コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

タレント(才能・職能・芸能)

著名人の名言と人生・・・明日へのヒント

著名人の成功の極意を紹介

和田創が尊敬し、恋慕してやまない著名人をジャンルにこだわらず取りあげています。

心に深く刻まれた「言葉」を冒頭に掲げています。
私が生きるなかで貴重な真理を授かったものであり、働くなかで有益な示唆を与えられたものです。
そのうえで彼らの思想や信条、人となりなどを紹介しています。
ただし、その時点における情報に基づいて執筆していますので、ご了承ください。
(21世紀初頭であり、著作年を表記しています。)

私たちはさまざまな困難や障害に遭遇し、苦悩に押し潰されそうになります。
まして社員とその家族の生活を背負う経営者なら、幾度も重大な危機に直面するはずです。
そうした際に偉大な功績を残した人の半生や人生の軌跡、その過程で発せられた言葉に触れられるなら、どん底を脱するきっかけや難局を切り拓く手がかりが得られるかもしれません。
なかでも名言は先人が苦闘するなかでつかみ取った「成功の極意」です。
きっと幸せと豊かさへの道しるべになることでしょう。

皆さまのこれからの生活や人生、仕事や経営にいささかでもお役に立つなら幸いです。
ぜひお楽しみください。

おみやげとしての情報提供

私は21世紀初頭、著名人の言葉と生きざまを綴った『明日へのヒント』を出しました。
A4判片面のごく簡単な読み物であり、つくった目的は次のとおりです。

第1は、私自身の営業活動で顧客へのおみやげや商談のアイスブレイクに用いること。
第2は、私が理事長を務める「NPO法人 営業実践大学」が発行する会報『月刊営業人(えいぎょうびと)』の巻頭言に載せること。

とくに意識したのは前者でした。
私は還暦を迎えるまで、約40年間にわたって営業活動を行ってきました。
その際、自社や商品、自分をさて置き、「情報提供」から入っています。
手ぶら”では、社長や取締役などの経営層と面談できません。
それは彼らの貴重な時間を自分にくださいと申し入れる行為だから。
それに見合ったサムシング(価値)を与えなければなりません。

重視すべきは、相手に「会ってよかった」と思われることです。
そうならば面談を重ねられ、やがて成約(販売・受注)にこぎ着けられます。
毎号、顧客に喜んでもらえそうな内容を目指しました。

私にとり営業とは“得る”ことでなく“与える”こと。
職業人生を貫く信念といえます。

字数を増やすほど執筆が楽になることは分かっていましたが、『明日へのヒント』の用途を考えて原稿用紙1枚に収めました。
多忙な社長や取締役がさっと目を通せること。
面談相手には一部上場企業の経営層も多かったのです。

それにしても、著名人の半生や一生を4百字に凝縮する作業は絶望的でした。
あまりの大変さに3年ほどで投げ出しました。
とはいえ、51名・58本に達しました。
このうち、46名・53本を公開します。

※この記事は、2011年5月6日の和田創ブログ「著名人名言集…幸せと豊かさへの道しるべ」に手を加えて再録したものです。

◆著名人の名言と人生

大山康晴 名言と人生
ジャイアント馬場 名言と人生
秋元康 名言と人生
寺田千代乃 名言と人生
岡本太郎 名言と人生

清水宏保 名言と人生
コロッケ 名言と人生
西堀栄三郎 名言と人生
兼高かおる 名言と人生
高橋竹山 名言と人生

永守重信 名言と人生
三波春夫 名言と人生
秋元康2 名言と人生
渥美清 名言と人生
イチロー  名言と人生

中島誠之助 名言と人生
輪島功一 名言と人生
永守重信2 名言と人生
矢野顕子 名言と人生
いかりや長介 名言と人生

フジ子・ヘミング 名言と人生
田中耕一 名言と人生
山野愛子 名言と人生
鈴木大地 名言と人生
橋田信介 名言と人生

寺田千代乃2 名言と人生
美輪明宏 名言と人生
山下清 名言と人生
綾小路きみまろ 名言と人生
荻原健司 名言と人生

橋田壽賀子 名言と人生
川相昌弘 名言と人生
秋元康3 名言と人生
片岡鶴太郎 名言と人生
三浦雄一郎 名言と人生

寺田千代乃3 名言と人生
陳建一 名言と人生
小出義雄 名言と人生
ライカ 名言と人生
土光敏夫 名言と人生

山本博 名言と人生
有馬秀子 名言と人生
永守重信3 名言と人生
松任谷由実 名言と人生
小津安二郎 名言と人生

奥田碩 名言と人生
清水宏保2 名言と人生
竹内均 名言と人生
野坂昭如 名言と人生
田村亮子 名言と人生

瀬戸雄三 名言と人生
長谷川町子 名言と人生
海老一染太郎 名言と人生




私が苦手な著名人を選ぶ

『明日へのヒント』を執筆する基準や心構え、作業の概要や実際などについて述べておきます。

私はむろん覚悟を決めたうえで始めましたが、予想よりはるかに手間がかかりました。
情報収集はアシスタントにやってもらい、丸2日。
膨大な情報の読み込みに1日〜2日。
私は目が悪いこともあり、読むスピードが極端に遅い。
そのなかからどこを取りあげるか、それをどう構成するかで半日〜1日。
原稿を起こすのに半日。
私は頭が悪く、まとめるスピードが遅い。
毎号4〜5日を要した計算。

私は『明日へのヒント』の執筆に当たり、どうせ骨が折れ、またせっかくの機会なので、私が苦手な著名人を選ぶことにしました。
50代でのささやかな挑戦といえます。
が、それだけだと辛くなるので、約2割は私が好きな著名人を交えています。

学ぶべき人から遠ざかる

私は思う。
「人は、学ぶべき人から遠ざかる」。
人は自分に深い影響がじかに及ばない範囲で、学べそうな人を選んでいます。
たいてい安全な距離を置いた「学習」により自分の向上意欲を満たそうとします。

人がそれなりに学んでいたら、目覚ましい成長を遂げています。
が、現実はそうなっていません。
その最大の理由は、「学ぶべき人から学んでこなかった」。

人は自分のなかに他者を受け入れることを極端に恐れ、極端に嫌います。
大きなエネルギーを持つ相手なら、なおさら。
向学心の強い人のほとんどは、口当たりのいいメニューや消化しやすいメニューをみつくろって済ませます。
その代表格が、図書や学校での勉強。
高学歴者ほど「学ぶべき人から遠ざかりやすい」。

伸びるとは変わること。
他者を呼び込まないかぎり、人は変われない。
その代わり、深く関わらなければ深く傷つくこともありません。
自分に際立った変化も起こらないし、人生でこれといった成功も収められません。

「縁」の領域に踏み込まない

私はコンサルタントとして働くなかで、心の底から凄いと感じる経営者などと巡り合いました。
創業社長が中心になります。
しかし、仕事上のつきあいに留め、「縁」の領域に踏み込んでいません。
ゆえに、人生の転機となりませんでした。

自分が学ぶべきことがあるのは分かっていましたが、自分がつらくなることが目に見えていたので、ずっと逃げてきたのです。
相手に拒まれたわけではありません。
勉強はともかく仕事は頑張ってきた私がこの程度で終わりかけている最大の理由は、「学ぶべき人から学んでこなかった」ことに突きます。
人が学ぶとは、他者に食らいつくことと言い換えられます。

『明日へのヒント』で取りあげたのは著名人であり、私がじかに接することはありません。
仮に周囲にいるとしても、私が避けて通ったに違いない人を選びました。
つまり私が学ぶべき人です。
私は人生の夕暮れに差しかかり、自分の頭と手を動かし、せめて紙の上でも彼らの一端に触れてみようと腹を括ったのでした。

ちなみに、約2割の好きな著名人でさえ、遠くから応援はしても、近くで努力につきあうのは耐えられない。
私は逃げ出します。
彼らは“火の玉”なのです。

著名人の最大の共通点は、己に対して恐ろしく厳しいこと。
そんな結論を得ました。

気合いを入れて執筆

私は『明日へのヒント』の執筆に当たり、著名人の偉大な人生や足跡(そくせき)に飲み込まれないように、気合いを入れました。
しかし、彼らの言葉や生きざまにしばしば打ちのめされました。
彼らに即して述べている事柄は真っ先に不甲斐ない自分自身にはね返ってきます。
その意味で、己への問いかけであり、己への叱咤激励です。
この辺りの事情は、私の講演やブログにおいても同様。

今日、こうした原稿はインターネットの情報を用いることにより、わずかな手間でまとめられます。
せいぜい1日。
ウィキペディア」などのフリーエンサイクロペディア(百科事典)の充実です。
私が『明日へのヒント』を執筆した当時もすでに存在していたのかもしれません。
そうなら、恐ろしく非効率な方法を取ったことになります。
が、著名人一人ひとりについてかなりの情報に接することができました。
「怪我の功名」と、自分を慰めています。

※この記事は、2011年5月6日の和田創ブログ「著名人名言集…幸せと豊かさへの道しるべ」に手を加えて再録したものです。

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SMAP解散の見苦しさ、メンバーの小ささ

8月、リオデジャネイロ五輪が行われました。
日本はとくに団体競技で目覚ましい活躍を示し、国民に素晴らしい感動を与えました。
チームの和を重んじ、心と力を一つにする日本人のよさがいかんなく発揮された結果です。

それだけに五輪期間に勃発したSMAP解散騒動は見苦しさが目立ちました。
「世界に一つだけの花」は個性の尊重という本来の意味に、時代の変化につれて平和の希求などのメッセージが託されてSMAPの代表曲に育ちました。
しかし、口も利かないアイドルグループが歌っていたと分かり、私は白々しい気分になります。
「皆が一つになれるような振付」が聞いて呆れます。
にもかかわらず解散発表の直後、「世界に一つだけの花」の購買運動が起きたというから驚きます。
ファンは裏切られたと不買運動を起こすべきでした。

⇒2016年9月24日「SMAP、五輪解散への疑問と憤り」はこちら。

軋轢、反目、対立、抗争、拒絶・・・。
SMAPは長く苦楽をともにし、一緒に大勢のファンをつくってきた仲間を受け入れられないだの許せないだのと、何と心の狭いメンバーの集まりなのでしょう。
ファンが不在になっており、周囲からちやほやされてきたトップアイドルのおごりとわがまましか感じられません。
(この周囲には、所属のジャニーズ事務所も含まれます。)

「SMAPは修復できないほど仲が悪い」のですから応援など無用です。
グループはとうに崩壊していたのです。
5人のタレントが人気維持の必要に応じ、表面的な形を整えていたにすぎません。

私は9月、パラリンピックのウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)で日本が悲願の銅メダルを獲得した試合を見ることができました。
互いに信頼しあい、苦しい局面を乗り切ったチームワークに胸が熱くなりました。
それに引き換え、SMAPのメンバーは人間として幼く、そして小さい。

ごたごたの解散でもっとも傷つくのはファンと自分たちということに気づかなかったのでしょうか。
一人ひとりが頭を冷やし、自らの歩みを振り返りながら、いまを見つめることが必要です。
それなくして真の再生への道は開かれません。

5人はもともと才能があります。
それを踏まえた方針なのか、メンバーはグループが解散してもジャニーズ事務所を離れず、個々で活動していきます。
自業自得といえ、さぞかし居心地が悪いでしょう。

ジャニーズ事務所に所属する他のアイドルグループの面々も気の毒です。
腫れ物に触るように、変な気を使わされるはめになるでしょう。
身勝手な思惑や好き嫌いで迷走した先輩たちを笑って許してやってください。

⇒2016年9月24日「SMAP、五輪解散への疑問と憤り」はこちら。

「世界に一つだけの花瓶」は割れました。
破片を寄せ集め、無理にくっつけても、無残な跡ばかりが浮かび上がります。
SMAPは、もう忘れましょう。

5人は自由を手に入れたわけですから、さらに個性と強みを磨きあげてほしいと思います。
それぞれに根強いファンがついており、この先もしぶとくやっていけるでしょう。

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SMAP、五輪解散への疑問と憤り

長く芸能界に君臨してきた男性アイドルグループ「SMAP」。
その解散が所属のジャニーズ事務所から発表され、大騒動になりました。

SMAPは今年1月にメディアで解散危機が伝えられ、直後にメンバー全員が出演する番組で謝罪会見を行いました。
(顔が引きつり、場が白ける異様さでした。)
さらに、6月にメンバーが会報で解散を否定しました。
ファンはこれで一件落着と胸をなでおろしたことでしょう。
しかし、その後、メンバー相互の意思の食い違いが取り沙汰されるようになりました。
そして、ついに12月31日をもって解散・・・。

私が疑問と憤りを感じたことがあります。
発表が8月14日午前1時近くに行われたことです。
ジャニーズ事務所が各メディアにファクスでリリースを送りました。
愚かなテレビ局はニュース速報として流しました。

2016年リオデジャネイロ五輪の真っ最中になぜ?
よりによって実況放送の時間帯になぜ?
確かテニス男子シングルスの準決勝で錦織圭がアンディ・マリーと熱戦を繰り広げていました。

私はSMAP解散の真相を知りたいと思いません。
出回っているさまざまな報道は憶測にすぎません。
判明するとしても、メンバーが芸能界を引退してからです。
しかも、それぞれの言い分は異なるはずです。

SMAPはひどく仲が悪いだけの話なので、五輪期間にわざわざ発表する価値も報道する価値もなかったのです。
オリンピックの盛り上がりに水を差したことはとても不愉快でした。

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久保田祐佳アナ、おすまし人形は滅茶苦茶かわいい

私は自宅やホテルでのデスクワークのときにテレビを小さな音量でつけっ放しにしていることが多い。
おもにテレビ東京かNHK総合。
“ながら視聴”ということになるが、実際にはところどころぼんやりと聞いている感じ。
仕事漬けで新聞にろくに目を通せないので、耳から入る情報が貴重である。

さて、かねてから気になっていたのが、NHK総合の「ブラタモリ」にアシスタントとして出演するほか、午後8時45分から放送される「首都圏ニュース845」にキャスターとして登場する女子アナウンサーだった。
おそらく後者がメイン。
朝のニュースでも見かける。
久保田祐佳(くぼた・ゆか)。
姿勢が素晴らしい。

一言でいえば、久保田祐佳は滅茶苦茶かわいい。
「おすまし人形」のような表情が何とも言えない。
聡明かつ律儀できりっとしているが、天然のおかしみもある。
すきがないようで、どこかに小さなほころびがありそう。
古風でおっとりとした印象も受ける。
私はとても癒される。

「ブラタモリ」はタモリの冠番組なので、出しゃばるのはよくない。
刺身のつまみたいな味を添えている。
雑誌に付録がついていないと、がっかりして購読をやめる読者も出てくる。
そんな存在である。

私は久保田祐佳が昨年8月に結婚したことを知った。
相手は制作局勤務の30代前半のディレクターで、職場結婚という。
久保田祐佳は慶応大学文学部卒業後、2005年にNHKに入社。
静岡放送局を経て、2008年に東京勤務へ。
相手とは静岡放送局時代に一緒に仕事をし、二人は同時期に東京に異動。
互いに誠実で真面目な性格なのだろう。
確かに久保田祐佳はかわいいだけでなく、主婦の落ち着きも備える。

