コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

斎藤佑樹

澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!

先だってNHK総合テレビでアスリートの魂「攻め続ける“ルーキー”巨人 澤村拓一」という番組が放送された。
私は仕事に忙殺され、音声を聞く程度。
彼への密着取材であり、カメラが1軍キャンプからデビュー後までを追いかけた。

澤村拓一は、巨人では久々の「黄金ルーキー」だ。
前評判どおりの投球を見せているが、いまのところ勝ち星に恵まれていない。
よく見るとかわいい笑みをこぼすが、なぜか“不敵”に映る。
私は澤村拓一の面構えが好きだ。
デビュー戦でさえ緊張感が伝わってこなかった。
全身から放つオーラもマウンドさばきもすでに大物の域に達している。
各チームの強打者は彼と対戦するのが楽しいだろう。

澤村拓一はストレートで真っ向勝負する本格派投手である。
速いのは確かだが、重い印象。
ユニフォームを通し、走り込みとウエイトトレーニングで鍛えた下半身の凄さが感じられる。
番組で、澤村拓一はプロに入って一度も納得できるストレートを投げていないと語った。
彼が理想とするのは「狙われても打たれないストレート」であり、そのために「強く、速く、切れる直球を投げる」こと。

実は、変化球も一級品。
高速のスライダーとフォークが決まると、中軸打者も打てない。
私は上原浩治より上だと思う。
ただし、彼の1年目の勝ち星、目覚ましい活躍を超えることを意味しない。
数年間を眺めるなら成績で上回るのでは…。
毎シーズン、コンスタントに15勝以上。

澤村拓一は故障しなければ、近い将来どころか今シーズン中に巨人のエースになろう。
黄金伝説の扉を開けた・・・。

以下に、「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」と題する2011年2月12日のブログを収める。

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

                       ◇

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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女子フィギュアと熱烈ファン…勝敗に目くじら

20070418-03日本の国際社会における地盤沈下が止まらない。
私たちは自信を失い、元気がない。
世界で勝てる分野や領域は狭まるばかりだ。
そうしたなか、フィギュアスケートは私たちが胸を張れる数少ないスポーツである。

「世界フィギュアスケート選手権2011」の男子シングルが水曜日から、女子シングルが金曜日から始まる。
ロシア大会だが、もとは3月下旬に行わる東京大会だった。
女子シングルはゴールデンウィーク(GW)と重なり、国民の関心はMAXに高まりそう・・・。

荒川静香が金メダルを獲得した2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)以降、日本はシングルについては「フィギュア王国」と呼べる。
現在、日本のトップクラスの選手は世界のトップクラスの選手である。
有力なライバルが身近にいるおかげだ。
先人たちの努力と功績の積み重ねにより、フィギュアスケートを目指す選手層が厚くなった。
おそらく数十年がかり・・・。
国内の競争が熾烈にならないと、世界で戦える選手は育たない。
ヒロインやヒーローが誕生するには、何事も土壌が必要なのだ。
また、人気が高まるにつれ、カネも集まるようになった。
こうした好循環がスター選手を輩出した。

フィギュア選手はアマチュアであっても、ファンあってのこと。
だから、ファンの存在を否定しない。
選手が勝とうとするのは当然だが、見る側はあまり得点や順位、勝敗に目くじらを立てないことだ。
度を越えた肩入れは選手にとりストレス、ときに重荷しかならない。
選手の足を引っ張りかねない。

私は、世界の舞台で戦う日本選手を一人残らず応援したい。
彼らは大きく深い感動を与えてくれる。
ファンは、互いに競い合い、互いに高め合うフィギュア選手らに対する感謝の気持ちを忘れないことだ。
ひいきの選手を上回るライバルをたたえよ。
出てしまった結果をほじくり返しても何も変わらない。
選手もそんなことは望んでいないし、仮にそうした選手がいたとしたら勝てない。
一流選手は高い次元で戦っている。

ところで、キム・ヨナは“突然変異”だとすれば凄い。
私は、日本人がもっとも親しみを感じる韓国人の第1位がキム・ヨナだと知り、驚いた。
大勢が彼女の実力と魅力を認めているのだ。
日本人の最大の「美徳」の一つであろう。
東日本大震災に対する世界各国からの支援も、こうした国民性がおおいに関係しているのでないか・・・。

