コンサルの引き出し|和田創ブログ


だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

山田満知子コーチ

浅田真央に続き、村上佳菜子が現役引退

フィギュアスケートの女子シングル。
26歳の浅田真央に続いて、22歳の村上佳菜子が現役を引退しました。
世界国別対抗戦のエキシビションのリンクで花束を受け取りました。
その後に取材に応じ、自らを幸せものだと称しました。

私は正直、ちょっと早いかなと思う気持ちがないわけでありません。
しかし、本人としてはこれが精一杯だったのでしょう。

現役引退は2016年全日本フィギュアスケート選手権でフリースケーティング(FS)を滑り終えた直後に決めたそうです。
自分が理想とする演技を見せ、山田満知子コーチ、樋口美穂子コーチと抱き合って涙を流しました。

そうなると、浅田真央と同じタイミングです。
ただし、浅田真央は多くの関係者と調整を行う必要がありましたので、最終決断はもっと遅くなったのでないでしょうか。
浅田真央が「お互い頑張ったよね」と声をかけたそうです。



村上佳菜子のデビューは鮮烈でした。
私は才能に恵まれた女子選手が現れたものだと驚きました。
笑顔が屈託なく、表現が豊か、動きが弾けるように大きかった。
同年齢の羽生結弦とともに日本のフィギュア界を背負う存在になると思いました。

中学3年生で出場した2010年世界ジュニア選手権で金メダルを獲得しました。
シニアデビューを果たした2010年シーズンにフィギュアスケート・グランプリ(GP)シリーズのスケートアメリカで優勝を収めています。
さらに、グランプリ(GP)ファイナルに進出して表彰台に上りました(3位)。

村上佳菜子は一躍脚光を浴び、この頃はまぶしいくらいの輝きを放っていました。
世界フィギュアスケート選手権は2011年(2010年シーズン)から5年連続で代表に選ばれています。

2014年ソチ冬季五輪でイタリアのカロリーナ・コストナーの演技に改めて魅せられ、これ以降はそれをイメージしながら練習に励みました。

が、ソチ五輪後の世界選手権が終わり、鈴木明子が現役を退き、浅田真央が休養に入りました。
二人の先輩が消え、村上佳菜子は引っ張っていかなければならない立場になりました。
ファンの期待も集中し、重圧がのしかかりました。

2014年全日本選手権ではショートプログラム(SP)のジャンプで回転不足を取られ、9位に留まりました。
総合でも5位と表彰台を逃しました。
精神的なダメージは相当大きかったようです。
懸命にジャンプの修正に努めましたが、大会での得点も順位も低迷から抜け出せませんでした。
(女性特有の体のバランスの変化に苦しんでいるようにも見えました。)
2016年(2015年シーズン)についに世界選手権への連続出場が途絶えました。

村上佳菜子は結果を残せず、試合も練習も怖いと感じた時期がずっと続きました。
自分とぎりぎりのところで戦っていたのでしょう。
「ここで逃げ出したら何も乗り越えられない」と言い聞かせ、全日本選手権に臨んだそうです。

村上佳菜子は緊張しやすく、大舞台に強いという印象がありません。
しかし、最後の試合で力を出し尽くしました。

今後は、プロスケーターとしてアイスショーに出演します。
また、いつかは指導者になりたいという夢を持っています。

選手としての才能を存分に開花できなかったのは残念です。

◇◆◇

村上佳菜子に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年11月4日「村上佳菜子、スランプから復調か…ソチ代表」はこちら。

⇒2013年10月15日「村上佳菜子、ソチ五輪代表3枠入り」はこちら。

⇒2012年4月1日「羽生結弦と村上佳菜子の表現力と躍動感…類まれな才能」はこちら。

⇒2011年11月18日「村上佳菜子と山田満知子コーチ、ソチ五輪への本気」はこちら。

⇒2011年4月25日「村上佳菜子はひょっとして…世界フィギュア」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月11日「村上佳菜子は僅差3位、織田信成は後退2位」はこちら。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年12月9日「真央二世・村上佳菜子、安藤美姫と頂点を競う」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

Copyright (c)2017 by Sou Wada

人気ブログランキング←応援、よろしく!

