コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

冬季五輪

リプニツカヤにソチ金メダル最有力の声

ソチオリンピック、フィギュアスケート個人戦の女子シングルが行われようとしている。
大会前に、そして団体戦で、金メダル候補に急浮上したのがロシアの新星、ユリア・リプニツカヤである。
得点源の高難度ジャンプが安定している。

リプニツカヤは今シーズン、GPファイナルで銀メダルを獲った。
ヨーロッパ選手権で史上最年少の金メダルに輝いた。
合計点は 200点を超えた。
先日のフィギュアスケート団体戦では、女子ショートプログラム(SP)でほぼノーミスの演技を見せた。
地元の熱烈な応援はプレッシャーになることもあるが、それを見事にはねのけた。
精彩を欠いた浅田真央はもとより、イタリアのカロリーナ・コストナーを抑えての1位は立派である。
世界トップクラスの二人を上回り、大きな自信をつけた。
個人戦へ、さらに勢いを増しそうだ。

リプニツカヤは、体の柔軟性が高い。
ウィキペディアによれば、2歳頃から行っていたストレッチによる。
柔軟性を生かした高速のビールマンスピンは美しい。
本人は「キャンドルスピン」と名づけている。

リプニツカヤは、1998年6月5日生まれの15歳である。
4歳からスケートを始め、スケートのために10歳でモスクワに引っ越した。
顔もプロポーションもすらりとして美しい。
ちなみに、身長は 158cmである。
妖精のような雰囲気をまとっており、人気が出るのがうなずける。

リプニツカヤは、1〜2年後に女性に特有の体の変化が表れるのかもしれない。
もしそうなら、最高のタイミングでオリンピックに出場する。
五輪で金メダルを獲れるかどうかは、その時点での実力にかかる。
そして、それは選手の競技人生の波と関わる。
とくに女子シングルに関しては、運・不運は大きな要素の一つだろう。

私は、リプニツカヤの演技を見て、わずか87日足りずに2006年トリノオリンピックの出場資格を得られなかった浅田真央を思い浮かべた。
ISUが定めた「五輪前年の6月30日までに15歳」という年齢制限をクリアしていなかった。
浅田真央には酷だった。
このときに出ていればという気持ちが、私は再びわいてきた。

リプニツカヤは勝ち運に乗りはじめたともいえ、非常に手ごわい。

浅田真央は代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を試合で決められず、苦しんでいる。
自信を失ったかのような表情を見せたり、言葉を漏らしたりしている。

キム・ヨナ(金妍児)は今シーズンも高得点を出し、世界では絶対的な本命と目されている。
が、長期休養で大舞台から遠ざかっており、緊張がピークに達するオリンピックでどこまで滑れるかは未知数な部分もある。

こうした事情や背景から、リプニツカヤが個人戦女子シングル金メダルの最有力候補になったとの声も聞こえる。
韓国メディアもキム・ヨナの最大のライバルと考えはじめた。
現地では、二人の対決に関心が集まる。

浅田真央は、マスコミに執拗に追いかけられることがなくなるわけで、自身の調整と演技に集中できそうだ。
ソチ金メダルへの追い風である。

◆書き加え1(2月10日)

ロシアの団体戦金メダルに貢献したリプニツカヤが個人戦でキム・ヨナと会うのが楽しみと語った。
初対決を待ち望んでおり、彼女に勝てるという自信の表れだろう。

リプニツカヤはモスクワに戻り、本番に備える。

各国ソチメダル獲得数ランキング(国別・地域別)

                ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2014年2月11日「浅田真央、気持ちを立て直せ…ソチ個人戦」こちら。

⇒2014年2月10日「浅田真央、個人戦への戦略と調子…ソチ」こちら。

⇒2014年2月9日「浅田真央、もっともっとよくなる…現役続行」こちら。

⇒2014年2月7日「浅田真央はキム・ヨナの敵でない」こちら。

⇒2014年2月5日「浅田真央か羽生結弦か…ソチ金メダル予想」こちら。

⇒2014年2月1日「浅田真央への厳しい予想…ソチ女子フィギュア」はこちら。

⇒2014年1月21日「浅田真央の得点…ソチフィギュア女子シングル」はこちら。

⇒2014年1月14日「浅田真央に絶対に負けない…和田創」はこちら。

⇒2014年1月6日「浅田真央とキム・ヨナの一騎打ち…ソチ五輪」はこちら。

⇒2013年12月26日「浅田真央、エキシビションの美しさ…全日本選手権」はこちら。

⇒2013年12月21日「浅田真央はゆうゆう1位、関心は合計得点!」はこちら。

⇒2013年12月16日「浅田真央や高橋大輔の頑張り…ソチ代表入り」はこちら。

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ソチメダル獲得数ランキング国別(現在)

ソチオリンピック(ソチ冬季五輪)が2014年2月7日〜2月23日の会期で開催されている。

老け込みそうな私(62歳)は、日本の選手、そして世界各国の選手の奮闘と活躍に、大きな勇気と感動をもらっている。
とくに日本の主力選手が登場する種目は欠かさずに観戦・応援している。
ちょこちょこ仮眠を取るようにしているが、猛烈な寝不足である。

2014年2月24日(日本時間)現在の国別・地域別のメダル獲得数ランキングは以下のとおり。
データに時間のずれが生じる可能性がある。

順  国・地域       金 銀 銅 計
1(RUS)ロシア     13 11 9 33
2(NOR)ノルウェー   11 5 10 26
3(CAN)カナダ     10 10 5 25
4(USA)アメリカ合衆国 9 7 12 28
5(NED)オランダ    8 7 9 24
6(GER)ドイツ     8 6 5 19
7(SUI)スイス     6 3 2 11
8(BLR)ベラルーシ   5 0 1 6
9(AUT)オーストリア  4 8 5 17
10(FRA)フランス    4 4 7 15
11(POL)ポーランド   4 1 1 6
12(CHN)中国      3 4 2 9
13(KOR)韓国      3 3 2 8
14(SWE)スウェーデン  2 7 6 15
15(CZE)チェコ     2 4 2 8
16(SLO)スロベニア   2 2 4 8
17(JPN)日本      1 4 3 8
18(FIN)フィンランド  1 3 1 5
19(GBR)イギリス    1 1 2 4
20(UKR)ウクライナ   1 0 1 2
21(SVK)スロバキア   1 0 0 1
22(ITA)イタリア    0 2 6 8
23(LAT)ラトビア    0 2 2 4
24(AUS)オーストラリア 0 2 1 3
25(CRO)クロアチア   0 1 0 1
26(KAZ)カザフスタン  0 0 1 1
合計            99 97 99 295

日本選手のソチオリンピックメダル獲得数は8個である。
◇金メダル:羽生結弦(フィギュアスケート男子シングル)
◇銀メダル:平野歩夢(スノーボード男子ハーフパイプ)
◇銀メダル:渡部暁斗(ノルディック複合男子ノーマルヒル個人)
◇銀メダル:葛西紀明(スキージャンプ男子ラージヒル個人)
◇銀メダル:竹内智香(スノーボード女子パラレル大回転)
◇銅メダル:平岡卓(スノーボード男子ハーフパイプ)
◇銅メダル:清水礼留飛、竹内択、伊東大貴、葛西紀明(スキージャンプ男子ラージヒル団体)
◇銀メダル:小野塚彩那(フリースタイルスキー女子ハーフパイプ)

私は、オリンピックへ向けて懸命に練習に打ち込むアスリートに刺激され、今年すでに2冊の営業本を出版することができた。

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レジェンド葛西紀明、ソチ銀カミソリサッツ

ソチオリンピック、スキージャンプ男子ラージヒル個人が終わった。
私は、レジェンド葛西紀明を応援したく、実況で見た(伝説という意味)。
世界のジャンパーから尊敬を集める。

葛西紀明は絶好調という手応えを感じたのか、練習を思い切って抑えていた。
自信の表れといえる。

1回目、48番目。
葛西紀明は向かい風を受けて 139.0m、ほぼヒルサイズのビッグジャンプを見せた。
特有のきれいな飛形姿勢で 140.6点。
ポーランドのカミル・ストッフとわずか 2.8点差の2位につけた。
彼はノーマルヒルで金メダルを獲得している。
もちろん、逆転可能。

ただし、風がきわめて不安定な状態であり、運・不運にメダル争いが左右されそうである。
気まぐれな風に恵まれるかどうか。

「石の上にも三年」という言葉がある。
私自身の半生を振り返った実感では、「崖の縁にも三年」であり、「石の上なら七年」である。
3年程度で努力が報われるのか、はなはだ疑わしい。

人生、おそらく何事も努力を超えた執念が物を言う。
織田信長は、「人間(じんかん)五十年」という一節をとくに好んだ。
葛西紀明は16歳から、冬季五輪史上最多7度目の出場となる41歳である。

2回目、29番目。
風のコンディションが悪く、ゲートが2段下がっていた。
葛西紀明は、最後の勝負はテレマークになるかもしれないと語っていた。
カミソリサッツの鋭い飛び出し、そして体を目一杯使ったV字飛行。
「神風葛西」は、私には“空飛ぶカエル”みたいな飛行姿勢に見える。
本人によれば、モモンガ。
飛行機をイメージしている。

葛西紀明は大ジャンプで、テレマークをほぼ完璧に入れた。
133.5m、136.8点で、277.4点。
この時点で1位に立ち、銀メダル以上が確定した。
日本の3選手が即座に駆け寄って祝福!

しかし、恐ろしく冷静なライバル、カミル・ストッフは葛西紀明と同等のジャンプを見せた。
得点がなかなか出ない。

かなり間があり、カミル・ストッフはソチ2冠を成し遂げた。
葛西紀明はわずか 1.3点差で銀メダルに留まった。
長野オリンピック、ラージヒルの船木和喜の金メダル以来、日本に16年振りとなる個人メダルをもたらした。

私は悔しい。
が、おめでとう。
素晴らしかった!!!
悲運のエース、葛西紀明はすべてを乗り越え、初の個人メダルをつかんだ。

不撓不屈の葛西紀明は当然、平昌オリンピックを目指すのでないか。
五輪代表から漏れたときが引退だろう。
これほど分かりやすい男はいない。
私は、単純明快な人が好きだ。
まだ現役でやれるかもしれないのに、急いで引退することはない。

銀メダルを獲った葛西紀明は直後のインタビューで、金メダルという目標ができたと喜んだ。
すごすぎるといえばそのとおりだが、ソチの日本代表にもぜひ考えてほしい。
私は、素晴らしくかっこいい生きざまだと思う。

◆書き加え1(2月16日)

おそらく二人の勝負に風はほとんど影響しなかった。

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長島圭一郎と加藤条治、敗者へのインタビュー

長野オリンピックを上回るという強気の予想もあったソチオリンピック。
ところが、日本のメダル獲得数は現時点でゼロである(2月11日)。

私は、それがすべてと思っているわけでない。
選手は、日本代表になることも至難なのに、五輪で入賞することは素晴らしい。
しかし、国民の関心がメダル争いに集中するのもやむをえない。

