雄とユニクロ・柳井正を例題に引き、成功のキモを探った。

⇒2009年11月9日「安藤忠雄・柳井正、成功の条件」はこちら。

このブログに対し、社長からコメントが寄せられた。
「失敗の大切さに気づきました」。
読んでくださったことに感謝しつつ、このコメントは間違いだと思った。
正しくは、「失敗の大切さを知りました」。
私は失敗の大切さを述べており、そのまま。

「知る」と「気づく」の違いが分からない人が圧倒的大多数だ。
「気づき」の最大の特徴は、それを境にして劇的に行動が変わること。
ときに風景が変わる。
一生で0〜3回くらいか。
ごくささやかな気づきは、一年で0〜3回くらいか。
めったにないのが普通だろう。

私たちが気づきを得られるなら、それはもう目覚ましい成長を遂げる。
人の行動を変えさせるのは、気づきレベルに達した認識だけである。
知識はそうでない。
いくらか行動をよくするのが関の山。
自分の成長を遅らせたいと本気で願うなら、知識を得るのがベストだ。

「失敗しないことは努力していないことだと気づきました。あすからどんどん失敗します」。
これはOK。
私はときめく。
が、現実にはこうしたコメントは寄せられない。
それは、知識が行動と交わらないと気づきに変わりにくいこととも関係する。

私は、しくじらない人はサボっている人だと思っている。
まったく評価しない。
できそうなことに甘んじていたり、似たようなことを繰り返していたりするのだろう。

当然ながら、失敗がもっとも必要なのは社長だ。
でなくては、会社を伸ばしていけるはずがない。

今日の経営者の最大の仕事は、会社を変えることだ。
マネジメント、マーケティング、ビジネス、事業、商品、営業・販売…。
変えられない社長は、無能だ。

余談。
起業とは名刺をつくることである。
気づけない人があまりに多い。

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歌手・役者・お笑いを目指す人の名刺

私が大特急で作成中の「転職専用名刺」。
新年度、サードキャリアを目指す。
4月2日(金)に印刷会社から届き、4月3日(土)から営業活動に早速用いる。

3つ折り(6面)の超本格派。
「和田創方式 名刺セオリー&フォーム」。
印刷は、表面が特色3色+スミ1色、裏面がフルカラー(4色)。
用紙は、最高級。
初版・初刷(第1版・第1刷)は、1万枚。
私はとても楽しみ。

和田創の完成名刺はこちら。
先日の原稿状態をブラッシュアップした。
出来に満足はしていないが、それなり。
第2版、第3版と、磨きをかけていく。

私は、1万枚を1年間で渡す。
還暦間近に困難な転職に挑むので、過大な「成果(結果)目標」はいきなり立てなかった。
この試みがそもそも無謀であり、2011年度から何とか軌道に乗せられたら上出来だろう。
ただし、そのための「行動(過程)計画」はしっかり立てた。
つまり、1万枚を1年間でどう使い切るかを定めた。
ならば、仕事の受託や商品の販売につながるはず…。
そう考えると、ストレスやプレッシャーがずいぶん軽くなる。
専門用語で「プロセスマネジメント」と言う。
ノルマや焦りから心を患う人があまりに多い。

なお、1万枚のなかにクラブホステスのマオとエリナ、ミサキに渡す3枚が含まれる。
皆さまのご理解をたまわりたい。
すでに彼女らの首は長くなっているのでは…。
急がなくては男であるまい。

ボクチンが名刺の作成に当たり重視したのは、それを受け取った女の子が喜び、そしてありがたがること。
「へぇ〜、すご〜い、和田さん」。
専門用語で「顧客満足(CS)」と言う。
あなたは、恐ろしくシビアな女性が評価してくれる名刺を持ち歩いているか。
でなくては営業活動の力とならんぞ!

実は、名刺の重要性に気づいている社会人はきわめて少ない。
あなたが知恵を絞り、魅力を高めるなら、最強のビジネスツールとなる。
職業人生、いや人生が変わる。

例えば、営業なら、収益を大きく伸ばせる。
新卒や中途なら、就活で希望の企業に入りやすい。
独身者なら、婚活で理想の相手と結ばれやすい。

さらに、ホステスなら、“枕営業”なしに富裕な指名客を得られやすい。

この名刺がとりわけ有効なのは、営業活動にあまり手間をかけられないフリーランス。
弁護士・弁理士・公認会計士・税理士・司法書士など“士業”が含まれる。
当然、歌手・役者・お笑いなど、芸能界で活躍したい人も含まれる。
所属事務所もマネジャーも当てにできないといったケース。
オーディションで書類選考をパスできないのではデビューも果たせない。

私は思う。
起業を含め、成功を収めたいと本気で願う人は「勝負名刺」をつくるべきだ。
「勝負下着」を買うより先!

