コンサルの引き出し|和田創ブログ


だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。

浅田真央引退

浅田真央は大事なときにかならず転ぶ

文字どおり目の回るような忙しさ・・・。
頑張って更新してきたブログから遠ざかっている。

私が職業人生でもっとも大切にしてきた信条は「できることはもうやらない」である。
クライアントから企画業務を受託する条件はゞ縮、∈て颪世辰拭
気づくとあらゆるジャンルの企画を手がけていた。
私が66歳以降にAIやロボットの新会社をつくるのも自分の手に負えないからだ。

浅田真央が跳べないトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳ぼうする気持ちが痛いほど分かる。
したがって、「あの子は大事なときにかならず転ぶ」。
浅田真央の真骨頂、そして一番の魅力はそこにあるように思う。

現役引退を決意することになった2016年全日本フィギュアスケート選手権がアスリートとしての浅田真央にとって最高の演技でなかろうか。
後世まで語り継がれる。

◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年5月8日「浅田真央、五輪金メダルは悲願のまま」はこちら。

⇒2017年4月24日「真央から舞依、真凜へ、マママの系譜」はこちら。

⇒2017年4月12日「浅田真央、現役引退のたった一つの理由」はこちら。

⇒2017年4月12日「浅田真央に国民栄誉賞を贈るべきか?」はこちら。

⇒2017年4月11日「浅田真央が現役引退・・・寂しいかぎり」はこちら。

⇒2017年3月30日「浅田真央が背負った期待は重圧どころか恐怖」はこちら。

⇒2017年3月12日「浅田真央は大丈夫、3度目の五輪出場へ」はこちら。

⇒2017年3月1日「浅田真央はどうしているのだろう」はこちら。

⇒2017年1月28日「浅田真央といきものがかりは放牧へ」はこちら。

⇒2017年1月14日「浅田真央はコマネチでなくチャスラフスカになれ」はこちら。

⇒2017年1月9日「浅田真央が初詣で引いたおみくじ」はこちら。

⇒2017年1月8日「浅田真央は平昌五輪で勝とうとしている」はこちら。

⇒2017年1月6日「表現者・浅田真央としての新境地」はこちら。

⇒2017年1月3日「平昌代表へ、浅田真央の2017年が幕を開ける」はこちら。

⇒2016年12月27日「浅田真央惨敗・・・挑戦と無謀は違う」はこちら。

⇒2016年12月25日「浅田真央が勝てない理由・・・全日本フィギュア」はこちら。

⇒2016年12月23日「浅田真央が全日本フィギュア視聴率を救う」はこちら。

⇒2016年12月22日「浅田真央と宇野昌磨、二人の全日本フィギュア」はこちら。

⇒2016年12月22日「3回転を跳べない浅田真央は勝てるのか」はこちら。

⇒2016年12月20日「浅田真央は世界選手権代表へ・・・全日本選手権」はこちら。

⇒2016年12月18日「浅田真央を弾き飛ばす若手の勢い」はこちら。

⇒2016年12月15日「愛する浅田真央へ」はこちら。

⇒2016年11月18日「浅田真央ファンは指の隙間から全日本選手権を見る」はこちら。

⇒2016年11月15日「浅田真央に「頑張れ」は禁句・・・選手生命の危機」はこちら。

⇒2016年11月14日「浅田真央、全日本選手権での早まった決断」はこちら。

⇒2016年11月13日「浅田真央は世界選手権への代表切符を逃すのか」はこちら。

⇒2016年11月12日「浅田真央、いまは我慢するしかない」はこちら。

⇒2016年10月30日「浅田真央と佐藤信夫コーチの食い違い」はこちら。

⇒2016年10月28日「浅田真央は楽しむ気配が伝わってこない」はこちら。

⇒2016年10月26日「浅田真央はスタミナ切れ」はこちら。

⇒2016年10月23日「浅田真央はメンタルが弱いのか」はこちら。

⇒2016年10月22日「浅田真央と高梨沙羅の限界…五輪メンタル」はこちら。

⇒2016年10月21日「浅田真央は緊張に負け、重圧につぶれる…東大受験」はこちら。

⇒2016年10月13日「浅田真央は基本が分かっていない」はこちら。

⇒2016年10月12日「浅田真央、引退か現役かで心が揺れる」はこちら。

⇒2016年10月11日「浅田真央はGPシリーズで落ち込む」はこちら。

⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

⇒2016年10月9日「浅田真央、振り付けのアイデア」はこちら。

⇒2016年10月8日『浅田真央「リチュアルダンス」世界観の演じ分け』はこちら。

⇒2016年9月22日「浅田真央、ジャパンオープン回避と視聴率」はこちら。

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浅田真央、五輪金メダルは悲願のまま

GWは前半も後半もデスクワークに没頭しました。
クライアントから受けた新事業企画のほか、来月に行う「値上げ交渉の進め方研修(セミナー)」のコンテンツのブラッシュアップなどに追われました。
このブログに取りあげたいことがいろいろありますが、自分の頭を整理する時間を持てません。

さて、フィギュアスケート女子シングル。
買い損ねたナンバー「永久保存版 浅田真央」が3〜4日前にアマゾンから手元に届きました。
浅田真央が出場した主要大会の写真を時系列に並べたアルバムという印象ですが、これまでの歩みをおおよそ振り返ることができます。
仕事の合間にぱらぱらとページをめくりましたが、買ってよかった。
簡潔な年表も添えられています。

私は間に合わせられるなら、2018年平昌冬季五輪までに浅田真央の本を書きあげたいと考えていました。
しかし、4月に競技生活に別れを告げました。
五輪代表2枠に入れるかどうかは別とし、2017年全日本フィギュアスケート選手権までは滑ると思っていました。
アスリートとしての浅田真央の滑りを見られなくなったのはさみしいかぎりです。

どれくらい時間というか歳月がかかるか分かりませんが、スポーツ界のスーパースターであり稀代のヒロインである「浅田真央」について、率直な思いを綴りたいと考えています。

浅田真央はファンはもとより国民から大きな共感と支持を集めています。
これほど大勢に愛された選手は日本のスポーツ史上で長嶋茂雄と浅田真央の二人しかいません。

この本では突出した人気の秘密を考察するとともに、五輪で勝利を収められなかった謎を解明したいと考えます。
私自身はとくに勝てなくなってからの浅田真央が好きです。
2016年全日本選手権のフリースケーティング(FS)がもっとも心に残りました。

浅田真央はオリンピックの金メダルは悲願のままで現役を引退しました。

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浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年4月24日「真央から舞依、真凜へ、マママの系譜」はこちら。

⇒2017年4月12日「浅田真央、現役引退のたった一つの理由」はこちら。

⇒2017年4月12日「浅田真央に国民栄誉賞を贈るべきか?」はこちら。

⇒2017年4月11日「浅田真央が現役引退・・・寂しいかぎり」はこちら。

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⇒2016年11月14日「浅田真央、全日本選手権での早まった決断」はこちら。

⇒2016年11月13日「浅田真央は世界選手権への代表切符を逃すのか」はこちら。

⇒2016年11月12日「浅田真央、いまは我慢するしかない」はこちら。

⇒2016年10月30日「浅田真央と佐藤信夫コーチの食い違い」はこちら。

⇒2016年10月28日「浅田真央は楽しむ気配が伝わってこない」はこちら。

⇒2016年10月26日「浅田真央はスタミナ切れ」はこちら。

⇒2016年10月23日「浅田真央はメンタルが弱いのか」はこちら。

⇒2016年10月22日「浅田真央と高梨沙羅の限界…五輪メンタル」はこちら。

⇒2016年10月21日「浅田真央は緊張に負け、重圧につぶれる…東大受験」はこちら。

⇒2016年10月13日「浅田真央は基本が分かっていない」はこちら。

⇒2016年10月12日「浅田真央、引退か現役かで心が揺れる」はこちら。

⇒2016年10月11日「浅田真央はGPシリーズで落ち込む」はこちら。

⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

⇒2016年10月9日「浅田真央、振り付けのアイデア」はこちら。

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羽生結弦は平昌五輪での現役引退を否定せず

フィギュアスケートの男子シングル。
世界王者、羽生結弦が2018年平昌冬季五輪以降について「白紙」としました。
つまり、「現役引退」を明確に否定しなかったということです。
まだ22歳ですので2022年北京冬季五輪は十分に出場を狙えると、私は思っていました。
驚きです。

羽生結弦は19歳のときに「平昌五輪で引退する」と語りました。
これが大騒動に発展し、「小さい頃の夢を語っただけ。平昌後に納得がいかなかったら納得するまでやる」と言い直しています。

そこから推察すると、早めの現役引退を志向している可能性があります。
あの発言は案外、本気だったのでしょう。
すでに周囲に将来の夢を語っているようです。
プロスケーターへの転向は当然として、「後進の育成」にこだわっています。

羽生結弦はジュニア時代にトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳んでいました。
その教科書になったのが「浅田真央」だったそうです。

66年ぶりのオリンピック連覇を成し遂げると、次の目標を見つけてモチベーションを高めるのが難しくなります。
来年2月に去就問題が表面化するかもしれません。

(演技でも人生でもとくに「美意識」を大切にする彼は“引き際”に思いを馳せている?)

