コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

徳島市阿波おどり、破産でイメージ低下は避けられず

徳島小松島中学校から城北高校へ

66歳の私は大昔、徳島県で1年2か月ほど暮らしたことがあります。
1969年10月下旬から1970年12月下旬まで、小松島市立小松島中学校と徳島県立城北高校に在籍しました。
先だって66歳で亡くなった大杉連と同じです。

⇒2010年9月19日「大杉漣プロフィール…小松島中学校・城北高校出身」はこちら。


私は東洋紡績小松島工場の長屋のような社宅に両親と妹の4人で住んでいました。
父が勤務していた呉羽紡績が実質的に吸収合併され、肩書を奪われて徳島に転勤しており、家庭内には重苦しい空気が流れていました。

東洋紡績桟敷席で阿波おどり見物

城北高校1年生の夏に東洋紡績の桟敷席で「徳島市阿波おどり」を見ました。
迫力満点、面白おかしい祭でしたが、私自身は先に述べた事情で心から楽しむことができませんでした。
それでも地元民がこの祭にかける情熱だけは十分に感じ取れました。
街全体の盛り上がりは凄まじいものがありました。

私は長い歳月を経て、家族で「東京高円寺阿波おどり」を見ました。
しかし、本場の阿波踊りと比べようもありません。
致し方のないことです。

⇒2010年9月2日「高円寺阿波おどりの感想評価…見る阿呆になれず」はこちら。

⇒2009年11月14日「日本の祭『阿波おどり』の天水たち」はこちら。



阿波おどり主催の観光協会が破産

私は3月2日に徳島市が債権者として、阿波おどりを主催する公益社団法人徳島市観光協会の破産手続きを申請したというニュースを見ました。
どうやら徳島市と徳島市観光協会が阿波おどりの運営で対立しています。

徳島市は申し立ての理由を「市の負担額をこれ以上増やさないために、裁判所の関与で透明性を保って債権回収を行う」としています。
徳島市観光協会に委ねては収支を改善できないという判断です。

徳島市は借入の損失補償をしない

徳島市は2月7日に今後、徳島市観光協会の借り入れを損失補償しないことを決めました。
これを受けて、徳島市観光協会は2月16日までの期限に返済できないことを金融機関に伝えました。
預金などを差し引いた約3億8千万円が借入額となっています。
(それ以降、年利率14%の遅延損害金も発生しています。)

徳島市は金融機関が持つ徳島市観光協会への債権を譲り受けたうえで破産手続きを申請したのです。
(むろん金融機関から約3億8000万円の代理弁済を求められます。)

阿波おどり事業に不適正会計処理

阿波おどりの予算の執行と管理に重大な問題が見つかりました。
徳島市観光協会は徳島新聞社と共催し、事業会計を担当しています。
徳島新聞社は裏づけ書類に基づかない不適正な会計処理を慣例で行ってきたことを認め、累積赤字の負担も「一定の責任がある。可能なかぎり協力する」と回答しました。

阿波おどりは徳島というより、日本の夏の風物詩です。
私は約4百年の歴史を持ち、日本の三大盆踊りとして毎年百万人以上を集めている阿波おどりが累積赤字4億円超を抱えていたことがどうも腑に落ちません。

利権が絡んでいて、事業会計がずさんだったということでしょうか?
徳島市による損失補償の打ち切りが遅すぎたのかもしれません。
もっと早くメスを入れるべきでした。

2018年阿波おどりは開催されるか

破産手続きが開始されれば運営体制が整わず、2018年夏の「徳島市阿波おどり」の準備が間に合うかどうか微妙です。
徳島市は市の関係課でつくるプロジェクトチームで検討すると説明しました。

しかしながら、今回の破産騒動により阿波おどりのイメージ低下は絶対に避けられません。
軽妙でユーモラスな祭に暗い影が差すことになります。

踊る阿呆も見る阿呆も包み込んできた熱狂的な賑わいは次第に薄れていくのでしょうか・・・。

徳島もふるさとの一つと考える私は残念でなりません。
(自室で飼うアメリカンショートヘアの「クマ(♂)」は城北高校近くのブリーダーで見つけました。)
いまだに徳島に縁があるのです。

◆書き加え(3月5日)

真偽は不明、観光協会排除の企て

私はこのニュースに接したとき、巨額の経済効果をもたらすイベントでなぜこれほどの累積赤字が発生したのか疑問を感じました。

「週刊現代」が阿波おどりの存続危機に関わる状況の深層に切り込んでいるようです。
記事では、阿波おどりを巡る利益を守るために、徳島市長と徳島新聞社が徳島市観光協会を排除しようとしていると結論づけています。
徳島市観光協会は運営の健全化を推進する改革勢力になっています。

ちなみに、徳島市の遠藤彰良市長は地元放送局の四国放送の元アナウンサーであり、その四国放送の筆頭株主が徳島新聞です。

私にはこの記事の真偽を判断する材料(情報)がありませんが、一日も早く問題を解決してほしい。
長引けば長引くほど、阿波おどりのイメージ低下が深刻になります。

徳島といえば、「阿波おどり」。
地元民が大切に大切に育てあげてきた祭です。
彼らの「誇り」を台無しにすることがないように、心から祈ります。

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第55回東京高円寺阿波おどり開催時間変更(午後3時〜6時)

きょう(8月27日)とあす(8月28日)の2日間、「東京高円寺阿波おどり」が催される。
正確には、「がんばろう日本!! 東日本大震災復興支援 第55回東京高円寺阿波おどり」。

「東京高円寺阿波おどり」は毎年8月の最終の土・日曜日に、JR高円寺駅前から東京メトロ新高円寺駅にかけての通りを舞台に繰り広げられる。
今日では知名度が上がり、人出(見物客)は本場徳島を超えるともされる(不確か)。
東京の代表的な夏祭りの一つ、東京の晩夏の風物詩になった。
私は昨年、初めて見にいった。
家族と一緒。
今年は「節電」に協力するためだろう、昼間(午後3時〜6時)に変更して行われる。

私は、本場徳島のそれを45年近く前に見た。
徳島県立城北高校1年生の夏休み。

体が動くうちにどうしても見たい祭は、「青森ねぶた」と「おわら風の盆」の2つ。

私は疲労の蓄積で、激しい腰痛に苦しむ。
「ぎっくり腰」の一歩手前の状態。
きょうからまた新たな闘いが始まる。

以下に、「高円寺阿波おどりの感想評価…見る阿呆になれず」と題する2010年9月2日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は富山から上京して20年近く、中野駅〜東小金井駅間の中央線沿線で暮らしたのに、高円寺の阿波おどりに一度も出かけたことがなかった。
その理由については、このブログで幾度か述べたとおり。

長年のわだかまりが消え、今年は行こうと思ったが、すでに約束が入っていた。
けれども、どうしてもという気持ちが強くなり、当日午前にミーティングをキャンセル(延期)した。

高円寺阿波おどりうちわついに妻と子どもを引き連れ、「第54回東京高円寺阿波おどり」へ。
開催時刻は午後6時〜9時(3時間)。

さて、JR代々木駅で乗り換えた総武線がたまたま中野駅止まりだった。
また、JR高円寺駅とその周辺が大混雑していて身動きが取れないと考え、あえてJR中野駅で降りて会場に徒歩で向かうことにした。

実は、約40年前に日経育成奨学制度を利用して明治大学へ進学した私が入店したのが「日経高円寺専売所」だった。
住所は杉並区高円寺南1丁目だが、高円寺駅よりも中野駅のほうがずっと近かった。
最寄駅は青梅街道沿いの地下鉄丸ノ内線・東高円寺駅。

私は新聞配達をやっていたので、この辺りの地理は詳しい。
中野駅を南下して大久保通りに入った。
予定では20分弱で環七通りを越え、JR高円寺駅南口と地下鉄丸ノ内線・新高円寺駅を結ぶ通りの中間点付近に30分弱で達する。
この通りが東京高円寺阿波おどりの会場である。

ところが、立派なマンションが立ち並ぶなど、大久保通りの雰囲気が変わってしまい、私は道を間違えたのでないかと不安が募ってきた。
妻と子どもは呆れ顔…。

そのとき、日経高円寺専売所が突如現れた。
当時は道路を挟んだ真正面に小学校(?)のグラウンドが広がっており、私はそれを目安にしていた。
が、大きなマンション(ライオンズマンション高円寺南)が通りに迫るように建てられていた。
それで、目前に来るまで気づかなかったのだ。

私が入店したときは新築間もないビルだった。
それが建て替えられている。
記憶が曖昧だが、当時は3階建てだった。
4階建てだったとしても、私が目撃したビルは5階建てである。
建て増すという芸当はできないはずだ。
ビルの奥行きも深いように感じた。
裏の土地を買い取ったのか…。
ずいぶん容積が大きい。

