コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

カタリナ・ヴィット

高橋大輔とカタリナ・ビット…伝説のフィギュアスケーター

私は昨年、60歳を迎えて、企業(クライアント)での研修・指導から公開(セミナー会社など)の講演・セミナーへ仕事をシフトさせている。
体が持たないのだ。
もちろん後者も真剣に取り組んでいるが、疲労は前者の2〜3分の1。
ただし、収入も2〜3分の1。
これはやむをえない。

クライアントの仕事では数字の変化が見えるので、責任が重い。
また、研修・指導の内容も掘り下げや踏み込みが求められる。
へとへとになる。

念を押すと、公開の講演やセミナーをいい加減にやっているわけでない。
どちらも大切・大変な仕事だが、「必死」と「懸命」くらいの違いがある。

                       ◇

私は先日、膨大な荷物を引き連れながら長期出張から戻った。
セミナー(講演)や研修、指導など、立ちっ放し、しゃべりっ放しの状態が続き、腰痛と背筋痛を悪化させてしまった。
ちょっとした動作もおっかなびっくり・・・。

いくらか心身を休めたいところだが、5月25日までスケジュールがびっしりと詰まっている。
なかでも10日と25日にそれぞれ大きな締め切りを抱える。
この間、出張をともなう企業での教育指導のほか、公開のセミナーが入っている。
あすに小さな締め切りを抱えるので、土日は仕事漬けだ。

                       ◇

私は昨夜、「世界フィギュアスケート国別対抗戦2012」の女子シングル・フリーの放送をつけっ放しにしていた。
音声が耳に入る程度・・・。

その際、パトリック・チャンを圧倒した高橋大輔のフリーの映像が流された。
私はスポーツニュースなどでダイジェストを見たが、いま一つピンと来なかった。
やはり最初から最後まで演技を通して見ないと臨場感も伝わらないし、感激も湧きにくい。
私は仕事の手を止め、画面にくぎ付けになった。

記憶が曖昧だが、私が知る高橋大輔の演技のなかで一番の出来でなかろうか。
採点競技を突き抜けた次元だ。
何と形容すべきか、うまい言葉が見つからない。
高橋大輔はフィギュアスケートによる表現の究極に迫りつつある。
過去にここまでの世界をつくりあげた選手はいない。

私はふとカタリナ・ビット(カタリナ・ヴィット)を思い出した。
私の印象にもっとも深く残る女子シングル選手である。
1984サラエボオリンピックと1988カルガリーオリンピックの連続金メダリストだった。
が、得点とくに技術点でライバルを圧倒したわけでない(不確か)。

カタリナ・ビットは一言でいえば、美しかった。
フェースはトップクラスの女優並み、ボディはグラマラスで官能的、コスチュームは超セクシー(当時)。
代名詞のプログラム「カルメン」ほか、ヨーロッパ芸術の香りを濃厚にまとったドラマチックな表現で世界の注目を一身に集めた。
旧東ドイツ(東独)の出身ということが謎を深め、彫りの深い表情が神秘性を高めた。
私はカタリナ・ビットとその演技に、文化や歴史の厚みに通じる美しさを感じた。
衝撃である。

高橋大輔は2010バンクーバーオリンピック銅メダリストである。
しかし、カタリナ・ビットと並び、伝説のフィギュアスケーターになれると思う。
日本の伝統を土台にできないだろうか。
エキシビションにしかならない?
私はとんでもない希望を述べているのかもしれない。
もう少し掘り下げて考えてみたいが、時間を割けない。

なお、フィギュア国別対抗戦は競技を終え、日本チームが初優勝を飾った。
高橋大輔が引っ張った。
今夜はエキシビション。
今シーズンを完全休養に当てた安藤美姫が登場するとのこと。
演技が円熟味と深み、優雅さを増しており、非常に楽しみである。
二人とも完成度が際立つ。

以下に、「高橋大輔、独自の世界観・・・氷上舞台芸術の域へ」と題する2012年4月21日のブログを収める。
高橋大輔に関連する箇所を抜粋した。

                      ◇◆◇

私が仕事に忙殺されている間に、「世界フィギュアスケート国別対抗戦2012」が行われていた。
とくに悔しいのは、男子シングルがSPもフリーも終わっていたこと。
もっと悔しいのは、高橋大輔がカナダのパトリック・チャンを倒したこと。
見逃したのが残念という意味・・・。