スーパースターの浅田真央が現役引退に踏み切ったばかりですが、羽生結弦が続くとすると日本のフィギュア界は大打撃を受けます。
浅田真央がヒロインなら、羽生結弦はヒーローといえます。

人気が落ちて大会チケットが売れなくなり、テレビ視聴率(放映権料)が下がります。
日本スケート連盟は収入が激減するのが確実です。

そうした問題は置くとしてもフィギュアファンはさみしくなります。
得点で近づく選手はいますが、羽生結弦が演技全体で与える「感動」は別格です。
真偽のほどは分かりませんが、私はそうならないことを心から願っています。



ところで、羽生結弦が3年ぶりに王者に返り咲いた世界フィギュアスケート選手権で、日本人のマナーが称えられました。
大勢が現地まで応援に駆けつけましたが、他国の国旗も持っていたファンがいたそうです。
米国のメディアが「素晴らしいスポーツマンシップ」と報じました。

これはいい話です。
私は日本人であることをとても誇らしく思います。

◇◆◇

羽生結弦に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年4月22日「羽生結弦のお詫びと見せ場 国別対抗戦」はこちら。

⇒2017年4月16日「宇野昌磨と羽生結弦、勝ち飯と勝負パンツ」はこちら。

⇒2017年4月13日「羽生結弦は降臨、スーパースターを大切に!」はこちら。

⇒2017年4月9日「宇野昌磨と羽生結弦の得点差と実力差」はこちら。

⇒2017年4月8日「羽生結弦は宇野昌磨を追いかける」はこちら。

⇒2017年4月6日「羽生結弦、五輪連覇を狙えるSP・FS選曲」はこちら。

⇒2017年4月2日「羽生結弦の本気、宇野昌磨の成長、平昌金銀確信」はこちら。

⇒2017年3月30日「世界選手権は羽生結弦と宇野昌磨の一騎打ち」はこちら。

⇒2017年3月28日「羽生結弦は世界選手権で勝たなくていい」はこちら。

⇒2017年3月5日「負けず嫌い羽生結弦の世界選手権リベンジ」はこちら。

⇒2017年2月21日「羽生結弦は勝っていた・・・四大陸フィギュア採点の間違い」はこちら。

⇒2017年2月20日「羽生結弦がネイサン・チェンにつぶされた」はこちら。

⇒2017年2月17日「羽生結弦は五輪連覇の予行演習・・・四大陸選手権」はこちら。

⇒2017年2月15日「羽生結弦のもてっぷり・・・四大陸選手権」はこちら。

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真央から舞依、真凜へ、マママの系譜

浅田真央から17歳の三原舞依、15歳の本田真凜へ。
フィギュアスケート女子シングルはスーパースター・浅田真央が現役引退を決断しました。
私個人は高橋大輔が去り、浅田真央が去り、さみしさを拭えません。
「火が消えた」といってしまっては、頑張っている現役選手に失礼かな。

⇒2017年4月11日「浅田真央が現役引退・・・寂しいかぎり」はこちら。

男子シングルもそうですが、とりわけ女子シングルは華のある選手がほしい。
ヒーローとヒロインが現れると、競技全体に対する国民の関心も盛り上がります。

本田真凜はオリンピックシーズンにシニアデビューを迎えます。
最高のタイミングです。
すでに「ポスト真央」として注目を集めています。
(日本スケート連盟もテレビ局も胸をなでおろしていることでしょう。)

三原舞依も本田真凜も浅田真央の演技に憧れてフィギュアスケートの道に入りました。
また、浅田真央の人間性と練習に打ち込む姿勢から好ましい影響を受けています。

浅田真央がトップアスリートとして紡いだ「感動」に心を震わせた若い世代が表舞台に登場しています。
女子シングルはむしろ、これから全盛期を迎えようとしているのかもしれません。
「フィギュアスケート王国」は安泰でしょう。



難病と闘う三原舞依は体調がいいほうに向かってくれれば、かなり期待できます。
練習嫌いと公言する、どこか日本人離れした本田真凜は天衣無縫がいいほうに働いてくれれば、かなり期待できます。

3人の共通点は技術と表現がよく、とくに得点源のジャンプが強いことです。
浅田真央は少女時代から高難度ジャンプをたやすく回っていました。
三原舞依と本田真凜は若くて軽いこともあり、やはり苦にしていません。
二人ともやわらかくてきれいに跳びます。

三原舞依は発展途上の表現力と感じますが、決してダメというわけでありません。
本田真凜は天性の表現力を感じさせます。

得点に占める比重は低くても「表現」の巧拙は僅差の戦いだと響きます。
いくらかでも有利な採点を引き出すには観客と審判にアピールしなければなりませんし、それ以前にリンクを自分の世界に染めあげなければなりません。

三原舞依と本田真凜はオリンピック(シーズン)にどのようなプログラムで臨むのでしょうか。
全日本フィギュアスケート選手権の代表選考を勝ち抜き、五輪の表彰台に上ろうとすればジャンプの構成が重要になり、基礎点をかなり引き上げるはずです。

私は三原舞依も本田真凜も「伸び代」を残していると思います。
浅田真央が休養を取ったり、不調に苦しんだりした空白期間を“一人横綱”のように支えてきた宮原知子が厳しい戦いを強いられることになるでしょう。

私には、女子シングルの系譜は浅田真央から三原舞依、本田真凜へ引き継がれるという予感があります。
「マママの系譜」です。

なお、「3マの系譜」と読まないようにお願いします。

◇◆◇

三原舞依に関するブログは以下のとおり。

⇒2017年4月23日「三原舞依日本最高得点、平昌五輪代表へ」はこちら。

⇒2017年4月1日「三原舞依のごぼう抜きも及ばず日本女子代表枠2」はこちら。

⇒2017年3月31日「平昌枠取りへ、三原舞依の開き直り」はこちら。

⇒2017年3月27日「三原舞依に平昌五輪出場3枠の重圧」はこちら。

⇒2017年2月22日「三原舞依は日本女子エースへ」はこちら。

⇒2017年2月19日「三原舞依、感動の演技、歓喜の笑顔」はこちら。

⇒2017年2月18日「樋口新葉と三原舞依の順位・・・四大陸選手権」はこちら。

⇒2017年1月5日「三原舞依のシンデレラストーリー」はこちら。

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浅田真央、現役引退のたった一つの理由

10日深夜にブログで現役引退を表明したフィギュアスケート女子シングルの浅田真央が午前11時半から都内で記者会見を行います。
どのような事実や真相が語られるのでしょう。

私自身は、浅田真央が現役引退に踏み切った理由は一つしかないと思っています。

このブログで述べましたが、昨年の全日本フィギュアスケート選手権における浅田真央の演技は尋常でありませんでした。
ミスの続出をいとわなかった判断のことです。
跳べるはずもないジャンプに挑み、12位という惨敗を喫しています。

浅田真央が組める最高のプログラムだったのですが、左膝の痛みなどから満足な練習を積めなかったこのシーズンの彼女にとってはあまりに無謀でした。
それでも挑んだのはこれでオリンピックを戦おうと考えていたからです。

⇒2016年12月27日「浅田真央惨敗・・・挑戦と無謀は違う」はこちら。

浅田真央は1年の休養を経て現役復帰を決めた際に、2018年平昌冬季五輪への出場を目標に掲げました。
しかし、一番の思いが伏せられています。

浅田真央は2010年バンクーバー冬季五輪で銀メダルに留まり、本命視された2014年ソチ冬季五輪で表彰台を逃しています。
世界女王は3度経験しています。
唯一手にしていないのがオリンピックでの金メダルでした。

浅田真央が目標にしていたのは平昌五輪への出場でなく、平昌五輪での金メダルの獲得でした。
そして、その意思が執念のように塗り込められていたのが全日本選手権の演技でした。

⇒2017年1月8日「浅田真央は平昌五輪で勝とうとしている」はこちら。

私は、浅田真央は全日本選手権で滑ってみて平昌五輪での金メダルの獲得がどうしても不可能と思い知らされ、現役引退を決断したのだと考えます。
望みが絶たれた大会でした。
端(はな)から表彰台の頂点しか狙っていなかったことになります。

自身のブログに「全日本選手権を終えた後、自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける気力もなくなりました」と綴っています。

浅田真央の引退は日本女子シングルの出場枠が「2」に減ったことと無関係です。
そんなやわな選手でありません。
(もしもそれが頭にいくらかあるとすれば、2枠を恐れたというより十代の有力選手にチャンスを譲ったと考えるべきでしょう。)

全日本選手権が現役最後の滑りになりました。
世界のトップクラスに君臨したアスリートの矜持がストレートに表れました。
私は見ていて胸が痛みましたが、もっとも浅田真央らしい演技だったと思います。
長く語り継がれていくことでしょう。

⇒2016年11月18日「浅田真央ファンは指の隙間から全日本選手権を見る」はこちら。

◆書き加え(4月12日)

アスリート界で最高のヒロインにふさわしい爽やかで晴れやかな引退会見でした。
(休養十分、いくらかふっくらとし、一段と美しい。)

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浅田真央に関するブログは以下のとおり。

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⇒2016年10月22日「浅田真央と高梨沙羅の限界…五輪メンタル」はこちら。

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⇒2016年10月11日「浅田真央はGPシリーズで落ち込む」はこちら。

⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

⇒2016年10月9日「浅田真央、振り付けのアイデア」はこちら。

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浅田真央に国民栄誉賞を贈るべきか?