私の職業人生の出発点である。
しかも、その後に影響を及ぼした。
日経高円寺専売所での「新聞配達」の経験がなければ、いまの自分はなかった。
1畳半ほどの個室暮らし、苦しい仕事を思い出し、私は胸が熱くなった。
子どもにちょっと思い出を語ろうとしたが、妻は足も止めずに子どもとさっさと行ってしまった。
れれれ…。
ちなみに、店主(経営者)が代わり、私が知る人は一人もいない。
数年前に日本経済新聞の販売店組織で講演を行った際に、参加者から聞かされた。
ほんとうは高円寺専売所に顔を出したかった。

                       ◇

私たちが現地に到着したのは、午後7時半頃。
空が暗くなる7時を目標にしたが、30分遅れ。

で…。
肝心の阿波おどりは、まったく見られなかった。
凄まじい人出だった。
先に述べた「通り」は、全体でなく一部が会場である。
警備員や警察官に「立ち止まらないでください」と言われ、歩かされる。
私たちは会場から遠ざかるばかりで、諦めるしかなかった。
有料の桟敷席を予約すればよかったが、後の祭。
私たちは、出番を待って整列する踊り手(連)を眺めるのが精一杯だった。

見る阿呆(観覧者)に対して会場が少なすぎるし、小さすぎる。
高円寺に限らず、中央線沿線は下町である。
駅周辺は建物が密集しており、商店街も限られ、その通りも狭い。
阿波おどりにとり必須かつ最適な会場は「道」である。
それを確保できていない。

枝分かれする生活道路を利用すれば観覧者が分散するので、踊りを見られないという事態は解消する。
しかし、踊る阿呆も見る阿呆も住宅街になだれ込むことになり、時間を制限したとしても住民から大きなクレームが寄せられるだろう。
これは現実的に不可能。

むろん、私が甘く考えていたのがいけない。
人気のイベントを楽しもうと思えば、それなりの注意や努力を払わなくてならない。
妻は「こんなものよ」と達観。
私は突然行くことにしたので、下調べを欠いた。
子どもがかわいそうだった。

踊りを見にいった人は踊りを見られなかったら、二度と出かけない。
この祭の最大の問題(課題)である。
が、例年のことでは…。
怠慢!
主催者は早急に改善を図るべきだ。

私たちは「東京高円寺阿波おどり」の団扇(うちわ)をもらい、満たされない気持ちを慰めた。
路上の踊りは天空の花火と異なり、楽しめるのは前から2〜3列に限られる。
「ゲゲゲの女房」の松下奈緒や向井理のように長身の人は別だが…。
なぜ主催者は通りに大型モニターを設置しなかったのか。
それだけでも観覧者はイライラが和らぐ。
現状では“見る阿呆”にもなれない人が大勢出てしまう。

なお、帰りはJR高円寺駅に近づくのが難しそうで、反対方向、つまり青梅街道沿いの地下鉄丸ノ内線・新高円寺駅へ向かった。
8時半に引き上げて正解。
10〜20分ほど遅れていたら、おそらく切符売り場や改札口、ホームは大混雑になったろう。

                       ◇

この祭は、高円寺商店街の振興が目的である。
隣の駅の阿佐谷商店街では七夕まつりが行われ、それなりの人気を博していた。
このままでは客を奪われるという危機感が背景にあり、それに対抗する狙いが大きかった。
そこで、夏のイベントに「阿波おどりのようなもの」を導入することにした。

発端は一商店街の催事であり、現在も…。
しかし、2日間で百万人前後(以上?)を動員する東京の夏祭に定着した。
主催者は自らの利益にこだわらず、周辺を巻き込むべき時期に差しかかっている。
ここまで育てあげた関係者の努力と苦労は尊重するとして、エリアを拡大してほしい。
杉並区はもとより東京都の強力なバックアップが不可欠である。

私は、青梅街道を開放しない限り、今後の発展は困難だと断言する。
同街道の地下鉄丸ノ内線・東高円寺駅〜新高円寺駅〜南阿佐ヶ谷駅間を通行止めにする。
阿波おどりは、公道が舞台(ステージ)なのだ。
大動脈(幹線道路)だが、周知徹底により交通への影響は減らせる。

主催者は、観覧者の満足度を高めよ。
あれじゃ、踊り手のストレスも凄い。

以上、私の「東京高円寺阿波おどり」に関する感想を述べた。
締め括りとして評価を記す。
会場に近寄るのが、「ヤットサー、ヤットヤット」。
踊りを見るのが、「ムリサー、ムリムリ」。
踊りのレベルは年々向上しているはずだが、人気の上昇による人出の増加に主催者の運営が追い付いていない。

本場・徳島阿波おどりを凌ぐといった感想をネット上で目にしたが、私はすべての面において大きな差があると思う。

                      ◇◆◇

阿波おどり、夏祭、花火大会などに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月25日「日本の祭2010徳島阿波おどり…NHKBShi」はこちら。

⇒2010年8月26日「徳島郷土料理『阿波おどり』食う阿呆…銀座名店」はこちら。

⇒2010年8月27日「東京高円寺阿波おどり…徳島有名連+江戸っ子連」はこちら。

⇒2010年8月28日「日本の祭・秋田大曲全国花火競技大会…BShi」はこちら。

◆書き加え1(8月30日)

東京高円寺阿波おどりは現在、「NPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会」が主催者。
同協会は桟敷席を販売しているわけでない。
年会費1万2千円の賛助会員や1口5千円の協賛者に、礼として桟敷席を用意している。

本場・徳島阿波おどりでは桟敷席がS席2千円で販売されているらしい。

◆書き加え2(8月30日)

「阿佐谷七夕まつり」は、例年8月7日を中日として5日間行われる。
主催者は阿佐谷商店街組合。
場所はアーケード型商店街の「阿佐谷パールセンター」。
期間中はJR阿佐ヶ谷駅をはじめ、この地区全体が七夕をモチーフにした装飾で彩られる。
正式な表記は「阿佐ヶ谷」「七夕祭」でないようだ。

◆書き加え3(8月30日)

指折りの花火師が腕を競う秋田県大仙市の「全国花火競技大会(通称:大曲の花火)」が90万人の人出を記録したようだ(不確か)。
百周年を迎える今年は過去最多の観客が見込まれ、現地は準備と対策に追われた。
会場内外の仮設トイレは千台をゆうに超えるというから驚き。

ところが、皆が一斉に動く帰りに大混乱が起こった。
人がはけない。
鉄道などは増便を図ったらしいが、まったく不十分。
大行列ができた。
うんざりした人々の顔がテレビに映し出された。

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日本の祭・秋田大曲全国花火競技大会…BShi

きょうBShiで「日本の祭2010・秋田大曲全国花火競技大会」が放送される。
午後7時〜9時45分。
ハイビジョン生中継。

今年で百年目を迎える。
通称は「大曲の花火」。
大曲市は2005年、周辺町村との合併により「大仙市」に変わった。
正式名称は「全国花火競技大会」。
例年8月第4土曜日に開催される。

花火競技会のなかで最大の規模と最高の権威を誇る。
創造花火が盛んだ。
花火通や花火愛好家など、もともと玄人好みだった。
それが秋田新幹線の大曲駅乗り入れ、NHKの全国放送などにより、一気にポピュラーになった。
午後5時開始の「昼花火の部」があるらしい。

以下に、「花火大会ランキング人気&感動ベストテン」と題する2010年7月24日のブログを収める。
かなり手を加えた。

                      ◇◆◇

花火は日本の夏の風物詩である。

多くの人にとり、もっとも親しみを感じるのは地元の花火大会だろう。
私にとり、生まれ故郷の直江津の花火大会。
住民が唯一燃焼できる、待ち焦がれた4日間のイベント「祗園祭(祇園祭)」の初日に開かれる。
狭い市街地の真ん中辺りに自宅があったおかげで、わざわざ会場に足を運ばなくても十分に楽しめた(でも、足を運んだ)。
地方都市ゆえに規模は大きくなく、打ち上げ数は5千発、来場者数は10万人。
私が暮らしていた約半世紀前は不明。
直江津市は人口が約3万人だった。
現在は市町村合併により上越市になり、正式名称は「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。
例年7月26日。
やはり当時は不明だが、7月下旬だったと記憶している。

次いで、私がいま暮らす横浜の花火大会。
「神奈川新聞花火大会」。
8千発、30万人。
人口 370万人弱の日本最大都市の住民はクールなのか。

私はインターネットで調べ、どのような尺度で日本一とするかを決めることも難しいと分かった。
打ち上げ数か、来場者数(人出)か。
それともさまざまな演出を含めた楽しさか、周囲の景観を含めた美しさか。
演出にはイベントやサービス、ほかに露店などを加えるか。

