コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

本を出す

凡人が本を出す唯一の方法とは?

富士山に向かい、何カ月か歩きつづければ麓(ふもと)にたどり着けるというくらいは容易に分かる。
しかし、現実には、富士山は一向に近づく気配がない。
それどころか、富士山が逃げていく錯覚にとらわれる。
根性なし、意気地なしの私には、とても厳しい道程(みちのり)である。
自分の本を出すとは、そういうことのように思える。

くじけそうになるが、日々の歩みが大事だ。
普段発するちょっとしたメッセージのこと。
ブログでも何でもいい。
人に見せないメモでもいい。

私が自らに問うているのは、その価値である。
いつも強く意識してきた。

それが積み重なって原稿の叩き台となり、長い歳月のなかで熟成されて本として世に出る。

私は、価値のあるメッセージなら、かならず本にできると考えている。
だから、どのような雑文を書くかに心を砕いてきた。

凡人が本を出す唯一の方法でなかろうか・・・。

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涙がにじむ…地獄から解放されたい

ホテルの窓から眺める都心の街は、すでに「師走」の気配が色濃く漂っています。
もう今年が終わろうとしています。
焦る、焦る、焦る・・・。
年齢を重ねるにつれ、1年がどんどん短くなってきました。
今年はとくにあっという間でした。

私は、昼間の仕事を終えると慌ただしく夕食を済ませ、夜間の仕事に取りかかる毎日です。
8月下旬以降はおもにクライアントへの納品仕事でしたが、そこに今月から企業研修や公開セミナーの受講課題(提案書、ニーズ発掘ツール、テレアポトーク、商機探索ツールなど)へのコメント(助言)が加わりました。
こちらは目を通すだけでも大変な点数です。

私はまた、わずかな時間を見つけては約15年ぶりの書籍(営業本)の原稿も書いています。
だいぶ前から仕上げの仕上げの段階、つまり最終ブラッシュアップの段階に入っていますが、これで十分という状態になかなか達しません。
これまでに「よし終わった!」と幾度か思ったのですが、数日経つと気になり、原稿の最初から最後まで手を入れるという連続です。
叩き台の状態から何十回繰り返したか数えられません。
周囲が寝静まった深夜や早朝など、目と心の疲れからかうっすらと涙がにじみ、ため息ばかりが聞こえてきます。

自分の限界を超えた本を出そうとするからこうなることは分かっていますが、どうしても作業をやめられません。
本は、自分の能力が丸裸になるので、とても怖いです。

いい加減、この地獄から解放されたいと思いつつ、昨晩も原稿に手を入れました。
今後もまだまだ、頭の悪さを痛感させられる作業が続きます・・・。

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社長が色紙に記した言葉で多かったのは?

1月7日、財界3団体共催の新年祝賀会が行われた。
マスコミの求めに応じ、大企業などの社長が色紙に記した言葉で多かったのが「挑戦」とか・・・。
このブログで述べたとおり、私は元日、手帳に「和田創の誓い」を記してきたが、今年は「和田創の挑戦」に改めた。
日本の社会や経済がそうした時期を迎えているということだろう。
今年は自ら変わろうとする機運が盛りあがりそうだ。

私は40代前半、講師とコンサルタントとしてデビューを果たしたく、著作を刊行した。
無謀にもいきなり日本経済新聞社、ダイヤモンド社、日本実業出版社、サンマーク出版、産能大学出版部の5社に営業活動をかけた。
どこかから本を1冊出せればと必死だった。
まさかすべて決まるとは夢にも思っていなかった。

・・・今年は十数年ぶりに再挑戦する。
出版業界を巡る環境は一変し、本を出すのが非常に難しくなっている。
私は何とか執念で成し遂げたいと意気込んでいる。

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本が売れない…著者は出版不況に本を出せるのか?