現役引退を決断したフィギュアスケートの女子シングルの浅田真央。
発表は自身のブログで10日の深夜に行っています。
きょう午前11時半から都内で記者会見を開くようです(中継あり)。
どのような表情でどのような言葉を語るのでしょうか。
決断に至った経緯や心境の一端は明らかにされるのかもしれません。

⇒2017年4月11日「浅田真央が現役引退・・・寂しいかぎり」はこちら。

ところで、すでにファンや著名人から浅田真央に「国民栄誉賞」を贈ってほしいという声が上がっています。
65歳の私はスポーツ選手のスーパースターといえば、長嶋茂雄と浅田真央の二人しか思い浮かべられません。

記録(得点)や順位を眺めれば、長嶋茂雄よりすごい選手がいます。
浅田真央についても当てはまります。

スーパースターとなるには、オーラや華という言葉で表される存在そのものの輝き、そしてプレイ(演技)の全体からあふれ出るような魅力が不可欠になります。
これらは記録(得点)や順位といった、競技に関わる数字に反映されるわけでありません。
そこが国民栄誉賞の選考を難しくします。
長嶋茂雄の受賞が遅れた一因もそこにあるのでないでしょうか。

私は、長嶋茂雄と浅田真央は不世出のヒーローとヒロインだと思っています。
しかし、二人を同列に扱うというのは私のなかでも無理があります。
長嶋茂雄は選手としても監督などとしても長く活躍しています。

プロ野球もフィギュアスケートも日本ではとくに人気の高いスポーツですが、国民の注目を集めてきた歴史の長さが違います。
それを支える競技人口の厚みやファン層の広がりも異なります。
長嶋茂雄に贈ったのだから浅田真央に贈るべきだというふうには考えていません。

ただし、松井秀喜に贈ったのなら、浅田真央に贈って当然という気はしています。
誤解を招かないように述べておきますが、松井秀喜の活躍を否定しているのでありません。
私は受賞が遅れた長嶋茂雄に対する「お詫び」という印象を持ちました。
表現は適切でありませんが、「おまけ」です。
強い絆(きずな)で結ばれた子弟でしたから。

仮に明確な選考基準があるとして、松井秀喜が満たしているとは思えません。
彼より先に国民栄誉賞を贈るべき功労者がプロ野球界だけでも何人かいます。
同時受賞だったので、あまり異論が表面化しませんでした。

年齢に50歳以上の開きがありますが、長嶋茂雄も浅田真央も大勢の心をつかんで離しませんでした。
人間性が土台になるのはもちろんですが、プロ野球とフィギュアスケートの選手としての純粋さと高潔さは類を見ません。
二人はそれぞれの競技をだれよりも愛し、それぞれの競技にだれよりも愛されました。
そのために「生」を授かったのでないかと思えるほどです。

記録を超えた高みに位置するからこそのスーパースターといえます。

国民栄誉賞の選考基準は判然としません。
ファンの声がさらに盛り上がったときに政府はどう対応するのでしょう。
浅田真央が選ばれるとすれば、国民の期待という重圧を背負いながら競技生活を続けてきたことに対する、感謝の気持ちを込めたプレゼントになります。
彼女の唯一の忘れ物はオリンピックの金メダルですが、それに匹敵する価値を持つことは間違いありません。

粋な計らいがあっていい・・・。

私は浅田真央の現役引退の日が遠からず来ると覚悟していましたが、いざ現実になると寂しさを拭えません。
アイスリンクに立つかぎりは応援したいと思っていました。

◇◆◇

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⇒2016年10月22日「浅田真央と高梨沙羅の限界…五輪メンタル」はこちら。

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⇒2016年10月12日「浅田真央、引退か現役かで心が揺れる」はこちら。

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⇒2016年10月10日「浅田真央は井の中の蛙・・・世代交代」はこちら。

⇒2016年10月9日「浅田真央、振り付けのアイデア」はこちら。

⇒2016年10月8日『浅田真央「リチュアルダンス」世界観の演じ分け』はこちら。

⇒2016年9月22日「浅田真央、ジャパンオープン回避と視聴率」はこちら。

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浅田真央が現役引退・・・寂しいかぎり

月曜日の深夜、デスクトップパソコンに向かいながら仕事をしているときに、ヤフーで浅田真央の引退報道を見つけた妻が書斎に来て教えてくれました。

私は浅田真央が練習をしっかりと積める状態になれば、まだやれると思っていました。
現役復帰の目標も2018年平昌冬季五輪への出場でしたので、その代表選考会を兼ねる全日本フィギュアスケート選手権までは頑張るだろうと・・・。

浅田真央は、女子シングルというより日本のフィギュア界に絶大な貢献を果たしています。
また、女子スポーツ界を見渡しても一番のスーパースター、最大のヒロインです。

当然ながら進退は本人が決めることです。
しかし、浅田真央のなかに現役を続けたいという気持ちが残っているなら、そうすべきだと考えていました。
競技大会で滑るのと、アイスショーで滑るのは得られるものが違います。
負けず嫌いで、根っからの勝負師の浅田真央には大舞台ほど似合います。

私はこのニュースにちょっと驚きましたが、同時に納得もしました。
それはそうだろうという気持ちになりました。
昨年末の全日本選手権での惨敗で精も根も尽きたようです。
一か八かの戦いを挑んだようにも見えました。

スポンサーほか、大勢の関係者への配慮から、発表のタイミングを計っていたのでしょう。
超大物は自分の一存で決められないはずです。

選手としての浅田真央の姿と演技をアイスリンクでもう見ることができないのは寂しいかぎりですが、致し方ありません。
「長い間、お疲れさまでした」。
心にぽっかりと穴が開いてしまい、いまは言葉が出てきません。

浅田真央の現役引退によりフィギュアスケートのシングルは男子も女子も世代交代に一区切りがつきました。
彼女に憧れて育った本田真凜や三原舞依など、十代の若い選手に期待しましょう。
なかでもシニアデビューを果たす本田真凜には「ポスト真央」としての注目が集まります。



このブログは書き溜めの記事が中心です。
浅田真央に関しては十数本の材料が残っています。
世界フィギュアスケート選手権が終わったら、徐々に仕上げてアップしようと思っていました。
平昌を目指すという前提でした。
例えば、「浅田真央には北京五輪もその先もある」など・・・。

これだけ大勢の心をつかむ選手はおそらく現れないのでないでしょうか。
代わりの利かない唯一無二の存在でした。

書き残しの材料には浅田真央に対する私の考えや思いもこもっており、記事にしていくつもりです。
(現役引退までに本にできればと願っていましたが間に合いませんでした。)

◆書き加え(4月11日)

本人はフィギュアスケートをこよなく愛していましたから、これまでの人生が犠牲になったなどとはまったく思っていないでしょう。
しかし、同世代が知る楽しみをあまり味わえなかったのは確かです。
(少女時代から練習漬けの毎日を過ごしてきました。)

現役引退後はマスコミやイベントなどに引っ張り凧でしょうが、人目を気にせずに(とはいきませんが)、いろいろ遊んでください。
食事制限もありません。

私は、北京五輪に妻として、その先の五輪に母として挑んでほしいと考えていました。
まずは信頼を寄せられる彼氏ができることを願っています。

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浅田真央、引退か現役かで心が揺れる

フィギュアスケート女子シングルの浅田真央。
2014年ソチ五輪シーズンの終了後、1年間の休養を取りました。
最初のうちは気ままに時間を使える楽しさに浸ることができました。
フィギュアスケート一筋の自分がそれまでに味わったことのない自由でした。
次第に引退へ傾いていき、そのメッセージを何度か書き直しました。
自らの公式サイトで2度、それを掲載する寸前だったようです。

ところが、そうした当たり前の暮らしに飽き、ものたりなさを感じはじめました。
スポーツに限らず、高い目標を掲げ、懸命に努力を続けてきた人はそうでしょう。
この間、引退か現役かで心が揺れ、会見で語った「ハーフ・ハーフ」は流行語にもなりました。
「まだできる」「もうできない」を行ったり来たりしていたのでしょう。

浅田真央はソチ五輪でコストナーが27歳で銅メダルを獲ったことも励みになりました。
結局、現役続行を決め、2018年平昌五輪への出場を目指すことを誓いました。

フィギュアスケートは選手としてのピークが20代前半か20歳前後なのかもしれません。
したがって、他の競技と単純な比較はできません。
しかし、レスリング女子では伊調馨や吉田沙保里が頑張っています。
さらに、スキージャンプ男子では葛西紀明が頑張っており、レジェンドと敬われています。
いずれも常識的な年齢をかなり超えています。

たいてい限界を設けるのは自分です。
なかでも年齢を理由にすることに、私は違和感を覚えます。



・・・浅田真央は競技生活に戻りました。
気の毒にも、GPシリーズ第1戦の「中国杯」で優勝してしまいました。
これにより、ファンなどの周囲だけでなく自分自身に対する期待が高まりました。
しかし、ブランク明けにすぐに結果を出せるほど甘い世界でありません。
GPシリーズの「NHK杯」で3位に終わり、さらにGPファイナルで最下位の6位に沈みました。

浅田真央は昨年末の全日本フィギュアスケート選手権で再び引退か現役かで迷います。
出場を取りやめようと考えましたが、けじめをつけようと思い直して出場に踏み切った経緯があります。
そして、ショートプログラム(SP)で精彩を欠いて5位と大きく出遅れました。
その夜、姉の舞にフリースケーティング(FS)を観てほしいと伝えました。
引退を決意したからでした。

私は、選手が試合や競技の直後の興奮状態のなかで、重大な意思決定を行うべきでないと考えます。
浅田真央は結果に舞い上がったり、落ち込んだり、一喜一憂が激しすぎます。
私は、彼女の一番の課題は精神面だと思っていますが、その不安定さは依然として克服されていません。

浅田真央は「ファンの期待に応えたいけれど応えられない自分が悔しい」と語っています。
が、復帰後に苦戦が続くのは当たり前でしょう。
そうでなければ、地道な練習の継続はほとんど無意味になります。

浅田真央は進退をかけたFSで序盤にジャンプのミスを犯しましたが最後まで気持ちを切らさず、魂の演技を見せました。
フィニッシュ後の噛み締めるような表情に苦悩の深さが表れていました。
何とか巻き返して3位に食い込み、世界フィギュアスケート選手権の代表切符をつかみました。
そして7位入賞を果たし、翌シーズンの日本女子出場3枠の確保につなげました。
この結果が得られ、引退から現役に翻意しました。

浅田真央はやはり心の揺れがあまりに激しい。

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⇒2015年10月3日「浅田真央が帰ってきた」はこちら。

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浅田真央、最高難度の無謀と動揺

全日本フィギュアスケート選手権2015が行われている。
私は今晩、フジテレビの放送で女子シングルのSP(ショートプログラム)を楽しむ。
男子シングルのフリースケーティング(FS)も・・・。

女子シングルで最大の関心を集めそうなのがGPファイナルで最下位の6位に沈んだ浅田真央の演技だろう。
試合直後に胃腸炎の診断を受け、エキシビションへの出場を取り止め、そそくさと日本に帰国した。
かなりの傷心だった。
その際の情報の少なさはマスコミが取材を行えなかったことを意味する。

さて、私が驚いたのは、浅田真央が全日本選手権で勝利をつかむため、SPを見直すという報道だった。
冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)のほかの2つのジャンプの難度を下げる。
ジャンプの基礎点は落ちるが、確実性が増すとのこと。