先に述べたように、直江津では花火大会は祗園祭の幕開けに行われる。
主会場となる関川(荒川)河口には舟形屋台(山車)が集結し、祭との相乗効果で盛り上がる。
5千発の打ち上げながら素晴らしい感動を味わえる。

私は、各地の花火大会に順位をつけることにあまり意味がないという、当たり前の結論に行き着いた。
「全国花火大会ランキング」の類は、レジャーや観光で出かける際の目安になるくらいだ。

ところで、私は新潟県の直江津小学校を卒業し、長野県の伊那中学校に入学した。
確か2年生の夏休みに家族4人で諏訪湖の花火大会を見にいき、あまりの迫力に圧倒された。
入園前の妹は震えていたのでないか。
私は妹のことが心配で、花火を楽しめなかった。
2歳前後から重い自家中毒に幾度もかかっていた。
噴水みたいに吐きつづける様子を見て、私は2度ばかり「命が助からない」と思った…。
それは精神的な興奮が引き金になっていたようだ。
伊那市駅まで鉄道(国鉄)で帰らなければならなかったこともあり、途中で引き揚げた(うろ覚え)。
花火の凄さをいやというほど味わったのと、乗り物の混雑を避けたいということだったと思う。

「諏訪湖祭湖上花火大会」。
なるほど、あれが人により日本一と讃える花火大会だったのだ。
約45年前は不明だが、4万発、50万人。
湖は安全面でゆとりがあり、大玉の打ち上げや大がかりな仕掛けが可能である。
スターマインやナイアガラなどのスケールは突出している。
波のほとんどない湖面に映る花火も美しさを増幅させる。
また、おおよそ山に囲まれており、音が体中に伝わる。
心臓にズドンと響く。
ホント、凄い。
湖畔に沿い、大勢が取り囲むように楽しめるのもよい。

あるランキングでは、山下清(やました・きよし)画伯の貼り絵で有名な「長岡まつり大花火大会」がベストテンに入っていた。
日本最長の信濃川の河川敷で行われる。
こちらは2日間合計で2万発、90万人弱。
私は小学生の頃、至近距離から貼り絵を見る機会があった。
丹念につくり込まれた作品に、大変な情熱と手間を感じた。

以下に、ヤフーでの花火大会人気ランキングベストテンを示す。
集計期間が2010年6月30日〜8月31日なので、途中経過だ。

1位:長野県 第62回諏訪湖祭湖上花火大会
2位:新潟県 長岡まつり 大花火大会
3位:秋田県 全国花火競技大会(大曲の花火)
4位:静岡県 全国花火名人選抜競技大会 ふくろい遠州の花火2010
5位:大阪府 教祖祭PL花火芸術
6位:滋賀県 びわ湖大花火大会
7位:大阪府 なにわ淀川花火大会
8位:三重県 全国花火サミット開催記念 第58回伊勢神宮奉納全国花火大会
9位:栃木県 真岡の夏祭り 大花火大会
10位:栃木県 尊徳夏まつり大花火大会

こうした調査は、組織票が入りやすい。
地元が熱心に応援すれば得票が伸び、順位が跳ね上がる。
参考にしかならない。
が、この時点で1位と2位が図抜けている。

私が見たいと思うのは、長岡、大曲、琵琶湖(びわ湖)の花火大会である。
それと、もう一度、諏訪湖。
印象が強烈だ。

                       ◇

私が親しみを感じるのは熱海の花火大会だ。
「夏季熱海海上花火大会」。
観光客を誘引する目的で行われている。
むろん、満足度を高める目的でも…。
打ち上げ数は5千発と多くないが、30分間に立てつづけ。
来場者数は2〜3万人か。
首都圏から近く(こだま号で約50分、ひかり号で約35分)、旅行などのプラスアルファの思い出づくりに最適である。
夏が中心だが、春や秋、冬にも行われる。
私は熱海が大好きなので、幾度か楽しんだ。

東京ディズニーランドの花火もそうだ。
東京ディズニーリゾートというべきか。
こちらは午後8時半から毎日(要、問い合わせ)。
名物のパレードの後にほんの数分間、お馴染みのディズニーソングとともに数百発が打ち上げられる。
一日の思い出、パレードの感動を仕上げる効果を狙っているのだろう。
花火が終わると、土産を買って帰る家族連れやカップルが少なくない。

熱海の花火も東京ディズニーランドの花火もそれ自体の魅力を訴えるというより、見る人に幸せを感じてもらうものだ。
人気の秘密はこれ。

人生のエポックと交わるとき、花火は燦然と輝く。
そして、心のなかに生きつづける。

                       ◇

そういえば、だいぶ前に「恋と花火と観覧車」という日本映画をテレビでたまたま見た。
例により、ながら視聴。
ストーリーや内容はすっかり忘れてしまったが、観覧車と花火が登場したように思う(当然か)。
どこか切なかった。

ウィキペディアによれば、男やもめの中年男(長塚京三)と、年下の女性(松嶋菜々子)の恋愛模様を描いたコメディとある。
長塚京三がラストで軽く跳び上がった?

しかし、それはウイスキーのCMだったかもしれないと思い直し、調べてみた。
やはりサントリーオールド。
「恋は、遠い日の花火ではない。」。

私の記憶は何といい加減…。

◆書き加え1(8月25日)

ヤフーでの花火大会人気ランキングベストテン。
その後、順位に変動があった。

1位:秋田県 全国花火競技大会(大曲の花火) ※2010年8月28日予定。
2位:長野県 第62回諏訪湖祭湖上花火大会 ※2010年8月15日予定。
3位:新潟県 長岡まつり 大花火大会 ※2010年8月2日〜3日予定。
4位:静岡県 全国花火名人選抜競技大会 ふくろい遠州の花火2010
5位:大阪府 教祖祭PL花火芸術
6位:大阪府 なにわ淀川花火大会
7位:滋賀県 びわ湖大花火大会
8位:三重県 全国花火サミット開催記念 第58回伊勢神宮奉納全国花火大会
9位:北海道 第60回勝毎花火大会
10位:三重県 熊野大花火大会

ただし、最終結果でない。
花火大会の実施時期も得票数に影響を与えているように思える。
ベスト3が突出しており、3位と4位では倍の開きがある。

◆書き加え2(8月27日)

私はウィキペディアで「日本三大花火大会」という言葉があることを知った。
全国花火競技大会(秋田県大仙市)、土浦全国花火競技大会(茨城県土浦市)、長岡まつり大花火大会(新潟県長岡市)を指す。
大曲と土浦は日本煙火協会が後援する競技大会であり、技術性と芸術性が特色だ。
花火の進歩や進化を訴えかける。
それに対し、長岡は祭の一環として行われ、華やかさや派手さが特色だ。
イベントの要素を前面に押し出す。
この三大会は知名度が高く、人出は開催地の人口をはるかに上回る。

私は茨城県藤代町(現取手市)に暮らした。
近くで行われる土浦全国花火競技大会がそれほど凄いとは思っていなかった。

また、35年以上前、学生時代に楽譜取次(卸・問屋)の松沢書店の一員として大曲を数回訪れた。
当時は全国花火競技大会があることさえ知らなかった。

いずれも、私に心の余裕がなかったからでないか…。

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東京高円寺阿波おどり…徳島有名連+江戸っ子連

今週の土・日曜日に「東京高円寺阿波おどり」が行われる。
第54回。
昨年は90万人ほどの人出だから、いまや東京の夏祭と呼んでいい。
関係者の多大な苦労が報われ、すっかり定着した。

踊り手は徳島の有名連。
2日間で計1万人弱(延べ1万人弱?)。
高円寺の商店街の方々や住民で構成される「江戸っ子連」なども含まれる。
こちらは本場の指導を受けたそうだ。
徳島の出身者も踊りに加わる?