自分が日本人であることを誇りに思う。

以下に、「浅田真央、キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」と題する2011年3月4日のブログを収める。

                      ◇◆◇

おとといのブログ、「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」の続き・・・。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

世界フィギュアスケート選手権が近づいてきた。
世界女王・浅田真央の頭のなかは東京大会のことで一杯だろう。
滑りの修正に四苦八苦したシーズン序盤…。
ようやく得意のジャンプが安定してきた。
極度の不振から脱し、自信を取り戻しつつある。

宿命のライバル、韓国のキム・ヨナ(金妍兒)が出場する。
浅田真央は、世界中が注目する大会になると、五輪女王に敬意を払うとともに期待を表した。
それと、やはりキム・ヨナを倒して表彰台の一番高いところにのぼりたいのだ。
「キム・ヨナよ出てこいやぁ〜」と雄叫び(?)を上げたい気分では…。

浅田真央はバンクーバー冬季五輪(オリンピック)でキム・ヨナに負けたことは忘れたと語った。
しかし、そんなはずがない。
敗北はいつまでも引きずらないという意味だろう。
四大陸フィギュアスケート選手権ではプログラムに大幅な変更を加えた。
これも世界選手権での勝利を念頭に置いたものだ。
終了後、「2番の次は1番しかない」と驚くほど強気の発言が飛び出した。

二人は昨年の世界フィギュアスケート選手権トリノ大会以来の激突になる。
浅田真央はキム・ヨナを破ることの大変さを理解しているようで、5段も10段も調子を上げたいと語った。
四大陸選手権よりいくらかいい演技ではとても勝てないと考えている。

しかし、浅田真央はこうも語った。
リンクに立つことはだれかとの競争でなく、自分との戦い、自分への挑戦だと・・・。
はやる心を鎮めようとしているかのようだ。
本気でキム・ヨナを迎え撃つ。
浅田真央のなかでは、彼女に勝ってこそ完全復活と呼べるのか。

今季は採点方法が変わり、高得点が出やすい。
キム・ヨナはバンクーバーオリンピックで記録した女子シングル歴代最高点(228.56点)を更新したいと考えているはずだ。
1年ぶりに国際大会に復帰するが、不安を感じていない。
自信が凄い。
何せ1年間休んでも世界ランキング1位。
今季絶好調の安藤美姫は4位、浅田真央は6位。
三つ巴の金メダル争いか…。

浅田真央は、世界王者・高橋大輔とともに、日本人初の大会2連覇を目指す。
私は日本代表全員を応援しているが、なかでも二人が金メダルに輝くことがあればとてもうれしい。

続きはあさって、「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」のブログで・・・。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月24日「世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!」はこちら。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年4月22日「世界フィギュア2011日程…浅田真央は勝てる?」はこちら。

⇒2011年4月20日「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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世界女王・真央と五輪女王・ヨナ、プライド激突!

ISU世界フィギュアスケート選手権2011。
いよいよ来週の開催だ。
ロシアの首都・モスクワ。
水曜日と木曜日に男子シングルが、金曜日と土曜日に女子シングルが行われる。
それぞれ1日目はショートプログラム(SP)、2日目はフリースケーティング。
日本では金曜日からゴールデンウィーク(GW)に入るので、とくに女子フィギュアは国民の関心が高まる。
録画(?)放送するフジテレビの視聴率も跳ねあがることだろう。

キム・ヨナ(金妍児。金妍兒)は世界フィギュアへの出場を決めた。
彼女にとり今季初の国際大会だ。
五輪女王として、ぶざまな姿をさらしたくないはずだ。
相当な自信を持っているとしか思えない。
が、同時に、まともに滑れる状態ということが、私は信じられない。
もしも“ぶっつけ本番”で勝ってしまうとしたら、意志が強靭であり、かつ技量が突出している。
そのときは脱帽・・・。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

私などは新講演のコンテンツ作成など、何か小さなことでも打ち込み、それをやり遂げると脱力状態、ときに無気力状態に陥る。
スポーツ選手はオリンピック金メダルという最高の名誉を手にすると目標を失い、モチベーションを保つことが絶望的に難しい。
とくに翌シーズンは非常に大変。
ましてキム・ヨナは巨額の収入を得た。
頂点に立った者にしか、その苦しみは分からない・・・。