愛称は「浜辺のキャベツ」。
だれがつけたのか、実にうまい。
海を渡ってくる風と明るい陽光が感じられる。
1982年11月15日、静岡市生まれの29歳。
血液型はO型。
見るからにそうだ。

NHKとテレビ朝日の新卒アナウンサー職募集に応募したが、テレビ朝日の採用試験で不合格になった。
座右の銘は、「しなやかに逞しく」「光陰矢の如し」。
食べることが好きで、とくに甘味を好む。
が、飲酒も好む。

久保田祐佳はNHKの看板アナウンサーになりそうだ。

⇒2007年3月11日「NHK・桜井洋子さんの活躍が励み」はこちら。

Copyright (c)2012 by Sou Wada

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料理の鉄人・アイアンシェフ…主宰・玉木宏

フジテレビの「アイアンシェフ(料理の鉄人)」が13年ぶりに復活した。
1993年から約6年にわたり料理の格闘番組として好評を博した。
2代目の主宰に迎えられたのは玉木宏。

プロデューサー・山本布美江は前回のイメージを残しつつ、どう進化させるかに頭を悩ませた。
番組制作では、アイアンシェフの新鉄人選びに苦労したそうだ。
前回の鉄人はキャラクターが際立っており、料理も凄腕だった。
グルメ情報が氾濫する時代だけに、視聴者に納得してもらえる人選は困難を極めた。

和食は、黒木純(34才)。
東京・湯島「くろぎ」の店主。
半年先まで予約で一杯という人気店だ。

中華は、脇屋友詞(54才)。
東京・赤坂「トゥーランドット臥龍居」の総料理長。
13年前に鉄人・陳建一を倒し、次の鉄人に内定していたが、番組終了で幻となった。

フレンチは、須賀洋介(35才)。
世界のモダンフレンチをけん引する巨匠、ジョエル・ロブションが絶大な信頼を寄せ、海外店をオープンする際に送り込んだ。

ほかに予定している1名の席は競わせる趣向とか・・・。

私はグルメどころか粗食である。
食べられればいい。
が、「料理の鉄人」が好きだった。
事前に知らされていないテーマ食材を短時間で絶品のもてなし料理に仕立てる。
私はキッチンスタジアムで繰り広げられる真剣勝負に見入った。

出演者は皆、料理の道に命を懸けてきた。
「アイアンシェフ」では、調理の腕は当然として瞬時の創造性、つまり即興性が問われる。
最高の料理はエンターテイメント、そして芸術でもある。

Copyright (c)2012 by Sou Wada

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AKB48はお笑い芸人に脅威…芸能界裏事情

私はアイドルに興味がない。
いまだれが売れているか、ほとんど知らない。
それでもアイドルグループ「AKB48」はつけっ放しのテレビにしばしば登場する。
若い世代の熱烈な応援を追い風に、メディアへの露出が非常に多い。

そのAKB48がさらなる活躍の場を求め、バラエティの分野に進出を果たしている。
もちろん「お笑い番組」にも・・・。
彼女らは肝が据わっている。
男の私が驚くほど積極的であり、勇敢であり、とことんチャレンジする。
少しでも収入を増やさないと、このプロジェクトも彼女らも所属事務所もやっていけない。
大勢のアイドル(タレント)が食べていくのは絶望的なくらい大変なはずだ。
芸能界の裏事情に疎い私でも、採算を取りにくいことは察しが付く。

                       ◇

「お笑いブーム」が長く続いている。
お笑いが視聴者の支持を得たためだが、同時にテレビ局の台所事情も関わっている。
不況の長期化とメディアの増加により広告収入が大幅に減り、制作費を思い切って絞らざるをえなくなった。
要は、番組づくりにカネをかけられない。

お笑い芸人は頭がいい。
なぜなら、人を笑わせることがもっとも難しいからだ。
したがって、彼らが本気になれば大抵のことはこなせる。
例えば、さまざまな番組の司会。
彼らは職業柄、面白いトークやパフォーマンス、リアクションなどで視聴者をつなぎとめるのが実にうまい。

テレビ局は視聴率が取れるタレントを使いたい。
しかし、高額のギャランティを払えなくなった。
実際、多くの番組を掛け持ちしていた有名タレントが各局の主要なレギュラーからどんどん外されている。

テレビ局がその代役として目を付けたのが「お笑い芸人」だった。
その結果、夜間と深夜の時間帯はお笑い芸人だらけになり、バラエティ番組だらけになった。
とはいえ、皆が凄いわけでない。
見るに値しない企画と内容が急増した。
わずかな製作費で無理やり放送時間を埋めた印象が拭えない。
番組の質が年々低下し、“テレビ離れ”を加速させる悪循環に陥っている。

絶大な人気を背景にテレビを席巻するAKB48。
お笑いブームの恩恵に浴してきた芸人が出演機会を食われる可能性がある。
AKB48はライバル、いや脅威になる・・・。
しかし、ファンは移ろいやすく、飽きられるのも早いだろう。

                       ◇

作詞家・秋元康がプロデュースする「SDN48」が突然、解散を表明した。
AKB48プロジェクトの一翼を担い、大人のファン層の開拓が狙いだった。
2009年に誕生し、わずか2年ほどで消滅する。
ビジネス(儲け)にならないのだろう。

Copyright (c)2011 by Sou Wada

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松下奈緒、男5人と同居…早海さんと呼ばれる日

松下奈緒が2012年1月にスタートするフジテレビ「早海さんと呼ばれる日(仮題)」でヒロイン・優梨子を演じる。
日曜日午後9時放送。
彼女は聡明でセクシーだ。
背が高くて目立つこともあり、主役が続いている。

松下奈緒はこのドラマで、NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」以来約2年ぶりに貧乏女房に返り咲く(?)。
舞台は現代。
優梨子は4人兄弟の長男に嫁ぐ。
夫の母親が失跡し、義理の父親を含めた男5人と同居するはめになる。
家事もできない専業主婦が、男だらけの所帯で成長していくホームドラマである。
いくつもの困難を一つひとつ夫婦や家族で乗り越えるストーリー。
優梨子は「早海さんちの奥さん」と呼ばれたいと奮闘し、ダメ嫁から一家の大黒柱みたいな最強の嫁に変わる。

なお、松下奈緒はきょう午後9時放送のフジテレビ「マルモのおきて スペシャル」に出演する。
結婚して早海優梨子になる前のOL役らしい。

                       ◇

思い返せば、松下奈緒の2010年は朝ドラ史上最低の視聴率から始まった。
ヒロイン・村井布美枝を演じた「ゲゲゲの女房」だ。
が、日々の食事に困る極貧生活のなかでも明るさと希望を失わずに夫を支える姿が共感を呼び、視聴率はうなぎのぼりに・・・。
第1回は14.8%、最終回は23.6%(いずれも関東地区。ビデオリサーチ調べ)。
「ゲゲゲの女房」は国民的な人気を博し、社会現象になった。

結局、「ゲゲゲの〜」は流行語大賞の年間大賞に輝き、松下奈緒は紅白歌合戦の紅組の司会に選ばれた。
大ブレイクの一年だった。

◆松下奈緒プロフィール
1985年2月8日、兵庫県生まれ。
26歳。
血液型はAB。身長は 174cm。
3歳でピアノを始め、東京音楽大学へ進む。
女優活動と音楽活動(ピアニスト、作曲家、歌手)に励む才女。

                      ◇◆◇

松下奈緒に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年8月23日「松下奈緒「胡桃の部屋」横目でちらっ…向田邦子原作」はこちら。

⇒2011年7月18日「井上真央と松下奈緒、プライド激突、視聴率一騎討ち!」はこちら。

⇒2011年7月17日「松下奈緒と瀧本美織、相次ぐ主役抜擢の裏事情」はこちら。

⇒2010年11月5日「松下奈緒の紅白司会、水木しげるの文化功労者」はこちら。

⇒2010年9月30日「松下奈緒主演「ゲゲゲの女房」完全再放送を望む」はこちら。

⇒2010年9月29日「松下奈緒と向井理、ゲゲゲの女房の演技に思う」はこちら。

⇒2010年9月28日「松下奈緒が「ゲゲゲの女房」を振り返った

⇒2010年9月25日「ゲゲゲの女房エンディング…松下奈緒&向井理」はこちら。

⇒2010年9月24日「ゲゲゲ松下奈緒から、てっぱん瀧本美織へ」はこちら。

⇒2010年9月22日「大杉漣に感動…松下奈緒と向井理の教育係」はこちら。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所?」はこちら。

⇒2010年9月18日「紅白司会は松下奈緒と福山雅治? 向井理?」はこちら。

⇒2010年9月17日「松下奈緒が向井理への思いを打ち明けた」はこちら。

⇒2010年9月16日「村井藍子は教員、松下奈緒はスタジオパーク」はこちら。

⇒2010年8月30日「松下奈緒・ゲゲゲの女房、大ヒットの立役者」はこちら。

⇒2010年8月29日「松下奈緒&向井理、ゲゲゲの女房の平均視聴率」はこちら。

⇒2010年8月28日「松下奈緒・ゲゲゲの女房・撮影秘話…あさイチ」はこちら。

⇒2010年8月23日「松下奈緒、偏差値39の衝撃、バスト86の疑問」はこちら。

⇒2010年8月21日「松下奈緒の美しさ…思い出のメロディー司会&演奏」はこちら。

⇒2010年8月20日「松下奈緒は号泣、向井理は手料理…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

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松下奈緒「胡桃の部屋」横目でちらっ…向田邦子原作

先日、松下奈緒を久し振りに見かけた。
NHKドラマ10「胡桃の部屋」。
向田邦子の原作。
といっても、私は仕事に追われながら、横目でちらっとごく一部分。

だから、余計に感じた。
松下奈緒は演技がよくなった。
やはり経験を積んだせいだ。
「ゲゲゲの女房」「CONTROL〜犯罪心理捜査〜」「胡桃の部屋」と、3本連続で主演を務めた。
このうち、真ん中は民放(フジテレビ)。
私にはミスキャストに思えた。
松下奈緒に全責任をおっかぶせるのは酷だろう。

松下奈緒は、自分の一番いいところを見せたいという気持ちが強く、役者としての表情が単調になりやすい。

私たちは日常、緩む。
気の抜けた顔をしたり、愚かな顔をしたり、ときに醜い顔をしたりといった具合・・・。
松下奈緒はそうした普段の表情がいくらかできるようになった。
見開くだけだった目にもいくらかニュアンスを出せるようになった。
演技の進歩だ。

また、松下奈緒はいつも頭と心が張り詰めていて、周囲に緊張をばらまきやすい。
テレビ画面を通じて視聴者に伝わる。
くつろげないのだ。
それが幾分和らげられた。

松下奈緒の強みは女優として異例の長身である。
なかなかいいものだ。
私はこの先も活躍を願う。

松下奈緒は多才だが、万能でない。
そして、かなり不器用。
自分が歩む道を探し、つくろうとしている。

真面目に生きるし、懸命に尽くす…。
が、結局、周囲の気持ちが分かっていない。
そうした鈍感な役どころは演じられそう。
自分本位のヒロインは現代的といえる。

以下に、「井上真央と松下奈緒、プライド激突、視聴率一騎討ち!」と題する7月18日のブログを収める。
記事全体の8割くらいに留めた。
文章(内容)に手は加えていない。

                       ◇

視聴率が落ちるところまで落ちたNHK朝の連続テレビ小説。
局を挙げたテコ入れの努力が実り、前々作の「ゲゲゲの女房」から復調気配がはっきりしてきた。
このドラマでヒロイン・村井布美枝(飯田布美枝)を演じたのが、ご存知、松下奈緒だった。
目・鼻・口が大きく、顔立ちのはっきりした美しい女優。
長身ということもあり、思い切り目立つ。
視聴率の上昇につれ、番組も彼女も国民的人気を博した。

その松下奈緒がNHKドラマ10で再び主役を務める。
「胡桃(くるみ)の部屋」。
原作は、向田邦子。
家族の絆がテーマ。
全6話の連続ドラマ。
放送は火曜日午後10時、7月26日スタート。
松下奈緒は先だって行った制作会見で、「ただいま、という感じです」と語った。

「ゲゲゲの女房」はほのぼのとした夫婦愛、家族愛を描いた、古き良き昭和というホームドラマだった。
それに対し、「胡桃の部屋」は向田作品らしく、毒を含んだ辛口のホームドラマである。
舞台は1980年頃(昭和)の東京。
家族が本音を辛辣に語るなど、現代に通じる。

リストラで蒸発した父・・・。
松下奈緒は、空中分解しそうな家族をつなぎ留めようと孤軍奮闘する次女・桃子を演じる。
真面目で不器用、責任感が強く自分を押し殺して皆のために頑張るが、ときに感情を爆発させる。
ドラマの進行につれ、母、長女、三女、、弟の長男と、それぞれが深い悩みを抱えることが明らかになっていく。
また、桃子も妻子ある男性への思いに揺れ動く。
錯綜する家族や男女の関係を浮き彫りにしつつ、人間の幸せに正面から迫る作品である。

ところで、松下奈緒は2004年にTBSドラマ「向田邦子の恋文」の撮影を見学した。
主演は山口智子。
それ以来、彼女を女優としての目標にしてきた。
また、向田作品への出演を願ってきた。

「胡桃の部屋」はすでに2回放送されており、リメイク。
1989年のTBSの放送では竹下景子が、1982年のNHKの放送ではいしだあゆみが主役を務めた。
竹下景子は「ゲゲゲの女房」で義母役だったが、今回は母親役である。
当然、松下奈緒は前2作と出来を比較される立場だ。
どのような演技を見せるのか?