私は今年出かけてみようという気持ちになったが、あいにく都合が悪い。
なかなかうまくいかない。

ところで、本場の阿波おどり連に入るには、厳しいオーディションをくぐり抜けなくてならない。
徳島には3百近くあるが、それでも容易でないとのこと。
狭き門…。

晴れの舞台に立とうと思えば、猛練習が欠かせないのだ。
ユーモラスな踊りの裏側に、地元の人々の情熱的な努力が隠されている。
たかが踊り、されど踊り。
遊びと片づけられない。

以下に、「徳島郷土料理・阿波おどり・食う阿呆…銀座名店」と題する2010年8月26日のブログを収める。

                      ◇◆◇

ワイドショーによれば、銀座の徳島郷土料理の名店「阿波おどり」が連日盛況である。
徳島の海の幸、山の幸が豊富に揃う。

店員(スタッフ)のハッピは、エリにそれぞれ「踊る阿呆」「食う阿呆」の文字が刷り込まれている。
そして、うまい料理と酒を楽しんだところで、本場の有名連が店内の通路で阿波おどりを披露する(期間限定?)。
女踊り、男踊り…。
むろん、店員も…。
それにつられ、客が席を立って踊り出す。
「見る阿呆」では満足できないのか、大変な賑わいだ。
「阿波おどりショー付き飲み放題コース」が設定されている。

同店は、徳島の地鶏を用いた「阿波尾鶏」などが人気だとか…。
メニューはもとより、その名前にも工夫が施されている。
東京のど真ん中でも徳島気分に浸れるのだ。
ホームページで内容を確かめたうえで足を運んでほしい。

                       ◇

本場阿波おどりに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月25日「日本の祭2010徳島阿波おどり…NHKBShi」はこちら。

◆書き加え1(8月29日)

ブログを補いたい。

東京高円寺阿波おどりの人出は百二十万人くらいという情報が見つかった。

徳島阿波おどりに参加する連は千くらいという情報が見つかった。

これが正しいか、私は判断を下せない。

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徳島郷土料理「阿波おどり」食う阿呆…銀座名店

ワイドショーによれば、銀座の徳島郷土料理の名店「阿波おどり」が連日盛況である。
徳島の海の幸、山の幸が豊富に揃う。

店員(スタッフ)のハッピは、エリにそれぞれ「踊る阿呆」「食う阿呆」の文字が刷り込まれている。
そして、うまい料理と酒を楽しんだところで、本場の有名連が店内の通路で阿波おどりを披露する(期間限定?)。
女踊り、男踊り…。
むろん、店員も…。
それにつられ、客が席を立って踊り出す。
「見る阿呆」では満足できないのか、大変な賑わいだ。
「阿波おどりショー付き飲み放題コース」が設定されている。

同店は、徳島の地鶏を用いた「阿波尾鶏」などが人気だとか…。
メニューはもとより、その名前にも工夫が施されている。
東京のど真ん中でも徳島気分に浸れるのだ。
ホームページで内容を確かめたうえで足を運んでほしい。

                       ◇

本場阿波おどりに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月25日「日本の祭2010徳島阿波おどり…NHKBShi」はこちら。

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日本の祭2010徳島阿波おどり…NHKBShi

きょうNHKのBShiで「日本の祭2010 徳島 阿波おどり」が放送される。
時間は午後8時〜9時半(90分間)。
ゲストは、朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」出演者から3人、ヒロインの倉科カナ、嶋大輔、室井滋。
ハイビジョン放送により臨場感いっぱいの踊りを堪能できる。

本場・徳島市で8月12日〜16日まで4日間にわたり開催された阿波おどり。
街全体が踊る阿呆の狂騒と見る阿呆の沸騰に包まれた。
多彩な連が藍場浜演舞場に次々となだれ込む様子は圧巻である。
番組ではおもに有名連の熟練・洗練の踊りを分かりやすい解説を交えながら紹介する。

昨年も「日本の祭2009 こころ踊る天水の夏 徳島阿波おどり」と題して放送された。
毎年恒例なのだろうか。
ちなみに「天水」とは、天からの水と踊りさえあればいいという踊り好きのこと。
倉科カナは昨年もゲスト出演。

以下に、「日本の祭『阿波おどり』の天水たち」と題する2009年11月14日のブログを収める。
ついては、かなり手を入れた。

                      ◇◆◇

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」。
三味線、太鼓、鉦、横笛などの2拍子の伴奏に乗り、踊り手の集団である「連」が踊り歩く。
女は優雅に、男は腰を落として豪快に…。

私は40年以上前を思い出した。
高校1年生の夏に1度だけ家族で阿波おどりを見たことがある。
東洋紡績の桟敷席だった(うろ覚え)。
目の前で踊りが延々と繰り広げられた。
額の汗が見えるのはもちろん、激しい息づかいが聞こえる。
男踊りは体力の消耗が凄まじい。
非常に過酷だ。

                       ◇

私は徳島県小松島市で14カ月暮らした。
小松島市立小松島中学校が5カ月強。徳島県立城北高校が9カ月弱。
実は印象が悪い。
それは徳島のせいでなく、私、正確に言えば家族の問題だった。
呉羽紡績が東洋紡績に吸収され、出世街道を着実に歩んでいた父は肩書を奪われ、徳島へ飛ばされた(徳島が辺ぴという意味でない)。

降格にともない、住環境が一戸建てから、東洋紡績小松島工場の従業員が暮らす4軒長屋へ。
生活が一変した。
両親は愚痴をこぼさなかったが、つらかったろう。
家から笑い声が消えた。
何もかもつまらなかった私は、滑稽な踊りも表情もむなしく思えた。

後に富山県から上京し、若い頃は中野(杉並区高円寺南)、東小金井、西荻窪、三鷹と一貫して中央線沿線に暮らした。
にもかかわらず、高円寺の商店街(?)で催される「東京高円寺阿波おどり」に一度も行っていない。
いまや百万人程が繰り出す、東京の代表的な夏祭の一つ。
私のなかで阿波おどりは徳島時代の苦しい記憶とつながっていたのだ。

40年以上の歳月を経て、当時のわだかまりから解き放たれ、私は阿波おどりを心から楽しむことができた。
番組の進行につれ、懐かしい感情がじんわりと広がってきた。

                       ◇

ところで、当時もそうだったのだが、改めて徳島の経済的な貧しさを感じた(私の印象であり、データは確かめていない)。
阿波おどりは、道があり、人がいれば、たいしたカネがかからない。
地元の人たちは長らく情熱を注ぎ、大切に祭を育てあげた。
約4百年の歴史があり、「日本三大盆踊り」に数えられる。

番組では、阿波おどりに自分の人生を重ね合わせる人が大勢いることが紹介された。
一年が祭を中心に回っている!
まさしく阿呆…。
また、私には変わらないように見えるが、天水たちはつねに新しい阿波おどりを創造しようと努力を惜しまない。
当時はとても思い至らなかった。

…父はこの後、何もかもうまくいかなくなっていく。
人生の歯車が完全に狂った。
それをすぐそばで見るのは嫌だった。
両親は経済面でも大変だったが、精神面でも地獄の状態が十年ほど続くことになる。

私は富山の実家を飛び出したい一心で、日本経済新聞社の奨学制度(日経育英奨学会)を利用し、明治大学への進学を強行した。
地元に残ってほしいとの両親の希望、とくに父の願いを振り払って…。
暗く重い雰囲気に覆われた家庭に息が詰まりそうだった。
妹に申し訳なく思う。

                       ◇

私はナマで阿波おどりに触れたいと思った。
徳島を訪れる機会が得られるだろうか。
それが難しいなら高円寺へ出かけたい。

◆書き加え1(2010年8月22日)

アルツハイマーの父がお世話になる港北ニュータウンの特別養護老人ホームで盆踊りが開かれた。
大勢のボランティが駆け付け、懸命に催しを盛り上げてくれる。
私は頭が下がる。

夕方とはいえ、猛烈な暑さのせいか父は機嫌が悪く、担当者を怒鳴り散らしている。
途中で屋内に戻された。
テントの下でも1時間が限界のようだ。

私と妻が話しかけても、何の反応も示さない。
だいぶ前から、実の子どもさえ忘れてしまった。

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阿波踊りの狂騒と沸騰…踊る阿呆と見る阿呆

阿波踊りの本場といえば、徳島市。
あすから4日間にわたり開催される(8月12日〜16日)。
ついては、きょう「選抜阿波おどり大会 前夜祭」が「アスティとくしま(徳島県立産業観光交流センター)」で行われる。
阿波おどり振興協会と徳島県阿波踊り協会所属連による合同演舞である。

また、会期中「選抜阿波おどり大会」が「徳島市立文化センター」と「あわぎんホール(徳島県郷土文化会館)」で行われる。
有名連などの熟練・洗練の踊りがステージで楽しめる。
ショーとしての演出が施されており、演舞場とは違った趣を味わえる。
日程と時間、会場により出演連が異なるので注意のこと。

                       ◇

大多数の人が阿波踊りを楽しむのが、演舞場だろう。
多彩な連が市内の有料演舞場(4箇所)、無料演舞場(3箇所)に次々に踊り込んでくる様は壮観である。

さらに、阿波踊りを体験したい人は、にわか連で踊ってよい。
有名連の手ほどきが受けられるので、素人でも大丈夫。
事前申込は不要、料金は無料、服装は自由。
写真に収めれば、徳島観光の最高の思い出になろう。

徳島はあすから4日間、街全体が踊る阿呆の狂騒と見る阿呆の沸騰に包まれる。
なお、表記が地元でも「阿波おどり」と「阿波踊り」が混在する。
ちなみに、ウィキペディアでは「阿波踊り」。

