コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

アメリカンショートヘア

クマを飼う…アメショーブラック

思い切って徳島のクマを飼うことにしました。
生後1カ月を過ぎたばかりですが、すでに狂暴です。

01私は昨年7月にアメリカンショートヘアの♀「フウ」を亡くしました。
長く同室していましたので死後6カ月、とくに3カ月はさみしさに苦しみました。
自分の気持ちに整理をつけるのに、1年以上がかかりました。

そして、先ごろ、新しい出会いがありました。
私が50年近く前に通学していた「徳島県立城北高校」の近所の方からアメリカンショートヘアの♂を譲り受けることになりました。
深い縁を感じます。

「クマ」はフウと同じ、アメリカンショートヘア(アメショー)ブラックタビーです。
このブログでフウをアメリカンショートヘア(アメショー)ブラックスモークと記しましたが、間違いでした。

アメショーはシルバータビーなど、どの毛色もかわいいです。
私自身はブラック、なかでもブラックタビー、ブラックスモークが圧倒的にかわいいと思います。
毛色は飼い主の好みとはいえ、どうして人気がないのか不思議です。

徳島のクマは猛烈にやんちゃです。
私の書斎で暮らしますが、ベッドやイス(座面)をぼろぼろにしてくれるでしょう。
朝は顔面に容赦ないネコパンチを浴びせ、私を叩き起こしてくれるでしょう。
「M」の私は快感です。

クマはネコなのに、怪獣のように「ガオ〜」と鳴きます(画像による推察)。

ちなみに、我が家にやってくるのはしばらく後になります。

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アメショーの火葬・納骨を行う…ペットは家族の一員

わが家のアメリカンショートヘア「チビ(♂)」が7月22日、金曜日朝6時半頃、妻のベッドで力尽きた。
チビ1997年2月16日生まれ。
14年5カ月強、生きた。
性格は至って穏やか。
犬みたいに人懐こい、ちょっと変わった猫だった。
人間に対する警戒心がまったくなく、初対面でもいきなり打ち解ける。
訪問客が戸惑うくらい・・・。

チビは立派な血統証明書付きのブラックスモーク。
毛が細かく柔らかく、全身真っ黒。
強い直射日光が当たったとき、アメリカンショートヘア特有の模様がいくらか浮かび上がる。
うちで飼った猫のなかでは一番高価だった。
渋谷・松涛の賃貸マンションに暮らしていた頃、信頼の置けるペットショップにわざわざブラックスモークと指定して探してもらった。
毛並みがいかにも高級だったが、足と尻尾が極端に短い。
どこかユーモラス。

チビは生後40日程で買ったときに小さかったのでチビ。
幼い猫という意味であり、他と比べて小さいということでない。
また、洋画に登場する黒人のチビッコギャングみたいな顔立ちだったことも名づけの理由。
すぐに、わりと大きく育った。

やがて、わが家は横浜・港北ニュータウンに引っ越してきた。
7〜8歳の頃だったか、チビは具合が悪くなり、妻が動物病院に連れていった。
そして、肥大化した脾臓の緊急手術を勧められた。
開腹したら爆発寸前の状態で手術を施せず、同時に風船のように膨らみ、何とか腹を縫い合わせた。
獣医はさじを投げた。
だが、諦められない妻は、ガンなどによく効くとされる高価な水を与えつづけ、チビは一命を取り留めた。
後日、獣医がどうしても信じられないと首を傾げた。
いつしか脾臓は周囲の内臓に取り込まれたのか、フィルム(?)上で消えていた。
とはいえ、チビは重病だったので体調が完全に戻ることはなかった。

しかし、それなりに元気に生きていた。
2年程前だったか、妻はチビが飲む水の量が急に増えたことを不審に思った。
動物病院で腎不全と判明し、寿命が短いと診断された。
妻がずっと気にかけてきた。
こまめな世話を決して怠らなかった。
が、6月下旬、容体が急変した。
私は一晩持てばと思った。