キム・ヨナは出場する以上、とくに同年齢の浅田真央には負けたくない。
日本はもちろん、韓国でも二人の順位に大きな関心が集まる。
格闘技でないが、五輪女王・キム・ヨナのプライドと世界女王・浅田真央のプライドが激突する。

キム・ヨナには、昨年の世界フィギュアトリノ大会で浅田真央に負けたわけでないという気持ちが残っている。
かたや、浅田真央には、燃えかすのキム・ヨナに勝ったにすぎないという気持ちが残っている。
心の内は互いにすっきりしていない。

2010バンクーバー冬季五輪(オリンピック)以来の、言い訳なしの正面対決になる。
もっとも、浅田真央は言い訳がましいことを言わない。

◆書き加え1(4月23日)

キム・ヨナが決選の地、ロシアのモスクワに入った。
出発前、韓国の仁川国際空港で「いい準備ができた。練習どおりにやれるなら結果はついてくる」と余裕たっぷりに語った。
また、「自分のことだけに集中している」とも…。
こちらは浅田真央も同じ心境だろう。

オペガードコーチによれば、キム・ヨナはソウルで調整を行い、完璧なコンディションに仕上げた。
1カ月の延期はおおいにプラスになったようだ。
ショートプログラム(SP)の「ジゼル」、フリースケーティングの「オマージュ・トゥ・コリア」の完成度をさらに高めることができた。
キム・ヨナ陣営は世界フィギュア制覇に絶対の自信を持っている。

浅田真央は、日本中が東日本大震災で苦しむなか、これまで自分を応援してくれた人たちに恩返しをしたいという気持ちが人一倍強いだろう。

以下に、「浅田真央とキム・ヨナ、最後の対決か…世界選手権」と題する2011年3月27日のブログを収める。

                      ◇◆◇

「2011世界フィギュアスケート選手権」。
「東北関東大震災」の影響で東京・代々木大会が今秋の初めに延期された。
ところが、急きょ4月下旬、モスクワでの代替開催が決定した。
24日から5月1日。

私はこのところバタバタで経緯を知らなかった。
日本スケート連盟が辞退したのだとか…。
これを受け、国際スケート連盟(ISU)が決断を下した。
「福島第1原発」の事故も理由だろう。
また、開催を中止すれば、ISUは大きな収入を失う。
さらに、選手はオリンピックイヤーを除き、シーズン最大の目標にしている。
ちなみに、日本は2012年に東京で開催するという噂が流れている。
予定するフランスが返上するとかしないとか…。

私はロシア・モスクワ大会がおおいに楽しみだが、選手はたまらない。
ピークに達した緊張感はいったん緩んでいる。
フィギュアスケートは非常にデリケートなスポーツだ。
モチベーションはもちろんコンディションも低下したはずであり、それを短期間で立て直さなくてならない。
とりわけ自国開催でもっとも張り切っていた日本選手には非常に気の毒・・・。

今季絶好調の安藤美姫は、いまの自分にできるベストの演技を見せると力強かった。
初出場の16歳、村上佳菜子は気持ちを切り替えて臨むときっぱり。
織田信成は4月23日に予定していた結婚披露宴を5月以降に先送りする。

バンクーバー冬季五輪(オリンピック)金メダリスト、キム・ヨナは出場する。
が、最高の状態に戻せるかどうか分からないと語った。
ロサンゼルスから韓国に戻っており、調整はソウルで行う。
そのため、ピーター・オペガード・コーチを呼び寄せる。

キム・ヨナが本大会をもって現役を引退するという噂も飛び交っている。
真相はどうか。
そうなると、浅田真央がキム・ヨナと対決するのは最後になる。
私たちにとっても見納め・・・。
浅田真央は高橋大輔とともに大会連覇がかかる。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

なお、フジテレビはロシア大会を中継する意向を表明した。

以下に、「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」と題する2011年2月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