以下に、「日本の祭『阿波おどり』の天水たち」と題する2009年11月14日のブログを収める。
ついては、いくらか手を入れた。

                      ◇◆◇

以前、NHKで「日本の祭2009 こころ踊る天水の夏 徳島阿波おどり」を見た。
徳島がもっとも燃えるのが阿波おどり。
「天水」とは、天からの水と踊りさえあればいいという踊り好きのこと。
番組は、天水たちが熱狂する阿波おどりの世界を伝えた。
ゲストは、倉科カナ(連続テレビ小説「ウェルかめ」ヒロイン)、羽田美智子、星野知子。
解説は、岡秀昭(娯茶平連長)、山田実(天水連連長)。
場所は、藍場浜演舞場。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」。
三味線、太鼓、鉦、横笛などの2拍子の伴奏に乗り、踊り手の集団である「連」が踊り歩く。
女は優雅に、男は腰を落として豪快に…。

私は40年以上前を思い出した。
高校1年生の夏に1度だけ家族で阿波おどりを見たことがある。
東洋紡績の桟敷席だった(うろ覚え)。
目の前で踊りが延々と繰り広げられた。
額の汗が見えるのはもちろん、激しい息づかいが聞こえる。
男踊りは体力の消耗が凄まじい。
非常に過酷だ。

                       ◇

私は徳島県小松島市で14カ月暮らした。
小松島市立小松島中学校が5カ月強。徳島県立城北高校が9カ月弱。
実は印象が悪い。
それは徳島のせいでなく、私、正確に言えば家族の問題だった。
呉羽紡績が東洋紡績に吸収され、出世街道を着実に歩んでいた父は肩書を奪われ、徳島へ飛ばされた(徳島が辺ぴという意味でない)。

降格にともない、住環境が一戸建てから、東洋紡績小松島工場の従業員が暮らす長屋へ。
生活が一変した。
両親は愚痴をこぼさなかったが、つらかったろう。
家庭から笑い声が消えた。
何もかもつまらなかった私は、滑稽な踊りも表情もむなしく思えた。

後に富山県から上京し、若い頃は中野(杉並区高円寺南)、東小金井、西荻窪、三鷹と一貫して中央線沿線に暮らした。
にもかかわらず、高円寺の商店街(?)で催される「東京高円寺阿波おどり」に一度も行っていない。
いまや百万人程が繰り出す、東京の代表的な夏祭の一つ。
私のなかで阿波おどりは徳島時代の苦しい記憶とつながっていたのだ。

40年以上の歳月を経て、当時のわだかまりから解き放たれ、阿波おどりを心から楽しむことができた。
番組の進行につれ、懐かしい感情が広がってきた。

                       ◇

ところで、当時もそうだったのだが、改めて徳島の経済的な貧しさを感じた(私の印象であり、データは確かめていない)。
阿波おどりは、道路と人力があれば、たいしたカネがかからない。
地元の人たちは長らく情熱を注ぎ、大切に祭を育てあげた。
約4百年の歴史があり、日本三大盆踊りに数えられる。

番組では、阿波おどりに自分の人生を重ね合わせる人が大勢いることが紹介された。
1年が祭を中心に回っているのだ。
まさしく阿呆…。
また、私には変わらないように見えるが、天水たちはつねに新しい阿波おどりを創造しようと努力を惜しまないらしい。
当時はとても思い至らなかった。

父は、この後何もかもうまくいかなくなっていく。
それをすぐそばで見るのは嫌だった。
両親は経済面でも大変だったが、精神面でも地獄の状態が十年ほど続くことになる。

私は富山の実家を飛び出したい一心で、日本経済新聞社の奨学制度(日経育英奨学会)を利用し、明治大学への進学を強行した。
地元に残ってほしいとの両親の希望、とくに父の願いを振り払って…。

                       ◇

私はナマで阿波おどりに触れたいと思った。
徳島を訪れる機会が得られるだろうか。
それが難しいなら高円寺へ出かけたい。

⇒2009年11月14日「日本の祭『阿波おどり』の天水たち」はこちら。

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徳島阿波おどりの熱狂と感動…日本三大盆踊り

今年もまた徳島阿波おどりの夏が近づいてきた。
地元では本番前の練習がピークに達しているのでないか。
蒸し暑い徳島の蒸し暑い盆休みに催される。
街中が踊る阿呆の熱狂と見る阿呆の感動に包まれる。
8月12日〜15日の4日間、すべてが沸き立つ・・・。

私にとり徳島での生活、そして阿波おどりは特別の感懐がある。
父が職業人生を転落しはじめた時期と重なるからだ。

以下に、「日本の祭『阿波おどり』の天水たち」と題する2009年11月14日のブログを収める。
ついては、いくらか手を入れた。

                      ◇◆◇

以前、NHKで「日本の祭2009 こころ踊る天水の夏 徳島阿波おどり」を見た。
徳島がもっとも燃えるのが阿波おどり。
「天水」とは、天からの水と踊りさえあればいいという踊り好きのこと。
番組は、天水たちが熱狂する阿波おどりの世界を伝えた。
ゲストは、倉科カナ(連続テレビ小説「ウェルかめ」ヒロイン)、羽田美智子、星野知子。
解説は、岡秀昭(娯茶平連長)、山田実(天水連連長)。
場所は、藍場浜演舞場。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」。
三味線、太鼓、鉦、横笛などの2拍子の伴奏に乗り、踊り手の集団である「連」が踊り歩く。
女は優雅に、男は腰を落として豪快に…。

私は40年以上前を思い出した。
高校1年生の夏に1度だけ家族で阿波おどりを見たことがある。
東洋紡績の桟敷席だった(うろ覚え)。
目の前で踊りが延々と繰り広げられた。
額の汗が見えるのはもちろん、激しい息づかいが聞こえる。
男踊りは体力の消耗が凄まじい。
非常に過酷だ。

                       ◇

私は徳島県小松島市で14カ月暮らした。
小松島市立小松島中学校が5カ月強。徳島県立城北高校が9カ月弱。
実は印象が悪い。
それは徳島のせいでなく、私、正確に言えば家族の問題だった。
呉羽紡績が東洋紡績に吸収され、出世街道を着実に歩んでいた父は肩書を奪われ、徳島へ飛ばされた(徳島が辺ぴという意味でない)。

降格にともない、住環境が一戸建てから、東洋紡績小松島工場の従業員が暮らす長屋へ。
生活が一変した。
両親は愚痴をこぼさなかったが、つらかったろう。
家庭から笑い声が消えた。
何もかもつまらなかった私は、滑稽な踊りも表情もむなしく思えた。

後に富山県から上京し、若い頃は中野(杉並区高円寺南)、東小金井、西荻窪、三鷹と一貫して中央線沿線に暮らした。
にもかかわらず、高円寺の商店街(?)で催される「東京高円寺阿波おどり」に一度も行っていない。
いまや百万人程が繰り出す、東京の代表的な夏祭の一つ。
私のなかで阿波おどりは徳島時代の苦しい記憶とつながっていたのだ。

40年以上の歳月を経て、当時のわだかまりから解き放たれ、阿波おどりを心から楽しむことができた。
番組の進行につれ、懐かしい感情が広がってきた。

                       ◇

ところで、当時もそうだったのだが、改めて徳島の経済的な貧しさを感じた(私の印象であり、データは確かめていない)。
阿波おどりは、道路と人力があれば、たいしたカネがかからない。
地元の人たちは長らく情熱を注ぎ、大切に祭を育てあげた。
約4百年の歴史があり、日本三大盆踊りに数えられる。

番組では、阿波おどりに自分の人生を重ね合わせる人が大勢いることが紹介された。
1年が祭を中心に回っているのだ。
まさしく阿呆…。
また、私には変わらないように見えるが、天水たちはつねに新しい阿波おどりを創造しようと努力を惜しまないらしい。
当時はとても思い至らなかった。

父は、この後何もかもうまくいかなくなっていく。
それをすぐそばで見るのは嫌だった。
両親は経済面でも大変だったが、精神面でも地獄の状態が十年ほど続くことになる。

私は富山の実家を飛び出したい一心で、日本経済新聞社の奨学制度(日経育英奨学会)を利用し、明治大学への進学を強行した。
地元に残ってほしいとの両親の希望、とくに父の願いを振り払って…。

                       ◇

私はナマで阿波おどりに触れたいと思った。
徳島を訪れる機会が得られるだろうか。
それが難しいなら高円寺へ出かけたい。

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直江津祗園祭花火大会、山車集結の賑わい

あすから4日間にわたり直江津祗園祭(祇園祭)。
私はこの時期、直江津小学校時代(半世紀前)をかならず思い出す。
地域全体を巻き込んだ唯一のイベントの到来を待ち侘びた。