樋口美穂子コーチは宇野昌磨と戦う

フィギュアスケートの大会で感動のシーンがしばしば見られるのが「キスアンドクライ」。
辞書(大辞林第三版)によれば、フィギュアスケートの大会で演技を終えた選手とコーチが採点の発表を待つための場所。
採点の結果を目にして抱き合って喜んだり失意の涙を流したりすることから、そう呼ばれます。

そのキスアンドクライで選手に寄り添う姿と表情がとくに印象的なのが、宇野昌磨の隣に座る「樋口美穂子コーチ」です。
服装などが華やかというか派手ということも影響しているのかもしれません。
インターネットで調べたところ、いわゆる「勝負服」を意識しているようでした。
当然ですが、コーチも選手とともに戦っているのです。

樋口美穂子(ひぐち・みほこ)コーチは愛知県出身で47歳。
名古屋市出身で73歳、伊藤みどりや浅田真央を輩出し、振付も手がけた山田満知子コーチのアシスタントコーチを務めて今日に至りました。

その流れを受け継いでいるのか、樋口美穂子コーチが宇野昌磨のプログラムの振り付けもほぼ行っています。
したがって、シーズン中でも選手のコンディションに合わせて手直しすることができます。

コーチと選手の距離はさまざまでしょうが、コーチが選手と人間関係はもとより信頼関係を築けなくてはとても指導の成果は上がりません。

その山田満知子コーチとともに宇野昌磨を指導してきたのが樋口美穂子コーチでした。
山田満知子コーチは体調を崩したらしく、海外の遠征は難しくなり、国内の試合も樋口美穂子コーチに任せています。
2018年平昌冬季五輪(オリンピック)を区切りに指導者を引退すると噂されます。
樋口美穂子コーチが宇野昌磨のメインコーチといえるでしょう。

教え子の宇野昌磨は順調に伸びてきましたが、いまはちょっと小休止の状態です。
(成長が踊り場に差しかかっているようにも見受けられます。)
樋口美穂子コーチの真価が問われるのは、やはりオリンピックシーズンでしょう。
私はぜひ平昌五輪のキスアンドクライで歓喜の涙を流してほしいと思います。

◇◆◇

宇野昌磨に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年2月4日「宇野昌磨から消えた伸びやかさ・・・敗因分析」はこちら。

⇒2017年1月27日「羽生結弦と宇野昌磨が平昌五輪で勝つ条件」はこちら。

⇒2017年1月25日「宇野昌磨は滅茶苦茶やばい」はこちら。

⇒2017年1月15日「宇野昌磨は世界選手権で4回転ループを跳ぶ」はこちら。

⇒2016年12月23日「宇野昌磨は全日本初優勝よりも3百点超えを!」はこちら。

⇒2016年12月22日「浅田真央と宇野昌磨、二人の全日本フィギュア」はこちら。

⇒2016年12月21日「宇野昌磨は宮原知子と似ている」はこちら。

⇒2016年12月19日「宇野昌磨が全日本で羽生結弦に勝つ可能性」はこちら。

⇒2016年12月12日「宇野昌磨は羽生結弦に迫れるか・・・全日本選手権」はこちら。

⇒2016年10月15日「宇野昌磨は4回転ループで羽生結弦を追い越す」はこちら。

⇒2016年10月1日「宇野昌磨、4回転フリップ失敗でも優勝」はこちら。

⇒2015年12月30日「宇野昌磨と樋口美穂子コーチの約束」はこちら。

⇒2015年12月29日「宇野昌磨、大トリのエキシビション」はこちら。

⇒2015年12月26日「宇野昌磨、安全運転で世界選手権へ」はこちら。

⇒2015年12月24日「宇野昌磨が羽生結弦に肩を並べる日」はこちら。

⇒2015年12月23日「宇野昌磨は高橋大輔に通じる」はこちら。

Copyright (c)2017 by Sou Wada

人気ブログランキング←応援、よろしく!

