コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

上原浩治

大人の菅野智之、子どもの澤村拓一でいいのか

プロ野球はキャンプ真っ盛り。
ルーキーのなかで目を引くのは、菅野智之(すがの・ともゆき)の落ち着きだ。
1年間のブランクを埋めようと入れ込んで当然なのに、そうした様子がみじんも感じられない。
同学年のなかに1軍でそれなりの成績を残した選手がいる。
しかし、菅野智之は焦っておらず、いたって冷静に自分と向かい合う。
決して簡単なことでない。

⇒2013年2月3日「プロ野球12球団キャンプ地巡り…人気は大谷翔平」はこちら。

⇒2013年1月31日「小笠原道大という生き方」はこちら。

対照的なのは澤村拓一(さわむら・ひろかず)。
素晴らしい力を持ちながら、生かし切れていない。
ストレートに対する考え方を間違えている。
直球、それも剛速球を投げることが目的となっている。
今シーズン、原辰徳監督が抑え転向を臭わせ、澤村拓一を揺さぶった。
頭を冷やして2シーズンを振り返り、ストレートに対する考え方を改めなさいということだろう。
実際、澤村拓一は21勝21敗と、貯金はゼロである。
先発投手としての貢献はそれほど大きくない。

子どもの澤村拓一に対し、大人の菅野智之。
澤村拓一は菅野智之の教育係でなかったか(不確か)。

菅野智之は東海大3年生、世界大学野球選手権のキューバ戦で自己最速の 157キロマークした。
それ以来、この記録とともに紹介されてきた。
しかし、本人はスピードにこだわっていない。
それは、両リーグを通じて最高の投手陣を誇る巨人キャンプでの投球練習にはっきりと表れている。
WBC出場メンバーなど仕上がりの早い周囲に惑わされず、あくまでも自分の流儀とペースで着実に階段を上っている。

本格派投手と、大きな期待が寄せられる即戦力ルーキーが最初につまずく主因がスピードへの過剰意識である。
澤村拓一も一貫して直球の速さにこだわり、出来がきわめて不安定だった。

菅野智之は、ゆったりとした動きから腕をしっかりと振り、力のあるボールを低めに投げ込む。
阿部慎之助が初めてボールを受けた後で報道陣に語ったのは、「軸になるピッチャーになってほしい」だった。
最高のほめ言葉だ。
菅野智之は主戦級の雰囲気、それも大物の風格さえ漂わせる。
川口和久投手総合コーチもべたぼめ。
多くの野球評論家が二けた勝利を予想する。

私は、菅野智之はケガがなければ新人王は固いと思う。
ひょっとして15〜20勝。
同じ背番号「19」をつけていた上原浩治のように新人で巨人の勝ち頭となり、セ・リーグで最多勝に輝くかもしれない。
ちなみに、上原浩治は新人の1999年、20勝4敗で最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率を制し、史上10人目、新人としては史上3人目の投手4冠を達成した。
また、新人王と沢村賞を獲得した。

菅野智之はブランクとされた1年間にメジャーを含めた野球を見つづけ、ストレートはボールのキレ、ピッチングは低めへのコントロールが決定的に重要との結論を得た。
実は、上原浩治がそうだった。
菅野智之は変化球を織り交ぜたブルペンでの投球練習そのものがクレバーである。
柳ブルペン捕手が「球が速くて何でも投げるのはダルビッシュ有くらい」「抜ける球が1球もない」と絶賛した。

原辰徳監督はドラフト会議で1位指名が確定した夜、菅野智之に背番号19のユニフォームを着せた。
「迷わずこの番号に決めました」。
上原浩治の姿と重なって見えたのか。
菅野智之は1年目から巨人のエースとして活躍する可能性がある。

                       ◇

私は先日、澤村拓一が今シーズン、「脱力投球」をテーマに掲げていると知った。
力んで棒球になり、幾度も痛い目を見た昨シーズンの反省を踏まえてのものだろう。
澤村拓一もよく考えていたのだ!
今シーズンは先発としての価値と適性を問われる。
結果を出せないと自分の希望を押し通せず、中継ぎや抑えに回らざるをえない。

澤村拓一は1年下の菅野智之の存在がとてもいい刺激になっている。
二人が巨人の投手陣を引っ張っていきそうだ。

◆書き加え1(2月7日)

菅野智之は「カーブが好不調のバロメーター」と語った。
カーブは全身を使い、下半身が粘れないと、うまく抜くことができない。

桑田真澄のような大きく縦に割れるドロップカーブが持ち味だ。
かつては堀内恒夫や江川卓など、カーブを決め球にするエースがいた。

菅野智之は多彩な球種を持つが、150キロ前後の直球と110キロ前後のカーブの緩急差がピッチングの生命線なのだとか。
カーブをうまく投げられるときは、他の球も調子がいいらしい。