私はGPシリーズかGPファイナルのテレビ放送で浅田真央が男子並みの難しいプログラムを組んでいると耳にした。
真に受けるわけでないが、それに近いとしたら、無謀だと思う。
が、本人は無理を承知でそうしたのでないか。
断固、押し通すべきだ。

浅田真央が獲っていないのはオリンピックの金メダルだけである。
しかも、復帰早々、2018年平昌冬季五輪(ピョンチャンオリンピック)を目指すと公言した。
女子シングルで世界最高難度のプログラムにした最大の理由もそこにあるのでないか。
成功させられればだれも届かない得点を叩き出し、表彰台の頂点に立てる。

私は、浅田真央がオリンピックで勝てるプログラムを組むのは心情的に理解できる。
ならば、2年後までに消化すると考えるべきだ。
GPファイナルでの惨敗をその通過点と位置づけられるので、無用な精神の動揺を抑えられる。

オリンピックイヤーには新星が現れる。
また、実力を劇的に伸ばす選手も出てくる。
ときに、勝敗を分かつ得点が大幅に高まる。
したがって、浅田真央がこのプログラムを自分のものにしても悲願の金メダルを手に入れられないという事態が起こるかもしれない。
しかし、そうなったら諦めもつく。

オリンピックに狙いを定めて金メダルを獲るのはきわめて難しいのだろう。
前提は、競技者としての大きな波というか、選手生活全体における大きな波。
おそらく選手個々に五輪出場の最適期がある。
それと、心身と滑りのコンディション。
そして、競争の状況、ライバルの状態や調子。
さらに、スポーツ競技としてのルールや採点方法の変更。
そこに、本番での運不運が重なり、メダルの色が決まる。

浅田真央は自らの意思で世界最高難度のプログラムを組んだのだから、すぐにうまくいかなくて当然である。
全日本選手権でレベルを落としていい結果を得たとして、それにより何が残るのだろう。
私ははなはだ疑問に感じる。
どうして周りは、ぐらぐらする浅田真央を叱り飛ばさないのだろう。
私は職業柄、ぐらぐらする社長が結果を収められないことを知っており、厳しく接してきた。

もっとも怖いのは、難度を下げてうまくいかなかったときである。
そうなると、気持ちの立て直しがもっと難しくなる。
自分を追い詰めることになりはしないか。
私はリスクの大きい決断を下したと思う。

浅田真央は引退の年齢に達したにもかかわらず、それを撤回して現役に戻った。
自らの欲求に従ったはずだが、ファンや国民、関係者の期待に応えてもいる。
スーパースターの浅田真央には、実績に見合った調整や戦いぶりがあっていい。

私は、トップクラスのアスリートが大舞台で勝とうとする本能も理解できる。
しかし、浅田真央は目先の結果にこだわることもない。
もっと自由に、もっと柔軟に、フィギュアスケートを楽しんでほしい。
そのためには簡単にぐらつかない「計画性」が土台になくてならない。

全日本選手権は、来春に米国ボストンで行われる世界フィギュアスケート選手権2016の代表選考会を兼ねている。
日本の女子シングルの出場枠は3名らしい。

浅田真央はそこに滑り込めれば儲けものとするのが正解だろう。
そこに出られなければマイペースで練習に励める。

◆書き加え(12月26日)

いま浅田真央のSPの結果を知った。
ジャンプにミスが出て6位になった。

浅田真央はもがき苦しみ、精神的に不安定である。
勝てない浅田真央に任せるなら、コーチも関係者も不要だ。
なぜ毅然たる態度で彼女を導けないのだろう。

               ◇◆◇

浅田真央に関する最近のブログは以下のとおり。

⇒2015年12月12日「浅田真央評価…努力は報われない」はこちら。

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浅田真央が帰ってきた

フィギュアスケート女子の浅田真央が帰ってくる。
舞台は、日本・北米・欧州の3地域対抗団体戦、ジャパン・オープン2015である。
2014ソチオリンピック金メダルのソトニコワ、世界選手権2015金メダルのトゥクタミシェワ(ともにロシア)など有力選手が出場し、フリーを競う。
浅田真央は、愉悦に満ちたショーでなく、ひりひりする緊張感が漂うスポーツ(ゲーム)が恋しくなったのか。
おそらく両者は別物である。

正直に言うと、私はつい最近までそれほど望みを持っていなかった。
長らく応援してきた高橋大輔、安藤美姫、浅田真央がソチの前後で相次いでリンクを去った。
浅田真央が口にしたのは休養だが、心身の蓄積疲労とソチ直後の落胆がひどく、事実上の現役引退になると思っていた。

その浅田真央が今年5月に条件付きながら現役復帰について語った。
佐藤信夫コーチと練習を再開したとのことだったが、私は彼女が自分に課した世界選手権2014の水準に戻るのは難しいと感じた。

浅田真央は金曜日、ジャパン・オープン2015の会場となる「さいたまスーパーアリーナ」での公式練習で、代名詞のトリプル・アクセル(3回転半ジャンプ)を3度ともきれいに着氷した。
得点源の高難度ジャンプが決まり、本番に自信を示した。

浅田真央は今季のフリーがオペラ「蝶々夫人」。
彼女によれば、シーズン初戦にしては調子も出来も上々らしい。

休養明けの浅田真央は新鮮な気分で大会に臨める。
が、そんなに甘い世界でないことも承知している。
私としては、あまり結果にこだわらず、滑りを楽しんでもらいたい。
重い責任を一人で背負い込む悲壮な表情は見たくない。

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ハーフハーフ浅田真央の気持ち

日本のフィギュアスケート界は世代交代が一気に進みました。

男子シングルは、織田信成と高橋大輔が去りました。
そして、町田樹が去りました。
女子シングルは、安藤美姫と鈴木明子が去りました。
休養中の浅田真央は顔つきがすっかり穏やかになり、去りそうです(推察)。
いまだに「ハーフハーフ」と語っているようですが、本人の気持ちはすでに固まっていて、現役引退を表明する日も近いのかもしれません。
ならば、2015年流行語大賞になりそうです。

私はとくに高橋大輔、安藤美姫と浅田真央を熱心に応援していました。
3選手のなかで才能は安藤美姫が一番だと思っていましたが、円熟の境地に達していたはずの演技を見られずに現役を終えました。
心残りです。

私が親しみを覚える選手は小塚崇彦と羽生結弦、村上佳菜子だけになりました。
羽生結弦は体調不良でも勝ってしまうくらいですから、精神力を含めた実力が突出しています。
しかし、小塚崇彦と村上佳菜子は長いスランプから容易に抜け出せません。
立ち直りを願っています。

私は知る顔ぶれが減り、とてもさみしい。
フィギュアスケートに対する関心もがくっと落ちました。
3選手が大会に出場しない今シーズンはテレビ観戦をまったくしていません。

とはいえ、次の世代に有望な選手が表れています。
彼ら(彼女ら)の成長を楽しみに、これから静かに応援していこうと考えています。
どうか「フィギュア王国」の地位をつなぎ止めてください。

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世界選手権2014…浅田真央、最後の最後

2014年ソチ冬季五輪(オリンピック)が終わった。
フィギュアスケート男女シングルの日本勢は史上最強だった。
しかし、全体として眺めれば、国民が期待した成果を収めたとは言えない。
メダル獲得がすべてでないが、もっと活躍してよかった。
6選手が全員、世界のトップクラスに位置し、私は男女で計3個は大丈夫と考えていた。
その予想が大きく外れた。

一番悔しいのは表彰台に立てなかった本人だが、私もとても悔しい。
幸い、世界フィギュア2014(世界選手権2014)が日本で行われる。
正式名称は「ISU世界フィギュアスケート選手権大会2014」、会期は3月26日(水)〜30日(日)、会場は「さいたまスーパーアリーナ」である。

日本の出場選手はおそらくソチ代表と同じ顔ぶれになる(不確か)。
女子シングルは、浅田真央、鈴木明子、村上佳菜子。
男子シングルは、羽生結弦、町田樹、高橋大輔、

⇒2014年2月17日「羽生結弦、転がり込んだソチ金メダル」はこちら。

ソチオリンピックで金メダルに輝いた羽生結弦は完璧なショートプログラム(SP)から一転し、フリースケーティング(FS)ではミスが相次いだ。
満足すべき出来と程遠かった。

⇒2014年2月18日「美男子&若武者・羽生結弦の評価と人気」はこちら。

34ロシアフィギュア界の重鎮、タチアナ・タラソワが、「メダルをだれにも与えるべきでない。こんなに転んだオリンピックチャンピオンはいない」と酷評した。
羽生結弦は五輪王者の真価を示そうと意気込んでいるはずだ。
3連覇中のカナダのパトリック・チャンを破り、世界王者になってほしい。
文字どおり「羽生結弦時代」の幕開けである。

今シーズン限りでの現役引退を重ねて示唆している浅田真央が出場を明言した。
ソチオリンピックでSPが崩壊した悔しさ、そして金メダルを逃した悔しさを晴らしてほしい。
表彰台の頂点で最高の笑顔を見せようと意気込んでいるはずだ。

「ソチ感動巨大号 浅田真央、お疲れさま、ありがとう」はこちら。

私が気をもんでいるのは、今シーズン限りでの現役引退を表明している高橋大輔である。
けがの影響で追い込んだ練習を積めなかったようで、ソチオリンピックではメダルに届かなかった。
足の踏ん張りがいま一つ利かないという印象だった。
ただし、エキシビションを見ると、動きも切れもよく、ジャンプもよかった。
この記事は日曜日の早朝にまとめており、高橋大輔がその後に意思表示を行っている可能性がある。

⇒2014年2月23日「真央と大輔がソチでカップル」はこちら。

銀盤のヒロイン、浅田真央。
氷上の芸術家、高橋大輔。
二人は、競技者としての最後の最後の演技になる。
大勢のファンが世界選手権会場に詰めかける。
テレビの世界フィギュア視聴率が跳ねあがる。
おそらく来シーズン以降、日本ではフィギュアスケート人気ははっきりと下降線をたどる。
とくに浅田真央はスーパースターである。
ここ数年の盛りあがりを取り戻すまでに、いったいどれくらいの歳月を要するだろう。

