コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

直江津市

直江津駅は北陸新幹線が通らない

そうこうするうちに、北陸新幹線が12月1日から長野駅〜黒部宇奈月温泉駅間で走行試験に入る。
2015年春(2014年度末)の開業へ向け、沿線の機運が急速に盛り上がっていく・・・。

北陸新幹線の開業に賛否両論があることは、私も知っている。
地元へのメリットとデメリットがあり、それも土地によって比重が違う。
損失ばかりと考える地域や住民も少なくない。

が、北陸地方にゆかりの深い私としては、まずは喜びたい。
他界した母も父も朝日町(泊)⇒入善町⇒滑川市に暮らしていた時期が長く、北陸新幹線の開通を心待ちにしていた。
私はグリーン車に乗せてやれなかったのが心残りである。

とはいえ、私の生まれ故郷の直江津市(現上越市)が一気にすたれるのが怖いし、さみしい。
すでに旧市街地は閑散としている。
半世紀前(〜1964年3月に直江津小学校を卒業)の賑わいはまったく失せてしまった。
さらに、直江津駅は北陸新幹線が通らないので、交通の要衝の地位を完全に明け渡すことになる。
駅前の2軒の立派なホテルは生き残っていけるのだろうか。
名物の駅弁も危うい・・・。

                      ◇◆◇

生まれ故郷・直江津に関するブログは以下のとおり。

⇒2012年7月13日「直江津港はエネルギー港湾へ…佐渡沖石油・天然ガス田」はこちら。

⇒2012年7月10日「直江津市街の衰退…北陸新幹線開業」はこちら。

⇒2011年11月10日「直江津駅から上野駅まで各駅停車の旅…直江津に関するブログ」はこちら。

⇒2010年5月1日「鱈めしと磯の漁火は名作駅弁…直江津」はこちら。

⇒2010年4月30日「直江津マイミクとセピオーラで歓談」はこちら。

⇒2010年4月29日「特急はくたか、強風で全面運休」はこちら。

⇒2010年3月20日「校歌を歌ってみなさい…就活・面接」はこちら。

⇒2010年3月17日「卒業式シーズン…大人への通過儀礼」はこちら。

⇒2010年3月13日「駅弁甲子園ハイマート鱈めし(再録)」はこちら。

⇒2010年3月11日「心にぽっかり穴…直江津小学校卒業式」はこちら。

⇒2010年3月10日「直江津ホテルハイマートに宿泊予約」はこちら。

⇒2009年9月21日「漁師まかない飯…直江津漁港」はこちら。

⇒2009年8月30日「関川と荒川…直江津を流れる川」はこちら。

⇒2009年8月29日「筑紫もち、信玄餅、出陣餅、三つ巴」はこちら。

⇒2009年8月16日「直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台」はこちら。

⇒2009年8月15日「絶品駅弁! 直江津ハイマート鱈めし」はこちら。

⇒2009年8月8日「夏の風物詩・花火大会ランキング」はこちら。

⇒2009年8月4日「上杉謙信・出陣餅と武田信玄・信玄餅」はこちら。

⇒2009年7月24日「感激! 生まれ故郷・直江津から…」はこちら。

⇒2009年7月22日「46年前の皆既日食」はこちら。

⇒2009年4月5日「意外、人口最多は新潟県」はこちら。

⇒2009年4月4日「桜の名所、高田城址と高遠城址」はこちら。

⇒2008年2月26日「上越・高田の観桜会…日本三大夜桜」はこちら。

⇒2008年2月17日「故郷・直江津にマイミク」はこちら。

⇒2007年4月25日「生まれ故郷・直江津へ自分探しの旅」はこちら。

⇒2007年3月11日「NHK・桜井洋子さんの活躍が励み」はこちら。

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冬の入口の風物詩…新潟・富山・石川

11月半ば頃から毎日のように気温が下がっている。
私は豪雪地帯の新潟県直江津市(現上越市)に小学6年生まで暮らした。
雪がいやと感じたことはあまりなかったと思う。
スキーやそり、かまくらや雪だるまといった楽しみがあった。

