コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

明治大学中退

誕生日のプレゼント…勉強嫌いの61歳

私はGW以降、家を長く留守にすることが多い。
父の日も誕生日も不在だったので、まったく忘れていた。
それを思い出させてくれたのは、中学3年生の子どもだった。

父の日に「エビスビール」や「サントリー ザ・プレミアム・モルツ」などのロング缶6本をプレゼントしてくれた。
誕生日に港北ニュータウンのケーキ屋「RER」のタルトなどをプレゼントしてくれた。
実際は自宅に戻った日に・・・。

⇒2012年5月8日「RERのケーキが一番おいしい…港北ニュータウン」はこちら。

ケーキはともかく、ビールはそれなりの出費になる。
子どもに最低限のこづかいしか渡していないが、少しずつ残して貯めたようだ。
計画性を欠く私には驚きだ。
こづかいはいくらあっても足りない年頃なのに・・・。

子どもは小学5年生くらいから勉強に打ち込みはじめた。
おそらく平日は4〜8時間、休日は8〜16時間。
勉強以外はしない日が長期間続くことがある。
1年を通じて朝が非常に早くて正確であり、登校前にかなりの勉強を済ませている。
しかも自力で起きる。
意志が恐ろしく強い。

私自身は勉強にきわめて不熱心だった。
明治大学も5年中退である。
子どもは妻の血を引いているのかもしれない。
妻は母親に育てられ、家が極貧だった。
大学へ進めなかった無念の思いを50歳近くになっても引きずっている。

私は子どもが勉強ばかりしていることが気になり、ブレーキをかけようとしてきた。
幼少期から青年期まで遊びが第一という思いが強い。
大人になったら、まして結婚に踏み切ったら、家族を食べさせるのに精一杯になる。
私は狂ったように働いたが、それでも5人の食い扶持に追いつかなかった。
どうかいまのうちに遊んでほしい。

ところが、本人は勉強が好きで楽しいと言う。
そう返されると、無理にやめさせるわけにいかない。
子どもは私の理解が及ばないところにいる。
確かに、勉強時の凄まじい集中力はそれを裏付ける。

私にとり勉強は退屈そのものだ。
すぐに飽きてしまい、長く続けられない。
私はせめて行動(仕事)を通じて学びを得たいと頑張ってきた。

あっという間に61歳を迎えていた。

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理美容最大手が和田創方式提案営業研修を導入

私は先々週土曜日(17日)から先週水曜日(21日)にかけ、5日間で約90時間頑張り、締め切り地獄をくぐり抜けました。
とりあえず一本はクリアです。
途中、とくに最終日は極度の睡眠不足で頭も意識ももうろうとしました。
午後6時に納品を終え、腑抜けの状態になりました。
が、それまで引きずっていた重い疲労が、とても心地よいものに変わりました。
夜、バスタブにゆっくりと浸かり、自分が生き返った気がしました。

いまは、大幅に遅れている商品開発の最終段階の作業に取り組んでいます。
さまざまな仕事との並行になりますので、4月半ば頃まで格闘が続きそうです。

                       ◇

teianeigyo01先日、私が暮らした富山県の製造業から「和田創方式 提案営業研修教材キット」の注文をいただきました。
業績の大幅な拡大を目指す意欲的な地場企業です。
富山市には近年、北陸銀行シンクタンク(北陸経済研究所)主催のセミナー講師として何度か伺いました。
また、私は富山県立魚津高校の卒業生(明治大学は中退なので、私は高卒)です。
妹夫婦が滑川市のかつての両親の実家に暮らしています。
出身地の新潟県に次いで第2の故郷といえます。

teianeigyo02このキットは私が20年近く続け、絶大な支持と評価を獲得してきた「和田創方式 提案営業研修8日間コース」の教材一揃いを丸ごとデジタルデータで提供する画期的なサービスです。
社長や上司が講師用テキストを前から順番に読んでいくだけで、プロ講師顔負けの社員教育が行えます。
いや、コンテンツがピカピカなので、そこいらの講師よりは断然中身の濃い研修が行えます。
教育品質は突出しています。

地元の中小企業にご購入いただいたことが、私にとり格別の喜びです。
また、理美容関連の最大手企業からも注文をいただきました。
感謝、感謝・・・。

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芸術への憧れを捨て、フリーランスのプランナーへ

きのうのブログの続き…。
NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。
私はすっかりはまっている。
一昔前マイブームという言葉があったが、それ…。

私が結婚後、フリーランスとして自立しようと奮闘した過程をそっくり再現してくれているかのようだ。
極貧生活の脱出、その後の仕事とアシスタントの膨張…。
懐かしい!
視聴率も最近の“朝ドラ”ではいいらしい。
原案の重み、そして脚本(シナリオ)の面白さが効いているのは当然として、松下奈緒(村井布美枝)と向井理(村井茂。水木しげる)ほか出演者の好演が光っている。