村上佳菜子、笑顔で山田満知子コーチと抱擁

全日本フィギュア2012(フィギュア全日本選手権2012)女子シングル。
村上佳菜子はそれまで2年連続3位。
今シーズンはグランプリシリーズ(GPシリーズ)「スケートカナダ」3位、「ロシア杯」4位に終わり、グランプリファイナル2012(GPファイナル2012)に進めなかった。

村上佳菜子はシーズン前半に結果を残せなかった悔しさを全日本フィギュア2012にぶつけた。
しかし、ショートプログラム(SP)ではそれが気負いに変わり、空回りした。
コンビネーションジャンプで失敗し、5位と出遅れた。

村上佳菜子は気持ちを切り替え、フリーにのぞんだ。
そして、小さなミスに留めて滑り終えた。
久しぶりの高得点にキス&クライで喜びを爆発させた。
隣の山田満知子コーチと抱擁。
2位で表彰台に立ち、世界フィギュア2013(フィギュア世界選手権2013)の代表切符をつかみ取った。

村上佳菜子は全日本フィギュア2011ではSPで首位の重圧からかフリーで失速した。
今回はSPでミスを犯したが、フリーで演技に集中して観客を魅了した。
技術点では浅田真央を超えた。
この子は口が大きく開き、会心の笑顔がとても似合う。

                       ◇

村上佳菜子は世界フィギュア2012で5位に終わっている。
2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)の出場枠がかかる大会で、選ばれた責任を果たしたいと力強く語った。
期待しよう!

                      ◇◆◇

村上佳菜子に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年4月1日「羽生結弦と村上佳菜子の表現力と躍動感…類まれな才能」はこちら。

⇒2011年11月18日「村上佳菜子と山田満知子コーチ、ソチ五輪への本気」はこちら。

⇒2011年4月25日「村上佳菜子はひょっとして…世界フィギュア」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月11日「村上佳菜子は僅差3位、織田信成は後退2位」はこちら。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年12月9日「真央二世・村上佳菜子、安藤美姫と頂点を競う」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

Copyright (c)2012 by Sou Wada

人気ブログランキング←応援、よろしく!

浅田真央、母・匡子さんの願い「娘よ、悲しみを乗り越えて…」

カナダ・ケベックで開催されるフィギュアスケートグランプリファイナル2011(GPファイナル2011)。
私は3季ぶりに進出した浅田真央の演技を楽しみにしていた。
このブログで幾度も取り上げている。

浅田真央は滑りの矯正中でどん底だった昨季の状態から抜け出し、復調の兆しがはっきりと見えていた。
スケーティングが格段によくなり、それにともないジャンプも安定度が徐々に増していた。
本人も期するところが非常に大きかったと思われる。

                       ◇

ところが、現地での初の公式練習後に母・匡子(きょうこ)さんが危篤という知らせを受け、佐藤信夫コーチとともに急きょ帰国の途に就いた。

9日早朝、母親は肝硬変のため、名古屋市内の病院で亡くなった。
今夏から病状が悪化し、入退院を繰り返していた。
48歳の若さだった。
せめてもう数年、娘に連れ添っていたかったことだろう。

浅田真央は気の毒なことに、最期に間に合わなかった。
ひとことでもいいから、言葉を交わせられたなら・・・。

母・匡子さんは最大の理解者として、長女・舞と次女・真央のスケート姉妹の競技生活を後押しした。
始まりは、舞が7歳、真央が5歳のときのスケート教室。
母は自身のバレエ経験も生かし、アドバイスを与えることがあった。
そして、名高い山田満知子コーチに頭を下げ、トップ選手へ育つ道筋を切り拓いた。

浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)で宿命のライバル、韓国のキム・ヨナに敗れた。
母は、悔し涙が止まらない娘に「応援してくれた方々がいる。いつまでも泣いていてはダメ」と諭した。
浅田真央は、真っ先にだれに銀メダルを見せたいかと問われ、「お母さんです」と答えた。
いつも「ママ」と呼んでいる?

