コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

チューリップ

心の旅と青春の影…歌詞の意味の解釈

音楽にそれほど関心のない私が聞き惚れてしまうのは、財津和夫の「青春の影」。
かならず胸が熱くなる。
これを聞いたきっかけが何か、時期がいつか思い出せないが、自分のなかにしっかりと根を下ろしていた。
しかも、楽曲が先で、ミュージシャンは後だ。
井上陽水とその楽曲から浴びせられたような鮮烈なインパクトはなかった。

財津和夫は、ニューミュージック系のポップスグループ「チューリップ」のリーダー。
ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がけた。
1948年、福岡市生まれ。
博多はミュージシャンや芸能人を多く輩出する土地柄だ。
私が教育指導の仕事でもっとも訪れた地方都市であり、ここ十年程では年間30日〜60日に達する。
都会性と土着性が溶け合っており、自由と自信に満ちた開放的な風が街なかを心地よく吹き渡る。
私は博多が大好きになった・・・。



さて、貧乏学生の私が授業を放り出し、楽譜取次の松沢書店の一員として飛び回っていた頃、チューリップの楽譜が急に売れはじめた。
インターネットで調べたところでは、3枚目のシングル「心の旅」を出した1973年だったようだ(姫野達也がリードボーカル)。
1974年に「青春の影」と、立てつづけにヒットを飛ばした。

当時、博多から勝負をかけて上京したチューリップ。
ほしくて仕方がなかった世間の注目をようやく手に入れた。
が、「心の旅」のヒットと引き換えにまとわりついたアイドルグループというイメージ。
そこにリーダー・財津和夫の苦悩と葛藤、そしてメンバーの引っかかりがあった。
おそらく、人に深さを与えるため、人生は思うとおりにならないようにできている。

財津和夫が軌道修正を図りたくて世に問うたのが「青春の影」だった。
アイドルが歌う楽曲にもっとも大事なのは、大衆にとっての分かりやすさである。
皆が一度聞けば親しみを持てること。
「心の旅」はそうだ。

ところが、「青春の影」は人の内面へ潜り込んだ。
楽曲に哲学というか思想性をしのばせた。
それはチューリップとしての原点回帰だった。
ゆえに、青春の影は最初から受け入れられたわけでない。
心を込めてライブで歌いつづけるうち、徐々に共感と支持の輪を広げていった。

チューリップがヒットを飛ばした結果、初めて持つに至った余裕の裏返しとも見なせよう。
それがこの楽曲に、若さに似合わない堂々たる風格をもたらした。
「心の旅」と同様に愛情をテーマとしているものの、「青春の影」は人生の営みに通じる。

心の旅はストレートなラブソングだ。
愛する人を故郷に残し、自らの意志を貫いて上京する。
これが永遠の別れになりそうと、互いに思っている。
未練を断ち切り毅然と旅立つ男に、女は諦めるしかない。
最後の夜、二人は激しく愛し合う。

青春の影もラブソングだが、深い。
人間的な成熟が感じられる。
財津和夫が20代半ばで書きあげたことに驚かされる。
私は、昭和を代表する名曲の一つだと思う。

歌詞の1番をそのまま受け取れば、愛する女性と生涯をともにする決意を固めた男の歌である。
2番の終わりは、プロポーズに向かう途中に湧いてきた、あるいは噛み締めた大人への自覚だろう。
青春の影の「影」は、青春を過去に押しやるとの思い、そして惜別の念か…。
いよいよ青春時代の幕を下ろし、家庭生活の扉を開ける。
愛のあり方もこれまでとは変わっていく。
二人の旅が始まるのだ。
それは途方もなく長いデコボコ道(ロング・アンド・ワインディング・ロード)。

自分を振り返るなら、つきあいと同棲が長かった私と妻(前妻)は機が熟するように結婚へ進んだ。
が、挙式では、独身を手放す喪失感と所帯を構える責任感が一気に押し寄せた。
形容しがたい感慨があった。
私にも妻にも大きな区切りだった。

青春の影は「心の旅」に出た後の人生のドラマと主人公の成長を歌っているのか。
財津和夫自身の経験を土台にしたものかどうか、私は分からない。
内容としては、ポジティブかつハッピーである。
雄々しくもある。

しかし、そうした解釈だと、どうも面白くない。
この楽曲の魅力がするりと逃げていく。
全体からにじみ出る“切なさ”もうまく説明できない。

私は、財津和夫は「謎」を残したかったのでないかと思う。
心の旅の歌詞と同様、青春の影の歌詞の1番は明快だ。
意味を取り違えようがない。
が、一転して2番が分かりにくい。
なかでも前半と最後の2箇所にキーフレーズが置かれている。
財津和夫は“余白”を忍ばせた。
鑑賞者への贈り物か。
曲名も謎を深めるのに一役買っている。

歌詞の1番と2番にそれなりの時間が横たわっていると考えると、違った解釈ができそうだ。
すなわち、出会い、愛、別れ…。
愛のかけがえのなさと厳しさ、まっとうの難しさ…。
それでも人はときを刻み、道を歩みつづける。
財津和夫は、愛すること、生きることへの純粋な情熱を綴った、大きな悔いさえ受け入れながら…。

作者が世の中に作品を送り出せば、独り歩きする。
鑑賞者は気ままに楽曲を楽しむ。
解釈に白黒をつける必要はなかろう。
頭で音楽を聞くなど邪道…。

作者といえども、作品のすべてを理解しているわけでない。
それ以前に、意図が伝わるとは限らない。
そもそも作者はヒットをつくれない。
受け手のさまざまな思いが塗り込められ、作品の世界が膨らんでいった結果である。

私自身は、失恋を歌った楽曲と捉えるほうがイマジネーションは広がる。
また、一層、心に染み入る。
実際、青春の影に接し、人をまっすぐに愛した記憶がよみがえったり、それゆえの失恋の痛手を癒されたりする方も多いのでないか。
単に結婚に至るストーリーだったら、大ヒットはなかった。
プロポーズソングやウェディングソングとして多用されただろうが・・・。

青春の影の凄みは人により、さらにそのときどきで異なった受け止め方を、しかも何の違和感もなくできてしまうことだ。
財津和夫の眼差しは、現実の愛にも、回想の愛にも、やさしく注がれている。
人を愛するのも自分であり、人と別れるのも自分である。
それが人生…。
この楽曲には、懸命に生きる人へのおおらかな包容力がある。
世代を超えて愛されるゆえん。