⇒2012年3月31日「高橋大輔は別格、芸術性の高い熟練の演技で魅了」はこちら。

私はスポーツニュースで、高橋大輔が圧巻の演技で世界王者を破ったことを知った。
インターネットで調べたら、木曜日のSPで世界歴代最高得点となる94.00点を記録していた。
夏季五輪(オリンピック)4冠の北島康介に劣らず、成長途上のベテランである。

⇒2012年4月8日「北島康介、無類の勝負強さ、怪物から化け物へ…ロンドン五輪」はこちら。

そして、金曜日のフリーで自己ベストを4年ぶりに更新し、世界歴代2位の合計276.72点を記録していた。

高橋大輔は得意のステップで歓声が沸き、最後のスピンで場内が総立ちになった。
演技で魅了するという点において、男子シングル史上最高峰である。
ロシアのエフゲニー・プルシェンコやカナダのパトリック・チャンを問題にしない。
独自の世界観(高橋大輔ワールド)に観衆を引き込んだ。
完成度が上がり、円熟味が増し、「氷上舞台芸術」の域に達している。
リンクに投げ入れられた花束は半端な数でなかった。

⇒2010年12月7日「高橋大輔は心に訴えない…内臓を揺さぶる泥臭さ」はこちら。

会心の演技に対し、他国(ライバル)チームの選手が惜しみない拍手を送ったらしい。
出来のよさはもちろん、人間性の高さゆえ。
高橋大輔は、度量も愛も大きい。
海外のファンや選手を含め、大勢に愛されている。

余談ながら、私は羽生結弦が順調に成長すれば、やはり海外でもおおいに愛されると考えている。

⇒2011年12月25日「羽生結弦、気迫の表情、渾身の演技…全日本フリー最高得点!」はこちら。

話を戻す。
今季のフリーの選曲(使用曲)は高橋大輔の持ち味を最大限に引き出し、際立たせるように、私は思う。
だれも彼ほどブルースの魅力を表現できない。
大人の男の「官能」が漂う。
とはいえ、あくまでスポーツ競技として、危うさを押さえて健全性と積極性を、けだるさを押さえてキレやメリハリを大切にしている。
高揚と弛緩、躍動と退廃、挑発と脱力…。
変化がしなやかで、動きが美しい。
本大会での演技点の「音楽の解釈」の項目は驚異的な9.50点。
「イメージを変えたい」と挑戦したブルースは、自慢の表現力に一層の幅と深さ(奥行き)をもたらした。

日本開催の大会とはいえ、高橋大輔はこのところ無敵だった世界王者に16点以上の大差をつけた。

⇒2012年3月31日「高橋大輔は別格、芸術性の高い熟練の演技で魅了」はこちら。

私は高橋大輔の最高の演技を見逃したことになる。
SPもフリーもほぼ完璧だった。
彼の人柄からすれば、日本チームの主将としての責任感が味方したかもしれない。

こんなことを言うと、必死に努力している本人、懸命に応援しているファンに叱られそうだが、高橋大輔はオンリーワンであれば十分だ。
順位は採点方法で変わる。
競技(大会)の記録に残るより、私たちの記憶に残る道をさらに究めてほしい。

                      ◇◆◇

高橋大輔に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年4月21日「高橋大輔、独自の世界観・・・氷上舞台芸術の域へ」はこちら。

⇒2012年3月31日「高橋大輔は別格、芸術性の高い熟練の演技で魅了」はこちら。

⇒2011年12月27日「高橋大輔、圧巻のSP、ボロボロのフリー、文句あるか!」はこちら。

⇒2011年12月24日「高橋大輔、圧巻4回転ジャンプ、完璧演技で全日本王者!」はこちら。

⇒2011年12月21日「高橋大輔、『どうだ! 小塚君!』…全日本選手権で一蹴」はこちら。

⇒2011年12月12日「高橋大輔、世界一の演技でチャンを圧倒!…GPファイナル」はこちら。

⇒2011年11月17日「高橋大輔・大ちゃんの魅力…子犬のような人懐っこさ」はこちら。

⇒2011年11月15日「高橋大輔と小塚崇彦の比較…スケーターの特性と演技」はこちら。

⇒2011年10月29日「高橋大輔、燃え尽き症候群克服か…GPシリーズ&ファイナル」はこちら。

⇒2011年9月30日「ジャパンオープン2011…安藤美姫、高橋大輔、小塚崇彦が出場」はこちら。

⇒2011年5月17日「浅田真央と高橋大輔の関係をすっぱ抜く」はこちら。

⇒2011年4月28日「高橋大輔、世界フィギュア優勝へのスイッチ」はこちら。

⇒2011年4月26日「高橋大輔は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年2月20日「高橋大輔、金メダル宣言…世界選手権東京大会」はこちら。