しかし、11月下旬から12月中旬まで(年により変動)の1か月ほどはつらかった。
天候は真冬に入ると落ち着くが、それまでは荒れ模様で不安定だった。
冷たい雨が降ったり、みぞれが混じったり、ときどきひょうが降ったり…。
しばしば激しい雷をともなう。
冬の入口の風物詩である。
本州の日本海側、つまり秋田、山形、新潟、富山、石川、福井、鳥取、島根などに共通するのでは・・・。

この時期、地元民は大変だ。

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直江津市街の衰退…北陸新幹線開業

私の生まれ故郷・旧直江津市(現上越市)の中心市街地の衰退がすさまじい。
先だって統計データを見たが、わずか10年間で相当な人口の減少。
私が一番ショックを受けたのは、店舗数の激減と販売額の急落である。
目を疑う数字が並んでいた。

新潟と富山の両県に縁が深い私なので、「北陸新幹線」が開業するのは心情としてうれしい。
が、そうなると、直江津市街の凋落は決定的になりそうだ。
上越市には「上越駅(仮称)」が新たに設けられるが、場所は直江津から遠く離れた脇野田である。
直江津は交通の要所の地位を明け渡すことになる。
さみしいかぎり…。
なお、新駅の名称は「上杉謙信駅」になる?

私は3年前の夏休み、妻と子どもに初めて生まれ故郷を見せた。
直江津が大好きなのだ。
しかし、日中も店舗が閉まり、活気がなく、街がさびれていた。
何せ住民(通行人)の姿が見えない。

北陸新幹線は2014年に開業とか…。
これは不確かであり、2015年という情報もある。

                       ◇

新幹線の開業は地元の期待が高まり、不安や危惧の声がかき消される。
実際には、経済面を含めてマイナスになることが少なくない。
自分や家族が暮らす街にプラスになるか、自分や家族と次世代にプラスになるかは判断がきわめて難しい。

私が見るところ、九州新幹線の開業は九州の富を福岡が吸い上げる構図になっている。
福岡は先だって、人口で京都を抜いた。
街には明るさがあふれる。

                       ◇

何かの調査で、関西圏と考える富山県人のほうが多かった。
しかし、北陸新幹線の開業により、関東圏と考える富山県人のほうが多くなる。
富山は同じインスタントラーメンが関東風と関西風の2種類の味付けで売られている。
味でも境目なのだ。
こうした嗜好も変わるだろう。

⇒2007年11月24日「富山なまりに、母を思い出す」はこちら。

関西圏と考える石川県人が圧倒的に多いが、これにより関東圏と考える人が次第に増えていくだろう。

                      ◇◆◇

生まれ故郷・直江津に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年11月10日「直江津駅から上野駅まで各駅停車の旅…直江津に関するブログ」はこちら。

⇒2010年5月1日「鱈めしと磯の漁火は名作駅弁…直江津」はこちら。

⇒2010年4月30日「直江津マイミクとセピオーラで歓談」はこちら。

⇒2010年4月29日「特急はくたか、強風で全面運休」はこちら。

⇒2010年3月20日「校歌を歌ってみなさい…就活・面接」はこちら。

⇒2010年3月17日「卒業式シーズン…大人への通過儀礼」はこちら。

⇒2010年3月13日「駅弁甲子園ハイマート鱈めし(再録)」はこちら。

⇒2010年3月11日「心にぽっかり穴…直江津小学校卒業式」はこちら。

⇒2010年3月10日「直江津ホテルハイマートに宿泊予約」はこちら。

⇒2009年9月21日「漁師まかない飯…直江津漁港」はこちら。

⇒2009年8月30日「関川と荒川…直江津を流れる川」はこちら。

⇒2009年8月29日「筑紫もち、信玄餅、出陣餅、三つ巴」はこちら。

⇒2009年8月16日「直江津祗園祭、花火大会、舟形屋台」はこちら。

⇒2009年8月15日「絶品駅弁! 直江津ハイマート鱈めし」はこちら。

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⇒2009年8月4日「上杉謙信・出陣餅と武田信玄・信玄餅」はこちら。