女子フィギュアスケート界は、浅田真央とキム・ヨナ(金妍兒)の対決を軸に回ってきた。
ところが、オリンピックシーズンに大差がついた。
低迷する浅田真央に対し、キム・ヨナは劇的に成長した。
浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪(オリンピック)惨敗直後、カメラの前で大粒の涙をこぼした。
インタビュアーにマイクを向けられても、言葉にならなかった。

浅田真央は、2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)へ向けて基礎的な滑りの修正、そして得意のジャンプの見直しに着手した。
重点は、ジャンプの前後を含めた一連の運動の再構築である。
その過程で浅田真央のなかにちょっとした混乱が起こり、さまざまな迷いが生じて、これまで難なくできたことまで壊れてしまった。
フィギュアスケートがいかにデリケートなスポーツか分かる。

私は浅田真央の重大な決意が分かるだけに、1〜2年は結果を求めてはいけないと自分に言い聞かせていた。
選手が頂点を目指してスケーティングの矯正に取り組むとしたら、応援する側に必要なのは辛抱である。

バンクーバーオリンピックの余韻を引きずるなかで行われた「世界フィギュアスケート選手権2010(トリノ大会)」。
モチベーションの上がらないキム・ヨナは、浅田真央に敗れた。
かたや、浅田真央は勝ったという実感が乏しかった。
表彰台の頂上で見せた表情は非常に硬かった。

そして、シーズン終了後、二人は対照的な道を歩んだ。
矯正期間中にもかかわらず大会に出つづけ、ぶざまな姿をさらした浅田真央。
プロ転向の決断を保留し、リンクから遠ざかったキム・ヨナ。
これもまた苦悩の現れか。

3月、「世界フィギュアスケート選手権2011(東京大会)」が行われる。
浅田真央は昨年12月、ラストチャンスの全日本フィギュア選手権で代表の座をつかんだ。
となると、世間の期待は連覇へ向かう。
う〜ん。
彼女にとり、これがいい方向に働くかどうかは来シーズンを見なくては判断がつかない。

私自身は、浅田真央が納得するまで矯正に専念してほしかった。
世界フィギュアで結果を望むのは早い。
彼女の姿を見られれば十分でなかろうか・・・。

余談。
浅田真央は、負けても大勢を感動させられる、まれなアスリートだ。
また、彼女の笑顔には媚びがない。
いずれもスターの条件である。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月23日「キム・ヨナの恩返しと現役引退…世界フィギュア」はこちら。

⇒2011年4月22日「世界フィギュア2011日程…浅田真央は勝てる?」はこちら。

⇒2011年4月20日「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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世界フィギュア2011日程…浅田真央は勝てる?

ISU世界フィギュアスケート選手権2011。
東日本大震災の影響により日本・東京での開催が返上され、ロシア・モスクワでの実施が決定した。
期間は4月24日(日)〜5月1日(日)。
競技日程、そしてフジテレビの放送時間は以下のとおり。

4月27日(水) 男子ショート 21:00〜23:13
4月28日(木) ペアショート、男子フリー 19:57〜22:48
4月29日(金) ペアフリー、女子ショート 19:57〜23:22
4月30日(土) アイスダンスショート、女子フリー 19:00〜23:10
5月1日(日) アイスダンスフリー、エキシビション 19:00〜22:00(延長対応あり)

放送は録画?
出演者は、メインキャスターが国分太一と高島彩、スタジオ解説が荒川静香、解説が八木沼純子と本田武史ほか。

なお、「J SPORTS」でも放送される。
実況中継かどうか、ノーカットかどうか、私は分からない。

                       ◇

ところで、世界フィギュア2011に対する日本での関心は、世界女王・浅田真央と世界王者・高橋大輔の大会2連覇。
そして、世界女王・浅田真央と五輪女王・キム・ヨナ(金妍兒)の対決。
後者は、日本女子選手と韓国女子選手の対決でもある。

キム・ヨナは韓国で国民的スターだ。
応援は彼女をしばしば苦しめるほど過熱している。
キム・ヨナが世界選手権や冬季五輪(オリンピック)で目覚ましい活躍を見せ、それによりフィギュアスケートのブームに火がついた。
現在、各地にアイスリンクの建設が進められている。