私は、世界フィギュア選手権への各国の出場選手を知らない(ブログ執筆時点で未確定)。
ソチオリンピックのメダリストや入賞者は休養を取るのだろうか。
採点に疑問の声が上がっている女子シングルの金メダリスト、ロシアのアデリナ・ソトニコワは出場を見送るのだろうか。
私は、彼女が出す得点に興味がある。

世界フィギュア選手権には、浅田真央と高橋大輔の見納めにふさわしい豪華なメンバーが集まってほしい。
鈴木明子もラストダンスになる。
私は楽しみよりもさみしさのほうが大きい。

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真央と大輔がソチでカップル

ソチオリンピック、フィギュアスケート男女シングル。
エキシビションを含め、すべてが終わった。
応援した私がくたくたになるくらいだから、選手の緊張と疲労はすごかったことだろう。

浅田真央と高橋大輔がエキシビションの出場選手に推薦で選ばれたことは、二人のファンの私には素晴らしい計らいだった。
ともに最後の五輪で「6位入賞」は不思議である。
私は実況で二人の演技を堪能した。

浅田真央。
曲は「Smile/What a Wonderful World」。
大勢にスマイル(笑顔)を届けたいとの思いからだ。
苦悩に満ちた競技人生に身を置いた自分に言い聞かせるようでもある。
しゃがんで首をかしげる例のポーズが愛らしい。
私は、浅田真央の超シンプルなスパイラルが大好きである。
なお、終了後のコメントを聞くと、やはり現役引退の決意は揺るがないようだ。

高橋大輔。
曲は「ブエノスアイレスの春」。
動きも切れも、さらにジャンプもいい。
四肢を駆使した表現力はさすがである。
私は、高橋大輔が現役引退という実感をどうしても持てない。
本大会ではけがに起因した練習不足からメダルを獲れなかったが、いまも世界のトップクラスの選手である。

二人が競技としてのフィギュアスケートの世界からいなくなると思うと、心の火が消えそうだ。
その二人がカップルで滑ったことも、私にはいい思い出になった。
ホント、さみしい・・・。

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小塚崇彦は燃焼し尽くしたのか…現役引退

私は昨年末、スポーツニュースで「全日本フィギュアスケート選手権2013」のダイジェスト映像を見た。
高橋大輔がソチ代表選考結果の発表で流したうれし涙が印象的だった。

それ以上に印象的だったのは、クールな小塚崇彦が流した悔し涙である。
控室(?)を出てきたところでテレビ局のインタビュアーにつかまった。
マスコミは傷心の底に沈む彼を放っておかなかった。

悔し涙は、限界に挑んだ人だけが流せる美しい涙である。

62歳の私は人生でそうした経験がなく、したがって悔し涙を流したことがない。
スポーツは、勝者と敗者がはっきりと分かたれる。
中途半端に生き、なるべく結果を曖昧にしておきたい私にはスポーツは難しい。

インタビューに泣きじゃくりながら答える小塚崇彦は、現役引退をすでに決めたかのような表情だった・・・。

フィギュアスケートに限らないが、競技生活の長い選手はおそらく満身創痍である。
けがとか痛みとかに苦しめられている。
それと戦い、克服することが現役続行の条件だろう。
選手はいつしか極限の節制と練習に、身も心も耐えられなくなっていく。

小塚崇彦は、自分の努力を表情や態度、まして言葉に表わさない。
私はそれを承知している。
しかし、「潔い引き際」を考えるほど取り組んだかという疑問が残らないわけでない。
それが言いすぎなら、燃焼し尽くしたというところまではいっていない気がする。

鈴木明子は十分に納得がいく。
ファンもそう思っているはずだ。
安藤美姫は納得がいく。
子どもも抱える。
織田信成は納得がいく。
家庭も持っている。

浅田真央は日本フィギュアスケート界に果たしてきた貢献と重責を考えれば、納得がいく。
高橋大輔は十分に納得がいく。

トップクラスのアスリートが4年に一度のオリンピックを最大の目標に頑張っているのは、心情としてよく分かる。
しかし、それがすべてでない。
毎年、世界チャンピオンを決める大会も開かれる。

個人的には4年後の「平晶冬季五輪(ピョンチャンオリンピック)」まで頑張ってほしいと思っている。
オリンピック出場を宿命づけられた家系である。
が、それがどうしても厳しいなら、後1〜2年は競技生活を続けてもらいたい。
世界フィギュアスケート選手権で活躍する小塚崇彦の姿と笑顔を見たい。

なお、小塚崇彦はソチ代表漏れのショックからか、「四大陸フィギュア選手権2014」の出場を辞退する可能性を示唆していた。
頭が真っ白になったのか。
それから立ち直ったようだ。

きょうのブログは、昨年末におおよそ書いている。
私は仕事に追われ、最新の情報や詳細な情報をつかんでいない。
すでに何らかの決断がなされている?

                 ◇◆◇

小塚崇彦に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年11月14日「小塚崇彦危うし、現役引退の危機」はこちら。

⇒2013年11月13日「小塚崇彦、ソチ五輪代表は崖っぷち!」はこちら。

⇒2013年11月10日「高橋大輔と小塚崇彦はソチへ行けるのか」はこちら。

⇒2012年12月29日「小塚崇彦不調、ジャンプ崩壊…佐藤信夫コーチ怖い?」はこちら。

⇒2011年12月21日「高橋大輔、『どうだ! 小塚君!』…全日本選手権で一蹴」はこちら。

⇒2011年11月27日「羽生結弦、小塚崇彦先輩を置いていく…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月15日「高橋大輔と小塚崇彦の比較…スケーターの特性と演技」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

⇒2011年10月22日「フィギュアGPシリーズ2011日程&出場選手…小塚と真央は?」はこちら。

⇒2011年10月3日「小塚崇彦、劇的成長の予感…自分が引っ張るしかない」はこちら。

⇒2011年9月30日「ジャパンオープン2011…安藤美姫、高橋大輔、小塚崇彦が出場」はこちら。

⇒2011年7月10日「小塚崇彦と浅田真央が初々しい…お似合いカップル」はこちら。

⇒2011年4月27日「小塚崇彦、金メダルへの距離…世界選手権」はこちら。

⇒2011年1月27日「浅田真央は小塚崇彦をどう思っているのか?」はこちら。

⇒2010年12月10日「高橋大輔を追う小塚崇彦に不安、村上佳菜子は自信」はこちら。

⇒2010年11月28日「イケメン小塚崇彦に足りないもの…GP圧勝」はこちら。

⇒2010年11月10日「安藤美姫と小塚崇彦、アベック優勝の注目度」はこちら。

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浅田真央とキム・ヨナの一騎打ち…ソチ五輪

きょうから世間は仕事始めです。
例年と異なり、今年は通常モードで業務を行う企業が多いようです。
私は世間でありません。
一年中、非常モードで仕事をこなしています。

1冊目の営業本の校正(初校)を、印刷会社への約束どおり始業前に戻しました。
こちらも編集・装丁に不慣れ(というか素人)、あちらも書籍で初めてのおつきあいでしたので、連絡や指示などのコミュニケーションがうまく取れず、入稿からかなり時間がかかってしまいました。
通常、わりとすぐに本になります。
12月12日にデジタルデータで入稿したにもかかわらず、いまだに初校の段階です。
書籍が不得手な印刷会社を選んでしまったのかもしれません。

さて、今年の景気は消費増税(5⇒8%)による一時的な落ち込みはあるものの、上昇基調に変わりはないと思います。
むろん、世界経済の悪化や国際紛争の勃発などがなければです。
明るい話題が日本中に溢れるように願っています。

今年3冊目の営業本『売上づくりは総力戦(社長と幹部の必読本)』の原稿がわりといい感じになってきました。
全員営業へのヒント満載の社員改革・経営改革講演集です。
業種も規模も問いません。
『御社の営業が強くならないワケ』というタイトルで、数年前に書き終えた原稿ですが、それに思い切って手を入れ、内容の魅力と表現の完成度を高めています。
ところが、自分が考えていたよりかなり出来がよく、ブラッシュアップは後3回ほどで十分そうです。
今月中に全作業が終わるでしょう。
自分でもついつい読んでしまいます。
3冊目の刊行が楽しみになってきました。

今年最初の明るい話題といえば、ソチ冬季五輪(オリンピック)での日本選手の活躍ということになるのでないでしょうか。
私の場合は第一に、今シーズン限りでの現役引退を表明している浅田真央の勝利です。
私自身は彼女が楽しく滑ってくれればいいと思っています。
が、本人はオリンピックで金メダルを獲りたいと思っています。
また、そうならなければ、彼女の表情が真に晴れることもないでしょう。

韓国のキム・ヨナ(金妍児)はけがで主要大会に出場しませんでしたが、大舞台に合わせてしっかりと調整を積んでいるようです。
高得点を記録したといった情報が届いており、金メダルの有力候補です。
あれだけ競技から離れていても、影響をほとんど感じさせません。
恐るべし。

そうなると、キム・ヨナはやはり「宿命のライバル」ということになります。
地元・ロシアの選手も決して侮れませんが、二人の一騎打ちになるはずです。
消極的な言い方になり、ファンに叱られそうですが、浅田真央はキム・ヨナとせめて5歳ほど年齢がずれていたらと考えたりします。

ソチでは、3回のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を含む、すべてのジャンプをきれいに決めてほしい。
問題は、浅田真央の得点です・・・。

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浅田真央、ボクサー転向で東京五輪出場か

浅田真央は、オリンピックシーズン終了後の進路に早くも大きな関心が集まっている。
私は、彼女がフィギュアスケーターとしての競技生活にピリオドを打った後、ボクサーに転向するという情報を見つけた。
発信者は「Yahoo!ニュース」の「東スポWeb」。
最初はまさかと笑ったが、ややあってなるほどと思った。

浅田真央は根っからの「アスリート」であり、自分を鍛えあげることに喜びを感じる。
同時に、恐ろしく「ストイック」であり、自分をいじめ抜くことに満足を感じる。
バレリーナに転向するという噂より信憑性はずっと高い。
本人は、9月にテレビ番組で「ボクシングをやってみたい」と語っていた。

⇒2011年2月6日「浅田真央、バレエ転向の噂…ストナリニ選手権後」はこちら。

浅田真央が住友生命のCMを撮影する際、ボクシング経験者が居合わせた。
それがきっかけで、基本となる構えとパンチの打ち方を教わった。
即興の練習で、ワンツーパンチを受けたボクシング経験者は、その威力に驚いたらしい。
浅田真央は熱を帯び、腰が入るにつれ、パンチの破壊力が増していった。

だからどうしたというわけでないが、私も住友生命で何度か講演をやらせていただいた。

⇒2011年4月27日「浅田真央の純粋な狂気に学ぶ…プロ講師の心得」はこちら。

フィギュアスケートは繊細でありながら、スポーツとしては非常にハードである。
体幹の強靭さが求められ、それはボクシングにも通じる。
格闘家としての抜群のセンスに、すでに名門ジムが興味を示しているらしい。

浅田真央は現役引退後にボクササイズから入るようだが、中途半端が嫌いなので、それで終わることはないだろう。
いったん取り組むと、のめり込む性分である。
生まれ変わった彼女の新しい舞台となる「リング」は、これまでの「リンク」と濁点(チョンチョン)しか違わない。
考えるまでもなく、遠くの親戚より断然近い!

