コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

エンタテイメント&アート

大江麻理子、経済系はA型、お笑い系はB型

女子アナが世間の脚光を浴びるようになって、どのくらいの歳月が経っただろう。
私自身は、少なくとも「女子アナブーム」に興味はなかった。

私は夜間のデスクワークの際に、テレビをつけっ放しにしていることが多い。
画面を見るというより音声を聞くくらい。
仕事漬けの毎日を送っているので、どうしても世事にうとくなる。
人前で話す仕事に就いており、材料の仕込みにテレビは欠かせない。

チャンネルは、経済系の番組、中高年の男性向けの番組がわりと多い「テレビ東京」が中心である。
ほかに「NHK総合」。
むろん、民放の他局にチャンネルを合わせることもある。

そのなかで気になっていたのが、大江麻理子(おおえ・まりこ)だった。
当初から女子アナっぽくない。
まず、人柄のよさが伝わる。
こちらが癒やされる純朴さを持つ。
同時に、頭のよさが感じられた。
それも抜群にいい。

大江麻理子は入社2年目の2002年から「ワールドビジネスサテライト(WBS)」などに出演した。
さらに、3年目の2003年から「出没!アド街ック天国」の2代目アシスタントに抜擢された。
そして、「モヤモヤさまぁ〜ず2」などのバラエティー番組に出演するようになった。

大江麻理子が経済番組からバラエティー番組まで幅広くこなせるのは、血液型がAB型だからか。
前者ではA型のよさが、後者ではB型のよさがいかんなく発揮される。
好奇心も旺盛で、案外行動的。

私が大江麻理子を好きになったのは、だいぶ前のカラオケ番組(?)だった。
いわゆる「音痴」を治すという無謀な企画だった。
彼女は熱唱したが、音程がひどかった。
私は、どうしたらあんなにへたに歌えるのだろうと感心(?)した。
聡明で快活な、妙齢の彼女のイメージとあまりにかけ離れている。
この衝撃的な事件をきっかけに、私は完全にファンになった。

意外だったのは、彼女が女子アナ人気ランキングで上位につけていたこと。
世間の人気もきわめて高い。

その大江麻理子が2013年4月1日付でテレビ東京ニューヨーク支局へ特派員として赴任する。
私は不思議に思った。
同局にとり明らかなマイナスである。

「日刊ゲンダイ」によれば、バラエティー色を消しつつ、箔をつけるためらしい。
この情報が信用できるかどうかは分からない。

しかし、任期はわずか1年であり、来年4月に帰国する。
どう考えても、大江麻理子の大抜擢を前提にしている。
同紙(同誌)によれば、テレビ東京の看板ニュース番組「ワールドビジネスサテライト」のメインキャスター(アンカーウーマン)の椅子が待っているらしい(不確か)。

WBSといえば、小谷真生子(こたに・まおこ)の長期政権が続く。
私は彼女も好きだが、視聴者としては次第に飽きが来る。
また、番組に緊張が失われ、マンネリ感が出ている。
小谷真生子の高額のギャランティもかなりのネックになっているようだ。
昨今のテレビ局の台所事情は非常に厳しい。

大江麻理子は音痴の治療を受けるためにアメリカに渡るわけでない。
彼女は風貌に似合わず、野心を持っている。

・・・そうなると、小谷真生子は国政進出か。

                       ◇◆◇

⇒2012年12月9日「久保田祐佳アナ、おすまし人形は滅茶苦茶かわいい」はこちら。

⇒2010年10月6日「どうした小谷真生子…テレ東WBS異変」はこちら。

⇒2007年3月11日「NHK・桜井洋子さんの活躍が励み」はこちら。

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世界ふれあい街歩き、ナレーションのいやし

私は書斎で仕事中、テレビをつけっ放しにしている。
NHK総合テレビに「世界ふれあい街歩き」という旅番組がある。
制作者に失礼な言い方になるが、仕事の邪魔にならず、しかも心の癒し(いやし)が得られる。
その大きな理由は、優れた番組企画と巧みなナレーション。
以下は「世界ふれあい街歩き」の公式サイトの情報を交えて記した。

私はヒコーキがダメなので、海外旅行に出かけられない。
番組では、各国の街並みを気ままに散策しているかのような錯覚が起こる。
名所旧跡の類でない。
何気ない通りやちょっとした広場、ときに込み入った路地をゆっくりと…。
「世界ふれあい街歩き」は、視聴者に疑似体験を提供しようと企画された。
そのため、現地の風景、日常の光景、人々の暮らしとふれあいを優先してカメラに収めている。
なお、視聴者が同じように歩いてみたいと思うことも想定し、安全な街や場所を選択の基準としている。

