コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

行き詰まり

著名人名言集…幸せと豊かさへの道しるべ

20070502-01私たちは人生や仕事などにおいてさまざまな困難や障害に遭遇し、苦悩や迷いに押し潰されそうになる。
それはときにどうにもならないほどの行き詰まりや絶望をもたらす。
まして、社員とその家族の生活を背負う経営者なら、幾度も重大な危機に直面するはずだ。

そうした際に偉大な功績を残した人の半生や人生の軌跡、その過程で発せられた言葉に触れられるなら、どん底を脱するきっかけや明日を切り拓く手がかりが得られるかもしれない。
なかでも名言とは先人が苦闘するなかでつかみ取った、生きるうえでの真理、働くうえでの真理なのだ。
言い換えれば、それぞれにとっての「成功の極意」である。

私はかつて、著名人の言葉と生き様を取りあげた「明日へのヒント」と題する原稿を書き起こした。
それをこのたび、「著名人の名言と人生」としてすべて公開することにした。
PDFファイルのデータである。

悩んだり、苦しんだり、困ったり・・・。
長い人生の節目や岐路でお読みいただければ幸いだ。
そこには珠玉の名言と感動の人生が詰まっている。
きっと幸せと豊かさへの道しるべになることだろう。

◆著名人の名言と人生

大山康晴 名言と人生
ジャイアント馬場 名言と人生
秋元康 名言と人生
寺田千代乃 名言と人生
岡本太郎 名言と人生

清水宏保 名言と人生
コロッケ 名言と人生
西堀栄三郎 名言と人生
兼高かおる 名言と人生
高橋竹山 名言と人生

永守重信 名言と人生
三波春夫 名言と人生
秋元康2 名言と人生
渥美清 名言と人生
イチロー  名言と人生

中島誠之助 名言と人生
輪島功一 名言と人生
永守重信2 名言と人生
矢野顕子 名言と人生
いかりや長介 名言と人生

フジ子・ヘミング 名言と人生
田中耕一 名言と人生
山野愛子 名言と人生
鈴木大地 名言と人生
橋田信介 名言と人生

寺田千代乃2 名言と人生
美輪明宏 名言と人生
山下清 名言と人生
綾小路きみまろ 名言と人生
荻原健司 名言と人生

橋田壽賀子 名言と人生
川相昌弘 名言と人生
秋元康3 名言と人生
片岡鶴太郎 名言と人生
三浦雄一郎 名言と人生

寺田千代乃3 名言と人生
陳建一 名言と人生
小出義雄 名言と人生
ライカ 名言と人生
土光敏夫 名言と人生

山本博 名言と人生
有馬秀子 名言と人生
永守重信3 名言と人生
松任谷由実 名言と人生
小津安二郎 名言と人生

奥田碩 名言と人生
清水宏保2 名言と人生
竹内均 名言と人生
野坂昭如 名言と人生
田村亮子 名言と人生

瀬戸雄三 名言と人生
長谷川町子 名言と人生
海老一染太郎 名言と人生
                       ◇

「著名人の名言と人生」が誕生した経緯について述べたい。

私は21世紀初頭、著名人の言葉と生き様を綴った「明日へのヒント」を出した。
A4判片面のごく簡単な読み物である。
これをつくった目的は次のとおり。
第1は、私自身の営業活動で顧客へのおみやげや商談のアイスブレークに用いること。
第2は、私が理事長を務めるNPO法人営業実践大学が発行する会報『月刊営業人(えいぎょうびと)』の巻頭言に載せること。

とくに重視したのは前者である。
今年還暦を迎える私はわりと最近まで、40年間にわたって営業活動を行ってきた。
その際、自社や商品、自分をさて置き、かならず「情報提供」から入っている。
“手ぶら”では社長や取締役などの経営層と面談できない。
それは、彼らの貴重な時間を自分にくださいと申し入れる行為だからだ。
重視すべきは、相手に「会ってよかった」と思われることである。
ならば面談を重ねられ、やがて成約(販売・受注)にこぎつけられる。