青春の影は、深い愛情は当然として、重い責任をともなう結婚へ踏み出そうとする心情を歌いあげた。
平凡をよしとする覚悟も・・・。

そうしたとき、結婚に至らなかった相手との愛がよぎるかもしれない。
私たちは人生の節目に、それまでのさまざまな出来事を喜びや幸せ、悲しみや苦しみなどの記憶とともに重ね合わせる。

青春の影には、おめでたい席(結婚披露宴)で歌うのをためらわせるような深みがある。
歌うとしたら、新郎。
ほかにぜひともというなら、新郎を見守ってきた熟年カップルの男性か。

なお、4タイプしかない血液型を引き合いに出すと叱られそうだが、O型のよさがいかんなく発揮されている。
楽曲の底に保守的な安心感が流れる。
それが聞く者をじんわりと揺さぶる。
青春の影はやはり不朽の名作でなかろうか・・・。

Copyright (c)2013 by Sou Wada

青春の影、歌詞の意味、求愛・結婚ソングのお墨付き

博多じまん(九州新幹線版)歌手(ミュージシャン)や役者、お笑い、タレントなど、多くの芸能人を輩出する福岡(博多)。
私がもっとも頻繁に訪れる地方都市であり、大好きだ。
単身赴任者に最大人気となっている(不確か)。
先ごろ九州新幹線が全線開通し、九州地方における一極集中にさらに拍車がかかりそうだ。

おとといのブログに続いて・・・。

⇒2011年6月10日「武田鉄矢の武勇伝…福岡出身タレント・芸能人」はこちら。

私は5日間の福岡出張の帰り、新幹線の博多駅で明月堂の「博多じまん」を買い求めた。
人気と知名度では明月堂の「博多通りもん」だが、家族がそちらを希望した。

⇒2011年3月5日「博多通りもん、福岡土産一番人気の秘密」はこちら。

⇒2011年2月18日「博多じまん、人気の福岡土産のうまさ…明月堂」はこちら。

俗っぽい味を好む私はもちろん「博多じまん」。

                       ◇

さて、その昔、福岡から勝負をかけて上京したチューリップ。
ほしくて仕方がなかった世間の注目をようやく手に入れた。
それが「心の旅」のヒットだった。
しかし、引き換えにまとわりついたアイドルグループというイメージ。
そこにリーダー・財津和夫の苦悩と葛藤、そしてメンバーの違和感があった。

おそらく、人に深さを与えるため、人生は思うとおりにならないようにできている。
財津和夫が軌道修正を図りたくて問うたのが、「青春の影」だった。
アイドルが歌う楽曲にもっとも大事なのは、大衆にとっての分かりやすさである。
皆が一度聞けば、親しみを持てること。
「心の旅」はそうだ。

ところが、一転して「青春の影」は、人の内面へ潜り込んだ。
哲学というか思想性がにじむ。
それは、チューリップとしての原点回帰だった。
ゆえに、この楽曲は最初から受け入れられたわけでない。
心を込めてライブで歌いつづけるうちに、徐々に共感と支持を広げていった。

しかし、それはチューリップがヒットを飛ばした結果、初めて持つに至った余裕の裏返しとも見なせよう。
それが「青春の影」に、若さに似合わない、堂々たる風格をもたらした。
「心の旅」と同様に愛情をテーマとしているものの、「青春の影」は人生の営みに通じる。
私は不朽の名作だと思う。

ところで、「青春の影」はなぜヒットしたか?
むろん、“別れ”を癒やしてくれる楽曲と受け止めた人がいたからだ。
自分がどう感じたか、それがすべて。
「青春の影」は、愛に留まらず人生の高揚と尊さを歌っている。
この曲名と歌詞の意味をどのように解釈するか、その答は聞く人それぞれの愛と人生のなかにあるはずだ。

とはいえ、以前、私なりに財津和夫の「青春の影」について考えたことがある。
以下に紹介しよう。

                       ◇

私は音楽にほとんど関心がないが、財津和夫の「青春の影」に惹かれてきた。
まれに耳にする機会があると、決まって胸が熱くなる。
きっかけが何か、時期がいつか思い出せないが、自分のなかに根を下ろしていた。
しかも、楽曲が先で、ミュージシャンは後だ。
井上陽水とその楽曲から浴びせられたようなインパクトはなかった。

貧乏学生だった私が授業を放り出し、楽譜取次の松沢書店の一員として飛び回っていた頃、チューリップの楽譜が急に売れはじめた。
それは3枚目のシングル「心の旅」を出した1973年だったようだ(姫野達也がリードボーカル)。
チューリップは1974年に「青春の影」と、立てつづけにヒットを飛ばした。

「心の旅」はストレートなラブソングだ。
おそらく愛する人を故郷に残し、自らの意志を貫いて上京する。
これが別れになりそうと、互いに思っている。
どこか切ない。
「青春の影」もラブソングだが、深い。
人間的な成熟が感じられる。
私は財津和夫が20代半ばで書きあげたことに驚かされる。

歌詞の1番をそのまま受け取れば、愛する女性と生涯をともにする決意を固めた男の歌である。
2番の終わりは、プロポーズに向かう途中に湧いてきた、あるいは噛み締めた大人への自覚だろう。
「青春の影」の「影」は、青春を過去に押しやるとの思い、そして惜別の念か…。
おそらく青春時代の幕を下ろし、家庭生活の扉を開ける。
愛のあり方もこれまでとは変わっていく。
二人の旅が始まるのだ。
それは途方もなく長いデコボコ道…。
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード。

自分を振り返るなら、つきあいと同棲が長かった私と妻(前妻)は機が熟するように結婚へ進んだ。
が、挙式では、独身を手放す喪失感と所帯を構える責任感が一気に押し寄せた。
それは形容しがたい感慨だった。
二人にとり、非常に大きな区切りになった。
私はこれを境に狂ったように働きはじめた。
高校2年から虚無感に苦しんできたので、劇的な変化は自分でも不思議だった。

話を戻し、「青春の影」は「心の旅」に出た後の人生のドラマと主人公の成長を歌っているのか。
それが財津和夫自身の経験を土台にしたものかどうか、私はまったく分からない。
内容としては、ポジティブかつハッピーである。
雄々しい。