私は、NHKが「世界ふれあい街歩き」にカネをかけていないと思っていた。
番組の趣旨に従い、「レポーター」を置かない。
これは制作コストの削減につながる。
例えば、タレントを同行すると出演料のほか、メイクやスタイリスト、マネージャーなどの経費がかかる。
あくまで現地での撮影に不可欠な経費に留めている。

「世界ふれあい街歩き」では、さまざまな「ナレーター」が登場する。
常連もいるが、街の雰囲気や登場する人々との相性を考えて選んでいる。
私は、そのナレーターも同行していないと知り、驚いた。
現地の人と普通に会話を交わしているように聞こえる。
撮影は、ディレクター、カメラなどの技術者、現地の通訳兼コーディネーターで行う。
徹底したケチケチ作戦だ。
映像を日本へ持ち帰り、コーディネーターの声を消して現場の音(ノイズ)に差し替え、それにナレーターが声を入れて仕上げる。
私は、旅(散策)を実際に味わえないナレーターがちょっとかわいそうになった。
それが仕事とはいえ、プロはうまい。

名前は分からないが、女性のナレーターで一人、私のお気に入りがいる。
つぶやきや会話がとても自然・・・。
そして、温かい。

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井上雄彦、人気漫画家の創作を支える信念

井上雄彦の大ヒット作『SLAM DUNK』。
国内発行部数は1億部を突破する。
ウィキペディアによれば、日本におけるバスケットボールブームの火付け役となった。

井上雄彦はとくに興味があったわけでないが、高校時代に友人に誘われてバスケットボール部に入部し、主将を務めるまでに…。
子どもの頃から絵を描くことが好きで、高校卒業の頃には漫画家になることを意識しはじめた。
やがてバスケットボールを題材にしようと決めた。
当時そうした漫画がなく、井上雄彦は自分が描くまではだれもやらないでほしいと願ったらしい。

                       ◇

だいぶ前、NHKが井上雄彦の仕事ぶりを紹介した。
ひりひりするような切迫感が職場にみなぎる。
私は自分が甘いとつくづく思った。
締め切りに追われっ放しとは、期待に追われっ放しということだろう。
いつも極度の緊張を強いられる。
忍耐はもとより立ち向かう勇気がなくては、その重圧に押し潰される。
読者への約束を守ろうと苦闘する姿は壮絶であり、痛ましくさえあった。

私は高が知れているが、フリーランスのプランナーとして締め切りに追われた時期が長かった。
多いときは10本くらいの仕事を抱えた。
40代になり、体力的な限界を感じて講師商売へ転じた。
一応先生なので、主導権を握れる。
そうした生活に浸るうちに、私は当時の切迫感をすっかり忘れてしまった。

50代半ば以降、とくにここ1〜2年は自分商品(コンテンツなので、作品と言えなくもない)の開発を続けていながら、いつまで経ってもゴールにたどり着けない。
自らに課した締め切りを守れない。
原則無休で働いていても、本質は仕事嫌いなのだろう。
絶体絶命のところに追い詰められないと頑張れない性格が、還暦間近になってようやく分かった。
怠惰な私は案外、締め切り商売が合っていたのかもしれない。
大きな集中力を引き出してくれたようだ。

以下に、「井上雄彦の名言、仕事の流儀…睡眠とは仮眠」と題する2010年10月19日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は少し頑張れるようになった。
体調は依然として低迷しているが、精神面に持ち直しの兆しが出てきたように思う。
それだけのことで、とてもうれしい。

10月に入り、仕事に向かう時間がわずかながら、しかし確実に増えている。
私の場合には、自分に課した仕事のこと。
周りからこれをやれという指示、まして命令はない。
「締め切り」がないので、いくらでもさぼれるし、うやむやにできる。
それがつらい。
また、私の場合には、仕事は「知的生産」のこと。
これで十分といったゴールを決められず、半永久的に続けられる。
それがつらい。

私は10月から労働時間を手帳に記すことにした。
日々の振り返り、そして自分へのご褒美である。
3時間ごとに「☆」1個を与える。
ただし、自信を持って“集中”できたといえる時間。
これには、きょうの食いぶちを得るための労働は除外している。
例えば、講師やコンサルタントとして働くなどだ。
当座の仕事に深く感謝しているが、それはそれ。
あくまでも将来の成果に投じた時間に限定している。
それがこれからの豊かさを決定づけるからだ。

