コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

イチロー

松井秀喜、日米通算20年間のプロ生活に終止符か

先だってのブログ「松井秀喜、現役引退試合は日本プロ野球界・楽天で・・・」に続いて・・・。

⇒2012年7月28日「松井秀喜、現役引退試合は日本プロ野球界・楽天で・・・」はこちら。

ゴジラも38歳。
松井秀喜はメジャーリーグ、タンパベイ・レイズを戦力外になり、今シーズン2度目の浪人生活を自宅のあるニューヨークで送っている
いまは負傷した左太ももをケアしながら、いくらか体を動かしている状況である。

その松井秀喜が沈黙を破り、今後の去就について語った。
現時点で白紙らしい。
つまり、何も決まっていない。
じっくりと身の振り方を考え、悔いの残らない答を出そうとしている・・・。

松井秀喜は7月31日に選手契約および譲渡期間が終了した。
獲得に乗り出す球団が現れなかった。
タンパベイ・レイズのジョー・マドン監督は松井秀喜をかばった。
戦力外通告後も「彼が終わったとは思えないし、まだやれると感じている」と述べた。
しかし、本人はマイナー行きを断り、8月1日に自由契約になった。
これで今シーズン中のメジャー復帰は消えた。
調整の場となるマイナーの公式戦が9月初旬に終了するためだ。

松井秀喜に残された選択肢は3つである。

1.米球団のオファーを待つ。
メジャーでの現役続行の可能性にこだわる。
今シーズンは自主トレーニングを経て、4月30日にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結んだ。
キャンプを送らなかったのが響いたのか、松井秀喜は調子を取り戻せず、メジャーで結果を残せなかった。
現時点の評価を考えれば、オフに「招待選手」という条件でメジャー・キャンプに参加できるマイナー契約を提示してくれる球団を探すしかない。
単なるマイナー契約だとメジャーのオープン戦出場が難しく、キャンプで開幕メジャー入りを争えない。
が、松井秀喜を欲する球団は現れないのでないか。

2.プロ野球に復帰する。
現役続行を優先するなら、今シーズンまで選択肢になかった日本球界復帰の可能性を探る。
今春の浪人中、横浜DeNAベイスターズなど複数球団が獲得に名乗りを上げた。
が、先だってのブログで述べた理由で、DH制度(指名打者制度)を採用するパ・リーグに絞られるだろう。

3.現役を引退する。
浪人生活のなかで野球への情熱を失ったり、限界を悟ったりすれば、このまま現役引退を選ぶ。
日米通算20年間のプロ生活に終止符が打たれることになる。
あまりにさみしい。

私たちはメジャーリーガー・松井秀喜どころかバッターボックスに立つ松井秀喜を永久に見られないかもしれない。

◆書き加え1(8月29日)

東京読売巨人軍(ジャイアンツ)の渡辺恒雄球団会長が先日、「松井秀喜は選手として限界でしょう」と語った。
また、指導者として迎えるなら松井秀喜とイチローのどちらかという問いに、「私はイチローだな」と返した。

やはり巨人への復帰は考えにくい。
なお、巨人の監督は生え抜きの選手から選ばれるので、実際にはイチローは考えにくい。

◆書き加え2(8月31日)

横浜は中村紀洋の代わりの大砲が欲しいだろう。

東北楽天ゴールデンイーグルスはCS進出を逃すようだと、松井秀喜が欲しいだろう。

以下に、「松井秀喜、現役引退試合は日本プロ野球界・楽天で・・・」と題する2012年7月28日のブログを収める。

                      ◇◆◇

松井秀喜がタンパベイ・レイズを解雇された。
大リーグ契約の40人枠から外され、事実上の戦力外通告である。

松井秀喜は百打席をメドにチャンスを与えられたが、結果を出せなかった。
打撃は最後まで復調の兆しが見られなかった。
チャンスに凡打を繰り返してベンチに戻る松井秀喜に、ファンは容赦ないブーイングを浴びせた。

38歳の松井秀喜は「燃え尽きるまで」現役にこだわる気持ちが強い。
周りがその決断に口をはさむべきでない。
が、私には「ボロボロになるまで」現役を続けようとしているように思える。
星稜高校時代から輝かしい道を歩んできた選手だけに、あまりにもみじめな姿はさらしてほしくない。

松井秀喜はマイナー契約での再契約、自由契約、トレードなど、10日間のうちに処遇が決まる。
しかし、年齢的な衰えも目立つ現状では、松井秀喜の獲得に乗り出す大リーグ球団は現れそうにない。

私の地元・横浜DeNAベイスターズの高田繁GMが松井秀喜の去就に関心を示した。
米国で交渉がまとまらず、日本プロ野球界に復帰するなら、獲得に動くだろう。
ならば、万年最下位に沈むチームが盛りあがる。
しかし、昨今のコンディションで守備につくのは厳しいのでないか。
また、チームは若手選手に切り替わってきた。
現場を預かる中畑清監督が松井秀喜を受け入れる価値を認めるかは微妙だ。

私はパ・リーグの東北楽天ゴールデンイーグルスが適していると思う。
闘将として名高い星野仙一監督は松井秀喜に刺激を与え、復活へ導くかもしれない。
「4番・DH」での起用に、三木谷浩史球団会長も異論はないはずだ。
守備につかなければ心身の疲労が少なく、故障(けが)のリスクが減る。
持ち前の長打力はまだまだ生かせる。