⇒2009年7月24日「感激! 生まれ故郷・直江津から…」はこちら。

⇒2009年7月22日「46年前の皆既日食」はこちら。

⇒2009年4月5日「意外、人口最多は新潟県」はこちら。

⇒2009年4月4日「桜の名所、高田城址と高遠城址」はこちら。

⇒2008年2月26日「上越・高田の観桜会…日本三大夜桜」はこちら。

⇒2008年2月17日「故郷・直江津にマイミク」はこちら。

⇒2007年4月25日「生まれ故郷・直江津へ自分探しの旅」はこちら。

⇒2007年3月11日「NHK・桜井洋子さんの活躍が励み」はこちら。

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新潟・富山は猛吹雪…大雪と暴風で視界が真っ白

ニュース報道によれば日本海側、とくに北陸4県は大雪に加えて暴風。
となると、猛吹雪。
視界が真っ白の状態でしょう。
豪雪地帯の暮らしは大変です。
新潟県妙高市は市街でも3〜4メートルの積雪です。
通学路の確保も困難・・・。

私は、半世紀前の新潟・直江津(現上越市)での冬の厳しさを思い出しました。
直江津小学校のおそらく2〜3年生頃、自宅から遠く離れた医者へ足を運んだ帰り、凄まじい雪と風と寒さに遭難しかかったことがあります。
往路は荒れ模様だった天候が、帰路は大荒れに変わりました。
まともな向かい風になり、前へ進めません。
体が1〜2度吹き飛ばされました。
体温がどんどん奪われていきました。
引き返すには遠すぎます。
必死でした。
しばらく凍傷が残りました。
また、昭和38年1月豪雪では自宅の1階が雪に埋もれ、2階もしくは階段の踊り場から出入りしました。

昔、奥飛騨に住む叔父が軽自動車で山道を走行中に立ち往生し、クルマの周辺に雪が降り積もって一酸化炭素中毒で亡くなりました。
短時間で記録的な降雪(積雪)となる「ドカ雪」です。
3人の小さい姉妹を残して・・・。
叔母によれば、一番近くの民家まで数キロの距離があったとのこと。
一酸化炭素ガスは空気より重いので、周りの雪の壁にはばまれて溜まりました。
山奥はかなりの氷点下であり、エンジンを切れなかったのでしょう。
昨年亡くなった叔母が子どもを立派に育てあげました。
親子が味わった苦労は想像を絶するものだったはずです。

雪も風も小康状態になることを祈ります。

◆書き加え1(2月1日)

富山県滑川市のかつての両親の実家に住む妹夫婦と連絡が取れました。
建物が古いので、雪の重みに耐えられるか気がかりです。
連日のように玄関から道路まで雪かきをやっており、積もり方を見て週末に屋根の雪下ろしをやるかもしれないと言っていました。
富山では当たり前の共働きなので、今冬の記録的な豪雪は重い負担になります。

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松下奈緒が茶の間に届けた「ゲゲゲの貧幸」

きのうのブログで、倉本聰(聡)がつくった「貧幸」という名言を取りあげた。
半生を振り返り、これほど自分の実感にぴったりする言葉はない。
貧しくても幸せな暮らしのすがすがしさ…。

⇒2010年11月18日「倉本聰の名言『貧幸』…ゲゲゲの女房の教え」はこちら。

その大切さを改めて気づかせてくれたのがNHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」である。
私にとり人生の教科書だった。
ありがとう。

島根・安来の娘が、言葉を交わしたこともない男といきなり東京・調布で結婚生活を始める。
しかも、収入のほとんどない極貧状態。
家財道具などはことごとく質札に変わっていた。
そのうえ、夫は不気味な妖怪漫画を描いている。