私は手帳に☆が付くと、大喜び。
まれに☆が2個、3個と並ぶと昇天。

                       ◇

先日、NHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」で人気漫画家の仕事部屋(オフィス)が映し出されていた。
いま番組公式サイトで調べたら、2009年9月15日「井上雄彦 闘いの螺旋(らせん)、いまだ終わらず」。
私はチャンネルを切り替えた際に、その再放送をたまたま見たのだ。

映像は深夜もしくは明け方。
漫画の締め切り日だったのだろう、アシスタントが頭から毛布をかぶり、ソファーで眠っていた。
若さゆえに、こうした場所でも睡眠を取れるし、体も傷めない。
私がフリーランスだった時代と同じ光景である。

井上雄彦(いのうえ・たけひこ)は「スラムダンク」「バガボンド」「リアル」と、メガヒットを連発している。
創作活動を支える信念は、「手に負えないことをやる」。
名言はたいてい正気でない。
井上雄彦ははたして眠っているのか。

ボスはアシスタントより多く眠れない。
自分がそうだった。

…思い出した。
私にとり睡眠とは「仮眠」のことだった。
45歳くらいまでの話。

家庭を持った20代半ば以降、まともに眠った例がない。
なぜ20年間もそうした毎日に耐えられたのか、謎である。

                       ◇

私は、とりわけ50代半ば以降、締め切りもゴールもない世界で働いてきたことになる。
終わりのない仕事にのめり込んでしまったと、ようやく気づいた。

締め切りもゴールもなければ、だれかにねぎらわれることもなく、だれかに褒められることもない。
自分が感じてきた「孤独」の正体は案外たわいない・・・。

◆書き加え1(10月17日)

私は昔、これとは違ったやり方で手帳に記していた。
自分ができない仕事に取り組んだ時間。
昔とは、職業人生における成長期のこと。

「できることは、もうやらない」と誓うだけで、職能はびっくりするほど開発される。
自己実現の一番の近道である。

⇒2008年12月3日「大不況から自分と家族の生活を守る」はこちら。

⇒2009年4月21日「職業人生で自分なりの頂点を極める」はこちら。

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関口知宏は何を思うか…人生の旅人

私は富山県立魚津高校を卒業して明治大学に進学して以来、働き詰めだ。
とくに20代半ば過ぎに結婚してからは原則として年中無休で頑張ってきた。
それを望んだわけでなく、そうせざるをえなかった。
あっという間に40年が過ぎ、今年は還暦を迎える。
疲労がずっしりと蓄積している。

仕事に急き立てられる職業人生を送ったせいで、私は「旅人」への憧れが人一倍強い。
書斎でデスクワークを行う際には、たいていテレビをつけっ放しにしている。
集中力の妨げにならないというのも一因だが、広い意味での「旅番組」はわりと好きである。

私がときどき気になるのが、関口知宏。
おもに長期間で長距離を移動する番組に出演しており、旅人のような毎日を過ごしている。
仕事なので苦労は絶えないはずだが、趣味を兼ねているようにも思える。
うらやましいかぎり・・・。

以下に、「旅人・関口知宏」と題する2008年3月2日のブログを収める。
かなり手を加えた。

                      ◇◆◇

きのう、NHKBS2で「関口知宏スペシャル 全部見せます! 日中欧鉄道大紀行」という長時間番組を放送していた。
過去の番組の総集編か。
私は、「日本列島縦断最長片道切符の旅」の、しかもごく一部のみ視聴。

すべてがゆったりと流れる…。
途中、各地の自然や風物、文化や風土、暮らしや人情などに触れる。

関口知宏は、どこにでも自然体で溶け込んでいけるし、だれからも温かく迎え入れられる。
それに絵も描けるし曲もつくれる。
これ以上の旅人はそうそういない。
タレントのジャンルとして「旅人」が成り立ちそうだ。
あっ、兼高かおるというあまりにも偉大な先人がすでに存在した。

⇒2009年10月6日「兼高かおるの言葉と生き様」はこちら。

関口知宏のシリーズに限らず、NHKにはアスリート(スポーツ選手)が徒歩で旅する番組があった。
「街道てくてく旅」。
それと、清水国明がバイクで旅する番組もあった。
「気ままに寄り道バイク旅」。
こちらはエッセイストの国井律子と二人旅だ。

この手の紀行番組の登場は、チャネルの増加と無関係でない。
制作コストを低く抑えられ、しかも放送時間を長く稼げる。
そうしたテレビ局の思惑がある。

紀行番組は、筋書き(脚本)も演出もほとんどいらない。
それ以前に、スタジオもセットも、脇役もエキストラもいらない。
主役の旅人だけ。
結果として素朴な内容になり、そこに新鮮な面白さがある。
ストーリーを追わなくてよいので、“ながら視聴”の私にぴったり。
関口知宏のキャラクターとあいまって、心が癒やされる。