ブルペンでの投球練習で直球の後にカーブを投げているのもそのせいだ。

                      ◇◆◇

澤村拓一と菅野智之に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年11月6日「澤村拓一MVP、やせがえる久保田千寿」はこちら。

⇒2012年10月26日「菅野智之、晴れて読売巨人軍入団…ドラフト単独指名」はこちら。

⇒2011年12月4日「沢村拓一、山口鉄也・松本哲也・長野久義に続く新人王」はこちら。

⇒2011年11月21日「菅野智之、入団拒否…勇気ある決断を擁護する」はこちら。

⇒2011年11月5日「横浜DeNAベイスターズ、原辰徳監督就任、菅野智之1位指名なら人気回復!」はこちら。

⇒2011年10月29日「菅野智之…巨人油断、ドラフト一本釣り詰め甘く大失態」はこちら。

⇒2011年10月27日「菅野智之、巨人を逆指名…長野久義、澤村拓一に続け!」はこちら。

⇒2011年10月23日「菅野智之は横浜と巨人が指名…ドラフト会議12球団1位予想」はこちら。

⇒2011年6月7日「澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!」はこちら。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

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澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!

先だってNHK総合テレビでアスリートの魂「攻め続ける“ルーキー”巨人 澤村拓一」という番組が放送された。
私は仕事に忙殺され、音声を聞く程度。
彼への密着取材であり、カメラが1軍キャンプからデビュー後までを追いかけた。

澤村拓一は、巨人では久々の「黄金ルーキー」だ。
前評判どおりの投球を見せているが、いまのところ勝ち星に恵まれていない。
よく見るとかわいい笑みをこぼすが、なぜか“不敵”に映る。
私は澤村拓一の面構えが好きだ。
デビュー戦でさえ緊張感が伝わってこなかった。
全身から放つオーラもマウンドさばきもすでに大物の域に達している。
各チームの強打者は彼と対戦するのが楽しいだろう。

澤村拓一はストレートで真っ向勝負する本格派投手である。
速いのは確かだが、重い印象。
ユニフォームを通し、走り込みとウエイトトレーニングで鍛えた下半身の凄さが感じられる。
番組で、澤村拓一はプロに入って一度も納得できるストレートを投げていないと語った。
彼が理想とするのは「狙われても打たれないストレート」であり、そのために「強く、速く、切れる直球を投げる」こと。

実は、変化球も一級品。
高速のスライダーとフォークが決まると、中軸打者も打てない。
私は上原浩治より上だと思う。
ただし、彼の1年目の勝ち星、目覚ましい活躍を超えることを意味しない。
数年間を眺めるなら成績で上回るのでは…。
毎シーズン、コンスタントに15勝以上。

澤村拓一は故障しなければ、近い将来どころか今シーズン中に巨人のエースになろう。
黄金伝説の扉を開けた・・・。

以下に、「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」と題する2011年2月12日のブログを収める。

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

                       ◇

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける

読売ジャイアンツのドラフト1位ルーキー・澤村拓一が先日、ついに一軍のマウンドに立った。
今シーズン3試合目、マツダスタジアムでの広島カープ戦。
私は深夜のスポーツニュースでちらっと見ただけだが、前評判どおりの好投だった。
当日は快投に非ず。

澤村拓一は大物だ。
プロ野球公式試合のデビュー戦というのに、緊張感が伝わってこない。
よく見ると、かわいい笑み。
それが、なぜか“不敵”に映る。

私は上原浩治より上だと思う。
ただし、彼の1年目の勝ち星、目覚ましい活躍を超えることを意味しない。
数年間を眺めるなら成績で上回るのでは…。
毎シーズン、コンスタントに15勝以上。

広島戦では、直球のスピードも切れも、そして肝心のコントロールもいま一つだった。
それでも広島打線を球威で圧倒した。
彼より速い投手はそれなりにいるはずで、どちらかというと重い印象。
この日は変化球をあまり投げなかった。
直球で勝とうとしたのか、変化球が決まらなかったのか、私は知らない。
三振が取れない。

澤村拓一は6回まで無失点に抑えた。
しかし、7回一死からライアルの失策(拙守)に足を引っ張られ、2点を失った。
が、自責点0は立派。
後続が打たれ、勝利投手の権利は消えた。
巨人の大卒ルーキーが初登板・初先発・初勝利を飾れば、51年ぶりの快挙だった。