私は正月三が日、出版企画書の作成に打ち込んだ。
実質15年近く、本を出していない。
2001年に日本実業出版社から刊行した『提案営業成功の極意』は1998年の雑誌連載をまとめたものだ。
また、東洋経済新報社から刊行した『起業の教科書』は和田創ブログの記事をまとめたものであり、なおかつ大勢の共著である。
自分の本と呼べるわけでない。

私が新年に出版企画者をつくったのは、むろん本を出すためだ。
それを用いて出版社へ営業活動、俗に売り込みをかける。
原稿を引き受けてくれるところを探せないと、自分がどんなに意気込んでも願いは叶わない。
私は時間がきわめて限られており、先方の依頼で原稿を執筆することはしない。
「どうしても…」とこだわるテーマで原稿をまとめ、こちらから出版社へ持ち込むスタイルを貫いている。

私が遠ざかっている間に、出版業界を巡る環境は一変した。

⇒2013年1月9日「本を出せますように…杉山神社に初詣、御利益」はこちら。

⇒2013年1月5日「出版企画書作成法・・・出版社への売り込み」はこちら。

⇒2013年1月1日「和田創の挑戦、和田創研の約束」はこちら。

出版不況が叫ばれて久しい。
インターネットの情報によれば、年末に武田ランダムハウスジャパンが自己破産した。
氷山の一角にすぎないとのこと。
中小出版社の多くは経営が厳しく、資金繰りが綱渡りの状態らしい。
実は、大手出版社もギリギリの状況に追い込まれている。
赤字決算でリストラが進むところも・・・。

昨年は本の売り上げが大きく落ちた(雑誌はもっと…)。
新刊の6〜7割が返品されることも珍しくない。
それを受け、今年は出版社が出版点数を思い切って絞る。
有名人を除き、本を出そうとする著者は難しくなる。

出版社に加え、取次も窮地に陥る。
一層深刻なのが書店。
中小の地場書店を中心に閉店が相次ぎ、年間で1000店ほど減少している。
書籍(紙)がほとんど売れない時代がそこまで来ている。

私は本を出そうと自分を奮い立たせている。
しかし、思惑どおりに出版社を見つけられるのか?
私のような平凡な著者が置かれた状況も決して甘くない・・・。

                      ◇◆◇

出版不況など、出版業界やマスコミに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月11日「著者と出版社のカモ…ご愁傷さま」はこちら。

⇒2009年12月25日「神保町「三幸園」に出版不況が直撃?」はこちら。

⇒2009年11月24日「日経BP社・日経ビジネスの行く手」はこちら。

⇒2009年11月23日「新聞・テレビ・広告は構造不況業種」はこちら。

⇒2008年6月11日「本は自費出版へ」はこちら。

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出版企画書作成法・・・出版社への売り込み

正月の風物詩・箱根駅伝の往路(2日)と復路(3日)。
私はテレビをつけっ放しにし、仕事始めの1月4日に出版社に営業活動をかけるための「出版企画書」の作成に取り組んだ。
私は先方の依頼で原稿を執筆することはない。
基本は、こちらからの持ち込み。
ただし、原稿をおおよそ書き終えた時点で出版企画書をつくって働きかける(本来なら、こうした場合も出版企画書を先にするのが望ましい)。

1本(1冊)は『顧客を知らない営業、営業を知らない社長(仮題)』。
1月3日の午前7時頃に出版企画書ができあがった。
仮眠を取り、勢いに乗ってもう1本(1冊)。
『社長の営業活動 〜大きな売り上げづくりの実際』。
1月4日の午前3時頃に出版企画書ができあがった。
2日間にわたり悪い頭を悩ませたので、くたくたになった。
正式な書名は出版社との話し合いで決まる。

2冊の叩き台(素材)に対し、いやというほど手を入れてきた。
前者は16〜17年前の原稿に数十回、後者は4〜5年前の原稿に十数回くらいか。
したがって、かなり仕上がってきた。

それぞれ、私にはぜひとも刊行を引き受けてもらいたい出版社がある。
原稿の仕上げの作業は際限がなく、エンドレス。
そろそろ締め切りを決めないと、永久に本を出せない。
営業活動が順調に進めば、前者は春、後者は夏に出るだろう。
私は、刊行を引き受けてくれるところを探すまでの間が一番わくわくする。
苦労が大きいほど、決まったときの喜びが大きい。
ちなみに、発行日が確定した後の原稿の最終ブラッシュアップは地獄である。