さて、金メダル獲得も期待されたスピードスケート男子5百メートル。
日本のお家芸だ。
私は深夜過ぎまで、今年2冊目の営業本『御社の営業をよくするヒント』の著者校正に追われていた。
競技が始まると、手が止まってしまった。
前回銀メダルの長島圭一郎、銅メダルの加藤条治(日本電産サンキョー)の両雄は、それぞれ金メダルしか眼中にないと4年間、厳しい練習を積んできた。
が、表彰台を独占したオランダ勢に惨敗した。
彼らは決して不甲斐ない滑りをしたわけでない。

モーグル女子の上村愛子もそうだった。
5大会連続出場というだけで尊敬に値する。
女性は将来の出産に影響するのでないかと、私が心配になるほど過酷な競技である。
上村愛子は過去4大会の流れでは、3位になるはずだった。
首に銅メダルをかけてあげたかった。

私は、金メダルを獲ることはもちろん、オリンピックで表彰台に立つことの難しさを改めて思い知らされた。
皆、頑張ってきたのにね・・・。
スポーツの世界はホント、厳しい。
彼らの死闘を見て、自分の甘さが情けなくなった。

ところで、敗者へのインタビューは手短に済ませてほしい。
それが仕事と私は承知しているが、長島圭一郎があまりにつらそうで気の毒になった。

お疲れさま。

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高梨沙羅、ソチ金メダルならず…ジャンプ女子

ソチオリンピック、ジャンプ女子。
私は絶対に見ると決めていたので、昼と夜に仮眠を取った。

金メダルの大本命とされた高梨沙羅(クラレ)。
今シーズンW杯13戦10勝。
ところが、公式練習で体重がうまく乗らないと悩んでいた。
軽量の選手がタイミングをつかみにくいジャンプ台なのか。

最大のライバル、今シーズンW杯2勝のベテラン、オーストリアのダニエラ・イラシュコが公式練習で、高梨沙羅を圧倒する大ジャンプを見せつけた。
現地で前評判がくつがえった。

昨シーズン世界選手権女王、アメリカのサラ・ヘンドリクソンは、ソチオリンピックが右膝の負傷からの復帰戦になる。
公式練習で、回復具合を確かめながら調子を整えた。

伊藤有希(土屋ホーム)も表彰台を狙える位置に付けている。

当日の天候で助走路が滑りにくくなると、軽量の選手はスピードで不利のようだ。

私は、高梨沙羅の冴えない表情に気をもんだ。
しかし、直前のナイター練習で3本すべて百メートル越えのジャンプを示した。
修正能力の高さはさすがだ。
本人は、助走路でのポジションが固まってきたと語った。

日本はここまでメダル獲得がゼロである。
救世主という国民の期待を背負って出場する高梨沙羅にかかったプレッシャーは想像を絶する。
海外の予想を含め、日本選手のなかで金メダルに一番近いとされてきた。

◆書き加え1(2月12日)

1本目、高梨沙羅は思ったほど飛距離が伸びなかった。
そのうえ、彼女が苦手というテレマーク姿勢を取れなかった。
予想外の3位だった。
危うい・・・。

その直後、ニュース速報が流れ、日本は初のメダル獲得を決めた。
スノーボード男子ハーフパイプで平野歩夢が銀メダル、平岡卓が銅メダル。
おめでとう!

◆書き加え2(2月12日)

高梨沙羅は1本目を跳び終え、表情に焦りが感じられなかった。
が、17歳には大きな緊張があったのだろう。
2本目は、彼女にしては失敗ジャンプだったのでないか。
持ち味の飛距離をまったく伸ばせなかった。
初採用の五輪で「初代女王」の名を刻むことができなかった。

高梨沙羅は最後の選手が跳んだところで表彰台からもれた。
4位入賞。
私は、せめて銅メダルを獲らせてあげたかった。

伊藤有希は2本目に百メートル越えのジャンプで7位入賞。
二人とも頑張った。

◆書き加え3(2月12日)

実力が突出している選手でも五輪で勝てると限らない。
その意味でドラマチックな舞台である。

高梨沙羅には平昌オリンピックできょうの悔しさを晴らしてほしい。

直後のインタビューで、気丈な受け答えに徹した姿が印象的だった。
頭がよく、意思が強い。

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町田樹気迫の団体戦フリー…ソチ個人戦へ弾み

ソチオリンピックのフィギュアスケート団体戦、男子フリースケーティング(FS)。
町田樹(まちだ・たちき)が演技を終えた。

冒頭の4回転トゥーループを決めた。
その後の2つの4回転ジャンプが3回転ジャンプに変わったり、着地が乱れたりするなどのミスが出て得点が伸びなかった。
が、私は全体を通じて強い気迫を感じた。
個人的には、とてもいい演技だったと思う。
個人戦男子シングルへ弾みをつけた
演技後のインタビューでも、私は冷静さと決意を感じた。
おおいに楽しみである。

町田樹は、印象面でこれといった失敗を犯さなかったこともよい。
私は、ロシアのエフゲニー・プルシェンコの得点を超えられなかったことにどうも納得がいかない。

男子フリーを終え、団体戦は3位のアメリカと3点差であり、非常に厳しい。
が、最後までメダルを諦めずに頑張ってほしい。

私は、鈴木明子の女子フリーに祈るような気持である。

◆書き加え1(2月10日)

私は、日本の鈴木明子の直前、アメリカのグレイシー・ゴールドがフリー自己ベストの高得点を出したところで観念した。
実況アナウンサーが、上位チームの棄権により日本にもメダルの獲得のチャンスが残されていると繰り返した。
視聴率の下落をいくらかでも食い止めたいのだろう。
しかし、滑るだけで6点をもらえるのだから、上位チームの棄権はありえない。

鈴木明子は精彩を欠き、得点が伸び悩んだ。
これが個人戦でなくてよかった。

「フィギュア王国日本」という形容は、シングルに限られる。
オリンピックでの団体戦の採用が決まった段階から、日本スケート連盟はペアとアイスダンスの強化に取り組むべきだった。

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町田樹はソチでメダル争いに絡める

ライブドアブログ「和田創 講演講師の引き出し」には、右上にページビューを表示するカウンターを設置している。
これがときどき不具合を起こし、とんでもない数字に跳ねあがることがある。
実際より数千多くなる。
翌日に「昨日」の数字を見ると、正常値に戻っている。
つまり、がくっと落ちる。
どうしてこの問題が改善されないのか、私は不思議である。

さて、ソチオリンピックの開幕が迫っている。
私はとくにフィギュアスケート選手の状態が気になっているが、仕事に追われてテレビはもちろんネットに接する時間も惜しい。
世間の出来事や様子がほとんど分かっていない。

私が男子シングルで期待する選手が町田樹(まちだ・たつき)である。
昨年末の全日本フィギュア選手権で2位に入り、文句なしでソチ代表切符をつかんだ。
大会前に強い意気込みを語っていた。
私は、彼はソチへ行きそうだと感じたが、そのとおりになった。

昨年のフィギュアスケートグランプリシリーズ(GPシリーズ)。
町田樹は第1戦「スケートアメリカ」で高橋大輔と小塚崇彦を抑え、優勝を飾った。
265.38点の高得点だった。

町田樹は第6戦「ロシア杯」で調子が悪かったにもかかわらず、我慢の滑りでSP2位から逆転優勝を飾った。
257.00点の高得点だった。
一昨年はGPシリーズ1勝目を収めた後に調子を崩してグランプリファイナル(GPファイナル)に進めず、全日本フィギュアでも不本意な成績に終わった。
同じ失敗を繰り返さなかったことで、大きな自信をつけた。

そして、GPファイナルでも調子が上向かなかったが、SP6位から4位と巻き返した。
私は、町田樹のとくに精神面の成長を感じた。

⇒2013年10月19日「町田樹(たつき)、遅咲きでソチ五輪代表へ」はこちら。

町田樹は闘志にあふれ、演技は「全身全霊」という形容がぴったりである。
私は、本番の大舞台では平常心で滑ることのほうが大事だと思う。
老婆心ながら、入れ込みが空回りしないように願う。
本来の実力と今シーズンの勢いを発揮できれば、確実にメダル争いに絡める。

町田樹は4回転ジャンプが不安定で、仕上がりが遅れているようだ。
本人は強い危機感を持ち、ソチに絶対に間に合わせると言い切っている。
また、メインコーチを昨年2月から指導を受ける大西勝敬(おおにし・よしのり)に変更した。
私は、その事情や理由を知らない。

町田樹は、最初で最後のオリンピックと思って臨む。
しかし、どうだろう。
遅咲きなので、現役選手としての寿命は延びる可能性がある。
引退を口にするのは早すぎると、私は思うが…。

              ◇◆◇

町田樹に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年10月19日「町田樹(たつき)、遅咲きでソチ五輪代表へ」はこちら。

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ソチオリンピックの開幕が近づく

皆さま。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

いよいよソチオリンピックの開幕が近づいてきました。
フィギュアスケートは、女子シングルが鈴木明子、浅田真央、村上佳菜子、男子シングルが羽生結弦、町田樹、高橋大輔が出場します。
団体戦も行われます。
フィギュアスケートのほかにも、高梨沙羅が出場する女子スキージャンプなど、楽しみな種目がたくさんあります。
日本勢の活躍を祈っています。

私は仕事を回し切れなくなり、11月下旬頃からブログの更新が滞っています。
日々の励みにしていましたので、早く元の状態に戻したいと思います。
以下は、私のバタバタの年末です。

◇12月26日
家族と「クリスマス・イブ」を楽しみました。
焼肉をいただきました。
世間より2日遅れてしまいました。

◇12月27日
家族と「クリスマス・イブ」を楽しみました。
ケーキをいただきました。
世間より3日遅れてしまいました。

印刷会社から1冊目の営業本『社長虎の巻 結果を出せない営業はこう立て直す』の校正があがってきました。
シンプルですが、書体とレイアウトにこだわりましたので、美しいと思います。
肝心の中身(内容)も30回、40回は練り直しを行いましたので、まあまあだと思います。
5〜6年前から十年ほど前にできた叩き台の原稿に、しつこく手を加えて2010年終わりに完成させました。
そこから3年間、さらにいやというほど手を加えました。

私は、年内は2冊目の営業本『御社の営業をよくするヒント』の編集と装丁に追われます。
ほかにも仕事が溜まっていますので、1冊目の校正を行えるのは、1月3日〜5日になります。
むろん、著者は著者校正しか行えませんので、私以外に校正をやってもらっています。
書いた本人はそれが正しいと思い込んでいると、間違いを見つけられません。
仕事始めの1月6日朝一に印刷会社に戻します。
発売日が次第に迫ってきました。

2冊目は読み物ですので、実務書の1冊目の半分から3分の1程度の手間しかかかっていません。
それでも十数回は練り直しを行いましたので、こちらもまあままだと思います。
激辛のアドバイスを期待していた友人から「圧巻!」という予想外の感想をもらいました。
私の40年以上の「営業哲学」が詰まっています。
おもに社長などの取締役に「営業を語らせたら天下一品」「理詰めなのに感動がある」といった過分の賛辞をいただいた、私の営業・経営講演集です。

20年弱でこつこつと書き溜めてきた原稿が山のようにありますので、東京オリンピックの開催までに20冊前後は世の中に送り出したいと考えています。
いくらかボケ防止にもなるでしょう。