が、そうした解釈だと、どうも面白くない。
この楽曲の魅力がするりと逃げていく。
全体からにじみ出る“切なさ”もうまく説明できない。

私は、財津和夫は「謎」を残したかったのでないかと思う。
「心の旅」の歌詞と同様、「青春の影」の歌詞の1番は明快だ。
意味を取り違えようがない。
ところが、一転して2番が分かりにくい。
なかでも前半と最後の2箇所にキーフレーズが置かれている。
財津和夫は“余白”を忍ばせた。
鑑賞者への贈り物か。
曲名も謎を深めるのに一役買っている。

歌詞の1番と2番にそれなりの時間が横たわっていると考えると、違った解釈ができそうだ。
すなわち、出会い、愛、別れ…
愛の掛け替えのなさと厳しさ、まっとうの難しさ…。
それでも人はときを刻み、道を歩みつづける。
財津和夫は、愛すること、生きることへの純粋な情熱を綴った、大きな悔いさえ受け入れながら…。

作者が世の中に作品を送り出せば、独り歩きする。
鑑賞者は気ままに楽曲を楽しむ。
解釈に白黒をつける必要はなかろう。
作者といえど、作品のすべてを理解しているわけでない。
それ以前に、意図が伝わるとは限らない。
そもそも作者はヒットをつくれない。
受け手(鑑賞者)のさまざまな思いが塗り込められ、作品の世界が膨らんでいった結果である。

私自身、失恋を歌った楽曲と捉えるほうがイマジネーションは広がる。
また、一層、心に染み入る。
実際、「青春の影」に接し、人をまっすぐに愛した記憶がよみがえったり、それゆえの失恋の痛手を癒されたりする方も多いのでないか。
単に結婚に至るストーリーだったら、大ヒットはなかった。
プロポーズ(求愛)ソングやウェディング(結婚式)ソングとして多用されただろうが…。

「青春の影」の圧倒的な凄みは、人により、さらにそのときどきで異なった受け止め方を、しかも何の違和感もなくできてしまうことだ。
財津和夫の眼差しは、現実の愛にも、回想の愛にも、やさしく注がれている。
人を愛するのも自分であり、人と別れるのも自分である。
それが人生…。
この楽曲には、懸命に生きる人へのおおらかな包容力がある。
世代を超えて愛されるゆえん。

「青春の影」は、深い愛情は当然として、重い責任をともなう結婚へ踏み出そうとする心情を歌いあげた。
平凡をよしとする覚悟も…。
そうしたとき、結婚に至らなかった相手との愛がよぎるかもしれない。
私たちは人生の節目に、それまでのさまざまな出来事を喜びや幸せ、悲しみや苦しみなどの記憶とともに重ね合わせる。

なお、4タイプしかない血液型を引き合いに出すと叱られそうだが、O型のよさがいかんなく発揮されている。
楽曲の底に保守的な安心感が流れる。
それが聞く者をじんわりと揺さぶる。

                       ◇

「青春の影」には、結婚披露宴で歌うのをためらわせるような深みがある。
歌うとしたら、新郎。
ほかにぜひともというなら、新郎を見守ってきた熟年カップルの男性か。

その「青春の影」がセブン−イレブンのおでんのCMで流れた。
幸福感を強調するため、歌詞が分かりやすい個所を使っている。
CMは認知の向上、販売の促進を意図しているから当然だろう。
「青春の影」が採用されたことにより、おめでたい楽曲という“お墨付き”を頂戴した。

人々が疲弊と孤独を深め、ぬくもりの感じられる楽曲を求めている。

Copyright (c)2011 by Sou Wada

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チューリップ・青春の影…財津和夫の苦悩と葛藤

博多から勝負をかけて上京したチューリップ。
…ほしくて仕方がなかった世間の注目をようやく手に入れた。

が、「心の旅」のヒットと引き換えにまとわりついたアイドルグループというイメージ。
そこにリーダー・財津和夫の苦悩と葛藤、そしてメンバーの違和感があった。

おそらく、人に深さを与えるため、人生は思うとおりにならないようにできている。

財津和夫が軌道修正を図りたくて問うたのが、「青春の影」だった。
アイドルが歌う楽曲にもっとも大事なのは、大衆にとっての分かりやすさである。
皆が一度聞けば親しみを持てること。
「心の旅」はそうだ。

ところが、一転して「青春の影」は、人の内面へ潜り込んだ。
哲学というか思想性がにじみ出ている。
それは、チューリップとしての原点回帰だった。
ゆえに、この楽曲は最初から受け入れられたわけでない。
心を込めてライブで歌いつづけるうちに、徐々に共感と支持を広げていった。

しかし、それはチューリップがヒットを飛ばした結果、初めて持つに至った余裕の裏返しとも見なせよう。
それがこの楽曲に、若さに似合わない、堂々たる風格をもたらした。
「心の旅」と同様に愛情をテーマとしているものの、「青春の影」は人生の営みに通じる。

私は不朽の名作だと思う。

以下に、「財津和夫・青春の影、歌詞の意味…昭和の名曲」と題する2010年8月13日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は、財津和夫(ざいつ・かずお)の「青春の影」に惹かれてきた。
きっかけが何か、時期がいつか思い出せないが、自分のなかに根を下ろしていた。
しかも、楽曲が先で、ミュージシャンは後だ。
井上陽水(いのうえ・ようすい)とその楽曲から浴びせられたようなインパクトはなかった。

以前、青春の影を久し振りに聞く機会があり、自分なりの考えをまとめた。
そして、「財津和夫『青春の影』不朽の名作の謎解き」と題し、このブログにアップした。
が、読み返してみると、どこかしっくりしない。

⇒2010年8月1日「財津和夫『青春の影』不朽の名作の謎解き」はこちら。

私は例によりうだうだと考えつづけた。
楽曲の感動と向かい合いたかったのだ。
それは自分を見詰めること。
練り直した原稿をきょうアップした。

                      ◇◆◇

音楽にほとんど関心のない私が聞き惚れてしまうのは、財津和夫の「青春の影」。
かならず胸が熱くなる…。

財津和夫は、ニューミュージック系のポップスグループ「チューリップ」のリーダー。
ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がけた。
1948年、福岡市生まれ。
博多はミュージシャンや芸能人を多く輩出する土地柄だ。

