コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

知識と気づき

営業管理者の部下指導…業績回復・向上へ

管理職に必要な知識はおおよそ身につけている。
11_ページ_1人により溢れんばかりの知識を詰め込んでいる。
ところが、私たちは知ったことをすべて行えないようにできており、それがストレスや負い目につながり、さらに自信を失うという悪循環に陥る。
また、過剰な知識は物事の本質を見えにくくしかねない。
いわゆる「頭でっかち」の状態。

私は経営コンサルタントとして多くの営業部・課長、営業所長などと接してきた。
業績不振・低迷に苦しむ営業管理者は概して知識や手法へ傾斜しすぎる。
11_ページ_2目標達成にもっとも重要となる覚悟と執念が欠如しているか希薄である。
部下を引っ張れないのも、部下を変えられないのも、部下を突き動かせないのも、教育と指導が力を持ちえないのも、戦略と戦術がきっぱりとしていないのも、営業管理者の肝が固まらず、熱が低いからだ。
覚悟と執念は、戦(いくさ)に臨む大将の魂に当たる。

あなたがもし苦悩しているなら、知識を頭からいったん外したうえで自ら考えよ。
他人から一時的に預かった知識で部下を動かすこと、部門や拠点を回すことは不可能。
営業担当者がそうであるように営業管理者も体当たりで仕事にぶつかれ!
知識は行動を通じて知恵へ、そして知恵は行動を重ねて気づきへ変わる。
あなたの目は輝き、表情は明るくなっているはずだ。
業績の回復や向上は近い・・・。

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正しい読書法…本は読後勝負である

私は忙しさに流されやすい。
片づけなければならないことがいっぱいあるというのは満更でもない。
貧乏性なので暇だと寂しいのだ。
が、自分で決めたことをなかなかやり遂げられない。
例えば、本を書こうと思いながら十年以上が経ってしまった。
私の最新刊は2001年3月発行の『提案営業成功の極意』。
しかし、これは月刊誌で1998年2月から1999年1月まで連載した原稿を単行本にしたものだ。

忙しいの「忙」は、心が滅ぶと書く。
漢字はうまくできている。
私は意志が弱く、周りから急き立てられたり追い詰められたりしないと、なかなか本気になれない。

今年に入り、私が「営業学」を指導するSBI大学院大学(MBA)から要請を受け、本の原稿を書くことになった。
ただし、教員12名による共著。
夏に東洋経済新報社から刊行される。
こうした機会を与えられなかったら、私は永久に本を出せなかったのでないか。
しかも、テーマは初となる「起業」。

このブログの記事を再編集するだけなのに、思うように時間を取れず、かつ頭の整理が難しく、原稿が大幅に遅れている。
恐らく私一人。
締め切りは5月6日だった。

同校の事務局から進捗の厳しいチェックが入っている。
私は、鬼みたいな形相で尻を叩いてくれる人が好きだ。
お陰で原稿のゴールがぼんやりと見えてきた。

書店に並んだ本を手に取れば、じわっと感慨が湧いてきそう。
7月中旬?
となると、59歳の誕生日の前後。
自分へのバースデープレゼント。
それを楽しみに原稿に精を出している。

ところで、私は一昨日のブログから、職業人の学び方、仕事に関わる読書などについて述べている。
厳密なシリーズでないが、一連の記事である。
きょうは第3回。

⇒第1回/2010年5月10日「因果関係の追究…職能強化の基本」はこちら。

⇒第2回/2010年5月11日「著者と出版社のカモ…ご愁傷さま」はこちら。

以下に、「本は読み終えてからが勝負となる」と題する記事を収める。
NPO法人営業実践大学が発行する『月刊営業人(えいぎょうびと)』2007年6月号の巻頭言2である。
思い切って手を加え、新たな原稿とした。

◇◆◇

会社経営者、NPO法人理事長、講師、コンサルタントを兼ねる私は、人と接する機会がきわめて多い。
とりわけ公開セミナーでは休憩時間などに参加者から話しかけられる。
そのなかで感じる疑問の一つは、「本をたくさん読んでいながら、どうしてこの程度なのだろう」である。

本を読むと言うからには、学ぶ意欲はあるはずだ。
それでもたいしたことがないとしたら、本との接し方が間違っているとしか思えない。

1冊を読んで百冊分も学べる人がいる。
かたや、百冊を読んで1冊分も学べない人がいる。

両者の決定的な差はどこでつくのか。
それは「考える」要素をどれくらい大切にしているかだだろう。

当然だが、本は“読後勝負”である。
なぜなら、売れない本でも千人や2千人は読んでいる。
したがって、読むこと自体にたいした優位性はない。
本のテーマや内容についてどれくらい掘り下げて考えられるかが、身につくかどうかの分かれ道となる。