                       ◇

私は十代後半ぼんやりと絵画や陶芸、書など芸術の道に憧れを抱いていた。
しかし、そうした大学へ進学しようにも、何の素養も持たず、何の訓練も積んでいなかった。
家族の崩壊に直面しており、加えて家庭の経済が困窮していた。

そこで、日経育英奨学制度(新聞社奨学金)を利用し、明治大学経営学部に入学した。
それでも夢を諦め切れず、同人誌に加わって詩を投稿したり、コンサートホールや専門喫茶に通ってクラシック音楽を鑑賞したりした。
芸術家の気分を少しでも味わってみたかったのだろう。

しかし、同棲の長かった妻(前妻)と結婚を決意し、家庭を持った瞬間に夢を捨てた。
青春との決別である。
生活が成り立つかどうかも分からず、食べていくことを優先したのだ。
また、芸術を目指したところでモノにならないことに気づいていた。

チューリップの不朽の名作「青春の影」で歌われる世界にどこか通じる。

⇒2010年8月13日「財津和夫、青春の影、歌詞の意味…昭和の名曲」はこちら。

私は、明治大学5年中退(除籍?)という学歴もネックになり、サラリーマンに収まることがきわめて難しかった。
働きたい職場も就きたい職業も見つけられなかった。
社会からドロップアウトしていた。

自分がやっていけるかもしれないとしがみついたのが、フリーランスのプランナーだった。
世間にまったく認知されていない仕事である。
外部から知恵(企画)を買うという発想や慣行が、企業になかった。

                       ◇

ほかに選択肢がなかったとはいえ、私は絶望的な第一歩を踏み出してしまった。
細い道も敷かれておらず、自力で切り拓くしかないとすぐに感じた。
が、家族の生活がかかっており、途中で引き返すことができなかった。
妻は黙って私についてきた。

当時、奇異な商売に映ったようで、私は周りからよく珍しがられた。
裏を返せば、笑われたことになる。
私自身も勝算が見えていなかったので、当然か。

続きは、あしたのブログで…。

                      ◇◆◇

「ゲゲゲの女房」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月8日「ゲゲゲの女房…蘇る前妻との初デート」はこちら。

⇒2010年5月19日「松下奈緒、ゲゲゲの女房を好演する」はこちら。

⇒2010年5月20日「ゲゲゲの女房、小銭入れが空っぽの極貧」はこちら。

⇒2010年5月30日「ふすま一枚の地獄…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月6日「ゲゲゲ原稿料を払ってもらえない」はこちら。

⇒2010年6月8日「松下奈緒と向井理が好演…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年6月12日「松下奈緒 ゲゲゲの女房 人気シーン」はこちら。

⇒2010年6月14日「ゲゲゲゲラが出た…私は初校で校了」はこちら。

⇒2010年6月17日「ゲゲゲ、人気ラーメン店の行列が消えた」はこちら。

⇒2010年7月5日「向井理の好演、村井茂の名言…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月15日「ゲゲゲ水木しげる、少年マガジンデビュー」はこちら。

⇒2010年7月17日「ゲゲゲ水木しげる、テレビくん児童漫画賞受賞」はこちら。

⇒2010年7月24日「水木プロダクション旗揚げ…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年7月31日「ボチェッリが歌う吉岡聖恵・ありがとう」はこちら。

⇒2010年8月5日「水木プロダクション異様な活気…ゲゲゲの女房」はこちら。

⇒2010年8月9日「ゲゲゲの鬼太郎へ題名変更…主題歌もヒット」はこちら。

⇒2010年8月11日「水木プロダクション…アシスタント人件費」はこちら。

⇒2010年8月12日「いじめ…有名人の子の苦悩(ゲゲゲの女房)」はこちら。

⇒2010年8月14日「妖怪いそがし、家庭を顧みない水木しげる」はこちら。

⇒2010年8月18日「漫画家・水木しげる、締め切りの地獄と天国」はこちら。

⇒2010年8月20日「職業人生に締め切りを設けよ…水木しげるの教え」はこちら。

⇒2010年8月20日「松下奈緒は号泣、向井理は手料理…ゲゲゲの女房」はこちら。

◆書き加え1(8月20日)

村井布美枝は、「主人は腕のことで愚痴めいたことを一言も言ったことがありませんから…」(うろ覚え)。
私は、水木しげるは凄いと思う。
同時に、その背景もいくらか分かった。

水木しげるは戦地で腕をやられていなかったら、おそらく生きて戻れなかった。
この負傷により後方に退くことに…。
「腕一本失ったおかげで命が助かった」(うろ覚え)。

彼が属した隊は丸ごと消滅した。
総員玉砕の命令に背き、大半がゲリラ戦へ転じたものの命を落とし、残った者は別の隊に組み込まれた。

水木しげるには、死んでいった仲間の叫びが聞こえてくる。
「おれたちのことを描いてくれ」(うろ覚え)。

私の父は、自分と順番が入れ替わって1日(?)先に広島に入った戦友のことをいつまでも忘れなかった。
後年、母から聞かされた。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

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面白くないジョークの会会長 

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