貧乏学生の私が授業を放り出し、楽譜取次の松沢書店の一員として飛び回っていた頃、チューリップの楽譜が急に売れはじめた。
インターネットで調べたところでは、3枚目のシングル「心の旅」を出した1973年だったようだ(姫野達也がリードボーカル)。
1974年に「青春の影」と、立てつづけにヒットを飛ばした。

心の旅はストレートなラブソングだ。
おそらく愛する人を故郷に残し、自らの意志を貫いて上京する。
これが別れになりそうと、互いに思っている。
どこか切ない。

青春の影もラブソングだが、深い。
人間的な成熟が感じられる。
財津和夫が20代半ばで書きあげたことに驚かされる。
私は、昭和を代表する名曲だと思う。

歌詞の1番をそのまま受け取れば、愛する女性と生涯をともにする決意を固めた男の歌である。
2番の終わりは、プロポーズに向かう途中に湧いてきた、あるいは噛み締めた大人への自覚だろう。
青春の影の「影」は、青春を過去に押しやるとの思い、そして惜別の念か…。
おそらく青春時代の幕を下ろし、家庭生活の扉を開ける。
愛のあり方もこれまでとは変わっていく。
二人の旅が始まるのだ。
それは途方もなく長いデコボコ道…。

自分を振り返るなら、つきあいと同棲が長かった私と妻(前妻)は機が熟するように結婚へ進んだ。
が、挙式では、独身を手放す喪失感と所帯を構える責任感が一気に押し寄せた。
形容しがたい感慨があった。
私にも妻にも大きな区切りだった。

青春の影は「心の旅」に出た後の人生のドラマと主人公の成長を歌っているのか。
それが自らの経験を土台にしたものかどうか、私は分からない。
内容としては、ポジティブかつハッピーである。
雄々しい。

しかし、そうした解釈だと、どうも面白くない。
この楽曲の魅力がするりと逃げていく。
全体からにじみ出る“切なさ”もうまく説明できない。

私は、財津和夫は「謎」を残したかったのでないかと思う。
心の旅の歌詞と同様、青春の影の歌詞の1番は明快だ。
意味を取り違えようがない。
ところが、一転して2番が分かりにくい。
なかでも前半と最後の2箇所にキーフレーズが置かれている。
財津和夫は“余白”を忍ばせた。
鑑賞者への贈り物か。
曲名も謎を深めるのに一役買っている。

                       ◇

歌詞の1番と2番にそれなりの時間が横たわっていると考えると、違った解釈ができそうだ。
すなわち、出会い、愛、別れ…
愛のかけがえのなさと厳しさ、まっとうの難しさ…。
それでも人はときを刻み、道を歩みつづける。
財津和夫は、愛すること、生きることへの純粋な情熱を綴った、大きな悔いさえ受け入れながら…。

作者が世の中に作品を送り出せば、独り歩きする。
鑑賞者は気ままに楽曲を楽しむ。
解釈に白黒をつける必要はなかろう。
頭で音楽を聞くなど邪道…。

作者といえど、作品のすべてを理解しているわけでない。
それ以前に、意図が伝わるとは限らない。
そもそも作者はヒットをつくれない。
受け手(鑑賞者)のさまざまな思いが塗り込められ、作品の世界が膨らんでいった結果である。

私自身、失恋を歌った楽曲と捉えるほうがイマジネーションは広がる。
また、一層、心に染み入る。
実際、青春の影に接し、人をまっすぐに愛した記憶がよみがえったり、それゆえの失恋の痛手を癒されたりする方も多いのでないか。
単に結婚に至るストーリーだったら、大ヒットはなかった。
プロポーズソングやウェディングソングとして多用されただろうが…。

                       ◇

青春の影の圧倒的な凄みは、人により、さらにそのときどきで異なった受け止め方を、しかも何の違和感もなくできてしまうことだ。
財津和夫の眼差しは、現実の愛にも、回想の愛にも、やさしく注がれている。
人を愛するのも自分であり、人と別れるのも自分である。
それが人生…。
この楽曲には、懸命に生きる人へのおおらかな包容力がある。
世代を超えて愛されるゆえん。

青春の影は、深い愛情は当然として、重い責任をともなう結婚へ踏み出そうとする心情を歌いあげた。
平凡をよしとする覚悟も…。

そうしたとき、結婚に至らなかった相手との愛がよぎるかもしれない。
私たちは人生の節目に、それまでのさまざまな出来事を喜びや幸せ、悲しみや苦しみなどの記憶とともに重ね合わせる。

なお、4タイプしかない血液型を引き合いに出すと叱られそうだが、O型のよさがいかんなく発揮されている。
楽曲の底に保守的な安心感が流れる。
それが聞く者をじんわりと揺さぶる。

私は先だって、テレビで放送された財津和夫の映像をたまたま見た。
やはり詞も曲も素晴らしい。
不朽の名作。

そして、思った。
これをクラシック風にアレンジし、オーケストラをバックに「アンドレア・ボチェッリ」に歌ってもらいたいと…。
財津和夫とはまた違った感銘や感懐が得られるのでなかろうか。
とてもマッチしそう。

私は40年間、NHK紅白歌合戦をろくに見ていない。
とくに30年間はほとんど…。
ボチェッリが「青春の影」を歌う。
日本の名曲を世界中の人々に聞いてもらうきっかけになる。
大晦日に温かい涙が溢れそうだ。
終わりは始まりである。

なお、ボチェッリはクラシカル・クロスオーバーの火付け役となったイタリアのテノール歌手である。

⇒2009年11月15日「ベスト・オブ・ボチェッリ」はこちら。

◆書き加え1

この楽曲には、おめでたい席(結婚披露宴)で歌うのをためらわせるような深みがある。

歌うとしたら、新郎。
ほかにぜひともというなら、新郎を見守ってきた熟年カップルの男性か。

Copyright (c)2010 by Sou Wada

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財津和夫「青春の影」はなぜヒットしたか?