私は、日本プロ野球界のスーパースター・松井秀喜がひっそりと現役を去ってしまうのは忍びない。
こちらに戻ってもう一旗揚げたうえで、引退試合をやってもらいたい。

                       ◇

ところで、ニューヨーク・ヤンキースへ電撃移籍したばかりのイチローが松井秀喜について、通訳を通じてコメントを発した。
きわめて異例である。

イチローは、松井秀喜がヤンキースで残した実績を称えた。
さらに、選手としての能力はもとより、人間性に敬意を表した。

大リーグで顕著な活躍を示したイチローと松井秀喜は、互いに通じる感慨を持つに違いない。
その二人に現役引退が迫っている。

                      ◇◆◇

松井秀喜とイチローに関するブログは以下のとおり。

⇒2011年9月29日「イチローと松井秀喜、来季開幕戦は日本…気になる去就」はこちら。

⇒2011年9月25日「イチロー監督誕生までのつなぎか?…高木守道監督就任」はこちら。

⇒2010年4月15日「松井秀喜、歓喜の優勝リング贈呈式!」はこちら。

⇒2009年11月5日「松井秀喜、MVPコールの感動!」はこちら。

⇒2009年9月15日「イチロー、心が折れる」はこちら。

⇒2009年4月16日「胃潰瘍のち満塁ホームラン/イチロー」はこちら。

⇒2008年1月6日「イチローの不機嫌(続)」はこちら。

⇒2008年1月5日「イチローの不機嫌」はこちら。

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松井秀喜、現役引退試合は日本プロ野球界・楽天で・・・

松井秀喜がタンパベイ・レイズを解雇された。
大リーグ契約の40人枠から外され、事実上の戦力外通告である。

松井秀喜は百打席をメドにチャンスを与えられたが、結果を出せなかった。
打撃は最後まで復調の兆しが見られなかった。
チャンスに凡打を繰り返してベンチに戻る松井秀喜に、ファンは容赦ないブーイングを浴びせた。

38歳の松井秀喜は「燃え尽きるまで」現役にこだわる気持ちが強い。
周りがその決断に口をはさむべきでない。
が、私には「ボロボロになるまで」現役を続けようとしているように思える。
星稜高校時代から輝かしい道を歩んできた選手だけに、あまりにもみじめな姿はさらしてほしくない。

松井秀喜はマイナー契約での再契約、自由契約、トレードなど、10日間のうちに処遇が決まる。
しかし、年齢的な衰えも目立つ現状では、松井秀喜の獲得に乗り出す大リーグ球団は現れそうにない。

私の地元・横浜DeNAベイスターズの高田繁GMが松井秀喜の去就に関心を示した。
米国で交渉がまとまらず、日本プロ野球界に復帰するなら、獲得に動くだろう。
ならば、万年最下位に沈むチームが盛りあがる。
しかし、昨今のコンディションで守備につくのは厳しいのでないか。
また、チームは若手選手に切り替わってきた。
現場を預かる中畑清監督が松井秀喜を受け入れる価値を認めるかは微妙だ。

私はパ・リーグの東北楽天ゴールデンイーグルスが適していると思う。
闘将として名高い星野仙一監督は松井秀喜に刺激を与え、復活へ導くかもしれない。
「4番・DH」での起用に、三木谷浩史球団会長も異論はないはずだ。
守備につかなければ心身の疲労が少なく、故障(けが)のリスクが減る。
持ち前の長打力はまだまだ生かせる。

私は、日本プロ野球界のスーパースター・松井秀喜がひっそりと現役を去ってしまうのは忍びない。
こちらに戻ってもう一旗揚げたうえで、引退試合をやってもらいたい。

                       ◇

ところで、ニューヨーク・ヤンキースへ電撃移籍したばかりのイチローが松井秀喜について、通訳を通じてコメントを発した。
きわめて異例である。

イチローは、松井秀喜がヤンキースで残した実績を称えた。
さらに、選手としての能力はもとより、人間性に敬意を表した。

大リーグで顕著な活躍を示したイチローと松井秀喜は、互いに通じる感慨を持つに違いない。
その二人に現役引退が迫っている。

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北島康介、ロンドンオリンピック金メダルへの不安材料

2012年ロンドン五輪(オリンピック)が迫ってきた。
会期は、7月27日から8月12日まで。

私の一番の注目は、日本男子競泳平泳ぎの第一人者・北島康介である。
2004年アテネ五輪(オリンピック)と2008年北京五輪(オリンピック)の百メートル、2百メートルで金メダルを獲得した。
合計4冠。

北島康介はオリンピックを節目に「進化」を遂げてきた。
4年後を見据えた、勝つための周到な準備において突出している。
それを強固な意志でやり遂げた。
年齢的に厳しいロンドンオリンピックだったが、表彰台の頂点を目指してきた。

                       ◇

北島康介の最大のライバルと目されたのが、ノルウェーのアレクサンドル・ダーレオーエンである。
友人でもある。
ところが、突然の訃報・・・。

ダーレオーエンは合宿中のアリゾナ州フラッグスタッフで急死した。
標高2100メートルの高所トレーニングの名所。
バスタブに寄りかかるように倒れているところを発見された。
死因は心臓発作と見られる。

ダーレオーエンは北京オリンピックの百メートルで銀メダルを獲得した。
2011年上海世界選手権では4位の北島康介に1秒32の大差を付けて圧勝した。
北島康介がダーレオーエンを追いかける立場になっていた。

もっとも気の毒なのは本人と家族、そして彼を支えてきた関係者である。
しかし、ダーレオーエンとの闘いを念頭に大舞台へ向けて調整を進めてきた北島康介にも気の毒な出来事だった。
互いに最高の勝負をしたいと考えていた。
高速水着を着用しないで59秒を切ったのは2人だけだ。

実は、私は北島康介がロンドンオリンピックでダーレオーエンを破り、金メダルに輝くと予想していた(科学的な根拠はない)。
本番にぴたりと照準を合わせ、自らの力を爆発させる術を身につけている。
無類の勝負強さが光る。