韓国ではいまのことろキム・ヨナを除いて有力選手はいない(不確か)。
しかし、私は近い将来、韓国はフィギュアスケート王国・日本を脅かす存在になると思う。
日本は「機会均等」を大切に、万遍なくカネを使う。
したがって、広く浅くなる。
それに対し、韓国は勝てると踏んだ領域に集中的にカネをつぎ込む。
恐ろしくシビアである。
オリンピック出場選手におけるメダリストの割合は、わが国と比べものにならない。
経済(産業)を例に取れば、家電や電子機器などで韓国企業は日本企業を次々と退けた。
いまやクルマでも韓国勢はトヨタなどの日本勢を大きく上回る伸びを示している。

私は、世界フィギュアモスクワ大会で日本選手に表彰台の頂点に立ってほしい。
それは大地震と大津波の爪跡に苦しむ国民を勇気づける。

以下に、「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」と題する2010年12月18日のブログを収める。

                      ◇◆◇

名もない私のブログに大勢の読者が訪れてくれる。
心より感謝したい。
私は懸命に執筆しているが、これは「いい加減なブログ」である。
それをお断りしておきたい。
このブログを読むうえで頭に入れておいてほしいことは、以下のとおり。

記事とは「取材」を行って書くものだ。
そうすれば“確証”が得られると限らないが、これが基本中の基本である。
そうでない記事は信憑性(しんぴょうせい)が低い。
何せじかに見たり聞いたり触れたりしていない。

私は年中無休で働いており、仕事に四六時中追われている。
ブログを書くために取材をわざわざ行うことはない。
内容に大きな限界がある。

このブログを含めて、ネット上に流通する情報は他人の情報を土台としていることが多い。
私が心がけているのは、なるべく取材を経た記事を参考にすること、そうでない場合には信用が置けそうな記事を参考にすることくらい。
それが精一杯だ。

このブログのなかで、事実に関する記事はテレビや新聞の報道を踏まえており、わりと正確である。
だが、それとても媒体(メディア)が取捨選択、編集加工を行っており、バイアス(偏向)がかかっている。
私がそれを下敷きにして書いた記事は事実が歪んでいるかもしれない。

このブログのなかで、私の体験に基づいて書いた記事はもっとも信頼が置ける。
すなわち、自ら実行した事柄、自ら遭遇した事柄だ。
その中心になるのは、私の本職と密接に関わる内容。
これらの情報はかなり的確でなかろうか。
記事により、豊富な体験を踏まえて“信念”に達した事柄を述べている。

とりわけ熱心な読者に、このブログの危うさを十分に理解していただきたい。
私が取材をはしょる以上、記事を書く際に確証を得ているということはまずない。

しかし、それがなくては記事を書けないとなると、このブログは成り立たない。
そこで、私はなるべく“確信”が持てた事柄を書くように努めている。
が、確信とは主観に基づいた“憶測”にすぎない。
間違いだらけ。

                       ◇

私は記事を書く際に、その場に自分を置くというイマジネーションを大切にしている。
特定の個人や団体(企業・組織)を取りあげるとき、面と向かって言えることしか書かない。
あるいは、講師という仕事柄、大勢を前にして演台で言えることしか書かない。
ブログの左サイドに記したとおり、記事の一部を講演や公開セミナー、企業研修でしばしば用いる。
これまでに数えきれないほど会場全体が凍りついた。

一例を挙げれば、トヨタを痛烈に批判した記事がある。
もし私が同社で講演を行うとしたら述べる。
もし豊田章男社長と面会を行うとしたら述べる。

私は、企業のセレモニー(記念行事)に招かれることがある。
人前で話す商売を長く続けているのに、こうしたおめでたい席でのスピーチを頼まれたことが一度もない。
「あいつだけは指名するな」と言われているのか。

私は、自分なりに確信が持てないと記事にしない。
むろん、最終的には相手や参加者が判断することだ。
ブログでは読者が判断することだ。

私は出張が非常に多い。
このブログはおもに車中や宿泊先でまとまった時間が取れるときにどんどん書き溜めている。
1年前、2年前の素材を仕上げることもある。
ブログを始めた頃からコメントにほとんど対応できなかった。
去年までは社員、今年からはマネジャーや妻がときどきチェックし、まとめて削除。
残すのは、まれに寄せられる知人のコメントのみ。
が、アクセスが千を超えてから、それとても対応できなくなった。
そうした状態なので、いまは受け付けていない。