◇12月31日
完成していたはずの原稿がそうでなく、手を入れはじめたら滅茶苦茶に壊れた・・・。
そんな悪夢にうなされ、今朝は目覚めました。
かなりの大声を出したようです。
本を出そうと決めた今年は夢のなかでもブラッシュアップの作業と苦闘し、8月下旬頃から次第にひどくなりました。
11月と12月は連日のようにうなされ、そうでなくても短い睡眠が幾度も中断されました。

今夕、予定どおり、2冊目の営業本『御社の営業をよくするヒント』の編集と装丁を終えました。
印刷会社にいつでも入稿できる状態になり、感無量。
装丁は超シンプルですが、美しいと思います。
正直に言うと、素人なので簡単なデザインしかできません。
何せワードでつくっています。

1冊目の営業本『結果を出せない営業はこう立て直す』は完成度が高い実務書ですが、読んでいて自分でも胸が苦しくなり、息が詰まります。
それに対し、2冊目は読んでいて自分でも面白いし、ときに感動したりする読み物です。
会場が凍りつき、参加者が減っていく、楽しい講演集がベースなので、強烈な刺激が満載です。

1冊目との兼ね合いもあり、いつ刊行するかはこれから考えます。
ソチオリンピックとぶつかるのを避けたい気持ちもあります。
国民の関心が五輪に集中しますので…。
ひょっとすると3月上旬に先延ばしするかもしれません。

私にとり実質15年ぶりの出版の前祝いを兼ね、大晦日恒例のすき焼きを、例年よりはずみました。
夕食後に疲れが一気に出て、うとうとして目覚めると午後11時半になっていました。
私は「紅白歌合戦」を見る習慣がまったくありません。
自宅でのデスクワークの際につけっ放しにしていた書斎のテレビも、本を出すと決めた昨年2〜3月頃に、知的生産性を高めるために処分しました。
そうでなければ、昨年中に1冊目の原稿を終えるのが精一杯だったかもしれません。

私は満腹でしたが、やはり毎年恒例の年越しそばをいただきました。

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町田樹(たつき)、遅咲きでソチ五輪代表へ

フィギュアスケートのグランプリシリーズ(GPシリーズ)第1戦「スケートアメリカ」が行われている。
男子シングルのショートプログラム(SP)。
23歳の町田樹(まちだ・たつき)が前回優勝の小塚崇彦、高橋大輔らを抑え、自己ベストを8点近く更新する 91.18点で首位に立った。
世界歴代6位の高得点である。

町田樹は冒頭、練習から好調だった4回転−3回転の2連続ジャンプを見事に決めた。
そして、3回転半ジャンプ、3回転ジャンプと、3種類のジャンプをすべて決めた。
演技要素では減点なし、プログラム構成点では8点台を並べた。

町田樹はフィニッシュポーズの直後、渾身のガッツポーズで雄たけびを上げた。
終了後、「とても幸せな3分間を過ごせた」と喜んだ。
SPは遠い地平線を思わせる雄大な「エデンの東」。
芸術作品として仕上げることに集中したのがよかったとのこと。
この言葉に強いこだわりが表れている。

町田樹は、昨シーズンに劇的な成長を見せた遅咲きの選手といえよう。
前回の「スケートアメリカ」で3位に入り、初めてGPシリーズの表彰台にのぼった。
そして、「中国杯」で優勝を飾った。
しかし、その後はコンディションを崩し、グランプリファイナル(GPファイナル)で6位に留まった。
さらに、全日本フィギュア選手権で9位に沈み、世界フィギュア選手権の代表切符を逃した。

小塚崇彦は、それほど難しくない3回転−3回転の2連続ジャンプを失敗し、 77.75点で4位に留まった。
が、体は動いているとのこと。
巻き返しを期待したい。

高橋大輔は、3種類のジャンプをことごとく失敗し、 77.09点の5位と出遅れた。
練習でもうまくいっていなかった。
体の感じはいいが、ジャンプのタイミングやスピードがかみ合わないとのこと。
高橋大輔はかなり調子が悪く、年末の全日本選手権までに立て直せるか、私は心配である。

昨シーズン前半で手応えをつかんだ町田樹は、本気でオリンピック出場を目指している。
フリースケーティング(FS)は激しく力強い「火の鳥」。
SPとタイプの違う曲を用いる。
町田樹は4回転ジャンプを意識しないくらい好調であり、小塚崇彦と高橋大輔を上回るかもしれない。
なお、フリーの頑張り次第で、日本勢は表彰台を独占する。

2014年ソチオリンピック(冬季五輪)の代表選考レースはさらに混沌としそうだ。

◆書き加え1(10月20日)

男子シングルのフリースケーティング(FS)が終わった。
町田樹が大差をつけ、優勝を飾った。
おめでとう!

1位は、町田樹、265.38点。
2位は、アダム・リッポン(米国)、241.24点。
3位は、マックス・アーロン(米国)、238.36点。

4位は、高橋大輔、236.21点。
5位は、ジェイソン・ブラウン(米国)、231.03点。
6位は、小塚崇彦、230.95点。

町田樹は、冒頭の4回転ジャンプなど、すべてのジャンプを決めた。
前日のSPに続き、フリーでも自己ベストを更新した。
見事な圧勝劇だった。

深刻な不振とはいえ、高橋大輔と小塚崇彦という世界のトップクラスの2選手を抑えたことは立派だ。
昨シーズンみたいに調子を落とさないよう留意してほしい。
大舞台での経験と実績の少なさをカバーできるメンタリティを備えるなら、全日本選手権そしてソチオリンピックが楽しみである。

◆書き加え2(10月20日)

町田樹は昨シーズン、GPファイナル初進出と躍進した。
しかし、年末の全日本選手権で9位と惨敗した。
そこで、滑りの原点に立ち返ろうと、4月に米国から大阪に拠点を移し、恐ろしく地道な基礎練習を積み重ねた。
その成果か、高難度ジャンプが安定感を増した。

スケートアメリカでの優勝は、GPシリーズ2勝目になる。
今回は狙いにいき、自分でつかんだというから立派だ。
合計点は自己ベストを30点近く更新した。
世界歴代5位の高得点である。

町田樹は、性格の濃さがそのまま顔の濃さに表れている。
自らの競技人生を通じ、フィギュアスケートを“純粋芸術”にするとの壮大な目標を掲げている。
その理想にいくらか近づいた。

町田樹は、自分は崖っぷちの立場という意識を持って頑張りたいと語った。
ソチオリンピックへの出場を念頭に置くことは述べるまでもない。
一気に開眼した町田樹が代表切符をつかむかもしれない。

                      ◇◆◇

高橋大輔に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年10月13日「浅田真央の人気、高橋大輔の人気」はこちら。

⇒2013年10月9日「高橋大輔、ホスピタリティ…ビートルズメドレー」はこちら。

⇒2013年2月9日「羽生結弦と高橋大輔の一騎打ち…四大陸選手権」はこちら。

⇒2012年12月23日「いやぁ〜、高橋大輔のフリーの演技は凄かった」はこちら。

⇒2012年12月21日「全日本フィギュアのリンクへ向かう選手の心境」はこちら。

⇒2012年12月2日「フィギュアGPファイナル2012出場選手&放送予定」はこちら。

⇒2012年4月22日「高橋大輔とカタリナ・ビット…伝説のフィギュアスケーター」はこちら。

⇒2012年4月21日「高橋大輔、独自の世界観・・・氷上舞台芸術の域へ」はこちら。

⇒2012年3月31日「高橋大輔は別格、芸術性の高い熟練の演技で魅了」はこちら。

⇒2011年12月27日「高橋大輔、圧巻のSP、ボロボロのフリー、文句あるか!」はこちら。

⇒2011年12月24日「高橋大輔、圧巻4回転ジャンプ、完璧演技で全日本王者!」はこちら。

⇒2011年12月21日「高橋大輔、『どうだ! 小塚君!』…全日本選手権で一蹴」はこちら。

⇒2011年12月12日「高橋大輔、世界一の演技でチャンを圧倒!…GPファイナル」はこちら。

⇒2011年11月17日「高橋大輔・大ちゃんの魅力…子犬のような人懐っこさ」はこちら。

⇒2011年11月15日「高橋大輔と小塚崇彦の比較…スケーターの特性と演技」はこちら。

⇒2011年10月29日「高橋大輔、燃え尽き症候群克服か…GPシリーズ&ファイナル」はこちら。

⇒2011年9月30日「ジャパンオープン2011…安藤美姫、高橋大輔、小塚崇彦が出場」はこちら。

⇒2011年5月17日「浅田真央と高橋大輔の関係をすっぱ抜く」はこちら。

⇒2011年4月28日「高橋大輔、世界フィギュア優勝へのスイッチ」はこちら。

⇒2011年4月26日「高橋大輔は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年2月20日「高橋大輔、金メダル宣言…世界選手権東京大会」はこちら。

⇒2010年12月7日「高橋大輔は心に訴えない…内臓を揺さぶる泥臭さ」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

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フィギュア日本女子代表選考レースは混戦

2014年ソチオリンピック(冬季五輪)のフィギュアスケート女子シングル。
日本勢は、浅田真央と村上佳菜子と鈴木明子の3選手で決まり。
私はそう思っていたが、安藤美姫が3季ぶりに復帰し、にわかに分からなくなった。
4選手ともに世界トップクラスの実力者であり、最有力の浅田真央とて安泰とは言い切れない。

安藤美姫が出産のわずか半年後に、国際大会でそれなりの演技を見せた。
ネーベルホルン杯だ。
ショートプログラム(SP。マイウェイ)を無難にまとめ、フリースケーティング(FS。火の鳥)を何とか乗り切った。
いくらかミスは出たものの、難しいジャンプを跳んだ。
上々の出来映えだった。

本人は、期待よりも不安のほうがはるかに大きかったはずだが、大会終了後に「世界と戦えると感じた」と手応えを語った。
また、大きな懸念材料だったコーチも決まった。
同大会でコーチを務めたイタリア人のボルター・リッツオである。

安藤美姫は体のバランスの補正が進み、スタミナの回復が叶えば、滑りと動きのスピードも切れも増していく。
私は、全日本フィギュア選手権優勝が絶対条件でなければ、ソチオリンピック日本代表に入ると考える。
彼女の選出を意図的に避けることはあるまい。
そうなると、4選手のうちだれかが弾かれる。
フィギュアスケート女子シングルの日本代表選考レースは一気に混戦模様になった・・・。

                      ◇◆◇

安藤美姫に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年9月28日「安藤美姫、SPマイウェイとFS火の鳥でソチへ」はこちら。

⇒2013年8月18日「華原朋美と安藤美姫…行方不明の噂」はこちら。

⇒2013年7月21日「安藤美姫、人はつまずくために人生を歩む」はこちら。

⇒2013年7月12日「安藤美姫演技…優しく豊かな情感で包み込む」はこちら。

⇒2013年7月7日「安藤美姫、出産・子育て・未婚でソチ表彰台へ」はこちら。

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キム・ヨナ、2018年平昌冬季五輪まで現役続行

世界フィギュアスケート選手権2013。
復帰したばかりの韓国のキム・ヨナ(金妍児)が圧勝を収めた。
大会前に語ったとおり、自国に2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)の代表枠3を余裕でもたらした。
彼女は記者会見で、後輩の選手に出場の機会を与えられたことを喜んだ。