ダーレオーエンの不在は、北島康介にとり不利に働くように思う。
最大のモチベーションが直前に失われてしまった。
金メダルへの不安材料である。
はたして結果はいかに・・・。

以下に、「北島康介、無類の勝負強さ、怪物から化け物へ…ロンドン五輪」と題する2012年4月8日のブログを収める。
一部を抜粋し、いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

オリンピック4冠の北島康介。
男子百メートル平泳ぎの2連覇は世界初。
平泳ぎで2大会連続2種目制覇は世界初。

⇒2011年6月9日「北島康介、ロンドンオリンピックへの苦闘と挫折」はこちら。

北島康介は、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪に続いて2012年ロンドン五輪の日本代表になった。
私は代表選考会を兼ねた日本選手権をスポーツニュースで見た。
百メートルは余裕のゴール。
得意の2百メートルは立石諒に追い上げられたものの逃げ切った。
これにより日本の競泳選手では史上初の4大会連続出場を決めた。
素晴らしい。

北島康介は依然として男子競泳平泳ぎの第一人者だった。
強じんな意志を持ち、壮絶な努力をいとわない。
また、自らを客観的に眺め、オリンピックで勝つための戦略を定めて計画を立てられる。
4年に一度の大舞台での無類の勝負強さはそこから生まれる。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

北島康介はとうにピークを過ぎた29歳。
ロンドンオリンピックで金メダルが獲れればもちろんうれしいが、私は決勝に進出するだけでも快挙だと思う。
百メートルか2百メートルで3連覇を達成することがあれば「怪物」を通り越して「化け物」と表現するしかない。
これまで大きな勇気と感動を与えてくれた北島康介には、ロンドンオリンピックを存分に楽しんでもらいたい。

⇒2011年6月30日「北島康介の勝負脳、浅田真央の脱皮計画を応援しよう!」はこちら。

名選手が名コーチになると限らない。
しかし、北島康介は間違いない名コーチになると考える。
オリンピックで結果を残せる選手を育ててほしい。

私は、北島康介と高橋大輔が互いの活躍に刺激され、オリンピックへの情熱を再燃させたことを思い出した。
実績十分の二人は、台頭著しい若手のなかに身を投じて厳しい戦いに挑む。
いや、それどころか若手を引っ張っている。
「人間力」が突出する。

⇒2011年6月24日「北島康介と高橋大輔、五輪への思い再燃…現役続行」はこちら。

私にとり、浅田真央とイチローは「畏敬」の対象である。
見ているとつらくなるが見てしまう。

⇒2012年4月1日「浅田真央、ライバルと戦う前に自分に負ける…世界選手権」はこちら。

⇒2009年9月15日「イチロー、心が折れる」はこちら。

北島康介と王貞治は「尊敬」の対象である。
憧れの気持ちが混ざる。

高橋大輔は「親愛」の対象である。
要は、好きだ。
世界フィギュア選手権後、世界フィギュア国別対抗戦での主将に任命された。
日本チームをまとめ、優勝へ導いていくはずだ。

⇒2012年3月31日「高橋大輔は別格、芸術性の高い熟練の演技で魅了」はこちら。

ちなみに、長嶋茂雄は別格。
選手時代から監督時代まで、突き抜けた存在でありつづけた。
私が子どもの頃の世相を明るく照らした太陽(おひさま)であり、まぶしかった。
多分に神格化されているが、そうでなければ戦後最大のヒーローは生まれなかった。
スーパースターとは、そういうもの。

⇒2009年9月25日「ONの時代…両雄並び立つ奇跡!」はこちら。

                      ◇◆◇

北島康介に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年4月8日「北島康介、無類の勝負強さ、怪物から化け物へ…ロンドン五輪」はこちら。

⇒2011年6月30日「北島康介の勝負脳、浅田真央の脱皮計画を応援しよう!」はこちら。

⇒2011年6月24日「北島康介と高橋大輔、五輪への思い再燃…現役続行」はこちら。

⇒2011年6月9日「北島康介、ロンドンオリンピックへの苦闘と挫折」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

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北島康介、無類の勝負強さ、怪物から化け物へ…ロンドン五輪

私は、それほど重くない仕事とはいえ、月曜日の締め切りを3本抱えており、間に合わせるのに必死。
頭から湯気が昇っている。
連日、夢のなかでうなされ、すぐに目が覚めてしまう。
今年は遅咲きの桜も、見ないうちに終わりそう・・・。

私はすっかり世相に疎くなっているが、そろそろダルビッシュ有が登板するはずだ。
現役時代を知る投手でナンバーワンと考える。
お気に入り。

ところで、オリンピック4冠の北島康介。
男子百メートル平泳ぎの2連覇は世界初。
平泳ぎで2大会連続2種目制覇は世界初。

⇒2011年6月9日「北島康介、ロンドンオリンピックへの苦闘と挫折」はこちら。

北島康介は、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪に続いて2012年ロンドン五輪の日本代表になった。
私は代表選考会を兼ねた日本選手権をスポーツニュースで見た。
百メートルは余裕のゴール。
得意の2百メートルは立石諒に追い上げられたものの逃げ切った。
これにより日本の競泳選手では史上初の4大会連続出場を決めた。
素晴らしい。

北島康介は依然として男子競泳平泳ぎの第一人者だった。
強じんな意志を持ち、壮絶な努力をいとわない。
また、自らを客観的に眺め、オリンピックで勝つための戦略を定めて計画を立てられる。
4年に一度の大舞台での無類の勝負強さはそこから生まれる。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