母・匡子さんは、娘の幼少期からわりと最近まで、ほとんど付きっきりだった。
スケート場で練習する娘を毎日のようにクルマで送迎していた。
浅田真央がオフに自動車教習所に通って免許を取ったのは、母親に頼れないという決意からだった。

熱しすぎる母に、成長した浅田真央が反発した時期があった。
また、試合の本番だけは会場に来させなかった。

バンクーバーオリンピック後、母親のほうが燃え尽きてしまったようだ。
もともと体が丈夫でなかったらしい。
昨季の全日本フィギュアスケート選手権に娘のマッサージ師(?)として現れた。
それ以来、人前に姿を見せなくなっていた。

母親は特別な存在だ。
二人の絆は非常に強い。
匡子さんがいなければ、おそらくフィギュアスケーター・浅田真央は生まれなかった。
ご冥福をお祈りする。

                      ◇◆◇

・・・浅田真央がGPファイナルの出場を取りやめるのはよくよくのことでないか。
私はそう考えていた。
なぜなら、娘のスケート人生を献身的にサポートしてきた母・匡子さんがそれを望むはずがない。

浅田真央はカナダを発つ前、周囲に気丈に振る舞っていたという。
覚悟ができていたのかもしれない・・・。

私は若いときに前妻を全身がんで亡くしている。
3人の子どもがいた。
逝く親の気持ちも、残される子の気持ちも、いくらか分かる。

今年も命日の12月14日が近づいてきた。
大学病院から呼び出され、担当医師から余命3カ月と宣告されたのが9月14日である。
しかし、前妻は頑張った。
正月は自宅で過ごしていいという許可が出た。
妻は、入院後に引っ越した渋谷・松涛の自宅(マンション)を知らない。
家族の暮らしぶりを案じていた妻にそれを見せることができると、私はちょっぴりほっとしていた。
娘と早目のクリスマス・ツリーを病室に届けたら喜んでくれた。
そのわずか数日後だった。

私はいまの妻と再婚した。
だいぶ時間が経ってから、誕生日が12月14日と知り、跳びあがるくらい驚いた。

                      ◇◆◇

浅田真央と浅田匡子。
娘は母と二人三脚でここまで歩んできた。
ショックは大きく深い。

が、浅田真央はかならず悲しみを乗り越える。
それは母親がもっとも願っていることだ。
もちろん、彼女を支えてきた多くの関係者、さらに大勢のファンも・・・。

昨季直前から浅田真央を預かった佐藤信夫コーチは訃報に、「一日も早く乗り越えて立ち直り、お母さまの情熱、遺志を継いでほしい」と静かに語った。

Copyright (c)2011 by Sou Wada

安藤美姫、逆転世界女王!…審査員の粋な計らい

世界フィギュアスケート選手権2011(ロシア大会)。
女子シングルは浅田真央の連覇か、安藤美姫の返り咲きか、韓国のキム・ヨナ(金妍児)の雪辱か、例えばロシアの新星の誕生か・・・。
注目のフリースケーティングが始まった。
「世界女王」の栄冠はだれの頭上に輝くか?

                       ◇

たったいまショートプログラム(SP)が終わった。
私は仕事の手が止まり、テレビ画面を見てしまう。
日本の3選手の滑りにはらはら、どきどき・・・。

村上佳菜子は天性の「ショーマンシップ」で会場を巻き込んだ。
冒頭の2連続3回転は決めたが、ダブルアクセル(2回転半)の着氷の乱れなど小さなミスが相次ぎ、得点が伸びなかった。
悔しさで顔を曇らせた。
SP10位。
シニア転向後、世界のトップクラスの選手が集結する戦いの厳しさを思い知らされた。
来季へ向け、素晴らしい経験を積んだ。
演技前、山田満知子コーチの言葉に幾度も大きくうなずく姿は初々しかった。