浅田真央は、2020年東京夏季五輪(オリンピック)の女子ボクシング(フライ級)に出場することも考えているのでないか。
まだ29歳。減量の苦労もない。
そうなら、日本中のファンが沸騰!
69歳の私だって、しわしわの声を張りあげて応援したい。
私は、アスリートとしての浅田真央を見つづけたいのだ。

⇒2013年10月26日「浅田真央、現役引退から現役続行へ!」はこちら。

なお、浅田真央にどうしてもノックアウトされたいという熱狂的な男性ファン(M系)が殺到しそう・・・。

と、書いたものの、内容の信ぴょう性は高くない。
あまり真に受けないでほしい。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年11月10日「浅田真央は金妍児を上回れるか…ソチ五輪」はこちら。

⇒2013年11月9日「浅田真央と宮原知子の争い…NHK杯」はこちら。

⇒2013年10月26日「浅田真央、現役引退から現役続行へ!」はこちら。

⇒2013年10月20日「浅田真央、GPシリーズ&ファイナルは無敵」はこちら。

⇒2013年10月13日「浅田真央の人気、高橋大輔の人気」はこちら。

⇒2013年10月12日「浅田真央の伸び代…キム・ヨナの高得点」はこちら。

⇒2013年10月10日「浅田真央調子…ソチ五輪へ開き直りと悟り」はこちら。

⇒2013年10月8日「浅田真央、ソチで高得点へ…タラソワ振り付け」はこちら。

⇒2013年10月6日「フィギュア日本女子代表選考レースは混戦」はこちら。

⇒2013年8月6日「日本はフィギュア王国の看板を下ろす」はこちら。

⇒2013年3月17日「浅田真央とキム・ヨナ、演技と得点に大差がつく」はこちら。

⇒2013年3月15日「浅田真央の調子はどうか…フィギュア世界選手権」はこちら。

⇒2013年3月14日「浅田真央、金妍児の順位予想…世界フィギュア」はこちら。

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浅田真央調子…ソチ五輪へ開き直りと悟り

自らの競技人生の集大成と位置づけて臨むオリンピックシーズン。
その浅田真央に大きな変化が表れた。
表情はもとより様子、そして本人から漂う雰囲気がこれまでと違う。
それは浅田真央を支えてきたファンがはっきりと感じている。
滑りの矯正に取り組むなかで惨敗を喫し、かつてのような結果を出せなくて苦しみ抜いた末にたどり着いた境地だろう。
いい意味の開き直りと悟りが相半ばしている?

「さいたまスーパーアリーナ」で行われた「ジャパンオープン」。
フリーの演技を終えた浅田真央に、会場は沸き立った。
歓声がやまず、スタンディングオベーションが止まらない。
浅田真央は熱狂する観客にこぼれる笑顔で応えた。

日本勢が待つキス&クライに戻り、テレビカメラにピース!
やがて得点が表示され、フリーの自己ベストの更新し、ガッツポーズ!
かなりの手応えをつかんだのだろう。

浅田真央は今シーズン、初戦で迷うことなくトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳んだ。
オーバーターンになったが、何とか転倒をこらえた。
昨シーズンみたいに、トリプルアクセルの解禁がマスコミの話題にのぼることも少なかった。
それだけ調子が戻っていたのだ。

浅田真央はジャンプ、とりわけ代名詞のトリプルアクセルに対する思い入れが強かった。
周りの忠告も耳に入らないほどで、「こだわり」というより「とらわれ」という状態に近かった。
コンディションを無視して跳び、失敗を犯して自らに失望する悪循環に陥っていた。
それを目の当たりにするファンもつらかったはずだ。

浅田真央は、主要大会で表彰台の頂点に立てるようになった昨シーズンでも、理想とする滑りに届かない自分に不満と苛立ちを感じていた。
くるくると回れた頃と、どうしても比べてしまう。

浅田真央は今年4月に引退表明会見を行った。
日本フィギュア界の最大のスター(ヒロイン)は、興行面からも休むことが許されなかった。
高橋大輔も大きく貢献したが、浅田真央は日本におけるフィギュアスケートの人気向上にもっとも寄与した。
15歳から主要大会に出つづけた23歳の浅田真央に、過酷な疲労が溜まっていた。

浅田真央は最後のシーズンに入り、インタビューや記者会見で明るく前向きな発言が増えている。
何よりジャンプ一辺倒に距離を置けるようになった。
それにともない、余分な力みと過剰な自意識が消えた。
自らに課した過大なプレッシャーに押し潰されそうな悲壮感も消えた。

初戦のフリー自己ベストの演技を見るかぎり、ソチオリンピック(冬季五輪)の代表切符をつかむことは難しくない。
やがて大舞台が迫り、ライバルの動静も伝わってくる。
いまの自然で平明な気持ちをどこまで保てるかにかかるのでは・・・。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年10月8日「浅田真央、ソチで高得点へ…タラソワ振り付け」はこちら。

⇒2013年10月6日「フィギュア日本女子代表選考レースは混戦」はこちら。

⇒2013年8月6日「日本はフィギュア王国の看板を下ろす」はこちら。

⇒2013年3月17日「浅田真央とキム・ヨナ、演技と得点に大差がつく」はこちら。

⇒2013年3月15日「浅田真央の調子はどうか…フィギュア世界選手権」はこちら。

⇒2013年3月14日「浅田真央、金妍児の順位予想…世界フィギュア」はこちら。

⇒2013年3月12日「浅田真央と***、だれも知らない二人のつながり」はこちら。

⇒2013年3月10日「浅田真央の彼氏を占う・・・相性がいい男性は?」はこちら。

⇒2013年3月2日「浅田真央と金妍児への期待…世界フィギュア選手権」はこちら。

⇒2013年2月26日「浅田真央、大技と得点…世界選手権2013放送予定」はこちら。

⇒2013年2月23日「浅田真央は何もしないほど美しい・・・採点の限界」はこちら。

⇒2013年2月15日「佐藤信夫が浅田真央に勝った…世界フィギュア予想」はこちら。

⇒2013年2月13日「浅田真央は恐ろしいことを言う…世界選手権2013」はこちら。

⇒2013年2月10日「浅田真央、万感の思い・・・表彰台の表情に感動」はこちら。

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⇒2013年1月2日「浅田真央、金妍児を倒し、悲願の五輪金メダルへ」はこちら。

⇒2012年12月24日「浅田真央、金妍児、ソチ金メダルへのシナリオ」はこちら。

⇒2012年12月16日「浅田真央とキム・ヨナの戦い…全日本フィギュア2012」はこちら。

⇒2012年12月15日「浅田真央、全日本フィギュア⇒世界フィギュア」はこちら。

⇒2012年12月1日「浅田真央、GPファイナル2012制覇へ…ソチ五輪会場」はこちら。

⇒2012年11月25日「浅田真央、天性の清楚さ」はこちら。

⇒2012年11月23日「浅田真央、ソチGPファイナル進出…NHK杯」はこちら。

⇒2012年11月9日「浅田真央は年頃の女性、和田創は還暦の男性」はこちら。

⇒2012年7月4日「キム・ヨナ、ソチ五輪で浅田真央と再び激突!」はこちら。

⇒2012年6月23日「浅田真央と弥勒菩薩、清楚な慈愛…心の平安への祈り」はこちら。

⇒2012年6月17日「浅田真央は佐々木健介に家庭的なぬくもりを求める」はこちら。

⇒2012年6月13日「浅田真央の寝心地を初体験」はこちら。

⇒2012年5月31日「浅田真央、SPもフリーもエキシビションも新プログラム」はこちら。

⇒2012年5月30日「浅田真央、顔も体もふっくら…美しくセクシー」はこちら。

⇒2012年4月5日「溺れる浅田真央は内村航平をもつかむ…立て直しのヒント」はこちら。

⇒2012年4月4日「浅田真央抜き視聴率…フィギュア国別対抗戦放送予定」はこちら。

⇒2012年4月1日「浅田真央、ライバルと戦う前に自分に負ける…世界選手権」はこちら。

⇒2012年3月29日「浅田真央、半伽思惟像のほほえみ…世界フィギュア選手権」はこちら。

⇒2012年3月25日「浅田真央は頂点へ…世界フィギュア選手権2012放送予定」はこちら。

⇒2012年2月12日「浅田真央、ソチオリンピックで金メダルはムリ・・・」はこちら。

⇒2012年1月11日「浅田真央、女王復活のシナリオ…世界フィギュア選手権2012」はこちら。

⇒2011年12月28日「浅田真央、視聴率の化け物…日本唯一のスーパースター」はこちら。

⇒2011年12月26日「浅田真央優勝、天上の母へ金メダルのクリスマスプレゼント」はこちら。

⇒2011年12月25日「浅田真央、全日本選手権感動大賞(女子部門)決定!」はこちら。

⇒2011年12月24日「浅田真央、明るい受け答え…笑顔に隠す深い悲しみ」はこちら。

⇒2011年12月23日「浅田真央の調子…全日本フィギュア選手権5度目の優勝へ」はこちら。

⇒2011年12月15日「浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養」はこちら。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