私がもっとも衝撃を受けたのは、キム・ヨナの演技から「必死さ」が伝わってこなかったことだ。
彼女は大舞台で勝負に挑むという悲壮感を漂わせることはなかった。

大会後、キム・ヨナは「ジャンプが楽になった」と語った。
実際、ショートプログラム(SP)でもフリーでも高難度ジャンプをすいすいこなしていた。
コンディションが万全なら、もっと高得点を出せそうだ。

・・・私はふと思った。
キム・ヨナはソチオリンピックでの現役引退を明言している。
しかし、その次は母国開催である。
2018年平昌(ピョンチャン)冬季五輪(オリンピック)。
招致活動に駆り出され、だれよりも力を入れていたのがキム・ヨナだった。

私は、世界フィギュア2013でのキム・ヨナの滑りを見て、数年くらいは力が衰えないと思った。
また、自国のファンが黙っていないだろう。

私は、キム・ヨナはソチオリンピック後、平昌(ピョンチャン)オリンピックまで現役続行を表明すると読む。
彼女にとり経済面でのプラスが非常に大きい。
自国そしてフィギュアスケート界における「キム・ヨナ伝説」も揺るぎないものとなる。

そもそもオリンピックで勝てるとの手応えをつかめれば、やめるアスリートなどいないはずだ。

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キム・ヨナはこのまま現役引退か…ソチ五輪復活は至難

最近、韓国のキム・ヨナ(金妍児)の名前を聞く機会がめっきり減った。
もちろん、いま行われているフィギュアスケートグランプリシリーズ2011(GPシリーズ2011)に出場していない。
こうした状態が続くと、私のなかでは過去の選手になりかねない。

キム・ヨナはいまどうしているのだろう?
国民的スターとして大きなエネルギーを注いだ2018平昌冬季五輪(2018ピョンチャンオリンピック)招致活動の支援は一段落した。
インターネットで調べれば、彼女に関する詳しい情報が得られるかもしれない。
が、私にはその時間もない。

不思議なのは、アイスショーでもキム・ヨナの名前をそれほど聞かないこと。
単に私がうといだけか。
しかし、以前、主要な興行から締め出されているとの情報が見つかった。
彼女はコーチも練習も生活もカナダが中心だった。
にもかかわらず、北米でもたいして出演していない(不確か)。
自国のテレビ出演などでは忙しかったようだが…。

キム・ヨナはだいぶ前に「現役引退⇒プロ転向」が噂された。
しかし、そうした進路も曖昧なまま。
宙ぶらりんの身分だ。
おそらく彼女のマネジメントを行う母親がアマチュア選手のほうが活動や収入の面で有利と踏んでいる。
キム・ヨナは自分の思いどおりにできず、気の毒なこと。
母親は娘をアマチュア選手として引っ張れるだけ引っ張る算段なのか・・・。

キム・ヨナはロサンゼルスへ旅立つ前の記者会見で、2012ニース世界選手権に出場するかどうかは未定と語った。
渡米後の練習の状態を見極めて判断を下すわけだ。
それ次第では1年間の休養になる。

                       ◇

キム・ヨナは、2010バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で金メダルを獲得して燃え尽きた状態である。
直後の2010トリノ世界選手権は“抜け殻”のような演技で、浅田真央に敗れた(銀メダル)。
現在は新たな目標を見つけることさえ難しい。
立場も環境も異なるとはいえ、荒川静香は2006トリノ冬季五輪(オリンピック)で金メダルを獲得し、即座に現役引退を表明した。
年齢の問題もあり、迷いはなかった。
賢明な判断だった。

キム・ヨナはずいぶん長く休んでいる。
途中、忘れ物を取りに来たように2011モスクワ世界選手権に出場し、安藤美姫に次いで銀メダル。
恐ろしい実力の持ち主だ。
が、バンクーバーオリンピック以降はトレーニングにあまり時間を割けないか、割いたとしても集中できない。
瞬発力も持久力も柔軟性もあっという間に衰える。
キム・ヨナは体がすっかりなまっている。
そうなると、再び過酷なトレーニングを積むことは困難だろう。
それ以前にモチベーションを高めることは至難だろう。
キム・ヨナは長期休養の延長で現役を引退してしまうかもしれない。

ブランクが1日延びるごとに、2014ソチ冬季五輪(オリンピック)での復活、まして表彰台の頂点から遠ざかる。
キム・ヨナはプライドが高く、世界一の選手のままで終わりたい。
中途半端な成績しか望めないと考えると、出場を取り止めそうだ。
フィギュアスケートファンに女子史上最強の印象を残したままアイスリンクを去るのでないか・・・。

バンクーバーオリンピック銅メダル、トリノ世界選手権金メダルの高橋大輔もやり尽くしたという気持ちになった。
それが自分のなかにほんのわずかでも残っていると、フィギュアスケートでは勝てない。

                      ◇◆◇

キム・ヨナ(金妍児)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年5月14日「浅田真央のストイック、金妍児の自由奔放」はこちら。

⇒2011年5月12日「金妍児、ソチオリンピック出場と優勝の可能性」はこちら。

⇒2011年5月7日「キム・ヨナ、現役続行、世界フィギュア出場へ」はこちら。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年3月27日「浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権」はこちら。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月16日「キム・ヨナ、プロ転向、女優転身など基盤固め」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

⇒2010年4月18日「キム・ヨナ、気になる去就に決着か」はこちら。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

⇒2010年3月28日「浅田真央歓喜、キム・ヨナ最終決戦に勝利!」はこちら。

⇒2010年3月3日「人間国宝コロッケ&キムのアイスショー」はこちら。

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澤村拓一、森麻季と結婚、エースナンバー18番を背負う

おとといのブログ「澤村拓一、ぶっちぎりセ・リーグ新人王…巨人4年連続選出」に続いて・・・。

⇒2011年10月17日「澤村拓一、ぶっちぎりセ・リーグ新人王…巨人4年連続選出」はこちら。

前評判どおり、1年間を通じて抜群の活躍を見せた読売巨人軍(ジャイアンツ)のゴールデンルーキー・澤村拓一投手。

その澤村拓一がシーズン終了後、セ・リーグ新人王を手土産に日本テレビの森麻季アナウンサーと結婚することが明らかになった。
おめでとう!

23歳の澤村拓一に対し、30歳の森麻季。
いわゆる姉さん女房だ。
森麻季は「Going! Sports&News」を担当している。

澤村拓一はもともと責任感が非常に強い。
来シーズンは生活面でも精神面でも一段と充実し安定して、巨人投手陣のエースとして開幕投手を務め、20勝に迫る好成績を残すのでないか。
となると、2013年シーズンにはエースナンバー「18番」を背負ってマウンドに立っている?
澤村拓一がメジャー移籍を望むかどうかにより、球団の対応は変わってくるかもしれないが・・・。

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ・澤村拓一投手に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年10月17日「澤村拓一、ぶっちぎりセ・リーグ新人王…巨人4年連続選出」はこちら。

⇒2011年6月7日「澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!」はこちら。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

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金妍児、ソチオリンピック出場と優勝の可能性

女子フィギュアスケート。
長らく宿命のライバルとされた1990年生まれの浅田真央と韓国のキム・ヨナ(金妍児)。

キム・ヨナはシニアに転向して浅田真央に負けつづけた。
この時代に浅田真央さえいなければ…。
自分は何と運が悪いのだろうと思った。
悩み抜いた末、浅田真央が得意なジャンプよりも表現のほうに重きを置いて磨きあげた。
何かで相手を上回れるなら、それが自信となってほかでもしのげるようになることは珍しくない。
そして、2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で圧勝した。

キム・ヨナは表彰台の頂点を目指し、必死の努力を重ねた。
アスリートにとり最高の目標を叶えた後、その反動がドカーンと出た。
頑張ろうとしても頑張れない…。
練習を続けられず、国際試合に出られなくなった。
彼女は心も体も立て直せなかったのだ。

一般論だが、アマチュア選手が大金を手にすると、限界の頑張りは保ちにくい。
国民的ヒロインのキム・ヨナが手にした報酬は、世界のトップクラスの選手が得られない金額である。
ましてオリンピックで栄冠に輝くには、食を含めて厳しい摂生が絶対だ。
そのうえで過酷な練習が必須だ。
しかも、これらは日常、日課になっていなくてならない。
資質だけでオリンピックに勝つことはできない。
贅沢でゆとりのある生活にいったん浸ると、以前の自分に戻せない。
彼女はときにVIPのように扱われる・・・。

                       ◇

キム・ヨナはプロスケーターに転向するという噂がくすぶりつづけている。
一時、2011年世界フィギュアスケート選手権後に現役を引退するとの観測が流れた。
彼女は、フリースケーティングを「アリラン」など韓国伝統音楽のメドレーとし、国民に“恩返し”をしたいと語った。
これもそうした気持ちが現れたのでないか。
同時に、恩返しを打ち出さなければ気持ちを高められなかったのでないか。
自身の強い動機づけになろう。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

そして、キム・ヨナは13カ月ぶりに出場した大舞台で銀メダルをつかんだ。
直後、競技生活を続行すると表明した。
どうやら2011年〜2012年シーズンは選手としてやっていく。

ハングリーさにおいて日本選手をしのぐ韓国選手。
しかし、キム・ヨナは十分すぎるほどリッチになった。
今後も現役にこだわるとすれば、最大の敵は自分でなかろうか。
それは他人との戦いよりはるかに厄介である。

私は、キム・ヨナがモチベーションとコンディションを維持して2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)に出場するのは困難だと思う。
まして勝利するのは至難・・・。
かたや、リベンジに燃える浅田真央は彼女を倒して金メダルをもぎ取りたいと考えているはずだ。
ソチオリンピックで二人の対決は見られるのだろうか。

                      ◇◆◇

キム・ヨナに関するブログは以下のとおり。

⇒2011年5月7日「キム・ヨナ、現役続行、世界フィギュア出場へ」はこちら。

⇒2011年5月3日「世界フィギュア採点のなぞ…安藤美姫の勝利」はこちら。

⇒2011年4月25日「女子フィギュアと熱烈ファン…勝敗に目くじら」はこちら。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月16日「キム・ヨナ、プロ転向、女優転身など基盤固め」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

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ダイチ・田畑真紀、メダルへの道のり

テレビ東京で「アスリート感動劇場 1億の心に響く物語」という1時間半番組をやっていた。
私は例により“ながら視聴”。

紹介されたのは、以下の4選手。

東北楽天イーグルス投手の岩隈久志。
グラブには家族の頭文字が刺しゅうされている。

バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート女子銅メダリストのジョアニー・ロシェット。
本番直前に、自分を励ましつづけてくれた母を失った。

大宮アルディージャの塚本泰史。
開幕直前に「右大腿骨骨肉腫」に侵されたことを公表し、いまは手術後の治療とリハビリを行っている。

バンクーバー冬季五輪スピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)銀メダリストの田畑真紀。
チームリーダー田畑真紀は1994年リレハンメル冬季五輪から通算4度目のオリンピック出場で念願のメダルを獲得した。