多忙な現代人にとり、時間の消費そして忘却こそが最高の贅沢なのかもしれない。

私は度胸も覚悟もなく、強靭な肉体も持っていない。
ゆえに実現は不可能と分かっているが、過酷極まりない「リヤカーマン」でさえ、憧れの対象である。
自分の限界に挑み、生命の危険にさらされながら旅を続ける姿に感動を覚える。

…将来の夢。
腰や背中が悲鳴を上げなければ、私は鈍行列車(各駅停車)による「日本一周の旅」を楽しんでみたい。

これまで幾度かつまずきながら、しかし走るようにして生きてきた。
私は前しか見たことがない。
気の遠くなるくらいのんびりとした日々を、一生にたった一度でも送れるなら…。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットによる世界一周「アースマラソン」に挑んでいる間寛平に関するブログは以下のとおり。
間寛平は人生の地平線を行く旅人でもある。

⇒2011年1月4日「間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還」はこちら。

⇒2011年1月5日「間寛平、がんに打ち克ちゴールへ…アースマラソン」はこちら。

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井上雄彦の名言、仕事の流儀…睡眠とは仮眠

私は少し頑張れるようになった。
体調は依然として低迷しているが、精神面に持ち直しの兆しが出てきたように思う。
それだけのことで、とてもうれしい。

10月に入り、仕事に向かう時間がわずかながら、しかし確実に増えている。
私の場合には、自分に課した仕事のこと。
周りからこれをやれという指示、まして命令はない。
「締め切り」がないので、いくらでもさぼれるし、うやむやにできる。
それがつらい。
また、私の場合には、仕事は「知的生産」のこと。
これで十分といったゴールを決められず、半永久的に続けられる。
それがつらい。

私は10月から労働時間を手帳に記すことにした。
日々の振り返り、そして自分へのご褒美である。
3時間ごとに「☆」1個を与える。
ただし、自信を持って“集中”できたといえる時間。
これには、きょうの食いぶちを得るための労働は除外している。
例えば、講師やコンサルタントとして働くなどだ。
当座の仕事に深く感謝しているが、それはそれ。
あくまでも将来の成果に投じた時間に限定している。
それがこれからの豊かさを決定づけるからだ。

私は手帳に☆が付くと、大喜び。
まれに☆が2個、3個と並ぶと昇天。

                       ◇

先日、NHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」で人気漫画家の仕事部屋(オフィス)が映し出されていた。
いま番組公式サイトで調べたら、2009年9月15日「井上雄彦 闘いの螺旋(らせん)、いまだ終わらず」。
私はチャンネルを切り替えた際に、その再放送をたまたま見たのだ。

映像は深夜もしくは明け方。
漫画の締め切り日だったのだろう、アシスタントが頭から毛布をかぶり、ソファーで眠っていた。
若さゆえに、こうした場所でも睡眠を取れるし、体も傷めない。
私がフリーランスだった時代と同じ光景である。

井上雄彦(いのうえ・たけひこ)は「スラムダンク」「バガボンド」「リアル」と、メガヒットを連発している。
創作活動を支える信念は、「手に負えないことをやる」。
名言はたいてい正気でない。
井上雄彦ははたして眠っているのか。

ボスはアシスタントより多く眠れない。
自分がそうだった。

…思い出した。
私にとり睡眠とは「仮眠」のことだった。
45歳くらいまでの話。

家庭を持った20代半ば以降、まともに眠った例がない。
なぜ20年間もそうした毎日に耐えられたのか、謎である。

                       ◇

私は、とりわけ50代半ば以降、締め切りもゴールもない世界で働いてきたことになる。
終わりのない仕事にのめり込んでしまったと、ようやく気づいた。

締め切りもゴールもなければ、だれかにねぎらわれることもなく、だれかに褒められることもない。
自分が感じてきた「孤独」の正体は案外たわいない・・・。

◆書き加え1(10月17日)

私は昔、これとは違ったやり方で手帳に記していた。
自分ができない仕事に取り組んだ時間。
昔とは、職業人生における成長期のこと。

「できることは、もうやらない」と誓うだけで、職能はびっくりするほど開発される。
自己実現の一番の近道である。

⇒2008年12月3日「大不況から自分と家族の生活を守る」はこちら。

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職業人生に締め切りを設けよ…水木しげるの教え

おとといのブログの続き…。
NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(村井茂。向井理)は着実に作品を残しつつある。
高名な漫画家と無名の自分を同列で比べる気は毛頭ないが、私がこの十年で手がけた成果は何かと考えてみた。
そして愕然とした。
たった2点なのだ。