                       ◇

連続テレビ小説「おひさま」とドラマ10「胡桃の部屋」。
井上真央と松下奈緒。
同じNHKの放送で、いわば朝ドラと夜ドラだ。
放送時期が重なり、一騎討ちの様相を呈するのでは?
主演にそうした気持ちがないとしても、世間やマスコミから視聴率競争を意識させられるだろう。
二人は表情からプライドの高さがうかがえる。
コツン(激突音)。

                      ◇◆◇

松下奈緒に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年7月18日「井上真央と松下奈緒、プライド激突、視聴率一騎討ち!」はこちら。

⇒2011年7月17日「松下奈緒と瀧本美織、相次ぐ主役抜擢の裏事情」はこちら。

⇒2010年11月5日「松下奈緒の紅白司会、水木しげるの文化功労者」はこちら。

⇒2010年9月30日「松下奈緒主演「ゲゲゲの女房」完全再放送を望む」はこちら。

⇒2010年9月29日「松下奈緒と向井理、ゲゲゲの女房の演技に思う」はこちら。

⇒2010年9月28日「松下奈緒が「ゲゲゲの女房」を振り返った

⇒2010年9月25日「ゲゲゲの女房エンディング…松下奈緒&向井理」はこちら。

⇒2010年9月24日「ゲゲゲ松下奈緒から、てっぱん瀧本美織へ」はこちら。

⇒2010年9月22日「大杉漣に感動…松下奈緒と向井理の教育係」はこちら。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所?」はこちら。

⇒2010年9月18日「紅白司会は松下奈緒と福山雅治? 向井理?」はこちら。

⇒2010年9月17日「松下奈緒が向井理への思いを打ち明けた」はこちら。

⇒2010年9月16日「村井藍子は教員、松下奈緒はスタジオパーク」はこちら。

⇒2010年8月30日「松下奈緒・ゲゲゲの女房、大ヒットの立役者」はこちら。

⇒2010年8月29日「松下奈緒&向井理、ゲゲゲの女房の平均視聴率」はこちら。

⇒2010年8月28日「松下奈緒・ゲゲゲの女房・撮影秘話…あさイチ」はこちら。

⇒2010年8月23日「松下奈緒、偏差値39の衝撃、バスト86の疑問」はこちら。

⇒2010年8月21日「松下奈緒の美しさ…思い出のメロディー司会&演奏」はこちら。

⇒2010年8月20日「松下奈緒は号泣、向井理は手料理…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

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浅田真央・井上真央・大地真央…血液型と美人度

私は講演とセミナーが続き、週末に自宅に戻ってきた。
途中、我慢ができないほど疲労が溜まり、ホテルの自室で1時間の入念なマッサージ(指圧)を受けた。
おかげで何とか乗り切れた。

土曜日夜、家族に協力してもらい、書斎の模様替えを行った。
マンションの一室ながら、二世帯住宅用なので、玄関もミニキッチンもトイレもついている。
独立した空間。
大きな机と大きなベッドをこれまでと反対側に配置したら、広い部屋がさらに広くなった。

私は2〜3カ月デスクワークがはかどらず、雰囲気を変えたかった。
頭が煮詰まった状態。
締め切りが迫っており、ブログに時間を割けない。
読者に申し訳ない。

以下に、「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」と題する2011年4月20日のブログを収める。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子。
エースの浅田真央は20歳。
B型。
2011年世界フィギュアスケート選手権モスクワ大会の開催が24日に迫る。
ショートプログラム(SP)が29日、フリースケーティングが30日。
その人柄もあり、女子選手への人気が浅田真央に集中している。
“独り占め”に近いのでは…。
昨年、成人に達し、女っぽさが出てきた。
「かわいい」に「きれい」が加わった。

朝の連続テレビ小説「おひさま」。
ヒロインの井上真央は24歳。
O型。
セーラー服姿に三つ編みのお下げ髪で、女学生時代の須藤陽子を演じている。
わりと様になっている。
NHKが朝ドラ半世紀の節目の作品に、これはと見込んで起用した。
彼女自身は大人の女への入口に差しかかっている。
「かわいい」が残る「きれい」。

宝塚歌劇団。
元月組男役トップスターの大地真央は55歳。
B型。
おもに舞台で活躍している。
若々しいし、スタイルも保たれている。
「大地真央を抱いちまおう!」などとおどけてみせる。
女っぽいのに男みたいにさばさばした面を持ち、男性からも女性からも好かれる。
「かわいい」を失わず「きれい」。

ひょっとして「真央」は美人揃いか。

・・・私は思い出した。
先だって、新横浜でもっとも古い名門クラブ「Mana(マナ)」から23周年記念の催しの案内がハガキで届いた。
毎年この時期になると送られてくるが、私は数年前に酒をやめた。
いわゆる「キャバクラ」でない。
この店に「真央」という、きれいで、しかもかわいいホステスがいた。
おまけにスタイルが抜群。
名刺をもらったわけでないので、表記は不明。
私に数回ついたことがある。
AB型。
A型とB型に引き裂かれており、それも魅力的だった。

やはり「真央」は美人揃いだ。

話を戻し、浅田真央。
このところ、テレビで近況が放送されることもない。
4月下旬の世界フィギュアモスクワ大会へ向け、練習に打ち込んでいたことだろう。
3月下旬の東京大会の中止にともない、緩んだ心といくらかなまった体を立て直したうえで、細かな動きを磨いていかなくてならない。
口で言うのはたやすいが、当事者には2倍(2度)の精神的・肉体的負担がかかる。
とくに延期された1カ月間はつらかったろう。

本番にピークをもっていける選手が世界女王の栄冠を手にする。
はたして?

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武田鉄矢の武勇伝…福岡出身タレント・芸能人

私は月曜日から金曜日まで福岡・天神に滞在。
公開研修や公開セミナー、会合などを行った。
けさは重い疲労と背中や腰の激しい痛みでベッドから起き上がることも難儀だった。

このうち火〜水曜日の公開研修は「西鉄イン福岡」での缶詰め・合宿研修であり、講師にも受講者にも超ハード!
例年、たいてい地元の老舗・名門「タカクラホテル福岡」で実施してきた。
石原裕次郎が愛した隠れ家である。
同ホテルは福岡地区で「宿泊客満足度」がトップクラス、おそらく何度も1位に輝いている。
館内と客室が落ち着き、食事がおいしく、私も大好きだ。

20070516-03公開研修の主催者・財団法人九州生産性本部が参加者の経済的負担を軽くしようと、ホテルの変更に踏み切った?
派遣元の企業は経営環境が年々厳しくなっている。
それはちょっと残念だったが、私は講師としてベストを尽くした。
参加者と主催者に心より感謝したい。

あっ、誤解が生じるといけないので述べるが、西鉄イン福岡に何か不満を感じたわけでない。

                       ◇

ところで、福岡(博多)といえば、多くのタレント・芸能人を輩出する土地柄である。
よそ者の私にも心地よい、自由で楽天的な風が吹きわたる。
また、地元の人たちの祭好きとも関連性が低くないはずだ。

私が福岡で思い浮かべるのは、武田鉄矢、財津和夫、タモリ(森田一義)・・・。
武田鉄矢とタモリはデビュー時のインパクトが凄かった。
洗練と程遠い。
タモリはとても「芸」と呼べない、確か動物の形態模写を大勢の前で平気でやってみせた。
私は当時、笑う気にもならなかった。

また、武田鉄矢は呆れ返るほど泥臭かった。
顔が大きく、背が低く、おまけに足が短い。
しかも女の子より髪が長い。
不細工に輪をかけ、それを最大の“売り”にしてメジャーにのしあがった。
歌手として、やがて映画「幸福の黄色いハンカチ」やドラマ「3年B組金八先生」などで俳優として大活躍を示した。
武田鉄矢の代表曲となった「母に捧げるバラード」「贈る言葉」などは、いずれも自身がリーダーとボーカルを務めた「海援隊」時代の作品である(現在、再結成)。

武田鉄矢は若い頃かなり出鱈目だったようで、武勇伝が多い。
一度見ると目に焼き付く容姿・風貌、一度聞くと耳にこびり付く語り・歌声、そしてアクの強いキャラクター。
生き残りが絶望的な芸能界で、武田鉄矢は自分の居場所をしっかりとつくりあげた。
タモリもそうだが、息が長く、いまもなお第一線に立っている。

私が地方都市でもっとも足を運んだのは福岡だ。
大阪や名古屋の比でない。
年によって2カ月近く滞在したかもしれない。
街を歩いていて、彼らがどのような少年期・青年期を過ごしたのだろうと思うことがある。

財津和夫については、あさってのブログで・・・。

⇒2011年2月18日「博多じまん、人気の福岡土産のうまさ…明月堂」はこちら。

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坂上二郎と萩本欽一、コンビの絆…コント55号

3月10日、コメディアン・坂上二郎(愛称は二郎さん)が脳梗塞で亡くなった。
享年76歳。
悼む間もなく、翌日に東北地方太平洋側で大地震が起こった。

1966年、坂上二郎は萩本欽一と「コント55号」を結成した。
私は都立墨田川高校1〜2年生の頃、確か「恩師」をテーマとしたコントに爆笑した記憶がある。

長年連れ添った萩本欽一(愛称は欽ちゃん)は、東北新幹線の全面運休により、12日の通夜に間に合わなかった。。
13日、JR在来線で宇都宮に着き、タクシーに乗り換えて午前11時過ぎに栃木県那須塩原市内の斎場に駆けつけた。
遺言(口頭)に従って「家族葬」が営まれた。
萩本欽一は最後の別れを行ったが、棺のなかの顔は見なかったらしい。
「二郎さんの足元にも及ばなかったよ」とつぶやきながら、足のほうに花を入れた。
出棺時に遺影を持ち、坂上二郎の代名詞のギャグで送り出した。

私は萩本欽一が69歳と知った。
二人は年齢が近いと思い込んでいたが、かなりの差があった。

                       ◇

「コント55号」はとにかく面白かった。
しかし、当時は萩本欽一が嫌いで、坂上二郎が好きだった。
私は、お気に入りのコンビについては、二人ともそれなりに好きなので、不思議な経験である。

萩本欽一がわざとらしく感じて白けてしまい、どうも苦手だった。
独特のしゃべり方も関係していたように思う。
いまは冷静に見られるし、好き嫌いの感情にあまり左右されなくなった。
萩本欽一の努力を受け入れることができる。
功績も凄い。

天才と天才が浅草で出会い、コンビを組んだ。
が、坂上二郎は萩本欽一よりも才能は上だったと思う。
が、萩本欽一が坂上二郎の才能を限界まで引き出したとも思う。
坂上二郎は、萩本欽一の無茶なエネルギーを吸収してしまう懐の広さがあった。
二人の絆は外部からうかがい知れない。

                       ◇

以下は、ウィキペディアから抜き書き。

1953年、「NHKのど自慢コンクール」で鹿児島県代表に選ばれ優勝した。
この記述は、日本一になったという意味なのか?

これをきっかけに、歌手を目指して上京する。
青木光一の付き人や島倉千代子の専属司会者など、さまざまな職業を経て、獅子てんや・瀬戸わんや門下へ。
やがてストリップ劇場「浅草フランス座」のコメディアンとなり、幕間コントで萩本欽一と共演した。

1966年、キャバレーの営業などで食いつないでいたとき、萩本欽一と再会したことが大ブレークにつながった。
マージャンのメンバーが足りず、たまたま呼び寄せたようだ。
坂上二郎は芸能界から足を洗うことをすでに決めていた。
奇跡的な縁・・・。
即席コンビのつもりが、浅草松竹演芸場、日本劇場などで人気を博した。
折からの演芸ブームに乗り、コント55号はすぐにテレビに引っ張りだこになった。

1974年、歌手として「学校の先生」がヒットした。
1976年、コンビの活動が中断し、それ以降はテレビドラマや映画、舞台で俳優として活躍した。

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松下奈緒、男勝りの女刑事への転身は失敗

フジテレビで火曜日午後9時から放送される松下奈緒が主演のドラマ「CONTROL 〜犯罪心理捜査〜」。
女刑事・瀬川里央役。
私は食欲をまったく刺激されなかった。
共演は、松下奈緒とともに事件を追う天才心理学教授・藤木直人。
ほかに、横山裕、泉谷しげる、北村有起哉、臼田あさ美、勝村政信、佐藤二朗など。

このドラマは、理解不能な凶悪事件の闇を人間心理と行動分析により解明する新感覚が謳い文句。
物的証拠から事件の真相に迫ったり、犯罪者の内面描写を重んじたりする従来のドラマと趣が異なる。
見る側は学者先生の“模範解答”を教えられることに…。
シナリオ(脚本)としてどうなのか。

松下奈緒は頭で考えたがる。
それと関連するが、自分の殻を突き破れない。
見る側は緊張を強いられ、ストレスを感じる。
また、女優業を勘違いしているのか、自分の魅力を精一杯伝えようとする。
その結果、目を含めた表情がほとんど同じになる。
微妙なニュアンスをまったく出せない。
演技としてどうなのか。

松下奈緒と藤木直人は凸凹コンビになるはずが、ギクシャクコンビになっている。
噛み合わず、寒々とした風が吹く。

松下奈緒がヒロインを務めたNHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」は国民的な人気を博した。
その流れで、大晦日の「第61回NHK紅白歌合戦」の紅組司会に抜擢された。
彼女にとり昨年は大ブレークした最良の1年になった。

しかし、ブームは怖い。
去るのも一瞬である。
それを長続きさせられるかどうかは、本人の力量、そして冷静な判断だろう。
売れない漫画家の夫を支える健気な妻から、正義感あふれる男勝りの女刑事への転身は失敗、いや悲惨といわざるをえない。

松下奈緒は、働くことが大好きのように見受けられる。
向上意欲、自己実現欲求がきわめて強い。
ゆえに、自分が活躍できる場所を懸命に探している状態なのかもしれない。

以下に、「松下奈緒の気になる演技力…女優は不向き?」と題する2011年2月4日のブログを収める。

                      ◇◆◇

松下奈緒はいまテレビ界で一番視聴率が取れると言われていることを、私は知った。
が、長続きするだろうか・・・。

彼女は長身からオーラを放つ。
目も口も大きく、顔立ちがはっきりとしており、非常に目立つ。
育ちもよさそうで、“令嬢”の雰囲気が漂う。
清楚でありながら、セクシー。
とても美しい!

女性らしいにもかかわらず、性格はさばさばとしている。
むしろ、男っぽい。
これがまた魅力を増幅する。
そして、最大の特徴は多彩な才能である。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所」はこちら。

松下奈緒は年明けからフジテレビでドラマ「CONTROL」の主役を務めている。
犯罪心理捜査にかかわる役どころであり、私はほんのちょっと見た。
「鉄の女」と呼ばれる熱血刑事・瀬川里央。
松下奈緒が女優として本格的に歩むとなると、正直、演技力が気になる。
私は、ムリにつくっている印象を拭えない。
ときにわざとらしく映る。
白ける視聴者が少なくないのでは…。

あれはNHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)、しかも「ゲゲゲの女房」だからよかったのだ。
昭和の気質に染まった受け身のヒロイン。
素人っぽさが受けた。

私は、松下奈緒がこなせる役柄はきわめて狭いと思う。
大成するには道のりが険しい。
女優に不向き?
まして芸術家でなかろう。
私は、ゆるやかな意味での趣味にかかわる「実業界」だと考える。
ロマンチストでなくリアリストゆえ、ビジネスが断然向く。
パートナーに恵まれるなら、大成功を収める可能性がある。
頭もセンスも抜群だ。
何よりも突出した「営業力」を有する。

「CONTROL」は、松下奈緒の演技がどうのこうのというより、彼女を起用したほうが問題。
自意識が勝ちやすく、力が入りすぎるので、自然でほんわかした役どころが似合う。
私はミスキャストだと思う。
それとも、視聴率を狙って彼女のために書き起こしたシナリオだったのか?
面倒臭くて調べていない。

松下奈緒は何事にもどん欲であり、チャレンジ精神が旺盛である。
役者経験が浅く、自分の幅を広げようと目論んでいるのかもしれない。
そうした姿勢は尊敬に値するが、もうちょっと仕事を選ぶべきでは・・・。

ところで、ネットで松下奈緒の「処女説」が飛び交っていた。
21世紀にそんなことを気にする人がいるとは驚きである。

◆書き加え1(2月4日)

NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
ヒロイン・村井布美枝(武良布枝)を演じた松下奈緒と村井茂(武良茂、水木しげる)を演じた向井理がきのう、「エランドール賞新人賞」を揃って受賞した。
映画やテレビで昨年活躍した将来性豊かな俳優に贈られるらしい。

二人は東京都内のホテルで開かれた授賞式に晴れがましい表情で出席した。
この朝ドラの制作チームも特別賞を受賞した。
メンバーの再会となった。

それにしてもステージ上の松下奈緒はホント、きれい。
仕事で徹夜明けなのか、目が充血し、眉間にしわが寄っていた。
それが何とも言えずチャーミング。
向井理はいつのまにか男優らしくなっていた。
彼のほうが役者の適性がある。

松下奈緒は、才能が多彩だが、本質的に不器用だ。

以下に、「松下奈緒の謎、目と表情に違和感」と題する2010年12月25日のブログを収める。

                      ◇◆◇

「NHK歳末たすけあい」「NHK海外たすけあい」のキャンペーンの一環だろう、松下奈緒が12月上旬、義援金への協力を呼びかけていた。
私は駅頭などで行われる募金にときどき応じる。
たいてい千円、ごくまれに1万円。
が、その募金の目的、まして具体的な使い道をろくに知らない。
仕事と生活に追われ、決して熱心といえない。

私は長年、NPO法人をボランティア活動のつもりで運営してきた。
営業コンサルタントの自分にもっともふさわしい世の中への恩返しだと考えた。
凄まじい持ち出しになった。

社会貢献のあり方は、人それぞれでいい。
できれば何かで役立ちたいところ・・・。
知力や体力を差し出す方法もあろう。

                       ◇

さて、松下奈緒はカメラを見ながら話していた。
私は、彼女が真正面を向いたままの映像は初めて。
このブログで幾度か、瞳がチャームポイントになっていると述べた。
その理由がぼんやりと分かった。

目が大きいのも一因だが、向かって右側の目、松下奈緒の左目がやや内側に向いている?
わずかに斜視でなかろうか。
右目はどうだろう?