めったに本を読まない私に、絶対というこだわりがある。
それは本に関わる時間配分だ。
「読む」に1を要したら、「考える」に10をかけている。そして、その後に「行う」に 100を費やすように努めている。

私が数年間で読んだ本は1冊にすぎない。
「ベンチャー創設」をテーマとしたビジネス書である。
読後の「考える」そして「行う」に、先に述べた配分よりはるかに大きな時間を割いた。
気が遠くなるくらいだ。
その結果が、IPOを目指して設立されたベンチャーへの参画だった(結局、私の出番が回って来る前に会社が消滅した)。
もう一つは、私とIT企業が協力して立ち上げる営業支援ベンチャーの準備である。

私は他人の本を1冊読めば、例えば自分の本を1冊出すとか自分の会社を1社つくるとかする。
知ったのでなく学んだという以上は、それをかならず何らかのカタチで表現するように戒めている。

座右の銘は「一冊一行(いっさついっこう)」。
仕事に関わる読書の約束事である。
なぜなら、「行う」には「考える」しかない。

行動は成功や失敗といった成果に直結するため、頭を使う度合いが読書と桁違い。
例えば、他人の起業本を読んで自分の起業に挑もうとすれば猛烈に考える。
ときに死に物狂いで…。

結局、「本をどれくらい読んだか」でなく「本でどれくらい考えたか」により、読書を通じた学びの成果が決定づけられる。
前者では本が目的となっているのに対し、後者では本が手段となっている。
「月とすっぽん」とはこのこと。
本は読んだらお仕舞いだ。

本は、私たちが考え、そして行うための素材やきっかけを提供してくれるにすぎない。
行動を前提とした読書は学びが大きい。
加えて、行動を通じて学びが得られる。
「行動読書」はいいこと尽くめ。
ならば、それなりに豊かで幸せな職業人生を謳歌できるのでなかろうか。

私はまもなく起業本を出す。
数年前に読んだ「ベンチャー創設」をテーマとしたビジネス書を今日まで引きずっていたことになる。
読むに要した時間の数百倍は考えるにかけたご褒美だ。
この間、他人の知識が自分の気づきに変わった。
ゆえに、自分の著作。

なお、「自己投資」という都合のいい言葉がある。
読書は出費にすぎず、投資と呼べない。
行動に変換しないかぎり元手を回収できない。

世の中、学んだ気分に浸りたくて本を読む人が少なくない。
知るを学ぶという欺瞞。
が、本を読めば、本に飲まれる。
正しい読書法とは「読後法」である。
つまり、読書法でなく読後法が自己実現の決め手となる。

◇◆◇

なお、最初の原稿(ブログ)は以下のとおり。

⇒2007年5月30日「本は読み終えてからが勝負となる」はこちら。

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著者と出版社のカモ…ご愁傷さま

このブログがアップする頃には、私はベッドに倒れ込んでいるかもしれない。
セミナー会場の天神ビルから宿泊先の西鉄グランドホテルまでほんの数分。
それとも終了後に参加者から質問攻めにされているか。
毎年、熱心な受講者が多い。
やり甲斐はあるが、その分、講師が使うエネルギーも大きくなる。
還暦を控えたわが身に堪える。

しかし、あすの夕食に新鮮な魚介を楽しめると思うと、いくらか元気が出てくる。
博多は和食に限らず、料理が概しておいしい。

以下に、「本は読むものでない」と題する記事を収める。
NPO法人営業実践大学が発行する『月刊営業人(えいぎょうびと)』2007年6月号の巻頭言1である。
その原稿にかなり手を加えた。

◇◆◇

私は「本」をほとんど読まない。
自分で本を出しておいて、読者からひんしゅくを買うかもしれないが、事実である。
本に頼らず、自力で考えることを断固優先させている。

これに関しては、きのうのブログで「因果関係の追究…職能強化の基本」として述べた。
職業人が学習を進めるうえで大切にすべきポイントだ。
むろん、私自身が長らく実践してきた。
第1は、自分から学ぶ。
行動した体験を分析するのだ。
第2は、他人から学ぶ。
遭遇した事例を分析するのだ。
これらで頭のなかがいつも一杯になる。
第3は、書籍から学ぶ。
こちらへ時間をなかなか割けないでいる。

もう一つ、本を読まないのは視力も原因である。
強い近視と乱視に40代から老眼が加わった。
さらに50歳頃から利き目の右がダメになった(やがて信号が見えにくくなりクルマの運転をやめたほどだ)。
いまや本を読み切ることが難しくなり、ここでムリをすると仕事に重大な支障を来たしてしまう(新聞はもっと厳しい)。

その私がまれに本を読むことがある。
もともと本が嫌いでないようだ。
目がつらいから、ともすれば拾い読みになる。
それでも本の難易度により3時間や5時間、10時間を要する(学生時代にふけったのは小説なので単純な比較はできないが、読む速度もいやになるくらい落ちた)。

