コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

直江津小学校同窓会

伊那中学校の親友・・・卒業50周年の同窓会

きょうのブログは伊那中学校時代のいまは亡き親友に捧げます。

1951年(昭和26年)生まれの私は来年2017年(平成29年)に66歳を迎えます。
1967年(昭和42年)、伊那中学校卒業50周年の節目となります。

私は父の転勤にともない、日本海を望む新潟県直江津市(現上越市)から、アルプス山脈に囲まれた長野県伊那市に引っ越してきました。
直江津小学校では卒業式の前日に移動したため、出席することが叶いませんでした。

伊那中学校ではクラス替えが行われず、友人がたくさんできました。
とりわけ仲がよかったのが4人であり、学校の帰りがしばしば一緒でした。
休日の遊びや遠出もまま・・・。
なかでも一人は互いの自宅が国鉄伊那市駅のすぐ裏手であり、歩1分の距離でしたので、夕食後に部屋を行き来しました。
くっついていた時間がとにかく長かった。

私は中学3年で卒業式を意識しはじめた10月中旬に徳島県小松島市(小松島中学校)に引っ越しました。
伊那は寒冷な盆地なので学校は冬季の休みが長く、登校日は3か月ほどを残すだけでした。
がっかり・・・。

というわけで、私は伊那中学校を卒業したわけでありませんが、半世紀ぶりの同窓会か同級会が開かれると信じ、2〜3年前から楽しみにしていました。
親友は面倒見がよく、幹事になるはずです。
彼に頼み込んで、仲間に混ぜてもらおう・・・。

私は6月頃から消息を追いかけ、お盆休み明けの8月30日にようやく近隣の方と電話で連絡を取ることができました。
(グーグルマップのストリートビューがなければ、手がかりをつかめませんでした。)
そして、彼がかなり前に亡くなったことを知らされました。
高齢のお母さんは存命のようですが、伊那(実家)に一人で置いておけないと弟さんがロシアに連れていったそうです。
きれいでやさしいお母さんでした。
私まで可愛がってくださいました。

「会っておけばよかった・・・」。
私は1週間、悔いに苦しみ、講師の仕事とクライアントの受託業務のほかは何も手につかなくなりました。
彼はさみしさと喪失感を悟ってか、昔の笑顔で夢にたびたび現れました。
仲がよすぎて距離を取った時期もありましたが、素晴らしくいい奴だった。
ありがとう!

私(富山県立魚津高校卒業)も彼(長野県立伊那北高校卒業)も大学進学で上京しました。
二人とも昼間の学生でありながら昼間の仕事についていました。
彼は有名デパートなどでお得な宝飾品の販売に携わっており、収入が多かったのでしょう。
私は新宿や銀座の盛り場に誘われ、酒をおごってもらいました。
すべてが女の子のいる店です。

やがて彼は札幌など遠隔地に転勤し、さらに私も彼も所帯を持って転々とし、連絡が取れなくなってしまいました。
おそらく音信が途絶えた最大の理由は、どちらも家族を養うのに精一杯だったことでしょう。
私自身は今日まで仕事漬けになりました。

先だって東京生まれの団塊の世代と話していたとき、「同窓会のたびに人が消えていく」と嘆きました。
どうしても会いたい人には早めに会っておくべきですね。
人間はかならず死にますから・・・。

私は直江津小学校の卒業50周年記念同窓会に参加できませんでした。
せめて魚津高校の卒業50周年記念同窓会には参加したいと思います。

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直江津小学校同窓会…半世紀振り

2014年の今年は東京五輪(第18回夏季オリンピック)開催から50年が経ったということで、テレビで特集番組が組まれたり、ちまたで記念イベントなどが催されたりしている。
それにより、1951年(昭和26年)生まれの私が直江津小学校(新潟県)を卒業したのは、その東京オリンピックが行われた1964年だったことに気づいた。
自分のなかで卒業と五輪開催の年が一致しなかったのだ。
あくまで伊那中学校1年の出来事だった。

私は前日に父の転勤にともなって伊那市(長野県)に引っ越したため、卒業式に出られなかった。
このときの無念はいまだに引きずっている。

⇒2010年8月13日「直江津小学校卒業式…半世紀の無念とは?」はこちら。

という事情もあり、かねてより同級会、それが無理なら同窓会に参加したいと思っていた。
今年が卒業半世紀の節目に当たることは早くから気づいており、ひそかに期待していた。

私は直江津小学校で1〜2年は加藤先生、3〜4年は渡辺先生、5年は高山先生、6年は小林先生が担任だった。
2年単位だが、6年になるときに高山先生が他校へ移られた。

私はその後、転校と引っ越しを繰り返し、すべての卒業証書や卒業文集、卒業アルバム、そしてすべての記念写真やスナップ写真などをなくしており、半生の記憶がかなり消えた。
にもかかわらず、直江津小学校の担任だけは名前を覚えている。
よほど学校生活が楽しかったのだろう。

高等学校(高校)は同窓会や同級会が行われるところもある。
しかし、中学校はほとんど行われない。
まして、小学校は行われるところはないのか。

私は、半世紀振りの同級会でクラスメイトと再会を果たすという願いが叶わなかった。
薄情で申し訳ないが、名前を思い出せるのは1人になっている。

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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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