私は思った。
感動が生まれるのは、自分自身の限界と戦っているからだ。
凡人は一度も経験しないまま人生を閉幕する。
アスリートは凄い。

私は仕事の手を止め、田畑真紀のストーリーに見入ってしまった。
チームメンバー3選手のうちの田畑真紀と穂積雅子が所属するダイチ株式会社が富山市の中小企業だからだ。
私は約40年前に富山県立魚津高校を卒業した。
2選手は富山県民栄誉賞を贈呈された。

番組で、田畑真紀のメダルへの道のりがきわめて険しかったことを知った。
また、彼女の頑張りを羽田雅樹監督がずっと支えつづけたことも…。

                       ◆

以下に、2010年3月9日「五輪銀メダルのダイチは富山中小企業」と題するブログを載せる。

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で日本チームが銀メダルを獲得したスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)。
出場3選手のなかの田畑真紀と穂積雅子が所属する「ダイチ株式会社」は富山市の中小企業だった。
社員40名弱の地質調査会社。
私は富山県立魚津高校の卒業だというのに、まったく知らなかった。
父は入善町椚山の出身。
滑川市のかつての両親の実家で暮らす妹夫婦はそれぞれ富山市の会社で働く。
お恥ずかしいかぎり…。

ダイチは公共事業の削減と景気の悪化により、年商がピーク時の半分以下に…。
厳しい経営環境下、田中実会長・洋一郎社長が報酬を削って2人を支援してきた。
年間2千万円〜3千万円の負担は重い。
私は、異業種交流勉強会の時代を含めて「NPO法人営業実践大学」を足かけ16年主宰しているが、持ち出しにひいひい言ってきたので、その大変さがよく分かる。

田中実会長は1994年、「2000年とやま国体冬季大会」へ向けた選手育成を依頼され、地元に恩返ししたいとの一念でスケート部を創設した。
2004年、富士急を退社してスポンサーを探していた田畑真紀を採用。
翌年、高校の後輩の穂積雅子が入社し、五輪を照準に活動を本格化させた。

田中洋一郎社長は社員や家族らと会社で、実会長は現地で応援した。
社長は、「こんな小さな会社でもメダリストを送り出せた。誇りに思う」と涙をにじませた。
会長は会社に戻り、「銀メダルは75年の人生で一番うれしい」と喜びに浸った。
ダイチには祝福の花束やメールなどがたくさん寄せられた。

私はこれも知らなかったが、穂積雅子は初の五輪でありながら出場3種目すべてで入賞を果たした。
非常に立派だ。
相沢病院に所属する小平奈緒も初の五輪でありながら3種目で入賞(出場4種目)。
しかも団体追い抜きのメンバー。
23歳の同年齢。

実会長は温かく厳しい。
穂積雅子について、個人種目のメダルを狙うには、これまで以上の練習が不可欠と指摘することも忘れなかった。
2014年ソチ五輪での金メダルに期待を寄せた。
1年間カナダで武者修行させるプランを練る。
バンクーバー五輪を「競技人生の集大成」と位置付けていた35歳の田畑真紀について、銀メダルは最高の花道になるとねぎらった。

業績はままならないダイチだが、実会長は女子団体追い抜きの3選手を自社で揃えたいとの夢を持つ。
4月には有力選手が入社するらしい。
一段と熱くなりそうだ。

                       ◇

私は、ダイチのホームページを覗いた。
銀メダルの反響の凄さが伝わってくる。
以下に引用。

「お祝い、激励のメッセージ」をありがとうございます。

たくさんの方から、温かいメッセージをいただき、ついに当社のホームページがパンクしてしまいました。大変ご迷惑をおかけしました。
社員一同、感激すると同時に会社始まって以来の反響の大きさにとまどっている状況です。
なかには、「寄付やお祝い金」のお申し出をいただいた方もあり、ただただ感激、感涙に浸っております。しかし、当社といたしましては、お気持ちだけをありがたくいただいておくことにいたしておりますので、悪しからずご了承くださいますようお願い申しあげます。
厳しい経済情勢下ではありますが、今後も会長、社長以下、社員一同、力を合わせてスケート部を支えていく所存ですので、できることならオリンピック後も変わらぬご声援を賜りますようよろしくお願い申しあげます。
ありがとうございました。

ダイチ株式会社 一同

以上。
私は、黒部市のYKK(旧吉田工業株式会社)がいくらか援護できないものかと思ったが、余計なお世話なのかもしれない。
ダイチは富山の誇りだ。
せめて仕事を発注して同社を盛りあげてほしい。
恐らく富山県としてもスポーツ選手の活躍の話題はそれほど多くない。

                       ◆

以下に、2010年3月1日「日本金メダル逃す…女子団体追い抜き」と題するブログを載せる。

バンクーバー冬季五輪(日本語正式名称は第21回オリンピック冬季競技大会)が17日間の会期を終える。
まもなく閉会式。
それにしても惜しかったのは、リッチモンドの「五輪オーバル」で行われたスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)決勝。
日本は0.02秒差で本大会唯一の金メダルのチャンスを逃した。
惜しい、足の差!
選手が頑張ったのは事実だ。
しかし、何とかならなかったかというのが、私の率直な気持ち。
選手がもっとも悔しい思いを味わっているのは承知。
最後の五輪出場となる35歳の田畑真紀(たばた・まき)はなおさら…。
何せ対戦相手のドイツは今季ワールドカップ(W杯)の実績では格下だった。
メダルのなかでも「金」は別格!
勝利と呼べるのは、これだけだから…。
それ以外のメダルは、だれかやどこかとの敗北を含む。

日本は1回戦、準決勝、決勝ともにダイチの穂積雅子(ほづみ・まさこ)と田畑真紀、相沢病院の小平奈緒(こだいら・なお)の布陣で臨み、3選手は初の五輪メダルを手にした。
準決勝でポーランドを破って銀メダル以上を決めた後、決勝でドイツに逆転負けを喫した。
しかも最後の1周、いやゴール直前の10メートルで…。
私には、この種目の2連覇にかけたドイツに、日本は「執念」で及ばなかったように映った。
とはいえ、五輪スピードスケートで日本女子は3度の銅メダルが最高であり、銀メダルは快挙。
2006年トリノ五輪では3位決定戦で1人が転倒して4位。

W杯総合1位カナダと2位ロシアが初戦で敗退する番狂わせがあり、3位日本に追い風が吹いた。
団体追い抜きは、W杯ではタイムを競う。
それに対し、五輪では2チームずつ対戦して先着を競う。
勝ったほうが上へ進むトーナメント方式。
3人一組で縦に並び、2チームがリンクの半周ずれた位置から同時にスタート。
空気抵抗の負担を分散するために先頭を交代しながら、女子は6周滑る。
個々の能力に加え、チームワークが大事になる。
そして、3人一組のチームの3番手の選手がゴールした早さで勝敗を決する。

日本選手団最年少、北海道・札内中の15歳、高木美帆(たかぎ・みほ)は補欠に回り、出場機会を得られなかった。
彼女は、「自分はまだメダリストにならなくてよかった。この思いがソチにつながるのかなと思う」と語った。
素晴らしいコメント。
2014年ソチ五輪、日本のエースに成長しているかもしれない。

私の直感がたまたま的中し、日本勢のメダルは5個になった。
内訳は銀メダル3個、銅メダル2個。
金メダルゼロが不幸にも的中してしまった。
だが、この結果は大健闘でなかろうか。
選手に拍手を送りたい。

⇒2010年3月9日「五輪銀メダルのダイチは富山中小企業」はこちら。

⇒2010年3月1日「日本金メダル逃す…女子団体追い抜き」はこちら。

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五輪銀メダルのダイチは富山中小企業

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で日本チームが銀メダルを獲得したスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)。
出場3選手のなかの田畑真紀と穂積雅子が所属する「ダイチ株式会社」は富山市の中小企業だった。
社員40名弱の地質調査会社。
私は富山県立魚津高校の卒業だというのに、まったく知らなかった。
父は入善町椚山の出身。
滑川市のかつての両親の実家で暮らす妹夫婦はそれぞれ富山市の会社で働く。
お恥ずかしいかぎり…。

ダイチは公共事業の削減と景気の悪化により、年商がピーク時の半分以下に…。
厳しい経営環境下、田中実会長・洋一郎社長が報酬を削って2人を支援してきた。
年間2千万円〜3千万円の負担は重い。
私は、異業種交流勉強会の時代を含めて「NPO法人営業実践大学」を足かけ16年主宰しているが、持ち出しにひいひい言ってきたので、その大変さがよく分かる。

田中実会長は1994年、「2000年とやま国体冬季大会」へ向けた選手育成を依頼され、地元に恩返ししたいとの一念でスケート部を創設した。
2004年、富士急を退社してスポンサーを探していた田畑真紀を採用。
翌年、高校の後輩の穂積雅子が入社し、五輪を照準に活動を本格化させた。

田中洋一郎社長は社員や家族らと会社で、実会長は現地で応援した。
社長は、「こんな小さな会社でもメダリストを送り出せた。誇りに思う」と涙をにじませた。
会長は会社に戻り、「銀メダルは75年の人生で一番うれしい」と喜びに浸った。
ダイチには祝福の花束やメールなどがたくさん寄せられた。

私はこれも知らなかったが、穂積雅子は初の五輪でありながら出場3種目すべてで入賞を果たした。
非常に立派だ。
相沢病院に所属する小平奈緒も初の五輪でありながら3種目で入賞(出場4種目)。
しかも団体追い抜きのメンバー。
23歳の同年齢。

実会長は温かく厳しい。
穂積雅子について、個人種目のメダルを狙うには、これまで以上の練習が不可欠と指摘することも忘れなかった。
2014年ソチ五輪での金メダルに期待を寄せた。
1年間カナダで武者修行させるプランを練る。
バンクーバー五輪を「競技人生の集大成」と位置付けていた35歳の田畑真紀について、銀メダルは最高の花道になるとねぎらった。

業績はままならないダイチだが、実会長は女子団体追い抜きの3選手を自社で揃えたいとの夢を持つ。
4月には有力選手が入社するらしい。
一段と熱くなりそうだ。

                       ◇

私は、ダイチのホームページを覗いた。
銀メダルの反響の凄さが伝わってくる。
以下に引用。

「お祝い、激励のメッセージ」をありがとうございます。

たくさんの方から、温かいメッセージをいただき、ついに当社のホームページがパンクしてしまいました。大変ご迷惑をおかけしました。
社員一同、感激すると同時に会社始まって以来の反響の大きさにとまどっている状況です。
なかには、「寄付やお祝い金」のお申し出をいただいた方もあり、ただただ感激、感涙に浸っております。しかし、当社といたしましては、お気持ちだけをありがたくいただいておくことにいたしておりますので、悪しからずご了承くださいますようお願い申しあげます。
厳しい経済情勢下ではありますが、今後も会長、社長以下、社員一同、力を合わせてスケート部を支えていく所存ですので、できることならオリンピック後も変わらぬご声援を賜りますようよろしくお願い申しあげます。
ありがとうございました。