⇒2011年4月25日「村上佳菜子はひょっとして…世界フィギュア」はこちら。

いよいよ最終組の6選手が登場。
6分間練習に臨む前、ひりひりする緊張感が伝わってきた。
私が怖くなるほど・・・。

安藤美姫は長い苦悩と苦闘の時間を経て、さりげない発言にも深みが感じられる。
内面の充実と成長を映し出している。
今季の自分を振り返り、選手としての精神状態をコントロールできるようになったと語った。
安藤美姫はすべてのジャンプを確実に決め、ステップとスピンでも高い評価を得た。
安全策を取り、冒頭の2連続3回転ジャンプを回避し、3回転−2回転に変更した(おそらく)。
ほぼ完ぺきな演技だった。
SP2位。
私がイメージしたよりも得点はやや低かった。

⇒2011年4月29日「安藤美姫、世界女王へガッツポーズの品格」はこちら。

安藤美姫は試合前に弱音を吐いていたが、そこは今季絶好調、底力を発揮した。
本番では落ち着き払い、ときおり笑顔を交えながら、円熟の演技で会場を魅了した。
動きがなめらかで柔らかく、流れも美しい。
見る人を包み込むようなやさしさが全身からあふれ出た。
が、スピードがやや削がれた。
緊張感は強すぎても弱すぎてもいけない。
少し足らなかったか。
フィギュアスケートはホント、難しい。

⇒2011年1月20日「安藤美姫に乗り移る金・荒川静香の優雅」はこちら。

浅田真央は佐藤信夫コーチが語ったとおり、調子が上がっていなかった。
実際には調子を落としていた。
演技前、いつもより表情が硬く、体全体から緊張が漂った。
私が緊張と感じたのは、実は「不安」だったのかもしれない。
浅田真央は演技に自信を持てないのだ。
やるしかないとの覚悟、そして不得手のSPで大きなミスを犯すまいとの決意が伝わってきた。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

現地での最終調整でも成功率が低かった冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)は乱れた。
両足着氷、回転不足。
ダブルアクセル(2回転半)の扱い。
2回転をつけて連続ジャンプにした3回転フリップも回転不足を取られ、技術点が低迷した。
わざわざ衣装を新調したが、大きく出遅れた。
SP7位。
ここで首位に立ち、キム・ヨナにプレッシャーをかけるとの思惑は外れた。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

浅田真央は“まさか”の出遅れという報道があったが、“やはり”の間違いだ。
彼女は今季から佐藤信夫コーチのもとで滑りの修正(矯正)という困難な課題と向き合っている。
「選手生命をかけて…」といっても過言でない。
その過程で得意のジャンプが壊れた。
トリプルアクセルは、グランプリ(GP)シリーズのNHK杯とフランス杯で、SPもフリーもことごとく失敗した。
年末の全日本フィギュアスケート選手権のSPで初めて成功した。
世界の大舞台でプログラムに組み込める成功率でない。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

浅田真央は意識が突出して高いために「ストレス」に気づかないタイプだ。
ゆえに、ぎりぎりまで自分を追い詰めてしまう。
そうした彼女をよく理解しているのが、身近な佐藤信夫コーチである。
彼女は痩せた。
大会の延期が相当に堪えたのだろう。
顔つきが恐ろしく険しい。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

佐藤信夫コーチは今後を見据えて世界フィギュアではダブルアクセル(2回転半ジャンプ)に留めたほうがいいとアドバイスしている。
が、浅田真央は挑戦をやめない。
彼女は意志を曲げようとしないので、コーチが変更を命じると、結果(得点)がもっと悪くなりやすい。
佐藤信夫コーチも大変だ。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

トリプルアクセルをフリーでも跳ぶかどうかの決断は、自らが演技直前に下すことになる。
浅田真央はおそらく「逆転優勝」への希望を捨てていない。
高得点の積み上げが必須だ。
負けず嫌いな性格を考えれば、失敗のリスクが高いトリプルアクセルにこだわるのでないか。

