コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

バンクーバー五輪

キム・ヨナ、ソチ五輪で浅田真央と再び激突!

フィギュアスケート選手、韓国のキム・ヨナが2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)に挑戦する。
先日、記者会見を開き、競技生活への復帰を表明した。
ソチオリンピックまでの現役続行宣言である。

キム・ヨナは、2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で金メダルを獲得した。
その後、燃え尽き感に苦しめられた。
新たな目標を見つけられず、モチベーションが上がらなかった。
そうした状態では大会の出場はもちろん練習の継続も難しい。
かたや、国民は次期五輪への期待を膨らませた。
キム・ヨナはそれが重荷になった。

その負担から逃れたいと考えるのは、人間として自然な感情だろう。
決断を下そうとしない態度に、キム・ヨナは現役引退が取りざたされていた。

キム・ヨナは会見の席で、現役引退後にIOC(国際オリンピック委員会)委員に挑戦したいという意向を表明した。
そうなると、ソチオリンピックへの出場が必須である。
現役続行の結論に至った大きな理由の一つだ。

                       ◇

キム・ヨナは現役のブランクが長い。
しかし、女子シングルはソチオリンピック以降、長い低迷期に入った。
突出した選手がいないし、現れない。
ジャンプなど、技術的にも進化していない。
得点は大幅に低下しており、実際には後退期に入った。
キム・ヨナが頂点に立つ可能性がないわけでない。
自身はソチオリンピックで有終の美を飾りたいとの気持ちが強い。

キム・ヨナの現役続行の知らせは、長いスランプに陥っている浅田真央にとりプラスになるはずだ。
バンクーバーオリンピックで敗北を喫した直後、キム・ヨナの世界記録の得点(228.56点)を超えるまでスケートをやめないと言い切った。
このときの悔しさを忘れていない。

キム・ヨナは徐々にトレーニングを増やし、やがて国際大会に姿を見せるはずだ。
長期休養の彼女が、浅田真央をはじめとした世界トップクラスの日本勢の脅威になるかどうかも分からない。
が、彼女を宿命のライバルとして競技生活を長年送ってきた浅田真央はモチベーション向上のきっかけになる。
持ち前の闘争心に火が着くのでないか・・・。

二人は再びソチオリンピックで激突する?

                      ◇◆◇

キム・ヨナに関するブログは以下のとおり。

⇒2011年11月8日「キム・ヨナはこのまま現役引退か…ソチ五輪復活は至難」はこちら。

⇒2011年5月14日「浅田真央のストイック、金妍児の自由奔放」はこちら。

⇒2011年5月12日「金妍児、ソチオリンピック出場と優勝の可能性」はこちら。

⇒2011年5月7日「キム・ヨナ、現役続行、世界フィギュア出場へ」はこちら。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年3月27日「浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権」はこちら。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月16日「キム・ヨナ、プロ転向、女優転身など基盤固め」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

⇒2010年4月18日「キム・ヨナ、気になる去就に決着か」はこちら。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

⇒2010年3月28日「浅田真央歓喜、キム・ヨナ最終決戦に勝利!」はこちら。

⇒2010年3月3日「人間国宝コロッケ&キムのアイスショー」はこちら。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年6月23日「浅田真央と弥勒菩薩、清楚な慈愛…心の平安への祈り」はこちら。

⇒2012年6月17日「浅田真央は佐々木健介に家庭的なぬくもりを求める」はこちら。

⇒2012年6月13日「浅田真央の寝心地を初体験」はこちら。

⇒2012年5月31日「浅田真央、SPもフリーもエキシビションも新プログラム」はこちら。

⇒2012年5月30日「浅田真央、顔も体もふっくら…美しくセクシー」はこちら。

⇒2012年4月5日「溺れる浅田真央は内村航平をもつかむ…立て直しのヒント」はこちら。

⇒2012年4月4日「浅田真央抜き視聴率…フィギュア国別対抗戦放送予定」はこちら。

⇒2012年4月1日「浅田真央、ライバルと戦う前に自分に負ける…世界選手権」はこちら。

⇒2012年3月29日「浅田真央、半伽思惟像のほほえみ…世界フィギュア選手権」はこちら。

⇒2012年3月25日「浅田真央は頂点へ…世界フィギュア選手権2012放送予定」はこちら。

⇒2012年2月12日「浅田真央、ソチオリンピックで金メダルはムリ・・・」はこちら。

⇒2012年1月11日「浅田真央、女王復活のシナリオ…世界フィギュア選手権2012」はこちら。

⇒2011年12月28日「浅田真央、視聴率の化け物…日本唯一のスーパースター」はこちら。

⇒2011年12月26日「浅田真央優勝、天上の母へ金メダルのクリスマスプレゼント」はこちら。

⇒2011年12月25日「浅田真央、全日本選手権感動大賞(女子部門)決定!」はこちら。

⇒2011年12月24日「浅田真央、明るい受け答え…笑顔に隠す深い悲しみ」はこちら。

⇒2011年12月23日「浅田真央の調子…全日本フィギュア選手権5度目の優勝へ」はこちら。

⇒2011年12月15日「浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養」はこちら。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

⇒2011年12月11日「鈴木明子、浅田真央の分まで頑張る…GPファイナル銀メダル」はこちら。

⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、見事なダブルアクセル…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月25日「浅田真央、跳びたいから跳ぶのは幼い…GPシリーズ2011」はこちら。

⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

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浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養

きのうのブログ「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」に続いて・・・。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

このブログの記事はたいてい書き溜めである。
先日、浅田真央に関して動きがあった。

浅田舞・真央が所属するマネジメント会社IMGは、姉妹の母・匡子さんの葬儀が名古屋市内で近親者のみで執り行われたこと、二人が年末年始の活動を予定どおり行うことを発表した。

浅田真央は12月23日開幕の「全日本フィギュアスケート選手権2011」に出場する。

私は驚いた。
浅田真央は練習に集中するどころか、その時間を確保することもままならない状態と推察されるからだ。
しかし、佐藤信夫コーチと相談しつつ、2年ぶり5回目の優勝を目指して地元で練習を再開する。
年明けのアイスショーにも出演する。

本人もマネジメント会社を通じてコメントを発表した。
グランプリファイナルの欠場により関係者やファンに迷惑と心配をかけたことを詫びた。
このところ名古屋を離れるときにはこれが最期になるかもしれないと思っていた。
母はぎりぎりの闘病生活を続けており、浅田真央は覚悟ができていたようだ。

                       ◇

GPファイナルのフリーから一夜明けた高橋大輔は、「僕たちは何もしてあげることができないけど、温かく見守ってあげたい」と、最愛の母を亡くした浅田真央を気づかった。
そのうえで、「絶対にまた試合に出てほしい。スケート好きのお母さんもそれを望んでいると思う。僕も浅田選手のスケートを見たい」と話した。

さらに、「次に会ったときにどうしてあげればいいのか考えてしまう。みんなで一緒にいて忘れているほうがいいのかもしれない」と、なるべく浅田真央の近くにいて心の支えになりたいと語った。
高橋大輔はやさしくあたたかい。

浅田真央は大会に出場することが母への一番の供養になると考えている。
悲しみを乗り越えてリンクに立つ姿を天国の母にどうしても見せたいのだ。
凄まじい気迫である。

浅田真央が5歳でスケートを始めてから練習や試合に付き添ってきた母。
バンクーバーオリンピックで銀メダルに終わり、浅田真央は2014年ソチオリンピックで金メダルに輝きたいと、佐藤信夫コーチのもとで再スタートを切った。
これまでの競技人生を命がけで支えてくれた母の魂を感じながら全日本選手権で滑る決意を固めた。