北島康介はとうにピークを過ぎた29歳。
ロンドンオリンピックで金メダルが獲れればもちろんうれしいが、私は決勝に進出するだけでも快挙だと思う。
百メートルか2百メートルで3連覇を達成することがあれば「怪物」を通り越して「化け物」と表現するしかない。
これまで大きな勇気と感動を与えてくれた北島康介には、ロンドンオリンピックを存分に楽しんでもらいたい。

⇒2011年6月30日「北島康介の勝負脳、浅田真央の脱皮計画を応援しよう!」はこちら。

名選手が名コーチになると限らない。
しかし、北島康介は間違いない名コーチになると考える。
オリンピックで結果を残せる選手を育ててほしい。

私は、北島康介と高橋大輔が互いの活躍に刺激され、オリンピックへの情熱を再燃させたことを思い出した。
実績十分の二人は、台頭著しい若手のなかに身を投じて厳しい戦いに挑む。
いや、それどころか若手を引っ張っている。
「人間力」が突出する。

⇒2011年6月24日「北島康介と高橋大輔、五輪への思い再燃…現役続行」はこちら。

私にとり、浅田真央とイチローは「畏敬」の対象である。
見ているとつらくなるが見てしまう。

⇒2012年4月1日「浅田真央、ライバルと戦う前に自分に負ける…世界選手権」はこちら。

⇒2009年9月15日「イチロー、心が折れる」はこちら。

北島康介と王貞治は「尊敬」の対象である。
憧れの気持ちが混ざる。

高橋大輔は「親愛」の対象である。
要は、好きだ。
世界フィギュア選手権後、世界フィギュア国別対抗戦での主将に任命された。
日本チームをまとめ、優勝へ導いていくはずだ。
故障の羽生結弦に代わり出場する小塚崇彦に頑張ってほしい。

⇒2012年3月31日「高橋大輔は別格、芸術性の高い熟練の演技で魅了」はこちら。

ちなみに、長嶋茂雄は別格。
選手時代から監督時代まで、突き抜けた存在でありつづけた。
私が子どもの頃の世相を明るく照らした太陽(おひさま)であり、まぶしかった。
多分に神格化されているが、そうでなければ戦後最大のヒーローは生まれなかった。
スーパースターとは、そういうもの。

⇒2009年9月25日「ONの時代…両雄並び立つ奇跡!」はこちら。

以下に、「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」と題する2010年12月14日のブログを収める。

                      ◇◆◇

日本男子競泳平泳ぎの第一人者・北島康介。
2004年アテネ五輪(オリンピック)の百メートル、2百メートルで金メダルを獲得した。
2008年北京五輪(オリンピック)の同じ種目で2冠。
男子百メートル平泳ぎの2連覇は世界初。
平泳ぎで2大会連続2種目制覇は世界初。
私が考えていた以上の快挙である。

北島康介は中学2年生で東京SCコーチの平井伯昌に才能を見出された。
図抜けた何かを持っていたのだろう。
そして、初めて臨んだ2000年シドニー五輪(オリンピック)の百メートルで決勝に進出したが、4位入賞に留まった。

そこで、北島康介はアテネオリンピックへ向けて大きな脱皮に挑んだ。
スポーツ選手にとり最高の舞台で頂点に立てる泳ぎを追求したのだ。
さらに、北京オリンピックへ向けて脱皮に挑んだ。
しかも、2012年ロンドン五輪(オリンピック)へ向けて脱皮に挑んでいる。
私は、二人三脚で歩んできた平井伯昌コーチのもとを離れたという話を耳にした(不確か)。
驚きだ。

北島康介は五輪を節目に「進化」を遂げてきた。
もう一度言うが、「勝つ」ためだ。
逆に言えば、それまでの泳ぎでは勝てないと判断を下した。

私は思う。
北島康介の最大の凄みは、オリンピックをしっかりと見据えた準備にある。
過酷極まりない計画。
2〜3年がかりで古い泳ぎを脱ぎ捨てる。
いや、新しい泳ぎをつくりあげる。
いかなる変化もリスクをともなうが、それを強固な意志でやり遂げてきた。

年齢的にきわめて微妙なロンドンオリンピック。
それでも北島康介は諦めていない。
参りました。

2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)で表彰台の一番高いところを目指す浅田真央がもっとも学ぶべきアスリートは、北島康介を置いてほかにいない。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年4月5日「溺れる浅田真央は内村航平をもつかむ…立て直しのヒント」はこちら。

⇒2012年4月4日「浅田真央抜き視聴率…フィギュア国別対抗戦放送予定」はこちら。

⇒2012年4月1日「浅田真央、ライバルと戦う前に自分に負ける…世界選手権」はこちら。

⇒2012年3月29日「浅田真央、半伽思惟像のほほえみ…世界フィギュア選手権」はこちら。

⇒2012年3月25日「浅田真央は頂点へ…世界フィギュア選手権2012放送予定」はこちら。

⇒2012年2月12日「浅田真央、ソチオリンピックで金メダルはムリ・・・」はこちら。

⇒2012年1月11日「浅田真央、女王復活のシナリオ…世界フィギュア選手権2012」はこちら。

⇒2011年12月28日「浅田真央、視聴率の化け物…日本唯一のスーパースター」はこちら。

⇒2011年12月26日「浅田真央優勝、天上の母へ金メダルのクリスマスプレゼント」はこちら。

⇒2011年12月25日「浅田真央、全日本選手権感動大賞(女子部門)決定!」はこちら。

⇒2011年12月24日「浅田真央、明るい受け答え…笑顔に隠す深い悲しみ」はこちら。

⇒2011年12月23日「浅田真央の調子…全日本フィギュア選手権5度目の優勝へ」はこちら。

⇒2011年12月15日「浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養」はこちら。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

⇒2011年12月11日「鈴木明子、浅田真央の分まで頑張る…GPファイナル銀メダル」はこちら。

⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、見事なダブルアクセル…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月25日「浅田真央、跳びたいから跳ぶのは幼い…GPシリーズ2011」はこちら。

⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

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北島康介と高橋大輔、五輪への思い再燃…現役続行

先だって、このブログ(ライブドア版)の読者がメッセージ機能を用い、丁寧な感想を寄せてくれた。
それが女性なので、私は余計にうれしい。
仕事で接することがほとんどない。
日本とくに日本企業は依然として「男社会」である。
私は筆箱(古い?)にラブレターを見つけた気分・・・。

以下に、その全文を紹介しよう。
実は、本人には木曜日のブログで取りあげると連絡を差しあげたが、私が仕事に忙殺されて今日にずれ込んだ。
お詫びしたい。

                       ◇

はじめまして。
いつも和田さんのブログを楽しみに読ませていただいています。
多岐にわたる好奇心と、それぞれの事象へのバランスのよい分析を読みたくて・・・。
また、今回はどんな分野の解析をされているのかとワクワクしながら開いています。

最近のブログで印象に残ったのは、少し前の東電だけが悪者になることへの違和感。
それと、北島康介選手のロンドン五輪挑戦の記事でした。

東電については、私の兄が同社の技術者として福島第一・第二原子力発電所(原発)の建設にかかわりました。
その後、廃棄物処理の先進国である南アフリカで視察中に交通事故に合い、亡くなっています。
東電原発事故への私の考えは身びいきからのものだと思っていました。
しかし、和田さんからも自分に近い意見をお聞きすることができ、溜飲を下げました。

東電(会社)の事後対応に関しては歯がゆい気持ちで見守っていますが、現場で命がけで処理に当たる方たちへは心からエールを送りたいと考えます。

そして、北島選手のこと。
私も彼の挑戦するまなざしに魅力を感じているのですが、もう一人注目しているのがフィギュアスケートの高橋大輔選手です。
以前、CSで二人が対談したとき、北島選手は高橋選手の活躍を見て五輪への思いを再燃させたと語っていました。
また、北島選手の金メダルを見た高橋選手が子どものように羨ましがっていたのが印象的でした。

先頃の世界フィギュアスケート選手権でのエッジ・アクシデントを受けてソチ五輪までの現役続行を表明した高橋選手。
私は、あのときの金メダルへの思いが再び植えつけられたのだと思いました。

バレエの熊川哲也さんとの対談では、同じけがをした人の言葉として、1年後もっと進化した自分がいるはずと言われていました。
そうした考えの土壌があり、世界選手権のアクシデントがきっかけとなって、ソチへの思いが芽生えたのだと思いました。

つねに原点から自分を進化させていく北島選手。
若手の台頭目覚ましい男子シングルであえて厳しい闘いに臨もうとしている高橋選手。
私はお二人から目が離せません。

はじめてのメールで長々と失礼しました。
これからも楽しみにしています。

                       ◇

以上。
心より感謝したい。

彼女の東電原発事故に関する思いは非常に複雑だ。

さて、文面から力量が伝わってくる。
こうした読者は、きのうのブログ「浅田真央の肉球、アメショーのトリプルアクセル」(ライブドア版)のようなタイトルに眉をしかめているのかもしれない。
正しくは、「アメショーの肉球、浅田真央のトリプルアクセル」。
が、そもそもタイトルになっていない。
皆さん、ごめんなさい・・・。

私はブログで幾度も述べているが、人の好き嫌いをなるべく表明しないように努めている。
「嫌い」と思った瞬間、その人のいいところまで見えなくなってしまうのが怖いし、またそれでは自分もつまらない。
どんな人にもいいところと悪いところがある。
逆に言えば、私は好き嫌いが極端に激しい。
自分への戒めである。

浅田真央とイチローは「畏敬」の対象である。
見ているとつらくなる。
でも、見てしまう。
二人はいまもがいている。
北島康介と王貞治は「尊敬」の対象である。
憧れの気持ちが混ざる。
高橋大輔は「親愛」の対象である。
要は、好きだ。
お気に入りなので、ブログでつい称賛してしまう。

私は彼らを応援している。
とくに現役続行を選んだ北島康介と高橋大輔を・・・。

ちなみに、長嶋茂雄は別格。
私の気持ちを表す言葉が見つからない。
多分に神格化されているが、でなければ戦後最大のヒーローは生まれなかった。
スーパースターとは、そういうもの。
長嶋茂雄は選手時代から監督時代まで、つねに突き抜けた存在だった。

NHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)は半世紀の節目を迎えた。
現在、井上真央主演の「おひさま」が放送されている。
戦後の世相を明るく照らし出したのが、長嶋茂雄という太陽(おひさま)だった。
まぶしかった。

話を戻して・・・。
私は女性読者からお褒めの言葉をいただいたものの、年明け以降、なかでも1〜2カ月はブログにエネルギーを割けない。
もともと「分析」は得意でないが、ましていまは「解析」と呼べるレベルにまったく達していない。

昨今の政治の混迷と政治家の堕落、東日本大震災後の復興、エネルギー政策の見直しなど、社会的な関心事項について私なりに思うところがないわけでない。
しかし、ブログで取りあげるには、それなりに考える時間が必要であり、現状では不可能である。

私は来月還暦を迎え、それ以降を「サードキャリア」と位置づけている。
数年がかりで準備もいくらか重ねてきた。
今年度の下期以降、新テーマの講演やセミナー、研修が徐々にデビューする。
また、来年度以降、それらが急速に広まっていくと思われる(希望的観測)。

多忙な状態は現役を引退するまで続くはずだが、とくに2012年3月までがコンテンツ作成のピークとなる。
長丁場だ。
すでに素材はおおよそ揃っており、おもに編集と加工によりブラッシュアップを図る。
が、何事も“仕上げ”が一番大変である。
マラソンにたとえれば35キロメートル地点を過ぎて上り坂に差しかかる辺り。
登山なら胸突き八丁。