勝負名刺サンプルはこちら。
勝負下着サンプルはどちら。

たかが名刺、されど名刺。

                       ◇

余談。
経営も営業も売り上げを目標にすることよりも行動を計画にすることのほうがはるかに重要である。
これは経営再生、営業再建の鉄則。
就活・婚活も同じ。

単に売り上げ(成果)を目標にしたところで、どうせ未達で終わる。
第一、息苦しい。
いやだな、そんな暗い職場(人生)…。

                       ◇

人生で幸せと豊かさをつかむ勝負名刺(就活専用名刺)に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年3月16日「講演一本で食べる…講師稼業の懐事情」はこちら。

⇒2010年3月23日「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」はこちら。

⇒2010年3月24日「2011年新卒就活、勝負名刺の作成技法」はこちら。

⇒2010年3月30日「二・三流大卒…門前払いはこう防ごう」はこちら。

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2010年4月公開講座

二・三流大卒…門前払いはこう防ごう

溺れる者は藁をも掴む。
就職氷河期に右往左往する新卒の気持ちが分からないわけでない。

ゆえに、学生の多くはいわゆる“就活本”を買い求め、そこに書かれている事柄を取り入れる。
恐らくやらないよりやったほうがよい。
年度版の刊行される定番もあり、その内容は就活の常識になった感がある。
学生は専門家の指摘や助言を踏まえるのが有利だ。
しかし、売れ行きが良好な人気本ほど大勢がマネする。

確かに同じノウハウ本を読んでも、人により理解の度合いが異なり、まして実践の次元はまったく違ってくる。
それを就活に生かせるかどうかは、本人次第。
ノウハウとは、そうしたものだ。

「この就活本のおかげで勝てた」と考える人もいるはず。
感謝の気持ちは大事。
が、その人がもともと優位に立っていたか、ライバルがそれほど強くなかったのでは…。

就活のキモは、やろうとしてもうんざりするほど大変なためにだれもやらないことをやり抜くことだ。
皆が呑気に口にする「差別化」とは、かならず“地獄”をともなう。
この程度のことを分かっていない人が社会人のなかにも少なくない。

「和田創方式 名刺セオリー&フォーム」は明確な差別化による勝ち抜きを目指して設計されている。
見本(サンプル)として、来月から転職活動に挑戦する私の名刺(原稿状態)を1週間前のブログ「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」に掲げている。
見た瞬間につくるのがいやになるので見てほしい(うふっ)。
応募者・求職者が殺到する企業に対してとりわけ有効。
氷河期の就職戦線でも横綱相撲を取れるのは、東京大学を筆頭とした一流大学卒業者だけである。
それ以外の新卒は就活に創意と工夫が欠かせない。

私は明治大学5年中退、就社経験なし。
さらに老いぼれ。
和田創方式の名刺は、溺れる私が掴んだ藁なのだ。
どうだっ!

私は思う。
限界まで考え抜いた名刺だから、希望する企業の人事(採用)担当者や役員の心をとらえる。
どうか学生は会社(就職)説明会、書類選考、面接を悠々と突破してほしい。

                       ◇

就活専用名刺に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年3月16日「講演一本で食べる…講師稼業の懐事情」はこちら。
⇒2010年3月23日「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」はこちら。
⇒2010年3月24日「2011年新卒就活、勝負名刺の作成技法」はこちら。

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2010年4月公開講座

2011年新卒就活、勝負名刺の作成技法

私はきのうのブログ「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」において、学生や社会人が就活専用名刺をつくることの重要性を説いた(文字数が多すぎて「ヤフーブログ」は受け付けてくれなかった)。
日本経済はどん底を脱したが、雇用は依然として冷え込んでいる。
採用抑制を打ち出す企業も少なくない。
会社(就職)説明会、書類選考、面接で大勢のライバルとぶつかりながら勝利を収めなくてならない求職者は大変だ。

すでに述べたとおり、還暦目前の私はサードキャリアへ挑戦する。
要は、転職(商売替え)。
目指しているところが高く、多大な困難は覚悟している。
そこで、就活専用名刺を作成することにした。
職業人生の“勝負名刺”。

その原稿が午前2時頃ついに完成した。
読者へ約束したので、「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」にPDFをアップした。
ぜひご覧いただきたい。
印刷会社に入稿する前の状態だ。