私は毎号、各界の著名人の言葉と生き様を綴った。
顧客の仕事や経営、人生などに何らかの示唆を与えられる内容を目指した。
少しでも役に立てればとの思いである。
私にとり、営業とは“得る”ことでなく“与える”ことだ。
職業人生を貫く信念といってよい。

                       ◇

「著名人の名言と人生」を執筆する基準や心構え、作業の概要や実際などについて述べたい。

私はむろん覚悟を決めたうえで始めた。
しかし、予想よりはるかに手間がかかった。
後で述べるが、いまとなっては笑い話である。
情報収集はインターネットを使わなかったので、2日。
ただし、アシスタントにやってもらう。
膨大な情報の読み込みに1日〜2日。
私は目が悪いこともあり、読むスピードが遅い。
そのなかからどこを取りあげるか、それをどう構成するかで半日〜1日。
原稿を起こすのに半日。
私は頭が悪く、まとめるスピードが遅い。
毎号、4日〜5日要した計算。

字数を増やすほど執筆が楽になることは分かっていたが、「明日へのヒント」の用途を考えて原稿用紙1枚に収めた。
多忙な社長や取締役がさっと目を通せること。
面談相手は一部上場企業の顧客も少なくない。

それにしても、著名人の半生や一生を4百字に凝縮する作業は絶望的だった。
費やす労力と時間も半端でない。
あまりの大変さに3年程で筆を置いた。
すぐに挫折したわけで、我ながら情けない。
とはいえ、46名・53本に達した。
このたび、これを「著名人の名言と人生」としてすべて公開した。

私は「明日へのヒント」の執筆に当たり、どうせ骨が折れ、またせっかくの機会なので、私が苦手な著名人を選ぶことにした。
50代でのささやかな挑戦である。
が、それだけだと辛くなるので、約2割は私が好きな著名人を交えた。

私は思う。
人は、学ぶべき人から遠ざかる。
かならずと言ってよい。
人は、自分に深い影響がじかに及ばない範囲で、学べそうな人を選んでいる。
たいてい安全な距離を置いた「学習」により、自分の向上意欲を満たそうとする。

人がそれなりに学んでいたら、目覚ましい成長を叶えている。
現実はそうなっていない。
その最大の理由は、学ぶべき人から学んでこなかった。

人は、自分のなかに他者を受け入れることを極端に恐れ、極端に嫌う。
大きなエネルギーを持つ相手なら、なおさら。
向学心の強い人のほとんどは、口当たりのいいメニューや消化しやすいメニューを見繕って済ませる。
その代表格が図書や学校での勉強。
高学歴者ほど、学ぶべき人から遠ざかりやすい。

伸びるとは、変わること。
他者を呼び込まないかぎり、人は変われない。
その代わり、深く関わらなければ、深く傷つくこともない。
自分に際立った変化も起こらないし、人生でこれといった成功も収められない。

私はコンサルタントとして働くなかで、心の底から凄いと感じる経営者などと巡り合った。
創業社長が中心だ。
しかし、仕事上のつきあいに留め、“縁”の領域に踏み込まなかった。
ゆえに、人生の転機となっていない。

自分が学ぶべきことがあるのは分かっていたが、自分がつらくなることが目に見えていたので、ずっと逃げてきたのだ。
相手に拒まれたわけでない。
勉強はともかく仕事はかなり頑張ってきた私が、この程度で終わりかけている最大の理由は、学ぶべき人から学んでこなかった。
人が学ぶとは、他者に食らいつくことだ。

「明日へのヒント」で取りあげたのは著名人であり、私がじかに接することはない。
仮に周囲にいるとして、私が避けて通ったに違いない人を選んだ。
つまり、私が学ぶべき人である。
私は人生の夕暮れに差しかかり、自分の頭と手を動かし、せめて紙の上でも彼らの一端に触れてみようと腹を括ったのだった。