ここでの頑張り次第で、講演やセミナーの出来が極端に左右される。
講師自らが苦闘を乗り越えてこそ、参加者(受講者)や主催者(事務局)に大きな満足を与えられる。
私は、なるべく感動を与えたいと欲張っている。

                       ◇

余談。
現役復帰後のクルム伊達公子は心の底からテニスを楽しんでいる。
試合に出場できること自体がうれしそう。
それが表情にも全身にも、インタビューなどの言葉にもはっきりと表れている。

こうした心境にたどり着くまで、選手として人間としてどれほどの苦難を味わってきたのだろう。
私は、クルム伊達公子に突き抜けたすがすがしさを感じる。

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浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ

名もない私のブログに大勢の読者が訪れてくれる。
心より感謝したい。
私は懸命に執筆しているが、これは「いい加減なブログ」である。
それをお断りしておきたい。
このブログを読むうえで頭に入れておいてほしいことは、以下のとおり。

記事とは「取材」を行って書くものだ。
そうすれば“確証”が得られると限らないが、これが基本中の基本である。
そうでない記事は信憑性(しんぴょうせい)が低い。
何せじかに見たり聞いたり触れたりしていない。

私は年中無休で働いており、仕事に四六時中追われている。
ブログを書くために取材をわざわざ行うことはない。
内容に大きな限界がある。

このブログを含めて、ネット上に流通する情報は他人の情報を土台としていることが多い。
私が心がけているのは、なるべく取材を経た記事を参考にすること、そうでない場合には信用が置けそうな記事を参考にすることくらい。
それが精一杯だ。

このブログのなかで、事実に関する記事はテレビや新聞の報道を踏まえており、わりと正確である。
だが、それとても媒体(メディア)が取捨選択、編集加工を行っており、バイアス(偏向)がかかっている。
私がそれを下敷きにして書いた記事は事実が歪んでいるかもしれない。

このブログのなかで、私の体験に基づいて書いた記事はもっとも信頼が置ける。
すなわち、自ら実行した事柄、自ら遭遇した事柄だ。
その中心になるのは、私の本職と密接に関わる内容。
これらの情報はかなり的確でなかろうか。
記事により、豊富な体験を踏まえて“信念”に達した事柄を述べている。

とりわけ熱心な読者に、このブログの危うさを十分に理解していただきたい。
私が取材をはしょる以上、記事を書く際に確証を得ているということはまずない。

しかし、それがなくては記事を書けないとなると、このブログは成り立たない。
そこで、私はなるべく“確信”が持てた事柄を書くように努めている。
が、確信とは主観に基づいた“憶測”にすぎない。
間違いだらけ。

                       ◇

私は記事を書く際に、その場に自分を置くというイマジネーションを大切にしている。
特定の個人や団体(企業・組織)を取りあげるとき、面と向かって言えることしか書かない。
あるいは、講師という仕事柄、大勢を前にして演台で言えることしか書かない。
ブログの左サイドに記したとおり、記事の一部を講演や公開セミナー、企業研修でしばしば用いる。
これまでに数えきれないほど会場全体が凍りついた。

一例を挙げれば、トヨタを痛烈に批判した記事がある。
もし私が同社で講演を行うとしたら述べる。
もし豊田章男社長と面会を行うとしたら述べる。

私は、企業のセレモニー(記念行事)に招かれることがある。
人前で話す商売を長く続けているのに、こうしたおめでたい席でのスピーチを頼まれたことが一度もない。
「あいつだけは指名するな」と言われているのか。

私は、自分なりに確信が持てないと記事にしない。
むろん、最終的には相手や参加者が判断することだ。
ブログでは読者が判断することだ。

私は出張が非常に多い。
このブログはおもに車中や宿泊先でまとまった時間が取れるときにどんどん書き溜めている。
1年前、2年前の素材を仕上げることもある。
ブログを始めた頃からコメントにほとんど対応できなかった。
去年までは社員、今年からはマネジャーや妻がときどきチェックし、まとめて削除。
残すのは、まれに寄せられる知人のコメントのみ。
が、アクセスが千を超えてから、それとても対応できなくなった。
そうした状態なので、いまは受け付けていない。

                       ◇

実は、浅田真央が銀メダルに終わった2010年カナダ・バンクーバー冬季五輪(オリンピック)以降、このブログにコメントなどが寄せられた。
フィギュアスケートの採点システムに関する意見だ。
私はちらっと見たことがある。
おそらくすべてがそれに疑問を呈する内容であり、たいてい“裏情報”が添えられる。
その勢いで、キム・ヨナを退ける。

すでに述べたとおり、私は韓国へ行って当事者や関係者に面と向かって言えることしか書かない。
それなりに確信が持てる事柄にほかならない。
なお、フィギュアスケートの採点について私がどう思ったかは、このブログで2度述べている。
もちろん韓国で言える。

採点競技では採点方法により得点はもちろん順位まで動くことはよく知られている。
ノルディックスキー複合の超人(鳥人)・荻原健司は度重なるルール変更で勝てなくなった。
私はそこに採点競技の現実を見た。

⇒2009年6月23日「荻原健司(講演TV賢人編)」はこちら。

これは2004年にまとめた原稿に則して収録した映像である。

                       ◇

これもブログで繰り返し述べているが、私はあの人が好きか嫌いかという自分の気持ちに興味がない。
それは私の勝手な感情であり、取るに足らない、どうでもいい。
このブログにわざわざ綴らない(好きに限り述べることはある)。
人生の貴重な時間をそれに費やすことはしない。