私としては、浅田真央に心身をいたわる時間を取ってもらいたかった。

                      ◇◆◇

浅田真央が12月12日に発表したコメントは以下のとおり。
660字に母への思いが綴られている。

                        ◇

応援してくださっている皆さん、スケート関係、及びマスコミの皆さんへ

この度は、大変ご心配をおかけするとともに、試合直前の欠場となり、大変ご迷惑をおかけしました。

最初ケベックで連絡を受けたときは、今すぐに帰りたい、という気持ちと、試合を欠場しても良いのか?という思いで複雑でしたが、すぐに帰国して良かったと思っています。

帰る飛行機の中では、色々な事を考えましたが、きっとお母さんは自分が帰ってくるのを待っていてくれると信じて、ずっと祈っていました。

しかし、成田空港に到着してすぐにメールを確認すると、「ママは頑張れなかった」というお父さんからのメールを見て、涙が止まりませんでした。

それでも、もしかしたら、と思い、名古屋の病院に駆けつけ、何度も「真央だよ!」と叫びましたが、やすらかな顔をしたお母さんは、やはり目を開くことはありませんでした。

でも、充分頑張ったし、もう、痛い思いをしないで済むんだ、と思うと、少しホッとする部分もあります。

この半年、容態が良くない時が時々あり、名古屋を離れる時は、いつもこれが最期かも、と思いながら出発していました。まだ、信じられない気もしますが、お母さんに今までより近くで見守られている気がします。

私たち姉妹にたくさんの愛を注いでくれたお母さんに、何度「ありがとう」と言っても足りません。

生前、家族で約束した通り、今後も自分の夢に向かって、やるべき事をしっかりやることが、お母さんも喜んでくれる事だと思い、今まで通り練習に励みたいと思います。

皆さん、今後とも応援よろしくお願いします。

                   浅田真央

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

⇒2011年12月11日「鈴木明子、浅田真央の分まで頑張る…GPファイナル銀メダル」はこちら。

⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

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⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

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浅田真央の肉球、アメショーのトリプルアクセル

私が講演などの長期出張から戻って真っ先に行うのは、自室のフウ(アメリカンショートヘア♀)への挨拶。
本人は私に探してほしいらしく、ベッドの向こうに隠れていたりする。
かわいい・・・。

私は見つけ出し、フウの手(前足)の匂いをかぐ。
いわゆる「肉球」。
我が家に戻ってきたという実感を持てる。
これを「変態行為」と思う人は、猫好きでない。
また、猫が心を許した飼い主に見せるおなかは感触といい、匂いといい、形容しがたい安ど感が得られる。

                       ◇

私は倒れ込むように眠ったと思ったら、4時ジャストに目が覚めた。
このところ目が回る忙しさ。
睡眠時間が極端に少ない戦闘モードがずっと続いている。
気が張り詰めているせいか、何とか持ち堪えている。
いつか反動がどかーんと出るのでないかと正直、心配・・・。
自分でも恐ろしいくらい、仕事に集中できている。

ただし、ブログに時間をまったく割けない。
心の余裕がないのだ。

                       ◇

ところで、浅田真央は2011年〜2012年シーズンへ向けて準備にかかっているはずだ。
それどころか練習を再開しているかもしれない。
昨シーズンから取り組んでいるスケーティングとジャンプの見直しとレベルアップは順調に進んでいる?
世界フィギュアスケート選手権モスクワ大会での惨敗を受け、浅田真央が得点源として代名詞の3回転半ジャンプ(トリプルアクセル)に、主流の2連続3回転ジャンプを加えるとの報道に接した。
トリプルアクセルはほとんど成功しておらず、主要大会ではプログラムにとても組み込めない。

安藤美姫、高橋大輔、小塚崇彦ら一流選手に、オフはほとんどないのだろう。
世界の舞台で戦うことは大変である。

以下に、「荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷」と題する2011年5月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

世界フィギュアスケート選手権2011。
ロシア大会の放送を行ったフジテレビのスタジオ解説を務めたのが2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)金メダリストの荒川静香だった。
いまは華やかなアイスショーに活躍の舞台を移している。

男女を通じ、日本のフィギュアスケート界に最初の栄冠をもたらした。
国民人気をさらに高め、フィギュア王国を築くうえで彼女が果たした貢献は絶大だった。
歴史に名を刻んだ。

1998年長野冬季五輪(オリンピック)で初出場を果たしながらも、満足のいく結果を得られなかった。
女子は1枠であり、16歳の彼女にどれほどの重圧がかかっただろう。
まして、ファンの期待が爆発する自国開催。
逃げ出したかったかもしれない。
16歳といえば、いまの村上佳菜子と同じ。
このシーズンの世界フィギュアスケート選手権も1枠だった。
3枠が当たり前のように感じる現在と状況がまったく違う。

それが尾を引いたのか、荒川静香は低迷が続く。
2002年ソルトレイクシティ冬季五輪(オリンピック)では出場さえできなかった。
気持ちを立て直せなかったのだ。
2004年世界フィギュアスケート選手権で日本人として10年ぶり3人目の優勝を果たした。
このときに用いたのが、例の「トゥーランドット」。
その後もいま一つ調子が上がらなかったが、トリノオリンピックの最後(3人目)の切符を全日本フィギュアスケート選手権でつかんだ。

荒川静香は2回目のオリンピック出場では開き直り、楽しく参加することを大切にして勝利を収めた。
24歳は五輪女子フィギュア史上最年長の記録。
昨今は10代が中心である。
日本の頂点も凄いが、世界の頂点に立つというのは、どういう感覚か。
おそらく苦しみ抜いて栄冠をつかんだ選手にしか分からない。
4年間に世界にただ一人。
荒川静香は以前から競技よりもショーのほうに魅力を感じると話していた。
即、プロ転向。

韓国のキム・ヨナ(金妍児)も苦しみ抜いて2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で勝利を収めた。
1年ぶりの国際試合復帰となった2011年世界フィギュアスケート選手権ロシア大会の表彰台で流した涙がそれを物語っていた。

日本のフィギュアスケート界ではだれも金メダリストの荒川静香に並んでいない。
実は、アジア選手でも初めてだった。
あまりにも偉大な功績である。

以下に、「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」と題する2010年2月24日のブログを収める。

                      ◇◆◇

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHK「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
その後は明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、私はこれで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、合計でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢を叶えるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさりと表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

NHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

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浅田真央と高橋大輔の関係をすっぱ抜く

私はブログやSNSを以前は社員に、現在は家人に管理してもらっている。
先週、久し振りにライブドアの「和田創 講演講師の引き出し」の管理画面(管理ページ)を覗いて驚いた。
検索キーワードで、「浅田真央 高橋大輔」が急増しているでないか。
次いで、「高橋大輔 浅田真央」も…。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

私は何事かと思い、インターネットで調べてみた。
2011年5月12日発売の週刊誌「女性セブン」が浅田真央と高橋大輔の関係をすっぱ抜いた。
フィギュアスケート界の人気選手が交際しているとの報道である。
何せ二人は国民的人気を誇る。
ファンが氷上のビックカップル誕生かと、私のブログにもいくらか訪れたのだろう。

私は現物を読んだわけでない。
以下は、ネット上の情報による。

二人の共通の知人が登場し、世界フィギュアスケート選手権前に正式なつきあいが始まったと証言している。
「正式」という言葉が曲者。
大人同士なので隠す必要はなく、堂々と発表すればいい。
また、「知人」という言葉が曲者。
向こうが知らなくてもこちらが知っていればいい。
「正式」にも「知人」にもほとんど意味がない。