⇒2011年3月27日「浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権」はこちら。

客観的に眺めれば、浅田真央は2連覇が遠のいたが、表彰台が絶望的な状況ではない。
彼女に諦めないでと言いたいところだが、フリーは楽しむ気持ちで臨んだほうが結果はよいのでないか。
最終組(第4グループ)の一つ前の組(第3グループ)で滑走。
気楽と感じるか、屈辱と感じるか。
浅田真央には開き直ってほしい。
私は祈るくらいしかできない・・・。

⇒2011年4月29日「浅田真央の連覇か安藤美姫の返り咲きか…世界女王」はこちら。

キム・ヨナは冒頭の2連続3回転ジャンプの一番目の着氷が大きく乱れ、単発になった。
しかし、次の3回転の後に2回転をつけて連続ジャンプに変えた。
彼女は絶対の自信を持っているのだろう、まったく動じない。
スピンは最高難度のレベル4を獲得。
豊かな表現力で演技点も稼いだ。
メリハリのつけ方というか、演技を大きく美しく見せる術(すべ)にたけている。
結局、冒頭のミスをカバーしてしまった。
点の取り方が憎らしいほどうまい。
SP1位。
私は、2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)の金メダリストに対する「敬意」がいくらか加算されているとの印象を持った。
また、大会の延期はキム・ヨナに有利に働いた。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

世界フィギュアはキム・ヨナと安藤美姫の“一騎打ち”になりそうだ。
1位と2位は、わずか0.33点差。
キム・ヨナは、韓国の伝統音楽「アリラン」をベースにしたプログラム「オマージュ・トゥ・コリア」を初披露する。
安藤美姫は、後半に5種類のジャンプを組み込んだ攻めのプログラムでアピールする。
基礎点が一割増になり、高得点を稼げる。
フリーでは今季の5試合すべてで1位。
どうだっ!
ただし、キム・ヨナは不出場。

⇒2011年2月22日「安藤美姫、ため息が出るほど美しく・・・」はこちら。

2選手とも「世界女王」への返り咲きを目指す。
私は安藤美姫に表彰台の一番高いところにのぼってほしい。
彼女が自信のフリーで逆転する、そのための点差に思えてくる。
滑走順もおそらく安藤美姫に味方する。
が、SPに続いてフリーも本人が苦手な1番目(最終組)の登場。
ノーミスの演技なら、キム・ヨナに大きなプレッシャーをかけられる。

⇒2011年2月25日「安藤美姫、世界王者返り咲きへ…世界選手権」はこちら。

私はふと思った。
キム・ヨナを僅差で首位に立たせたのは、ロシア大会の審査員の粋な計らいかもしれないと・・・。
「安藤美姫、逆転世界女王!」の劇的な結末を日本人に届けようと相談を行った?
そうしたシナリオが描かれているとすれば、拍手を送りたい。

安藤美姫よ、復興の願いを込め、歓喜の舞を踊れ!

                       ◇

私は仕事に気を取られて演技を見られなかったが、ソチオリンピックが開催されるロシアの若い選手が健闘したようだ。
これからますます力をつけてくるはずであり、3年後に強敵になることは間違いない。

◆書き加え1(4月30日)

先ほど女子シングルが終わった。
安藤美姫が4年ぶりの世界女王に返り咲いた。
キム・ヨナを僅差で上回り、日本に待望の金メダルをもたらした。
表彰台の一番高いところから、君が代を歌いながら、揚がる日の丸を見詰めた。
どんな思いが胸を去来したか・・・。
おめでとう!

