コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

先生商売

和田創研、閉鎖のお知らせ

人はそこそこやっていけると、変わるのが難しい。
職業でも人生でも現状を変えることはリスクそのもの。
やがて変わろうとの思いも消える…。

わが人生0710むろん、変わることは目的でない。
自分が納得して働き、生き、それでいくらか豊かさや幸せを手に入れられればよい。
変わらないでやっていけるなら、それに越したことはない。
しかし、果敢に変わらないと、先々までやっていけないかもしれない。
人それぞれの職業観や人生観に左右されるが、私たちは「変化」を決断しなければならないこともあろう。

私は大雑把に言って、40歳までの20年間はマーケティング・プランナーとして生計を立ててきた。
この40歳のことを、心理学者のユングは「人生の正午」と呼んだらしい。
学問的な意味は分からないが、なるほどと思う。
わが人生0711私は行き詰まりを覚え、仕事を変えようと誓った。
プランナーは感度の鋭敏さや発想の柔軟さが不可欠で、若い頃のほうが有利だ。
また、プランニングの職能の伸び代が少なくなっていた。
そして、何より徹夜の連続という生活が精神的にも体力的にも耐えられなくなっていた。
いろいろな面で限界が噴き出した。

そこで著者を、ほどなくそれと関わる講師を志した。
要は“先生商売”を目指した。
当然、どのような職業もやっていくのは大変だ。
まして、ちゃんと生計を立てられるようになるのは…。
40歳を過ぎての転職は危険極まりなかったが、それをやり遂げないかぎり、自分と家族の生活を守れなくなると感じた。

わが人生0712ついては、私が真っ先に行ったのは、プランナーとしての営業活動をやめること。
企画業務の受託が減り、収入がなくなった。
何とか食べられるとそれに引きずられるため、将来が覚束ない。
退路を断つ。
この頃を思い出してつくった川柳に、「電気ガス 水道止まり 子はあきれ」がある。

1990年代半ばに企画講師として、1990年代後半に営業講師として活躍の場が広がった。
振り返れば、ここまでが険しい道のりだった。
覚悟を決めていたとはいえ…。
地獄は3年ほど続いただろうか。
いつしか営業コンサルタントへ。
自分の持ち味として“変革系”の色彩を強めていった。
わが人生0713とりわけ1997年から2003年にかけての7年間は、毎日が出張の気分だった。
3人の子どもがカネのかかる時期に当たり、いまの妻の子どもを授かったとはいえ、なぜあれほど無茶をできたのか、自分でも不思議…。
狂気に近い頑張りだったようで、顧客がしばしば呆れ、また案じてくれた。

私はまもなく60歳、還暦を迎える。
あの決断から20年が経つ。
この節目に、最後の変化に挑んでみたい。
私はぬるま湯好きの凡人であり、さらに根が呑気なせいか、自分を追い詰めないと決して変われない。

わが人生0714一つは、公開セミナー、とくに収入源の企業研修の講師をやめること。
55歳を過ぎた辺りから非常に厳しくなった。
終了後にふらつく状態…。
初婚直後から年中無休で働くようになり、35年近く。
同年代と比べ、体が弱り切っている。
前の妻は口癖のように「早死にする」と言っていたし、いまの妻は私と連絡がつかないだけで「倒れているのでは…」と気をもんでいる。

私は有名企業の仕事が大半だったが、数年前から新規開拓の営業活動をやめた。
大手顧客とのつきあいはたいてい数年に及ぶからだ。
3〜5年、まれに十年以上。
こちらから仕掛けて業務を受託しておき、勝手に店仕舞いすることは許されない。
何せ「営業発の全社改革」。
わが人生0715私どもが担ってきた企業研修などは長期の人材育成計画、ときに経営計画に組み込まれる。
ここ2年は、既存顧客への若干の働きかけと、ホームページなどを通じた引き合い対応に留めた。
それも中小企業が主体、しかも淡白な営業活動…。
フォローや深追いはなし。

一部を除き、約束の業務は来年度で終えられる。
このブログで幾度か述べたとおり、15カ月後の2011年3月末日に「和田創研」を畳む。
わが人生0716同時に、「NPO法人営業実践大学」を畳む。
実は、自分なりに温めてきた構想があり、それを実行へ移してみたい。
具体的な内容はいずれ明らかにする。

