私はこのブログで「好き嫌い」を言わないように戒めている。
だれしも好きなものは好きであり、嫌いなものは嫌いである。
ものとは、ヒト、コト、モノ。
それを互いに口走ったところで、すれ違いに終わる。
自分の好き嫌いの感情など取るに足らない。
どうでもよい・・・。
自分のブログに自分の好き嫌いを書くのは自由だ。
しかし、私はそうしていない。
好き嫌いの感情に引きずられてコメントを寄せる人が多く、私は閉口している。
この際だからついでに言えば、ブログの内容と直性関係のないコメントを寄せる人も少なくなく、私は閉口している。
当然だが、自分の主張は自分のブログでやってくれ。
私は、日々の出来事や印象などを綴った雑文を別にし、ブログに書きたいことを書いているわけでない。
5〜8割で止めるように心がけている。
たいてい結論はその先の2〜5割にある。
自分なりに結論がないわけでないが、私は周囲に考えを押し付けられることを望まない。
その逆も同じだ。
したがって、ブログに書きたいことは書かない。
これは私の講演、公開セミナー、企業研修、そしてMBA講義(授業)においても一貫した、基本的なスタンスである。
私がこのブログの読者としておもに想定しているのは、次世代のリーダーである。
環境が劇的に変化する以上、それは「変革リーダー」になるはずだ。
彼らに対して考える素材、そこまでいかなくても考えるきっかけを差しあげられるならと頑張っている(大半は書き溜め)。
そう、このブログは「問題提起」にすぎない。
後は、一人ひとりが自由かつ柔軟に考えてほしい。
私は老いた。
この国に生まれ育ち、長らく世話になった身として、わが子を含めた次世代へメッセージを残したい。
日本の将来は恐ろしく険しいと予想するからだ。
それは不況のような一時的な後退でなく、トレンドとしての長期的な衰退である。
半世紀にわたり、一国の経済、企業の活動、個人の生活など、すべてが著しく縮み、落ち込んでいく。
次世代が手垢で汚れた通念や常識に凝り固まっていては、閉塞し切った状況を打ち破れない。
例外を設けず、ことごとく疑ってほしいのだ。
私はこのブログで、私を含めたすべての人を揺さ振りたい。
それが自分にできるささやかな恩返しと心得ている。
幾度か述べたとおり、MBAでは学生に対して「私の授業を信じるな。取るに足らない」と繰り返している。
このブログでも同じだ。
自分の頭でとことん考えなさい。
あなたの仕事であり、生活であり、人生である。
◇
私は先頃、東洋経済新報社から刊行されたSBI大学院大学学長北尾吉孝編著『起業の教科書』において1章を受け持った。
「営業発の起業」について述べている。
ところが、著者校正の終了後に文章を何箇所か変えられ、原稿を滅茶苦茶にされた。
意味が曖昧になる、意味が不明になる、さらに私の主張と正反対になる…。
初版は、私にとり屈辱的である。
それに気づいたときは、すでに書店で売られていた。
後の祭。
いまだに怒りが治まらないが、すでに読み終えた方もおられるだろう。
本書についても考える素材を提供したにすぎず、自分の頭でとことん考えていただきたい。
私は「教育」に携わっている。
教育は、教えて育てると書く。
しかし、私は教えたら育たないと考えている。
授業を受ける、書籍を読む。
人から教わるほど、考える力は衰える。
本書を読むことに割いた時間の数倍は考えることに割いていただきたい。
切に願う。
◇◆◇
国母和宏に関するブログは以下のとおり。
きょうのブログは一連の流れを踏まえている。
⇒2010年6月26日「国母和宏の反骨心…突っ張りより苛立ち」はこちら。
⇒2010年6月27日「国母和宏の舌打ち…大人の良識への挑戦状」はこちら。
Copyright (c)2010 by Sou Wada
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それを互いに口走ったところで、すれ違いに終わる。
自分の好き嫌いの感情など取るに足らない。
どうでもよい・・・。
自分のブログに自分の好き嫌いを書くのは自由だ。
しかし、私はそうしていない。
好き嫌いの感情に引きずられてコメントを寄せる人が多く、私は閉口している。
この際だからついでに言えば、ブログの内容と直性関係のないコメントを寄せる人も少なくなく、私は閉口している。
当然だが、自分の主張は自分のブログでやってくれ。
私は、日々の出来事や印象などを綴った雑文を別にし、ブログに書きたいことを書いているわけでない。
5〜8割で止めるように心がけている。
たいてい結論はその先の2〜5割にある。
自分なりに結論がないわけでないが、私は周囲に考えを押し付けられることを望まない。
その逆も同じだ。
したがって、ブログに書きたいことは書かない。
これは私の講演、公開セミナー、企業研修、そしてMBA講義(授業)においても一貫した、基本的なスタンスである。
私がこのブログの読者としておもに想定しているのは、次世代のリーダーである。
環境が劇的に変化する以上、それは「変革リーダー」になるはずだ。
彼らに対して考える素材、そこまでいかなくても考えるきっかけを差しあげられるならと頑張っている(大半は書き溜め)。
そう、このブログは「問題提起」にすぎない。
後は、一人ひとりが自由かつ柔軟に考えてほしい。
私は老いた。
この国に生まれ育ち、長らく世話になった身として、わが子を含めた次世代へメッセージを残したい。
日本の将来は恐ろしく険しいと予想するからだ。
それは不況のような一時的な後退でなく、トレンドとしての長期的な衰退である。
半世紀にわたり、一国の経済、企業の活動、個人の生活など、すべてが著しく縮み、落ち込んでいく。
次世代が手垢で汚れた通念や常識に凝り固まっていては、閉塞し切った状況を打ち破れない。
例外を設けず、ことごとく疑ってほしいのだ。
私はこのブログで、私を含めたすべての人を揺さ振りたい。
それが自分にできるささやかな恩返しと心得ている。
幾度か述べたとおり、MBAでは学生に対して「私の授業を信じるな。取るに足らない」と繰り返している。
このブログでも同じだ。
自分の頭でとことん考えなさい。
あなたの仕事であり、生活であり、人生である。
◇
私は先頃、東洋経済新報社から刊行されたSBI大学院大学学長北尾吉孝編著『起業の教科書』において1章を受け持った。
「営業発の起業」について述べている。
ところが、著者校正の終了後に文章を何箇所か変えられ、原稿を滅茶苦茶にされた。
意味が曖昧になる、意味が不明になる、さらに私の主張と正反対になる…。
初版は、私にとり屈辱的である。
それに気づいたときは、すでに書店で売られていた。
後の祭。
いまだに怒りが治まらないが、すでに読み終えた方もおられるだろう。
本書についても考える素材を提供したにすぎず、自分の頭でとことん考えていただきたい。
私は「教育」に携わっている。
教育は、教えて育てると書く。
しかし、私は教えたら育たないと考えている。
授業を受ける、書籍を読む。
人から教わるほど、考える力は衰える。
本書を読むことに割いた時間の数倍は考えることに割いていただきたい。
切に願う。
◇◆◇
国母和宏に関するブログは以下のとおり。
きょうのブログは一連の流れを踏まえている。
⇒2010年6月26日「国母和宏の反骨心…突っ張りより苛立ち」はこちら。
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