コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

浅田真央姉

浅田真央は抱き合い、泣き合う

浅田舞と仲よし姉妹

私は滅多にテレビを見ませんが、浅田真央がときどき登場しているようです。
フィギュアスケート界に留まらずスポーツ界のスーパーヒロインでしたから、マスコミが放っておきません。
キー局からさまざま企画が彼女のもとに持ち込まれていることでしょう。

感謝の気持ちを滑りに込める

浅田真央は引退後に全国を回り、ファンに感謝の気持ちを伝えています。
大晦日にTBS番組「KYOKUGEN」に出演し、一番身近な姉・浅田舞に「自分の気持ちをスケートで伝えたい」と生演技を披露しました。

自らプログラブ構成や衣装選びを行い、2か月前から練習を重ねました。
選曲は、歌詞に姉妹が歩んできた人生が投影されているとの理由でKiroroの「未来」でした。
Kiroroは沖縄から駆けつけて生歌唱を披露しました。

姉との間にあつれきが生じる

浅田真央がトップ選手に上り詰める過程で浅田舞との間に軋轢(あつれき)が生じました。
本人によれば、16歳から20歳まで関係が悪かったそうです。

互いに小さい頃からフィギュアスケートに打ち込んできたはずで、妹一人に注目が集まると姉は嫉妬も感じますし、置いていかれたという寂しさも感じるのは当然のことです。
姉の側はもちろん妹の側も接し方が難しかった・・・。

関係修復は母の他界がきっかけ

しかし、2011年11月に母が他界し、それをきっかけに仲よし姉妹に戻っています。

浅田真央は心を込め、浅田舞の顔をずっと見ながら滑っていたそうです。
脳裏には二人で頑張ってきた光景や表情などが思い浮かんだのでないでしょうか。

滑り終えて氷上で抱き合い、泣き合いました。
浅田舞は「未来は母が亡くなったときに聞いていた」と語り、この選曲にうれしいと涙を流しています。
姉妹の絆(きずな)はさらに強くなりました。

TBSは、最後に感謝の手紙を読むという大晦日の番組にふさわしい感動を演出しました。

2018年もファンに感謝の滑り

浅田真央はホノルルマラソンに出場して完走しました。
浅田舞はスケジュールをやり繰りして1泊で応援に駆けつけました。
このときも二人で抱き合い、泣き合いました。

浅田真央は2018年も各地でファンに感謝の滑りを見せます。

◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年12月16日「浅田真央はどこへ向かおうとしているのか」はこちら。

⇒2017年10月18日「浅田真央に浮いた噂、フランス人の彼氏」はこちら。

⇒2017年10月17日「浅田真央に関するニュース」はこちら。

⇒2017年9月13日「美しき氷上の妖精 浅田真央展・・・衣装、スケート靴も」はこちら。

⇒2017年7月3日「浅田真央は大事なときにかならず転ぶ」はこちら。

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浅田真央はどこへ向かおうとしているのか

今年4月に現役を引退したフィギュアスケート女子シングルの浅田真央の記事をまれに見かけます。
練習漬けだった青春時代を取り戻すかのように楽しんでいます。
同時に、これから向かう道を探っているようにも映ります。
人気者ですから多忙を極めているはずで、心と体のエネルギーを持て余しているということはないでしょう。

浅田真央はオリンピックの金メダルと縁がありませんでしたが、世界選手権とGPファイナルで計7度の優勝を収めています。
残した成績(記録)も立派ですが、それ以上に「記憶」に残るアスリートでした。
ちなみに、彼女に続くスーパースターが現れていないことは、主要大会のTV視聴率の低迷にはっきりと示されています。

その浅田真央がホノルルマラソンに出場しました。
現役生活の終盤に痛めた左膝は練習を開始した9月には問題がありませんでした。
ところが、11月に痛みがぶり返し、あまり練習を積めなかったそうです。
目標タイムの4時間30分に及びませんでしたが、4時間34分13秒で完走しました。
最後まで諦めない姿勢がファンの共感を呼んでいます。