一昨年の夏場以降、北尾吉孝学長のSBI大学院大学(MBA)で「実践営業論」の講義を完成させた。
そのために、A4判5百ページ程度のテキストを書き起こした。
それに基づき、全15時限(全22時間程度)のインターネット授業を撮り終えた。
それに付随し、全5時間(20分×15時限)の試験問題をつくりあげた。
これらはいずれも毎週、授業の進度に追い抜かれそうになりながら並行して取り組んだ。
私は正味4カ月で15回の締め切りを迎えたことになる。
この間、講演などの予定が挟まっており、綱渡りの連続である。
カリキュラム構築の進捗管理を行っていた同大学院大学の事務局は冷や冷やだったのでないか…。
大変な心配と迷惑をおかけした。

それと、今年の4月以降、やはりSBI大学院大学で『起業の教科書』という12名の教官による共同著書を執筆した。
私は通常の単行本の4分の1くらいの文章量を担当した。
GWを潰しても時間が足らず、締め切りをまたぐことになる。

やはりこの2点だけである。
さみしい〜。

何のことはない、絶対動かせないという締め切りが設けられたタスクに限られる。
怠け者の私は、外部の圧力によってしか働いていなかった。
その意味では、企業研修や公開セミナー、講演の講師の仕事も絶対休めないという条件が設けられていた。
情けない。

いかん、いかん、これじゃ〜、いかん。
私は自らの意思と判断で着手したタスクを成し遂げられずにいる。
例えば、著書、自分商品、起業…。

これまでを振り返り、私は極限状態に置かれ、わずかばかりの能力を振り絞ってきたようだ。
これからを考えると、痴呆(ボケ)の発症と進行をいくらか遅らせるかもしれない。

職業人生にとりもっとも大事なのは“締め切り”を設けることなのだ。
そう水木しげるに教えられた気がする。
これは、サラリーマンを含めたすべての社会人に当てはまろう。
でなくては、学習を継続するくらいに留まり、成果を創出するには至らない。

ワタミの渡邉(渡辺)美樹の名言「夢に日付を!」にどこか通じる。
自らを締め切り地獄に放り込めという容赦ない言葉である。
一代で功を成し、名を挙げる人は、実行力と完遂力が突出している。
私はそれに遠く及ばない。

⇒2008年1月3日「渡辺美樹、夢に日付を…」はこちら。

続きは、あすのブログで…。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

⇒2010年7月17日「ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞」はこちら。

⇒2010年7月24日「水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月31日「ボチェッリが歌う吉岡聖恵・ありがとう」はこちら。

⇒2010年8月5日「水木プロダクション異様な活気…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年8月9日「ゲゲゲの鬼太郎へ題名変更…主題歌もヒット」はこちら。

⇒2010年8月11日「水木プロダクション…アシスタント人件費」はこちら。

⇒2010年8月12日「いじめ…有名人の子の苦悩(ゲゲゲの女房)」はこちら。

⇒2010年8月14日「妖怪いそがし、家庭を顧みない水木しげる」はこちら。

⇒2010年8月18日「漫画家・水木しげる、締め切りの地獄と天国」はこちら。

◆書き加え1(8月19日)

私はこのところバタバタしており、「ゲゲゲの女房」を何回か見逃した。

村井布美枝(松下奈緒)はいま一つ藍子(長女)の気持ちが分かっていない。
村井家に限らず、親と子の間にはいろいろな面で隔たりがある。
どの家庭でもそうだろう。

しかも親が立派なほど、溝が広がりやすい、ずれが大きくなりやすい。

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木村秋則、無農薬リンゴ誕生の壮絶ドラマ

凄かったなぁ、無謀というより狂気。
テレビ東京の経済ドキュメンタリー番組「ルビコンの決断」。
ドラマ仕立てが異色であり、しかも当人をスタジオに招いてインタビューを交える。

「奇跡のりんご誕生物語 〜不可能といわれた“無農薬”に挑んだ男」。

私が見たのは再放送だった。
といっても、例によりながら視聴。
何もかも中途半端だ。

さて、主人公(ゲスト)は、青森県弘前市でリンゴ農園を営む木村秋則(きむら・あきのり)。
妻の農薬かぶれをきっかけに、無農薬栽培を目指した。
当時、リンゴ農家は農薬なしに経営が成り立たないとされていた。
木村秋則は土が持つ本来の力を取り戻すことで、農薬だけでなく肥料も使わないでリンゴをつくる。
常識への挑戦だったが案の定、失敗を繰り返した。
害虫が湧き、木の病気が出て、近隣農場に睨まれ、村八分状態になった。