この名刺は、新卒・第二新卒、中途の就活において強力な助っ人となる。
また、正社員になるとかキャリアアップを図る場合において絶大な援護射撃となる。

私の名刺は時間が限られ、印刷も急いでいるので、原稿は完璧に程遠い。
やむをえない…。
4月中旬には就活をスタートさせたいのだ。

なお、サンプル(見本)を見て、こう思う読者がいるかもしれない。
「あなたは社会人としてそれなりの実績を残してきたから、こうした名刺がつくれる」。
それは間違いだ。
もっとも大事なのは、自分がこれまで懸命に生き、働き、交わり、学び、遊んだこと。
そう、名刺にうたうべき中身があるかどうかが問われる。
半生をぼんやりと過ごしてしまった人は難しいのでは…。

大丈夫、仕事の経験のない学生でも素晴らしい名刺をつくれる。
ただし、作業としては苦労が大きい。
私は、ない知恵を絞ったので、くたくた。

当然、原稿作成のプロセスで自己対峙・自己検証、自己発見・自己認識などが可能になる。
ここがきわめて重大!
己を知らなくては、正しい就活を進められない。

さらに、それらは面談・面接の際に話材・話題とすることができよう。
私はこの名刺で午前10時から午後5時まで語れる。

とりわけ2011年新卒学生に言いたい。
就職戦線は熾烈だ。
人気企業や一流企業、大手企業を希望する人ほど、ライバルとの差別化が欠かせない。
リクルートに特化したオリジナル名刺をつくりなさい。
自分にとり理想の会社で働けるなら、この名刺にかけた手間もコストも瞬時に回収できる。

実社会への入口。
学生よ、最初の頑張りどころだ!

⇒2010年3月23日「新卒・中途就活で面接官の心をつかむ」はこちら。

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新卒・中途就活で面接官の心をつかむ

新卒の就職内定率は8割(2月1日現在)。
この数字がそれほど変わらないとすると、学生の5人に1人は就職できないことになる。
まさに「就職氷河期」という形容がぴったり。
4年間大学へ通った本人はもとより、それを支えたり助けたりした親も辛かろう。
2010年度に続き、2011年度も就職戦線は暴風波浪警報が発令される。
雷雨竜巻警報が解除された程度…。
たいした改善は見込めない。

自分が就職活動(就活)を行う時期は好況か不況か。
それにより人生を左右されかねない。
社会への第一関門で、運不運の落差はあまりに大きい。
したがって、「就職浪人」が出てくるのも不思議はない。
学生の多くは卒業資格を取り、一流企業や優良企業へ“就社”するために進学したのだから…。

2011年度向けの会社説明会・就職説明会では、焦る学生の参加申し込みが殺到している。
ホームページ(HP)につながったと思ったら、すでに定員締め切り。
いわば門前払いの状態。
企業側は説明会の出席と採用は無関係としているが、鵜呑みにできまい。
選考本番は来月だ。

                       ◇

毎年、新聞などで学生の「就職人気(希望)企業ランキング」が発表される。
私は、どうしてこんな会社が入っているのかと、しばしば不思議に思う。

学生は、学校については「偏差値ランキング」を尺度とし、上位校に合格すると「いい学校に入れた」と誇らしかった。
就職についてもその延長線で考えている節がある。
上位企業に内定すると「いい会社に入れた」。
根拠はほとんどない。
いい会社とは、自分にとりいい会社のこと。

いまの学生がリタイアする頃には、年金の支給開始は70歳くらいになろう。
それまでに潰れる会社、飲み込まれる会社が少なくない。
それを免れても、大手企業ほどグループ企業(子会社、関連会社)への出向、それも片道切符が増える。
もはや終身雇用など期待できない。

このご時世では、確かに就職は大変だ。
しかし、だからこそ、学生は世間の常識や固定的な観念をリセットし、自身を冷静に見詰め直したうえで進路を賢く選択しなくてなるまい。
就職よりはるかに大変なのは、長期化する職業人生を楽しんでいくことだ。

                       ◇

私は、どの会社に就職するかにより人生の運不運を左右されると述べた。
話をシンプルにするため、そうした表現を用いた。
厳密に言えば、この意識や発想が他力依存である。

自分が入りたいと願う会社は皆もそう思うので、競争率が跳ね上がる。
希望する会社から内定を取り付けるのは至難だ。

そこで、私が新卒学生や中途求職者に奨めたいのは、個人名刺の作成である。
就活専用!
ただし、巷に流通する名刺はまったく参考にならない。
多くは看板やブランドが確立した著名企業の名刺を手本にしている。
自分の身分証明書と連絡先カード代わり。
これを中堅・中小・零細企業の社員(有名大学以外の学生)がマネしても無能を露呈するだけ。
就活はままごとでない。
逆効果。

名刺作成では、ライバルとの明確な「差別化」が条件。
膨大な応募者のなかで、自分がいかに希望企業の人事(採用)担当者、そして役員の心をつかむか。
会社説明会で、書類選考で、入社試験(面接)で…。
一連のプロセスを確実に勝ち抜ける名刺を考えてほしい。

名刺のよさは、スタイルが確立していること。
つまり、世間に通用するベーシックツールだ。
相手に丁寧に受け取られ、保存してもらえる。
名刺の恩恵を最大限に享受するには、スタイルの制約を尊重するのが賢明であり有利。
では、どうするか?