ダイチ株式会社 一同

以上。
私は、黒部市のYKK(旧吉田工業株式会社)がいくらか援護できないものかと思ったが、余計なお世話なのかもしれない。
ダイチは富山の誇りだ。
せめて仕事を発注して同社を盛りあげてほしい。
恐らく富山県としてもスポーツ選手の活躍の話題はそれほど多くない。

                       ◇

バンクーバー冬季五輪に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。
⇒2010年2月14日「モーグル上村愛子、ソチ3位へ挑戦?」はこちら。
⇒2010年2月16日「男子5百歓喜、長島銀、加藤銅メダル」はこちら。
⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。
⇒2010年2月18日「日本電産・永守重信、メダルに報奨金」はこちら。
⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。
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⇒2010年3月2日「国母和宏…伝統の夏季、革新の冬季」はこちら。
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⇒2010年3月6日「長野金・清水宏保が引退…名言に感銘」はこちら。
⇒2010年3月8日「国母和宏…アウトサイダーの危うさ」はこちら。

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2010年3月公開講座

国母和宏…アウトサイダーの危うさ

先日のブログ「国母和宏…伝統の夏季、革新の冬季」に関して、マイミクのJK(加東仁)氏からコメントが寄せられた。
私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学の会報『月刊営業人』で以前、1年11回の連載をボランティアで引き受けていただいた。
⇒加東仁・好評連載「中小企業のチャイナ・サバイバル」はこちら。
また、JK氏から紹介された上野電子(山梨県韮崎市)の上野政巳社長とマイミクになった。
ハンドルネームは「平成の武田信玄」。
そして、私とJK氏は武田信玄にすっかりご馳走になってしまった(色男カラー写真入り)。
⇒2009年9月5日「平成の武田信玄、中国の加東仁」はこちら。
JK氏はリアルの友人でもある。
コメントは以下のとおり。

スノボの国母和宏選手の件。
日本の代表選手としてはまことにお粗末な話だと思っています。
これは競技の歴史に違いがあるかもしれません。
小生が知っているレスリング・柔道・水泳などは学校の部活から始まり、いわば教育の一環としての側面が大切にされてきました。

もちろんいろいろな選手がいますが、自分が代表選手となったときにまず自覚するのは、ぎりぎりまで競ってきた国内のライバルたち。
彼らのことを考えると、本番の成果以外に余計なことで左右されまいと身を正します。
実際、レス協指導者で金メダリストだった強化委員長は、彼の態度に激怒しています。

国母選手は父君にスノボを伝授され、二人三脚で鍛錬してトップになったようです。
そしてプロですね。
勝てばOKという考えは構いませんが、個人資格の大会ならいざ知らず、国費により代表として参加することは彼の頭のなかになかったのでしょう。
メダルを取っていたら評価も変わったかもしれませんけれど…。

今大会でアメリカの選手が銅メダルを下腹部にかけ、それをファンにキスさせるおふざけをしました。
しかし、直ちに協会からの怒りが伝わって自主帰国、反省しているそうです。

小生はオリンピックではありませんが、学生のナショナルチームを連れて海外試合に行ったことがあります。
彼らには「試合以外の場では、恥ずかしくない服装と態度に心がけること。日の丸をつけてバカやチンピラだと思われるな」と説きました。

以上。
私は同感。

                       ◇

私は先日のブログで国母和宏に絡めて「アウトサイダー」という言葉を使った。
少し補いたい。

アウトサイダーをかっこいいと思うかどうかは、人それぞれの自由である。
が、アウトサイダーだから正しいというロジックは成り立たない。
その多くは、外しているのでないか。
例えば、傍流であり、異端であり、不良であり、野良猫であり、破壊者である。

私自身、アウトサイダーという自覚を持って生きてきた。
とりわけ30代前半まで…。
私は昔、社会に馴染めず、居場所を見つけられなかった。
一番困ったのは、職場を得られなかったこと。
フリーランスの走りにならざるをえなかった。
要は、世間とまったくかみ合わない。

恐らくアウトサイダーはみじめであり、孤独である。
ときに鼻つまみ。
私がそうだったように、大半は仕事につきにくく、経済的に恵まれない。
アウトサイダーのなかで活躍の場をつくり出せるのは、ほんの一握りの例外だろう。
したがって、ひねくれたりすさんだりしやすい。
それが、アウトサイダーの姿。

私は周りに合わせられるなら、出来合いの枠組みに収まれるなら、どんなに楽だろうと考えていた。
それが普通にできる人々がうらやましかった。
同世代の勤め人には負い目さえ感じた。
前妻は東京女子大学を卒業した。
仲間が、いわゆる一流大学を卒業して一流企業に就職した人と結婚するなかで、明治大学を中退して仕事にあぶれた私を選択した。
自身も職場に溶け込めず、私の気持ちは分かってくれていたのでは…。

アウトサイダーそのものは正義でも善でもない。
ただ、彼らのなかから新しい芽が生まれたり新しいうねりが出てきたりするのは確かだ。
時代を切り開くのはアウトサイダー、社会を変えるのはアウトサイダーだろう。

私がプランナーの道を歩んだのも、息が詰まりそうな世間や退屈極まりない日常を何とかしたかったのかもしれない。
目に触れる光景が面白くなかったのだ。

なお、私は、人の評価は結果によると思う。
だが、仮に国母和宏が今大会で日本唯一の金メダルを取り、絶大な称賛を浴びたとしても、彼に対する私の判断は変わらない。
非は非。
結果により、それが正当化されるなどありえない。

国母和宏は、出国時の身だしなみや記者会見での対応など、叱責を受けて当然だ。
しかし、それ以外のところで、彼に憎悪を募らせることもない。
スノーボードにのめり込み、才能を伸ばしてきた青年だ。
素晴らしいではないか。

また、先日のブログで述べたとおり、この競技(種目)の生い立ちも踏まえてあげるべきだろう。
アウトサイダーの自己表現であり自己主張なのだ。
美学と矜持!
国母和宏は社会的な制裁を十分に受けており、行き過ぎたバッシングはどうか。
彼が潰れなければよいが…。
私は、冬季五輪、あるいはスポーツ全般におけるゲームやファッション、遊びの要素など「クリエイティビティ」の高揚へ目を向けた延長で語った。

私が国母和宏問題でもっとも痛切に感じたのは、我が国の教育の衰退、そして貧困である。
それは学校に限らず、家庭や社会も…。
コーチを含めた周りは何の注意も与えなかったのか。
とても不思議だ。

                       ◇

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長野金・清水宏保が引退…名言に感銘

1998年長野冬季五輪のスピードスケート男子500メートルで日本スケート界初の金メダルを獲得した清水宏保(しみず・ひろやす)が今季限りで引退する。
36歳。
年齢的な衰えが理由か。
記者会見では、これまでの競技生活を支えてくれた人たちに感謝の言葉を口にした。
「最高のスケート人生を送ることができた。33年間やってきたが、正直短く感じる」。
長野五輪では1000メートルで銅メダルも獲得。

清水宏保は1994年リレハンメル冬季五輪から4大会連続でオリンピックに出場した。
2002年ソルトレイクシティ冬季五輪では500メートルで銀メダルを獲得した。
これで、すべての色のメダルが揃った。
2006年トリノ冬季五輪では500メートルで18位と低迷した。
昨年末のバンクーバー冬季五輪代表選考会で惨敗し、5大会連続出場の夢を断たれた。
母親から差し出された花束をリンクで受け取り、笑みを浮かべた。
気持ちの整理はついていたのだろう。

清水宏保は日本のスピードスケート界を牽引する存在だった。
日本勢はバンクーバー五輪の500メートルで長島圭一郎(ながしま・けいいちろう)が銀メダル、加藤条治(かとう・じょうじ)が銅メダルを獲得した。
長島は日大の後輩、加藤は五輪を長野で知った。
清水宏保のスピリットと功績は確かに引き継がれた。
引退表明に、二人は最大限の敬意を示した。
私は心が熱くなった。

清水宏保は今後、後進の育成に力を注ぐ。
研究熱心で熱血の指導者になれるのでは…。
春にも入籍が噂されており、おめでたい。

長い間お疲れさまでした。
私はいまだに長野五輪の興奮を覚えている。

ところで、清水宏保が高校時代、父親の通夜で漏らした言葉に深い感銘を受けた。
「おやじなら、走れっていうに決まってる」。
母親にそう言い残し、極寒の暗闇へ飛び出した。
父子の絆(きずな)。
記者会見で語った「幸せなスケート人生」は、父親との二人三脚の特訓が土台となった。

体格のハンディを死に物狂いの努力と強靭な精神で克服し、表彰台の一番高いところに立った。
が、それでも頭の高さは銀・銅メダルの選手に及ばなかった。
このシーンも私には痛快だった。

                       ◇

清水宏泰に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年9月26日「清水宏泰の言葉と生き様」はこちら。

清水宏保の言葉と生き様を紹介したユーチューブの動画は以下のとおり(各3分前後)。

和田創講演TV賢人編「清水宏保」はこちら。
和田創講演TV賢人編「清水宏保2」はこちら。

清水宏保に関する論考は以下のとおり。

⇒和田創・明日へのヒント第32号「清水宏保」はこちら。

                       ◇

バンクーバー冬季五輪に関するブログは以下のとおり。

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日本金メダル逃す…女子団体追い抜き

バンクーバー冬季五輪(日本語正式名称は第21回オリンピック冬季競技大会)が17日間の会期を終える。
まもなく閉会式。
それにしても惜しかったのは、リッチモンドの「五輪オーバル」で行われたスピードスケート女子団体追い抜き(チームパシュート)決勝。
日本は0.02秒差で本大会唯一の金メダルのチャンスを逃した。
惜しい、足の差!
選手が頑張ったのは事実だ。
しかし、何とかならなかったかというのが、私の率直な気持ち。
選手がもっとも悔しい思いを味わっているのは承知。
最後の五輪出場となる35歳の田畑真紀(たばた・まき)はなおさら…。
何せ対戦相手のドイツは今季ワールドカップ(W杯)の実績では格下だった。
メダルのなかでも「金」は別格!
勝利と呼べるのは、これだけだから…。
それ以外のメダルは、だれかやどこかとの敗北を含む。

日本は1回戦、準決勝、決勝ともにダイチの穂積雅子(ほづみ・まさこ)と田畑真紀、相沢病院の小平奈緒(こだいら・なお)の布陣で臨み、3選手は初の五輪メダルを手にした。
準決勝でポーランドを破って銀メダル以上を決めた後、決勝でドイツに逆転負けを喫した。
しかも最後の1周、いやゴール直前の10メートルで…。
私には、この種目の2連覇にかけたドイツに、日本は「執念」で及ばなかったように映った。
とはいえ、五輪スピードスケートで日本女子は3度の銅メダルが最高であり、銀メダルは快挙。
2006年トリノ五輪では3位決定戦で1人が転倒して4位。

W杯総合1位カナダと2位ロシアが初戦で敗退する番狂わせがあり、3位日本に追い風が吹いた。
団体追い抜きは、W杯ではタイムを競う。
それに対し、五輪では2チームずつ対戦して先着を競う。
勝ったほうが上へ進むトーナメント方式。
3人一組で縦に並び、2チームがリンクの半周ずれた位置から同時にスタート。
空気抵抗の負担を分散するために先頭を交代しながら、女子は6周滑る。
個々の能力に加え、チームワークが大事になる。
そして、3人一組のチームの3番手の選手がゴールした早さで勝敗を決する。