                       ◇

実は、浅田真央が銀メダルに終わった2010年カナダ・バンクーバー冬季五輪(オリンピック)以降、このブログにコメントなどが寄せられた。
フィギュアスケートの採点システムに関する意見だ。
私はちらっと見たことがある。
おそらくすべてがそれに疑問を呈する内容であり、たいてい“裏情報”が添えられる。
その勢いで、キム・ヨナを退ける。

すでに述べたとおり、私は韓国へ行って当事者や関係者に面と向かって言えることしか書かない。
それなりに確信が持てる事柄にほかならない。
なお、フィギュアスケートの採点について私がどう思ったかは、このブログで2度述べている。
もちろん韓国で言える。

採点競技では採点方法により得点はもちろん順位まで動くことはよく知られている。
ノルディックスキー複合の超人(鳥人)・荻原健司は度重なるルール変更で勝てなくなった。
私はそこに採点競技の現実を見た。

⇒2009年6月23日「荻原健司(講演TV賢人編)」はこちら。

これは2004年にまとめた原稿に則して収録した映像である。

                       ◇

これもブログで繰り返し述べているが、私はあの人が好きか嫌いかという自分の気持ちに興味がない。
それは私の勝手な感情であり、取るに足らない、どうでもいい。
このブログにわざわざ綴らない(好きに限り述べることはある)。
人生の貴重な時間をそれに費やすことはしない。

⇒2010年11月8日「自分の時間を他人の批判に費やす」はこちら。

あの人を評価するかしないか。
これに尽きる。
好きだから応援するわけでない。
評価するから応援する。
それだけのこと。
このブログを貫く基本姿勢である。

⇒2010年4月27日「素人とプロの決定的な違いとは?」はこちら。

私は個人の好き嫌いを表明しない(好きに限り述べることはある)。
意味がないからだ。
そう、自分の人生に幸せや豊かさをもたらさない。

その人が嫌いと思った瞬間、その人から学ぶべきことまで見えなくなる。
つまらん・・・。
人は皆、評価できる点と評価できない点が混在していると、私は考えているのだ。

⇒2010年4月26日「学びとは違和感、成長とは不快」はこちら。

以前、公開セミナーの休憩時間、私のブログの読者だという参加者が話しかけてきた。
ありがたい。
「先生は****が好きですか」。
幾度か取りあげたタレントだった。
私は答に窮した。

こう述べると、誤解されるかもしれない。
「和田創は****が嫌いだ」。
そういうことでない。
このブログで取りあげる尺度は「好き嫌い」と無関係である。
私は個人の好き嫌いは表明しない(好きに限り述べることはある)。

「和田創 明日へのヒント 第9号 大山康晴」はこちら。

ブログの執筆では、好き嫌いと評価をごちゃ混ぜにしないように戒めている。
とくに自分の感情に引きずられないように…。

                       ◇

私はイマジネーションを大切にしている。
特定の個人を取りあげるとき、つきあいたいと思うかどうかを自らに問いかけている。
浅田真央でも、北島康介でも、イチローでも同様。

和田創は、なぜ凡人のままなのか?
理由は簡単。
彼らとつきあいたいと思わないからだ。
苦しくて、辛くて、私には耐える自信がない・・・。

彼らと本気でつきあおうと思う人は、すでに素晴らしい成果を上げ、実績を残しているはずだ。
私は彼らからかならず逃げ出そうとする。
食らいつく覚悟があったら、私はいまの地点やレベル(水準)に留まっていない。
平たく言えば、偉くなっている。

はたから応援するのは気楽。

私は、自分がつきあいたくない人を取りあげることが断然多い。
つきあいたくない人とは、私が学ぶべき人にほかならない。
相手の年齢は問わない。
“尊敬”に値する人物である。
還暦目前とはいえ、このブログを自らの成長の糧にしたいと願う。
そして、懸命に執筆している。
睡眠時間を極端に削ることも珍しくない。