しかし、妻が付きっ切りで面倒を見た。
1日中自分のそばに置き、スプーンで幾度も流動食を与え、しばしば水分を取らせ、ときどきトイレに連れていく。
1カ月近くずっと看病・・・。
妻がグロッキー。
私はチビもつらいのでないかと思い、妻に安楽死を勧めた。
が、それを決めるのはもちろん私でない。
だれよりも深い愛情を注いできた人間だと考えていた。
妻は、チビは生きようと頑張っており、命が尽きるまで生きてほしいと言った。
ならば、私が口を挟むべきでない。

チビ2チビはこの1カ月弱の闘病期間、たいてい横たわっていた。
幾度か人間のボケに近い状態になった。
ほとんど歩けないはずなのに、よたよたしながら部屋や廊下を歩き回った。
徘徊に当たる。
また、幻覚や幻聴だったのだろう、驚いた表情で目を開け、空中の一点をずっと見ていた。
こうしたときは、家族が話しかけても聞こえないみたいだった。

チビはもうダメかなと思うとわずかに回復するという繰り返しだった。

死ぬ2〜3日前から水さえ取れなくなった。
流動食はまったく・・・。
妻もさすがに観念した。
限界の闘病生活でやせ細り汚れきった全身を優しく拭いてやり、きれいにしてやった。

チビは毎日かならず妻のベッドで眠った。
布団のなか、そして妻の頭や顔、体に張り付くように…。
妻は暑い暑いと、満更でもなさそうだった。
猫の体温は高い。

金曜日朝6時半頃、チビは妻に付き添われ、見守られて息を引き取った。
何という幸せ者。
最後まで懸命に生きた。
私はチビを褒めてやりたい。

                       ◇

ところで、チビと一緒に暮らしていたのが、アメリカンショートヘア「キイ(♀)」である。
シルバータビー。
こちらは横浜・港北ニュータウンのペットショップで購入した。
2005年3月14日生まれ。
キイは若くて活発であり、チビが反撃しないのをいいことによく襲いかかった。
チビがいくらか元気なときは、まれに本気で怒った。

しかし、チビが明らかに衰弱し、生命がぎりぎりになってから、キイは急に静かになった。
チビとともに妻の部屋で暮らし、妻のベッドで眠っていたのに、廊下、そして玄関や洗面所の前に独りいる時間が長くなった。
元気も失った。
チビと妻に遠慮しているようだった。

私の部屋(書斎)で暮らすアメリカンショートヘア「フウ(♀)」。
チビの約7カ月後、1997年9月11日生まれ。
まもなく14歳を迎える。
ブラックスモークに近い。
生活のリズムがチビやキイと異なり、なかでも食事がごく少量で非常に高頻度なため、一緒に置いておけない。

幸い、わが家は二世帯用の広いマンションであり、チビとキイは妻と子どもがいる母屋(?)に暮らし、フウは私がいる離れ(?)に暮らす。
生活のエリアは区切られているが、曇りガラスの玄関ドアを挟んで、チビの異変を何となく感じているようだった。
この子は心が優しく、しかも繊細・敏感である。

私は講演やセミナー、研修などで長期出張が珍しくない。
この間、書斎(部屋)に閉じ込めておくのはかわいそうなので、妻がときどきフウを行き来させてやっていた。
フウは穏やかなチビと気が合った。

闘病期間、これが見納めと思い、私はフウを抱いてチビのもとに連れていったことが2度程ある。
しかし、フウはすぐに離れた。
何か耐えられないといった様子だった。

チビが死んだ後の日曜日(きのう)、フウが行き来できるように曇りガラスの玄関ドアをしばらく開放していたが、大好きな妻の部屋へ行こうとしない。
私が抱いて連れていくと、フウはきょろきょろして落ち着かない。
あぁ、懸命にチビを探しているのだ。
私はフウにショックを与えていけないと思った。
臭いが残っており、頭のいいフウはチビを覚えている・・・。
気の毒なことをした。