その取り組みを中心になって支えたのは、木村秋則が娘婿として入ったリンゴ農家の義父だった。
むろん、義母、妻、子どもたちも…。

収穫がなく、収入がない。
農家なのに食べるものがろくにない。
湯のような薄い粥に雑草を混ぜ、家族全員でいただいた。
子どもは一言も文句を言わない。
また、学校の給食費やPTA会費の徴収袋を自分の手元に留めた。
極貧生活が続いたが、それでも皆が協力を惜しまなかった。

木村秋則はどうにもならなくなると、ときどき実家を頼った。
母は父に言うなと口止めし、わずかな生活費を渡した。
それがばれる。
父は堪らず母とともに先方を訪れ、畳に頭をすりつけて義父と義母に詫びた…。

8年後、壮絶な苦労が実を結んだ。
無農薬・無施肥栽培のリンゴは、一躍世間の脚光を浴びた。
恐らく世界初。

木村秋則は番組で、家族を巻き込んだことがもっとも辛かったと涙をこぼした。
自分を信じてついてきてくれた家族への感謝の気持ちが溢れ出た。

私は胸が熱くなった。
妻に話したら、木村秋則を知っていた。

Copyright (c)2010 by Sou Wada

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ヤカン体操編…日清焼そばU.F.O.CM

私はインスタントラーメンでは袋麺のほうが断然好きだ。
カップ麺のなかで無条件にうまいと思うのは、まるか食品の「ペヤングソースやきそば」だけである。
シンプルでベーシックな味であり、飽きが来ない。
ロングセラーになる条件を備えている。
どれほど食べたことか。
手づくりのソース焼きそばに劣らない。

ところが、世間ではそれほど人気がない。
20代を対象としたインターネット利用の簡易リサーチにすぎないが、ペヤングを支持したのは1割くらいだった。
5割くらいが日清食品の「日清焼そばU.F.O.」を一番に挙げた。
意外な結果だ。
全世代ではどうか。

プランナーだった私は昔、広告代理店の知人からアーノルド・シュワルツェネッガーが例のCMで用いた巨大なヤカンをもらった。
すぐにだれかにあげた。
サインが入っていれば、残しておいたのでは…。
いまから考えると、とても残念。

このCMがU.F.O.のシェアアップに大きく貢献した?

                       ◇

ここまでは、だいぶ前に書いた素材。
いま念のためにインターネットで調べたら、「日清カップヌードル」のCMらしい。
「ヤカン体操編」とか…。

私の記憶は何といい加減なのだろう。

そうそう、大ヒット曲「UFO」とその振り付けを用いたピンク・レディーのCMがあった。
これが売れ行きに火をつけた?

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三菱UFJ20100721

隅田川花火大会2009

明晩、毎年恒例の「隅田川花火大会」が開催される。
⇒「隅田川花火大会(公式ホームページ)」はこちら。
江戸の風情をいまに伝える。
全国に知れ渡った、東京の夏の風物詩。
テレビ東京では首都圏でライブ放映を行っている。

私は、東京都立墨田川高校に在籍したことがある。
徳島県立城北高校から1年生の3学期に転入し、富山県立魚津高校へ2年生の2学期に転出した。
7〜8カ月間、江戸川区小松川で暮らした。
近所同士で醤油などを貸し借りする下町だった。

もっとも当時は、交通事情の悪化により「両国の川開き」は中止されていたらしい。
これが1978年(昭和53年)、現在の「隅田川花火大会」と名称を改め、ビルで囲まれた隅田川で復活した。
打上場所は上流に移され、打上会場は2カ所設けられ、より大勢が観られるようになったとのこと。

私が通った墨田川高校が墨田区東向島にあったこともあり、一度でよいから花火見物に出かけたいと思いつづけてきた。
とくに下町育ちの母を連れて行きたかった。
が、他界…。
富山・滑川の実家から晩年、私が暮らす横浜・港北ニュータウンに呼び寄せながら…。
悔いが残る。

隅田川花火大会は、テレビの画面を通して眺めるのとは、臨場感がまったく別物だろう。
元気なうちに足を運びたい。

私はしばらく地方にいる。

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営業変革トップセミナー

裸になって何が悪い

「裸になって何が悪い」
公然わいせつ容疑で赤坂警察署に逮捕された草なぎ剛。
彼がその際に現場の檜町公園で発した言葉があしらわれたTシャツがネットでバカ売れなのだとか。
ご丁寧にノースリーブやトレーナーも揃う。
価格は2千円で、トレーナーのみ2千5百円(いずれも消費税は別途)。
オリジナルデザインのTシャツ販売を手がけるオンラインショップ「クラブT」

いま調べたら、福田康夫前首相が辞任会見で発した「あなたとは違うんです」Tシャツが1万数千枚のトップセールスを記録したのだとか。
知らなかった。
「裸になって何が悪い」Tシャツはそれを上回りそうな勢いらしい。
世の中は何でも金儲けのネタにしてしまう。
凄い商魂!