⇒2010年7月29日「和田創ブログ&セミナーの基本スタンス」はこちら。

きょう述べたことは、このブログで大切にしている基本姿勢である。
ところが、人格者でないので、それをまま外してしまう。
あくまで私が心がけていることだ。

和田創のブログなど、取るに値しない。
くだらん。
大事なのは、世間や周りに惑わされず、自分の頭で考え抜くことだ。
考えて、考えて、考えて、考えて、考えよ。

もうしばらくすると、このブログで「イモトアヤコ」を取りあげる。
好きだなぁ〜、彼女。

                      ◇◆◇

フィギュアスケート女子・浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月20日「浅田真央と井上真央、もう一人の真央」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年4月17日「浅田真央、世界フィギュア2011延期の影響」はこちら。

⇒2011年3月6日「浅田真央は2位じゃダメなんでしょうか」はこちら。

⇒2011年3月2日「浅田真央、キム・ヨナにめらめら…世界選手権」はこちら。

⇒2011年2月26日「真央ちゃんと二人乗り…うれしはずかし」はこちら。

⇒2011年2月24日「浅田真央、世界フィギュアは崖っぷち」はこちら。

⇒2011年2月19日「復調・浅田真央、本場の中華が高速で回転!」はこちら。

⇒2011年2月17日「浅田真央の調子と連覇…四大陸フィギュア選手権」はこちら。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

⇒2011年2月5日「浅田真央に連覇の期待…世界フィギュア2011東京大会」はこちら。

⇒2011年1月28日「キム・ヨナ、浅田真央への秘策…世界選手権2011」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2011年1月17日「浅田真央と福耳ボールペン」はこちら。

⇒2010年12月29日「浅田真央と30人31脚」はこちら。

⇒2010年12月26日「浅田真央、蝶の舞、2011世界フィギュア選手権代表」はこちら。

⇒2010年12月25日「浅田真央、観衆総立ち、感動の1位発進…全日本」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月20日「浅田真央はもうあの頃に戻れない」はこちら。

⇒2010年12月18日「浅田真央を取りあげた、いい加減なブログ」はこちら。

⇒2010年12月16日「浅田真央は貯金を使い果たした」はこちら。

⇒2010年12月14日「浅田真央は五輪4冠の北島康介の脱皮計画に学べ」はこちら。

⇒2010年12月11日「浅田真央がかいた汗の量」はこちら。

⇒2010年12月4日「浅田真央、惨敗後インタビューの残酷と地獄」はこちら。

⇒2010年12月2日「浅田真央のリップサービス…マスコミ対応」はこちら。

⇒2010年12月1日「浅田真央はソチ仕様に工事中、勝てなくて当然」はこちら。

⇒2010年11月29日「浅田真央、ジャンプの修正か改造かの判断」はこちら。

⇒2010年11月28日「惨敗・浅田真央は輝きを取り戻せるか?」はこちら。

⇒2010年11月27日「浅田真央、得意なジャンプが壊れる恐怖」はこちら。

⇒2010年11月25日「浅田真央を引き受けた佐藤信夫コーチの胸中」はこちら。

⇒2010年11月23日「浅田真央、ソチ五輪栄冠への長いトンネル・・・」はこちら。

⇒2010年11月21日「浅田真央が流した悔し涙の価値とは?」はこちら。

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澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける

読売ジャイアンツのドラフト1位ルーキー・澤村拓一が先日、ついに一軍のマウンドに立った。
今シーズン3試合目、マツダスタジアムでの広島カープ戦。
私は深夜のスポーツニュースでちらっと見ただけだが、前評判どおりの好投だった。
当日は快投に非ず。

澤村拓一は大物だ。
プロ野球公式試合のデビュー戦というのに、緊張感が伝わってこない。
よく見ると、かわいい笑み。
それが、なぜか“不敵”に映る。

私は上原浩治より上だと思う。
ただし、彼の1年目の勝ち星、目覚ましい活躍を超えることを意味しない。
数年間を眺めるなら成績で上回るのでは…。
毎シーズン、コンスタントに15勝以上。

広島戦では、直球のスピードも切れも、そして肝心のコントロールもいま一つだった。
それでも広島打線を球威で圧倒した。
彼より速い投手はそれなりにいるはずで、どちらかというと重い印象。
この日は変化球をあまり投げなかった。
直球で勝とうとしたのか、変化球が決まらなかったのか、私は知らない。
三振が取れない。