雑誌には東日本大震災のチャリティー演技会の打ち上げで二人がハグする写真が掲載されている。
公の場での出来事だろう。
珍しくもない。

3月下旬に二人が名古屋駅付近で“手つなぎデート”しているところを多くの人が目撃した。
なぜわざわざ雑踏でそんなことをしなければならないのか不思議だ。
また、なぜケータイなどで簡単に撮れるのに写真が出てこないのか不思議だ。

私はむろん真相が分からない。
つきあっているかもしれないし、つきあっていないかもしれない。
どちらでもいい。
私が驚いたのは、この程度の取材で「熱愛中」と結論づける神経である。
編集部はこれといった証拠を一つもつかんでいない。
信頼の置ける材料が見当たらないのだ。
部数激減でよくよく困っているのか・・・。
人気選手に限らず、有名人はいろいろな人とくっつけられるから気の毒である。

検索キーワードで、「浅田真央 小塚崇彦」もかなり増えていた。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

やはり、ネット上の情報による。
メールで、浅田真央が「私たち、付き合ってたことあったっけ?」と送ったら、高橋大輔が「気にしない気にしない」と返した。
これももっともらしい話だ。

以下に、「浅田真央のストイック、金妍児の自由奔放」と題する2011年5月14日のブログを収める。

                      ◇◆◇

世界フィギュアスケート選手権2011(ロシア大会)。
2連覇の期待がかかった世界女王・浅田真央と世界王者・高橋大輔は果たせなかった。
それどころか表彰台にのぼることもできない惨敗を喫した。
浅田真央は極度の不振、高橋大輔は思わぬアクシデントが響いた。

東日本大震災の影響により東京大会がロシア大会に変更された今回、私は二人に、それが難しいなら日本選手に優勝を飾ってほしいと願った。
それに見事に応えたのが絶好調を維持した安藤美姫だった。
実際には下降気味だったが、それでも安定した実力を発揮して日本に金メダルをもたらした。
彼女は自分の演技を通じて復興の思いを届けたいと語っていた。
また、エキシビションかそのアンコールで祈りを込めて滑ったモーツァルトの「レクイエム」は感動的だった。
深く美しかった。

男子は優勝を逃したものの、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)のエース・小塚崇彦がショートプログラム(SP)での厳しい順位から2位に食い込み、銀メダルをつかんだ。
私は正直、小塚崇彦がやわという印象を持っていたが、フリースケーティングの気迫に満ちた滑りに男気を感じた。
選手として技術も表現も、そして人間としても大きな成長を遂げたシーズンだった。
直後のインタビューでは、次は金メダルを目指すとあえて口にした。
日本代表の自覚が増し、たくましさが備わりつつある。
一緒に練習を行う浅田真央の影響は小さくない。

今回の世界フィギュアで私がもっとも気になったのは浅田真央の状態だった。
体が痩せすぎで、顔つきが険しい。
スケートの調子以前の問題である。
彼女にはたとえしばらくの間でも頭と心、そして体を休めながら、終了したシーズンを冷静に振り返ってもらいたい。
いくら調整中とはいえ、私はあまりにつらい姿は見たくない。

⇒2011年5月1日「浅田真央、世界で勝つ判断と作戦…佐藤信夫コーチ」はこちら。

素人の私が考えたところでどうにもならないことは分かっている。
だれよりも本人がもっとも考えており、それを佐藤信夫コーチなどの周囲が懸命に支えている。
それでも浅田真央がどうしたら勝てるか、つい考えてしまうのだ。
来週の土曜日にブログをアップできればと思う。

以下に、「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」と題する2010年10月26日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート・グランプリ(GP)シリーズ第1戦「NHK杯」。
注目・期待の浅田真央は惨敗。
彼女は人気が突出しており、会場全体が元気を失ってしまった。
テレビ画面からそれがはっきりと伝わってきた。

浅田真央は演技を終えて肩を落とし、下を向いた。
私は、彼女が落胆している様子を見て、胸が痛んだ。
どうしたら彼女が心から笑えるか、全身で喜べるかを考えてしまった。
そして、次の2本のブログをアップした。

⇒2010年10月24日「浅田真央、北島康介が最高の教科書…五輪金メダル」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

きょうの記事は、これらの文脈を継いでいる。

さて、浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)銀メダル、続いて世界フィギュアスケート選手権トリノ大会優勝。
それなのに、長らく結果を残してきた得意の「ジャンプ」を自ら否定している最中だ。
理由は、オリンピックで韓国のキム・ヨナ(金妍児)に大差で敗れて優勝を逃したこと。
名伯楽・佐藤信夫を新コーチに迎え、二人三脚で“滑り”の修正(矯正)に努めている。
しかし、すでにハイレベルに到達しており、取り組みは容易でない。
彼女もそうだが、指導者も手探りの状態だろう。
互いに迷いや不安を拭い去れないのでは…。
はたして目論みどおりに進むか、微妙。
裏目に出なければよいが・・・。

                       ◇

浅田真央はもがき苦しんでいる。
なぜなら、さらなる“高み”を目指しているからだ。
具体的には、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)で表彰台の頂点に立つ。
人は挑めば、かならずしくじる。
要は、うまくいかない。

私たちは日々できそうなことでお茶を濁しており、したがってあまりしくじらない。
その代わり、これといった成果を収められず、実績を残せない。
できないことに挑戦する狂気は成功者の最大の共通点である。
が、人は挑戦すれば、かならず失敗する。
いまの浅田真央がそれだ。
正気の私は失敗しない。
還暦近くになっても2合目辺りをうろついており、いまだに頂(いただき)を垣間見ることさえできない。
なお、先の狂気を「勇気」と言い換えてもよい。

私はNHK杯をきちんと見たわけでない。
それでも、8位の浅田真央が実力で一番だと思った。
彼女と比べられる選手がいないのだ。

現時点で、ライバルは韓国のキム・ヨナ(金妍児)ただ一人。
これから村上佳菜子など国内外の若い選手が伸びてくるかもしれないが…。

浅田真央はオリンピックで金メダルを獲得することに集中したらよい。
言い換えれば、キム・ヨナを凌駕することに専念したらよい。
何せ彼女はお化けのような得点を叩き出した。
両者はきっとイコールである。

本来はライバルという言葉を用いるべきだが、あえて「敵」という言葉を使う。
浅田真央には「打倒、キム・ヨナ」という気持ちが強くあるはずだ。

浅田真央の敵はキム・ヨナだ。
ほかにいない。

キム・ヨナの敵はキム・ヨナだ。
彼女は韓国のスターであり、収入も破格である。
贅沢もできるし、遊びもできる。
もともと性格が自由奔放であり、ストイックな浅田真央と対照的。
キム・ヨナはソチオリンピックへ向けてモチベーションを高められるか、そして過酷な練習を積めるかは不明である。
いったん緩んだ状態を元に戻すのは、恐ろしく大変だろう。

万全の状態で臨むキム・ヨナは強敵、いや難敵である。
浅田真央は、従来の延長では絶対に上回れないと踏んでいる。
それゆえ、滑りの見直しを決断したはずだ。

「自己否定」は勝者の条件である。
夏季五輪(オリンピック)2大会連続金メダリストの北島康介が好例。
これまでの自分に安住せず、どん欲に進化を模索している。
そうしなくては決して勝てないことを、だれよりもよく分かっているからだ。
彼は4冠。

浅田真央に話を戻そう。
私は、自らに容赦なく“ダメ出し”する彼女を尊敬する。
まだ20歳である。
信じられない。
分野は違えど、少しでも実績を残している人なら浅田真央の偉大さは分かる。
彼女を批判しているのは実績がないどころか、行動そのものを避けたがる連中ばかりだ。
行動しか成果をもたらさないというのに…。

浅田真央の問題は、現在の必死の“取り組み”がほんとうに有効かどうかに尽きる。
フィギュアスケートに関する専門知識を持たない私には悲しいかな、その判断がつきかねる。