⇒2010年8月21日「松下奈緒の美しさ…思い出のメロディー司会&演奏」はこちら。

松下奈緒は「ゲゲゲの女房」のヒロインを演じていた頃、「あさイチ プレミアムトーク」や「スタジオパークからこんにちは」などのインタビュー番組に出たことがある。
彼女がカメラ目線になると、私は見詰められるとか吸い込まれそうな気分になる。

⇒2010年8月28日「松下奈緒・ゲゲゲの女房・撮影秘話…あさイチ」はこちら。

私は43年前を思い出した。
徳島県立城北高校から東京都立墨田川高校に転校し、クラスメートに夢中になった。
下町の中流家庭の女の子。
幼稚園時代から可愛いと思った女の子は何人かいたが、それまで味わったことのないときめきと切なさを感じた。

転校生の私に宛がわれた席の右隣とその後ろが女の子で、すぐに打ち解けた。
休憩時間に二人と話をしていて、さらに一人置いた後ろの女の子と目が合った。
はっとして視線が釘付けになった。
ほんのちょっと間があって、彼女が目を伏せた。
可愛いのは確かなのだが、うまく言い表せない違和感が残った。
その光景を鮮明に覚えている。

やがて朝の通学電車(東武亀戸線)がときどき一緒になり、間近で話すようになった。
私は、彼女の目に魅せられた。
そして、あるとき気がついた。
瞳が内側にちょっと寄っている。
ごく軽い斜視だった。

⇒2010年9月17日「松下奈緒が向井理への思いを打ち明けた」はこちら。

松下奈緒は美しいうえに、とても魅力的である。
顔の向きを変えたり、笑ったりしたときなど、表情がちょっと不自然に感じるのもそのせいでなかろうか。
やはり彼女がそうだった。
どこか謎めいていて、私はすっかり虜になった。

松下奈緒は目が発する光が際立って強いので、より神秘的に映る。
魅惑の瞳といえよう。

大みそか恒例「NHK紅白歌合戦」が迫ってきた。
価値や嗜好の多様化により、かつてのような国民的な歌手がいなくなった。
今年は紅組司会者に国民的な関心が高まる異例の展開でなかろうか。

⇒2010年11月7日「松下奈緒のオーラ…だれも勝てない紅白歌合戦」はこちら。

私はどうせ年末・年始も仕事に忙殺されている。
しかし、約半世紀ぶりに紅白歌合戦をつけっ放しにする。
“ながら視聴”で申し訳ないが、松下奈緒を見たい。
「ゲゲゲの家族」も見たい。
いきものががかり・吉岡聖恵の「ありがとう」も聞きたい。
近藤良平と瀧本美織の「てっぱんダンス」も見たい(あくまで出演の予感)。

⇒2010年11月2日「吉岡聖恵・ありがとう…いきものがかりライブ」はこちら。

私は、紅組司会の松下奈緒にだれよりも一番輝いてほしいと思っている。
歌手に遠慮はいらない。

以下に、「近藤良平てっぱんダンス、あれは私です」と題する2010年11月8日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
そのオープニングダンス。
私は公式サイトで数十回は見た。
この朝ドラの当初(おそらく)の映像が掲載されている。
視聴者、といっても番組開始前なので一般人の「てっぱんダンス(踊り)」で構成される。
振付・近藤良平の教則ビデオは当然として、これが実にいい。

私は「てっぱん」はときどき見る程度。
しかも仕事をしながら…。
まあ、聞いている。

それでも葉加瀬太郎のテーマ曲「ひまわり」が流れると、ついテレビの画面に向かってしまう。
オープニングダンスが好きなのだ。
そして、いつも踊り出したくなる。
現実には、慢性の腰痛と背筋痛を抱えており不可能。

てっぱんダンス(踊り)。
なぜ、体の奥が熱くなる?
私は、ようやく謎が解けた。
自分が純粋だった頃を思い出させるからだ。

「純粋」。
それは、人が生きていくためにどこかに置いてきたもの。
こう述べると、いまも純粋な大勢の大人たちに叱られるかもしれないが…。

懐かしく温かい「ひたむきさ」。
近藤良平の振り付けは、そこまで考えられているのだろうか。

あくまで私の場合、映像でカギを握るのは、若い男女の踊り。
腕を組んで回る二人が視聴者かどうかはどうでもよい(うますぎる)。
また、二人が学生か社会人かはどうでもよい(制服みたい)。

せいぜい2〜3秒の映像が自分を揺さ振る。
叶わなかった初恋(こんな言葉はもはや死語か)の記憶がよみがえってくる。
むろん、老若男女が登場するから、このシーンが一段と重みを増すのだ。
私の人生にだってこうした切なくて幸せな時期があった、と…。

都立墨田川高校時代、クラスメートの女の子に夢中になった。
あまりに好きで、性欲の対象にならなかったというのはこのときだけである。
いま思うに、「プラトニックラブ」。
どうだ、参ったか!

⇒2009年11月29日「親を捨てる口実…新聞奨学生物語」はこちら。

私は長らく「ピュア」と無縁。
それを忘れた自分が悲しい。

なお、オープニングダンスで映し出される視聴者は少しずつ変わっている。

二人の映像が消えるとさみしい。
「あそこで踊っている男の子は、私です」と言いたい。

実際の私は二人でも一人でも踊ったことがない。
くぅ〜。

◆書き加え1(12月27日)

松下奈緒がNHK総合テレビ「スタジオパークからこんにちは」のアンコール特集に出演していた。
再放送分に、紅白歌合戦紅組司会の大役を控えた彼女へのインタビューが加えられた。

私は仕事の手が止まり、しばし画面にくぎ付け。
やはり彼女の目に引き込まれそうになる。
謎を秘めた魅惑の瞳だ。
最大のチャームポイントか。

                      ◇◆◇

松下奈緒に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所」はこちら。

⇒2010年11月5日「松下奈緒の紅白司会、水木しげるの文化功労者」はこちら。

⇒2010年11月18日「倉本聰の名言『貧幸』…ゲゲゲの女房の教え」はこちら。

⇒2010年11月19日「松下奈緒が茶の間に届けた『ゲゲゲの貧幸』」はこちら。

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志村けんと優香は夫婦みたい…志村軒の二人

水曜日の深夜、フジテレビで「志村軒」が放送されている。
「志村屋です。」の続編。
私はときどき楽しむくらい。
ばかばかしくて好きな番組の一つ。

なぜだろう、「志村軒」で夫婦を演じる志村けんと優香はとても自然である。
いいコンビ。
緊張の避けられない撮影にもかかわらず、互いにリラックスしている雰囲気がテレビ画面を通じて伝わってくる。
私はほっとする。

優香は、元祖・癒し系。
1999年に飯島直子と共演した缶コーヒー「ジョージア」のCMがきっかけになり、仕事の軸足をグラビアアイドルからバラエティ番組やCMの出演に移していった。

優香は、ほんわかした雰囲気を漂わせる。
しかし、表情をよく見ていると、非常に負けず嫌いで芯が強いことが分かる。
まあ、そうでなくては熾烈な芸能界で生き残れない。

以下に、「志村けん、てっぱんダンスとヒゲダンス…志村軒」と題する2011年1月29日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は書斎でデスクワークを行うときは、テレビをつけっ放しにしている。
水曜日の深夜、フジテレビで「志村軒」が放送されていた。
正確には、木曜日の未明。
たまたま“ながら視聴”することがある。
ホームページによれば、爆笑ハートフル人情コント。
私はたいていかなり疲れており、このバラエティ番組のたわいなさに癒されたりする。

「志村軒」は、下町のちっぽけなラーメン店「けんちゃんラーメン」が舞台である。
店主は志村けん、妻は優香。
巨乳の森下悠里はやる気のないバイト役。

優香はグラビアアイドル出身で、清潔な印象と細身(?)のボディに似合わず、バストが豊か。
肌は浅黒い。
女の子と呼べる年齢は過ぎたが、かわいらしさは相変わらず。

二人は共演歴が長いせいか息がぴったり合っており、本物の夫婦みたい。
私は志村けんも優香もお気に入り。

また、「志村軒」と路地を挟んだ向かいが「喫茶ポエム」である。
マスターはダチョウ倶楽部の肥後克広、ママはハリセンボンの近藤春菜。
ハリセンボンの箕輪はるかはパート役。

それと、ダチョウ倶楽部の上島竜兵は「けんちゃんラーメン」の常連客。
何の仕事で収入を得ているか不明。

私はダチョウ倶楽部が登場した頃、このグループは2〜3年で消えると考えていた。
ところが、3人はそれぞれ、芸能界に居場所をつくった。
熾烈な生き残り競争をかいくぐり、今日までやってこられたのは立派といえよう。

この番組は以前、下町の運送屋(?)を舞台とした「志村屋です。」だった。
「志村軒」はこれにテコ入れを図った格好。
主力の出演者は変わっていない。
何年続いているのか…。

                       ◇

志村けんといえば、私は昔のザ・ドリフターズを思い出す。
芸達者な男がグループに遅れて入ってきた。
志村けんは加藤茶とコンビで「ヒゲダンス」を踊っていた。
きわめてシンプルな動きしかないので視聴者を飽きさせないのが大変である。
目の使い方や視線を含めた表情のつくり方が実によく工夫されていた。

私は、志村けんと加藤茶がもう少し若ければ、近藤良平が振り付けをした「てっぱんダンス」を踊ってほしい。
二人はどんなダンスに仕立てるだろう。
加藤茶は数年前、三途の川を渡りかけた。

私は人の好き嫌いを表明しないように努めているが、もっとも好きな“男優”の一人が「いかりや長介」。
これは、私のプロフィール情報などに記している。
また、渋谷・松涛で暮らしていた頃、自宅から徒歩3分程の距離に「仲本工事の店」があった。
プロレスラーなどが出入りしていたらしい。
私は居酒屋が苦手で、同店に行ったことがない。

俗悪のレッテルを貼られた「8時だョ! 全員集合」は日本のバラエティ番組史上に名を残した。
いかりや長介の“笑い”にかける執念が凄まじかった。
それ以来、私はザ・ドリフターズのメンバーのファンである。

「志村軒」の最後に視聴者プレゼントとして登場する「けんちゃんラーメン」を食べてみたい。

以下に、「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」と題する2010年10月23日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
今朝のブログは数日前に記した。
21日の放送で、大家と下宿人が家族のように夕食(?)を囲んでいた。
急展開に唖然…。
私は、いきなり鉄板で引っ繰り返された気分。

村上あかり(瀧本美織)は「日常的な不幸」を「日常的な感動」に変えていく。
それができれば、私たちはどんなに喜びに満ちた毎日を送れるだろう。

先行きに大きな夢や希望を持ちにくい時代だからこそ、「てっぱん」は足もとのささやかな幸福をつかむことの大切さを“お茶の間”に伝えようとしているのかもしれない。

かなり好意的な解釈である。

                       ◇

老いた私は世相やトレンドにうとく、子どもによく笑われる。

ときどき耳にした「スーパーモデル」という言葉が、スーパーのチラシで目玉商品の衣料を着るモデルのことだと教えられた。

「てっぱん」はわりと勉強になる。

                       ◇

「てっぱん」のオープニングダンス。

おそらく視聴者が踊りに参加している。
その様子を眺めていると、踊りは人々を幸せにすることに気づかされる。

葉加瀬太郎のテーマ曲「ひまわり」と近藤良平の「てっぱんダンス」が素晴らしいことも関係しているのだろう。
顔、顔、顔、にこにこにこ・・・。

「食」も人々を幸せにする。
関西以西では「鉄板」ならなおさらか。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

先だって、知人が悔しそうに語った。
「てっぱんに、やられっ放し」。
ドラマ(シナリオ)がえらく乱暴だと思いながらも、涙を絞られてしまうと…。

制作陣のペースにはまってきた視聴者も少なくない?