しかし、どんな人が買うのだろう。
草なぎ剛のファン?
今夏の湘南海岸はこのTシャツを着た若者たちであふれ返るのだろうか。

・・・う〜ん、私も営業マンを応援するTシャツをつくってみようかなぁ。
全体に毛筆のエールをちりばめて。
何せ現下の大不況で、多くの営業マンはどん底。
すっかり自信を失っている。
私がつくった「営業川柳」「営業格言」を盛り込むのもいいかもしれない。
せっかくだから自分で文字を書き、Tシャツをデザインする。
実を言うと、半年前から「営業御守」をつくってみたいと考えていた。
見積もりまで取った。

営業Tシャツも営業御守も私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学のホームページに加え、私が講師を務める講演公開セミナーの会場で販売する。
が、はたして売れるかなぁ?
自信がない・・・。

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草なぎ剛が全裸事件の謝罪会見

草なぎ剛がテレビなど大勢のマスコミ関係者(3百名?)を前にし、神妙な態度で全裸事件の謝罪会見を行った。
その表情から、とことん堪えていることが分かる。
ファン、SMAPのメンバー、CMを含めた多方面に及ぶ仕事の関係者に対するお詫びに終始した。
自分が取った行動について、「恥ずかしいことをした」。
それが引き起こした心配や迷惑、損害について、「申し訳ないことをした」。
国民的アイドルなのだから、やむなし。
何より彼自身が、己の持つ社会的な影響力の大きさに驚いているはず。

しかし、草なぎ剛は、そもそも目くじらを立てて非難するほどの大事件を起こしたわけでない。
深夜というか早朝というか、近隣住民の安眠を妨げたのは事実だが、それ以外の被害者を出していない。

前後不覚の酔っ払いが己を解放した場所が自宅でなく公園だったという話。
これを犯罪として扱うのはどうだろう。

苦情を寄せられた赤坂警察署としては、未明の公園で全裸の男が奇声を発しており、なおかつ注意に従わなかったら、逮捕せざるをえなかったのかもしれない。
それとも、両者の間に何らかの確執や遺恨があったのか?
その後の家宅捜索には疑問が残る。

                       ◇

いま土曜日午前9時近く。
少し書き加える。

先のブログで、「それにしても脱いだ服をまとめておくとは、律儀。」と述べた。

彼が律義な性格なのは間違いないが、ふと思った。
それは“自宅”と勘違いしたためでなかったのか?
悪意はまったくなかった。
30代前半の若者が酒に飲まれた失態にすぎない。
近くに女性がいなくて、せめてもの幸運。

私はファンというわけでないが、早く仕事に復帰させてやりたい。
きちんと謝罪会見を行ったので、謹慎期間はごく短くてよい。

ただし、草なぎ剛は今後、酒との付き合い方を改めるべき。
大事なのは、自分に巣食う弱さを見つめ直すこと。
それができるまでは活動自粛。

もう一度、問題行動を起こすと、世間を敵に回す。

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公園の噴水で裸踊りに興じる

杉並区高円寺南1丁目の日本経済新聞高円寺専売所で新聞配達をやっていた40年程前。
最寄りの中野駅の近くでかなりの酒を飲み、公園の芝生に仰向けになったことが2〜3度ある。
大の字の解放感に浸るうち、1〜2時間ほど寝込んでしまった。
不思議と蚊に刺されなかった。
はした金しか持っていなかったとはいえ、盗まれることもなかった。

30年以上昔は楽しみが限られていたこともあり、住宅街の駅の周辺でも千鳥足の泥酔者が珍しくなかった。
夏場の深夜に公園の噴水で裸踊りに興じる酔っ払いを幾度も目撃した。
着衣ではしゃいでいるが、野次馬が少しでも集まると、がぜん張り切って脱いじゃう。
公然わいせつ。
なかには眉をひそめた女性もいたはずだが、大半は笑いながら通り過ぎる。
ケータイがあれば、違った展開になったのかもしれない。
のんびりとした時代だった。

先日深夜、東京ミッドタウンのそばの赤坂の公園で全裸になり奇声を上げていた男が近隣の住民に通報された。
赤坂警察署員が駆け付けると、アイドルグループ「SMAP」のメンバー、草なぎ剛。
泥酔状態で命令に従わず、暴れたために現行犯逮捕され、今回の大事件に発展した。
当然の措置だったが、これまでの多方面の活動と実績、そこから窺える人柄を考慮すれば、私は気の毒に思う。
それと、尿検査で薬物反応が出なかったにもかかわらず、家宅捜索に踏み切ったのは行き過ぎ。