去年は雨にたたられた。
気温も上がらなかった。
今年は梅雨明けが早く、日本海側の地域に特有の夏の暑さが爆発した。
が、日本気象協会の週間天気によれば、上越(高田)は26日〜29日は快晴というわけにいかない(23日17時発表)。
曇〜曇時々晴。
降水確率は40〜30%。
しかも確度がやや低い予報。
要は、自信がないのだ。
何とか持ち堪えてくれますように…。

上越まつりは7日間にわたり、前半は高田地区、後半は直江津地区で行われる。
その中日、直江津地区では関川(荒川)を下ってくる神輿を屋台と花火が盛大に迎える。
「直江津祇園祭」の幕開け。
盛り上がるのは直江津地区。

私は当時、真行寺幼稚園前の自宅兼事務所(オフィス)、呉羽紡績(後に東洋紡績に吸収合併)支所に暮らしていた。
夕食が終わり、花火の音が聞こえると、幼い頃はおそらく親に手を引かれ、直江津小学校時代は親とともに会場へ向かった。
徒歩7〜8分。
決して広くない道の真上に大輪が開いた。
次第に音が体全体に響くようになる。
懐かしい思い出だ。

あす26日はその花火大会。
私は飛んでいきたい気分。
童心に返り、御幸町の屋台を引く…。

以下に「直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台」と題する2009年8月16日のブログを収める。

◇◆◇

私が子どもの頃もっとも楽しみにしていたのは、直江津祗園祭(祇園祭)。
それはもう待ち焦がれた。
7月26日〜29日の4日間(当時は不明)。
梅雨明けのタイミングと重なる。
直江津市が高田市などとの市町村合併を経て上越市となった現在、「上越まつり」の一部という位置づけ。
祭は1週間、前半の3日間は高田地区で、後半の4日間は直江津地区で行われる(これは昔から変わらないらしい)。

そして、直江津祗園祭の始まりを華かに告げるのが直江津花火大会。
いまは「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。
5千発の打ち上げ、10万人の人出(当時は不明)。
人口3万人の小都市だったから規模は決して大きくないが、地域住民には最大のイベントだった。
花火大会の会場周辺に、後に述べる舟形屋台(山車)が集結して祗園囃子を奏でる様子は壮観である。
八坂神社(祗園社)から高田地区へ貸し出していた神輿(みこし)が両地区を流れる関川を船で下り、直江津地区に戻ってくる。
神輿の関川河口(花火大会会場)の到着に合わせ、ナイアガラとスターマインの豪華競演が繰り広げられる。

直江津地区の19町内会(当時は不明)がそれぞれ1台、装飾を凝らした舟形屋台(山車)を持っている。
昔、直江津は北前船の寄港地として栄え、千石船が絶え間なく出入りしていた。
舟形屋台はそれをかたどったもの。
これを各町内会の小学生がロープで引っ張る。
掛け声は、男の子が「わっしょい」と発し、女の子が「よいやさ」と受ける。
ニュアンスとしては「わぁーっしょい」「よいやさぁ〜」。

当時、直江津小学校の私も御幸町の舟形屋台(山車)を引いた。
かなりの重労働。
まして夏場なので汗だくになるが、それでも嬉しくて仕方がなかった。
「ご苦労さん」ということで、確かビニール袋に入った駄菓子が配られた。
しかし、それが目当てでない。
ひょっとすると、祗園祭に直江津小学校の鼓笛隊もパフォーマンスを披露したのでないか。
ならば、私は隊長だったので、先頭で指揮棒(指揮杖)を振っている。
記憶が曖昧。

この舟形屋台(山車)の後ろに太鼓が2つ据え付けられており、大人が叩く。
その後ろに笛を吹く大人数名が従う。
日が暮れて青っぽい提灯に明かりが灯ると、舟形屋台は優雅で幻想的な雰囲気に包まれる。
私は子ども心に、とても美しいと感じた。
ちなみに、祗園は京都八坂神社の旧称、祗園祭は京都八坂神社の祭礼。
知らなかった。

直江津祗園祭の4日間の大雑把なスケジュールは以下のとおり(当時は不明)。
1日目は、神輿が関川河口に到着。花火大会が開催。舟形屋台(山車)も会場周辺に集結。
2日目は、舟形屋台が市街巡回。
3日目は、舟形屋台が市街巡回。民謡流し(佐渡おけさのパレード)。
4日目は、舟形屋台がメーンストリート(八坂神社付近の商店通り)に集結。1台ずつ八坂神社に御饌米(おせんまい)を奉納。舟形屋台が解散(各町内会へ)。
なお、奉納では重い俵を担いだ大人が、露店が両脇を埋める八坂神社の百メートル強の参道を本殿目がけ、一気に駆ける。
なかなか勇壮!

私がグーグルで検索したら、生まれ育った直江津を深く愛する方のホームページが見つかった。
小学生、高校生、大学生、青年会と祗園祭にのめり込んだ経験が成長の糧となったと述べている。
氏は、さらに祗園祭が果たしてきた教育面の効用に言及し、その重要性を強調している。
祗園祭は長らく直江津地区で学校とは別の、地域社会のなかでの“学び”の機会になっていたとのこと。

近年、若者が祗園祭を支える青年会に入りたがらず、また小学生が少なくなり、永続が危ぶまれるのだとか…。
そのため、大人が担ってきた太鼓と笛を、中高生を含めた子どもが受け持つように…。
町内会によっては舟形屋台(山車)を引く小学生がほとんどいない。
また、地方衰退と人口減少の影響が祗園祭の沿道に現れている。
舟形屋台が集まっても人出が少なく、かつての熱狂が失われている。
地域住民の祗園祭に対する関心がかなり下がった。
私が子どもの頃は皆、祗園囃子が聞こえてくるだけで家の外に飛び出し、舟形屋台を探し歩いた。

ところで、私は「直江津屋台会館」ができたことは知っていたが、食べ物の屋台が揃う、観光客向けの飲食施設をイメージしていた。
何と食い意地が張っているのか。
そうでなく、祗園祭で繰り出される19町内会の舟形屋台(山車)を収蔵・展示しておくためにつくられた施設だった。
となると、明るい照明のもとですべての舟形屋台を四方八方から眺められる。

私は元気なうちに、直江津祗園祭を4日間じっくりと楽しみたい。
子どもの頃に覚えた胸の高鳴りを、もう一度取り戻したいのだ。
夢は叶うか?
両親と一緒というわけにいかない…。

◇◆◇

直江津祗園祭に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年8月8日「夏の風物詩・花火大会ランキング」はこちら。

⇒2009年8月16日「直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台」はこちら。

ホテルハイマートの駅弁「鱈めし」に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年8月15日「絶品駅弁! 直江津ハイマート鱈めし」はこちら。

⇒2009年9月21日「漁師まかない飯…直江津漁港」はこちら。

かなざわ総本舗「出陣餅」に関するブログは以下のとおり。

⇒2009年8月4日「上杉謙信・出陣餅と武田信玄・信玄餅」はこちら。

⇒2009年8月29日「筑紫もち、信玄餅、出陣餅、三つ巴」はこちら。

直江津途中下車に関するブログは以下のとおり。

⇒2007年4月25日「生まれ故郷・直江津へ自分探しの旅」はこちら。

⇒2008年2月17日「故郷・直江津にマイミク」はこちら。

⇒2009年8月30日「関川と荒川…直江津を流れる川」はこちら。

⇒2010年3月10日「直江津ホテルハイマートに宿泊予約」はこちら。

直江津小学校時代に関するブログは以下のとおり。

⇒2007年3月11日「NHK・桜井洋子さんの活躍が励み」はこちら。

⇒2008年2月26日「上越・高田の観桜会…日本三大夜桜」はこちら。

⇒2009年4月4日「桜の名所、高田城址と高遠城址」はこちら。

⇒2009年4月5日「意外、人口最多は新潟県」はこちら。

⇒2009年7月22日「46年前の皆既日食」はこちら。

⇒2009年7月24日「感激! 生まれ故郷・直江津から…」はこちら。

⇒2010年3月11日「心にぽっかり穴…直江津小学校卒業式」はこちら。

⇒2010年3月17日「卒業式シーズン…大人への通過儀礼」はこちら。

⇒2010年3月20日「校歌を歌ってみなさい…就活・面接」はこちら。

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花火大会ランキング人気&感動ベストテン

日本一の花火大会はどこだろう?
ふと疑問が湧いた。
そこで、グーグルで「花火大会ランキング」のキーワードで検索したら、約7百万件がヒットした。
凄い数!
花火は、日本人の夏の風物詩なのだ。