決め手の一つは、内容の打ち出しによる差別化。
ヒントを明かせば、自分のシーズ(強み)と相手のニーズ(課題)の“接点”となる名刺をつくることだ。
面接官がこれを認めたとき、内定を出す。
そう、“縁”。
「彼のこうした強みは、当社のこうした課題に役立つ」。
学生は採用決定に至る論理的なメカニズムを理解せよ。
そのため、自分は何を行えるか、それは相手に何をもたらすか、志(セリングポイント)と効用(ベネフィット)の両面から訴える。

当然だが、学生自身が“接点”を思い描けない企業は、仮に内定が出ても入社していけない。
それ以前に応募していけない。
なぜなら自分を生かせず、ゆえに自己実現を果たせないからだ。
人気企業の門をくぐった時点で終了。
職業人生における最大の不幸…。

たかが「名刺」と侮るな。
名刺を笑う学生は、就活に泣かされる。
渾身の知恵を絞った名刺は、絶大な威力を示す。

私は、己の意志と責任で新しい道や局面を切り拓こうとする人は、オリジナルの名刺をつくるべきだと考える。
俗っぽい言い方になるが勝負下着、間違えた“勝負名刺”。
魅力的に迫れ!
あなたが創意と工夫を真剣に加えるなら、目の前の扉は開けられよう。
とりわけ難関?企業を突破したい学生は、リクルートに特化した名刺を準備せよ。

                       ◇

先日のブログ「講演一本で食べる…講師稼業の懐事情」で述べたとおり、還暦目前の私はサードキャリアを楽しもうと、年明けに「転職」に挑む決意を固めた。
無謀!
もう後に引き返せない。

⇒2010年3月16日「講演一本で食べる…講師稼業の懐事情」はこちら。

私が就活(業務受託活動)を本格化させるのは、2010年4月以降だ。
手始めに、専用名刺を作成した。

これまでの説明だけではイメージが湧きにくいと思うので、まもなく印刷会社へ発注する名刺(原稿状態)を紹介しよう。
私なりの合理的な気づきに基づいて設計した3つ折り。
この3つ折りこそ、「和田創方式 名刺セオリー&フォーム」と自負するところ。
理論と実践を高次元で融合させたつもり。
ソフトは「ワード」を用いた。
原稿は完璧でなく、時間が許せば入稿直前に修正を施すかもしれない。

「和田創 転職活動(リクルート)専用名刺」はこちら
実際の仕上がりでは、株式会社和田創研とNPO法人営業実践大学のマーク(ロゴタイプ)を入れる。

先の3連休に原稿状態で東大生や東大大学院生などに見せたが、皆興味津々。
「おれもつくってみようかな…」。
反響は驚くほど!
就職戦線でライバルより断然優位に立てると踏んだようだ。

実は、この名刺はその場に留まらず、相手へ渡した後で利いてくる。
すなわち、自分の手を離れても、自分の代わりに就職活動を行ってくれるのだ。
人事(採用)担当者や役員をとらえ、しかも彼らに振り返ってもらえる名刺はいったいどれほどあるだろう。
ぜひ本命の会社から内定を取り付けてほしい。

                       ◇

私は営業分野のコンサルタント・講師である。
長らく公開セミナーなどで参加者に強調してきた。
「就活とは、自分という商品の営業活動にほかならない」。
「職業人生とは、自分という商品の営業活動の経緯と結果、つまり歴史にほかならない」。
「それが、いまのあなただ」と…。

会社説明会は、営業活動では「ファーストコンタクト(初訪問・初対面)。
面接試験は、営業活動では「プレゼンテーション(商談)」。
新卒学生が就職氷河期に成果を収めるには、広い意味でのセールスマインドとセールススキルが欠かせない。

私の名刺サンプルを見ていただいたか?
できてしまえば何のことはない。
しかし、この名刺には「供給>需要」の状況下における営業の要諦をしっかりと押さえた。
基本となる思想を土台に敷き、それに則した技術を肉付けしていった。
また、19項目に及ぶ細かなテクニックを駆使している。