⇒2010年12月7日「高橋大輔は心に訴えない…内臓を揺さぶる泥臭さ」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

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浅田真央の肉球、アメショーのトリプルアクセル

私が講演などの長期出張から戻って真っ先に行うのは、自室のフウ(アメリカンショートヘア♀)への挨拶。
本人は私に探してほしいらしく、ベッドの向こうに隠れていたりする。
かわいい・・・。

私は見つけ出し、フウの手(前足)の匂いをかぐ。
いわゆる「肉球」。
我が家に戻ってきたという実感を持てる。
これを「変態行為」と思う人は、猫好きでない。
また、猫が心を許した飼い主に見せるおなかは感触といい、匂いといい、形容しがたい安ど感が得られる。

                       ◇

私は倒れ込むように眠ったと思ったら、4時ジャストに目が覚めた。
このところ目が回る忙しさ。
睡眠時間が極端に少ない戦闘モードがずっと続いている。
気が張り詰めているせいか、何とか持ち堪えている。
いつか反動がどかーんと出るのでないかと正直、心配・・・。
自分でも恐ろしいくらい、仕事に集中できている。

ただし、ブログに時間をまったく割けない。
心の余裕がないのだ。

                       ◇

ところで、浅田真央は2011年〜2012年シーズンへ向けて準備にかかっているはずだ。
それどころか練習を再開しているかもしれない。
昨シーズンから取り組んでいるスケーティングとジャンプの見直しとレベルアップは順調に進んでいる?
世界フィギュアスケート選手権モスクワ大会での惨敗を受け、浅田真央が得点源として代名詞の3回転半ジャンプ(トリプルアクセル)に、主流の2連続3回転ジャンプを加えるとの報道に接した。
トリプルアクセルはほとんど成功しておらず、主要大会ではプログラムにとても組み込めない。

安藤美姫、高橋大輔、小塚崇彦ら一流選手に、オフはほとんどないのだろう。
世界の舞台で戦うことは大変である。

以下に、「荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷」と題する2011年5月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

世界フィギュアスケート選手権2011。
ロシア大会の放送を行ったフジテレビのスタジオ解説を務めたのが2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)金メダリストの荒川静香だった。
いまは華やかなアイスショーに活躍の舞台を移している。

男女を通じ、日本のフィギュアスケート界に最初の栄冠をもたらした。
国民人気をさらに高め、フィギュア王国を築くうえで彼女が果たした貢献は絶大だった。
歴史に名を刻んだ。

1998年長野冬季五輪(オリンピック)で初出場を果たしながらも、満足のいく結果を得られなかった。
女子は1枠であり、16歳の彼女にどれほどの重圧がかかっただろう。
まして、ファンの期待が爆発する自国開催。
逃げ出したかったかもしれない。
16歳といえば、いまの村上佳菜子と同じ。
このシーズンの世界フィギュアスケート選手権も1枠だった。
3枠が当たり前のように感じる現在と状況がまったく違う。

それが尾を引いたのか、荒川静香は低迷が続く。
2002年ソルトレイクシティ冬季五輪(オリンピック)では出場さえできなかった。
気持ちを立て直せなかったのだ。
2004年世界フィギュアスケート選手権で日本人として10年ぶり3人目の優勝を果たした。
このときに用いたのが、例の「トゥーランドット」。
その後もいま一つ調子が上がらなかったが、トリノオリンピックの最後(3人目)の切符を全日本フィギュアスケート選手権でつかんだ。

荒川静香は2回目のオリンピック出場では開き直り、楽しく参加することを大切にして勝利を収めた。
24歳は五輪女子フィギュア史上最年長の記録。
昨今は10代が中心である。
日本の頂点も凄いが、世界の頂点に立つというのは、どういう感覚か。
おそらく苦しみ抜いて栄冠をつかんだ選手にしか分からない。
4年間に世界にただ一人。
荒川静香は以前から競技よりもショーのほうに魅力を感じると話していた。
即、プロ転向。

韓国のキム・ヨナ(金妍児)も苦しみ抜いて2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で勝利を収めた。
1年ぶりの国際試合復帰となった2011年世界フィギュアスケート選手権ロシア大会の表彰台で流した涙がそれを物語っていた。