日本選手団最年少、北海道・札内中の15歳、高木美帆(たかぎ・みほ)は補欠に回り、出場機会を得られなかった。
彼女は、「自分はまだメダリストにならなくてよかった。この思いがソチにつながるのかなと思う」と語った。
素晴らしいコメント。
2014年ソチ五輪、日本のエースに成長しているかもしれない。

私の直感がたまたま的中し、日本勢のメダルは5個になった。
内訳は銀メダル3個、銅メダル2個。
金メダルゼロが不幸にも的中してしまった。
だが、この結果は大健闘でなかろうか。
選手に拍手を送りたい。

                       ◇

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小平奈緒の2種目5位入賞は立派

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)のスピードスケート女子。
小平奈緒(こだいら・なお)が1000メートルに続き、1500メートルで5位入賞を果たした。
それほど大きな話題にならなかったが立派な成績であり、健闘といえよう。
所属は相沢病院。

中距離の1500メートルはスプリント力と持久力の両方が必要になり、レースの組み立てが難しい。
飛ばすか刻むか、その判断は短距離型と長距離型、滑走順、当日の体調、さらにリンクの状態などで変わるらしい。
小平奈緒は、尊敬する橋本聖子(はしもと・せいこ)日本選手団団長の助言をよく咀嚼し、予定どおりのレース運びで力を出し切った。
前半を抑えて滑り、次第にテンポを上げていく冷静な作戦が奏功したのだ。
この種目での日本勢の入賞は、1992年アルベールビル五輪で銅メダルを獲得した橋本聖子以来。
オリンピック初出場の23歳なので、ソチ五輪での活躍が楽しみだ。

ところで、私は驚いた。
1988年カルガリー五輪、橋本聖子は個人全5種目で入賞を遂げた。
500メートルと1000メートルは5位、1500メートルと5000メートルは6位、3000メートルは7位。
凄すぎる記録で、私は言葉を失う。
「聖子」は、オリンピックで活躍するようにと父親が名づけたという話を聞いたことがある(不確か)。

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葛西紀明、伊東大貴…ラージヒル決勝

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)。
男子フィギュアスケートで、高橋大輔(たかはし・だいすけ)が日本初の銅メダルを獲得してから2日。
3回転に留めていたら、勝負の行方は違ったかもしれないと思わないわけでない。
表現面の地力では、アメリカのエバン・ライサチェクを上回る。
冒頭でジャンプを確実に決めれば心に余裕が生まれ、その後の演技も波に乗れたろう。
となると、金メダルの可能性も…。
残念。
しかし、高橋大輔がメダルを期待され、それに応えたのは非常に立派だ。
実力があり、かつ精神がタフだったから。
私は表彰台の一番高いところに立つ姿を見たかった。

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                       ◇

ノルディックスキー・ジャンプのラージヒル。
まもなく決勝が行われる。
会場はウィスラー五輪公園。

日本勢はきのう行われた予選で4人全員が予選を突破した。
私の一番のお気に入りは、葛西紀明(かさい・のりあき)。
所属は土屋ホーム。
ヒルサイズ(HS)を上回る142.5メートルの大ジャンプで、1位通過。
ノーマルヒルで苦しんだ助走路の姿勢が安定した。
しかし、飛びすぎてテレマーク姿勢を入れられなかった。
1992年アルベールビル五輪から6大会連続出場の余裕か、それとも楽天的な性格なのか、笑顔で「金メダル」という言葉を口にした。
悲壮感がなくてよい。

ただし、今季ワールドカップ(W杯)個人総合の上位10選手は予選を免除されている。
しかも、ノーマルヒルを制したスイスのシモン・アマンはこの日、スタート位置を3メートルも下げながら140メートルまで伸ばした(予選は免除)。
恐ろしい飛距離!
実力が図抜けており、安定感も抜群だ。
葛西紀明はむろん承知で、気を引き締める。

ノーマルヒルで日本勢最高の15位だった伊東大貴(いとう・だいき)は139.5メートルで、2位通過。
所属は雪印。
こちらは好調を維持している。

決勝はゲートが下がり、向かい風が吹きやすい時間帯に行われる。
強豪が揃い、日本勢のメダル獲得はきわめて厳しい。
が、二人ともラージヒルのほうが飛びやすいという。
とても楽しみだ。

メダルの色は問わない。
表彰台に上ってほしい。
高橋大輔に続け!

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日本電産・永守重信、メダルに報奨金

精密小型モーターの分野で勝ちっ放しの日本電産。
世界トップシェアを誇る。
創業社長の永守重信(ながもり・しげのぶ)は闘争心の塊であり、「一番以外はビリや」の過激な発言で知られる。
また、社訓の「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」はつとに有名である。
(同社では「社訓」と呼んでいない。私はクレドの性格が強いと思う)。

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)第4日、日本の得意競技、スピードスケート男子500メートルで、長島圭一郎(ながしま・けいいちろう)が銀メダル、加藤条治(かとう・じょうじ)が銅メダルを獲得した。
二人は日本電産サンキョーの所属。
永守重信は、同社会長。

その日本電産サンキョーが二人に報奨金を贈る。
長島圭一郎に1千万円、加藤条治に6百万円。
しかも、同社と永守重信会長が折半で出す。
自腹、ポケットマネーだ。
日本経済新聞によれば、「ハードな練習に耐えた結果で、高く評価したい。次のソチ五輪にはより多くの選手を送り、多数のメダル獲得を目指したい」と語った。
これまで永守重信は口にした事柄をやり抜いてきた。
2014年ソチ五輪のスピードスケートのリンクには、日本電産旋風が吹き荒れるかもしれない。

二人のメダリストはレース後のインタビューで、ライバルへの競争心と合わせて感謝を口にした。
切磋琢磨により互いにメダルを手にした。
長島圭一郎はきょう1000メートルに挑む。
また、スピードスケート女子500メートルで日本勢唯一の入賞(5位)を果たした吉井小百合(よしい・さゆり)も日本電産サンキョーの所属。
五輪では自身初の入賞であり、1000メートルと1500メートルに臨む。
二人にメダルの期待がかかる。
実は、4大会連続出場し、金・銀・銅メダルを獲得した清水宏保(しみず・ひろやす)も同社(旧三協精機製作所)に所属していたことがある。
スピードスケート界の名門中の名門。

ところで、永守重信はM&Aによる企業再建の名手でもある。
優れた技術を持ちながら業績悪化、経営危機に陥った企業を買収し、たちどころに建て直してしまう。
しかも、人員削減や工場閉鎖に手をつけない。
口癖は、「人は、能力差はわずかだが、意識差は凄まじい」。
精神面の強化・改革を何よりも重視する。
なお、最高益を更新した買収企業は、「日本電産****」と名乗る。
三協精機製作所もそうだったのか?

日本電産グループの社員は意欲や士気(モラール)が高く、ハードワークを苦にしない。
仕事の密度も濃いので、会社は勝ち組になる。
自信を失いがちな日本が復活を遂げるうえで、同社から学ぶべきことは少なくない。
日本電産サンキョーの二人のメダル獲得は、日本選手の今後の戦いに火をつけた。
がんばれ! ニッポン!

                       ◇

バンクーバー冬季五輪に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。
⇒2010年2月14日「モーグル上村愛子、ソチ3位へ挑戦?」はこちら。
⇒2010年2月16日「男子5百歓喜、長島銀、加藤銅メダル」はこちら。
⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

永守重信の言葉と生き様を紹介したユーチューブの動画は以下のとおり(各3分前後)。
日本電産の社員の強さ、日本電産サンキョーの選手の強さの理由が分かるのでないか…。

和田創講演TV賢人編「永守重信」はこちら。
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清水宏保の言葉と生き様を紹介したユーチューブの動画は以下のとおり(各3分前後)。
スピードスケート史上で日本初の金メダルの栄冠に輝いた理由が分かるのでないか…。

和田創講演TV賢人編「清水宏保」はこちら。
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男子5百歓喜、長島銀、加藤銅メダル

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)第4日、日本勢が初のメダルに輝いた。
しかも、2個同時の快挙。
国中が歓喜した。
日本の得意競技、スピードスケート男子500メートル。
長島圭一郎(ながしま・けいいちろう)が銀メダル、加藤条治(かとう・じょうじ)が銅メダル。
いずれも日本電産サンキョー所属。

永守重信が二人に“闘魂”を注入したか。
まさか「一番以外はビリや」とは言うまい。
日本電産グループの熱狂が目に浮かぶようだ。
オリンピックの大舞台でメダルを手にするには、実力に加えてメンタル面の強さが必須である。
それを欠いては「運」も引き寄せられない。
大活躍、おめでとう!

レースは、アウトとインのコースを入れ替えて滑り、2回の合計タイムを競う。
実は、2回目の最終組の滑走を前に、長島圭一郎が2位。
最終組に加藤条治がいる。
したがって、この時点で日本選手のメダルは確定していた。
国民の関心は、二人のメダル、とくに加藤条治の金メダルが実現するかだった。
結果は、加藤条治が3位となり、日本勢は銀と銅。
1984年サラエボ五輪から6大会連続のメダル獲得が2006年トリノ五輪で途絶え、2大会ぶり。

レースを振り返ろう。
加藤条治は1回目に3位につけた。
34秒93で、1位のフィンランドのポウタラとは0.07秒差。
金メダルへの期待が一気に高まった。
2回目に35秒07で、合計70秒01。
気負いやプレッシャーがあったのか、スタートでフライングを犯した。
力むなと言うほうがムリ。
タイムを伸ばせなかった。
(が、この記述は、私のフライングだった。2回目でなく1回目。失礼)。

長島圭一郎は1回目に6位と出遅れた。
35秒10。
2回目に34秒87で、合計69秒98。
最終カーブで膨らんでしまい、タイムをロスしたのが惜しまれる。
勝負事に「たら」「れば」はないが、0.12秒差で金メダルを逃した。

私が思うに、所属が同じことが幸いした?
二人が競争心を刺激し合いながら相乗効果を生み出した。
「どうしてもメダルが欲しかったので…、まあ金が欲しかったのですが…、とりあえず取れたので嬉しいっす」と長島圭一郎。
「とりあえず最低限の責任は果たした」と加藤条治。
二人ともレース直後はほっとした表情を浮かべたが、その後のインタビューではお詫びの言葉を繰り返した。
「一番」でないことが悔しそう。
長島圭一郎は1000メートルに挑む。

優勝は韓国のモ・テボンで合計69秒82。
アジア勢がスピードスケート男子500メートルの表彰台を独占した。
韓国のイ・ギュヒョクとイ・ガンソクの本命二人はメダルを逃した。
世界の男子スピードスケート界を長く引っ張ったカナダのウォザースプーンは結果を残せなかった。

大会の早い段階でメダルが取れたことで、日本選手団に弾みがつくかもしれない。
今後の競技がますます楽しみになってきた。
清水宏保が自分のことのように喜んでいたのが印象的だった。
清水宏保は4大会連続出場し、長野五輪では500メートルで金メダル、1000メートルで銅メダル、ソルトレイクシティ五輪では500メートルでトップと0.03秒差の銀メダルに輝いた。
(いま思うに、競技会場の人影は清水宏保でなかったか)。
大胆なメダル予想を行ったテリー伊藤も爆発していることだろう。

なお、1回目は前半10レースを終えた時点の整氷作業で、整氷車に故障が生じた。
日本代表が登場した後半10レースは1時間半近くの大幅遅れで始まった。
前代未聞のアクシデント。
バンクーバーオリンピックは開会式から不手際や不具合が気がかり。

ところで、フィギアスケート・ペアは、中国勢が金・銀を取り、ロシア勢(旧ソ連を含む)の五輪13連覇が消えた。
スミルノフと川口悠子(かわぐち・ゆうこ)のペアは、フリーでミスを連発し、まさかの4位に終わった。
国籍を変えてまで金メダルを目指した執念は実らなかった。
しかし、川口悠子はインタビューで日本人の応援に対する感謝の言葉を忘れなかった。

勝者もいれば、敗者もいる。
それがオリンピック。
お疲れさま!