ヒロイン・武良布枝は地獄のような暮らしを運命として受け入れ、愚痴一つこぼさず、仕事に打ち込む夫を支えつづけた。
食べ物にも不自由する毎日…。
世間的な常識では、これ以上の不幸はないように思える。
しかし、水木しげる(武良茂)との半生は喜びと誇りに満ちていた。
夫婦は笑いながら生きていった。

⇒2010年11月5日「松下奈緒の紅白司会、水木しげるの文化功労者」はこちら。

この難しい役どころを、キャリアの浅い松下奈緒と向井理のフレッシュコンビが好演した。
二人は結局「貧幸」を茶の間に届けて視聴者の共感を呼び、国民的な人気を博した。
ついにNHK紅白歌合戦の紅組の司会者に抜擢された。

⇒2010年11月7日「松下奈緒のオーラ…だれも勝てない紅白歌合戦」はこちら。

⇒2010年9月18日「紅白司会は松下奈緒と福山雅治? 向井理?」はこちら。

⇒2010年11月11日「ずばりテレビの買い時…紅白・松下奈緒が見たい」はこちら。

以下に、「頑固親父とちゃぶ台」と題する2009年6月6日のブログを収める。
わずかに手を加えた。

                      ◇◆◇

私は昭和26年(1951年)生まれ。
「頑張れば豊かになれる」。
戦後の高度成長と軌を一にして生きてきた。

まもなく58歳。
人生の夕暮れに差しかかり、遅きに失した感は否めないが、今回の空前の不況(リーマンショック)はとりわけ「消費」を見詰め直すとてもよい機会になった。
そう、要らないものにどっぷりと浸かっている自分がいた。

思い起こせば50年前、新潟県直江津市の生家にはちゃぶ台とたんすくらいしかなかった。
近所も同じで、生活は貧しかった。
大半の家庭では最低限の衣食住がようやく揃ったにすぎないが、だれも不便や不満を感じていなかった。
あの頃がとても懐かしい。

昔、マンガやアニメ、ドラマなどで、頑固親父がちゃぶ台を引っ繰り返すシーンが出てきた。
あながちつくり話でなかろう。
これには2つの時代背景があったのでないか。
第1に、怒りをぶつけるにも家のなかにモノが少ない。
第2に、怒りを伝えるには大事なものを滅茶苦茶にするのがよい。
となると、壊れにくく、しかもインパクトの大きいちゃぶ台。
何せ皆いつも腹を空かしており、食事の時間を待ち望んでいた。
それは、家長がときどき自分の権威を家族に誇示するための儀式だったのかもしれない。

…やがて、国民所得の上昇と歩調を合わせるように、いろいろなものが登場する。
私たちの身の回りにモノ、とくに家電製品があふれはじめた。
文明の利器。
そして、それらが徐々に家族を遠ざけ、さらに友人や知人を遠ざけた。
人類を幸せにするはずだった豊かな社会の実現が、人同士の距離をどんどん押し広げていった。
それが私の戦後にほかならない。

いまや自宅や自室に時間をつぶせる環境が整った。
私たちは一日、だれかとじかに接しなくても、モノといくらでも過ごせる。
退屈しない。
昨今はパソコンなどを通じ、人とふれあった錯覚まで楽しめるようになった。

私は、当時のがらんとした“すがすがしさ”を大切にしたいと思う。
それに近い環境だったのが、上京後しばらくして始めた東小金井での一間暮らし。
文字どおりの「赤貧」。
敷きっ放しの煎餅布団以外、何もなかったといってよい。

…そして、私に出会いがあった。
彼女は大家の目を忍んで通ってきた。
すぐに半同棲へ…。

部屋が狭いうえに隔てるものが何一つなかったから、じかにふれあえる。
一緒にいるときは話をするか、エッチをするか、どちらか。
いつもくっついて暮らしていた。

無人島で二人きりだと、人は愛しあうしかない。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
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なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
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プロフィール
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和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

和田創研

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