                       ◇

このブログで再三述べているが、コーチ体制の構築がソチオリンピックで頂点を極める決め手の一つだ。
そして、練習環境の整備も…。
浅田真央は本気で勝つ気なら、日本を離れるという選択肢もあるのでなかろうか。
真剣に検討すべきだ。

国内はあまりに雑音が多い。

◆書き加え1(2011年5月6日)

浅田真央は過去に海外に練習拠点を移したが、馴染まなかったようだ(不確か)。
その後、年齢と経験を重ね、成長を遂げた。
ソチオリンピックをにらんでもう一度検討してみることは無駄でなかろう。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年5月12日「金妍児、ソチオリンピック出場と優勝の可能性」はこちら。

⇒2011年5月5日「荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷」はこちら。

⇒2011年5月3日「世界フィギュア採点のなぞ…安藤美姫の勝利」はこちら。

⇒2011年5月1日「浅田真央、世界で勝つ判断と作戦…佐藤信夫コーチ」はこちら。

⇒2011年4月30日「浅田真央、やってみないと分からない…修正途上」はこちら。

⇒2011年4月29日「浅田真央の連覇か安藤美姫の返り咲きか…世界女王」はこちら。

⇒2011年4月27日「浅田真央の純粋な狂気に学ぶ…プロ講師の心得」はこちら。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年4月22日「世界フィギュア2011日程…浅田真央は勝てる?」はこちら。

⇒2011年4月20日「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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浅田真央のストイック、金妍児の自由奔放

世界フィギュアスケート選手権2011(ロシア大会)。
2連覇の期待がかかった世界女王・浅田真央と世界王者・高橋大輔は果たせなかった。
それどころか表彰台にのぼることもできない惨敗を喫した。
浅田真央は極度の不振、高橋大輔は思わぬアクシデントが響いた。

東日本大震災の影響により東京大会がロシア大会に変更された今回、私は二人に、それが難しいなら日本選手に優勝を飾ってほしいと願った。
それに見事に応えたのが絶好調を維持した安藤美姫だった。
実際には下降気味だったが、それでも安定した実力を発揮して日本に金メダルをもたらした。
彼女は自分の演技を通じて復興の思いを届けたいと語っていた。
また、エキシビションかそのアンコールで祈りを込めて滑ったモーツァルトの「レクイエム」は感動的だった。
深く美しかった。

男子は優勝を逃したものの、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)のエース・小塚崇彦がショートプログラム(SP)での厳しい順位から2位に食い込み、銀メダルをつかんだ。
私は正直、小塚崇彦がやわという印象を持っていたが、フリースケーティングの気迫に満ちた滑りに男気を感じた。
選手として技術も表現も、そして人間としても大きな成長を遂げたシーズンだった。
直後のインタビューでは、次は金メダルを目指すとあえて口にした。
日本代表の自覚が増し、たくましさが備わりつつある。
一緒に練習を行う浅田真央の影響は小さくない。

今回の世界フィギュアで私がもっとも気になったのは浅田真央の状態だった。
体が痩せすぎで、顔つきが険しい。
スケートの調子以前の問題である。
彼女にはたとえしばらくの間でも頭と心、そして体を休めながら、終了したシーズンを冷静に振り返ってもらいたい。
いくら調整中とはいえ、私はあまりにつらい姿は見たくない。

⇒2011年5月1日「浅田真央、世界で勝つ判断と作戦…佐藤信夫コーチ」はこちら。

素人の私が考えたところでどうにもならないことは分かっている。
だれよりも本人がもっとも考えており、それを佐藤信夫コーチなどの周囲が懸命に支えている。
それでも浅田真央がどうしたら勝てるか、つい考えてしまうのだ。
来週の土曜日にブログをアップできればと思う。

以下に、「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」と題する2010年10月26日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート・グランプリ(GP)シリーズ第1戦「NHK杯」。
注目・期待の浅田真央は惨敗。
彼女は人気が突出しており、会場全体が元気を失ってしまった。
テレビ画面からそれがはっきりと伝わってきた。

浅田真央は演技を終えて肩を落とし、下を向いた。
私は、彼女が落胆している様子を見て、胸が痛んだ。
どうしたら彼女が心から笑えるか、全身で喜べるかを考えてしまった。
そして、次の2本のブログをアップした。

⇒2010年10月24日「浅田真央、北島康介が最高の教科書…五輪金メダル」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

きょうの記事は、これらの文脈を継いでいる。

さて、浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)銀メダル、続いて世界フィギュアスケート選手権トリノ大会優勝。
それなのに、長らく結果を残してきた得意の「ジャンプ」を自ら否定している最中だ。
理由は、オリンピックで韓国のキム・ヨナ(金妍児)に大差で敗れて優勝を逃したこと。
名伯楽・佐藤信夫を新コーチに迎え、二人三脚で“滑り”の修正(矯正)に努めている。
しかし、すでにハイレベルに到達しており、取り組みは容易でない。
彼女もそうだが、指導者も手探りの状態だろう。
互いに迷いや不安を拭い去れないのでは…。
はたして目論みどおりに進むか、微妙。
裏目に出なければよいが・・・。

                       ◇

浅田真央はもがき苦しんでいる。
なぜなら、さらなる“高み”を目指しているからだ。
具体的には、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)で表彰台の頂点に立つ。
人は挑めば、かならずしくじる。
要は、うまくいかない。

私たちは日々できそうなことでお茶を濁しており、したがってあまりしくじらない。
その代わり、これといった成果を収められず、実績を残せない。
できないことに挑戦する狂気は成功者の最大の共通点である。
が、人は挑戦すれば、かならず失敗する。
いまの浅田真央がそれだ。
正気の私は失敗しない。
還暦近くになっても2合目辺りをうろついており、いまだに頂(いただき)を垣間見ることさえできない。
なお、先の狂気を「勇気」と言い換えてもよい。

私はNHK杯をきちんと見たわけでない。
それでも、8位の浅田真央が実力で一番だと思った。
彼女と比べられる選手がいないのだ。

現時点で、ライバルは韓国のキム・ヨナ(金妍児)ただ一人。
これから村上佳菜子など国内外の若い選手が伸びてくるかもしれないが…。

浅田真央はオリンピックで金メダルを獲得することに集中したらよい。
言い換えれば、キム・ヨナを凌駕することに専念したらよい。
何せ彼女はお化けのような得点を叩き出した。
両者はきっとイコールである。

本来はライバルという言葉を用いるべきだが、あえて「敵」という言葉を使う。
浅田真央には「打倒、キム・ヨナ」という気持ちが強くあるはずだ。

浅田真央の敵はキム・ヨナだ。
ほかにいない。

キム・ヨナの敵はキム・ヨナだ。
彼女は韓国のスターであり、収入も破格である。
贅沢もできるし、遊びもできる。
もともと性格が自由奔放であり、ストイックな浅田真央と対照的。
キム・ヨナはソチオリンピックへ向けてモチベーションを高められるか、そして過酷な練習を積めるかは不明である。
いったん緩んだ状態を元に戻すのは、恐ろしく大変だろう。

万全の状態で臨むキム・ヨナは強敵、いや難敵である。
浅田真央は、従来の延長では絶対に上回れないと踏んでいる。
それゆえ、滑りの見直しを決断したはずだ。

「自己否定」は勝者の条件である。
夏季五輪(オリンピック)2大会連続金メダリストの北島康介が好例。
これまでの自分に安住せず、どん欲に進化を模索している。
そうしなくては決して勝てないことを、だれよりもよく分かっているからだ。
彼は4冠。