澤村拓一は6回まで無失点に抑えた。
しかし、7回一死からライアルの失策(拙守)に足を引っ張られ、2点を失った。
が、自責点0は立派。
後続が打たれ、勝利投手の権利は消えた。
巨人の大卒ルーキーが初登板・初先発・初勝利を飾れば、51年ぶりの快挙だった。

また、中央大学野球部の先輩・阿部慎之助は、阪神との練習試合の守備で右ふくらはぎを痛め、その場で動けなくなった。
やはり肉離れで、長期の戦線離脱へ。
巨人は正捕手不在、主力打者欠場で開幕を迎えた。
澤村拓一は阿部慎之介のミットを目がけて投げ込むのを楽しみにしていたのでは…。
安心感だって違う。
が、影響はそれほど感じられなかった。
そうか、阿部慎之介はチームの主将だ。

澤村拓一は、巨人では久々の「黄金ルーキー」。
最高のデビューとはならなかったが、シーズンは長い。
この日の投球で、ファンの期待は一段と膨らんだ。

澤村拓一はユニフォームを通しても、走り込みとウエイトトレーニングで鍛えた下半身の凄さが伝わってきた。
きょう、甲子園の阪神戦で登板するらしい(不確か)。
彼は変化球も一級品。
高速のスライダーとフォークが決まると、中軸打者も打てない。

澤村拓一は阪神戦で初勝利を飾り、黄金伝説の扉を開けるのでないか。
故障さえなければ、近い将来どころか今シーズン中に巨人のエースになろう。

以下に、「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」と題する2011年2月12日のブログをそのまま収める。

                       ◇◆◇

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

◆書き加え1(2月6日)

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

◆書き加え1(2月6日)

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

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沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ

宮崎県は気の毒。
「踏んだり蹴ったり」というか、「泣きっ面に蜂」というか・・・。
昨年は「口蹄疫(こうていえき)」の感染が拡大し、牛と豚が大量に処分された。
良質な「宮崎牛」ブランドを保持するための“種牛”まで処分された。
今年は鳥インフルエンザの感染が発生、加えて霧島山・新燃岳(鹿児島県と宮崎県の境)が噴火した。
広範囲に火山灰が降り注ぎ、暮らしに影響が及び、農作物に被害が出た。
観光面でもダメージが大きい。
東国原英夫が知事時代に飛び回り、宮崎県の名を全国にとどろかせたというのに…。
新燃岳はいまも爆発的な噴火を繰り返しており、火山活動は簡単に終息しない?

ところで、読売ジャイアンツ(巨人)は宮崎市で1軍キャンプを張っている。
最初の大噴火の直後は、フィジカルトレーニングはもちろん、投球・打撃・走塁・守備練習もできないのではと案じられた。
新人でただ一人帯同している沢村拓一は戸惑っているか。
選手は気流次第で、火山灰などから目や肺を守らなくてならず、大変だ。
巨人は、20日から沖縄県那覇市で2次キャンプを張る。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

宮崎市ではソフトバンクホークスもキャンプを張る。
さらに日南市では西武ライオンズも…。
宮崎県を選んだ3球団はペナントレースのスタート時点で若干のハンディを負うことになるかもしれない。

◆書き加え1(2月4日)

沢村拓一が宮崎キャンプ初の休日、市内の畜産農家を訪問し、牛の世話を体験した。
牛舎に入り、子牛にミルクを飲ませたり、出荷間近の成牛にブラッシングを施したりするなど、復興を目指す畜産農家を激励した。

そして、自ら宮崎牛のステーキを焼き、舌鼓を打った。
彼は、牛・豚・鳥が大好きの肉食系男子。
「宮崎は口蹄疫、鳥インフルエンザ、新燃岳の噴火など、悲しいニュースが続いている。プレーで宮崎の人を勇気づけられるようにしたい」と、1年目の抱負を改めて語った。

沢村拓一は、中央大学野球部時代も宮崎市でキャンプをしていた。
帽子に作業着、長靴が実によく似合い、風景にすっかり溶け込んでいた。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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