日本のフィギュアスケート界ではだれも金メダリストの荒川静香に並んでいない。
実は、アジア選手でも初めてだった。
あまりにも偉大な功績である。

以下に、「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」と題する2010年2月24日のブログを収める。

                      ◇◆◇

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHK「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
その後は明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、私はこれで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、合計でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢を叶えるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさりと表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

NHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

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荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷

世界フィギュアスケート選手権2011。
ロシア大会の放送を行ったフジテレビのスタジオ解説を務めたのが2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)金メダリストの荒川静香だった。
いまは華やかなアイスショーに活躍の舞台を移している。

男女を通じ、日本のフィギュアスケート界に最初の栄冠をもたらした。
国民人気をさらに高め、フィギュア王国を築くうえで彼女が果たした貢献は絶大だった。
歴史に名を刻んだ。

1998年長野冬季五輪(オリンピック)で初出場を果たしながらも、満足のいく結果を得られなかった。
女子は1枠であり、16歳の彼女にどれほどの重圧がかかっただろう。
まして、ファンの期待が爆発する自国開催。
逃げ出したかったかもしれない。
16歳といえば、いまの村上佳菜子と同じ。
このシーズンの世界フィギュアスケート選手権も1枠だった。
3枠が当たり前のように感じる現在と状況がまったく違う。

それが尾を引いたのか、荒川静香は低迷が続く。
2002年ソルトレイクシティ冬季五輪(オリンピック)では出場さえできなかった。
気持ちを立て直せなかったのだ。
2004年世界フィギュアスケート選手権で日本人として10年ぶり3人目の優勝を果たした。
このときに用いたのが、例の「トゥーランドット」。
その後もいま一つ調子が上がらなかったが、トリノオリンピックの最後(3人目)の切符を全日本フィギュアスケート選手権でつかんだ。

荒川静香は2回目のオリンピック出場では開き直り、楽しく参加することを大切にして勝利を収めた。
24歳は五輪女子フィギュア史上最年長の記録。
昨今は10代が中心である。
日本の頂点も凄いが、世界の頂点に立つというのは、どういう感覚か。
おそらく苦しみ抜いて栄冠をつかんだ選手にしか分からない。
4年間に世界にただ一人。
荒川静香は以前から競技よりもショーのほうに魅力を感じると話していた。
即、プロ転向。

韓国のキム・ヨナ(金妍児)も苦しみ抜いて2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で勝利を収めた。
1年ぶりの国際試合復帰となった2011年世界フィギュアスケート選手権ロシア大会の表彰台で流した涙がそれを物語っていた。

日本のフィギュアスケート界ではだれも金メダリストの荒川静香に並んでいない。
実は、アジア選手でも初めてだった。
あまりにも偉大な功績である。

以下に、「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」と題する2010年2月24日のブログを収める。

                      ◇◆◇

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHK「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
その後は明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、私はこれで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、合計でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢を叶えるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさりと表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

NHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

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浅田真央が流した悔し涙の価値とは?

何事も中途半端で投げ出してきた私は、これまで一度も悔し涙を流したことがない。
「30人31脚」「全日本吹奏楽コンクール」など、子ども(少年・青年)が出場するさまざまな競技が舞台裏を含めてテレビで放送される。
敗者はたいてい大泣きする。
本気で悔しがるのは、本気で取り組んだ証である。
そう、限界まで頑張った。
私は立派だと思う。
そうした涙を否定しない。

⇒2010年1月3日「本気で悔しがる生き方、働き方」はこちら。

本気で悔しがる。
ありそうでない。
私自身はこれからも経験せずに一生を終えるのでないか。
本気で数知れず悔しがれるのは、ごく一握り成功者だ。
彼らの最大の共通点は、敗北や挫折、失敗の経験が突出して多いことである。

⇒2009年11月9日「成功の条件を考える」はこちら。

しかし、私は昭和26年(1951年)生まれの古い人間であり、人前で涙を流すのは潔くないという気持ちをどこかで引きずっている。
最近、だれもかれもたやすく泣きすぎる…。

そう考える私が感動したのが、2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で浅田真央が流した大粒の涙である。
とても痛ましかったが、同時にとても美しかった。
彼女が本番を迎えるまでに重ねてきた努力、乗り越えてきた試練に思いを馳せれば、悔し涙には正当な「価値」が認められる。
その尊さが、私たちの心を強く打った。