チューリップのリーダー、財津和夫が歌う「青春の影」はなぜヒットしたか?
むろん、“別れ”を癒やしてくれる楽曲と受け止めた人がいたからだ。
それを間違いと笑うのは愚かしい。
自分がどう感じたか、それがすべて。

私は思う。
この楽曲は、愛に留まらず、人生の掛け替えのなさを歌っている。
「青春の影」の曲名と歌詞の意味をどのように解釈するか、その答は聞く人それぞれの愛と人生のなかにあるはずだ。

ところで、「青春の影」の楽曲がセブン‐イレブンのおでんのCMで流れている。
幸福感を強調するため、歌詞が分かりやすい個所を使っている。
CMは認知の向上、販売の促進を意図しているから当然だろう。
放映当初はピンと来なかったが、気温の急降下につれておでんの温かさと懐かしさが伝わってくるようになった。

「青春の影」がこのCMに採用されたことにより、おめでたい楽曲という“お墨付き”を頂戴した。
これまではためらう人が多かったが、結婚式披露宴での人気ソングに名を連ねそう。

ときを同じくして(不確か)、財津和夫が歌う「サボテンの花」もYKKap「MADOショップ」のCMで流れている。

人々が疲弊と孤独を深め、ぬくもりの感じられる楽曲を求めている。

以下に、「財津和夫『青春の影』歌詞の意味…昭和の名曲」と題する2010年8月13日のブログをそのまま収める。

                      ◇◆◇

私は、財津和夫(ざいつ・かずお)の「青春の影」に惹かれてきた。
きっかけが何か、時期がいつか思い出せないが、自分のなかに根を下ろしていた。
しかも、楽曲が先で、ミュージシャンは後だ。
井上陽水(いのうえ・ようすい)とその楽曲から浴びせられたようなインパクトはなかった。

以前、青春の影を久し振りに聞く機会があり、自分なりの考えをまとめた。
そして、「財津和夫『青春の影』不朽の名作の謎解き」と題し、このブログにアップした。
が、読み返してみると、どこかしっくりしない。

⇒2010年8月1日「財津和夫『青春の影』不朽の名作の謎解き」はこちら。

私は例によりうだうだと考えつづけた。
楽曲の感動と向かい合いたかったのだ。
それは自分を見詰めること。
練り直した原稿をきょうアップした。

                      ◇◆◇

音楽にほとんど関心のない私が聞き惚れてしまうのは、財津和夫の「青春の影」。
かならず胸が熱くなる…。

財津和夫は、ニューミュージック系のポップスグループ「チューリップ」のリーダー。
ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がけた。
1948年、福岡市生まれ。
博多はミュージシャンや芸能人を多く輩出する土地柄だ。

貧乏学生の私が授業を放り出し、楽譜取次の松沢書店の一員として飛び回っていた頃、チューリップの楽譜が急に売れはじめた。
インターネットで調べたところでは、3枚目のシングル「心の旅」を出した1973年だったようだ(姫野達也がリードボーカル)。
1974年に「青春の影」と、立てつづけにヒットを飛ばした。

心の旅はストレートなラブソングだ。
おそらく愛する人を故郷に残し、自らの意志を貫いて上京する。
これが別れになりそうと、互いに思っている。
どこか切ない。

青春の影もラブソングだが、深い。
人間的な成熟が感じられる。
財津和夫が20代半ばで書きあげたことに驚かされる。
私は、昭和を代表する名曲だと思う。

歌詞の1番をそのまま受け取れば、愛する女性と生涯をともにする決意を固めた男の歌である。
2番の終わりは、プロポーズに向かう途中に湧いてきた、あるいは噛み締めた大人への自覚だろう。
青春の影の「影」は、青春を過去に押しやるとの思い、そして惜別の念か…。
おそらく青春時代の幕を下ろし、家庭生活の扉を開ける。
愛のあり方もこれまでとは変わっていく。
二人の旅が始まるのだ。
それは途方もなく長いデコボコ道…。

自分を振り返るなら、つきあいと同棲が長かった私と妻(前妻)は機が熟するように結婚へ進んだ。
が、挙式では、独身を手放す喪失感と所帯を構える責任感が一気に押し寄せた。
形容しがたい感慨があった。
私にも妻にも大きな区切りだった。

青春の影は「心の旅」に出た後の人生のドラマと主人公の成長を歌っているのか。
それが自らの経験を土台にしたものかどうか、私は分からない。
内容としては、ポジティブかつハッピーである。
雄々しい。

しかし、そうした解釈だと、どうも面白くない。
この楽曲の魅力がするりと逃げていく。
全体からにじみ出る“切なさ”もうまく説明できない。

私は、財津和夫は「謎」を残したかったのでないかと思う。
心の旅の歌詞と同様、青春の影の歌詞の1番は明快だ。
意味を取り違えようがない。
ところが、一転して2番が分かりにくい。
なかでも前半と最後の2箇所にキーフレーズが置かれている。
財津和夫は“余白”を忍ばせた。
鑑賞者への贈り物か。
曲名も謎を深めるのに一役買っている。

                       ◇

歌詞の1番と2番にそれなりの時間が横たわっていると考えると、違った解釈ができそうだ。
すなわち、出会い、愛、別れ…
愛のかけがえのなさと厳しさ、まっとうの難しさ…。
それでも人はときを刻み、道を歩みつづける。
財津和夫は、愛すること、生きることへの純粋な情熱を綴った、大きな悔いさえ受け入れながら…。

作者が世の中に作品を送り出せば、独り歩きする。
鑑賞者は気ままに楽曲を楽しむ。
解釈に白黒をつける必要はなかろう。
頭で音楽を聞くなど邪道…。

作者といえど、作品のすべてを理解しているわけでない。
それ以前に、意図が伝わるとは限らない。
そもそも作者はヒットをつくれない。
受け手(鑑賞者)のさまざまな思いが塗り込められ、作品の世界が膨らんでいった結果である。

私自身、失恋を歌った楽曲と捉えるほうがイマジネーションは広がる。
また、一層、心に染み入る。
実際、青春の影に接し、人をまっすぐに愛した記憶がよみがえったり、それゆえの失恋の痛手を癒されたりする方も多いのでないか。
単に結婚に至るストーリーだったら、大ヒットはなかった。
プロポーズソングやウェディングソングとして多用されただろうが…。

                       ◇

青春の影の圧倒的な凄みは、人により、さらにそのときどきで異なった受け止め方を、しかも何の違和感もなくできてしまうことだ。
財津和夫の眼差しは、現実の愛にも、回想の愛にも、やさしく注がれている。
人を愛するのも自分であり、人と別れるのも自分である。
それが人生…。
この楽曲には、懸命に生きる人へのおおらかな包容力がある。
世代を超えて愛されるゆえん。