浅田真央は2010年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得した後、いまは亡き最愛の母を含む家族旅行でハワイを訪れました。
7年ぶりのこの地は思い出が詰まっていたのです。
しかも、レース前日の9日は母の命日だったそうです。
スケジュールをやり繰りして1泊で応援に駆けつけた姉・浅田舞と抱き合い、涙を浮かべています。
「きっと母も一緒に見ていたと思う」と語っています。

浅田真央は長く考え抜いたうえで引退した「現役」について未練はなさそうです。
フルマラソンへの初挑戦を終えたばかりなのに「ホノルルのゴールが次へ向けてのスタートになる」と先を見据えました。
私はその内容をまったく知りませんが、進行中の「プロジェクト」のことを指すのでしょうか。

ホノルルマラソンは、彼女のなかで何か一区切りをつけたくて参加したようにも受け取れます。



だいぶ前ですが、浅田真央が指導者への関心を明かしたことがあります。
「子どもが大好きなので、いずれは教えたい・・・」。
確かに子どもの指導はとてもよく似合いそうです。

すでに、12月のアイスショーに出演する姉の依頼を受けて「振付」を担当しています。
自分の引き出しを増やそうとしているのでしょう。

浅田真央はこれからも立ち止まらず、全力で人生を走りつづけます。
どこへ向かうのかは、走りながら定めていくはずです。
決め込んでいく過程そのものが大きな楽しみでしょう。

面白いのはきっと30代です。

◆書き加え(12月13日)

浅田真央が13日に大阪高島屋で開幕した「美しき氷上の妖精 浅田真央展」を訪れました。
その際に記者からロシアの出場停止について問われ、選手の立場で「皆が平等に出場できることを願っています」と語っています。
幼少期からオリンピックを目標にして厳しい練習を積んできた選手を思いやりました。

◆書き加え(12月15日)

浅田舞がアイスショー「クリスマスオンアイス2017」に出演し、浅田真央が振付を行った「All I Want for Christmas」を披露しました。
高橋大輔や村上佳菜子も出演しています。

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浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年10月18日「浅田真央に浮いた噂、フランス人の彼氏」はこちら。

⇒2017年10月17日「浅田真央に関するニュース」はこちら。

⇒2017年9月13日「美しき氷上の妖精 浅田真央展・・・衣装、スケート靴も」はこちら。

⇒2017年7月3日「浅田真央は大事なときにかならず転ぶ」はこちら。

⇒2017年5月8日「浅田真央、五輪金メダルは悲願のまま」はこちら。

⇒2017年4月24日「真央から舞依、真凜へ、マママの系譜」はこちら。

⇒2017年4月12日「浅田真央、現役引退のたった一つの理由」はこちら。

⇒2017年4月12日「浅田真央に国民栄誉賞を贈るべきか?」はこちら。

⇒2017年4月11日「浅田真央が現役引退・・・寂しいかぎり」はこちら。

⇒2017年3月30日「浅田真央が背負った期待は重圧どころか恐怖」はこちら。

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浅田真央が初詣で引いたおみくじ

フィギュアスケート女子シングルの浅田真央。

経験豊富、実績十分のベテラン選手といえども練習をやらないと勝てません。
が、練習をやったからといって勝てるわけでもありません。

真面目な人ほど、とくに自分を追い詰めやすい人ほど、練習にのめり込みたがる自分を適度に抑えることが不可欠となります。

浅田真央は世界フィギュアスケート選手権の代表を逃しました。
これは左ひざの痛みが悪化していた彼女にとり幸いでした。
2018年平昌五輪(オリンピック)のプレシーズンに無理を重ねる必要がなくなったのです。

その浅田真央は今シーズンの残りは国際B級大会などの試合に出ません。
私は来シーズンへ向けて心身ともに備えるのが最良だと思っていました。
いたずらにライバルと戦う意識を高めるのは賢明でありません。

⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

浅田真央は年末年始に本格的なトレーニングを行わず、休養に当てたとか・・・。
正月には姉の浅田舞とくつろいだ時間を過ごしました。

私は浅田真央が浅田舞と「初詣」に出かけたかどうかを知りません。
スーパースターの彼女が現れれば人だかりができ、さらに混雑がひどくなります。
なかには感激のあまり、涙を流しながら彼女を拝むファンまで出てくるでしょう。

⇒2012年3月29日「浅田真央、半伽思惟像のほほえみ…世界フィギュア選手権」はこちら。

もしも浅田真央が初詣でおみくじを引いたとしたら、「中吉」や「小吉」だったのではないでしょうか。
「ちょっと休みなさい」といったニュアンスです。
ベテラン選手は周りに惑わされず、マイペースで調整を進めたらいいのです。

⇒2012年6月23日「浅田真央と弥勒菩薩、清楚な慈愛…心の平安への祈り」はこちら。

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浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年1月8日「浅田真央は平昌五輪で勝とうとしている」はこちら。

⇒2017年1月6日「表現者・浅田真央としての新境地」はこちら。

⇒2017年1月3日「平昌代表へ、浅田真央の2017年が幕を開ける」はこちら。

⇒2016年12月27日「浅田真央惨敗・・・挑戦と無謀は違う」はこちら。

⇒2016年12月25日「浅田真央が勝てない理由・・・全日本フィギュア」はこちら。

⇒2016年12月23日「浅田真央が全日本フィギュア視聴率を救う」はこちら。

⇒2016年12月22日「浅田真央と宇野昌磨、二人の全日本フィギュア」はこちら。

⇒2016年12月22日「3回転を跳べない浅田真央は勝てるのか」はこちら。

⇒2016年12月20日「浅田真央は世界選手権代表へ・・・全日本選手権」はこちら。

⇒2016年12月18日「浅田真央を弾き飛ばす若手の勢い」はこちら。

⇒2016年12月15日「愛する浅田真央へ」はこちら。

⇒2016年11月18日「浅田真央ファンは指の隙間から全日本選手権を見る」はこちら。

⇒2016年11月15日「浅田真央に「頑張れ」は禁句・・・選手生命の危機」はこちら。

⇒2016年11月14日「浅田真央、全日本選手権での早まった決断」はこちら。

⇒2016年11月13日「浅田真央は世界選手権への代表切符を逃すのか」はこちら。

⇒2016年11月12日「浅田真央、いまは我慢するしかない」はこちら。

⇒2016年10月30日「浅田真央と佐藤信夫コーチの食い違い」はこちら。

⇒2016年10月28日「浅田真央は楽しむ気配が伝わってこない」はこちら。

⇒2016年10月26日「浅田真央はスタミナ切れ」はこちら。

⇒2016年10月23日「浅田真央はメンタルが弱いのか」はこちら。

⇒2016年10月22日「浅田真央と高梨沙羅の限界…五輪メンタル」はこちら。

⇒2016年10月21日「浅田真央は緊張に負け、重圧につぶれる…東大受験」はこちら。

⇒2016年10月13日「浅田真央は基本が分かっていない」はこちら。

⇒2016年10月12日「浅田真央、引退か現役かで心が揺れる」はこちら。

⇒2016年10月11日「浅田真央はGPシリーズで落ち込む」はこちら。

⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

⇒2016年10月9日「浅田真央、振り付けのアイデア」はこちら。

⇒2016年10月8日『浅田真央「リチュアルダンス」世界観の演じ分け』はこちら。

⇒2016年9月22日「浅田真央、ジャパンオープン回避と視聴率」はこちら。

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浅田真央、引退か現役かで心が揺れる

フィギュアスケート女子シングルの浅田真央。
2014年ソチ五輪シーズンの終了後、1年間の休養を取りました。
最初のうちは気ままに時間を使える楽しさに浸ることができました。
フィギュアスケート一筋の自分がそれまでに味わったことのない自由でした。
次第に引退へ傾いていき、そのメッセージを何度か書き直しました。
自らの公式サイトで2度、それを掲載する寸前だったようです。