私がもっとも大切にするのは、読む時間の少なくとも10倍は頭を巡らすことである。
本のテーマや内容について数十時間や百時間は考えつづける。
期間でいえば、数週や数カ月はうだうだ引きずる。
だいぶ前から数年に1冊になり、したがって1年を超えて引きずることも…。

この間、テーマや内容が過去を含めた自分の体験や他人の事例と激しく交わる。
やがて、プラマン(簡易万年筆)の書き込みで本文が見えなくなり、本は原形を留めなくなる(製本が読む仕様になっていて、使う仕様になっていないため、たいてい壊れてしまう)。

こうしたプロセスを経て、他人の知識が自分の気づきに変わってくる。
したがって、自分の考えとして原稿や講演に仕立てられる。
あるいは、行動に移して成果を刈り取れる。
これが投資を回収した状態である。

以前、営業講師の私に対し、「営業本をたくさん読んでいる」と言ってきた人がいた。
自分は頭が悪いと、わざわざ相手に明かす必要はない。
恥ずかしいから黙っていよう。
それと、特定の分野やテーマの本をたくさん読んだら、少なくとも1冊は自分の考えを著さないとねぇ。
私は3冊も読んだら、自分の本を1冊は書くなぁ。
そんなに読むことはないが…。

実は、テレビ番組や新聞記事などについても本と同様にうだうだ引きずる。
見る時間よりも考える時間のほうがはるかに長い。
テレビはながら視聴、新聞は眺める程度なので…。
私のブログが放送日や発行日からかなり遅れて取りあげる理由の一つ。

ところで、まれに本を読むと述べた。
誤りにつき、訂正したい。
私は本を読まない、本で考える。
絶対に崩さないルールだ。
私に本を読むという発想はまったくない。

本を読む人は学びが限られ、したがって本を出せない。
著者と出版社のいいお客さん(専門用語で「餌食」と呼ぶ)になってお仕舞い。
ご愁傷さま。

極論すれば、本の中身はどうでもよく、プラマンの書き込みが大事である。
自分のものである気づきだから、当然。
学びの鉄則だ。

◇◆◇

なお、最初の原稿(ブログ)は以下のとおり。

⇒2007年5月10日「本は読むものでない」はこちら。

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さっぱり分かっていない

知っていることと、気づいていることは、別次元である。
人の行動を変えさせるのは、気づきレベルに達した認識だけである。
学習教本0248知らないよりはましだが、知っているからといって行動が変わるわけでない。
そして、行動が変わらなければ、むろん成果も報酬もついてこない。

実際、自分が述べている事柄を、当人がさっぱり分かっていないケースが珍しくない。
よりによって勉強に熱心な人。
学び方を間違えているのだろう。

営業に“勝ち癖”をつける例えば、私が提案営業研修などで、商品が横並びの環境下における営業のあり方を問いかける。
すると、それなりの人は、「商品がおおよそ同じわけですから、差別化を図ります」とか「付加価値を付けます(日本語としてはおかしいが…)」などと返してくる。
差別化、付加価値…。
何と小難しい。

営業教本0108そこで、それはどういうことかと突っ込む。
彼らは複雑で曖昧な説明を繰り返す。
耳を澄まして聞いても、いま一つ腑に落ちない。
自分が述べた事柄の真意を解していないのだ。
この程度の認識では社長や管理者になったときに社員や部下に対して明確な指導を行えない。

学習教本0249私なら、「商品を売ってならない」と答える。
むろん、彼らと言っていることは同じだが、そこに知識と気づきの決定的な開きがある。
気づきに深まらないと、行動に目に見えた変化も起こらないし、職業人生で目に見えた成長も現れない。

笑い話のようだが、研修で差別化や付加価値と答えた人が、しばしば「モノ売り営業」に留まっていたりする。
つまり、横並びの商品を売ろうとしてもがき、成績が伸び悩んでいる。

Copyright (c)2009 by Sou Wada

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和田創 提案営業研修 1日体験版

知ると気づく、その違いとは?

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「知る」と「気づく」の、結果から眺めた違いとは何か。
それを境に、当人の行動がどれくらい変わったかだろう。
例えば、社会人が何かを知ったとしても、仕事の要領がいくらかよくなるくらい。
ところが、何かに気づくと、仕事の流儀が壊れ、築き直される。
姿勢や進め方ががらっと変わってしまう。あるいは職場を飛び出したりする。

知識と異なり、気づきでは見慣れた風景が変わる。“別人”になった結果である。
それは当然、働き方や生き方の自己否定を伴う。
とりわけ若いときの気づきは、その後の人生を劇的に変えるきっかけとなる。

勉強は知るに留まらず、気づくに高まってこそ意味と価値がある。

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なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
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プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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