青春の影は、深い愛情は当然として、重い責任をともなう結婚へ踏み出そうとする心情を歌いあげた。
平凡をよしとする覚悟も…。

そうしたとき、結婚に至らなかった相手との愛がよぎるかもしれない。
私たちは人生の節目に、それまでのさまざまな出来事を喜びや幸せ、悲しみや苦しみなどの記憶とともに重ね合わせる。

なお、4タイプしかない血液型を引き合いに出すと叱られそうだが、O型のよさがいかんなく発揮されている。
楽曲の底に保守的な安心感が流れる。
それが聞く者をじんわりと揺さぶる。

私は先だって、テレビで放送された財津和夫の映像をたまたま見た。
やはり詞も曲も素晴らしい。
不朽の名作。

そして、思った。
これをクラシック風にアレンジし、オーケストラをバックに「アンドレア・ボチェッリ」に歌ってもらいたいと…。
財津和夫とはまた違った感銘や感懐が得られるのでなかろうか。
とてもマッチしそう。

私は40年間、NHK紅白歌合戦をろくに見ていない。
とくに30年間はほとんど…。
ボチェッリが「青春の影」を歌う。
日本の名曲を世界中の人々に聞いてもらうきっかけになる。
大晦日に温かい涙が溢れそうだ。
終わりは始まりである。

なお、ボチェッリはクラシカル・クロスオーバーの火付け役となったイタリアのテノール歌手である。

⇒2009年11月15日「ベスト・オブ・ボチェッリ」はこちら。

◆書き加え1

この楽曲には、おめでたい席(結婚披露宴)で歌うのをためらわせるような深みがある。

歌うとしたら、新郎。
ほかにぜひともというなら、新郎を見守ってきた熟年カップルの男性か。

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財津和夫「青春の影」歌詞の意味…昭和の名曲

財津和夫「青春の影」に関する記事を更新しました。
完成度が高まっていますので、こちらをご覧ください。

⇒2013年9月1日「心の旅と青春の影…歌詞の意味の解釈」はこちら。

私は、財津和夫(ざいつ・かずお)の「青春の影」に惹かれてきた。
きっかけが何か、時期がいつか思い出せないが、自分のなかに根を下ろしていた。
しかも、楽曲が先で、ミュージシャンは後だ。
井上陽水(いのうえ・ようすい)とその楽曲から浴びせられたようなインパクトはなかった。

以前、青春の影を久し振りに聞く機会があり、自分なりの考えをまとめた。
そして、「財津和夫『青春の影』不朽の名作の謎解き」と題し、このブログにアップした。
が、読み返してみると、どこかしっくりしない。

⇒2010年8月1日「財津和夫『青春の影』不朽の名作の謎解き」はこちら。

私は例によりうだうだと考えつづけた。
楽曲の感動と向かい合いたかったのだ。
それは自分を見詰めること。
練り直した原稿をきょうアップした。

                      ◇◆◇

音楽にほとんど関心のない私が聞き惚れてしまうのは、財津和夫の「青春の影」。
かならず胸が熱くなる…。

財津和夫は、ニューミュージック系のポップスグループ「チューリップ」のリーダー。
ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がけた。
1948年、福岡市生まれ。
博多はミュージシャンや芸能人を多く輩出する土地柄だ。

貧乏学生の私が授業を放り出し、楽譜取次の松沢書店の一員として飛び回っていた頃、チューリップの楽譜が急に売れはじめた。
インターネットで調べたところでは、3枚目のシングル「心の旅」を出した1973年だったようだ(姫野達也がリードボーカル)。
1974年に「青春の影」と、立てつづけにヒットを飛ばした。

心の旅はストレートなラブソングだ。
おそらく愛する人を故郷に残し、自らの意志を貫いて上京する。
これが別れになりそうと、互いに思っている。
どこか切ない。

青春の影もラブソングだが、深い。
人間的な成熟が感じられる。
財津和夫が20代半ばで書きあげたことに驚かされる。
私は、昭和を代表する名曲だと思う。

歌詞の1番をそのまま受け取れば、愛する女性と生涯をともにする決意を固めた男の歌である。
2番の終わりは、プロポーズに向かう途中に湧いてきた、あるいは噛み締めた大人への自覚だろう。
青春の影の「影」は、青春を過去に押しやるとの思い、そして惜別の念か…。
おそらく青春時代の幕を下ろし、家庭生活の扉を開ける。
愛のあり方もこれまでとは変わっていく。
二人の旅が始まるのだ。
それは途方もなく長いデコボコ道…。

自分を振り返るなら、つきあいと同棲が長かった私と妻(前妻)は機が熟するように結婚へ進んだ。
が、挙式では、独身を手放す喪失感と所帯を構える責任感が一気に押し寄せた。
形容しがたい感慨があった。
私にも妻にも大きな区切りだった。

青春の影は「心の旅」に出た後の人生のドラマと主人公の成長を歌っているのか。
それが自らの経験を土台にしたものかどうか、私は分からない。
内容としては、ポジティブかつハッピーである。
雄々しい。

しかし、そうした解釈だと、どうも面白くない。
この楽曲の魅力がするりと逃げていく。
全体からにじみ出る“切なさ”もうまく説明できない。

私は、財津和夫は「謎」を残したかったのでないかと思う。
心の旅の歌詞と同様、青春の影の歌詞の1番は明快だ。
意味を取り違えようがない。
ところが、一転して2番が分かりにくい。
なかでも前半と最後の2箇所にキーフレーズが置かれている。
財津和夫は“余白”を忍ばせた。
鑑賞者への贈り物か。
曲名も謎を深めるのに一役買っている。

                       ◇

歌詞の1番と2番にそれなりの時間が横たわっていると考えると、違った解釈ができそうだ。
すなわち、出会い、愛、別れ…
愛のかけがえのなさと厳しさ、まっとうの難しさ…。
それでも人はときを刻み、道を歩みつづける。
財津和夫は、愛すること、生きることへの純粋な情熱を綴った、大きな悔いさえ受け入れながら…。

作者が世の中に作品を送り出せば、独り歩きする。
鑑賞者は気ままに楽曲を楽しむ。
解釈に白黒をつける必要はなかろう。
頭で音楽を聞くなど邪道…。

作者といえど、作品のすべてを理解しているわけでない。
それ以前に、意図が伝わるとは限らない。
そもそも作者はヒットをつくれない。
受け手(鑑賞者)のさまざまな思いが塗り込められ、作品の世界が膨らんでいった結果である。