浅田真央に話を戻そう。
私は、自らに容赦なく“ダメ出し”する彼女を尊敬する。
まだ20歳である。
信じられない。
分野は違えど、少しでも実績を残している人なら浅田真央の偉大さは分かる。
彼女を批判しているのは実績がないどころか、行動そのものを避けたがる連中ばかりだ。
行動しか成果をもたらさないというのに…。

浅田真央の問題は、現在の必死の“取り組み”がほんとうに有効かどうかに尽きる。
フィギュアスケートに関する専門知識を持たない私には悲しいかな、その判断がつきかねる。

                       ◇

このブログで再三述べているが、コーチ体制の構築がソチオリンピックで頂点を極める決め手の一つだ。
そして、練習環境の整備も…。
浅田真央は本気で勝つ気なら、日本を離れるという選択肢もあるのでなかろうか。
真剣に検討すべきだ。

国内はあまりに雑音が多い。

◆書き加え1(2011年5月6日)

浅田真央は過去に海外に練習拠点を移したが、馴染まなかったようだ(不確か)。
その後、年齢と経験を重ね、成長を遂げた。
ソチオリンピックをにらんでもう一度検討してみることは無駄でなかろう。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年5月12日「金妍児、ソチオリンピック出場と優勝の可能性」はこちら。

⇒2011年5月5日「荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷」はこちら。

⇒2011年5月3日「世界フィギュア採点のなぞ…安藤美姫の勝利」はこちら。

⇒2011年5月1日「浅田真央、世界で勝つ判断と作戦…佐藤信夫コーチ」はこちら。

⇒2011年4月30日「浅田真央、やってみないと分からない…修正途上」はこちら。

⇒2011年4月29日「浅田真央の連覇か安藤美姫の返り咲きか…世界女王」はこちら。

⇒2011年4月27日「浅田真央の純粋な狂気に学ぶ…プロ講師の心得」はこちら。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年4月22日「世界フィギュア2011日程…浅田真央は勝てる?」はこちら。

⇒2011年4月20日「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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荒川静香と浅田真央、天才少女の重圧と低迷

世界フィギュアスケート選手権2011。
ロシア大会の放送を行ったフジテレビのスタジオ解説を務めたのが2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)金メダリストの荒川静香だった。
いまは華やかなアイスショーに活躍の舞台を移している。

男女を通じ、日本のフィギュアスケート界に最初の栄冠をもたらした。
国民人気をさらに高め、フィギュア王国を築くうえで彼女が果たした貢献は絶大だった。
歴史に名を刻んだ。

1998年長野冬季五輪(オリンピック)で初出場を果たしながらも、満足のいく結果を得られなかった。
女子は1枠であり、16歳の彼女にどれほどの重圧がかかっただろう。
まして、ファンの期待が爆発する自国開催。
逃げ出したかったかもしれない。
16歳といえば、いまの村上佳菜子と同じ。
このシーズンの世界フィギュアスケート選手権も1枠だった。
3枠が当たり前のように感じる現在と状況がまったく違う。

それが尾を引いたのか、荒川静香は低迷が続く。
2002年ソルトレイクシティ冬季五輪(オリンピック)では出場さえできなかった。
気持ちを立て直せなかったのだ。
2004年世界フィギュアスケート選手権で日本人として10年ぶり3人目の優勝を果たした。
このときに用いたのが、例の「トゥーランドット」。
その後もいま一つ調子が上がらなかったが、トリノオリンピックの最後(3人目)の切符を全日本フィギュアスケート選手権でつかんだ。

荒川静香は2回目のオリンピック出場では開き直り、楽しく参加することを大切にして勝利を収めた。
24歳は五輪女子フィギュア史上最年長の記録。
昨今は10代が中心である。
日本の頂点も凄いが、世界の頂点に立つというのは、どういう感覚か。
おそらく苦しみ抜いて栄冠をつかんだ選手にしか分からない。
4年間に世界にただ一人。
荒川静香は以前から競技よりもショーのほうに魅力を感じると話していた。
即、プロ転向。

韓国のキム・ヨナ(金妍児)も苦しみ抜いて2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で勝利を収めた。
1年ぶりの国際試合復帰となった2011年世界フィギュアスケート選手権ロシア大会の表彰台で流した涙がそれを物語っていた。

日本のフィギュアスケート界ではだれも金メダリストの荒川静香に並んでいない。
実は、アジア選手でも初めてだった。
あまりにも偉大な功績である。

以下に、「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」と題する2010年2月24日のブログを収める。

                      ◇◆◇

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHK「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
その後は明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、私はこれで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、合計でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢を叶えるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさりと表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

NHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

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浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権

「2011世界フィギュアスケート選手権」。
「東北関東大震災」の影響で東京・代々木大会が今秋の初めに延期された。
ところが、急きょ4月下旬、モスクワでの代替開催が決定した。
24日から5月1日。

私はこのところバタバタで経緯を知らなかった。
日本スケート連盟が辞退したのだとか…。
これを受け、国際スケート連盟(ISU)が決断を下した。
「福島第1原発」の事故も理由だろう。
また、開催を中止すれば、ISUは大きな収入を失う。
さらに、選手はオリンピックイヤーを除き、シーズン最大の目標にしている。
ちなみに、日本は2012年に東京で開催するという噂が流れている。
予定するフランスが返上するとかしないとか…。

私はロシア・モスクワ大会がおおいに楽しみだが、選手はたまらない。
ピークに達した緊張感はいったん緩んでいる。
フィギュアスケートは非常にデリケートなスポーツだ。
モチベーションはもちろんコンディションも低下したはずであり、それを短期間で立て直さなくてならない。
とりわけ自国開催でもっとも張り切っていた日本選手には非常に気の毒・・・。

今季絶好調の安藤美姫は、いまの自分にできるベストの演技を見せると力強かった。
初出場の16歳、村上佳菜子は気持ちを切り替えて臨むときっぱり。
織田信成は4月23日に予定していた結婚披露宴を5月以降に先送りする。

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)金メダリスト、キム・ヨナは出場する。
が、最高の状態に戻せるかどうか分からないと語った。
ロサンゼルスから韓国に戻っており、調整はソウルで行う。
そのため、ピーター・オペガード・コーチを呼び寄せる。

キム・ヨナが本大会をもって現役を引退するという噂も飛び交っている。
真相はどうか。
そうなると、浅田真央がキム・ヨナと対決するのは最後になる。
私たちにとっても見納め・・・。
浅田真央は高橋大輔とともに大会連覇がかかる。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

なお、フジテレビはロシア大会を中継する意向を表明した。

以下に、「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」と題する2011年2月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

女子フィギュアスケート界は、浅田真央とキム・ヨナ(金妍兒)の対決を軸に回ってきた。
ところが、オリンピックシーズンに大差がついた。
低迷する浅田真央に対し、キム・ヨナは劇的に成長した。
浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)惨敗直後、カメラの前で大粒の涙をこぼした。
インタビュアーにマイクを向けられても、言葉にならなかった。

浅田真央は、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)へ向けて基礎的な滑りの修正、そして得意のジャンプの見直しに着手した。
重点は、ジャンプの前後を含めた一連の運動の再構築である。
その過程で浅田真央のなかにちょっとした混乱が起こり、さまざまな迷いが生じて、これまで難なくできたことまで壊れてしまった。
フィギュアスケートがいかにデリケートなスポーツか分かる。

私は浅田真央の重大な決意が分かるだけに、1〜2年は結果を求めてはいけないと自分に言い聞かせていた。
選手が頂点を目指してスケーティングの矯正に取り組むとしたら、応援する側に必要なのは辛抱である。