私は、それなりの量を飲んだ時期があった。
しかし、もともとストレスを感じないタイプなので、その解消や発散のために飲んだことはない。
もっぱら頑張りへのご褒美、無心のくつろぎ、睡眠の入口などとして…。
大方は就寝前のジャスト2時間。
長居もハシゴもしない。
昔、ママやホステスに「きれいなお酒」とよく言われた。
まったく乱れない。

草なぎ剛は、やさしくて生真面目。
芸能界に生きるなかで、内面に相当なフラストレーションを溜め込んでいた。
私の若い頃の知人に酒でつまずいた、とてもいい奴がいた。
彼を思い出した。

草なぎ剛は、一般人に暴言を吐いたとか暴力を振るったとか、まして性的暴力を加えたわけでない。
前後不覚の酩酊で全裸になった。
大声で歌っていたというから、よほど気持ちがよかったのだろう。
それにしても脱いだ服をまとめておくとは、律儀。

今回の騒動に悪質性はないが、著名人は社会的な影響力が大きい。
CMを含め、仕事関係でも莫大な損害を与えた。
酒に飲まれないようにしないと、ね。

草なぎ剛はすでに十分な制裁を受けている。
甘いと叱られるかもしれないが、温かく再起を見守ってあげるのがよいのでは・・・。

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吉本興業で門前払いを食らう

わが人生0375私は“お笑い”へ転向しようと思い、あの「吉本興業」に接触を図ったが、あっさりと門前払いを食らってしまった。
といっても、大得意のテルアポに失敗したのだが…。

私は営業コンサルタントとしていつも厳しい指導を行う。
即効提案営業研修とくに「段取り8分、本番2分」をうるさく言っている。
その私が何の準備も行わずに沈没…。
それ以前に、いわゆる「顧客理解」を欠いた。
相手も知らずにアプローチを試みるなど論外。
川柳20081119-02我ながら恥ずかしい。
非常に安易だった。

なお、お笑いへ転向するといっても、いまの仕事をやめるわけでない。
職業人生が残り短くなったこともあり、経営営業をテーマとした講演にお笑いの要素を思い切って取り入れたものを手がけたいのだ。
目標は、社長を対象とした「経営漫談」「営業漫談」の新ジャンルを切り開くこと。
わが人生0376職業教育とエンターテイメントの融合。
悩める経営トップに不況に打ち克つ知恵と勇気を与える。
平たく言えば、滅茶苦茶面白くて滅茶苦茶タメになる講演会をあちこちで開く。
先頃とりあえずMBA「営業学」が正規の授業に取り入れられた。
SBI大学院大学と文部科学省の計らい。

わが人生0377経営漫談、営業漫談は、これからのライフワーク。
とくに急いでいるわけでないので、じっくりとアプローチしていこう。
作戦を練らねば…。
いよいよとなったら、アポなしの飛び込み。

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テレビから深夜映画が消えた

私は翌日にセミナー研修がないとき、午前2時や3時くらいまではデスクワークを行っている。
この間、テレビはつけっ放し。ただし、音声がときどき耳に入る程度。
再建屋雑記帳391最近、気づいた。
深夜の時間帯から映画がみごとに姿を消した。
放映権の争奪戦の結果、ロイヤリティが跳ね上がり、有料の専門チャンネルにごっそり持っていかれたのか。

媒体が多様化するなか、テレビ局はかつてのような殿様商売ができなくなっている。
いまや効果に関する圧倒的な優位性は崩れた。
広告費がインターネットなど、他メディアへ流れる。
懐事情が厳しくなり、番組予算が削られた?
テレビで深夜映画はもう見られないのか。

再建屋雑記帳0392ここ2〜3年、番組の質が極端に低下した。
ブログで幾度か述べたが、私はお笑い芸人を敬っているし、彼らに憧れている。
バカになりきれるのは凄いこと!
才能と度量の両方が必須。

ところが、バカを演ずるお笑い芸人でなく、素のバカがテレビを占拠するようになった。
もはや「芸」といえない。
暇つぶしにもならないお粗末な代物ばかり。
テレビ局が切実に求めているのは埋め草なのかもしれない。

再建屋雑記帳0393アメリカのテレビの連続ドラマが増えてきたように思う。いまは深夜なのであまり気にならないが…。

あっ、日本で流すには吹き替えか字幕が必要だが、英語が通じる国ではそれらに侵食されているのでないか。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
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なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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