また、中央大学野球部の先輩・阿部慎之助は、阪神との練習試合の守備で右ふくらはぎを痛め、その場で動けなくなった。
やはり肉離れで、長期の戦線離脱へ。
巨人は正捕手不在、主力打者欠場で開幕を迎えた。
澤村拓一は阿部慎之介のミットを目がけて投げ込むのを楽しみにしていたのでは…。
安心感だって違う。
が、影響はそれほど感じられなかった。
そうか、阿部慎之介はチームの主将だ。

澤村拓一は、巨人では久々の「黄金ルーキー」。
最高のデビューとはならなかったが、シーズンは長い。
この日の投球で、ファンの期待は一段と膨らんだ。

澤村拓一はユニフォームを通しても、走り込みとウエイトトレーニングで鍛えた下半身の凄さが伝わってきた。
きょう、甲子園の阪神戦で登板するらしい(不確か)。
彼は変化球も一級品。
高速のスライダーとフォークが決まると、中軸打者も打てない。

澤村拓一は阪神戦で初勝利を飾り、黄金伝説の扉を開けるのでないか。
故障さえなければ、近い将来どころか今シーズン中に巨人のエースになろう。

以下に、「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」と題する2011年2月12日のブログをそのまま収める。

                       ◇◆◇

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

◆書き加え1(2月6日)

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

◆書き加え1(2月6日)

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

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沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督

読売ジャイアンツ(巨人)の宮崎1軍キャンプ。
新人でただ一人帯同している期待の星、沢村拓一が6日、初のフリー打撃(バッティング)に登板した。
坂本勇人と大田泰示を相手に55球。
巨人が松井秀喜(ゴジラ)の後継を託す大田泰示の背番号55を意識したかどうか、私は知らない。

沢村拓一は伸びのある内角直球で坂本勇人のバットを2度へし折った。
疲労がピークに達していたせいかブルペンで不安定だった制球がこの日、バッターに向かった途端にしゃんとした。
セットポジションからスピンの利いた速球を投げ込む。
このピッチャーは実戦にめちゃくちゃ強そうだ。
投球フォームも球筋もきれいな斎藤佑樹と対照的に、実にえげつない。

沢村拓一は、今後さらに切れと球速が増すだろう。
川口和久投手総合コーは「特上」と絶賛した。

課題はコントロール(制球)だが、売りはあくまで速球。
荒れるかも…。
打者からすれば、嫌な投手である。
好かれたらプロとしてやっていけない。
剛腕ルーキーは15日の紅白戦でデビューするようだ。
沢村拓一よ、小笠原道大のバットをへし折ってやれ。

原辰徳監督は開幕投手を白紙としており、沢村拓一は内海哲也、東野峻という左右の両エースと並んで最有力候補の一角。
私は本命と考える。
開幕投手テスト(試験)になろう。
本人も虎視眈々と狙っているはずだ。
決定のリミットは3月3日、雛祭り(ひなまつり)。

沢村拓一は3月25日、東京ドームのオープニングゲーム(開幕試合)、横浜戦の先発マウンドに立っていなくてならない。
21世紀に入り、プロ野球は話題がパ・リーグに集中している。
長らく球界の盟主を自負してきた巨人は人気面での巻き返しが必須なのだ。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

以下に、「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」と題する2010年11月12日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は日曜日の深夜(月曜日午前1時半過ぎ)だというのに、朝一に提出する経営トップ・営業幹部向けの講演パンフレットの原稿を作成しているところ。
テキストのレジュメを固めるまでが大変である。
これはそのまま講演のプログラムになる。
老いた頭を一日中動かしたので、くたくた…。
私は頑張っているのだけれど、仕事が非常に遅い。
朝方5時、6時は覚悟している。
終わらないかぎり眠れない。

そんなとき、つけっ放しのテレビ朝日「Get Sports」で、読売ジャイアンツから単独1位指名を受けた沢村拓一を取りあげていた。
母親と初めて見に行ったのが東京ドームの巨人戦だった。
念願の巨人入りを果たした。

私は沢村拓一の不敵な面構えが好きだ。
闘争心がそのまま顔になっている。

「自分をいじめることが好きなんですよ、結構」。
なるほど、「M」である。

沢村拓一は高校時代に投手失格を言い渡され、挫折を味わった。
悩み苦しみ、体重も落ちるところまで落ちた。
中央大学へ進学する際、ここで結果を出せないようなら野球をやめると誓った。
彼の気迫を真正面から受け止めたのが恩師・高橋善正監督だった。
この出会いが彼の人生を好転させた。

沢村拓一は「練習しないと、先はない…」とさらっと語った。
何と厳しい言葉だろう。
練習量が突出しており、徹底的に自分をいじめ抜く。
納得がいくまで決してやめない。