残ったフウはいまのところ病気一つ見つからない。
高齢だが、1日でも長く生きてほしい。

チビの火葬は金曜日、納骨は土曜日。
妻と子どもがきちんとやってくれた。

ペットは家族の一員。
わが家では横浜・港北ニュータウンにささやかなペットの墓を構えている。
アメリカンショートヘアのモモ(シルバータビー♀)とクロ(ブラックスモーク♂)、トラ(ブラウンタビー♂)が眠り、そこにチビが加わった。
4匹はあの世で思い出話に花を咲かせているのでないか・・・。

モモとクロの間に、私の渋谷・松濤の部屋で生まれた5匹の1匹がフウである。
気立ての優しさは母親譲り、顔を含めた姿格好は父親譲り。

ちなみに、妻はすべての猫の誕生日と死亡日を覚えている。

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アメショーは愛嬌たっぷり、家族の話に耳を傾ける

私は疲労困憊の状態で福岡から戻った。
出張中に気になるのが、私の部屋で暮らすアメリカンショートヘア、♀の「フウ」。

huu01渋谷・松涛に暮らしていた頃、賃貸マンションの私の部屋で生まれた。
当時「日経ビジネススクール」の講師の仕事を終え、ヘロヘロになって戻ってきたら、里芋(さといも)みたいな5匹がおっぱいを吸っていた。
父はブラックスモークの「クロ」、母はシルバータビーの「モモ」。
子猫だと油断して“去勢”が遅れたのだった。
わが家は一気にアメリカンショートヘアが9匹になった。

フウは、体毛がクロとモモの中間。
今秋14歳を迎え、猫としてはかなり高齢だ。
顔も体も頭も心も父親に瓜二つだが、優しい気立ては母親譲り。
アメショーらしく愛嬌もたっぷり。
また、家族の話に熱心に耳を傾ける。
言葉がいくらか分かるようだ。

huu02私が長く留守にすると、フウはストレスから自分の体毛を抜くことがある。
むろん、妻が愛情を注ぎ、世話をしている。
それでも以前、体のあちこちにハゲができた。

私が戻ってきて名前を呼んでも、すねて家具に身を隠していることが多い。
「フウ」「フウちゃん」「フウさん」などと呼び方を変えているうちに姿を現す。
フウはほっとした表情を見せた。

                       ◇

私は名古屋・錦でクルマ部品メーカーなど地場企業の社長を対象とした講演が迫る。
主催は三菱UFJリサーチ&コンサルティング(三菱東京UFJ銀行系列)。
その先に、東京・半蔵門で新テーマの講演が控える。
主催はSMBCコンサルティング(三井住友銀行系列)。

私はこのコンテンツの作成に取り組んできたが、終了はまだだいぶ先になる。
連日、時間との闘いである。
というわけで、ブログに手間をかけられない。

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愛猫アメショーのガン…創生水の効果

私は年末にパソコンがクラッシュしてから睡眠時間を削り、新講演のコンテンツに全力を注いできた。
自分との格闘だった。
それにともない、最大の懸案だった自分商品の開発・投入は大幅に遅れることになった。
気持ちは焦っているが、なかなか発表できない。

この先も次々と新講演を行うので、毎月のようにコンテンツのつくり込みに追われるが、一番のピークは乗り越えた。
安ど感から、3カ月の疲労がドッカーンと出ている。
ぐったり、へとへとの状態・・・。

徹夜の場合には脱水状態と塩分不足になりやすく、私はそれを防ぐために「創生水」でインスタントラーメンをつくった。
老いとともに袋麺を食べる機会がめっきり少なくなったが、この間は受験生並みに戻った。
デスクワークのときは連日だったので、さすがに飽きた。
また、昔と違って胃がもたれる。
いまどき、受験生の夜食はバラエティに富んでいるか?