⇒2010年11月8日「自分の時間を他人の批判に費やす」はこちら。

あの人を評価するかしないか。
これに尽きる。
好きだから応援するわけでない。
評価するから応援する。
それだけのこと。
このブログを貫く基本姿勢である。

⇒2010年4月27日「素人とプロの決定的な違いとは?」はこちら。

私は個人の好き嫌いを表明しない(好きに限り述べることはある)。
意味がないからだ。
そう、自分の人生に幸せや豊かさをもたらさない。

その人が嫌いと思った瞬間、その人から学ぶべきことまで見えなくなる。
つまらん・・・。
人は皆、評価できる点と評価できない点が混在していると、私は考えているのだ。

⇒2010年4月26日「学びとは違和感、成長とは不快」はこちら。

以前、公開セミナーの休憩時間、私のブログの読者だという参加者が話しかけてきた。
ありがたい。
「先生は****が好きですか」。
幾度か取りあげたタレントだった。
私は答に窮した。

こう述べると、誤解されるかもしれない。
「和田創は****が嫌いだ」。
そういうことでない。
このブログで取りあげる尺度は「好き嫌い」と無関係である。
私は個人の好き嫌いは表明しない(好きに限り述べることはある)。

「和田創 明日へのヒント 第9号 大山康晴」はこちら。

ブログの執筆では、好き嫌いと評価をごちゃ混ぜにしないように戒めている。
とくに自分の感情に引きずられないように…。

                       ◇

私はイマジネーションを大切にしている。
特定の個人を取りあげるとき、つきあいたいと思うかどうかを自らに問いかけている。
浅田真央でも、北島康介でも、イチローでも同様。

和田創は、なぜ凡人のままなのか?
理由は簡単。
彼らとつきあいたいと思わないからだ。
苦しくて、辛くて、私には耐える自信がない・・・。

彼らと本気でつきあおうと思う人は、すでに素晴らしい成果を上げ、実績を残しているはずだ。
私は彼らからかならず逃げ出そうとする。
食らいつく覚悟があったら、私はいまの地点やレベル(水準)に留まっていない。
平たく言えば、偉くなっている。

はたから応援するのは気楽。

私は、自分がつきあいたくない人を取りあげることが断然多い。
つきあいたくない人とは、私が学ぶべき人にほかならない。
相手の年齢は問わない。
“尊敬”に値する人物である。
還暦目前とはいえ、このブログを自らの成長の糧にしたいと願う。
そして、懸命に執筆している。
睡眠時間を極端に削ることも珍しくない。

⇒2010年7月29日「和田創ブログ&セミナーの基本スタンス」はこちら。

きょう述べたことは、このブログで大切にしている基本姿勢である。
ところが、人格者でないので、それをまま外してしまう。
あくまで私が心がけていることだ。

和田創のブログなど、取るに値しない。
くだらん。
大事なのは、世間や周りに惑わされず、自分の頭で考え抜くことだ。
考えて、考えて、考えて、考えて、考えよ。

もうしばらくすると、このブログで「イモトアヤコ」を取りあげる。
好きだなぁ〜、彼女。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年12月28日「浅田真央、視聴率の化け物…日本唯一のスーパースター」はこちら。

⇒2011年12月26日「浅田真央優勝、天上の母へ金メダルのクリスマスプレゼント」はこちら。

⇒2011年12月25日「浅田真央、全日本選手権感動大賞(女子部門)決定!」はこちら。

⇒2011年12月24日「浅田真央、明るい受け答え…笑顔に隠す深い悲しみ」はこちら。

⇒2011年12月23日「浅田真央の調子…全日本フィギュア選手権5度目の優勝へ」はこちら。

⇒2011年12月15日「浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養」はこちら。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

⇒2011年12月11日「鈴木明子、浅田真央の分まで頑張る…GPファイナル銀メダル」はこちら。

⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、見事なダブルアクセル…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月25日「浅田真央、跳びたいから跳ぶのは幼い…GPシリーズ2011」はこちら。

⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

⇒2011年10月6日「浅田真央は順調らしい…GPシリーズ2011NHK杯が初戦」はこちら。

⇒2011年10月1日「なぜ? 浅田真央ジャパンオープン、安藤美姫グランプリシリーズ欠場」はこちら。

⇒2011年9月17日「浅田真央…和田創は「浅田創」状態なのか?」はこちら。

⇒2011年7月10日「小塚崇彦と浅田真央が初々しい…お似合いカップル」はこちら。

⇒2011年7月3日「浅田真央はどんな「愛の夢」を見るのか?」はこちら。

⇒2011年6月30日「北島康介の勝負脳、浅田真央の脱皮計画を応援しよう!」はこちら。

⇒2011年6月27日「佐藤信夫コーチのカミナリ、浅田真央を直撃!? 」はこちら。

⇒2011年6月22日「浅田真央の肉球、アメショーのトリプルアクセル」はこちら。

⇒2011年6月20日「浅田真央、看板を引っ込める勇気…トリプルアクセル」はこちら。

⇒2011年6月18日「AKB48の隆盛、浅田真央の奇跡、読売巨人軍の凋落」はこちら。

⇒2011年6月16日「浅田真央の準備、プロ講師の準備」はこちら。

⇒2011年6月14日「浅田真央・井上真央・大地真央…血液型と美人度」はこちら。

⇒2011年6月11日「浅田真央と高橋大輔、二人の熱愛のその後」はこちら。

⇒2011年5月22日「浅田真央コーチ、安藤美姫コーチ、どうしたものか?」はこちら。

⇒2011年5月19日「佐藤信夫、浅田真央を叱る…新横浜の好々爺」はこちら。

⇒2011年5月17日「浅田真央と高橋大輔の関係をすっぱ抜く」はこちら。

⇒2011年5月14日「浅田真央のストイック、金妍児の自由奔放」はこちら。

⇒2011年5月12日「金妍児、ソチオリンピック出場と優勝の可能性」はこちら。

⇒2011年5月5日「荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷」はこちら。

⇒2011年5月3日「世界フィギュア採点のなぞ…安藤美姫の勝利」はこちら。

⇒2011年5月1日「浅田真央、世界で勝つ判断と作戦…佐藤信夫コーチ」はこちら。

⇒2011年4月30日「浅田真央、やってみないと分からない…修正途上」はこちら。

⇒2011年4月29日「浅田真央の連覇か安藤美姫の返り咲きか…世界女王」はこちら。

⇒2011年4月27日「浅田真央の純粋な狂気に学ぶ…プロ講師の心得」はこちら。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年4月22日「世界フィギュア2011日程…浅田真央は勝てる?」はこちら。

⇒2011年4月20日「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

⇒2010年3月28日「浅田真央歓喜、キム・ヨナ最終決戦に勝利!」はこちら。

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浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄

おとといのブログ「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」の続き。
ここで述べたのは、国際大会など試合前のマスコミ対応についてだ。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

きょうのブログは試合後の対応について。
ただし、すでに先日のブログ「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」で、彼女が結果を出せなかった際の具体的な対応について、私が思うところは述べている。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

そこで、きょうは彼女の受け答えのあり方でなく、それを眺める私たちファンや視聴者が知っておくべきことを記したい。

さて、浅田真央は滑りとジャンプの修正中なので、試合後のインタビューはたいてい惨敗を受けたものになりやすい。
それがどうも芳しくない。
誤解されると困るので言い直すと、自身はかならずしもそうしたいと思っているのでなかろう。
そうせざるをえない環境や状況に置かれている可能性がある。

私たちがまず理解しておかなくてならないのは、浅田真央にはインタビューを避ける権利が与えられていないということだ。
選手は皆そうかもしれない。
が、ぶざまな姿を見せた第一人者にはとりわけつらい。
浅田真央はジュニア、シニアと素晴らしい演技で私たちを魅了しつづけてきた。
公式試合ではたいていインタビューコーナーが設けられているが、そっと通り過ぎたいに違いない。

もう一つ理解しておかなくてならないのは、浅田真央は口を動かしていても彼女がしゃべっているわけでないということだ。
今季に入り、インタビューに対して長い時間、返事に詰まる場面が目立つ。
なぜか?
もちろん、喉まで出かかっている言葉を懸命に押し戻しているからだ。
ほかに理由はない。
浅田真央は胸の内を語っていない?
彼女の返事は、日本スケート連盟などフィギュアスケート界の公式見解のようなものだ。

私自身は浅田真央を気の毒に感じることがある。
ときに痛々しく…。
おそらく北島康介やイチローもそうだが、寄せられる期待が大きな重圧になる。
トップアスリートは大変である。
惨敗後のインタビューは残酷・・・。
当人にとり“地獄”に違いない。

浅田真央は仮に公式試合で成績を残せないとしても、皆から同情を買うとか不憫に思われることを望んでいない。
そんな次元の選手でないし、人間でない。
しかし、もうちょっと自分を理解してほしいと考えているのでは…。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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イチロー(講演TV賢人編)

イチローにこんな言葉がある。
「細かいことを積み重ねることでしか、頂上へは行けない」。
イチローは、不滅と思われた大リーグの年間最多安打記録を84年振りに塗り替えた選手。野手で最初のメジャー移籍。

イチローは、細身の体から精緻な安打を次々と繰り出し、いきなり首位打者、新人王、最優秀選手賞などを手に入れた。
イチロー伝説への挑戦に終着点はない。

氏の生き様のなかに、私たちにとり成功のヒントとなりそうな事柄を探ってみた。



******************
講演TV(賢人編)
イチロー
******************

なお、これは2005年2月時点の情報をもとに私が記した「明日へのヒント」に基づいて収録を行った。

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胃潰瘍のち満塁ホームラン/イチロー

私はイチローが苦手である。
いやなヤツだというわけでない。
野球に取り組む姿勢はもとより生き様がストイックすぎて、彼の言動にちょっと触れるだけで息苦しくなる。
凡人が窺い知れぬ高みに達している。

WBCの終了後、イチローに胃潰瘍が見つかった。
私は畏敬の念が一段と強くなった。
侍ジャパンにチームリーダーは不要と語っていたが、いかに重い責任を感じていたかが分かる。
まさか体調を崩すほどとは…。

イチローは今シーズン初出場。
3回の第2打席でセンター前にクリーンヒット。
そして、7回の第5打席でライトスタンドに満塁ホームラン。
応援に駆けつけた日本プロ野球最多安打記録保持者の張本勲の前で、あっさりと並んでみせた。
スーパースターはグランドスラムで自らを祝福した。
3085本(ただし、日米通算)。

張本勲は当時、41歳。
イチローはいま、35歳。
少なくとも40歳まで現役を続け、4千本安打を達成してほしい。
いや、45歳5千本安打も不可能でない。



ところで、アメリカでは、イチローを記録ほど評価しない人が珍しくない。
バントやボテボテのゴロを含めた内野安打の多さが気に入らないのか。
私は、相手の真剣な守備や送球を引き出すのでスリリングだと思う。

彼の最大の貢献は、ホームラン一辺倒になりがちだった大リーグに「走・攻・守」の魅力を呼び戻した、あるいは付け加えたことだろう。



何?
松坂大輔が15日間の故障者リスト入り?
彼も責任感の塊。

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しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
著作権について
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9784907620004-00

(272頁。2月10日発売)
9784907620011-00
プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

和田創研

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