それと、沢村拓一がこだわったのがウエイト(筋力)トレーニング。
下半身を集中的に鍛え抜いた。
私はその映像を見たが、体を壊してしまうのでないかと心配になった。
野球選手、まして投手としてはあまりに過酷。
こうした壮絶な努力が実り、ついに大学球界最速時速 157キロメートルをマークした。

沢村拓一は今シーズン先発6試合、すべて完投。
そのなかに延長戦も含まれる。
9回でも時速 150キロメートル台の剛速球を投げる。

沢村拓一は不断の鍛錬により気持ちの強さと類まれなスタミナの両方を手に入れた。
1年目から読売ジャイアンツの先発完投型投手の一番手として大車輪の活躍を見せそう。
投手崩壊のチーム事情からすれば、開幕投手も夢でない。
ぜひ「沢村賞」を狙ってほしい。

力量では巨人のエース格だ。
メジャーリーグへ移籍した上原浩治の入団時よりも上でなかろうか。
掛け値なしに「逸材」と呼べる。
沢村拓一は持ち前の強気と執念でドラフトを実質的に「逆指名」に変えてしまった。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

◆書き加え1(11月8日)

野球の素人ながら、沢村拓一の言葉がちょっと気になった。
「自分は下半身しか鍛えない」。
基本は下半身であり、真っ当な考え方だと思う。
沢村拓一は力感あふれるダイナミックなフォームが魅力的である。

しかし、下半身があれほどまでに強いと、肩や腕を含めた上半身に相当な負荷がかかるのでは…。
上半身が下半身に負け、怪我や故障につながる可能性はないのか。
どうなのだろう?

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沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…

私は日曜日の深夜(月曜日午前1時半過ぎ)だというのに、朝一に提出する経営トップ・営業幹部向けの講演パンフレットの原稿を作成しているところ。
テキストのレジュメを固めるまでが大変である。
これはそのまま講演のプログラムになる。
老いた頭を一日中動かしたので、くたくた…。
私は頑張っているのだけれど、仕事が非常に遅い。
朝方5時、6時は覚悟している。
終わらないかぎり眠れない。

そんなとき、つけっ放しのテレビ朝日「Get Sports」で、読売ジャイアンツから単独1位指名を受けた沢村拓一を取りあげていた。
母親と初めて見に行ったのが東京ドームの巨人戦だった。
念願の巨人入りを果たした。

私は沢村拓一の不敵な面構えが好きだ。
闘争心がそのまま顔になっている。

「自分をいじめることが好きなんですよ、結構」。
なるほど、「M」である。

沢村拓一は高校時代に投手失格を言い渡され、挫折を味わった。
悩み苦しみ、体重も落ちるところまで落ちた。
中央大学へ進学する際、ここで結果を出せないようなら野球をやめると誓った。
彼の気迫を真正面から受け止めたのが恩師・高橋善正監督だった。
この出会いが彼の人生を好転させた。

沢村拓一は「練習しないと、先はない…」とさらっと語った。
何と厳しい言葉だろう。
練習量が突出しており、徹底的に自分をいじめ抜く。
納得がいくまで決してやめない。

それと、沢村拓一がこだわったのがウエイト(筋力)トレーニング。
下半身を集中的に鍛え抜いた。
私はその映像を見たが、体を壊してしまうのでないかと心配になった。
野球選手、まして投手としてはあまりに過酷。
こうした壮絶な努力が実り、ついに大学球界最速時速 157キロメートルをマークした。

沢村拓一は今シーズン先発6試合、すべて完投。
そのなかに延長戦も含まれる。
9回でも時速 150キロメートル台の剛速球を投げる。

沢村拓一は不断の鍛錬により気持ちの強さと類まれなスタミナの両方を手に入れた。
1年目から読売ジャイアンツの先発完投型投手の一番手として大車輪の活躍を見せそう。
投手崩壊のチーム事情からすれば、開幕投手も夢でない。
ぜひ「沢村賞」を狙ってほしい。

力量では巨人のエース格だ。
メジャーリーグへ移籍した上原浩治の入団時よりも上でなかろうか。
掛け値なしに「逸材」と呼べる。
沢村拓一は持ち前の強気と執念でドラフトを実質的に「逆指名」に変えてしまった。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

◆書き加え1(11月8日)

野球の素人ながら、沢村拓一の言葉がちょっと気になった。
「自分は下半身しか鍛えない」。
基本は下半身であり、真っ当な考え方だと思う。
沢村拓一は力感あふれるダイナミックなフォームが魅力的である。

しかし、下半身があれほどまでに強いと、肩や腕を含めた上半身に相当な負荷がかかるのでは…。
上半身が下半身に負け、怪我や故障につながる可能性はないのか。
どうなのだろう?

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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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