ちなみに、約2割の好きな著名人でさえ、遠くから応援はしても、近くで努力につきあうのは耐えられない。
私はやはり逃げ出す。
彼らは“火の玉”なのだ。
著名人の最大の共通点は、己に対して恐ろしく厳しいこと。
そんな結論を得た。

私は「明日へのヒント」の執筆に当たり、著名人の偉大な人生や足跡(そくせき)に飲み込まれないよう、気合いを入れた。
しかし、彼らの言葉や生き様にしばしば打ちのめされた。
彼らに則して述べている事柄は、真っ先に不甲斐ない自分自身にはね返ってくる。
その意味で、己への問いかけであり、己への叱咤激励である。
この辺りの事情は、私の講演やブログにおいてもまったく同様。

今日、こうした原稿はインターネットの情報を用いることにより、わずかな手間でまとめられる。
せいぜい1日。
フリーエンサイクロペディア(百科事典)の充実である。
代表格は「ウィキペディア」。
私が「明日へのヒント」を執筆した当時もすでに存在していたのかもしれない。
だとすれば、きわめて非効率な方法を取ったことになる。
が、著名人一人ひとりについてかなりの情報に接することができた。
「怪我の功名」と、自分を慰めている。

当然ながら「明日へのヒント」の原稿は、それぞれの執筆時点の情報に基づいている。
おおよそ21世紀初頭である。
原稿に著作年を表記している。

                       ◇

なお、「明日へのヒント」を台本に数分の講演として収録したのが「講演TV賢人編」であり、これもすべての映像を公開している。
ユーチューブの動画だ。
このうち、「土光敏夫(講演TV賢人編)」はNHKからの著作権侵害の一方的な通告とともに削除された。
まったく身に覚えがない。
先の「土光敏夫 名言と人生」の原稿をぜひお読みいただきたい。
これを私が演台でそのまましゃべった内容(映像)である。
不愉快で屈辱的な事件だった。

⇒2010年12月14日「土光敏夫(講演TV賢人編)が著作権侵害で消滅」はこちら。

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和田創研、閉鎖のお知らせ

人はそこそこやっていけると、変わるのが難しい。
職業でも人生でも現状を変えることはリスクそのもの。
やがて変わろうとの思いも消える…。

わが人生0710むろん、変わることは目的でない。
自分が納得して働き、生き、それでいくらか豊かさや幸せを手に入れられればよい。
変わらないでやっていけるなら、それに越したことはない。
しかし、果敢に変わらないと、先々までやっていけないかもしれない。
人それぞれの職業観や人生観に左右されるが、私たちは「変化」を決断しなければならないこともあろう。

私は大雑把に言って、40歳までの20年間はマーケティング・プランナーとして生計を立ててきた。
この40歳のことを、心理学者のユングは「人生の正午」と呼んだらしい。
学問的な意味は分からないが、なるほどと思う。
わが人生0711私は行き詰まりを覚え、仕事を変えようと誓った。
プランナーは感度の鋭敏さや発想の柔軟さが不可欠で、若い頃のほうが有利だ。
また、プランニングの職能の伸び代が少なくなっていた。
そして、何より徹夜の連続という生活が精神的にも体力的にも耐えられなくなっていた。
いろいろな面で限界が噴き出した。

そこで著者を、ほどなくそれと関わる講師を志した。
要は“先生商売”を目指した。
当然、どのような職業もやっていくのは大変だ。
まして、ちゃんと生計を立てられるようになるのは…。
40歳を過ぎての転職は危険極まりなかったが、それをやり遂げないかぎり、自分と家族の生活を守れなくなると感じた。

わが人生0712ついては、私が真っ先に行ったのは、プランナーとしての営業活動をやめること。
企画業務の受託が減り、収入がなくなった。
何とか食べられるとそれに引きずられるため、将来が覚束ない。
退路を断つ。
この頃を思い出してつくった川柳に、「電気ガス 水道止まり 子はあきれ」がある。