きょうは2007年6月3日の記事にいくらか手を加えてアップする。
不思議な水「創生水」の話だ。

                      ◇◆◇

久し振りのわが家。
嵐のような1週間を何とか乗り切ることができた。
私は溜まりに溜まった疲れ、足・腰・首の張り、ノドの痛みなどで座っているのもつらい。
たいして使わなかったはずなのに「頭」もやられている。

無気力に横たわるしかない私を、書斎のアメリカンショートヘア「フウ」が案じ、近寄ってきた。
何せ母ネコ「モモ」が末期がんの際につきっきりで看病し、死んだらそのショックから「拒食症」になり、命を落とす寸前までいった。

フウは心がやさしく、頭がいいので、周りの家族やネコの様子が気になって仕方がないのだ。
わが子が風邪でも引こうものなら、ベッドで寄り添う。
人間の言葉もかなり分かるようで、会話に耳を傾ける。

さて、私は少し落ち着いたところで「創生水」をごくごく飲んだ。
出張中は持ち歩くことができない。
温めず冷やさず、そのままの状態で大量に飲むと、体のなかがきれいになった感じがする。
老廃物とか有害なものを、体の外へ排出してくれるからではなかろうか。

「創生水」のお陰で、私はオーバーワークにもかかわらず、かろうじて体調を回復し、ぎりぎりで健康を維持している。
ここ一月ほどの間にお会いした経営者や役員のなかに、明らかに重い疲労を引きずっている方が何人かいた。
彼らには、守るべき社員、そして家族がいる。
元気で長生きしてほしい。
私は見かねて「創生水」を飲むように強く勧めた。

ところで、モモはある日突然、普通に歩けなくなった。
その異変を最初に目撃したのは、私である。
水を飲みにいこうとして、足が進まないどころか後ずさりし、体がぐらりと大きく傾いた。
この光景を鮮明に覚えている。
だいぶ後で思ったのだが、ガンが脳に達していた。

私は大声で妻を呼んだ。
モモはやがて頭部、顔面がみるみる変形していった。
じきに眼が腐り、閉じなくなった。
耳も…。
おそらく脳が腐ったのだ。
壮絶な症状…。

フルの仕事を持つ妻の不眠不休に近い看病もむなしく、家にだれもいない昼間に妻のベッドで息を引き取った。
その姿勢から、モモは水を飲みにいこうとして力が突きたのかもしれないと、私は思った。

振り返ると、死より6〜7年前から、モモはときどき口元が歪むことがあった。
それが何ともいえない“愛嬌”に見え、家族でかわいいと笑ったものである。
実は、この時点でガンを発症していたのでないか。

逆に言えば、モモは6〜7年間も生き延びたことになる。
水が「創生水」という以外は何もしていない。
ガンの進行を大幅に遅らせてくれたのだろう。

「人は水、水は命」。
つくづくそう思う。

⇒2011年1月16日「創生水の健康回復効果を実感…運命的な出合い」はこちら。

私と「創生水」との出合いを綴っている。
実の母のガン、そして愛猫アメリカンショートヘアのガンや皮膚病についても触れた。
この水にどれくらい救われたろう。

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コンサルタントとペットセラピー

重い体を引きずりながら久し振りに自宅に戻ると、玄関までフウが出迎えてくれた。
妻の居住エリアにいたようだ。
自宅は2世帯住宅のマンションであり、玄関のなかに私の部屋につながる玄関の扉がある。

フウは普段、その部屋に暮らすアメリカンショートヘアのメスである。
かなりの高齢。
もともと食事が少量・高頻度であり、マイペースを貫ける環境を好む。
わが家にはやはりアメショーのチビ(オス)とキイ(メス)がおり、妻の居住エリアで暮らしている。
私がいないとき、フウはさみしいせいか、この部屋に居ながらも妻の居住エリアと行き来している。
そのたびに「扉を開けてくださ〜い」とばかり鳴く。
対応する妻が大変だ。

今回は長期出張だったので、フウはとりわけうれしそう。
私にくっついて部屋のなかに入ってきて、そばから離れようとしない。
長いシッポをびゅんびゅん振っている。
最小限の雑務を片付けようとしたら、机に乗っかってきてすりすりしたり寝っ転がったり…。
私がほどなく疲労で横たわると、フウも寄り添うようにして眠った。

アニマルセラピーやペットセラピーという言葉がある。
動物とふれあうことで人間はストレスが軽減するとか、精神的な健康が回復するようだ。
癒やし効果が治療の補助に用いられている。