ところが、そうした当たり前の暮らしに飽き、ものたりなさを感じはじめました。
スポーツに限らず、高い目標を掲げ、懸命に努力を続けてきた人はそうでしょう。
この間、引退か現役かで心が揺れ、会見で語った「ハーフ・ハーフ」は流行語にもなりました。
「まだできる」「もうできない」を行ったり来たりしていたのでしょう。

浅田真央はソチ五輪でコストナーが27歳で銅メダルを獲ったことも励みになりました。
結局、現役続行を決め、2018年平昌五輪への出場を目指すことを誓いました。

フィギュアスケートは選手としてのピークが20代前半か20歳前後なのかもしれません。
したがって、他の競技と単純な比較はできません。
しかし、レスリング女子では伊調馨や吉田沙保里が頑張っています。
さらに、スキージャンプ男子では葛西紀明が頑張っており、レジェンドと敬われています。
いずれも常識的な年齢をかなり超えています。

たいてい限界を設けるのは自分です。
なかでも年齢を理由にすることに、私は違和感を覚えます。



・・・浅田真央は競技生活に戻りました。
気の毒にも、GPシリーズ第1戦の「中国杯」で優勝してしまいました。
これにより、ファンなどの周囲だけでなく自分自身に対する期待が高まりました。
しかし、ブランク明けにすぐに結果を出せるほど甘い世界でありません。
GPシリーズの「NHK杯」で3位に終わり、さらにGPファイナルで最下位の6位に沈みました。

浅田真央は昨年末の全日本フィギュアスケート選手権で再び引退か現役かで迷います。
出場を取りやめようと考えましたが、けじめをつけようと思い直して出場に踏み切った経緯があります。
そして、ショートプログラム(SP)で精彩を欠いて5位と大きく出遅れました。
その夜、姉の舞にフリースケーティング(FS)を観てほしいと伝えました。
引退を決意したからでした。

私は、選手が試合や競技の直後の興奮状態のなかで、重大な意思決定を行うべきでないと考えます。
浅田真央は結果に舞い上がったり、落ち込んだり、一喜一憂が激しすぎます。
私は、彼女の一番の課題は精神面だと思っていますが、その不安定さは依然として克服されていません。

浅田真央は「ファンの期待に応えたいけれど応えられない自分が悔しい」と語っています。
が、復帰後に苦戦が続くのは当たり前でしょう。
そうでなければ、地道な練習の継続はほとんど無意味になります。

浅田真央は進退をかけたFSで序盤にジャンプのミスを犯しましたが最後まで気持ちを切らさず、魂の演技を見せました。
フィニッシュ後の噛み締めるような表情に苦悩の深さが表れていました。
何とか巻き返して3位に食い込み、世界フィギュアスケート選手権の代表切符をつかみました。
そして7位入賞を果たし、翌シーズンの日本女子出場3枠の確保につなげました。
この結果が得られ、引退から現役に翻意しました。

浅田真央はやはり心の揺れがあまりに激しい。

◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2016年10月11日「浅田真央はGPシリーズで落ち込む」はこちら。

⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

⇒2016年10月9日「浅田真央、振り付けのアイデア」はこちら。

⇒2016年10月8日『浅田真央「リチュアルダンス」世界観の演じ分け』はこちら。

⇒2016年9月22日「浅田真央、ジャパンオープン回避と視聴率」はこちら。

⇒2015年12月28日「浅田真央は生きた心地がしない」はこちら。

⇒2015年12月27日「浅田真央は「魂」をなくしたのか」はこちら。

⇒2015年12月26日「浅田真央、最高難度の無謀と動揺」はこちら。

⇒2015年12月12日「浅田真央評価…努力は報われない」はこちら。

⇒2015年11月29日「浅田真央はあんなもの」はこちら。

⇒2015年10月10日「浅田真央、GPシリーズ2015へ」はこちら。

⇒2015年10月9日「浅田真央、現役続行の条件」はこちら。

⇒2015年10月7日「浅田真央はピョンと跳び、チャンと降りる」はこちら。

⇒2015年10月5日「浅田真央、勝負師の宿命」はこちら。

⇒2015年10月3日「浅田真央が帰ってきた」はこちら。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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