⇒2011年12月11日「鈴木明子、浅田真央の分まで頑張る…GPファイナル銀メダル」はこちら。

⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、見事なダブルアクセル…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月25日「浅田真央、跳びたいから跳ぶのは幼い…GPシリーズ2011」はこちら。

⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

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浅田真央、ソチで高得点へ…タラソワ振り付け

私は8月最終週から長期出張を繰り返している。
昼間は公開セミナーで講師を務めるか企業で教育指導に当たり、夜間はおもにクライアントへの納品仕事(デスクワーク)を行っている。
時間的にも精神的にも体力的にもテレビを見る余裕がない。
番組をつけっ放しにするだけなら体力はいらないが、とことん追い詰められると、そうしたことも忘れてしまう。

さて、浅田真央が今シーズン初戦のフリースケーティング(FS)で非公認ながら自己ベストを更新した。
日本、欧州、北米の3地域対抗戦として「さいたまスーパーアリーナ」で行われたフィギュアスケートの「ジャパンオープン」である。
1チームは4人、男女各2人で構成。
競技はフリーのみ。

日本は、浅田真央、村上佳菜子、高橋大輔、小塚崇彦の布陣だった。
そして、2年連続6回目の優勝を飾った。
浅田真央の活躍が大きかった。

浅田真央は昨シーズンの後半と同じ、序盤にトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)と2連続3回転ジャンプを跳ぶ構成で臨んだ。
冒頭のトリプルアクセルはオーバーターンで着氷が乱れた。
要素は認定されたが、出来栄え評価で減点された。
2連続3回転ジャンプは後半が2回転ジャンプになった(不確か)。
本人は不安を感じていたようだ。
しかし、矯正中のどこかおっかなびっくりのジャンプを脱した。
浅田真央は大きなミスを犯さずに滑りきった。

とくに自ら課題としていたスピンとステップは最高評価のレベル4を取った。
浅田真央はシーズンオフの練習の成果をそれなりに出せたという手応えからか、演技後、そしてキス&クライで笑顔が弾けた。
まもなく出場する「グランプリ(GP)シリーズ2013」につながる出来といえよう。

浅田真央は4月に引退を表明し、今シーズンを競技人生の集大成と位置づけている。
最後のフリーの曲はロシアの作曲家、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」だった。
力強くダイナミック。
バンクーバーオリンピック(冬季五輪)シーズンで滑ったのは、やはりラフマニノフの「鐘」だった。
当時、五輪の失敗を直後の世界選手権で取り戻したが、浅田真央の表情が晴れることはなかった。

「鐘」に続き、フリーの振り付けはロシアのタチアナ・タラソワ。
今シーズンの青を基調とした衣装もタラソワ。
ソチオリンピック(冬季五輪)ということもあり、ロシア・フィギュアスケート界の大御所に依頼したのか。
本番で有利に働く。

浅田真央は、表示された得点に驚いた。
出来から予想した得点をだいぶ上回ったようだ。
このプログラムを練習と実践で滑り込み、自分のものにすることができるなら、ソチオリンピックの舞台で相当な高得点を出せそう。
本人もファンもそんな期待を抱いたのでないか。
ソチオリンピックへ向け、まずまずのスタートを切った。

なお、五輪代表選考レースの総括となる年末の「全日本フィギュア選手権2013」、そして来年の「世界フィギュア選手権2014」はこの「さいたまスーパーアリーナ」で行われる。

余談・・・。
浅田真央はとてもきれいだし、体が一回り大きくなった。
ソチオリンピックが近づくにつれて緊張感が表れるにしろ、全体的にほんわか、ふっくらとした印象を受けた。
滑りの矯正に苦しんでいた頃は、ぎすぎす、ぴりぴりとしていた。
人間的な成熟を増し、熾烈な競争のなかでも心のゆとりを保てるようになったせいだろう。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年10月6日「フィギュア日本女子代表選考レースは混戦」はこちら。

⇒2013年8月6日「日本はフィギュア王国の看板を下ろす」はこちら。

⇒2013年3月17日「浅田真央とキム・ヨナ、演技と得点に大差がつく」はこちら。

⇒2013年3月15日「浅田真央の調子はどうか…フィギュア世界選手権」はこちら。

⇒2013年3月14日「浅田真央、金妍児の順位予想…世界フィギュア」はこちら。

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⇒2013年2月13日「浅田真央は恐ろしいことを言う…世界選手権2013」はこちら。

⇒2013年2月10日「浅田真央、万感の思い・・・表彰台の表情に感動」はこちら。

⇒2013年2月10日「浅田真央、3回転−3回転で金妍児に勝つ…世界フィギュア」はこちら。

⇒2013年2月7日「浅田真央、トリプルアクセル解禁か…四大陸フィギュア」はこちら。

⇒2013年1月2日「浅田真央、金妍児を倒し、悲願の五輪金メダルへ」はこちら。

⇒2012年12月24日「浅田真央、金妍児、ソチ金メダルへのシナリオ」はこちら。

⇒2012年12月16日「浅田真央とキム・ヨナの戦い…全日本フィギュア2012」はこちら。

⇒2012年12月15日「浅田真央、全日本フィギュア⇒世界フィギュア」はこちら。

⇒2012年12月1日「浅田真央、GPファイナル2012制覇へ…ソチ五輪会場」はこちら。

⇒2012年11月25日「浅田真央、天性の清楚さ」はこちら。

⇒2012年11月23日「浅田真央、ソチGPファイナル進出…NHK杯」はこちら。

⇒2012年11月9日「浅田真央は年頃の女性、和田創は還暦の男性」はこちら。

⇒2012年7月4日「キム・ヨナ、ソチ五輪で浅田真央と再び激突!」はこちら。

⇒2012年6月23日「浅田真央と弥勒菩薩、清楚な慈愛…心の平安への祈り」はこちら。

⇒2012年6月17日「浅田真央は佐々木健介に家庭的なぬくもりを求める」はこちら。

⇒2012年6月13日「浅田真央の寝心地を初体験」はこちら。

⇒2012年5月31日「浅田真央、SPもフリーもエキシビションも新プログラム」はこちら。

⇒2012年5月30日「浅田真央、顔も体もふっくら…美しくセクシー」はこちら。

⇒2012年4月5日「溺れる浅田真央は内村航平をもつかむ…立て直しのヒント」はこちら。

⇒2012年4月4日「浅田真央抜き視聴率…フィギュア国別対抗戦放送予定」はこちら。

⇒2012年4月1日「浅田真央、ライバルと戦う前に自分に負ける…世界選手権」はこちら。

⇒2012年3月29日「浅田真央、半伽思惟像のほほえみ…世界フィギュア選手権」はこちら。

⇒2012年3月25日「浅田真央は頂点へ…世界フィギュア選手権2012放送予定」はこちら。

⇒2012年2月12日「浅田真央、ソチオリンピックで金メダルはムリ・・・」はこちら。

⇒2012年1月11日「浅田真央、女王復活のシナリオ…世界フィギュア選手権2012」はこちら。

⇒2011年12月28日「浅田真央、視聴率の化け物…日本唯一のスーパースター」はこちら。

⇒2011年12月26日「浅田真央優勝、天上の母へ金メダルのクリスマスプレゼント」はこちら。

⇒2011年12月25日「浅田真央、全日本選手権感動大賞(女子部門)決定!」はこちら。

⇒2011年12月24日「浅田真央、明るい受け答え…笑顔に隠す深い悲しみ」はこちら。

⇒2011年12月23日「浅田真央の調子…全日本フィギュア選手権5度目の優勝へ」はこちら。

⇒2011年12月15日「浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養」はこちら。

⇒2011年12月14日「浅田真央、好意に甘えるのもよし…特例で世界選手権代表選出」はこちら。

⇒2011年12月11日「鈴木明子、浅田真央の分まで頑張る…GPファイナル銀メダル」はこちら。

⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、見事なダブルアクセル…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月25日「浅田真央、跳びたいから跳ぶのは幼い…GPシリーズ2011」はこちら。

⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

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浅田真央、現役引退へ最高の演技を誓う

きのうのブログ「日本はフィギュア王国の看板を下ろす」に続いて・・・。

⇒2013年8月6日「日本はフィギュア王国の看板を下ろす」はこちら。

日本のフィギュアスケート界を長らくけん引してきた主力選手の大半が、オリンピック(2014年ソチ冬季五輪)が行われる2013年シーズンに現役を引退する。
彼らは全員、人気を盛り上げた立役者といえる。

なかでも浅田真央はフィギュアファンどころか国民の注目と期待が突出して大きかった。
少女時代から、想像を絶するプレッシャーのなかで戦いつづけてきた。
試合はもちろん練習も滅多に休まなかった。
浅田真央は精神的な疲れが積もり、体力的な衰えが始まり、さらに持病の腰痛が悪くなっている。
心身ともに重いダメージを負った。

実は、2011年シーズンに選手をやめたくなった。
12月に最愛の母を亡くし、その後の世界選手権(2012年ニース大会)で敗れた。
懸命に取り組んできた滑りの矯正の成果がほとんど表れなかった。
それまでなら翌シーズンにすぐに備えたが、浅田真央は競技への目標も意欲も失ってしまった。
初めて取ったリフレッシュ休暇を経て、何とかモチベーションを立て直した。
姉の支えも大きかったようだ。

浅田真央は、ソチオリンピックで自分が思い描く最高の演技をすると誓った。
とはいえ、競技に復帰した韓国のキム・ヨナが絶好調だ。
浅田真央が金メダルを獲るための最低条件は、代名詞のトリプルアクセルと連続3回転ジャンプを両方とも決めること!
現在の調子では非常に難しい。
むろん、私はそれを願っているが・・・。