私は思う。
大学の学生課(就職課)が主催する就活のための名刺作成セミナーはどうか。
多くの大学は少子化で学生集めに苦慮しており、就職実績を高めることが生き残りの条件になってきた。
知人に名刺作成の専門家、福田剛大氏がいる。
私は彼と組んで、日本中の専門学校、短大や大学、大学院、MBA(大学院大学)などで、「就職氷河期を勝ち抜く名刺作成法」を絡めて、学生を支援する特別授業(講義)を行いたくなった。
むろん、テーマは「職業人生に幸福をもたらす就職活動」。
入社後の自己実現を見据えることは言うまでもない。

私は4月上旬にMBAの入学式に出席するので、学生の意見も聞いてみたい。

                       ◇

勘のいい方はお分かりと思う。

「和田創方式 名刺セオリー&フォーム」は、新卒(学卒)はもとより中途の就活に非常に有効だ。
なかでも地位や報酬などの待遇の向上を目指す「キャリアアップ」に打って付け。
また、第二新卒に必須。
企業の見方は厳しく、それを跳ね返せなくては再就職を叶えられまい。
さらに、派遣やパートから抜け出し、正社員になりたい人に最適。
待遇の改善を図られ、雇用の安定度も高められる。

人材会社などが主催する転職活動のための名刺作成セミナーはどうか。
セオリーとノウハウに関するレクチャーで2〜3時間。
これは講演タイプ。
希望によりワークショップ(実習)を加えると計6〜7時間、丸1日。
これは講演+研修タイプ。
きわめて実践的かつ具体的なカリキュラムだ。

なお、私は就活専用名刺を印刷会社へ発注する。
しかし、投資が難しい学生や社会人はパソコンの原稿を高精度プリンターで高級紙に出力してもよいのでは…。
このやり方だと、本命企業2〜3社に限ってカスタマイズを行うなどして、成功率を一段と向上させられよう。

                       ◇

このブログといくらか関連する講演をピックアップしてみた。
いずれもユーチューブの数分の動画。
学生と社会人の学習、職業人生の成功などについて述べている。
自身の見直しと活性化、革新につながると思う。

和田創講演TV人生編「成功の条件を考える」はこちら。

和田創講演TV教育編「学校がつぶれる」はこちら。

和田創講演TV人生編「社会人の学習法」はこちら。

和田創講演TV人生編「名言好きのあなたへ」はこちら。

和田創講演TV人生編「こだわりととらわれ」はこちら。

和田創講演TV人生編「人手と人材の違い」はこちら。

和田創講演TV人生編「職業人生の頂点へ」はこちら。

和田創講演TV人生編「リストラの判定法」はこちら。

和田創講演TV人生編「自己実現の極意」はこちら。

和田創講演TV人生編「自己実現の極意2」はこちら。

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2010年4月公開講座

自己実現の極意2(講演TV)

ところで、労働における仕事の比重を一気に高めることはできない。
なぜなら、「頭は筋肉」だから。
余談だが、私はこれを和田創学説と称している。
これまであまり使ったことのない人が急に、しかも激しく頭を動かそうとすれば“筋肉痛”になる。
いや、筋肉断裂さえ起こしかねない。
となると、職業人生は中休み。
焦らない、焦らない…。

では、どうしたらよいか?
答は簡単。
愛用の手帳にその日の「仕事」の時間を“分単位”で書き込む。
大雑把で構わない。
ただし、自信を持って頭を使ったと言えるものに限る。
自己実現への希求が突出して強い人は、できないことに取り組んだ時間に絞ったほうがよい。
会社を退く前、あるいは眠りに就く前、一番目立つ日付の横に記す。

初めのうちは悲しいほどわずかな時間かもしれない。
人により、何日も「0分」。
ということは、いままでだって0分。
これが分かるだけでも格段の進歩である。
そして、“月単位”で折れ線グラフにする。
“週単位”でもよいが、それは職能開発をよほど急ぐ場合。
折れ線グラフが徐々に右肩上がりになり、励みが得られる。
自分の成長が一目瞭然である。

これを1年も続ければ、あなたは作業から仕事へ軸足を移している。
さらに3年も続ければ、あなたは“別人”に生まれ変わっている。
人手から人材へ、なかには人財(人の財)へ。
早耳のスカウト会社があなたを放っておくはずがない。
余談ながら、職業人としての“市場価値”は自分に対するスカウトの質と量で判断せよ。
そして、この市場価値が、非常事態において自分と家族の生活を守ってくれる。

                       ◇

なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。



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講演TV(人生編)
自己実現の極意2
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これは、2008年12月3日(水)の「和田創ブログ」に若干のアレンジを加えたものである。

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自己実現の極意(講演TV)