私は変革系・再建系の講師・コンサルタントとして神経が張り詰めている。
フウに接すると、自分のこわばった心が和んでいくのを感じる。

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再婚の私がアメショーを飼ったワケ

私は先週から今週まで予定が変わり、ばたばたになった。
このブログで連載再開を明言した「新聞奨学生物語」は、約束を守れないまま…。
最近は書き溜めたブログをおもにアップしている。

1996〜97年頃だったか、ゴールデンウイークに東京タワーで「ペット」のフェアをやっていた(春休みでなかったと思う)。
多くのペットショップが出店する。
私は家族全員で出かけた。

きっかけは、再婚した妻と前妻の子どもの距離を縮められるならと思ったこと。
互いの関心が一つに向かえば、そこで会話や交流が生まれる。
初婚にもかかわらず、これから一番難しい時期を迎える3人の子持ちに嫁いでくれたことに感謝した。
苦労は私の想像が及ばないほど大きく、心の負担を少しでも和らげてあげたかった。

その場で、真っ黒なアメリカンショートヘアを買い求めた。
私がケージに近づいたら即座にすり寄ってきた。
数匹の兄弟姉妹の一匹。
小学生時代に捨てネコを飼った経験があり、ネコの性格やら飼い主との相性やらがすぐに分かった。
生後1カ月ちょっとのオス。
迷いはまったくなかった。
ブラックスモーク。
名前は「クロ」。
家族の話題を独り占めした。

チビ1皆があまりの可愛さにとりこになり、その後立てつづけにシルバータビーの「モモ」、ブラウンタビーの「トラ」、ブラックスモークの「チビ」を買い求めた。
モモとトラの順序は逆かもしれない。
わが家は一気に賑やかになり、笑い声があふれた。

私はネコに関する正しい知識がなく、去勢を甘く考えていた。
まだ子どもだと思っていたのに、ふと気づくと、クロがモモのうえに覆いかぶさっていた。
H。
後の祭。
ぞろぞろ5匹が生まれた。
アメリカンショートヘアが9匹に増えた。
妊娠と分かってからは私の部屋に移した。
モモはそこで生み、育てた。
3匹はなぜかブラウンタビー。
2匹はブラックスモーク。
といってもシルバータビーをぐっと黒に近づけた感じで、真っ黒でない。

当時は渋谷・松涛住まい。
4匹は、家の近所の「ヤマザキ動物専門学校」の生徒と、子どもの友人に無料で差しあげた。
凄い人気。
大切にしてくれそうな飼い主が一瞬で見つかった。

huu01妻が全部あげてはモモが可哀想と言うので、1匹を残した。
それがいま私の部屋で暮らしている「フウ」。
メス。13歳か。
「フウちゃん」「フウさん」「プウさん」「プップ」などと呼び方は変わってきた。
グレーがかったブラックスモークなので、アメリカンショートヘア特有の縞模様(柄)はぼんやり浮かぶ。

12年前に現在の横浜・港北ニュータウンに引っ越してきた。
そして5年前にセンター北駅の「ペットエコ」でシルバータビーを買い求めた。
理由は、再婚後の子どもが大人のネコしか知らなかったこと。
キイ妻が幼いネコの愛らしさを見せてやりたいと望んだ。
「キイ」。
メス。
きのうが誕生日。
普段よりちょっぴり贅沢なマグロの缶詰に満足気。

                       ◇

私は猫、とくにアメリカンショートヘアが大好き。
人懐っこさは一番か。

それと、滅茶苦茶癒される。
再建系の営業コンサルタント・講師という仕事柄ピリピリしており、神経が高ぶっている。

出張から戻ると、へとへと。
それでも自宅では深夜まで仕事…。

家族を養うのは大変だ。
私が死に物狂いで働いているというのに、ネコは1日中寝てばかり。
気持ちよさそう。
ときどきいびきをかく。
私の努力とは無関係の世界に生きている。
起きるのはエサと水、トイレ。

