コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

竹内まりや

薬師丸ひろ子演技…あまちゃん鈴鹿ひろ美

NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」。
先月下旬の放送で、ついに24%に迫る高視聴率を記録したそうです。
何といっても脚本を担う宮藤官九郎の手腕、そしてヒロイン・天野アキを演じる能年玲奈の新鮮さが要因でしょう。

この国民的話題をさらう朝ドラ「あまちゃん」に、清純派の大女優だった鈴鹿ひろ美役で「薬師丸ひろ子」が出ています。
茶の間では、天野春子役の「小泉今日子」の演技に対する評価が高いようです。
私もそれに異論を差し挟むつもりはありません。
CMでもそうでしたが、彼女はとても達者です。
朝ドラの役どころの延長で「潮騒のメモリー」のCDを出し、しかもヒットさせたとか・・・。
それと、「あまちゃん」での小泉今日子は女の色気がむんむんで、胸をかきむしられそうです。
私の地元、横浜・港北ニュータウンのセンター北駅周辺で、スナックを営んでほしいくらいです。

⇒2013年8月11日「紅白司会は能年玲奈から小泉今日子へ」はこちら。

が、個人的には、昔から薬師丸ひろ子が大好きです。
角川映画「セーラー服と機関銃」以降、主演映画も、主題歌なども・・・。
薬師丸ひろ子のつんとした鼻、甲高い声がとくに気に入っており、それを見たり聞いたりするだけでそそられます。
あっ、演技も歌唱もうまいです。

と言いつつ、私は「あまちゃん」にほとんど接していません。

⇒2013年8月9日「あまちゃん評価…はたして中身はあるのか」はこちら。

今週は仕事が猛烈に押しています。
きょうのブログはごめんなさい。
2011年3月24日「薬師丸ひろ子、セーラー服と機関銃の快感」をそのまま収めます。

               ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

3月10日、私は講演のコンテンツの作成に追われていた。
深夜、デスクワークに没頭していたとき、つけっ放しのNHK総合テレビから「薬師丸ひろ子」の歌声が流れてきた。
耳にしたのは、思い出せないほど前。
番組は「SONGS」。
薬師丸ひろ子(本名は博子)は1964年生まれ。
歌手デビュー30周年とか・・・。

私は結婚し、定収入がなかったので、家族が食べていくことに精一杯だった。
すべてのエネルギーを注いでも間に合わなかった。
自分のために必死に働いた経験はなかったが…。
両親がなぜあんなに頑張れたのかも実感として分かった。

・・・1981年、薬師丸ひろ子が現れた。
透き通った歌声と天然の歌い方が、私のどこかに残っていた「青春」を揺さ振った。
「セーラー服と機関銃」。
17歳、歌手デビュー。
同名の映画の主題歌(以下、同じ)。
作詞は来生えつこ、作曲は来生たかお。
楽曲も映画も大ヒット。
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった「角川映画(角川春樹事務所)」の看板女優になった。
ときどき挨拶を交わしていた近所の女の子が突然、スクリーンに登場した印象…。
薬師丸ひろ子が機関銃を乱射しながら「快感」と叫ぶシーンは、当座の食い扶持を得る仕事に忙殺されていた自分を解き放ってくれるようで気持ちがよかった。
伸びやかな歌声が、私を日常のかなたへ運んだ。
「セーラー服と機関銃」は心に深く刻まれた。
渡瀬恒彦が出演。
なお、記憶が曖昧であり、おそらく公開終了後にテレビで視聴か(以下、同じ)。

1983年、「探偵物語」。
長身の松田優作が出演。

1984年、「メイン・テーマ」。
なぜか楽曲しか記憶がない。

1984年、「Woman “Wの悲劇”より」。
20歳。
映画の題名は「Wの悲劇」。
三田佳子が出演。
また、世良公則が出演。
私が学生時代から結婚前後にかけて幾度も訪れた「井の頭公園」近くの安アパートに住んでいるという設定。
とても懐かしい光景だった。

薬師丸ひろ子は少女から大人へ。
大きな壁にぶつかり、行き詰まりを感じていた。
女優をやめよう・・・。

アルバム「古今集」をリリース。
「SONGS」では「元気を出して」を歌った。
作詞・作曲は竹内まりや。
薬師丸ひろ子によれば、とても難しい楽曲らしい。

私は薬師丸ひろ子の気が強そうな格好の悪い鼻が好きだ。
身長 155センチメートル。
前の妻が 152センチメートル、いまの妻が 154センチメートル。

                      ◇◆◇

私の心に残る「青春の名曲」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月17日「財津和夫・心の旅、青春の影…BS2コンサート」はこちら。