縮小市場の加速。
金融資本主義の浸透。
私たちは一生の間に少なくとも数回は大不況に見舞われると覚悟しなければなるまい。
そうした非常事態でも自分と家族の生活を守るにはどうすればよいか、個人の「労働」のあり方にフォーカスして本質的な解決を探りたい。
つまり、ビクビクから解き放たれるという次元でなく、職業人生を悠々と楽しめるように…。

実は、それほど難しくない。
当人が豊かさと幸せをつかむために努力を払うという気持ちを持っていることが前提になるが…。
頭の良し悪しはたいして問題にならない。

さて、私たちは個人差は大きいが、生涯に1万日ほど労働に従事する。
膨大な時間だ。
そこでの“働き方”に尽きよう。
「作業」の比重を落とし、「仕事」の比重を高めていく。
ついては、自分の年齢や経験なども考慮に入れるべきだろう。
先の講演TV・人生編「職業人生の頂点へ」で述べたとおり、「できることは、もうやらない」。
これは自己実現の極意。
そこまで望むのが酷だとすれば、とりわけ習慣性の作業を意識的に減らす。
仕事と作業の違いは「考える」要素の軽重である。
気づいたと思うが、私たちの収入も地位もこの「仕事」に比例する。
そう、仕事によってしか、自分と家族の生活を守ることができない。

続きは、「自己実現の極意2」へ。

                       ◇

なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。



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講演TV(人生編)
自己実現の極意
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これは、2008年12月3日(水)の「和田創ブログ」に若干のアレンジを加えたものである。

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職業人生の頂点へ(講演TV)

「できることは、もうやらない」。
私たちが本気で職能開発やキャリアアップを望むなら、これしかない。
これだけでよい。
単純明快。
それは、私自身が働くうえで最重視した姿勢であり決意であった。
とくに22歳〜44歳くらいの、仕事の伸長期において。

説明を補いたい。
「これに関して、自分は十分にやれる」と思うことを、決して行わないという意味である。
これを守って働くなら、だれしも職業人生で行けるところまで行ける。
自分なりの頂点をかならず極められる。
耳慣れた「自己実現」とは、このこと。
難しく考えるな。

昔、公開セミナーでそう語ったところ、「私はサラリーマンですからムリです」と、休憩時間に話しかけてきた受講者がいた。
それは誤解です。
いつとはなしに世間や会社からマインドコントロールされてしまった人間の典型的な反応である。
最大の問題は、例えば人事異動に従って当然という本人の精神土壌にある。
ああ、いったい自分はどこへ行ってしまったのか。
「そもそも本人の意思や意向をまったく無視した転勤だのジョブローテーションなど滅茶苦茶」。
上場ベンチャーの社長が、多くの企業の慣行に対して怒りをあらわにした。

私は、公開セミナーや企業研修の受講者から手紙をいただくことがある。
以下は、屈指の巨大企業の地方支社で働く方から…。
なお、一部を抜粋し、かつ要約した。
「和田先生に教えていただいた提案営業を、顧客はもちろんですが、本社の上層部へ積極的に行いました。
その努力が認められ、社運を賭けたプロジェクトチームのメンバーに抜擢されました。
驚きです。
ありがとうございます」。
驚きでなく、それは常識です。
おめでとうございます。

会社勤めの方であれ、働く部署も、そこで携わる仕事も、すべて自分が“主導権”を持って決める。
会社に決められることに、強い疑問を感じないとしたら恐ろしい。
ぶら下がり根性に毒されている。

サラリーマンは、経営層などに対する社内提案を通じ、他人任せの職業人生になってしまうことを全力で阻止すべき。
その際に、「できることは、もうやらない」。
配属先での上司との話し合いでもこの点をダメ押しする。
己の高い意識、強い意志、大きい意欲を強調するわけである。
どうせ働くなら職業人生を謳歌したいので、私がサラリーマンなら絶対にそうする。
それ以前に仕事が好きだし、実際に平日の起きている時間の大半を仕事に割くことになる。

                       ◇

なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。



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講演TV(人生編)
職業人生の頂点へ
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これは、2009年4月21日(火)の「和田創ブログ」に若干のアレンジを加えたものである。

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営業変革トップセミナー

人手と人材の違い(講演TV)

人手と人材、この差は大きい。
作業をこなす「人手」は、好不況の波により需要が極端に左右される。
こう言うと、いわゆる肉体労働の従事者を思い浮かべるかもしれないが、ホワイトカラーも例外でない。
労働の大半が案外、習慣性の作業で占められている。

人手は、猫の手も借りたい好況期が去るとリストラの対象となり、真っ先に職場を追われる。
私たちは、代替が利く作業に甘んじるかぎり、自分と家族の生活を守ることができない。
いかに働くべきか、職能の養成とキャリアの形成という観点から、一人ひとりが真剣に考えなくてはならない。
世界は「ジェットコースター経済」の時代に突入し、景気は激しい変動を繰り返すのだから…。