日本代表はきのう3選手が入賞する活躍を見せた。
フリースタイルスキー男子モーグルの遠藤尚(えんどう・しょう)は7位入賞。
この種目で日本初。
19歳の新星の誕生だ。
所属は忍建設。
遠藤尚は福島県猪苗代町の出身。
私の妻は会津若松市の出身であり、大喜び。
遠藤尚の両親は猪苗代で経営するペンションで地元の人たちと懸命に声援を送ったらしい。
また、忍建設(宮城県名取市)の中村忍社長はモーグル選手だとかで、わざわざ現地入りして応援した甲斐があった。
社長は、攻めの滑りを絶賛した。
私は2014年ソチ五輪が待ち遠しい。
そういえば、女子モーグル8位入賞の村田愛里咲(むらた・ありさ)も19歳。
こちらは北翔大1年生。

ノルディックスキー複合個人ノーマルヒルの小林範仁(こばやし・のりひと)は7位入賞。
複合個人種目で2大会ぶり。
所属は東京美装。
前半の飛躍で12位。
後半の距離でトップから58秒遅れでスタートした小林範仁は猛烈に追い上げ、最終周で先頭に立って見せ場をつくった。
拙速や暴走との指摘も見受けられるが、目立ちたがり屋のお祭り男の本領発揮、それはそれでよいでないか。
私は金メダルを取るのでないかと、手に汗を握った。
前半の飛躍でリードして逃げ切る日本勢の必勝パターンは、距離を重視するルール変更により通用しなくなった。
後半が得意な小林範仁は、複合ニッポン復活のカギを握る。
私は団体戦、そして個人ラージヒルでの活躍を願う。

スピードスケート女子3000メートルの穂積雅子(ほづみ・まさこ)は6位入賞。
五輪初代表・初レースで立派だ。
所属はダイチ。
タイムは4分7秒36。
同走はワールドカップ総合1位、4分2秒53で金メダルを獲得したチェコのマルティナ・サブリコバ。
穂積雅子は持ち前の負けん気と粘り強さで懸命に食い下がった。
「表彰台を逃したのは悔しい」が、手応えはつかんだ。
5000メートルが残されており、次のレースにつなげてほしい。

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フィギュアスケート男子シングルは第5日、あすがショートプログラム(SP)。
群雄割拠の混戦模様で、テレビの前に釘付けになる人が多いはず。
優勝候補の筆頭は、2006年トリノ五輪で圧勝したロシアのプルシェンコ。

高橋大輔(関大大学院)、織田信成(関大)、小塚崇彦(トヨタ自動車)の日本勢は調子を上げているという。
全員が入賞可能な実力者。
もちろんメダル獲得も…。
カギは、4回転ジャンプの成功。
金メダルを狙うには取り入れざるをえない。
右ひざ手術から1年で復帰した高橋大輔は、国民の期待が集中するので大変だ。
日本勢、頑張れ!

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モーグル上村愛子、ソチ3位へ挑戦?

バンクーバー冬季五輪フリースタイルスキー女子モーグル。
日本のエース、上村愛子(うえむら・あいこ)は、悲願のメダルに手が届かなかった。
後一人を残して3位のポジションについていたが、最終の滑走者が金メダルを獲得して圏外へ。
とても残念。
が、4位入賞は健闘したといってよい。

これで上村愛子は「7⇒6⇒5⇒4位」。
大会の都度、一つずつ順位を上げてきた。
立派なこと。
1998年長野が7位、2002年ソルトレイクシティが6位、2006年トリノが5位。
2010年バンクーバーは競技生活の集大成と位置づけて大会本番に臨んだが…。

オリンピックシーズン、そして競技当日をベストの調子で迎えるのは至難だ。
そこにピークを持ってこられた選手が勝利する。
上村愛子は、一番いいときの滑りではなかった。

私は、色はともかくオリンピックメダルを首にかけてあげたかった。
ラストから4人目、3人目の選手が相次いで転倒した。
いけないことと承知で、ハプニングを願ってしまった。

上村愛子は年齢的に厳しくなるが、「ソチ3位」への挑戦はどうする?
心と体を休めたうえで、じっくりと考えてほしい。
スポーツ選手としての経験と実績に加え、人気と人望があり、ルックスも申し分ないので、活躍の舞台に困ることはないが…。
今後の身の振り方に世間の注目が集まりそう。

国民の期待を背負った上村愛子。
笑顔と涙が同居したインタビューは印象的だった。
全力を出し切ったものの、目指していたメダルはするりと逃げた。
「何でこんなに一段一段なんだろう」と語った。
すがすがしい表情が救いである。

ところで、モーグルは、ノルウェー語の「Mogul(雪のコブ)」が語源。
凹凸(でこぼこ)の急斜面を滑り降り、ターン技術、エア演技、スピードの合計点を競う。
長く競技生活を続けると、腰と膝、足首がガタガタになるのでは…。
女性にとり過酷なスポーツに思える。
また、スリルを盛りあげるためなのか、上位3名が「ソファー(名称は不明)」に座る。
競技の途中はまだしも、最後に弾き出される選手にとり残酷な演出に思える。

上村愛子は米国のハナ・カーニーと抱き合い、金メダルを祝福した。
気持ちは複雑だろうに、偉い。
お疲れさま!

                       ◇

五輪初出場の村田愛里咲(むらた・ありさ)が8位入賞。
19歳、大学1年生。
大きな自信をつかんだはずで、4年後が楽しみだ。

私は思う。
日本代表に選出されるのが大変。
各国の有力選手が照準を合わせ、一堂に集うのが4年に一度のオリンピック。
世界でベストテンに入る選手は、ホント凄い。
まして、何回も入る選手は…。

次元の低い話をして申し訳ない。
私に言わせれば、自分を熱く応援してくれる人が大勢いること自体が凄い。
能力だけでなく努力とか人柄とかが周囲や世間を魅了してやまないのだろう。
通常は振り向いてももらえない。
私などは嫌われてばかり。

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バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想

バンクーバー冬季五輪(第21回オリンピック冬季競技大会)が日本時間の午前11時頃に開幕する。
夏季・冬季を通じ、史上初の屋内での開会式。

「オリンピックは、参加することに意義がある」。
オリンピックの創立者、クーベルタン男爵の名言とされる(ウィキペディアによれば、真相は違う)。
しかし、選手として参加するからにはメダル、それも金メダルを手にしたいのでは…。

選手の胸の内はどうなのだろう?
自分のためにメダルが欲しい。
己の頑張りへのご褒美だ。
あるいは、ファン、国民、そして国のためにメダルが欲しい。
周囲の応援への恩返しだ。
いずれも自然な心情である。
恐らくすべての選手が両方の気持ちを抱いているはずだが、そのウエイトは人により異なる。
自分を直接支えてくれた家族やコーチなどは、己と周囲の中間の存在か。

私が思うに、浅田真央や上村愛子は後者が強いのでは…。
自分に対する世間の期待の大きさが痛いほど分かっているように見受けられる。
二人はどんなにつらいときでも気丈に振る舞う。
インタビューでも人柄が伝わってくる。
こうした選手に金メダルを熱望しては酷でなかろうか。
私は演技・競技を見るのが怖い。
二人がオリンピックを楽しんでくれれば、それで十分だ。
そして、結果がついてくれば、もちろん最高!

トリノ五輪女子フィギュアスケート金メダルの荒川静香。
彼女は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せてくれた(芸術性はともかく、優雅さにおいては、カタリナ・ヴィットを凌ぐ)。
荒川静香は前者が強かったのでは…。
開幕前はだれも予想しなかった伏兵の優勝。
確か、日本経済新聞でスポーツ評論家が彼女を問題外とけなした。
荒川静香の金メダルは、トリノ五輪で日本選手が獲得した唯一のメダルである。
努力は当然として、運も…。

バンクーバー五輪で、日本代表はトリノ五輪のような惨敗はないだろう。
しかし、2〜3人の選手には想像を絶するプレッシャーがのしかかる。
後者が強すぎると、よい結果は生まれにくい?
日本代表が気楽なはずがないが、いくらかでも気楽な立場の選手がメダルを取ってくれると嬉しい。
例えば、高木美帆、織田信成、安藤美姫など。

両方の気持ちを強く抱きながら金メダルが取れる選手は、オリンピックの申し子だ。
例えば、北島康介。
凄いこと。
それでも初めは前者が強かったのでないか。

メダルが欲しいという気持ちのない選手は日本代表に入れない。
が、それが本番でプラスに作用するか、それともマイナスに作用するか、人により異なる。
それを「力み」でなく「力」に変えるには、メンタル面の強さが欠かせない。
勝負度胸とは「開き直り」では?

                       ◇

スポーツライターの青島健太によれば、その競技にとりメダルが取れることは非常に大事である。
バンクーバー五輪の日本選手団はベテラン勢が多く、世代交代や新陳代謝があまり進んでいない。
最大の原因は、日本企業の余力がなくなり、関心や注目の低い競技にスポンサーがつかなくなったこと。
選手の育成には膨大な費用がかかるのだ。
フィギュアスケートの男女6名は入賞の可能性を持つ実力者揃いだが、それも荒川静香の金メダルがあったから。
支援がここに集中した。

私は、オリンピックの舞台でライバルが本来の力を出せない事態が起こらないかぎり、日本選手の金メダルは難しいと思っている。
過去、極度の緊張でミスを犯した本命は少なくない。
五輪ではハプニングがしばしば起きるにしろ、日本は合計で5個のメダルを取れたら大健闘だ。
皆で応援しよう。

ちなみに、コメンテーターのテリー伊藤は、日本代表は金メダル4個、銀メダル6個、銅メダル17個、計27個を獲得する見込みで、国別の獲得数では首位をうかがう勢いと予想した。
この人ならではの愛情と大胆さ。
思いやり溢れる応援だ。

                       ◇

ノルディックスキー・ジャンプ個人ノーマルヒルの日本代表4選手は全員が予選を通過し、あすの決勝へ進出した。
葛西紀明選手は6大会連続五輪出場。
とんでもないこと。

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プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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