バンクーバーオリンピックの余韻を引きずるなかで行われた「世界フィギュアスケート選手権2010(トリノ大会)」。
モチベーションの上がらないキム・ヨナは、浅田真央に敗れた。
かたや、浅田真央は勝ったという実感が乏しかった。
表彰台の頂上で見せた表情は非常に硬かった。

そして、シーズン終了後、二人は対照的な道を歩んだ。
矯正期間中にもかかわらず大会に出つづけ、ぶざまな姿をさらした浅田真央。
プロ転向の決断を保留し、リンクから遠ざかったキム・ヨナ。
これもまた苦悩の現れか。

3月、「世界フィギュアスケート選手権2011(東京大会)」が行われる。
浅田真央は昨年12月、ラストチャンスの全日本フィギュア選手権で代表の座をつかんだ。
となると、世間の期待は連覇へ向かう。
う〜ん。
彼女にとり、これがいい方向に働くかどうかは来シーズンを見なくては判断がつかない。

私自身は、浅田真央が納得するまで矯正に専念してほしかった。
世界フィギュアで結果を望むのは早い。
彼女の姿を見られれば十分でなかろうか・・・。

余談。
浅田真央は、負けても大勢を感動させられる、まれなアスリートだ。
また、彼女の笑顔には媚びがない。
いずれもスターの条件である。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月4日「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・安藤美姫に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年2月25日「安藤美姫、世界王者返り咲きへ…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月22日「安藤美姫、ため息が出るほど美しく・・・」はこちら。

⇒2010年12月28日「安藤美姫と高橋大輔…ぶっちぎりエキシビション」はこちら。

⇒2010年12月8日「安藤美姫はエロい大輪を咲かせよ…神秘的セクシー」はこちら。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・村上佳菜子に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年12月11日「村上佳菜子は僅差3位、織田信成は後退2位」はこちら。

⇒2010年12月9日「真央二世・村上佳菜子、安藤美姫と頂点を競う」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート男子・高橋大輔に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年2月20日「高橋大輔、金メダル宣言…世界選手権東京大会」はこちら。

⇒2010年12月28日「安藤美姫と高橋大輔…ぶっちぎりエキシビション」はこちら。

⇒2010年12月7日「高橋大輔は心に訴えない…内臓を揺さぶる泥臭さ」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート男子・小塚崇彦に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年11月28日「イケメン小塚崇彦に足りないもの…GP圧勝」はこちら。

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浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜

おとといのブログ、「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」の続き・・・。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

世界フィギュアスケート選手権が近づいてきた。
世界女王・浅田真央の頭のなかは東京大会のことで一杯だろう。
滑りの修正に四苦八苦したシーズン序盤…。
ようやく得意のジャンプが安定してきた。
極度の不振から脱し、自信を取り戻しつつある。

宿命のライバル、韓国のキム・ヨナ(金妍兒)が出場する。
浅田真央は、世界中が注目する大会になると、五輪女王に敬意を払うとともに期待を表した。
それと、やはりキム・ヨナを倒して表彰台の一番高いところにのぼりたいのだ。
「キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」と雄叫び(?)を上げたい気分では…。

浅田真央はバンクーバー冬季五輪(オリンピック)でキム・ヨナに負けたことは忘れたと語った。
しかし、そんなはずがない。
敗北はいつまでも引きずらないという意味だろう。
四大陸フィギュアスケート選手権ではプログラムに大幅な変更を加えた。
これも世界選手権での勝利を念頭に置いたものだ。
終了後、「2番の次は1番しかない」と驚くほど強気の発言が飛び出した。

二人は昨年の世界フィギュアスケート選手権トリノ大会以来の激突になる。
浅田真央はキム・ヨナを破ることの大変さを理解しているようで、5段も10段も調子を上げたいと語った。
四大陸選手権よりいくらかいい演技ではとても勝てないと考えている。

しかし、浅田真央はこうも語った。
リンクに立つことはだれかとの競争でなく、自分との戦い、自分への挑戦だと・・・。
はやる心を鎮めようとしているかのようだ。
本気でキム・ヨナを迎え撃つ。
浅田真央のなかでは、彼女に勝ってこそ完全復活と呼べるのか。

今季は採点方法が変わり、高得点が出やすい。
キム・ヨナはバンクーバーオリンピックで記録した女子シングル歴代最高点(228.56点)を更新したいと考えているはずだ。
1年ぶりに国際大会に復帰するが、不安を感じていない。
自信が凄い。
何せ1年間休んでも世界ランキング1位。
今季絶好調の安藤美姫は4位、浅田真央は6位。
三つ巴の金メダル争いか…。

浅田真央は、世界王者・高橋大輔とともに、日本人初の大会2連覇を目指す。
私は日本代表全員を応援しているが、なかでも二人が金メダルに輝くことがあればとてもうれしい。

続きはあさって、「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」のブログで・・・。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

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⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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浅田真央不調、ソチ五輪への長いトンネル・・・

おとといのブログ「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」の続き。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

女子フィギュアスケート・浅田真央は人気が突出している。
彼女には熱烈なファンがついている。
そして、大半が冬季五輪(オリンピック)で表彰台の一番高いところにのぼってほしいと願っている。

しかし、2010年バンクーバー冬季五輪では韓国のキム・ヨナに敗れ、銀メダルに留まった。
私がそれ以上にショックだったのは、信じられない大差をつけられたことだ。
当時のブログで述べたが、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)への配点が低すぎる。

それと、五輪の興奮が収まったので言っておきたい。
順位に異議を唱えるものでないが、採点システムが浅田真央に気の毒だった。
結果として不利な改正になった。
宿命のライバル対決なのに、どうもすっきりしなかった。
キム・ヨナは完璧な出来栄えだったにしろ、あの点差はおかしい。
素人の私でも採点システムに疑問を感じる。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

                       ◇

浅田真央は不調を極めており、それを心配する声が絶えない。
精神的にも肉体的にも疲労が抜けきらないのかもしれない。
また、オリンピックで勝とうとして勝てなかったのだから、迷いが生じて当然である。
そうでなくては、2014年ソチ冬季五輪で金メダルをつかめない。
まして浅田真央は納得をとことん追い求めようとする。
根が完全主義であり、立ちあがりは遅く、悪い。
決して器用でない?

先だってのNHK杯では、初のシニア対決となった後輩の村上佳菜子に敗れた。
これをもって追い抜かれたと大騒ぎする向きもある。
私は村上佳菜子も応援しているが、そんなはずがない。
今日まで浅田真央が重ねた努力、味わった苦労の凄さを振り返れば、たやすく気づくだろう。

村上佳菜子は浅田真央がいるから、わりと気楽に滑れる。
国民の注目と期待を一身に浴びた経験がない。

トップランナーは大きな重圧と戦う。
さらに深い孤独と戦う。
この2つに打ち克ち、初めて先頭を走れる。
大変さはそのポジションについた人間にしか分からない。

繰り返すが、私は村上佳菜子も応援している。
安藤美姫も鈴木明子も日本選手はすべて…。
誤解を恐れずに述べれば、浅田真央は村上佳菜子と同じ次元で練習に取り組んでいるのでない。
彼女はすでに超一流だ。
従来の延長線上で滑るなら、NHK杯で無様な姿は見せなくて済んだ。

浅田真央はソチの栄冠を目指し、試行錯誤を始めたばかり。
そのトンネルから抜け出すまでに相当な時間を要すると覚悟している?
名伯楽の佐藤信夫コーチを選んだ理由の一つか。
雑音を引き受け、自分を辛抱強く見守ってくれる人がほしいのでは…。

続きはあさって、「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」のブログで…。

◆書き加え1(11月21日)

村上佳菜子の存在は、浅田真央にとって刺激になるだけでなく、心強いのでなかろうか。
負担だっていくらか軽くなる。
私は、両者は相乗効果を望める関係だと思う。
村上佳菜子は浅田真央が通った道を歩いている。