ボクチンは男(♂)の子だから泣かない。

                       ◇

時代は変わった。
「てっぱん」のヒロイン・村上あかりみたいに周囲と果敢に関わろう、深く交わろうとする若者はほとんど見かけなくなった。
まして懐に飛び込むことはしない。

一定の距離を保ち、それを崩さない。

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志村けん、てっぱんダンスとヒゲダンス…志村軒

私は書斎でデスクワークを行うときは、テレビをつけっ放しにしている。
水曜日の深夜、フジテレビで「志村軒」が放送されていた。
正確には、木曜日の未明。
たまたま“ながら視聴”することがある。
ホームページによれば、爆笑ハートフル人情コント。
私はたいていかなり疲れており、このバラエティ番組のたわいなさに癒されたりする。

「志村軒」は、下町のちっぽけなラーメン店「けんちゃんラーメン」が舞台である。
店主は志村けん、妻は優香。
巨乳の森下悠里はやる気のないバイト役。

優香はグラビアアイドル出身で、清潔な印象と細身(?)のボディに似合わず、バストが豊か。
肌は浅黒い。
女の子と呼べる年齢は過ぎたが、かわいらしさは相変わらず。

二人は共演歴が長いせいか息がぴったり合っており、本物の夫婦みたい。
私は志村けんも優香もお気に入り。

また、「志村軒」と路地を挟んだ向かいが「喫茶ポエム」である。
マスターはダチョウ倶楽部の肥後克広、ママはハリセンボンの近藤春菜。
ハリセンボンの箕輪はるかはパート役。

それと、ダチョウ倶楽部の上島竜兵は「けんちゃんラーメン」の常連客。
何の仕事で収入を得ているか不明。

私はダチョウ倶楽部が登場した頃、このグループは2〜3年で消えると考えていた。
ところが、3人はそれぞれ、芸能界に居場所をつくった。
熾烈な生き残り競争をかいくぐり、今日までやってこられたのは立派といえよう。

この番組は以前、下町の運送屋(?)を舞台とした「志村屋です。」だった。
「志村軒」はこれにテコ入れを図った格好。
主力の出演者は変わっていない。
何年続いているのか…。

                       ◇

志村けんといえば、私は昔のザ・ドリフターズを思い出す。
芸達者な男がグループに遅れて入ってきた。
志村けんは加藤茶とコンビで「ヒゲダンス」を踊っていた。
きわめてシンプルな動きしかないので視聴者を飽きさせないのが大変である。
目の使い方や視線を含めた表情のつくり方が実によく工夫されていた。

私は、志村けんと加藤茶がもう少し若ければ、近藤良平が振り付けをした「てっぱんダンス」を踊ってほしい。
二人はどんなダンスに仕立てるだろう。
加藤茶は数年前、三途の川を渡りかけた。

私は人の好き嫌いを表明しないように努めているが、もっとも好きな“男優”の一人が「いかりや長介」。
これは、私のプロフィール情報などに記している。
また、渋谷・松涛で暮らしていた頃、自宅から徒歩3分程の距離に「仲本工事の店」があった。
プロレスラーなどが出入りしていたらしい。
私は居酒屋が苦手で、同店に行ったことがない。

俗悪のレッテルを貼られた「8時だョ! 全員集合」は日本のバラエティ番組史上に名を残した。
いかりや長介の“笑い”にかける執念が凄まじかった。
それ以来、私はザ・ドリフターズのメンバーのファンである。

「志村軒」の最後に視聴者プレゼントとして登場する「けんちゃんラーメン」を食べてみたい。

以下に、「てっぱんの踊りは人を幸せにする…近藤良平」と題する2010年10月23日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
今朝のブログは数日前に記した。
21日の放送で、大家と下宿人が家族のように夕食(?)を囲んでいた。
急展開に唖然…。
私は、いきなり鉄板で引っ繰り返された気分。

村上あかり(瀧本美織)は「日常的な不幸」を「日常的な感動」に変えていく。
それができれば、私たちはどんなに喜びに満ちた毎日を送れるだろう。

先行きに大きな夢や希望を持ちにくい時代だからこそ、「てっぱん」は足もとのささやかな幸福をつかむことの大切さを“お茶の間”に伝えようとしているのかもしれない。

かなり好意的な解釈である。

                       ◇

老いた私は世相やトレンドにうとく、子どもによく笑われる。

ときどき耳にした「スーパーモデル」という言葉が、スーパーのチラシで目玉商品の衣料を着るモデルのことだと教えられた。

「てっぱん」はわりと勉強になる。

                       ◇

「てっぱん」のオープニングダンス。

おそらく視聴者が踊りに参加している。
その様子を眺めていると、踊りは人々を幸せにすることに気づかされる。

葉加瀬太郎のテーマ曲「ひまわり」と近藤良平の「てっぱんダンス」が素晴らしいことも関係しているのだろう。
顔、顔、顔、にこにこにこ・・・。

「食」も人々を幸せにする。
関西以西では「鉄板」ならなおさらか。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

先だって、知人が悔しそうに語った。
「てっぱんに、やられっ放し」。
ドラマ(シナリオ)がえらく乱暴だと思いながらも、涙を絞られてしまうと…。

制作陣のペースにはまってきた視聴者も少なくない?

ボクチンは男(♂)の子だから泣かない。

                       ◇

時代は変わった。
「てっぱん」のヒロイン・村上あかりみたいに周囲と果敢に関わろう、深く交わろうとする若者はほとんど見かけなくなった。
まして懐に飛び込むことはしない。

一定の距離を保ち、それを崩さない。

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タレントの松下奈緒、役者の瀧本美織

パソコンデータが消滅し、書き溜め記事が中心のこのブログは実質的に休止状態が続く。
私はいまだに仕事の遅れを取り戻せない…。

以下に、「てっぱん瀧本美織、人生の哲学と真理を語る」と題する2010年10月23日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」。
毎週、過熱気味の展開が続く。
放送開始から1カ月も経っていない。
視聴者のほうがオーバーヒートしないか、私は心配になる。

⇒2010年10月12日「ピエロ瀧本美織…てっぱん・強引・マイウエイ」はこちら。

失敗、挫折、衝突…。
私たちはよりよく生きようと懸命になるほど、そうした経験をたくさん味わう。
人によってはそれが「トラウマ」となり、心が閉ざしたり、頭が凝り固まったりする。

たいていはそこまでいかない。
自分のなかに、かたくなな部分ができるといった感じ。
私たちが一つや二つ、三つは抱える“傷”だろう。
「日常的な不幸」とでも呼ぶべきか…。

それが深刻でなくても案外、周囲と交わるうえで壁になったり、社会に溶け込むうえで溝になったりする。
長い人生を通して眺めれば、大きな邪魔をするのでなかろうか…。
いわゆる自己実現を果たせないという以前に、非常に窮屈な生き方を強いられる。

さて、「てっぱん」のヒロイン・村上あかり。
おそらく演技なのだが、私にとり「瀧本美織」そのもの。
この子は抜群にうまいのかもしれない。
私は両者がごちゃごちゃになる。

⇒2010年10月16日「てっぱん瀧本美織、前輪に笑顔、後輪に泣き顔」はこちら。

村上あかりは、偶然かつ必然で祖母・田中初音の下宿に身を投じる(偶然を必然に変える強引さは、「てっぱん」の最大の特徴)。
深い傷を負った大家には、似たような境遇の下宿人が集まる。
村上あかりは持ち前の明るさで、自分が接する人たちの日常的な不幸を徐々に解きほぐし、傷を次第に癒やしていく。
これは勝手な予想だが、でなくてはドラマにならない。

私は、のめり込んだ「ゲゲゲの女房」と異なり、「てっぱん」はときどきテレビをつける程度。
例えば、書斎(自室)で仕事をやっているときなどに、ぼんやりと聞いている。
にもかかわらず、手が止まる。
瀧本美織が発する言葉にハッとさせられるのだ。
鋭く、しかも深い。
ときに私の胸の奥に突き刺さったり、腹の底を熱くさせたりする。

実際には、村上あかりの台詞(せりふ)。
ひたむきに生きるヒロインが吐き出した素直な気持ちという設定である。
ゆえに、年齢相応の平易な表現。

そうした台詞を、瀧本美織は苦もなく口にする。
この子はどんな言葉でも自分のものにしかねない。
視聴者に違和感を与えないのだ。

しかし、冷静に考えると、少女では絶対に語れない「哲学」が含まれている。
それどころか、大人が一生かかってもつかめない「真理」が含まれている。

                       ◇

私が嵌まった「ゲゲゲの女房」。
水木しげる(武良茂)に連れ添う武良布枝が著した自伝が原案である。
この朝ドラは文句なく面白かった。
加えて、「人生の教科書」だった。
私にとり過去ナンバーワン。

また、ヒロイン・村井布美枝役の「松下奈緒」に魅せられた。
すっかりファンになってしまった。
それはいまでも変わらない。

が、陶酔状態をようやく脱した。
すると、「ゲゲゲの女房」と「てっぱん」の素晴らしい二人の主役の違いが分かってくる。
タレントの松下奈緒、役者の瀧本美織。
評価でなく、私の感想。

遠藤憲一や安田成美、富司純子らベテラン共演者が10代の主役を引き立てよう、もり立てようとしていることを承知のうえで述べれば、「てっぱん」は瀧本美織のパワーでもっている。

⇒2010年10月9日「てっぱん瀧本美織の涙、安田成美・遠藤憲一の味」はこちら。

好スタートを切った視聴率はどうなっているのだろう。
仮に落ちたとしても、あるいは今後落ちるとしても気にしないことだ。
おもにシナリオ(脚本)を含めた制作陣の問題である。
瀧本美織はのびのびとやったらよい。

ドラマ自体の人気とは別に、彼女の頑張りを買う視聴者は少なくないのでは…。
熱心なファンが増えよう。

収録(撮影)はほぼ毎日で、しかも長丁場なので、体調にくれぐれも気をつけてほしい。

⇒2010年10月20日「てっぱん・瀧本美織、ひたむきな演技が最大の魅力」はこちら。

私は、役者の演技力は短いCM(スポット)ではっきりしやすいと思っている。
瀧本美織は引っ張り凧になりそうだ。

⇒2010年10月10日「葉加瀬太郎・ひまわり、近藤良平・てっぱんダンス」はこちら。

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間寛平アースマラソン、万感のゴール…大阪城

年末にパソコンが破損し、データが消滅した。
私はそれによる仕事の遅れをなかなか取り戻せない。
書き溜め記事が中心のこのブログは実質休止。

以下に、「間寛平、がんに打ち克ちゴールへ…アースマラソン」と題する2011年1月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットによる地球一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平がきのう、約2年ぶりに日本の地を踏んだ。
2008年12月17日に大阪・難波を出発し、2009年元日に千葉・鴨川から出航した。
太平洋、北米大陸、大西洋、ユーラシア大陸を自らの足とヨットで突き進んだ。
昨年1月に「前立腺がん」が見つかり、2カ月ほど米国で治療に専念した。
行く手に多くの苦難が待ち受けていたが、間寛平はそれをすべて乗り越えて帰国した。
とりわけ病魔に打ち克ったのは凄い。
スタートからの総距離は約4万キロメートル(海路を含む)。

間寛平は今後、福岡から大阪まで 620キロメートルを走り、1月21日に大阪城音楽堂にゴールする予定。
途中、複数の映画館で凱旋トークイベントを行う。

以下に、「間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ」と題する2010年4月25日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットで世界一周に挑戦しているお笑いタレントの間寛平。
今年1月に前立腺がんと診断され、経口と注射によるホルモン治療を行いながらマラソンを続けていた。
しかし、体調が思わしくなく、トルクメニスタンで一時中断し、米国サンフランシスコで放射線治療を受けている。
もちろん“完走”するため。
担当医師によると、腫瘍の程度は5段階の4と高いが、2カ月ほどで完治しそう。
再スタートの時期は様子を見て判断する。

アースマラソンは「山あり谷あり」。
間寛平は治療とトレーニングを並行し、一日も早く日本に着けるように頑張りたいと語った。
本人のブログには連日、激励のメッセージが届いている。
間寛平が病魔と闘いながらゴールを目指す姿は、ファンに大きな勇気と感動を与えよう。

人はだれしも“老い”を迎える。
行く末を考えれば不安が膨らみ、来た道を振り返れば悔いが残る。
さまざまな思いが交錯し、心が揺れ動く。
それでも間寛平はひょうひょうとして生きる。

私がやりたくてできないことを、間寛平は代わりにやってくれている。
セカンドライフに誇りと喜びを見出せなくて元気を失いがちな団塊の世代や60代の憧れでもあろう。

「地球を走って一周する」。
ここまで壮大でなくても、一生のうちにこれといった目標を掲げられ、なおかつ実行へ移せる人はどれだけいるだろう。
私たちは何となく歳月を過ごし、気づけば夕暮れにたたずみ、すぐに朽ちていく。

間寛平のチャレンジは、困難そのもの。
入念な準備は当然として、それまでの不断の鍛錬、それに基づく実績の積み重ねがあってこそ可能性が芽生えるし、支援者も現れる。
私には絶対に無理と承知しつつ、うらやましいと思う気持ちがどこかにある。

自然は美しい。
そして厳しい。
吹きすさぶ砂漠、荒れ狂う海原、降り注ぐ太陽…。
行程の大半は過酷極まりないのかもしれない。

間寛平は、人生の地平線をどこまでも走っている。
胸に時折去来する思いは何なのだろう。

還暦間近の私は思う。
垢で汚れてしまった心を空っぽにできたら…。
広辞苑によれば、還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還るからいう、数え年の61歳の称」とある。

私は以前、たまたま見た報道番組で深いため息をついてしまった。
自分の境遇とのあまりに大きな隔たり…。
そこには大海原を背景に、こぼれるような笑顔の間寛平が映し出されていた。

⇒2011年1月4日「間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還」はこちら。

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間寛平、がんに打ち克ちゴールへ…アースマラソン

マラソンとヨットによる地球一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平がきのう、約2年ぶりに日本の地を踏んだ。
2008年12月17日に大阪・難波を出発し、2009年元日に千葉・鴨川から出航した。
太平洋、北米大陸、大西洋、ユーラシア大陸を自らの足とヨットで突き進んだ。
昨年1月に「前立腺がん」が見つかり、2カ月ほど米国で治療に専念した。
行く手に多くの苦難が待ち受けていたが、間寛平はそれをすべて乗り越えて帰国した。
とりわけ病魔に打ち克ったのは凄い。
スタートからの総距離は約4万キロメートル(海路を含む)。

間寛平は今後、福岡から大阪まで 620キロメートルを走り、1月21日に大阪城音楽堂にゴールする予定。
途中、複数の映画館で凱旋トークイベントを行う。

以下に、「間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ」と題する2010年4月25日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットで世界一周に挑戦しているお笑いタレントの間寛平。
今年1月に前立腺がんと診断され、経口と注射によるホルモン治療を行いながらマラソンを続けていた。
しかし、体調が思わしくなく、トルクメニスタンで一時中断し、米国サンフランシスコで放射線治療を受けている。
もちろん“完走”するため。
担当医師によると、腫瘍の程度は5段階の4と高いが、2カ月ほどで完治しそう。
再スタートの時期は様子を見て判断する。

アースマラソンは「山あり谷あり」。
間寛平は治療とトレーニングを並行し、一日も早く日本に着けるように頑張りたいと語った。
本人のブログには連日、激励のメッセージが届いている。
間寛平が病魔と闘いながらゴールを目指す姿は、ファンに大きな勇気と感動を与えよう。

人はだれしも“老い”を迎える。
行く末を考えれば不安が膨らみ、来た道を振り返れば悔いが残る。
さまざまな思いが交錯し、心が揺れ動く。
それでも間寛平はひょうひょうとして生きる。

私がやりたくてできないことを、間寛平は代わりにやってくれている。
セカンドライフに誇りと喜びを見出せなくて元気を失いがちな団塊の世代や60代の憧れでもあろう。

「地球を走って一周する」。
ここまで壮大でなくても、一生のうちにこれといった目標を掲げられ、なおかつ実行へ移せる人はどれだけいるだろう。
私たちは何となく歳月を過ごし、気づけば夕暮れにたたずみ、すぐに朽ちていく。

間寛平のチャレンジは、困難そのもの。
入念な準備は当然として、それまでの不断の鍛錬、それに基づく実績の積み重ねがあってこそ可能性が芽生えるし、支援者も現れる。
私には絶対に無理と承知しつつ、うらやましいと思う気持ちがどこかにある。

自然は美しい。
そして厳しい。
吹きすさぶ砂漠、荒れ狂う海原、降り注ぐ太陽…。
行程の大半は過酷極まりないのかもしれない。

間寛平は、人生の地平線をどこまでも走っている。
胸に時折去来する思いは何なのだろう。

還暦間近の私は思う。
垢で汚れてしまった心を空っぽにできたら…。
広辞苑によれば、還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還るからいう、数え年の61歳の称」とある。