日本勢は浅田真央も村上佳菜子もよく頑張った。
全選手にお疲れさまと言いたい。
大きな感動をありがとう。

私は銀メダルに終わったキム・ヨナの涙が印象的だった。
が、悔し涙に見えなかった。
彼女なりに苦しんだ今季を振り返っていたのでないか。
オリンピックで栄冠をつかんだ後の虚脱感は凄い。
おそらく現役引退を含めて揺れつづけた。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・安藤美姫に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月29日「浅田真央の連覇か安藤美姫の返り咲きか…世界女王」はこちら。

⇒2011年4月29日「安藤美姫、世界女王へガッツポーズの品格」はこちら。

⇒2011年2月25日「安藤美姫、世界王者返り咲きへ…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月22日「安藤美姫、ため息が出るほど美しく・・・」はこちら。

⇒2011年1月20日「安藤美姫に乗り移る金・荒川静香の優雅」はこちら。

⇒2011年1月18日「安藤美姫とニコライコーチ、ガッツポーズと涙」はこちら。

⇒2011年1月14日「安藤美姫は精神的に安定、元気と明るさが復活」はこちら。

⇒2010年12月28日「安藤美姫と高橋大輔…ぶっちぎりエキシビション」はこちら。

⇒2010年12月8日「安藤美姫はエロい大輪を咲かせよ…神秘的セクシー」はこちら。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

Copyright (c)2011 by Sou Wada

人気ブログランキング←応援、よろしく!

金荒川静香が通った道…羽生結弦

先頃オランダで開催されたハーグ世界ジュニア選手権で逆転優勝を飾った村上佳菜子(むらかみ・かなこ)。
フィギュア王国・名古屋で「浅田真央2世」との呼び声が高い。

その村上佳菜子が次のような趣旨の発言を行った(不正確)。
「ソチは、真央さんが金メダル、私は銀メダルでいい。私は次で金メダルを取る」。
「真央ちゃん」だったかもしれない。
屈託のなさが持ち味だ。

村上佳菜子は、浅田真央が通った道を歩んでいる。
同じ山田満知子コーチにつき、同じ中京大中京高へ進む。
先の大胆発言は憧れの先輩に敬意を示した格好。
といっても、本気でそう考えている節がある。
日本期待の新星はおっとり派だった。

山田満知子コーチによれば、村上佳菜子はライバルに頑張れと言える。
頂点を目指す選手には珍しいお人好し?
明るくて楽しい性格であり、周囲に笑いが絶えない。
“天然ボケ”が入っているのか…。
皆から可愛がられる。
現時点では、シニアのグランプリファイナルを制した15歳の浅田真央のレベルに及ばない。

村上佳菜子がオリンピックに出場することの大変さが分かってくるのはこれから。
そのときも先の発言のようにのんびりと構えていられるかどうか疑問だが、いまはそれもよし。

余談。
実は、この大会では男子の羽生結弦(はにゅう・ゆづる)も逆転優勝を飾った。
柔らかい体から繰り出すビールマンスピンやイナバウアーは女子顔負け。
韓国のキム・ヨナの表現も貪欲に取り入れようとしている。
羽生結弦は宮城県出身で、4月に荒川静香の母校、宮城・東北高へ進む。
羽生結弦と村上佳菜子はともに15歳。

日本勢の男女アベック優勝は、2005年の織田信成&浅田真央以来、5年振り2度目だ。
また、世界ジュニア選手権で過去に優勝した男子3選手は全員バンクーバー冬季五輪で入賞した。
羽生結弦も期待の新星…。

先日のイタリア・トリノ世界選手権で高橋大輔と浅田真央が金メダルを獲得した。
世界ジュニア選手権と合わせた4冠独占は歴史的な快挙である。
「フィギュア王国・日本」と呼んでいいだろう。

Copyright (c)2010 by Sou Wada

人気ブログランキング←応援、よろしく!
9784907620035-00

9784907620059-00

tokuhon-salestool

tokuhon-salesrobot


応援クリック
いつもおつきあいくださり、ありがとうございます。
皆さまに応援していただくと大きな励みになります。

人気ブログランキングへ

このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
著作権について
ここに掲載した記事を複写・複製・翻訳・転載・掲示・送信・配信すること、および各種媒体に入力することは、著作者の権利侵害となります。
和田創PDF無料本
(308頁。2月14日発売)
9784907620004-00

(272頁。2月10日発売)
9784907620011-00
プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

和田創研

お気に入り




QRコード
QRコード


最新記事









月別アーカイブ
  • ライブドアブログ