かたや、仕事を行える「人材」は、好不況の波に関わらず需要が根強く存在する。
好況期は当然として、不況期はより切実に求められる。
難局を乗り切るには、やみくもな頑張りでなく、確かな知恵が欠かせない。
人材はいつの時代も不足している。
ならば、職業人生を悠々と楽しむことができる。

さて、作業と仕事の違いは、労働における「考える」要素の軽重に尽きる。
その量(時間)に加え、質(深さ)が大事。
年齢に応じ、経験に応じ、地位に応じ、仕事の比重が高まっていく働き方をしなければならない。
むろん「考える」とは、自分ができない業務や事柄に取り組むことである。
したがって、習慣性の作業にならない。

                       ◇

なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。



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講演TV(人生編)
人手と人材の違い
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これは、2009年3月9日(月)の「和田創ブログ」に若干のアレンジを加えたものである。

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無料個別相談会

失業率10パーセントの時代へ

きのうのテレビ報道によれば、有効求人倍率が低下している。
全地域、土砂降り。
とりわけ製造業の不振が響いている。
在庫圧縮が進んだものの、国内外で依然として販売不振が続いており、生産調整が急速に解かれそうもない。
不況で当分ダメとの結論。

しかし、雇用情勢に関しては今後、そうした問題で片づけられなくなると、私は思う。

日本の産業用ロボットは出来のよさもさることながら、きわめて広範囲な用途に開発が進んでいる。
目的別に特化した精度が高まり、軍事用に搭載・利用が検討されるほど。
製造業などでは合理化による生き残りをかけ、徹底した導入がなされる。
いまや大きな労働市場に育った介護の分野でも近い将来、民生用に活用が普及する。
ロボットはさまざまな職場で人間に取って代わる。
単純なものに留まらず、作業系の労働は確実に減る。

また、企業は国内市場の縮小や雇用条件の厳格化に見切りをつけ、海外への生産移転に加え、その他の業務移転も加速させる。
ホワイト、メタルといった襟の色を問わず、作業系の労働は確実に減る。

さらに、政府は国策として21世紀の産業育成を誘導し、それによる大規模な雇用創出を目指すべきところを、ビジョンも戦略も持たずにカネをばら撒く。
中長期の投資でなく当面の支出にすぎない。
作業系の労働はいくらか上積みが図られるにしろ、仕事系の労働はたいして増加が見込まれない。

こうした背景や事情から“人余り”が激しくなり、10パーセント近い失業率が現実になるのでないか?

となると、国民に残されるのは、自己防衛のみ。
作業を行う人手を脱し、仕事を担う人材へ変わる。
さらに、労働における考える要素と比重のより大きい仕事に携わる人財へ昇る。

しかも、会社寿命が縮まり、終身雇用も崩れた。
したがって、私たちは会社が潰れたり会社を追い出されたりするリスクを想定し、職能の垂直強化と水平開発に励む。
例えば、いまの会社でしか通用しない能力と、ほかの会社でも通用する能力をバランスよく伸ばす。
あるいは、スペシャリストとしての専門・限定能力と、ゼネラリストとしての基礎・汎用能力をバランスよく高める。
すなわち、半世紀に届きそうな職業人生での転職を必然と受け止め、いわゆる「市場価値」を磨き抜く。

激変する産業経済下での人材の最適化とは、人材の流動化にほかならない。
就社意識の消滅は、企業と個人の双方にとり繁栄と幸福をもたらす。
後者について補えば、サラリーマンのプロフェッショナル化とキャリアアップを通じた収入増加と自己実現である。

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営業はリストラと無縁!

営業職は勉強嫌いが多い。
営業教本0094私が十余年、和田創研の社会貢献活動の一環としてNPO法人営業実践大学を運営してきた結論。
大幅な持ち出しに耐えながら営業関係者に学習の機会を提供してきたが、とにかく参加者が集まらない。
理由は「多忙」で片づけられない。
自分が携わる「営業」を、科学や技術と捉える発想がまるでないのだ。
目をおおう営業活動の実態向上意欲が湧かない道理。
日本の営業はいつまでたっても二流、三流になれない。

なお、勉強とは「読書」を指さない。
経営◇勝ち残りの条件1どうすれば商談の決定につながるか、さらに収益の最大化につながるかという観点から自分の営業活動を振り返り、よりよいやり方を考えつづけること。
その際に一番大事なのは、「客観視」
営業教本0095すなわち、主役である顧客を基点にして検証する姿勢(この点に関しては、「目をおおう営業活動の実態」の動画を視聴してほしい)。