⇒2010年12月21日「山下達郎クリスマス・イブ…絶句する完成度」はこちら。

⇒2010年12月22日「JR東海クリスマス・エクスプレス赤い口紅CM」はこちら。

⇒2010年12月30日「チューリップ・青春の影…財津和夫の苦悩と葛藤」はこちら。

⇒2011年2月12日「天才・山下達郎の後悔…クリスマス・イブ」はこちら。

⇒2011年2月13日「遠距離恋愛カップルの逢瀬…バレンタインデー」はこちら。

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クリスマス・イブのエッチは真正の恋人の証明…松任谷由実

たまたまBS2にチャンネルを合わせたら、「日本のフォーク&ロック大全集」という、視聴者のリクエストに応えて昔のVTRを流すナマ番組をやっていた。
一部、生演奏も…。

私は音楽に興味が乏しく、したがって知識を持たない。
そのジャンルさえ、ろくに分かっていない。
歌手もメロディも歌詞も知らない私は、カラオケをやらないのでなく、やれない。
顧客とのつきあいが必須の“営業”としては失格といえる。
ただ、私にも「青春時代」はあったわけで、街をうろついていても、酒に溺れていても、音楽が流れてきた。
シャワーのように全身に降り注いだ。

さて、1951年(昭和26年)生まれの私が、音楽以前に存在自体に衝撃を受けたミュージシャンがいる。
過去最大のインパクト!

それは「荒井由実」という不可解なシンガーソングライター。
「こんな曲をつくってしまっていいのか。まして歌ってしまっていいのか・・・」。
勇気?
それとも、鈍感?
私は、荒井由実のあっけらかんとした図太さに仰天した。

当時、地方出身者がフォークを引っ張っていた。
「東京で一旗揚げる」。
「故郷に錦を飾る」。
そんな高揚した気分がまだいくらか残っていた。
実際には、若者が大学に入ったり仕事に就いたりするため、つまりサラリーマンになるため、続々と上京した。
都会に反発しながら、都会に吸い寄せられるという矛盾がせめぎ合っていた。

私は狭い意味の「団塊の世代(1947年〜1949年)」を2年外れている。
それでも高校までは1クラス50名くらいで、教室の後ろに空きスペースがなかった。
東大入試が中止になった翌年、私は明治大学に入学した。
明大前の泉キャンパスでは学生運動に冷ややかな視線が注がれ、ほどなく無関心の風が吹いた。
若者のエネルギーが新たなはけ口を求めた結果が、フォークの隆盛でなかったか・・・。

とはいえ、フォークは時代の空気を敏感に察知し、既成社会との「距離感」にこっけいなほどこだわっていた。
それが主張(メッセージ)となり、装い(ポーズ)となって、“かっこよさ”につながったのだから当然である。
どの歌手も「アイデンティティ」を打ち出そうと必死だった。
当時の規範や幸福観を拒む、極私的な楽曲まで現れる。
また、音楽を聞く側も、メッセージやポーズといった拠りどころを欲していた。

荒井由実の楽曲が耳に入ると、私は冷や冷やした。
「時代の空気が許さない…」。
居心地が悪いのでなく、居心地がない楽曲!
社会に収まり場所を見つけられない。

アルバイト先での同世代の雑談で、だれかが彼女の名前を出した。
しかし、一人も呼応せず、完全に無視されたことを覚えている。
私を含め、男は肝っ玉が小さい。
バカにされるのが怖いのだ。
荒井由実は存在がいまわしく、話題がはばかられた。

彼女は能天気なのか自信家なのか、イデオロギーに対して“無防備”であり、まるで気負いがなかった。
都会の思春期の子女のたわいない生活のシーンやエポックを、「絵日記」みたいに切り取っただけの音楽・・・。

荒井由実は、当時のいかなる異端よりも異端だった。

反社会でぶつかるにしろ、非社会で背を向けるにしろ、それは時代への思い入れがあればこそ。
戦後の高度成長により、国民の多くが経済的な豊かさを手に入れた。
都市部で中産階級が膨張する。
同時に、社会への関心が急速に失われていく。
力んだメッセージや気取ったポーズが敬遠されはじめた。
やがて荒井由実は大衆に支持され、時代の先端を疾走するように…。
文字どおり、音楽界の頂点にのぼり詰めた。

彼女は1976年、松任谷正隆と結ばれ、「松任谷由実」にあっさり変えてしまった。
世間に認知された荒井由実という名前を捨てることに、何の躊躇も未練もなかったのだろうか。
あまりの潔さに、私は愕然とした。

「恋人がサンタクロース」と歌ったのも彼女。
この頃から「彼氏や彼女がいないクリスマスはありえない」とされ、皆がイブに向けて仕込む風潮が生まれた。
また、真正の恋人同士なら、イブにホテルやマンションでエッチするルールが固まった。
若者のライフスタイルに、これほど大きな影響を与えた歌手はほかにいない。