もう一つは、IT企業とのジョイントベンチャーを立ち上げること。
私なりに構築し蓄積した営業講師としてのコンテンツ、営業コンサルタントとしてのノウハウをシステマチックに提供するビジネスモデルを動かしたい。
わが人生0717私にIPOを果たす経営者としての力量が欠けているので、先方の若い社長に任せる。
私の本質は“職人”だからだ。

以上。
私は、長らく体を酷使する商売を営んできた。
還暦を境に、新聞配達から始まった40年以上の「肉体労働」にピリオドを打つ。
うまくいくなら、劇的変化。

わが人生0718すでに私の両親は横浜に引き取った。
この上ない喜び。
会津で暮らす妻の母親(片親)をなるべく早く呼んであげなくてなるまい。

そして、子どもが独り立ちしたら片田舎に引っ込み、夫婦二人が食べるくらいの作物をつくりながら、若い頃の夢だった書か油彩か陶芸のいずれかを楽しむ。
首都圏に近く、気候の温暖な伊豆がよい。
やはり慣れ親しんだ「熱海」かなぁ。
貧しい家庭に育った妻は、大学へ行けなかったという無念をいまだに引きずっているようだ。
経済的な余裕が生まれれば、それを叶えてやりたい。

わが人生0719が、私はボケているか。
また、日本で食べていけず、物価の安い海外へ渡っているかもしれない。
あくまで私が願う、老後の理想の暮らしだ。

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二人の妻の励ましに支えられ…

月曜日、ケーキを4つ買った。
1つは、前の妻に供えるため。
命日なのだ。
わが人生0692学生時代まれに奮発し、二人で国電西荻窪駅そばの「こけし屋」に入った。
極貧の私にとり贅沢だ。
妻が飲んだコーヒーにびっくり。それが「ウィンナーコーヒー」だった。
妻はストレートコーヒーに、チーズ系やクリーム系のケーキを添えることもあった。
甘いものが苦手な私を前に、はにかみながら、しかしとてもおいしそうに食べた。
40年近く前の記憶がよみがえってきた。
ひょっとしたら私も2〜3回、ケーキ以外を食べたか。
サバランやタルト?
それとも妻に勧められ、妻のケーキをスプーンで一口か二口食べたか。

私は再婚してしばらくし、いまの妻に誕生日を尋ねた。
一度もお祝いをしていなかったことに気づいたからだ。
仕事に追われっ放しで、自分のバースデーを含め、そうしたことに至って無関心。
わが人生0693そして、妻の返事に飛び上がりそうになった。
前の妻が亡くなった日と同一。
このことを当時、母に話したらやはり非常に驚いていた。
いまだに不思議…。

3つは、妻のバースデーを祝うため。
会社だけでなく自宅でも仕事を行い、家事と合わせ、早朝から深夜まで働いている。
私と同様、年中無休に近い状態だが、私より頑張る。
ささやかな感謝の気持ちだ。
自慢するほどのことでない。

                       ◇

前の妻は、三鷹市の杏林大学医学部付属病院で息を引き取った。
9月14日に主治医から「3カ月の命」と宣告され、ちょうど3カ月後だった。
わが人生0694妻は若く、3人の子どもは幼かった。
受け止める力はないと考え、私は事実を伝えなかった。
妻の父も同じ考えだった。

病状は急速に悪化していった。
私は当然、がんが治るという前提で接した。
が、頭のいい妻は察していたと思う。

妻は、末期の痛みを和らげるため、かなりの量のモルヒネを投与されており、頭はボーっとしていたはず。
それでも私が子どもを連れずに一人で尋ねると、快活に話をした。
わが人生0695私に言い残したかったのかもしれない。
この頃はプランナーから著者や講師といった“先生商売”への転換を目指しはじめた時期と重なり、精神的にも肉体的にも経済的にも次第に苦しくなっていた。

妻が繰り返したのは、「お父さんは、持っているエネルギーが凄いのよ」。
自分ではあまり意識していなかったが、私のパワーを幾度も指摘した。
二人部屋のときには、隣の年配の女性にもそう語っていたらしい。

わが人生0696「お父さんは凄い、凄い、凄い…」。
亡くなる直前まで、自分のことは置き、私を褒めちぎった。

その私は還暦が迫り、衰えが目立つ。
エネルギーもしぼんでしまった。
これまでを振り返り、二人の妻の大きな励ましに支えられ、何とかやってこられた。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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面白くないジョークの会会長 

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