・・・久し振りに心地いい疲れ。
私は神経が昂ぶっており、「久保田千寿」を飲みながら眠りについた。
グラスを片手に出版企画書を見返したが、我ながらなかなかの出来だった。
2本とも通ったら、このブログに作成法を書こうかなぁ。
出版社への売り込みに必須となる。

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経営合理化協会への憧れ…営業本と営業セミナー

きのうのブログ「本を出す…出版社に営業活動をかける」に続いて・・・。

⇒2012年10月30日「本を出す…出版社に営業活動をかける」はこちら。

私にはおつきあいしたい団体がある。
「日本経営合理化協会」。

いまの仕事に就いてから、同協会が持つ格別のステイタスに惹かれ、憧れていた。
60歳前後に達したら、ぜひ働きかけたいと・・・。
私は営業分野では第一人者という自負があり、職業人生の最終段階にふさわしい舞台をつくりたい。
同協会から営業本を出し、同協会でそれをベースにした営業セミナーを開けるなら理想だ。

そこで、1冊目は経営合理化協会を念頭に置いている。
本(セミナー)のテーマも内容も、同協会のジャストターゲットである中小企業の社長など経営幹部向けだ。
私はわずかな時間をひねり出しては原稿の執筆に当たっている。
全体がおおよそ見え、手応えを感じている。

私は原稿が完成してから日本経営合理化協会に営業活動をかける。
それが受け入れられるかどうかは、足を運ばなくてはまったく分からない。
先方から断わられることも含め、営業活動の醍醐味だ。
日本経済新聞社やダイヤモンド社から本を出せたのも、その結果である。
私は出版の引き受け先が決まるまでの日々がもっともわくわくする。

いわゆるビジネスセミナー会社のほとんどはここ数年、集客が厳しくなる一方だ。
なかでも私が講師を務める営業分野は壊滅状態に陥っている。
開催本数は激減、参加者数(受講者数)は激減・・・。

私は、長年お世話になる九州生産性本部を除き、数日の本格的な営業セミナーを成立させられるのは日本経営合理化協会のほかにないと考える(私の意図や趣旨に沿った公開セミナーのこと)。
同協会は根強い会員に支えられており、集客力が素晴らしい。
生意気ながら、私も寄与しうる。

2014年4月、2015年10月の2段階で消費増税が行われそうだ。
私は、2014年度を含めた3年間は大不況が訪れると予想する。
倒産とリストラの凄まじい嵐が吹き荒れるのでないか。
備えは必須であり、経営幹部は営業力を高めるべきだ。
十数年振りの著作の刊行は、それへのささやかな支援の意味合いもある。

40代に入った直後の、出版社への懸命な営業活動。
1冊目の本がどこに決まるか、私はあの時以来の興奮を覚える。
おおいに楽しみだ。

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本を出す…出版社に営業活動をかける

私は40代になり、プランナーから現在の講師やコンサルタントへの転職を目論み、本を出そうと誓った。
自分の職業人生を変えたかったのだ。
格好をつければ、セカンドキャリアへの挑戦である。

そこで、出版社に営業活動をかけた。
日本経済新聞社やダイヤモンド社、日本実業出版社、サンマーク出版などである。
何の実績も持たなかったので、テレアポや初訪問で歓迎されたわけでない。
懸命の営業努力が実り、世の中に自分の本を送り出すことができた。

その結果、出版社からいろいろとお誘いをいただき、うれしかった。
が、私は先方の依頼に乗らなかった。
原稿を執筆するとしても、自分が究めたいテーマにこだわりたかった。
割ける時間がきわめて限られるからだ。
また、貧乏性のせいか、仕事は自分の頑張りで獲得するものとの思いが強い。
先方の依頼に対しては何事も消極的である。

私は転職が軌道に乗ってから、雑誌の連載をまとめた本を3冊出しただけである。
仕事が立て込み、自分をPRする必要性を感じなかった。
時間のゆとりがなかったのも事実だ。
本を出すと注目が集まり、仕事につながりやすい。

私は再び本に注目している。
願望としては、2〜3年で3〜4冊を出したい。
時代の変化につれ、書籍への注目度が大幅に下がったことは承知している。
しかし、職業人生の集大成の時期に差しかかり、本は打って付けだと思う。