私は以前、たまたま見た報道番組で深いため息をついてしまった。
自分の境遇とのあまりに大きな隔たり…。
そこには大海原を背景に、こぼれるような笑顔の間寛平が映し出されていた。

⇒2011年1月4日「間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還」はこちら。

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間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還

マラソンとヨットによる地球一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平が約2年ぶりに日本に帰還した。
元旦に中国・青島からヨットで出航し、4日に福岡の「西福岡マリーナ」に到着。
桟橋で出迎える約2千5百人のファンに、船上から両手を突き上げて応えた。
そして、愛妻と涙の抱擁…。
午後から最終ゴールの大阪城音楽堂へ向けて走り出した。

アースマラソンをやり遂げた瞬間の達成感はとてつもなく大きいだろう。
しかし、残りがわずかになるほど、終わりたくないという気持ちが湧いてくるのでないか…。
間寛平は長い旅にまもなく終止符を打つ。

私は今年、還暦を迎える。
間寛平は一昨年、大西洋上で還暦を迎えた。
仕事に忙殺されるわが身との境遇の違いに、ため息が出てしまう…。

以下に、「大西洋上で還暦を迎える幸せ!」と題する2009年8月18日のブログを収める。
わずかに手を加えた。

                      ◇◆◇

テレビ報道によれば、「アースマラソン」に挑戦しているお笑いアスリート・間寛平が大西洋上で還暦を迎えた。
マラソンとヨットで世界を一周する、人類初の冒険。
彼の輝かしいマラソン歴の“集大成”らしい。

私は2年弱で満60歳に達する。
ヨットでの航海中に還暦を祝えたら、最高の気分だろう。
人生の幾多の苦労も吹き飛ぶに違いない。

私はこれまで間寛平が走っている番組をついつい見てしまった(ながら視聴)。
もともと不思議な味わいを持つ芸人なのだが、マラソンとの取り合わせはきわめて魅力的だ。

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コロッケのものまね、佐野実のラーメン

昨年暮れ、日本テレビで「ものまねグランプリ2010」をやっていた。
後で番組表を調べたら約4時間。
私は最後の1時間弱を“ながら視聴”したことになる。
仕事の手が止まり、画面を見たのは3人。
青木隆治、原口あきまさ、コロッケ。

「2010年ものまね王者」は原口あきまさ。
目のつけどころが素晴らしかった。
F1レース(?)をものまねに仕立ててみせた。
私は審査結果に納得した。
コロッケは連覇ならず、3位。
この順位にも異存なし。

私が一番感動したのは、コロッケ。
ものまねであってものまねでない。
芸というより「芸術」の域に達していた。
突き抜けているので、いわゆるものまねの“面白さ”はない。
「べつもの」のオリジナリティを感じた。
だれもまねできない世界である。

私は、佐野実の「醤油らぁ麺」を食べたときを思い出した。
どんなにユニークなラーメンからも受けたことのない衝撃を覚えた。
安易な形容を許さない次元に達していた。
突き抜けていて、いわゆるラーメンの“うまさ”はない。
スープも麺も「哲学」の味がした。
こうした経験はその後もない。
生涯忘れられない一杯になろう。

⇒2008年12月31日「佐野実『支那そばや』の一途」はこちら。

コロッケに関しては、対象に投影するイマジネーションの奔放さ、そしてそれを表現するクリエーションの完成度に驚嘆させられる。
本人を破壊しかねない破天荒なエネルギーを持つ。
その凶暴さが笑いを誘う。
にもかかわらず、本人を彷彿させるリアリティを備える。

コロッケは、ものまねをエンタテイメントとして確立し、今日のブームを創出した。
大勢が彼の後に続いた。
皆、多かれ少なかれ、コロッケの影響を受けているといっても過言でない。

以下に、「人間国宝コロッケ&キムのアイスショー」と題する2010年3月3日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)、フィギュアスケート女子の金メダリスト、韓国のキム・ヨナは3月にイタリア・トリノで開催される世界選手権後にプロ転向が噂されている。
浅田真央もバンクーバーオリンピックで金メダルを獲得したらプロ転向がささやかれていた。
二人とも北米で人気のアイスショーで活動する意向が強い。
オリンピックのメダリストしか出場できない興行もあるようだ。

私はテレビでアイスショーの一部を見た。
2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)の金メダリスト、荒川静香も生き生きと滑っていた。
それは感動に満ちたエンタテイメント。
美しい演技はもとより、ユニークなものやユーモラスなものも少なくない。
その楽しさは大会(公式試合)のエキシビションを上回る。
基本はプロスケーターが出場するので当然か…。

私はふと思った。
コロッケのアイスショー。
どうだろう?
コロッケのモノマネには音楽と派手で奇抜な動きがつきものなので、アイスショーにぴったりでは…。
私がなかでも見たいのは、北島三郎。
サンバカーニバル風やヒップホップ風にアレンジした「与作」。
ほかに、ロボコップ風にデフォルメした五木ひろし、極端に脚の短い野口五郎など。
海の向こうではスケートリンクがときに歌謡ショーのステージになる。

コロッケはたぐい稀な才能と狂気のごとき努力により、日本のモノマネ界で新ジャンルを切り開いてきた。
50歳からフィギュアスケートを覚えるのは並大抵の苦労でないが、何も選手のようなレベルを目指すわけでない。
コロッケなら厳しい練習を乗り切れるのでないか。

キム・ヨナとコロッケは親子ほどの年齢差がある。
が、二人が持つお茶目な雰囲気からして相性がよさそう…。
日本で行うコロッケのモノマネアイスショーに、キム・ヨナがゲスト出演するというのはどうか?
彼女のプロモーション活動の一環ということで、出演料は抑えてもらう。

私は、このブログでコロッケは人間国宝級だと述べたことがあるが、いまでもそう思っている。
もっとも敬愛する芸人の一人。

                       ◇

コロッケに関する論考は以下のとおり。

和田創・明日へのヒント第12号「コロッケ」はこちら。

コロッケに関するブログは以下のとおり。

⇒2009年9月27日「コロッケの言葉と生き様」はこちら。

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ひょうきんイモトアヤコ、才能と度胸の産物

私は書斎で仕事を行うとき、テレビをつけっ放しにしている。
広い意味の経済番組が多いテレビ東京。
次いで、報道番組や特集番組が多いNHKテレビ。
むろん、他局も流す。
言い訳がましいが、社会の動きに疎くなるのを避けるため。
講師という仕事柄、いろいろな分野や領域に関心を持っていたい。

タレントの声が聞こえてくると気になるのは、「珍獣ハンター」の異名を取る「イモトアヤコ」。
手を止めて画面を見てしまう。
不思議な魅力に引かれる。

印象に強く残るのは、太い眉毛と不揃いの歯並び。
眉は描いているのかつけているのか。
髪形を含め、これでもかとばかり“不細工”を打ち出す。
謎のセーラー服姿が、怪しい雰囲気に輪をかける。
ずんぐりむっくりした体(不確か)。
ネットで調べたら、1986年生まれの24歳。
本名は井本絢子。
血液型はO型、身長は 153cmと小柄。

イモトアヤコは“ひょうきん”を売りにしている。
私がこの子について思うのは、第一に頭のよさ。
視聴者に受けるツボを心得ている。
第二に開き直り。
無鉄砲というか、向こう見ずというか。
つまり、才能と度胸を備えている。

ウィキペディアによれば、中学校3年生で鳥取県の陸上競技大会の百メートル競走で6位に入った。
その俊足が芸(?)に生かされている。
日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」で注目され、シリーズ化された。
2009年「24時間テレビ32」でチャリティ・マラソンランナーとして最年少でフルマラソン3本分を完走した。
視聴率を取るためといえ、番組は年頃の女性に滅茶苦茶な要求を突きつける。

イモトアヤコは、たいてい体を張っている。
人がやらないことに挑まなくては芸能界で埋没すると腹を括っているのだろう。
が、野生の動物相手の仕事は危険と背中合わせ。
命を大切にしてほしい。

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明日花キララの脱ぎっぷりに拍手…嬢王3

テレビ東京の金曜日の深夜番組「嬢王3」が最終回を迎える。
六本木の高級なキャバクラを舞台に、ホステスがナンバーワンの座をかけて戦うお色気満載のアダルトドラマである。
出演者はよりすぐりのグラマー。

私がもっとも可愛いと思うのが、香月理央名を演じる明日花キララ。
原幹恵が演じる主役・杏藤舞の敵役として、ドラマに初出演。
脱ぎっぷりはおそらく一番。
細いロープのほかは何もまとわない全裸のシーンがあった。
ほれぼれする肉体。
バストが豊かできれい。
拍手を送りたい。

新横浜のクラブマナにおっぱい自慢の小柄でチャーミングなホステスがいた。
私は明日花キララを見ると、彼女を思い出す。
雰囲気がよく似ている。
プロポーションも抜群だった。
天然系の性格…。
明日花キララは、嬢王3では意地悪な役どころを演じているが、素は違うはず。

                      ◇◆◇

「嬢王3」の主演・原幹恵に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年12月17日「嬢王3はおっぱい祭、原幹恵は巨乳初披露?」はこちら。

⇒2010年12月3日「嬢王3原幹恵Gカップ巨乳に挟まれる至福」はこちら。

⇒2010年10月29日「嬢王3原幹恵とティシュ箱…寒い深夜に暖を取る」はこちら。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

                      ◇◆◇

闘うホステスに関するブログは以下のとおり。

⇒2009年11月14日「高級クラブ危機、枕営業の大号令!」はこちら。

⇒2010年5月26日「チャリンコホステス大増殖…博多中洲」はこちら。

⇒2010年10月22日「キャバ嬢の“お持ち帰り”は人助けか?」はこちら。

⇒2010年11月12日「銀座高級クラブホステス…社長勉強会」はこちら。

⇒2010年12月16日「訳ありキャバ嬢・規格外ホステスを集めたクラブ」はこちら。

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嬢王3はおっぱい祭、原幹恵は巨乳初披露?

私はバタバタの状態が続く。
翌日に講演やセミナー、顧客との接触の予定が入っていないときは午前2時〜4時までデスクワークを行っている。
自分の意志というより、仕事がだらだらしていて恐ろしく遅い。

この間、テレビはつけっ放し。
先週金曜日の深夜、テレビ東京のWBS(ワールドビジネスサテライト)、ネオスポーツ(neo sports)の流れで「嬢王3」を聞いた。
久し振りのこと。

気になると、画面をちらっと見てしまう。
“巨乳”が露出するシーンががぜん増えていた。
テレビ東京は師走の大サービス、さながら「おっぱい祭」。
ときどき全裸に近い状態も映し出される。
出演者の最終選考辺りではヌードチェック(?)が行われているはずなので当たり前だが、皆ホント、素晴らしい。
何を食べて育ったのか。

伝説のカリスマキャバ嬢「杏藤舞」。
その主役を務めるのが原幹恵。
彼女がもっとも幹が恵まれている。

もてる男は決してがっつかない。
きれいどころの話を静かに受け止める。
ときに、じっくりと相談に乗る。
私にはとてもまねできない。
そうした時間を幾度か共有することにより、何かの拍子に向こうから落ちてくる。

おそらく先週の放送がそれだった。
杏藤舞が切ない表情で、朝までそばにいてほしいと訴えた。
やったね、やまちゃん。

ベッドに横たわり、目を閉じる原幹恵。
乳房が盛りあがっている。
ブラウス(?)のボタンが外されかけたところで、来週・・・。

原幹恵は今夜、Gカップ巨乳を初(?)披露するのか?
もうどうなっても知らない。

以下に、「嬢王3原幹恵Gカップ巨乳に挟まれる至福」と題する2010年12月3日のブログを収める。

                      ◇◆◇

昨夜「ユンケルファンティ」を飲んだせいだろう。
私は体の芯が火照り、朝からいきなり大人のブログをアップ。
「ユンケルパンティ」でない。
どうだっ、参ったか!

冬のボーナス(賞与)が待ち遠しい師走の金曜日。
今夜は久々に繁華街が賑わうのでは…。
早い職場ではよせばいいのに忘年会が行われる。
札束と間違えて股間を握り締め、キャバクラへ繰り出す若者たちも…。

還暦目前の私はいつ以来の“朝立ち”だろう。
絶好調♂

                       ◇

テレビ東京の金曜日の深夜番組「嬢王3」が快調に飛ばしている。
何が快調かは、見る人それぞれ、人生それぞれ。
一昔前なら「俗悪番組」のレッテルを貼られたはずだが、性の解放が進んだ今日では驚く人もいないだろう。
インターネットには、かつて「裏」という言葉を冠せられた写真や映像が堂々と公開されている。

さて、この「嬢王3」でカリスマキャバ嬢・杏藤舞役を演じているのが、私と同じ新潟県出身の原幹恵である。
ふるさとが大好きな私はそれだけのことで親近感が湧き、お友だちになりたい。
圧倒されるのはバストのボリューム、吸い込まれるのは深い谷間。
中年はため息をつき、青年はよだれを垂らす。
一見の価値あり!
老いた私は冥土の土産。

しかし、原幹恵に魅せられるのは男に留まらない。
女性により、とてもうらやましく思うはずだ。
そうでなくては「豊胸手術」を受ける人はいない。
実は、男よりも女性のほうが胸の大きさを気にしている。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

私はバストの大きさを気にしながら女性を選んだことは一度もない。
好きな女性とつきあった。
が、A〜Cカップの微乳が好きだ。
このブログで「ゲゲゲの女房」のヒロイン役を務めた松下奈緒のバストを取りあげたが、ほとんどなくても構わない。
私が知る範囲では、日本人(男)は概して「微乳好き」である。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所」はこちら。

そんな私でも、豊満なバストに接すると、気になって仕方ない。
なぜだろう、「母性の象徴」だからか…。
クラブやキャバクラでは胸が大きく開いたロングドレスをまとったホステスが大半である。
私は酒を楽しく飲めれば十分なので女性を指名はしないが、席についたホステスが巨乳だとどうしても視線が釘付けになってしまう。
40代の頃はいきり立ち、目の前のテーブルが大きく傾いたり天井まで持ちあがったりした。
「まあまあまあ」「どうどうどう」。
ホステスによくたしなめられた。
昔懐かしい思い出だ。

⇒2010年5月4日「倉科カナ級オッパイ…新横浜クラブマナ」はこちら。

エネルギーを持て余す若者のなかには、ティッシュを片手に「嬢王3」を見ている人がいるかもしれない。
原幹恵のGカップの巨乳に挟まれる至福の時間(とき)を夢見て…。
ただし、駅前や繁華街で配られるティッシュは質が悪く、貼り付きやすい。
くれぐれも注意せよ。