さて、多くの人にとり、もっとも親しみを感じるのは地元の花火大会だろう。
私にとり、生まれ故郷の直江津の花火大会。
狭い市街地の真ん中辺りに自宅があったおかげで、わざわざ会場に足を運ばなくても十分に楽しめた(でも、足を運んだ)。
住民が唯一燃焼できる、待ち焦がれたイベントだった。
地方都市ゆえに規模は大きくなく、打ち上げ数は5千発、来場者数は10万人。
私が暮らしていた約半世紀前は不明。
直江津市は人口が約3万人だった。
現在は市町村合併により上越市になり、正式名称は「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。
例年7月26日。
やはり当時は不明だが、7月下旬だったと記憶している。

次いで、私がいま暮らす横浜の花火大会。
「神奈川新聞花火大会」。
8千発、30万人。
人口 370万人弱の日本最大都市の住民はクールなのか。

私はインターネットで調べ、何をもって日本一とするかも難しいことが分かった。
打ち上げ数か、来場者数(人出)か。
それともさまざまな演出を含めた楽しさか、周囲の景観を含めた美しさか。
演出にはイベントやサービス、ほかに露店などを加えるか。
ちなみに、私の生まれ故郷の花火大会は直江津祗園祭(祇園祭)の一環というか幕開けとして行われる。
主会場となる関川(荒川)河口には舟形屋台(山車)が集結し、祭との相乗効果で盛り上がる。
5千発の打ち上げながら素晴らしい感動を味わえる。

私は、各地の花火大会に順位をつけることにあまり意味がないという、当たり前の結論に行き着いた。
「全国花火大会ランキング」の類は、レジャーや観光で出かける際の目安になるくらいだ。

ところで、私は新潟県の直江津小学校を卒業し、長野県の伊那中学校に入学した。
確か2年生の夏休みに家族4人で諏訪湖の花火大会を見にいき、あまりの迫力に圧倒された。
入園前の妹は震えていたのでないか。
私は妹のことが心配で、花火を楽しめなかった。
2歳頃から重い自家中毒に幾度もかかっていた。
噴水のように吐きつづける様子を見て、私は2度ばかり「命が助からない」と思った…。
それは精神的な興奮が引き金になっていたようだ。
伊那市駅まで鉄道で帰らなければならなかったこともあり、花火大会の途中で引き揚げた(うろ覚え)。
凄さをいやというほど味わったのと、乗り物の混雑を避けたいということだったと思う。

「諏訪湖祭湖上花火大会」。
なるほど、あれが人により日本一と讃える花火大会だったのだ。
約45年前は不明だが、4万発、50万人。
湖は安全面でゆとりがあり、大玉の打ち上げや大がかりな仕掛けが可能である。
スターマインやナイアガラなどのスケールは突出している。
波のない湖面に映る花火も美しさを増幅させる。
また、山に囲まれており、音が体中に伝わる。
ホント、凄い。
湖畔に沿い、大勢が取り囲むように楽しめるのもよい。

あるランキングでは、山下清画伯の貼り絵で有名な「長岡まつり大花火大会」がベストテンに入っていた。
日本最長の信濃川の河川敷で行われる。
こちらは2日間合計で2万発、90万人弱。

以下に、ヤフーでの花火大会人気ランキングベストテンを示す。
集計期間が2010年6月30日〜8月31日なので、途中経過だ。

1位:長野県 第62回諏訪湖祭湖上花火大会
2位:新潟県 長岡まつり 大花火大会
3位:秋田県 全国花火競技大会(大曲の花火)
4位:静岡県 全国花火名人選抜競技大会 ふくろい遠州の花火2010
5位:大阪府 教祖祭PL花火芸術
6位:滋賀県 びわ湖大花火大会
7位:大阪府 なにわ淀川花火大会
8位:三重県 全国花火サミット開催記念 第58回伊勢神宮奉納全国花火大会
9位:栃木県 真岡の夏祭り 大花火大会
10位:栃木県 尊徳夏まつり大花火大会

こうした調査は、組織票が入りやすい。
地元が熱心に応援すれば得票が伸び、順位が跳ね上がる。
参考にしかならない。
が、1位と2位が図抜けている。

私が見たいと思うのは、長岡、大曲、琵琶湖(びわ湖)の花火大会である。
それと、もう一度、諏訪湖。
印象が強烈だ。

                       ◇

私が親しみを感じるのは熱海の花火大会だ。
「夏季熱海海上花火大会」。
観光客を誘引する目的で行われている。
むろん、満足度を高める目的でも…。
打ち上げ数は5千発と多くないが、30分間に立てつづけ。
来場者数は2〜3万人か。
首都圏から近く(こだま号で約50分、ひかり号で約35分)、旅行などのプラスアルファの思い出づくりに最適である。
夏が中心だが、春や秋、冬にも行われる。
私は熱海が大好きなので、幾度か楽しんだ。

東京ディズニーランドの花火もそうだ。
東京ディズニーリゾートというべきか。
こちらは午後8時半から毎日(要、問い合わせ)。
名物のパレードの後にほんの数分間、ディズニーソングとともに数百発が打ち上げられる。
一日の思い出、パレードの感動を仕上げる効果を狙っているのだろう。
花火が終わると、土産を買って帰る家族連れやカップルが少なくない。

熱海の花火も東京ディズニーランドの花火もそれ自体の魅力を訴えるというより、見る人に幸せを感じてもらうものだ。
人気の秘密はこれ。

人生のエポックと交わるとき、花火は燦然と輝く。
そして、心のなかに生きつづける。

                       ◇

きょうのブログは、以下のブログに思い切って手を加えたものである。

⇒2009年8月8日「夏の風物詩・花火大会ランキング」はこちら。

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SMBC20100728

直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台

私が子どもの頃もっとも楽しみにしていたのは、直江津祗園祭(祇園祭)。
それはもう待ち焦がれた。
7月26日〜29日の4日間(当時は不明)。
梅雨明けのタイミングと重なる。
直江津市が高田市などとの市町村合併を経て上越市となった現在、「上越まつり」の一部という位置づけ。
祭は1週間、前半の3日間は高田地区で、後半の4日間は直江津地区で行われる(これは昔から変わらないらしい)。

そして、直江津祗園祭の始まりを華かに告げるのが直江津花火大会。
いまは「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。
5千発の打ち上げ、10万人の人出(当時は不明)。
人口3万人の小都市だったから規模は決して大きくないが、地域住民には最大のイベントだった。
花火大会の会場周辺に、後に述べる舟形屋台(山車)が集結して祗園囃子を奏でる様子は壮観である。
八坂神社(祗園社)から高田地区へ貸し出していた神輿(みこし)が両地区を流れる関川を船で下り、直江津地区に戻ってくる。
神輿の関川河口(花火大会会場)の到着に合わせ、ナイアガラとスターマインの豪華競演が繰り広げられる。

直江津地区の19町内会(当時は不明)がそれぞれ1台、装飾を凝らした舟形屋台(山車)を持っている。
昔、直江津は北前船の寄港地として栄え、千石船が絶え間なく出入りしていた。
舟形屋台はそれをかたどったもの。
これを各町内会の小学生がロープで引っ張る。
掛け声は、男の子が「わっしょい」と発し、女の子が「よいやさ」と受ける。
ニュアンスとしては「わぁーっしょい」「よいやさぁ〜」。

当時、直江津小学校の私も御幸町の舟形屋台(山車)を引いた。
かなりの重労働。
まして夏場なので汗だくになるが、それでも嬉しくて仕方がなかった。
「ご苦労さん」ということで、確かビニール袋に入った駄菓子が配られた。
しかし、それが目当てでない。
ひょっとすると、祗園祭に直江津小学校の鼓笛隊もパフォーマンスを披露したのでないか。
ならば、私は隊長だったので、先頭で指揮棒(指揮杖)を振っている。
記憶が曖昧。

この舟形屋台(山車)の後ろに太鼓が2つ据え付けられており、大人が叩く。
その後ろに笛を吹く大人数名が従う。
日が暮れて青っぽい提灯に明かりが灯ると、舟形屋台は優雅で幻想的な雰囲気に包まれる。
私は子ども心に、とても美しいと感じた。
ちなみに、祗園は京都八坂神社の旧称、祗園祭は京都八坂神社の祭礼。
知らなかった。

直江津祗園祭の4日間の大雑把なスケジュールは以下のとおり(当時は不明)。
1日目は、神輿が関川河口に到着。花火大会が開催。舟形屋台(山車)も会場周辺に集結。
2日目は、舟形屋台が市街巡回。
3日目は、舟形屋台が市街巡回。民謡流し(佐渡おけさのパレード)。
4日目は、舟形屋台がメーンストリート(八坂神社付近の商店通り)に集結。1台ずつ八坂神社に御饌米(おせんまい)を奉納。舟形屋台が解散(各町内会へ)。
なお、奉納では重い俵を担いだ大人が、露店が両脇を埋める八坂神社の百メートル強の参道を本殿目がけ、一気に駆ける。
なかなか勇壮!