たったいま安藤美姫と鈴木明子がワン・ツー・フィニッシュ。
仲よくグランプリ(GP)ファイナル進出を決定した。
おめでとう。
日本勢は皆、頑張っている。

私は午前3時近くまで仕事がずれ込み、へとへと…。
おやすみなさい。

                      ◇◆◇

2010年カナダ・バンクーバー冬季五輪(第21回冬季オリンピック)およびフィギュアスケート女子・浅田真央などに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年10月24日「浅田真央、北島康介が最高の教科書…五輪金メダル」はこちら。

⇒2010年10月3日「浅田真央はしっとり大人の“女”へ…20歳の変身」はこちら。

⇒2010年7月3日「浅田真央新コーチ人選、ソチ金メダル条件」はこちら。

⇒2010年5月4日「アンジェラ・アキと浅田真央の失敗」はこちら。

⇒2010年4月18日「キム・ヨナ、気になる去就に決着か」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年4月10日「石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙」はこちら。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

⇒2010年3月31日「金荒川静香が通った道…羽生結弦」はこちら。

⇒2010年3月30日「銀・浅田真央は金・荒川静香より凄い!」はこちら。

⇒2010年3月28日「笑顔がこわばる浅田真央…フィギュア表彰台」はこちら。

⇒2010年3月28日「浅田・長洲・村上、ソチ五輪表彰台独占へ!」はこちら。

⇒2010年3月27日「浅田真央vs長洲未来…ソチ五輪前哨戦?」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月28日「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」はこちら。

⇒2010年2月24日「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」はこちら。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。

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浅田真央が流した悔し涙の価値とは?

何事も中途半端で投げ出してきた私は、これまで一度も悔し涙を流したことがない。
「30人31脚」「全日本吹奏楽コンクール」など、子ども(少年・青年)が出場するさまざまな競技が舞台裏を含めてテレビで放送される。
敗者はたいてい大泣きする。
本気で悔しがるのは、本気で取り組んだ証である。
そう、限界まで頑張った。
私は立派だと思う。
そうした涙を否定しない。

⇒2010年1月3日「本気で悔しがる生き方、働き方」はこちら。

本気で悔しがる。
ありそうでない。
私自身はこれからも経験せずに一生を終えるのでないか。
本気で数知れず悔しがれるのは、ごく一握り成功者だ。
彼らの最大の共通点は、敗北や挫折、失敗の経験が突出して多いことである。

⇒2009年11月9日「成功の条件を考える」はこちら。

しかし、私は昭和26年(1951年)生まれの古い人間であり、人前で涙を流すのは潔くないという気持ちをどこかで引きずっている。
最近、だれもかれもたやすく泣きすぎる…。

そう考える私が感動したのが、2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で浅田真央が流した大粒の涙である。
とても痛ましかったが、同時にとても美しかった。
彼女が本番を迎えるまでに重ねてきた努力、乗り越えてきた試練に思いを馳せれば、悔し涙には正当な「価値」が認められる。
その尊さが、私たちの心を強く打った。

バンクーバー五輪で浅田真央は敗北を喫したわけでなく、銀メダルを得た。
ただ、彼女が望んでいた表彰台の一番高いところに立てなかった。
そこにすべてをかけ、凄まじい情熱とエネルギーを傾けてきた。
私が過去のオリンピックでもっとも印象に残った悔し涙である。

浅田真央は、自分に厳しい。
そして、周囲に優しい。
とくに気配りが半端でない。
若いのだから、私は気楽に、いや勝手に振る舞ってもらいたい。
が、浅田真央は決してそうしない。
この子が背負うものはあまりに重い。

2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)金メダリストの荒川静香はしがらみと無縁だった。
本番では、大勢の期待に応えるのでなく、自分の滑りを見せることに徹した。
彼女が目指したのは、あくまでプロ転向の片道切符を手にすること。
私が知る範囲でもっともエレガントなスケーティングだと感じたが、人気はそれほど高くない。
ちなみに、もっともドラマチックなスケーティングだと感じたのはカタリナ・ヴィット。

荒川静香は目的志向が強く、そこから少しでも外れたものはばさばさ切り捨てられる。
日本人のウエットな国民性とかけ離れた地点に立つ。
これも立派な見識だろう。
そして、自分にとっての至上命題をクリアした。

日本選手が一つもメダルを取れないうちに、トリノ五輪は最終盤に差しかかった。
私たちが諦めかけていたとき、荒川静香はもっともまぶしいメダルをつかんだ。
努力が大前提にしろ、先の意思(考え)がそれを引き寄せた。
また、運をあわせ持っていた。

この選手に何が何でも金メダルを取らせてあげたい。
国民の多くがそう願うこと自体がとんでもなく凄い。
私は、2014年ソチ五輪で浅田真央が楽しく滑る姿を見られるなら満足である。
それだけで十分にうれしい。
が、栄冠に輝くことがあれば熱狂するだろう。
おそらく近藤良平「てっぱんダンス」でもっとも印象的な「トン! トン! トン!」のポーズをやってしまう。
あれは最高の歓喜を表現している。
浅田真央には頂点が似合う。

続きはあさって、「浅田真央不調、ソチ五輪への長いトンネル・・・」のブログで…。

⇒2010年11月21日「てっぱんダンス…瀧本美織はだれと踊るのか?」はこちら。

以下に、「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」と題する2010年2月24日のブログをそのまま収める。

                      ◇◆◇

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)は終盤に差しかかった。
フィギュアスケート女子シングルが始まる。
きょうがショートプログラム(SP)、あすがフリー。
日本人の注目が一番高い種目だろう。
2006年トリノ五輪で唯一のメダルが、女子フィギュアでの荒川静香(あらかわ・しずか)の金メダルだった。

私は先日、NHKの「スポーツ大陸」を見た。
例により、ながら視聴。
日本経済新聞のテレビ欄に、「荒川静香 前年9位からの大逆転 栄光を生んだ選択とは」と記されていた。
インターネットで調べたら、過去の番組の再放送だった。
「大逆転スペシャル 栄光への選択 〜トリノ五輪 荒川静香〜」。
日本人初の金メダルを獲得した荒川静香。
確かに奇跡だったが、まぐれでなかった。
番組では、会心の勝利へ向けた苦悩と苦闘の足跡を紹介していた。

天才少女と称され、1998年長野五輪に16歳で初出場を果たした。
しかし、明確な目標を持てず、2002年ソルトレイクシティ五輪は出場を逃した。
2004年世界選手権で優勝し、才能が開花した。
が、採点方法の変更も影響してか、2005年世界選手権は9位に終わった。
何とかトリノ五輪の日本代表の座を手にしたが、荒川静香が目指したのは“勝利”でなかった。

「自分の最高の演技をたくさんの人の記憶に残したい」。
荒川静香は大会直前に非常識な決断を行った。
コーチと曲を変更し、得点につながらないイナバウアーを組み込んだ。
なるほど、これで謎が解けた。
日本経済新聞でスポーツ評論家が荒川静香を問題外と酷評していた。

本番では、ショートプログラム3位。
が、完璧なフリーで、大本命とされたロシアのイリーナ・スルツカヤを圧倒した。
ショートプログラムとフリーで自己ベストを更新。
当然、総合でも…。
大逆転で栄冠をつかんだ。

私は番組を通じ、荒川静香が五輪参加に「価値」を見出せなかったと知り、仰天した。
同時に、納得した。
プロフィギュアスケーターとしてやっていくには、デビューのきっかけが必要だ。
それが五輪でのメダル、なかでも金メダル。
彼女は競技でなく演技を究めたかったのだ。
それゆえ、技術と表現(美しさ)のはざまで葛藤した。