19歳から営業として40年程、40代半ばから営業講師・営業コンサルタントとして20年弱。
私がこれまでに確立し蓄積した営業に関するノウハウを次世代に伝えたい。

また、私が開発中の「営業研修教材」の販売につなげたい。
売り上げが増えるのはありがたいというだけでない。
教材を買っていただけなくては、営業強化や収益伸長に寄与できない。
そのためには認知の拡大が不可欠となる。

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締め切りが怠け者に仕事をさせる

締め切りは偉大だ。

私は30代までプランナーとしていわゆる業界に生息していた。
クライアント(顧客)から企画業務を受託し、それを約束の期日に納入する。
アウトプットは企画書になる。
つねに締め切りに追い回されていた当時は、締め切りについて考えることもなかった。

私は職業人生が終わる頃になり、締め切りが人に仕事をさせることに気づいた。
むろん、前々から分かっていた。
身に染みてそう思うようになったのはわりと最近である。

私は、学生時代を振り返るまでもなく怠け者である。
そもそも働くのが好きでない。
クライアントから次々と締め切りを与えられたせいで仕事に打ち込み、ささやかな収入が得られた。
それだけでない。
能力が培われたのは、容赦ない締め切りのおかげだ。

・・・40代、本を出そうと思ったが、手がかりがない。
そこで、日本経済新聞社やダイヤモンド社など、ビジネス系の出版社5社に飛び込み営業をかけた。
どこか1社で話がまとまればもうけものと考えていた。
結果、5社すべてから出版のゴーサインが出てしまった。
まさか!

しかし、働きかけたのはこちらなので、引っ込められない。
原稿の執筆は地獄だった。
自分はまともな文章を書けない、筆が恐ろしく遅いと悟ったが、後の祭である。
迷惑をかけた出版社もあったが、私が40代前半に5冊の本を出せたのは厳しい締め切りのおかげだ。
それがなければ、1冊の本も出せなかった。

私は40代後半にコンサルタントと講師の仕事が軌道に乗りはじめた。
突出した評価が得られ、とくに講師の仕事が殺到した。
手帳が先々まであっという間に埋まった。

私は当日、クライアントやセミナー会社に足を運ぶだけでよい。
そして、大勢を対象に絶叫に近い状態で営業教育や営業指導を行う。
百人、2百人は当たり前。
私は汗まみれ。
来る日も来る日も同じことを繰り返した。
テーマも内容も「提案営業」一本。

テープを再生すれば済む。
疲れ果てたとき、そんな思いが麻痺した頭をかすめた。

私は締め切りから解放された。
その点においてはらくだった。
が、引き換えに、何もできなくなった。
こなしきれない講師の仕事を抱え、新しいことに挑めず、新しいことを生み出せなかった。
出版についても心身と時間の余裕はもちろんなかったが、それ以前に仕事上の必要性がなかった。

締め切りと無縁に・・・。

「挑戦と創造」が、私が私である所以(ゆえん)だったはずだ。
このままでは自分がダメになってしまうという気持ちが21世紀に入り、次第に強くなっていった。

私には決して少なくない家族もいるし、社員もいる。
相変わらず講師の仕事で飛び回っていた。
もう惰性だった。

続きは、あすのブログ「自分に締め切りを押しつける」で・・・。

⇒2010年8月18日「漫画家・水木しげる、締め切りの地獄と天国」はこちら。

⇒2010年8月20日「職業人生に締め切りを設けよ…水木しげるの教え」はこちら。

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プロ講師のなり方…地獄をくぐり抜ける

プロ講師への道は、人それぞれだろう。
が、たいてい第一歩は「本を出す」ことである。
出版界は環境の変化により深刻なダメージを受けており、本が売れなくなった。
それでも依然として、一定の影響力は保っている。
多くの人に自分の存在と主張を知ってもらううえで、本は手っ取り早い。

21世紀に入り、本を出すことは簡単でなくなった。
私は1990年代初頭、40歳を過ぎた頃に日本経済新聞社、ダイヤモンド社、日本実業出版社、サンマーク出版、産能大学出版部の5社に営業をかけた。
そして、5社から執筆の機会を受託し、拍子抜けした。
凡人が本を出すのは至難と覚悟していたからだ。
いまは出版社が慎重で、実績がないと厳しくなっている。

