年末にパソコンが破損し、データが消滅した。
書き溜め記事が中心のこのブログは実質休止。
私は仕事がパニック状態…。
頑張って仕上げてきた講演と教材のコンテンツが飛んだ。
きょうは2009年11月15日の記事にいくらか手を加えてアップ。
私が聴いたなかで「アンドレア・ボチェッリ」のベストを選んでみた。
それもユーチューブの動画に限られる。
断トツで「カルーソー」。
ボチェッリの魅力が余すところなく発揮されている。
彼が歌ったいかなる曲よりも優れている。
感動の一言。
⇒アンドレア・ボチェッリ「カルーソー」はこちら。
「アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)」はイタリアを代表するテノール歌手である。
1958年生まれ。
6歳でピアノを習いはじめ、音楽の道を目指した。
しかし、12歳でサッカーボールを頭に受けて脳内出血を起こし、視力をまったく失った。
ハンディを乗り越えて法学博士号を取得し、弁護士として活躍しながら、夢を捨てきれずにピアノ・バーで歌っていた。
その後、「ルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti)」とロック&ポップス歌手の「ズッケロ(Zucchero)」に見出され、1994年に念願のデビューを果たした。
「カルーソー(Caruso)」は、イタリアの音楽家「ルーチョ・ダッラ(Lucio Dalla)」が、ナポリ生まれの世界的テノール歌手「エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso)」に捧げた名曲である。
エンリコ・カルーソーは死後30年経った1951年、ハリウッドで『歌劇王カルーソー』として半生が映画化された。
ルーチョ・ダッラは1986年、航海中の船の損傷でソレント半島に立ち寄り、エンリコ・カルーソーが昔住んでいたホテルに滞在した。
そして、バルコニーに出て、エンリコ・カルーソーに思いを馳せながら作詞・作曲を手がけた。
私は、日本語に翻訳された歌詞をインターネットでいくつか見たが、内容や意味をよくつかめなかった。
エンリコ・カルーソーが50年弱の人生の晩年に抱いたであろう感懐や心情を歌ったものだろう。
追憶なのか、現実なのか。
愛と破局、情熱と鎮静、希望と傷心、高揚と失意、絆と孤独…。
さまざまな思いが交錯している。
「カルーソー」は、世界的なオペラ歌手やポピュラー歌手がカバーしている。
しかし、曲の性格ゆえか、他の歌手と張り合おうとするためか、感情移入が過剰になりやすい。
それが大げさに感じたりいやみに感じたり…。
アンドレア・ボチェッリは曲への思い入れを抑え、力まずに歌っている。
その豊かな情感と切ない悲しさに心打たれる。
人はここまで美しく歌うことができるのかと…。
それと矛盾するようだが、きわめてゴージャス。
深さと華という対照的な要素が溶け合い、まったく違和感がない。
クラシックとポピュラーの壁を苦にしない彼ならではあり、私は歌唱の懐の大きさに驚嘆…。
エンリコ・カルーソーが眺めた、きらきら光る海がまぶたに浮かんでくる。
ボチェッリの文句なくベスト!
ちなみに、「カルーソー」のベストもアンドレア・ボチェッリで決まり。
20世紀後半を代表するテノール歌手、ルチアーノ・パバロッティのそれは及ばない。
オペラファンから異論を唱えられそうだが…。
⇒ルチアーノ・パバロッティ「カルーソー」はこちら。
私は、「カルーソー」はアンドレア・ボチェッリのためにある曲だと思う。
⇒2011年1月4日「サラ…タイム・トゥ・セイ・グッバイ」はこちら。
Copyright (c)2011 by Sou Wada
←応援、よろしく!
書き溜め記事が中心のこのブログは実質休止。
私は仕事がパニック状態…。
頑張って仕上げてきた講演と教材のコンテンツが飛んだ。
きょうは2009年11月15日の記事にいくらか手を加えてアップ。
私が聴いたなかで「アンドレア・ボチェッリ」のベストを選んでみた。
それもユーチューブの動画に限られる。
断トツで「カルーソー」。
ボチェッリの魅力が余すところなく発揮されている。
彼が歌ったいかなる曲よりも優れている。
感動の一言。
⇒アンドレア・ボチェッリ「カルーソー」はこちら。
「アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)」はイタリアを代表するテノール歌手である。
1958年生まれ。
6歳でピアノを習いはじめ、音楽の道を目指した。
しかし、12歳でサッカーボールを頭に受けて脳内出血を起こし、視力をまったく失った。
ハンディを乗り越えて法学博士号を取得し、弁護士として活躍しながら、夢を捨てきれずにピアノ・バーで歌っていた。
その後、「ルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti)」とロック&ポップス歌手の「ズッケロ(Zucchero)」に見出され、1994年に念願のデビューを果たした。
「カルーソー(Caruso)」は、イタリアの音楽家「ルーチョ・ダッラ(Lucio Dalla)」が、ナポリ生まれの世界的テノール歌手「エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso)」に捧げた名曲である。
エンリコ・カルーソーは死後30年経った1951年、ハリウッドで『歌劇王カルーソー』として半生が映画化された。
ルーチョ・ダッラは1986年、航海中の船の損傷でソレント半島に立ち寄り、エンリコ・カルーソーが昔住んでいたホテルに滞在した。
そして、バルコニーに出て、エンリコ・カルーソーに思いを馳せながら作詞・作曲を手がけた。
私は、日本語に翻訳された歌詞をインターネットでいくつか見たが、内容や意味をよくつかめなかった。
エンリコ・カルーソーが50年弱の人生の晩年に抱いたであろう感懐や心情を歌ったものだろう。
追憶なのか、現実なのか。
愛と破局、情熱と鎮静、希望と傷心、高揚と失意、絆と孤独…。
さまざまな思いが交錯している。
「カルーソー」は、世界的なオペラ歌手やポピュラー歌手がカバーしている。
しかし、曲の性格ゆえか、他の歌手と張り合おうとするためか、感情移入が過剰になりやすい。
それが大げさに感じたりいやみに感じたり…。
アンドレア・ボチェッリは曲への思い入れを抑え、力まずに歌っている。
その豊かな情感と切ない悲しさに心打たれる。
人はここまで美しく歌うことができるのかと…。
それと矛盾するようだが、きわめてゴージャス。
深さと華という対照的な要素が溶け合い、まったく違和感がない。
クラシックとポピュラーの壁を苦にしない彼ならではあり、私は歌唱の懐の大きさに驚嘆…。
エンリコ・カルーソーが眺めた、きらきら光る海がまぶたに浮かんでくる。
ボチェッリの文句なくベスト!
ちなみに、「カルーソー」のベストもアンドレア・ボチェッリで決まり。
20世紀後半を代表するテノール歌手、ルチアーノ・パバロッティのそれは及ばない。
オペラファンから異論を唱えられそうだが…。
⇒ルチアーノ・パバロッティ「カルーソー」はこちら。
私は、「カルーソー」はアンドレア・ボチェッリのためにある曲だと思う。
⇒2011年1月4日「サラ…タイム・トゥ・セイ・グッバイ」はこちら。
Copyright (c)2011 by Sou Wada