私自身、失恋を歌った楽曲と捉えるほうがイマジネーションは広がる。
また、一層、心に染み入る。
実際、青春の影に接し、人をまっすぐに愛した記憶がよみがえったり、それゆえの失恋の痛手を癒されたりする方も多いのでないか。
単に結婚に至るストーリーだったら、大ヒットはなかった。
プロポーズソングやウェディングソングとして多用されただろうが…。

                       ◇

青春の影の圧倒的な凄みは、人により、さらにそのときどきで異なった受け止め方を、しかも何の違和感もなくできてしまうことだ。
財津和夫の眼差しは、現実の愛にも、回想の愛にも、やさしく注がれている。
人を愛するのも自分であり、人と別れるのも自分である。
それが人生…。
この楽曲には、懸命に生きる人へのおおらかな包容力がある。
世代を超えて愛されるゆえん。

青春の影は、深い愛情は当然として、重い責任をともなう結婚へ踏み出そうとする心情を歌いあげた。
平凡をよしとする覚悟も…。

そうしたとき、結婚に至らなかった相手との愛がよぎるかもしれない。
私たちは人生の節目に、それまでのさまざまな出来事を喜びや幸せ、悲しみや苦しみなどの記憶とともに重ね合わせる。

なお、4タイプしかない血液型を引き合いに出すと叱られそうだが、O型のよさがいかんなく発揮されている。
楽曲の底に保守的な安心感が流れる。
それが聞く者をじんわりと揺さぶる。

私は先だって、テレビで放送された財津和夫の映像をたまたま見た。
やはり詞も曲も素晴らしい。
不朽の名作。

そして、思った。
これをクラシック風にアレンジし、オーケストラをバックに「アンドレア・ボチェッリ」に歌ってもらいたいと…。
財津和夫とはまた違った感銘や感懐が得られるのでなかろうか。
とてもマッチしそう。

私は40年間、NHK紅白歌合戦をろくに見ていない。
とくに30年間はほとんど…。
ボチェッリが「青春の影」を歌う。
日本の名曲を世界中の人々に聞いてもらうきっかけになる。
大晦日に温かい涙が溢れそうだ。
終わりは始まりである。

なお、ボチェッリはクラシカル・クロスオーバーの火付け役となったイタリアのテノール歌手である。

⇒2009年11月15日「ベスト・オブ・ボチェッリ」はこちら。

◆書き加え1

この楽曲には、おめでたい席(結婚披露宴)で歌うのをためらわせるような深みがある。

歌うとしたら、新郎。
ほかにぜひともというなら、新郎を見守ってきた熟年カップルの男性か。

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財津和夫「青春の影」不朽の名作の謎解き

音楽にほとんど関心のない私が聞き惚れてしまうのは、財津和夫(ざいつ・かずお)の「青春の影」。
講師やコンサルタントという仕事柄、クライアントから接待される機会が多く、ときにカラオケのマイクを向けられる。
「先生はお歌いにならないのですか」。
「いや、歌えないのです」。
そんな私でも財津和夫の青春の影に触れる機会があると、胸が熱くなる。

財津和夫は、ニューミュージック系のポップスグループ「チューリップ」のリーダー。
同グループの楽曲の作詞・作曲をほぼ手がけた。
1948年、福岡市生まれ。
博多はミュージシャンや芸能人を多く輩出する土地柄だ。

貧乏な私が大学の授業を放り出し、楽譜取次の松沢書店の一員として飛び回っていた頃、チューリップの楽譜が急に売れはじめた。
3枚目のシングル「心の旅」を出した1973年だったのでは…。
1974年に「青春の影」と、立てつづけにヒットを飛ばした。

心の旅はストレートなラブソングだ。
愛する人を故郷に残し、自らの意思で上京する(恐らく)。
これが別れになりそうと、互いに思っている。
どこか切ない。

青春の影もラブソングだが、深い。
人間的な成熟が図られた。
財津和夫が20代半ばで書きあげたことに驚かされる。
私は、昭和を代表する名曲だと思う。

歌詞の1番をそのまま受け取れば、愛する女性と生涯をともにする決意を固めた男の歌である。
2番の終わりは、プロポーズに向かう途中に湧いてきた、あるいは噛み締めた大人への覚悟だろう。
青春の影の「影」は、青春を過去に押しやるとの思い、それにともなう惜別の念か…。
おそらく青春時代の幕を下ろし、家庭生活の扉を開ける。
愛のあり方もそれまでとは変わっていく。
今度は二人の旅が始まろうとしている。
それは途方もなく長いデコボコ道だ。

自分を振り返るなら、つきあいと同棲が長かった私と妻(前妻)は機が熟するように結婚へ進んだ。
が、挙式では、家庭を持つ責任感と独身の自由さを手放す喪失感が一気に押し寄せた。
形容しがたい感慨を抱いた。
自分にとり、二人にとり、大きな区切りだった。

青春の影は、ポジティブかつハッピーエンドである。
雄々しい。
「心の旅」に出た後の人生のドラマと主人公の成長を歌っているのか。
主人公が自分かどうか、私は分からない。

しかし、そうした解釈だと、どうも面白くない。
この楽曲の魅力がするりと逃げていく。
全体からにじみ出る“切なさ”もうまく説明できない。

私は、財津和夫は「謎」を残したかったのでないかと思う。
曲名もそうだが、歌詞の2番が分かりにくい。
なかでも前半と最後の2箇所にキーフレーズが置かれている。
財津和夫は鑑賞者へ“余白”をプレゼントした。

                       ◇

歌詞の1番と2番にそれなりの時間が横たわっていると考えると、違った解釈ができそうだ。
すなわち、出会い、愛、別れ…
愛のかけがえのなさと厳しさ、まっとうの難しさ…。
それでも人はときを刻み、道を歩みつづける。
財津和夫は、愛すること、生きることへの純粋な思いを平易に綴った、大きな悔いさえ受け入れながら…。

作者が世の中に作品を送り出せば、独り歩きする。
楽曲をどう楽しむかは、人それぞれだ。
白黒をつける必要はなかろう。
とくに大ヒット作は、作者がすべてを計算したわけでなく、作者がすべてを理解しているわけでない。
財津和夫に尋ねたところで案外、当人が分かっていない。
また、当人の答が正しいとは限らない。
そもそも作者はヒットなどつくれない。
受け手(鑑賞者)との共創(コラボレーション)が条件である。
さまざまな思いが塗り込められ、作品の世界が膨らんでいく。