営業職は勉強嫌いが多いので、本気になり営業を極めようとするなら、わりと容易に成績を伸ばせる。
MBAソリューションセールス研修何せ顧客への顔出しや御用(引き合い)への見積書対応に追われ、営業のやり方を真剣に探ったことがない。
圧倒的大多数が習慣性の作業に甘んじている。
上司も部下が忙しそうにしていれば、その中身は問わない。
営業教本0096こうした経験を3年、5年、10年、20年、30年と積んだところで、当人にこれといったノウハウは残らない。
営業の作業でなく「仕事」を行うこと(この点に関しては、「百万人の営業講座…不況克服編」を参照してほしい)。
社員教育DVD1
4月から正社員のリストラの嵐が吹き荒れる。
しかし、売れる営業は、売れない不況期にリストラされる心配がない。
非常に気楽だ。
自分と家族の生活を悠々と守れる。
営業教本0097営業関係者は自らの営業力に磨きをかけよ。
解雇の不安に怯えながら働くのはつらい。

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2009年2月公開講座

会社は2年で辞めていい(続)

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幻冬舎新書、山崎元『会社は2年で辞めていい』
木曜日のブログで、この書名が呼び覚ました、私の「転職」についての見解や思想のようなものを述べた。
なお、同書は読んでいないので、内容は分からない。
ところが、このブログが尻切れトンボになってしまった。
成功する転職の条件、いや秘訣について考えていただけただろうか。

答は、簡単。
「プロジェクト」と呼べる仕事に一段落がついたら…。
これだと、会社に対して、置き土産をすることになる。
当人とっては、そのプロジェクトに携わった経験とそれをやり抜いた実績が、次の転職を断然有利に導いてくれる。
ならば、欲するキャリアと報酬を手に入れ、かならずや「自己実現」を果たせる。

私は思う。
在社期間で転職を検討するのでなく、創出成果で転職を決断するべきである。
そして、それは豊かさと幸せをつかむうえでの掟なのだ。

なお、本をわざわざ買わなくとも、書名をこれだけ楽しむことができる。
本を買った人と買わなかった人で、どちらが学んだかは一概に言えない。
本を買わない(読まない)以上、著者の受け売りでなく、独自の思想を持てたことだけは事実である。
こうして浮かせた本代はクラブ通いに回せるかもしれない(必須にあらず)。
大人の社会勉強にぐいぐい弾みがつくというもの(弾まなくてもよい)。

間違って買ってしまったら…。
本は、知る手段でなく、考える道具である。
他人の知識より、自分の気づきを得てほしい。

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自分の居場所は企画力でつくる

会社や職場、プロジェクトやサークル、起業、営業活動において主導権を握る…。
あるいは、トップや上司、同僚やメンバー、顧客に対して主導権を握る…。
こうした局面で威力を発揮するのが「企画力」である。
いまや、すべてのビジネスパーソンにとり、企画力は必須となった。
ところで、「企画」は、現状に満足している個人や企業には不要である。
世間との格闘、会社との摩擦、自分への不満を抱えながら、しかも世間や会社、自分への愛情を失わないとき、それが創造的な企画に駆り立てる原動力となる。
私は幾度もドロップアウトしそうになりながら、企画という行為を通し、何とか社会と折り合いをつけてこられた。
とくに若い頃は、世の中にうまく収まることができず、悶々とした日々を送っていた。
そこで、少しずつ周囲に働きかけ、自分の居場所をつくっていくしかなかった。ほどなく、フリーランスのプランナーになってしまう…。
その積み重ねが、現在の自分である。
企画力で私仕様にあつらえたので、わりと居心地はいい。
…私は長らく、社会に不適格だと思っていた。
いつ頃だったか、社会が不適格だと気づいた。

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創造的人材への期待が高まる

以前、社員が自由な服装で出勤できる「カジュアルデー」が話題になった。
職場の“規制緩和”の一環である。
1週間の疲労が溜まる金曜日に限定する企業が大半だった。
今日、新規産業を中心に、毎日がカジュアルデーとなる。
実は、この制度は、ワークスタイルにも独創性を重視する米国で生まれた。
社員の意識と行動に大きな影響を与える。
日本でも、ホワイトカラーの知的生産性の向上が緊急の課題となっている。
職場のコミュニケーションを活性化するとともに、社員一人ひとりに柔軟な発想と創造的な思考を促そうとする試みが盛んである。
激変する環境に適応し、さらにライバルとの知恵比べに勝利するには、画一化した社員では不可能…。
トップがそんな危機感を募らせている。
カジュアルデーには、背広に象徴される管理志向の企業風土を刷新する狙いが込められていたはずだ。
いまほど、既成の枠組みや概念に捉われない創造的人材が求められるときはない。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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