ところで、本を出すのに頭はいらない。
他人から得た知識でなく、自分でつかんだ知恵を持っていればよい。
本やセミナーで知ったことを書くと「著作権侵害」に問われるから当然だろう。
とくにビジネス書はその傾向が強い。

ゆえに、勉強を積んで本を出そうとするのは、もっとも遠回りなやり方である。
そこにたどり着くまでに人生が終わってしまう。

例えば、営業本を出すには、営業の勉強を行うのでなく、営業の体験を積む。
そして、優れた結果を残すことが条件である。

なお、本を出すには、出版社へ営業をかける。
相手は歓迎してくれないので、こちらに度胸と粘り強さが必須となる。
机に座って待っていても、執筆の依頼は寄せられない。

講師になるきっかけとして本を出すのは有効だ。
しかし、例えば営業関連本は大量に出版される。
私は正確に把握していないが、10年前は3百冊、現在は百冊くらいでなかろうか。

本を出すのはかなり大変になった。
それも、著者の買い上げがなく、10パーセントの印税を受け取る条件では…。

本を出したら、それを携えてセミナー会社に営業をかける。
これが狭き門である。
主要なセミナー会社で講師を務められる人は、本を出した人の3パーセントに満たない。
例えば、都市銀行系のシンクタンクが主催する1日3万円前後の受講料が設定されたセミナーでは1パーセントに満たないのでないか。
年間1人?
無料や数千円のセミナーなら話は別だ。
しかし、それでは講師料が数万円に留まる。
講師一本で食べていけない。

懸命な営業努力が実り、講師のチャンスをつかんだとしよう。
ビジネスとして開催しているセミナー会社では、それなりの集客が得られないと、二度とお呼びがかからない。
また、採算ラインに乗っていたとしても、受講者の満足度が低いと、二度とお呼びがかからない。
セミナー会社は“客離れ”が起こるのが一番困るからだ。

が、講師にとりもっとも怖いのは、会場の後ろで事務局として立ち会いながら受講している主催者である。
彼らは無数の講師を知っており、横並びでシビアに評価を下せる。
講師のレベルも講義のレベルも簡単に見抜く。
主催者の眼鏡に適わないと、二度とお呼びがかからない。

新人の講師に「敗者復活戦」はない。
一発勝負だ。
ここが分かっていない人が多すぎる。
プロ講師になるには、最初の壁をどうしても乗り越えなくてならない。

実は、講師の大多数は1回で主催者と縁が切れる。
2〜3回つきあえればよい。
10回つきあえれば凄い。
長期で幾度もつきあえれば立派だ。
それは本を出した千人のうちの1〜3人でないか。
あちこちで名前を見かける講師は実力が図抜けている。
まして、同じ演題を繰り返せる講師は化けものだ。
自分を褒めることになり気が引けるが、これは事実である。

私の「提案営業セミナー」はシンクタンクやマスコミ、経済団体などで5百日の開催実績がある。
私の収入源、企業研修を除外しての数字だ。
公開セミナーの受講者と主催者に感謝したい。

講師のチャンスをつかむのは自分だが、それを続けられるかどうかを決めるのは自分でない。
主催者でもない。
顧客なのである。

日本を代表するビジネスセミナーの常連講師、しかもコンスタントに集客が得られる講師は昨今、営業分野では数名くらいに減った。
絶望的だから、プロ講師の仕事は楽しい。
地獄をくぐり抜けてほしい。

◇◆◇

「和田創 プロ講師養成塾」シリーズは以下のとおり。

⇒2010年5月11日「次世代が育たない…プロ講師養成塾」はこちら。

⇒2010年5月12日「セミナーアンケート…プロ講師の常識」はこちら。

⇒2010年5月13日「プロ講師の心得…講義の内容と表現の評価」はこちら。

⇒2010年5月14日「教えたら育たない…教育を解釈する」はこちら。

⇒2010年5月27日「講師とは自己否定である…プロ養成塾」はこちら。

⇒2010年6月16日「講師にとっての顧客とは?…プロ養成塾」はこちら。

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なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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