2011年3月11日、14時46分、東北地方から関東地方北部にかけての太平洋沖で巨大地震が起こり、それにともない沿岸部に巨大津波が押し寄せた。
震源は三陸沖、深さは24キロメートル。
国内では観測史上最大のマグニチュード 9.0。
1900年以降、世界でも4番目の規模である。
宮城県栗原市で震度7の揺れを記録した。
私が暮らす横浜市でも震度5を記録した。
3月9日〜10日に起こったのは「前震」だったのでないかという声が上がっている。
私はこの言葉を初めて知った。
ちなみに、1923年の「関東大震災(大正関東地震)」はM 7.9。

この地震(本震)を含め、3つの地震が5分ほどの間に連動して発生した。
震源域は岩手県沖から茨城県沖にわたる。
西北西−東南東方向に圧力軸をもつ逆断層型の海溝型地震とのこと。
破壊された断層は南北に5百キロメートル、東西に2百キロメートル。
これにより「阪神・淡路大震災」の千倍のエネルギーが放出されたらしい(新聞報道による)。

地震発生後、北海道から千葉県にかけて大津波が襲った。
なかでも岩手県、宮城県、福島県では海岸部の集落が丸ごと飲み込まれた。
津波が高さ10メートルの防潮堤を乗り越えた地域もある。
さらに、津波襲来後に大規模な火災が発生した。
結局、日本のすべての沿岸地域で大津波警報、津波警報、津波注意報のいずれかが発令された。

気象庁は当日、一連の地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。
より正確には「東北・北関東太平洋沖地震」でなかろうか。
報道機関(マスコミ)は「東北関東大震災」「東日本大震災」「東北・関東大地震」「東日本巨大地震」「東日本大地震」などと呼称している。
いずれも表現が的確でない。
一言で括れないくらい広域かつ深刻な災害だからだろう。

今回の地震は東北地方と関東地方北部に直接、甚大な被害をもたらした。
何よりも大勢の人命が失われた。
さらに、日本の社会・経済・産業に、また国民の生活全般に深刻な影響を及ぼしている。
加えて、原子力発電所の損傷による放射能漏れが発生した。
こちらも重大な懸念である。

このブログでは、大震災とそれに関わる事柄をなるべく取りあげない。
マスコミ報道がすべて正しいと思わないが、未曽有の災害時には“取材”を経た情報を判断材料としてほしい。
裏付けのないものは不安を増幅させ、混乱を深刻にするだけである。

私たちは金銭・物資・労力の提供など、自分にできる範囲で“何か”を実行すべきだ。
一人ひとりがたとえささやかであっても被災地や被災者に手を差し延べるなら、大きな助けになる可能性がある。
言葉より「行動」で示そう。

                       ◇

私は、昔のことなので記憶が曖昧だが、今回の津波で最悪の被害が出た「三陸沿岸」を数回は訪れた。
「宮古」から電車やバスで南下して「釜石」「大船渡」「陸前高田」「気仙沼」「石巻」まで。
少ないところで2〜3回、多いところで5〜6回?
明治大学の学生だったが、生活の必要で楽譜専門卸(問屋)・松沢書店の一員として主要な書店を巡った。
名前はうろ覚えだが、「山田屋旅館」に泊まることをとても楽しみにしていたのでは…。
きわめてリーズナブルな料金なのに、新鮮な海産物がふんだんな夕食付きだった。
ただし、これに関しては、はなはだ不確か。

テレビに映し出される三陸地方の惨状は目を疑うものだった。
海と山に挟まれた平野に形成された市街地は壊滅。
住宅が残っておらず、辺り一面、瓦礫の山。
私は、食べるために飛び回っていた青春時代の思い出がオーバーラップした。
あまりのひどさに、被災地と被災者にかける言葉が見つからない・・・。

                       ◇

今回の地震後しばらく気象庁による「緊急地震速報」が1日に何回も流れた。
テレビ画面に「強い揺れに警戒」と出る。
精度が低く、誤報と思われるものが多かった。
そのたびに緊張を強いられる。
現状ではやむをえないのだろう。
確かに、用心第一、安全第一、人命第一なのだが・・・。

長野県や新潟県、静岡県でも強い地震が発生した。
あちこちで地震活動が活発になっている?
日本列島全体が激しく揺れている。

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