⇒2010年10月29日「嬢王3原幹恵とティシュ箱…寒い深夜に暖を取る」はこちら。

私は長年の試行錯誤の末に「クリネックスティシュー」でなければならないとの確信を得たぞ。

以下に、「新卒女子大生、嬢王3で水商売へ…就活地獄」と題する2010年10月16日のブログを収める。

                      ◇◆◇

突然消えたカリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)が水商売に戻ってきた。
テレビ東京で先週金曜日から「嬢王3」が始まった。
六本木の華やかなキャバクラを舞台とした一連の深夜ドラマである。
設定は人気の高級店なので、客は羽振りがよく、したがってホステスは待遇がよい。
彼女らは美貌を武器に、一度しかない青春を謳歌しているように見える。

「嬢王3」は放送が大人の時間帯であり、グラマーなホステスのヌードやセックスが映し出されるなど、きわどいシーンがふんだんに盛り込まれる。
制作側のサービス精神に歓喜の涙を流す視聴者がいるかもしれない。
とくに主役・原幹恵のGカップの巨乳は一見の価値がある。
同じ新潟県出身者として、私は応援したくて拝んだ。
谷間の深さが半端でない。
例えば、顔を挟んでもらう(おっと)。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

「嬢王」の視聴者は比較的若い男性が中心だろう。
そこに、中高年が加わる。
しかし、若い女性も少なくないのでは…。

21世紀に入り、日本経済の衰退が深刻になってきた。
世界的な金融バブルの一時期を除いて「就職氷河期」が続いている。
新卒は年々、就職率が悪くなっている。
大学を卒業しても就職先が見つからない。

短大を含め、女子学生は“就活”が地獄だ。
人により何十社どころか百社以上、弾かれる。
たいていは書類選考で落とされ、土俵に上ることもできない。
いわゆる“門前払い”である。
あまりの厳しさに昼間の職場を諦め、夜の商売を探す動きも出ている。
大学を出てキャバ嬢やクラブホステスになるとは、当人も思い寄らなかっただろう。
そうした人たちも「嬢王」シリーズを見て学習に励んでいるのでは…。

水商売に流れる若い女性が増える理由は、ほかにもある。
地方出身の学生は、不景気の影響で親の財布が縮み、仕送りが減っている。
生活費の不足分を補わなくてならない。
もっともそれだけでなく、たまに贅沢をしたいし、少しは羽目を外したい。
キャバクラでは、店により女子学生や専門学校生が多い。
週1日から勤務が可能で、時間も自由だ。
彼女らはホステスの経験を積んでいて、この仕事に対する抵抗感が薄れている。

しかし、年金が破綻しかかっており、「職業人生は半世紀」と覚悟しなくてならない。
それに比べ、ホステスとして働ける期間は極端に短い。
しかも、かつてのように稼げない。
家族にも周囲にも胸を張って仕事と呼ぶには、あまりに不安定である。
きょう食べるための一時避難にしかならない。

新卒(学卒)は就職難民。
「お水の道」を選ぶ女子学生の胸中はいかばかり・・・。

                      ◇◆◇

闘うホステスに関するブログは以下のとおり。

⇒2009年11月14日「高級クラブ危機、枕営業の大号令!」はこちら。

⇒2010年5月26日「チャリンコホステス大増殖…博多中洲」はこちら。

⇒2010年10月22日「キャバ嬢の“お持ち帰り”は人助けか?」はこちら。

⇒2010年11月12日「銀座高級クラブホステス…社長勉強会」はこちら。

⇒2010年12月16日「訳ありキャバ嬢・規格外ホステスを集めたクラブ」はこちら。

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嬢王3原幹恵Gカップ巨乳に挟まれる至福

昨夜「ユンケルファンティ」を飲んだせいだろう。
私は体の芯が火照り、朝からいきなり大人のブログをアップ。
「ユンケルパンティ」でない。
どうだっ、参ったか!

冬のボーナス(賞与)が待ち遠しい師走の金曜日。
今夜は久々に繁華街が賑わうのでは…。
早い職場ではよせばいいのに忘年会が行われる。
札束と間違えて股間を握り締め、キャバクラへ繰り出す若者たちも…。

還暦目前の私はいつ以来の“朝立ち”だろう。
絶好調♂

                       ◇

テレビ東京の金曜日の深夜番組「嬢王3」が快調に飛ばしている。
何が快調かは、見る人それぞれ、人生それぞれ。
一昔前なら「俗悪番組」のレッテルを貼られたはずだが、性の解放が進んだ今日では驚く人もいないだろう。
インターネットには、かつて「裏」という言葉を冠せられた写真や映像が堂々と公開されている。

さて、この「嬢王3」でカリスマキャバ嬢・杏藤舞役を演じているのが、私と同じ新潟県出身の原幹恵である。
ふるさとが大好きな私はそれだけのことで親近感が湧き、お友だちになりたい。
圧倒されるのはバストのボリューム、吸い込まれるのは深い谷間。
中年はため息をつき、青年はよだれを垂らす。
一見の価値あり!
老いた私は冥土の土産。

しかし、原幹恵に魅せられるのは男に留まらない。
女性により、とてもうらやましく思うはずだ。
そうでなくては「豊胸手術」を受ける人はいない。
実は、男よりも女性のほうが胸の大きさを気にしている。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

私はバストの大きさを気にしながら女性を選んだことは一度もない。
好きな女性とつきあった。
が、A〜Cカップの微乳が好きだ。
このブログで「ゲゲゲの女房」のヒロイン役を務めた松下奈緒のバストを取りあげたが、ほとんどなくても構わない。
私が知る範囲では、日本人(男)は概して「微乳好き」である。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所」はこちら。

そんな私でも、豊満なバストに接すると、気になって仕方ない。
なぜだろう、「母性の象徴」だからか…。
クラブやキャバクラでは胸が大きく開いたロングドレスをまとったホステスが大半である。
私は酒を楽しく飲めれば十分なので女性を指名はしないが、席についたホステスが巨乳だとどうしても視線が釘付けになってしまう。
40代の頃はいきり立ち、目の前のテーブルが大きく傾いたり天井まで持ちあがったりした。
「まあまあまあ」「どうどうどう」。
ホステスによくたしなめられた。
昔懐かしい思い出だ。

⇒2010年5月4日「倉科カナ級オッパイ…新横浜クラブマナ」はこちら。

エネルギーを持て余す若者のなかには、ティッシュを片手に「嬢王3」を見ている人がいるかもしれない。
原幹恵のGカップの巨乳に挟まれる至福の時間(とき)を夢見て…。
ただし、駅前や繁華街で配られるティッシュは質が悪く、貼り付きやすい。
くれぐれも注意せよ。

⇒2010年10月29日「嬢王3原幹恵とティシュ箱…寒い深夜に暖を取る」はこちら。

私は長年の試行錯誤の末に「クリネックスティシュー」でなければならないとの確信を得たぞ。

以下に、「新卒女子大生、嬢王3で水商売へ…就活地獄」と題する2010年10月16日のブログを収める。

                      ◇◆◇

突然消えたカリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)が水商売に戻ってきた。
テレビ東京で先週金曜日から「嬢王3」が始まった。
六本木の華やかなキャバクラを舞台とした一連の深夜ドラマである。
設定は人気の高級店なので、客は羽振りがよく、したがってホステスは待遇がよい。
彼女らは美貌を武器に、一度しかない青春を謳歌しているように見える。

「嬢王3」は放送が大人の時間帯であり、グラマーなホステスのヌードやセックスが映し出されるなど、きわどいシーンがふんだんに盛り込まれる。
制作側のサービス精神に歓喜の涙を流す視聴者がいるかもしれない。
とくに主役・原幹恵のGカップの巨乳は一見の価値がある。
同じ新潟県出身者として、私は応援したくて拝んだ。
谷間の深さが半端でない。
例えば、顔を挟んでもらう(おっと)。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

「嬢王」の視聴者は比較的若い男性が中心だろう。
そこに、中高年が加わる。
しかし、若い女性も少なくないのでは…。

21世紀に入り、日本経済の衰退が深刻になってきた。
世界的な金融バブルの一時期を除いて「就職氷河期」が続いている。
新卒は年々、就職率が悪くなっている。
大学を卒業しても就職先が見つからない。

短大を含め、女子学生は“就活”が地獄だ。
人により何十社どころか百社以上、弾かれる。
たいていは書類選考で落とされ、土俵に上ることもできない。
いわゆる“門前払い”である。
あまりの厳しさに昼間の職場を諦め、夜の商売を探す動きも出ている。
大学を出てキャバ嬢やクラブホステスになるとは、当人も思い寄らなかっただろう。
そうした人たちも「嬢王」シリーズを見て学習に励んでいるのでは…。

水商売に流れる若い女性が増える理由は、ほかにもある。
地方出身の学生は、不景気の影響で親の財布が縮み、仕送りが減っている。
生活費の不足分を補わなくてならない。
もっともそれだけでなく、たまに贅沢をしたいし、少しは羽目を外したい。
キャバクラでは、店により女子学生や専門学校生が多い。
週1日から勤務が可能で、時間も自由だ。
彼女らはホステスの経験を積んでいて、この仕事に対する抵抗感が薄れている。

しかし、年金が破綻しかかっており、「職業人生は半世紀」と覚悟しなくてならない。
それに比べ、ホステスとして働ける期間は極端に短い。
しかも、かつてのように稼げない。
家族にも周囲にも胸を張って仕事と呼ぶには、あまりに不安定である。
きょう食べるための一時避難にしかならない。

新卒(学卒)は就職難民。
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嬢王3原幹恵とティシュ箱…寒い深夜に暖を取る

急に気温が下がった。
そんな気がしたのが、先週金曜日の深夜。
私は仕事を頑張っているわけでもないのに疲れが溜まり、風邪気味だった。

おそらく10年前後、右手の平に残るアトピー性皮膚炎はいまや抵抗力のバロメーターになった。
湿疹の状態は自分の体調とおおよそリンクする。
しばらく鎮まっていたのに、かゆみが暴れ出した。

私はたらたらデスクワークを続けていたが、寒くて仕方ない。
そこで、思い切ってエアコンをつけた。
昔は、寒さに非常に強かった。
まだ10月だというのにホント、老いた。

キャスター小谷真生子のワールドビジネスサテライト(WBS)、ネオスポーツ(neo sports)に続いて「ドラマ24 嬢王3」が始まった。
よぉっ!
エアコンも効いてきた。
私はときどきテレビを見やる程度だが、いくらか体がポカポカしてきた。
オーバーヒートはしない。

⇒2010年10月22日「キャバ嬢の“お持ち帰り”は人助けか?」はこちら。

インターネットが普及する前なら、「嬢王3」は若い世代にとりティッシュ箱なしに見られない深夜番組だったかもしれない。
ポケットティッシュじゃ間に合わん。
そんな悲痛な叫びが聞こえてくる…。

今日、社会全体が大きな“風俗”と化した。
カネをほとんど使わなくても、また外へわざわざ出かけなくても「性欲」を処理できるインフラが構築(?)されつつある。

かたや、それは性欲を消滅させる。
リアルの「H(セックス)」を嫌う若い世代が増えている。
数年前の話だが、ルックスもボディも相当なキャバ嬢が、彼氏が自分で済ませると嘆いていた。
う〜ん。

若者よ、寒い深夜に暖を取れ!

きょうは金曜日。
「嬢王3」が放送される。
カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)を拝もう。

                       ◇◆◇

キャバ嬢の生態に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年10月8日「嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)」はこちら。

⇒2010年10月16日「新卒女子大生、嬢王3で水商売へ…就活地獄」はこちら。

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嬢王3…カリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)

お待たせ。
伝説(?)の「嬢王Virgin」が戻ってきた。
首を長くした男どもが少なくないのでは?
「嬢王3」。
10月8日、つまりきょう深夜0時12分スタート。
正確には、日付が変わって10月9日午前0時12分。

私はたいていテレビ東京をつけっ放しにしており、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」と、それに続く「ネオスポーツ(neo sports)」を見ている。
実際には、ところどころ聞いている状態。
その流れで以前、「嬢王Virgin」を知った。

キャバクラのホステスがバトルを繰り広げながらトーナメントを勝ち抜き、ナンバーワンを目指すというストーリーだった。
華やかな夜の世界の裏側ではキャバ嬢の生々しい欲望と醜い嫉妬が渦巻いている。
頂点に立つためならときに手段を選ばない。

都心の人気店になると、ホステスはプライドが高く、客は一流意識が強い。
熾烈な「指名獲得競争」が必至。
ホステスの内情につけ込んで抱こうとする客。
客の思惑に乗じて絞り取ろうとするホステス。
ウソで塗り固めた“合体”を巡る駆け引き…。

このドラマみたいに奇想天外な舞台は存在する?
あくまでフィクション(虚構)なのか。
それとも「事実は小説よりも奇なり」なのか。

「嬢王Virgin」は、大人がくつろぐ時間帯の放送とはいえ、若い女性の裸体が堂々と映し出される。
ホステス役の出演者は皆、息を呑むほどグラマー。
唾を呑まないように…。
食生活の変化が要因か、とくにオッパイが素晴らしい。
ブラボー!
全身のプロポーションも顔のつくりも、昔の日本女性とまるで違う。

このところ小谷真生子の「ワールドビジネスサテライト(WBS)」がみすぼらしくなったと思ったら、テレビ東京は番組制作費を「嬢王3」に回していた?
お偉方は小谷よりも大谷のほうが好きなのだ。
う〜ん。

「嬢王3」は公式サイトが設けられていた。
「ドラマ24 嬢王3 Special Edition」。
特別編集とは「ちょっとだけよ」という意味?
おいしいところはDVDに収録した。
く〜っ。

私は“ながら視聴”であり、「嬢王Virgin」の中身は分かっていない。
ストーリーに関心がない。
主役が存在すると、いま知ったくらい。
また、私が見たのは「嬢王GP2nd」だったかもしれない。
何もかも曖昧…。

先の公式サイトによれば、突然消えたカリスマキャバ嬢・杏藤舞(原幹恵)が水商売に復帰する。
ロングドレスに身を包んだセクシーな写真が載っているが、私は彼女に覚えがない。
「人生谷あり谷あり」。
私は谷間にくぎ付けになっていたのか。

撮影は、「嬢王Virgin」が六本木の「club PIANO(クラブピアノ)」、「嬢王GP2nd」がやはり六本木の「CLUB MUSERVA(クラブ・ミュゼルヴァ)」で行われたようだ(不確か)。

                       ◇

私が暮らす横浜。
都心の一流店と比べようもないが、地元のクラブやキャバクラならではのよさがある。
肩ひじを張らずに、心からくつろげる。
仕事の緊張がすーっと解けていく。

⇒2009年9月30日「クラブ夢で遊ぶ…新横浜キャバクラ」はこちら。

⇒2009年10月23日「クラブ・トゥルー…たまプラーザ」はこちら。

⇒2010年5月4日「倉科カナ級オッパイ…新横浜クラブマナ」はこちら。

JR東海・新横浜駅界隈は長らく「クラブマナ」一軒の時代が続いた。
やがて「クラブ夢」などが現れた。
21世紀に入り、キャバクラが爆発的に増えた。
飽和状態の関内や横浜からの移転や出店も相次いだ。
現在は百店を超えているのでなかろうか。

                       ◇

このブログで、私が好きな松下奈緒の谷間について深く考えたことがある。

⇒2010年9月20日「松下奈緒と向井理の魅力と伸び代、居場所」はこちら。

◆書き加え1(10月8日)

以下は、ウィキペディアによる。

原幹恵は23歳。O型。163センチ。
2008年時点の公称スリーサイズは、94・61・88センチ。
ブラジャーはGカップ。

倉科カナは22歳。O型。158センチ。
2008年時点の公称スリーサイズは、89・58・87センチ。
ブラジャーはFカップ。

NHK朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」のヒロインに選ばれた倉科カナはグラビアアイドル出身ということで、大きな話題になった。
乳房のボリュームがテレビ画面を通して感じられた。
その彼女がFカップ。

Gカップの原幹恵がいかに凄いか分かろう。
欧米人に負けないバストだ。

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どうした小谷真生子…テレ東「WBS」異変

私は自宅でデスクワークを行っているとき、テレビをつけっ放しにしている
ながら視聴。
新聞を読む時間がほとんど取れず、それを補う意味もある。
チャンネルはたいていテレビ東京、ときどきNHKテレビ(総合)。

ろくに見ていないので、私の勘違いかもしれない。
とくにこのところはばたばた、今週は福岡…。
しかし、「ワールドビジネスサテライト」が何か変。

私は、経済の日経グループが総力を結集したニュース番組だと思っていた。
企画ものも充実しており、的確で有益だ。

ところが、最近、みすぼらしい。
番組の顔・小谷真生子(こたに・まおこ)の表情に元気がない。
それと、仕切りに精彩がない。
進行にもたつきやほころびが目立つ。
それ以前に、本人のなかで内容がこなれていないように感じる。
私がもっとも好きなキャスターなのに…。

仕事の手を止めて番組に見入ることが少なくなった。
したがって、印象に残らない。

以前、番組の放送開始は午後11時だった。
それがいつの間にか繰り下げられた。
私はオヤッと思った。
テレビ東京内での地位が明らかに下がっている。
ひょっとして、この頃から質が徐々に落ちていた?