バンクーバー五輪で浅田真央は敗北を喫したわけでなく、銀メダルを得た。
ただ、彼女が望んでいた表彰台の一番高いところに立てなかった。
そこにすべてをかけ、凄まじい情熱とエネルギーを傾けてきた。
私が過去のオリンピックでもっとも印象に残った悔し涙である。

浅田真央は、自分に厳しい。
そして、周囲に優しい。
とくに気配りが半端でない。
若いのだから、私は気楽に、いや勝手に振る舞ってもらいたい。
が、浅田真央は決してそうしない。
この子が背負うものはあまりに重い。

2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)金メダリストの荒川静香はしがらみと無縁だった。
本番では、大勢の期待に応えるのでなく、自分の滑りを見せることに徹した。
彼女が目指したのは、あくまでプロ転向の片道切符を手にすること。
私が知る範囲でもっともエレガントなスケーティングだと感じたが、人気はそれほど高くない。
ちなみに、もっともドラマチックなスケーティングだと感じたのはカタリナ・ヴィット。

荒川静香は目的志向が強く、そこから少しでも外れたものはばさばさ切り捨てられる。
日本人のウエットな国民性とかけ離れた地点に立つ。
これも立派な見識だろう。
そして、自分にとっての至上命題をクリアした。

日本選手が一つもメダルを取れないうちに、トリノ五輪は最終盤に差しかかった。
私たちが諦めかけていたとき、荒川静香はもっともまぶしいメダルをつかんだ。
努力が大前提にしろ、先の意思(考え)がそれを引き寄せた。
また、運をあわせ持っていた。

この選手に何が何でも金メダルを取らせてあげたい。
国民の多くがそう願うこと自体がとんでもなく凄い。
私は、2014年ソチ五輪で浅田真央が楽しく滑る姿を見られるなら満足である。
それだけで十分にうれしい。
が、栄冠に輝くことがあれば熱狂するだろう。
おそらく近藤良平「てっぱんダンス」でもっとも印象的な「トン! トン! トン!」のポーズをやってしまう。
あれは最高の歓喜を表現している。
浅田真央には頂点が似合う。

続きはあさって、「浅田真央不調、ソチ五輪への長いトンネル・・・」のブログで…。

⇒2010年11月21日「てっぱんダンス…瀧本美織はだれと踊るのか?」はこちら。

以下に、「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」と題する2010年2月24日のブログをそのまま収める。

                      ◇◆◇

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHKの「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
しかし、明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、これで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、総合でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現(美しさ)のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢をかなえるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさり表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

                      ◇◆◇

2010年カナダ・バンクーバー冬季五輪(第21回冬季オリンピック)およびフィギュアスケート女子・浅田真央などに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年10月24日「浅田真央、北島康介が最高の教科書…五輪金メダル」はこちら。

⇒2010年10月3日「浅田真央はしっとり大人の“女”へ…20歳の変身」はこちら。

⇒2010年7月3日「浅田真央新コーチ人選、ソチ金メダル条件」はこちら。

⇒2010年5月4日「アンジェラ・アキと浅田真央の失敗」はこちら。

⇒2010年4月18日「キム・ヨナ、気になる去就に決着か」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年4月10日「石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙」はこちら。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

⇒2010年3月31日「金荒川静香が通った道…羽生結弦」はこちら。

⇒2010年3月30日「銀・浅田真央は金・荒川静香より凄い!」はこちら。

⇒2010年3月28日「笑顔がこわばる浅田真央…フィギュア表彰台」はこちら。

⇒2010年3月28日「浅田・長洲・村上、ソチ五輪表彰台独占へ!」はこちら。

⇒2010年3月27日「浅田真央vs長洲未来…ソチ五輪前哨戦?」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月28日「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」はこちら。

⇒2010年2月24日「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」はこちら。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。

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浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHKの「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
しかし、明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、これで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、総合でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現(美しさ)のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢をかなえるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさり表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

NHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。
                       ◇

バンクーバー冬季五輪に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。
⇒2010年2月14日「モーグル上村愛子、ソチ3位へ挑戦?」はこちら。
⇒2010年2月16日「男子5百歓喜、長島銀、加藤銅メダル」はこちら。
⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。
⇒2010年2月18日「日本電産・永守重信、メダルに報奨金」はこちら。
⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。
⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。
⇒2010年2月21日「葛西紀明、伊東大貴…ラージヒル決勝」はこちら。

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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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