なお、「明日へのヒント」で、松任谷由実の信じられない言葉(歌詞)を取りあげ、コメントを加えている。

「和田創 明日へのヒント 第17号 松任谷由実」はこちら。

「日本のフォーク&ロック大全集」では、番組の終わりにリクエストが一番多かった楽曲が披露された。
吉田拓郎の「落陽」。
初めて聞いたなぁ…。

ちなみに、私が衝撃を覚えた歌手の順番。
荒井由実、美空ひばり、山下達郎。
知ったとき、いずれも容認できなかった。
私の体というか、生理が受け付けなかったのだ。

いまはどうかって?
恥ずかしいから言わない。
うふっ。

                       ◇

きょうのブログは、2011年6月4日「松任谷由実の無防備、能天気なのか自信家なのか・・・」にいくらか手を加えたものである。

⇒2011年6月4日「松任谷由実の無防備、能天気なのか自信家なのか・・・」はこちら。

                      ◇◆◇

クリスマスに関するブログは以下のとおり。

⇒2011年12月20日「名作CM…深津絵里JR東海クリスマス・エクスプレスの逢瀬」はこちら。

⇒2011年12月21日「山下達郎と竹内まりや…夫婦のクリスマス・イブの鳥肌」はこちら。

Copyright (c)2011 by Sou Wada

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薬師丸ひろ子、セーラー服と機関銃の快感

3月10日、私は講演のコンテンツの作成に追われていた。
深夜、デスクワークに没頭していたとき、つけっ放しのNHK総合テレビから「薬師丸ひろ子」の歌声が流れてきた。
耳にしたのは、思い出せないほど前。
番組は「SONGS」。
薬師丸ひろ子(本名は博子)は1964年生まれ。
歌手デビュー30周年とか・・・。

私は結婚し、定収入がなかったので、家族が食べていくことに精一杯だった。
すべてのエネルギーを注いでも間に合わなかった。
自分のために必死に働いた経験はなかったが…。
両親がなぜあんなに頑張れたのかも実感として分かった。

・・・1981年、薬師丸ひろ子が現れた。
透き通った歌声と天然の歌い方が、私のどこかに残っていた「青春」を揺さ振った。
「セーラー服と機関銃」。
17歳、歌手デビュー。
同名の映画の主題歌(以下、同じ)。
作詞は来生えつこ、作曲は来生たかお。
楽曲も映画も大ヒット。
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった「角川映画(角川春樹事務所)」の看板女優になった。
ときどき挨拶を交わしていた近所の女の子が突然、スクリーンに登場した印象…。
薬師丸ひろ子が機関銃を乱射しながら「快感」と叫ぶシーンは、当座の食い扶持を得る仕事に忙殺されていた自分を解き放ってくれるようで気持ちがよかった。
伸びやかな歌声が、私を日常のかなたへ運んだ。
「セーラー服と機関銃」は心に深く刻まれた。
渡瀬恒彦が出演。
なお、記憶が曖昧であり、おそらく公開終了後にテレビで視聴か(以下、同じ)。

1983年、「探偵物語」。
長身の松田優作が出演。

1984年、「メイン・テーマ」。
なぜか楽曲しか記憶がない。

1984年、「Woman “Wの悲劇”より」。
20歳。
映画の題名は「Wの悲劇」。
三田佳子が出演。
また、世良公則が出演。
私が学生時代から結婚前後にかけて幾度も訪れた「井の頭公園」近くの安アパートに住んでいるという設定。
とても懐かしい光景だった。

薬師丸ひろ子は少女から大人へ。
大きな壁にぶつかり、行き詰まりを感じていた。
女優をやめよう・・・。

アルバム「古今集」をリリース。
「SONGS」では「元気を出して」を歌った。
作詞・作曲は竹内まりや。
薬師丸ひろ子によれば、とても難しい楽曲らしい。

私は薬師丸ひろ子の気が強そうな格好の悪い鼻が好きだ。
身長 155センチメートル。
前の妻が 152センチメートル、いまの妻が 154センチメートル。

                      ◇◆◇

私の心に残る「青春の名曲」に関するブログは以下のとおり。

⇒2010年8月17日「財津和夫・心の旅、青春の影…BS2コンサート」はこちら。

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⇒2010年12月22日「JR東海クリスマス・エクスプレス赤い口紅CM」はこちら。

⇒2010年12月30日「チューリップ・青春の影…財津和夫の苦悩と葛藤」はこちら。

⇒2011年2月12日「天才・山下達郎の後悔…クリスマス・イブ」はこちら。

⇒2011年2月13日「遠距離恋愛カップルの逢瀬…バレンタインデー」はこちら。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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