私には、制作予算が極端に削減されたように映る。
実際のところはどうなのか。
スタジオが小規模で、しかも貧弱になった。
さらに出演者が手薄になった。
多彩なゲストが毎日2人、ときに3人登場した(不確か)。
それと取材が減り、渾身の特集が消えた。

WBS異変は、私の勘違い?

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小林桂樹死去…『日本沈没』田所博士の熱演

俳優・小林桂樹(こばやし・けいじゅ)が9月16日、心不全で死去した。
86歳。
群馬県出身、日本大学中退。
変わった名前は、オリンピックの勝利のシンボル、月桂冠のもとになる「月桂樹」にちなんだとか…。

映画、テレビドラマ、舞台など、喜劇からシリアスな社会派作品まで幅広く活躍した。
私は半世紀以上前、小林桂樹が実在の山下清を演じた映画「裸の大将」を直江津市(現上越市)で見た。
小学校だったか映画館だったか…。

小林桂樹は森繁久弥主演の「社長」シリーズで、サラリーマンの喜怒哀楽をユーモラスに演じた。
父は警察官、本人は堅物の印象が強いせいか、こうした役柄が多かった。
真面目でありながら、ひょうひょうとした演技が持ち味だった。

1960年代半ば、映画は斜陽化が急速に進んだ。
また、小林桂樹が演じる戦前の価値観とモラルを引きずった“戦中派”のキャラクターが世の中に受け入れられなくなった。
小林桂樹は映画の出演が減り、テレビドラマに活躍の場を求めた。
これが転機となり、中年以降は渋く重い配役もこなした。

1973年、小松左京のベストセラー小説を映画化した『日本沈没』で、その現実味を叫ぶ田所博士を演じた。
私は映画館で見たが、スクリーンいっぱいに気迫が伝わってきた。
俳優としての力量を再認識した。

ご冥福をお祈りする。

                       ◇

私が小林桂樹で印象に残っているのは、富山県立魚津高校時代の2〜3年生に見たテレビドラマだった。
40年以上前、1967年か1968年。
当時、富山で流された民放は1局(2局?)。
読売新聞の中興の祖・大正力(正力松太郎)の出身地であり、日本テレビ系列のはずだ。

タイトルもストーリーもまったく思い出せない。
ただ、衝撃的なドラマだったこと、可憐な女性が登場したことは覚えている。
ネットで調べたが、それらしき作品は『不信のとき』くらい。
有吉佐和子が1967年に日本経済新聞で連載した小説。
ドラマ化、映画化されている。
どうやら小林桂樹は主役でないようだ。

私は友人(クラスメート)が東大などに進学している。
受験勉強が一番大事な時期に、不倫ドラマに胸をときめかせているようでは話にならんぞ。

◆書き加え1(8月19日)

私の記憶は恐ろしくいい加減である。
このドラマに秋吉久美子が出演していたと思い込んでいた。
早熟な役どころ。

だが、ネットで調べると、彼女は1954年生まれ。
当時は13〜14歳。
1972年にデビュー。
やはり勘違いだ。

それは大信田礼子だった?

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石原裕次郎が愛した隠れ家…タカクラホテル

私は先々週、3泊4日の福岡出張。
宿泊先は、私がもっとも気に入っている「タカクラホテル福岡」。
決して贅沢でないが、館内も室内もとても快適であり、なおかつ落ち着く。
ハードな合宿研修(セミナー)だったが、この環境のお陰で私は乗り切ることができた。
体調が最悪だった。

さて、水曜日に博多駅に着き、タクシー乗り場へ。
昔、個人タクシーに乗り込み、行き先をきちんと伝えたにもかかわらず、「ホテルオークラ福岡」に連れていかれた。
運転手は70代半ばくらいの高齢者だった。

それ以来、私は念を押すようになった。
すると、40代の運転手がタカクラホテル福岡について尋ねてきた。
私が好きだと答えると、「石原裕次郎のお気に入りだったのですよ」。
何か事情がないかぎり、このホテルを選んだらしい。

分かるなぁ、石原裕次郎の気持ちがいくらか…。
役者(俳優)は、つねに人目を意識せざるをえない商売である。
まして昭和最大のスターだ。

タカクラホテル福岡はこじんまりしており、しかも繁華街から外れている。
旅先なのに、自宅に戻ってきたような癒しが得られる。
気取らなくてよく、心から寛げたのでないか。
石原裕次郎が愛した隠れ家…。

タカクラホテル福岡は、宿泊客の満足度が非常に高い。
地元の名門中の名門だ。

                      ◇◆◇

石原裕次郎、美空ひばり、吉永小百合、高倉健に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年12月6日「石原裕次郎と木村拓哉、孤独の宿命」はこちら。

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間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ

2008年12月17日に大阪を出発、マラソンとヨットで世界一周「アースマラソン」に挑戦しているお笑いタレントの間寛平(はざま・かんぺい)。

今年1月に前立腺がんと診断され、経口と注射によるホルモン治療を行いながらマラソンを続けていた。
しかし、体調が思わしくなく、トルクメニスタンで一時中断し、米国サンフランシスコで放射線治療を受けている。
もちろん“完走”するため。
担当医師によると、腫瘍の程度は5段階の4と高いが、2カ月程で完治しそう。
再スタートの時期は様子を見て判断する。

アースマラソンは「山あり谷あり」。
間寛平は治療とトレーニングを並行し、一日も早く日本に着けるように頑張りたいと語った。
ブログには連日、激励のメッセージが届いている。
間寛平が病魔と闘いながらゴールを目指す姿は、ファンに大きな勇気と感動を与えよう。

人はだれしも“老い”を迎える。
行く末を考えれば不安が膨らみ、来た道を振り返れば悔いが残る。
さまざまな思いに苦しめられ、心が揺れ動く。
それでも間寛平はひょうひょうとして生きる。

私がやりたくてできないことを、間寛平は代わりにやってくれている。
セカンドライフに誇りと喜びを見出せなくて元気を失いがちな団塊の世代や60代の憧れでもあろう。

「地球を走って一周する」。
ここまで壮大でなくても、一生のうちにこれといった目標を掲げられ、なおかつ実行へ移せる人はどれだけいるだろう。
私たちは何となく歳月を過ごし、気づけば夕暮れにたたずみ、すぐに朽ちていく。

間寛平のチャレンジは、困難そのもの。
入念な準備は当然として、それまでの不断の鍛錬、それに基づく実績の積み重ねがあってこそ可能性が芽生えるし、支援者も現れる。
私には絶対に無理と承知しつつ、うらやましいと思う気持ちがどこかにある。

自然は美しい。
そして厳しい。
吹きすさぶ砂漠、荒れ狂う海原、降り注ぐ太陽…。
行程の大半は過酷極まりないのかもしれない。

間寛平は、人生の地平線をどこまでも走っている。
胸に時折去来する思いは何なのだろう。

還暦間近の私は思う。
垢で汚れてしまった心を空っぽにできたら…。
広辞苑によれば、還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還るからいう、数え年の61歳の称」とある。

                      ◇◆◇

私は以前、たまたま見た報道番組で深い溜め息をついてしまった。
自分の境遇とのあまりに大きな隔たり…。
そこには大海原を背景に、こぼれるような笑顔の間寛平が映し出されていた。
以下に、「大西洋上で還暦を迎える幸せ!」と題する2009年8月18日のブログを収める。

テレビ報道によれば、「アースマラソン」に挑戦しているお笑いアスリート・間寛平が大西洋上で還暦を迎えた。
このアースマラソンは、マラソンとヨットで世界を一周する、人類初の冒険。
輝かしいマラソン歴の集大成らしい。

私は2年弱で満60歳に達する。
ヨットでの航海中に還暦を迎えられたら、最高の気分だろう。
人生の幾多の苦労も吹き飛ぶに違いない。

これまで間寛平が走っている番組をついつい見てしまった。
もともと不思議な味わいを持つ芸人なのだが、マラソンとの取り合わせはきわめて魅力的。

                      ◇◆◇

以下に、「旅人・関口知宏」と題する2008年3月2日のブログを収める。
旅人に対する私の憧れを素直に綴ったもの。
それと、「リヤカーマン」を思い浮かべた。

きのう、BS2で「関口知宏スペシャル 全部見せます! 日中欧鉄道大紀行」という長時間番組を放映していた。
過去の番組の総集編か。
私は、「日本列島縦断最長片道切符の旅」の、しかもごく一部のみ視聴。

すべてがゆったりと流れる…。
途中、各地の自然や風物、文化や風土、暮らしや人情などに触れる。
うらやましい。

関口知宏は、どこにでも自然体で溶け込んでいけるし、だれからも温かく迎え入れられる。
それに絵も描けるし曲もつくれる。
これ以上の旅人はそうそういない。
タレントのジャンルとして「旅人」が成り立つのではないかと思わされる(あ、兼高かおるというあまりにも偉大な先人がすでに存在した)。
このシリーズに限らず、街道を徒歩で旅する番組もあったのでは…。
それとバイクで旅する番組も…(こちらは二人連れ)。

この手の紀行番組の登場は、チャネルの増加と無関係でない。
制作コストを低く抑えられ、しかも放映時間を長く稼げる。
そうしたテレビ局の思惑がある。

紀行番組は、筋書きも演出も限られる。
それ以前に、スタジオもセットも、脇役もエキストラも要しない。
主役の旅人一人。
結果として素朴な内容になり、そこに新鮮な面白さがある。
ストーリーを追わなくてよいので、“ながら視聴”の私にぴったり。
関口知宏のキャラクターとあいまって、心が癒やされる。

多忙な現代人にとり、時間の消費そして忘却こそが最高の贅沢なのかもしれない。

自分の限界に挑み、生命の危険にさらされながら旅を続ける「リヤカーマン」にさえ、憧れの気持ちを抱く人は少なくない。

                       ◇

将来の夢。
腰や背中が悲鳴を上げなければ、私は鈍行(各駅停車)による「日本一周の旅」を楽しんでみたい。

これまで幾度かつまずきながら、しかし走るようにして生きてきた。
そう、私は前しか見たことがない。
気の遠くなるくらいのんびりとした日々を、一生にたった1度でも送れるなら…。

                      ◇◆◇

⇒2009年8月18日「大西洋上で還暦を迎える幸せ!」はこちら。

⇒2008年3月2日「旅人・関口知宏」はこちら。

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人間国宝コロッケ&キムのアイスショー

2010年バンクーバー五輪、フィギュアスケート女子の金メダリスト、韓国のキム・ヨナは3月にイタリア・トリノで開催される世界選手権後にプロ転向が噂されている。
浅田真央もバンクーバー五輪で金メダルを獲得したらプロ転向がささやかれていた。
北米で人気のアイスショーで活動する意向が強い。
オリンピックのメダリストしか出場できない興行もあるようだ。

私はテレビでアイスショーの一部を見た。
2006年トリノ五輪の金メダリスト、荒川静香も生き生きと滑っていた。
それは感動に満ちたエンターテイメント。
美しい演技は当然として、ユニークなものやユーモラスなものも少なくない。
楽しさが段違い!

ふと、思った。
コロッケのアイスショー。
どうだろう?
コロッケのモノマネには音楽と派手で奇抜な動きがつきものなので、アイスショーにぴったりでは…。
私がなかでも見たいのは、北島三郎。
サンバカーニバル風にアレンジした「与作」。
ほかに、ロボコップ風にデフォルメした五木ひろし、極端に脚の短い野口五郎など。
海の向こうではスケートリンクがときに歌謡ショーのステージになる。

コロッケはたぐい稀な才能と狂気のごとき努力により、日本のモノマネ界で新ジャンルを切り開いてきた。
50歳からフィギュアスケートを覚えるのは並大抵の苦労でないが、何も選手のようなレベルを目指すわけでない。
コロッケなら厳しい練習を乗り切れるのでないか。

キム・ヨナとコロッケは親子ほどの年齢差がある。
が、二人が持つお茶目な雰囲気からして相性がよさそう…。
日本で行うコロッケのモノマネアイスショーに、キム・ヨナがゲスト出演するというのはどうか?
彼女のプロモーション活動の一環ということで、出演料は抑えてもらう。

私は、コロッケは人間国宝級だと述べたが、いまでもそう思っている。
もっとも敬愛する芸人の一人。

                       ◇

コロッケに関するブログは以下のとおり。

⇒2009年9月27日「コロッケの言葉と生き様」はこちら。

コロッケの言葉と生き様を紹介したユーチューブの動画は以下のとおり(3分前後)。

和田創講演TV賢人編「コロッケ」はこちら。

コロッケに関する論考は以下のとおり。

⇒和田創・明日へのヒント第12号「コロッケ」はこちら。

                       ◇

バンクーバー冬季五輪に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。
⇒2010年2月14日「モーグル上村愛子、ソチ3位へ挑戦?」はこちら。
⇒2010年2月16日「男子5百歓喜、長島銀、加藤銅メダル」はこちら。
⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。
⇒2010年2月18日「日本電産・永守重信、メダルに報奨金」はこちら。
⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。
⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。
⇒2010年2月21日「葛西紀明、伊東大貴…ラージヒル決勝」はこちら。
⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。
⇒2010年2月24日「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」はこちら。
⇒2010年2月28日「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」はこちら。
⇒2010年3月1日「日本金メダル逃す…女子団体追い抜き」はこちら。
⇒2010年3月2日「国母和宏…伝統の夏季、革新の冬季」はこちら。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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