私がパソコンに打ち込む傍らで、ネズミと勘違いしてか、マウスの横で眠りこけている。
仕事の邪魔が大好きだ。
癒される。
顔に尻尾を絡ませてきたり、キーボードに手足を延ばしたり…。

いまやアメリカンショートヘアのいない暮らしは想像できない。
フウは膝の上。
熱い。

私にとり、なかでも黒いアメリカンショートヘアは幸運の象徴である。
妻とも話したが、最初のクロに恵まれた。
素晴らしいネコだった。
顔が可愛く、頭がよかった。
娘のフウは父親の血を引いた。
瓜二つ。

おっ、モモもすべてが可愛かった。
心がとても優しかった。
フウは母親の血も引いた。
末期ガンのモモに付き添い、死後に拒食症になった。
フウも一時期、危なかった。

クロとモモ、そしてトラは墓のなかだ。

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2並びの日に和田創研移転

私が代表を務める和田創研は月曜日、オフィスを移転し、連絡先を変更した。
横浜・港北ニュータウンから、東京駅歩0分の「丸の内トラストタワー本館」へ。
確か「丸の内トラストシティ」のサイトには歩1分とあったが、私の感覚では歩0分。
構内の出口がビルの入口。
地下街を含め、この辺りの利便性は突出している。
ビジネス環境としては日本一。

ところで、私はきのう知った。
月曜日は、平成22年2月22日だったのだ。
2並び。

だから、何だって?
たいした意味などない。
へぇ、そうなのかと思った。

私・和田創が職業人生最後のステージへ踏み出した記念の日が、たまたま2並びだった。
1並びでなく残念。
「金メダルでなく悔しい」というコメントにどこか通じる(通じない)。
私は銀メダルを獲った気分だ。

世間では「平成22年2月22日」がわりと話題になったらしい。
私にとり2月22日は「猫の日」。
ニャン、ニャン、ニャン。
ニャー、ニャー、ニャー。
ネコの鳴き声にちなむ。
私はアメショー(アメリカンショートヘア)が大好きなのだ。
数は減ったが、いまも3匹。

来年から猫の日は「創の日」になる(ならない)。

                       ◇

和田創研のオフィス移転に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月22日「丸の内トラストタワーにオフィス構築」はこちら。

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悪い頭を無理やり動かす

1カ月ほど悪い頭を無理やり動かしつづけた結果、私はオーバーヒート。
沸騰し、さらに煮詰まった状態。

首筋から後頭部にかけて熱がこもり、抜けない。
側頭部も額も…。
体はくたくたなのに、頭が興奮していて寝付かれない。

そこで、やむをえずアイスノンを使っている。
しかし、それが2〜3時間しかもたない。
熱が下がらないのだ。

恐らく血が頭に集まり、全身に行き渡らない。
足が冷え切っている。

やっと眠れたと思ったら、2時間ほどで目が覚める。
頻尿と訳の分からない夢のせい。

休養せよ、との体からのシグナルかもしれない。
が、締め切りに追われ、それもままならない。

頭がボーッとしており、知的生産性がひどく落ちてきた。

年老いたアメリカンショートヘア「フウ」が私にピタッと張り付いて眠ろうとする。
これが凄く熱く、たびたび起こされる。

睡眠は、健康と元気な日常生活の源だということを実感させられる毎日である。

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2010年1月公開講座

もう4歳、早いものですね

キイアメリカンショートヘアの「キイ」がきのう満4歳の誕生日を迎えた。
お決まりの缶詰よりほんの少しおいしいものをいただき、満足そう。

キイは普段、私のデスクの隣、パソコンラックでずっと眠りっ放し。
1日2回の食事のほかは、すべて睡眠。
食べる量は決して多くないのに、腹にぶよぶよの脂肪がついている。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
著作権について
ここに掲載した記事を複写・複製・翻訳・転載・掲示・送信・配信すること、および各種媒体に入力することは、著作者の権利侵害となります。
和田創PDF無料本
(308頁。2月14日発売)
9784907620004-00

(272頁。2月10日発売)
9784907620011-00
プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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