私がグーグルで検索したら、生まれ育った直江津を深く愛する方のホームページが見つかった。
小学生、高校生、大学生、青年会と祗園祭にのめり込んだ経験が成長の糧となったと述べている。
氏は、さらに祗園祭が果たしてきた教育面の効用に言及し、その重要性を強調している。
祗園祭は長らく直江津地区で学校とは別の、地域社会のなかでの“学び”の機会になっていたとのこと。

近年、若者が祗園祭を支える青年会に入りたがらず、また小学生が少なくなり、永続が危ぶまれるのだとか…。
そのため、大人が担ってきた太鼓と笛を、中高生を含めた子どもが受け持つように…。
町内会によっては舟形屋台(山車)を引く小学生がほとんどいない。
また、地方衰退と人口減少の影響が祗園祭の沿道に現れている。
舟形屋台が集まっても人出が少なく、かつての熱狂が失われている。
地域住民の祗園祭に対する関心がかなり下がった。
私が子どもの頃は皆、祗園囃子が聞こえてくるだけで家の外に飛び出し、舟形屋台を探し歩いた。

ところで、私は「直江津屋台会館」ができたことは知っていたが、食べ物の屋台が揃う、観光客向けの飲食施設をイメージしていた。
何と食い意地が張っているのか。
そうでなく、祗園祭で繰り出される19町内会の舟形屋台(山車)を収蔵・展示しておくためにつくられた施設だった。
となると、明るい照明のもとですべての舟形屋台を四方八方から眺められる。

私は元気なうちに、直江津祗園祭を4日間じっくりと楽しみたい。
子どもの頃に覚えた胸の高鳴りを、もう一度取り戻したいのだ。
夢は叶うか?
両親と一緒というわけにいかない…。

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日本の祭2009…夏の風物詩

BS2での予告で知った。
NHKは、17日(月)から22日(土)まで6夜連続で「日本の祭2009」を放送する。
夏を代表する風物詩。
わが人生049317日(月)は「高知 よさこい祭り」
18日(火)は「博多祇園山笠2009」
19日(水)は「青森ねぶた祭」
20日(木)は「YOSAKOI ソーランナイト2009」
21日(金)は「徳島・阿波おどり」
22日(土)は「秋田大曲 全国花火競技大会2009」
午後6時のスタートで、1時間半〜2時間程。
最後の花火大会は生中継につき、午後7時のスタート。

私が少なくとも名前を知っているイベントばかり。
どれも見たいが、私の関心は「青森ねぶた祭」。
わが人生0494昔、青森市出身の「棟方志功」の木版画に触れ、青森ねぶた祭に一層行きたくなった。
しかし、願いは叶わず。
私は薄い画集を持っている。
その作品は棟方志功が愛した郷土の「青森ねぶた祭」なくして生まれなかった。
土着の躍動!
録画しておこうかな…。

「徳島・阿波おどり」は現地で家族に見せてやりたい。
私は、徳島県の小松島中学校と城北高校に在籍したことがあり、桟敷席で「徳島・阿波おどり」に接した。
わが人生0495手の届く距離。
来るわ、来るわ、わんさか来るわ・・・。
数に圧倒されつつ、家族で大笑いした。
この地は昔から経済的に豊かでなかったのだろうか。
皆がカネのかからない祭をとことん楽しんでいた。

話が逸れる。
私がもっとも行ってみたい祭は、生まれ故郷の「直江津祗園祭」を別にすれば、富山県の「おわら風の盆」である。
婦負郡八尾町は市町村合併により富山市八尾町となった。
毎年9月1日から3日まで。
わが人生0496両親は直江津祗園祭で行われる「佐渡おけさ」の町流しを楽しみにしていた。
それ以上に愛していたのが「越中おわら節」のはず。
しかし、行ったことがないのでは?
私は昔、NHKの番組で胡弓の調べに胸が切なくなり、控え目ながら優雅な女踊りに魅せられた。
両親を連れて行きたいと思いつつ、叶わなかった。

棟方志功は戦時疎開で数年間、富山県に住んでいた。
少し離れた「おわら風の盆」に足を運んだのだろうか。

                       ◇

ところで、放送は「NHK BS hi」。
このチャンネルは見た記憶がない。
ネットで視聴方法を調べたら、我が家のテレビでは不可能と分かった。
「ハイビジョンの圧倒的な臨場感で…」。
番組紹介が恨めしい。

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夏の風物詩・花火大会ランキング

日本一の花火大会はどこだろう?
ふと疑問が湧いた。
そこで、グーグルで「花火大会ランキング」のキーワードで検索したら、約7百万件がヒットした。
凄い数!
花火は、日本人の夏の風物詩なのだ。

さて、多くの人にとり、もっとも親しみを感じるのは地元の花火大会だろう。
私にとり、生まれ故郷の直江津の花火大会。
狭い市街地の真ん中辺りに自宅があったおかげで、わざわざ会場に足を運ばなくても十分に楽しめた(でも、足を運んだ)。
住民が唯一燃焼できる、待ち焦がれたイベントだった。
人口3万人の地方都市ゆえに規模は大きくなく、打ち上げ数は5千発、来場者数は10万人。
私が暮らしていた約半世紀前のデータは不明。
また、現在は上越市なので、正式名称は「上越まつり大花火大会(直江津地区)」。

次いで、私がいま暮らす横浜の花火大会。
「神奈川新聞花火大会」。
8千発、27万人。
人口367万人の日本最大都市の住民はクールなのか。

私はネットで調べ、何をもって日本一とするかも難しいことが分かった。
打ち上げ数か、来場者数か。
それとも諸々の演出を含めた楽しさか、周囲の景観を含めた美しさか。
演出にはイベントやサービス、ほかに露店などを加えるか。
私は、各地の花火大会に順位をつけることにあまり意味がないという、当たり前の結論に行き着いた。
「全国花火大会ランキング」の類は、レジャーや観光で出かける際の目安になるくらいだ。

ところで、私は新潟県の直江津小学校を卒業し、長野県の伊那中学校に入学した。
確か2年生の夏休みに家族4人で諏訪湖の花火大会を見に行き、あまりの迫力に圧倒された。
入園前の妹は震えていたのでないか。
私は妹が心配で、花火を楽しめなかった。
2歳頃から重い自家中毒に幾度もかかり、それは精神的な興奮が引き金になっていたようだ。
伊那市駅まで鉄道で帰らなければならなかったこともあり、花火大会の途中で引き揚げた(うろ覚え)。
凄さをいやというほど味わったのと、乗り物の混雑を避けたいということだったと思う。
「諏訪湖祭湖上花火大会」。
なるほど、あれが人により日本一と讃える花火大会だったのだ。
約45年前のデータは不明だが、4万発、50万人。
湖は安全面でゆとりがあり、大玉の打ち上げや大がかりな仕掛けが可能である。
波のない湖面に映る花火も美しさを増幅させる。
また、湖畔に沿い、大勢が取り囲むように楽しめる。

あるランキングでは、山下清の貼り絵で有名な「長岡まつり大花火大会」がベストテンに入っていた。
日本最長の信濃川で行われる。
こちらは2日間合計で2万発、85万人。

ちなみに花火大会のピークは、首都圏ではきょうらしい。
天気予報は微妙だ。

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越中おわら節の哀愁…、叶わぬ夢…

私は9年近く、横浜・港北ニュータウンに住んでいる。
数年前、最寄りのセンター北駅ビル「あいたい」に、「ラーメン甲子園」がオープンした。全国の名店がいくつか集まり、半年か1年ほどで入れ替わる。
先頃、「富山らーめん・麺屋いろは」が出店した。
富山・滑川に住む妹夫婦からうわさを聞いたことがあるので、足を運んでみた。
「黒らーめん」を注文する。
魚介系の濃厚醤油味で、甘みもある。十分においしい。家族で食べに来よう。
私は「ラーメンおたく」でない。日本人は、どうしてラーメンに対し、ああまでうるさいのだろう。
千円足らずで、そこそこ楽しめれば、凄いことである。1つの“味”を完成させるには、想像を絶する試行錯誤と苦労がともなうはずだ。
気になったのは、店内に「越中おわら節」が流れること―。
ラーメンを食べる心境やテンポと、どうもマッチしない。ラーメンも民謡も、互いに味を損ねている。せめてBGMのレベルまで、ボリュームを下げてほしい。
私は民謡にうといが、「越中おわら節」に寄せる想いは強い。数年前まで滑川に住んでいた父と母が、恐らくもっとも愛していた民謡である。私も十数年前にNHKの番組で知り、それ以来、哀愁を帯びた調べが忘れられなくなった。
いつか両親と「おわら風の盆」に出かけたいと願いつつ、歳月だけが過ぎ、それも叶わぬ夢となってしまった。

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和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
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