浅田真央は多くのCMスポンサーを抱える。
また、女性テレビタレントの好感度でもトップを争う。
世界選手権の終了後、テレビ局や芸能事務所から引っ張りだこになる。
オリンピックで大輪を咲かせられれば、高い価値が一段と高まる。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年8月6日「日本はフィギュア王国の看板を下ろす」はこちら。

⇒2013年3月17日「浅田真央とキム・ヨナ、演技と得点に大差がつく」はこちら。

⇒2013年3月15日「浅田真央の調子はどうか…フィギュア世界選手権」はこちら。

⇒2013年3月14日「浅田真央、金妍児の順位予想…世界フィギュア」はこちら。

⇒2013年3月12日「浅田真央と***、だれも知らない二人のつながり」はこちら。

⇒2013年3月10日「浅田真央の彼氏を占う・・・相性がいい男性は?」はこちら。

⇒2013年3月2日「浅田真央と金妍児への期待…世界フィギュア選手権」はこちら。

⇒2013年2月26日「浅田真央、大技と得点…世界選手権2013放送予定」はこちら。

⇒2013年2月23日「浅田真央は何もしないほど美しい・・・採点の限界」はこちら。

⇒2013年2月15日「佐藤信夫が浅田真央に勝った…世界フィギュア予想」はこちら。

⇒2013年2月13日「浅田真央は恐ろしいことを言う…世界選手権2013」はこちら。

⇒2013年2月10日「浅田真央、万感の思い・・・表彰台の表情に感動」はこちら。

⇒2013年2月10日「浅田真央、3回転−3回転で金妍児に勝つ…世界フィギュア」はこちら。

⇒2013年2月7日「浅田真央、トリプルアクセル解禁か…四大陸フィギュア」はこちら。

⇒2013年1月2日「浅田真央、金妍児を倒し、悲願の五輪金メダルへ」はこちら。

⇒2012年12月24日「浅田真央、金妍児、ソチ金メダルへのシナリオ」はこちら。

⇒2012年12月16日「浅田真央とキム・ヨナの戦い…全日本フィギュア2012」はこちら。

⇒2012年12月15日「浅田真央、全日本フィギュア⇒世界フィギュア」はこちら。

⇒2012年12月1日「浅田真央、GPファイナル2012制覇へ…ソチ五輪会場」はこちら。

⇒2012年11月25日「浅田真央、天性の清楚さ」はこちら。

⇒2012年11月23日「浅田真央、ソチGPファイナル進出…NHK杯」はこちら。

⇒2012年11月9日「浅田真央は年頃の女性、和田創は還暦の男性」はこちら。

⇒2012年7月4日「キム・ヨナ、ソチ五輪で浅田真央と再び激突!」はこちら。

⇒2012年6月23日「浅田真央と弥勒菩薩、清楚な慈愛…心の平安への祈り」はこちら。

⇒2012年6月17日「浅田真央は佐々木健介に家庭的なぬくもりを求める」はこちら。

⇒2012年6月13日「浅田真央の寝心地を初体験」はこちら。

⇒2012年5月31日「浅田真央、SPもフリーもエキシビションも新プログラム」はこちら。

⇒2012年5月30日「浅田真央、顔も体もふっくら…美しくセクシー」はこちら。

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日本は「フィギュア王国」の看板を下ろす

フィギュアスケートシングル。
日本勢は男女ともに世界最強と呼ばれる絶頂期がしばらく続いている。
しかし、オリンピックシーズンの今季終了後に転換期を迎える。

2014年のソチ冬季五輪(オリンピック)と世界選手権を最後に、主力選手の大半が現役を引退する。
男子では、高橋大輔、織田信成。
小塚崇彦もその可能性がある。
女子では、浅田真央、安藤美姫、鈴木明子。
いずれも主要大会で表彰台にのぼって不思議でない、世界トップクラスの実力の持ち主である。

日本は戦力の大幅な低下に直面するだけでなく、「フィギュア王国」の看板を下ろすことになりそうだ。
荒川静香が2006年トリノ冬季五輪(オリンピック)で金メダルに輝いてから盛りあがる一方だったフィギュア人気も急速に冷めていく。

ここ数年、国内で開催された主要大会は満員だった。
大勢のファンを魅了し、熱狂させたスター選手が同時に去っていく。
たいていプロスケーターに転向するはずなので、演技を見られなくなるわけでない。
が、さみしさは否めない。
選手として残るのは、羽生結弦と村上佳菜子の二人だろう。
その下の世代は、実力で大きな開きがある。

先に名前を挙げた選手は、スケート人生の集大成として今季の主要大会にのぞむ。
全員がメダル、それもいい色のメダルを目指している。
全日本選手権と世界選手権は、巨大な収容人員を誇る「さいたまスーパーアリーナ」で行われる。
彼らの引退試合の様相を呈する。
むろん、会場はファンで埋まる。

続きは、あすのブログ「浅田真央、現役引退へ最高の演技を誓う」にて・・・。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

⇒2013年3月17日「浅田真央とキム・ヨナ、演技と得点に大差がつく」はこちら。

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⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

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浅田真央、金妍児を倒し、悲願の五輪金メダルへ

浅田真央は今シーズン、GPシリーズ2012の「中国杯」「NHK杯」を制し、2014年ソチオリンピックの本番会場で行われるGPファイナル2012に進出した。
そして、腰痛に苦しみながらも4シーズンぶりに優勝。
佐藤信夫コーチのもとでスケーティングのレベルアップに取り組んできた成果を示し、2年にわたる“どん底”を脱した。

さらに、世界フィギュア2013の代表切符がかかった全日本フィギュア2012で2連覇。
安藤美姫が不在となり、浅田真央は体調不良やよほどの失敗がないかぎり国内で勝てる。
しかし、熾烈だった男子シングルの戦いと比べ、女子シングルの戦いは盛りあがりに欠けた。
素人の私から見ても、浅田真央は出来が悪かった。
代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を封印し、演技の完成度を追求したはずなのに・・・。
実際、滑り終えた浅田真央に笑顔はなかった。
得点で言えば、彼女の力の80〜85パーセントくらいしか発揮できていない。
前向きに考えれば、15〜20パーセントの上積みが可能だ。

浅田真央が今シーズン前半に残した成績は選手生活で最高かもしれない。
しかし、本人は優勝が自信につながっていないともらした。
演技に納得しておらず、手応えが感じられない。
冴えない表情がそれを物語っている。

浅田真央は2月の四大陸フィギュア2013(大阪)、さらに3月の世界フィギュア2013(カナダ)に出場する。
世界フィギュアでは2010年バンクーバーオリンピックで優勝をさらわれた宿命のライバル、韓国のキム・ヨナ(金妍児)とぶつかりそうだ。
本人はソチ五輪の日本の代表枠確保のためにいい演技をしたいと語り、自然体でのぞむ。

とはいえ、浅田真央は、12月初旬の復帰初戦でいきなり今季最高得点を出したキム・ヨナを意識している。
ソチ五輪でキム・ヨナにリベンジを果たすとの闘志に火がつかないはずがない。
浅田真央はこのところトリプルアクセルや3回転−3回転連続ジャンプへの挑戦を盛んに口にしている。
「それを成功させてようやく喜びを得られる。まだかつての自分に全然戻っていない」と・・・。

浅田真央は今シーズン、演技構成点で高得点を出してきた。
しかし、世界の大舞台で勝利を収めるには技術点が低すぎる。
全日本フィギュア2012ではSPが4番、フリーが5番にすぎない。
高難度ジャンプ、3回転のコンビネーションジャンプを跳ぶ若手に及ばない。
佐藤信夫コーチによれば、ジャンプを跳ぶときのスピードと勢いが足りない。
浅田真央はその克服に懸命に取り組んでいるが、佐藤信夫コーチはソチ五輪でトリプルアクセルを外すことも考えないといけないと語った。

・・・世界フィギュア2012で自己最低の6位に2年連続で沈み、浅田真央は「引退」という言葉が頭をよぎった。
練習にも打ち込めなくなり、初めてスケートから離れた。
そして、やはり戻ってきた・・・。

ソチ五輪では新星が出てきたり、伏兵が現れたりすることもある。
悲願のオリンピック金メダルを手にするには、少なくとも宿命のライバルを倒さなくてならない。
浅田真央にスイッチが入る。

                      ◇◆◇

浅田真央に関するブログは以下のとおり。

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⇒2011年12月15日「浅田真央、全日本選手権2011出場…母・匡子さんへの供養」はこちら。

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⇒2011年12月10日「浅田真央、母・匡子さんの願い『娘よ、悲しみを乗り越えて…』」はこちら。

⇒2011年12月9日「トゥクタミシェワは3Aを跳び、浅田真央を揺さぶる…GP決戦」はこちら。

⇒2011年12月6日「浅田真央、トリプルアクセル回避…グランプリファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月3日「浅田真央、トゥクタミシェワと激突!…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年12月2日「佐藤信夫、はれものに触る…浅田真央に遠慮と我慢」はこちら。

⇒2011年12月1日「グランプリファイナル2011…鈴木明子と浅田真央が出場」はこちら。

⇒2011年11月28日「浅田真央、トリプルアクセルは代名詞から疫病神へ・・・」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、見事なダブルアクセル…GPファイナル2011」はこちら。

⇒2011年11月26日「浅田真央、心のなかで『たかちゃん、ごめんね』」はこちら。

⇒2011年11月25日「浅田真央、跳びたいから跳ぶのは幼い…GPシリーズ2011」はこちら。

⇒2011年11月23日「浅田真央、GPファイナル2011進出の条件…ロシア大会」はこちら。

⇒2011年11月20日「浅田真央に負けるわけにいかない小塚崇彦…全日本選手権2011」はこちら。

⇒2011年11月13日「浅田真央、納得の笑顔…ソチ五輪金メダルへ確かな手応え」はこちら。

⇒2011年11月12日「浅田真央、完全復活は間近…GPシリーズ2011NHK杯復調」はこちら。

⇒2011年11月2日「浅田真央をあたたかく見守ろう…心強い小塚崇彦の存在」はこちら。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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