フィギュアスケートの女子シングル。
26歳の浅田真央に続いて、22歳の村上佳菜子が現役を引退しました。
世界国別対抗戦のエキシビションのリンクで花束を受け取りました。
その後に取材に応じ、自らを幸せものだと称しました。

私は正直、ちょっと早いかなと思う気持ちがないわけでありません。
しかし、本人としてはこれが精一杯だったのでしょう。

現役引退は2016年全日本フィギュアスケート選手権でフリースケーティング(FS)を滑り終えた直後に決めたそうです。
自分が理想とする演技を見せ、山田満知子コーチ、樋口美穂子コーチと抱き合って涙を流しました。

そうなると、浅田真央と同じタイミングです。
ただし、浅田真央は多くの関係者と調整を行う必要がありましたので、最終決断はもっと遅くなったのでないでしょうか。
浅田真央が「お互い頑張ったよね」と声をかけたそうです。



村上佳菜子のデビューは鮮烈でした。
私は才能に恵まれた女子選手が現れたものだと驚きました。
笑顔が屈託なく、表現が豊か、動きが弾けるように大きかった。
同年齢の羽生結弦とともに日本のフィギュア界を背負う存在になると思いました。

中学3年生で出場した2010年世界ジュニア選手権で金メダルを獲得しました。
シニアデビューを果たした2010年シーズンにフィギュアスケート・グランプリ(GP)シリーズのスケートアメリカで優勝を収めています。
さらに、グランプリ(GP)ファイナルに進出して表彰台に上りました(3位)。

村上佳菜子は一躍脚光を浴び、この頃はまぶしいくらいの輝きを放っていました。
世界フィギュアスケート選手権は2011年(2010年シーズン)から5年連続で代表に選ばれています。

2014年ソチ冬季五輪でイタリアのカロリーナ・コストナーの演技に改めて魅せられ、これ以降はそれをイメージしながら練習に励みました。

が、ソチ五輪後の世界選手権が終わり、鈴木明子が現役を退き、浅田真央が休養に入りました。
二人の先輩が消え、村上佳菜子は引っ張っていかなければならない立場になりました。
ファンの期待も集中し、重圧がのしかかりました。

2014年全日本選手権ではショートプログラム(SP)のジャンプで回転不足を取られ、9位に留まりました。
総合でも5位と表彰台を逃しました。
精神的なダメージは相当大きかったようです。
懸命にジャンプの修正に努めましたが、大会での得点も順位も低迷から抜け出せませんでした。
(女性特有の体のバランスの変化に苦しんでいるようにも見えました。)
2016年(2015年シーズン)についに世界選手権への連続出場が途絶えました。

村上佳菜子は結果を残せず、試合も練習も怖いと感じた時期がずっと続きました。
自分とぎりぎりのところで戦っていたのでしょう。
「ここで逃げ出したら何も乗り越えられない」と言い聞かせ、全日本選手権に臨んだそうです。

村上佳菜子は緊張しやすく、大舞台に強いという印象がありません。
しかし、最後の試合で力を出し尽くしました。

今後は、プロスケーターとしてアイスショーに出演します。
また、いつかは指導者になりたいという夢を持っています。

選手としての才能を存分に開花できなかったのは残念です。

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村上佳菜子に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年11月4日「村上佳菜子、スランプから復調か…ソチ代表」はこちら。

⇒2013年10月15日「村上佳菜子、ソチ五輪代表3枠入り」はこちら。

⇒2012年4月1日「羽生結弦と村上佳菜子の表現力と躍動感…類まれな才能」はこちら。

⇒2011年11月18日「村上佳菜子と山田満知子コーチ、ソチ五輪への本気」はこちら。

⇒2011年4月25日「村上佳菜子はひょっとして…世界フィギュア」はこちら。

⇒2010年12月23日「村上佳菜子に挑む浅田真央…全日本フィギュア選手権」はこちら。

⇒2010年12月11日「村上佳菜子は僅差3位、織田信成は後退2位」はこちら。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年12月9日「真央二世・村上佳菜子、安藤美姫と頂点を競う」はこちら。

⇒2010年10月25日「浅田真央を気づかう高橋大輔と村上佳菜子」はこちら。

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