頭で音楽を聴くなど邪道…。

私自身は、失恋を歌ったと捉えるほうが楽曲に深みが増すように感じる。
心に染み入ってくる。
実際、青春の影に接し、人をまっすぐに愛した記憶がよみがえったり、それゆえの失恋の痛手を癒されたりする方も多いのでなかろうか。
単にプロポーズに至る歌だったら、大ヒットはなかった。
おめでたい「結婚式ソング」として愛されるくらい。

                       ◇

青春の影の圧倒的な凄みは、人により、さらにそのときどきで異なった受け止め方を、しかも何の違和感もなくできてしまうことだ。
財津和夫の眼差しは、人を愛する人にも、人と別れた人にも、現在進行中の愛にも、回想のなかの愛にも、やさしく注がれている。
人を愛するのも自分であり、人と別れるのも自分である。
それが人生…。
この楽曲には、懸命に生きる人へのおおらかな包容力がある。
中高年も虜にするゆえん。

青春の影は、深い愛情は当然として、重い責任をともなう結婚に踏み切ろうとする静かな、しかし確かな心情を歌いあげた。

そうしたとき、結婚に至らなかった相手との愛がよぎるかもしれない。
私たちは人生の節目に、それまでのさまざまな出来事を喜びや幸せ、悲しみや苦しみなどの記憶とともに重ね合わせる。

なお、4タイプしかない血液型で括ると叱られそうだが、O型のよさがいかんなく発揮されている。
楽曲の底に保守的な安心感が流れる。
それが聞く者をじんわりと揺さぶる。

私は先だって、テレビで放送された財津和夫の映像をたまたま見た。
やはり詞も曲も素晴らしい。
不朽の名作。
これからも時代を越えて愛されよう。

そして、思った。
これをクラシック調にアレンジし、オーケストラをバックに「アンドレア・ボチェッリ」に歌ってもらいたいと…。
財津和夫とはまた違った感動が得られるのでなかろうか。
とてもマッチしそう。

私は40年間、NHK紅白歌合戦をろくに見ていない。
とくに30年間はほとんど…。
ボチェッリが「青春の影」を歌う。
日本の名曲を世界中の人々に聞いてもらうきっかけになる。
温かい涙が溢れそうだ。

⇒2010年7月31日「ボチェッリが歌う吉岡聖恵・ありがとう」はこちら。

きのうのブログで、いきものがかり「ありがとう」を取りあげた。
NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の主題歌としてつくられたようだ。
私が大好きなこのドラマの感動をさらに盛りあげてくれる。
最近聞いたなかで名曲だと思った。

また、私はクラシカル・クロスオーバーの火付け役となったアンドレア・ボチェッリとサラ・ブライトマンの歌唱に魅了されている。

以下に、「Andrea Bocelli … BEST」と題する2009年11月15日のブログをそのまま収める。

                      ◇◆◇

私が聴いたなかで「アンドレア・ボチェッリ」のベストを選んでみた。
それもユーチューブの動画に限られる。
断トツで「カルーソー」。

ボチェッリの魅力が余すところなく発揮されている。
彼が歌ったいかなる曲よりも優れている。


「アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)」はイタリアを代表するテノール歌手である。
1958年生まれ。
6歳でピアノを習いはじめ、音楽の道を目指した。
しかし、12歳でサッカーボールを頭に受けて脳内出血を起こし、視力をまったく失った。
ハンディを乗り越えて法学博士号を取得し、弁護士として活躍しながら、夢を捨てきれずにピアノ・バーで歌っていた。
その後、ルチアーノ・パバロッティとロック&ポップス歌手の「ズッケロ(Zucchero)」に見出され、1994年に念願のデビューを果たした。

「カルーソー(Caruso)」は、イタリアの音楽家「ルーチョ・ダッラ(Lucio Dalla)」が、ナポリ生まれの世界的テノール歌手「エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso)」に捧げた名曲である。
エンリコ・カルーソーは死後30年経った1951年、ハリウッドで『歌劇王カルーソー』として半生が映画化された。
ルーチョ・ダッラは1986年、航海中の船の損傷でソレント半島に立ち寄り、エンリコ・カルーソーが昔住んでいたホテルに滞在した。
そして、バルコニーに出て、エンリコ・カルーソーに思いを馳せながら作詞・作曲を手がけた。

私は、日本語に翻訳された歌詞をインターネットでいくつか見たが、内容や意味をよくつかめなかった。
エンリコ・カルーソーが50年弱の人生の晩年に抱いたであろう感懐や心情を歌ったものだろう。
追憶なのか、現実なのか。
愛と破局、情熱と鎮静、希望と傷心、高揚と失意、絆と孤独…。
さまざまな思いが交錯している。

「カルーソー」は、世界的なオペラ歌手やポピュラー歌手がカバーしている。
しかし、曲の性格ゆえか、他の歌手と張り合おうとするためか、感情移入が過剰になりやすい。
それが大げさに感じたりいやみに感じたり…。

アンドレア・ボチェッリは曲への思い入れを抑え、力まずに歌っている。
その豊かな情感と切ない悲しさに心打たれる。
人はここまで美しく歌うことができるのかと…。
それと矛盾するようだが、きわめてゴージャス。
深さと華という対照的な要素が溶け合い、まったく違和感がない。
クラシックとポピュラーの壁を苦にしない彼ならではあり、私は歌唱の懐の大きさに驚嘆…。
エンリコ・カルーソーが眺めた、きらきら光る海がまぶたに浮かんでくる。
ボチェッリの文句なくベスト!

ちなみに、「カルーソー」のベストもアンドレア・ボチェッリで決まり。
20世紀後半を代表するテノール歌手、ルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti)のそれは及ばない。
オペラファンから異論を唱えられそうだが…。


私は、「カルーソー」はアンドレア・ボチェッリのためにある曲だと思う。

ボチェッリに関する一連のブログは以下のとおり。

⇒9月6日「Bocelli & Sarah … BEST」はこちら。

アンドレア・ボチェッリとサラ・ブライトマンのデュエットのベストを選んだ。

⇒10月18日「Time To Say Goodbye … BEST」はこちら。

「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」のベストを選んだ。

いずれも無料で視聴できるユーチューブの動画から…。

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和田創

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シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

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面白くないジョークの会会長 

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