1990年代半ばに企画講師として、1990年代後半に営業講師として活躍の場が広がった。
振り返れば、ここまでが険しい道のりだった。
覚悟を決めていたとはいえ…。
地獄は3年ほど続いただろうか。
いつしか営業コンサルタントへ。
自分の持ち味として“変革系”の色彩を強めていった。
わが人生0713とりわけ1997年から2003年にかけての7年間は、毎日が出張の気分だった。
3人の子どもがカネのかかる時期に当たり、いまの妻の子どもを授かったとはいえ、なぜあれほど無茶をできたのか、自分でも不思議…。
狂気に近い頑張りだったようで、顧客がしばしば呆れ、また案じてくれた。

私はまもなく60歳、還暦を迎える。
あの決断から20年が経つ。
この節目に、最後の変化に挑んでみたい。
私はぬるま湯好きの凡人であり、さらに根が呑気なせいか、自分を追い詰めないと決して変われない。

わが人生0714一つは、公開セミナー、とくに収入源の企業研修の講師をやめること。
55歳を過ぎた辺りから非常に厳しくなった。
終了後にふらつく状態…。
初婚直後から年中無休で働くようになり、35年近く。
同年代と比べ、体が弱り切っている。
前の妻は口癖のように「早死にする」と言っていたし、いまの妻は私と連絡がつかないだけで「倒れているのでは…」と気をもんでいる。

私は有名企業の仕事が大半だったが、数年前から新規開拓の営業活動をやめた。
大手顧客とのつきあいはたいてい数年に及ぶからだ。
3〜5年、まれに十年以上。
こちらから仕掛けて業務を受託しておき、勝手に店仕舞いすることは許されない。
何せ「営業発の全社改革」。
わが人生0715私どもが担ってきた企業研修などは長期の人材育成計画、ときに経営計画に組み込まれる。
ここ2年は、既存顧客への若干の働きかけと、ホームページなどを通じた引き合い対応に留めた。
それも中小企業が主体、しかも淡白な営業活動…。
フォローや深追いはなし。

一部を除き、約束の業務は来年度で終えられる。
このブログで幾度か述べたとおり、15カ月後の2011年3月末日に「和田創研」を畳む。
わが人生0716同時に、「NPO法人営業実践大学」を畳む。
実は、自分なりに温めてきた構想があり、それを実行へ移してみたい。
具体的な内容はいずれ明らかにする。

もう一つは、IT企業とのジョイントベンチャーを立ち上げること。
私なりに構築し蓄積した営業講師としてのコンテンツ、営業コンサルタントとしてのノウハウをシステマチックに提供するビジネスモデルを動かしたい。
わが人生0717私にIPOを果たす経営者としての力量が欠けているので、先方の若い社長に任せる。
私の本質は“職人”だからだ。

以上。
私は、長らく体を酷使する商売を営んできた。
還暦を境に、新聞配達から始まった40年以上の「肉体労働」にピリオドを打つ。
うまくいくなら、劇的変化。

わが人生0718すでに私の両親は横浜に引き取った。
この上ない喜び。
会津で暮らす妻の母親(片親)をなるべく早く呼んであげなくてなるまい。

そして、子どもが独り立ちしたら片田舎に引っ込み、夫婦二人が食べるくらいの作物をつくりながら、若い頃の夢だった書か油彩か陶芸のいずれかを楽しむ。
首都圏に近く、気候の温暖な伊豆がよい。
やはり慣れ親しんだ「熱海」かなぁ。
貧しい家庭に育った妻は、大学へ行けなかったという無念をいまだに引きずっているようだ。
経済的な余裕が生まれれば、それを叶えてやりたい。

わが人生0719が、私はボケているか。
また、日本で食べていけず、物価の安い海外へ渡っているかもしれない。
あくまで私が願う、老後の理想の暮らしだ。

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しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
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プロフィール
wada01











和田創

和田創研代表
日本ロボコム代表
ロボットビジネス勉強会&交流会主宰
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

和田創研

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