このブログで幾度か述べたが、荒川静香は五輪史上もっともエレガントなスケーティングを見せた。
芸術性はともかく、「優雅さ」ではカタリナ・ヴィットを凌ぐ。
私は「美しさ」という言葉を用いたいのだが、美とは何かという話になるとややこしい。
とりわけ驚嘆したのは、平板になりがちな“つなぎ”のスケーティングの豊かな表現力であり、突出した美しさである。
私は感動した。

五輪会場が熱狂に包まれるにつれ、荒川静香のフリーの演技は冴えわたっていった。
リンクで滑るのは、選手でなくアーティスト。
彼女は自らの願望に従い、ライバルと戦うのでなく、大勢に魅せた。

荒川静香にとり、オリンピックでの金メダルは目的でなく手段にすぎなかった。
目指すは、皆に喜んでもらうこと。
が、結局、自分のために滑った。
それが言いすぎなら、自分の夢をかなえるために滑った。

荒川静香はトリノ五輪の前から「引退」を決めていたのだ。
国民の興奮が冷めやらぬなか、やけにあっさり表明したと思ったら…。
五輪に何の未練もないのだ。
彼女は競技でなく演技の世界で生きたかった。
栄冠を手みやげにプロへ転向した。
そう、金メダルはゴールでなくスタート!

荒川静香は、日本人の感性では理解しがたいところがある。
「自我と自由」を大事にしているからだ。
そして、それを貫く。
大衆人気がいま一つの最大の理由では…。

                       ◇

やはり先日、私はNHKスペシャル「浅田真央 金メダルへの闘い」を見た。
浅田真央(あさだ・まお)は、勝負のカギとなるフリーで、タチアナ・タラソワコーチと五輪の頂点に立つために磨き上げてきたプログラムを披露する。
可憐なイメージを脱ぎ捨て、ラフマニノフの荘厳な前奏曲「鐘(かね)」の曲調に合わせた表情と表現を打ち出すとか…。
こちらも賭けである。

本大会で日本勢はメダルを獲っているが、「金」はゼロ(2月23日午後9時現在)。
国民が無条件で熱狂するのは金メダルだ。
浅田真央はその期待を一身に背負い、本番のリンクに立つ。

私は、まずは自分のために大舞台での滑りを存分に楽しんでもらいたい。
結果は、後からついてこよう。

                      ◇◆◇

2010年カナダ・バンクーバー冬季五輪(第21回冬季オリンピック)およびフィギュアスケート女子・浅田真央などに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

⇒2010年10月26日「浅田真央の敵、キム・ヨナの敵はだれか?」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

⇒2010年10月24日「浅田真央、北島康介が最高の教科書…五輪金メダル」はこちら。

⇒2010年10月3日「浅田真央はしっとり大人の“女”へ…20歳の変身」はこちら。

⇒2010年7月3日「浅田真央新コーチ人選、ソチ金メダル条件」はこちら。

⇒2010年5月4日「アンジェラ・アキと浅田真央の失敗」はこちら。

⇒2010年4月18日「キム・ヨナ、気になる去就に決着か」はこちら。

⇒2010年4月16日「妹真央を兄大輔が気遣う春の園遊会」はこちら。

⇒2010年4月10日「石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙」はこちら。

⇒2010年4月1日「キム・ヨナ、圧巻のエキシビション!」はこちら。

⇒2010年3月31日「金荒川静香が通った道…羽生結弦」はこちら。

⇒2010年3月30日「銀・浅田真央は金・荒川静香より凄い!」はこちら。

⇒2010年3月28日「笑顔がこわばる浅田真央…フィギュア表彰台」はこちら。

⇒2010年3月28日「浅田・長洲・村上、ソチ五輪表彰台独占へ!」はこちら。

⇒2010年3月27日「浅田真央vs長洲未来…ソチ五輪前哨戦?」はこちら。

⇒2010年3月26日「高橋大輔、日本男子初の金メダル!」はこちら。

⇒2010年3月4日「あきれた浅田真央と高橋大輔の言葉!」はこちら。

⇒2010年2月28日「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」はこちら。

⇒2010年2月24日「浅田真央と荒川静香、金メダルの苦闘」はこちら。

⇒2010年2月21日「浅田真央、金メダル極秘練習全記録…NHKスペシャル」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、4回転失敗も銅メダル!」はこちら。

⇒2010年2月19日「高橋大輔、攻めか守りかメダル予想」はこちら。

⇒2010年2月17日「男子フィギュアSP、高橋3位、織田4位」はこちら。

⇒2010年2月13日「バンクーバー五輪開幕、日本メダル予想」はこちら。

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浅田真央、しっとり大人の“女”へ…20歳の変身

夕方たまたまテレビをつけたら、フィギュアスケートの浅田真央が演技を行っていた。
秋になったばかりだというのに…。

会場の雰囲気、そして本人の表情からして競技でないようだ。
画面から緊張感が伝わってこない。
リラックスして楽しんでいる。
ネットで番組表を調べれば分かることだが、仕事に追われていて面倒臭い。

浅田真央は、純白のコスチュームに身を包んでいた。
シースルーなのでセクシー。
番組で20歳になったと紹介された。

私は驚いた。
わずか半年程で、浅田真央はすっかり大人っぽい印象に変わっていた。
それはそうだ、いつまでも少女に留まっているわけがない。
しっとりしており、とても美しい。
これまでは愛らしさが前面に出ていたが、“女”へ。
この子はまだまだきれいになる。
素晴らしい恋愛を経験してほしい。

どうやら何かのエキシビションらしい。
だから、あまりとやかく言いたくない。
ただ、あのスケーティングでは厳しいと感じた。
むろん、オリンピックでのこと。

確かに2014年ソチ冬季五輪まで時間はたっぷりと残されている。
まして2010年バンクーバー冬季五輪で韓国のキム・ヨナと死闘を終えたばかりだ。
肉体的にも精神的にも疲労は抜け切っていないだろう。
それに、モチベーションを元に戻すのは大変だろう。
コンディションづくりもこれから。
本格的な練習もこれから。
焦ることはないのかもしれない。

本人はオリンピックの表彰台で一番高いところしか眼中にない。
ならば、浅田真央を応援している私はそれをぜひとも叶えてもらいたいと考える。

ここ数カ月、コーチの選定が焦点になってきた。
しかし、コーチ体制の構築がソチ金メダルへの絶対条件である。
いまの延長でオリンピック本番に臨んでもおそらく勝てない。

⇒2010年7月3日「浅田真央新コーチ人選、ソチ金メダル条件」はこちら。

⇒2010年2月28日「浅田真央敗因分析、ソチ金へ新コーチ」はこちら。

◆書き加え1(10月3日)

いまネットで調べた。
「カーニバル・オン・アイス2010」と題する、メダリストが集結したアイスショーだった。
浅田真央がやけにリラックスしていると思ったら…。
2010年10月2日(土)午後7時から「さいたまスーパーアリーナ」で開催された。
私が見たのは、テレビ東京の放送。

公式サイトには「豪華キャストが夢の競演!」とある。
高橋大輔は当然出演。
2006年トリノ冬季五輪金メダリストの荒川静香とエフゲニー・プルシェンコも…。

自宅から30分程のJR東海・新横浜駅の近辺でもアイスショーがときどき行われている。
一度見たいと願いつつ、なかなか・・・。

◆書き加え2(10月3日)

NHK杯が浅田真央の地元・名古屋で開催される。
それに先立ち、注目の出場選手の記者会見が行われ、彼女は高橋大輔などとともに抱負を語った。
10月22日開幕。

もうシーズンなのだ。
いったいいつ自分を休めているのだろう?

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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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