コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

読売ジャイアンツ

小笠原道大(おがさわら・みちひろ)という生き方

プロ野球は2月1日、セ・パ12球団が一斉にキャンプイン(おそらく)。
私がこれまで気になっていたのが、読売巨人軍(ジャイアンツ)の小笠原道大(おがさわら・みちひろ)である。
39歳。
私は野球に取り組む姿勢に共感を覚えてきた。
練習では、好調・不調を問わず、独自の流儀で寡黙にバットを振りつづける。
強い信念に支えられた彼の生き方を表しているかのようだ。

その小笠原道大も39歳。
今季を「ゼロからのスタート」と、再起を誓う。

昨季の契約更改では推定、年俸4億3千万円から3億6千万円ダウンの7千万円でサインした。
球界史上最大の下落幅だった。
「契約してもらえるだけよかった・・・」。

小笠原道大は過去2シーズン、どん底にあえいだ。
2011年に百安打超えが12年連続で止まった。
2012年、プロ16年目に最大の壁にぶつかった。
出場は34試合、打率は1割5分2厘、打点は4。
新人の1997年以来となる、本塁打は0。

今季、小笠原道大は2軍でキャンプのスタートを切る。
プロ17年目で初めてであり、特別扱いは一切なし。
それでも文句を言わない。

今季はホセ・ロペスがホワイトソックスから加入した。
原辰徳監督はクリーンアップと一塁を任せるつもりだ。
置かれた立場は厳しくなるばかり・・・。

それを小笠原道大はよく分かっている。
合同自主トレでは練習量が群を抜く。
ほかの選手が引き揚げた後に本格的な打撃練習を始める。
納得がいくまでバットスイングを繰り返し、その後にウエートトレーニングを行う。
1日7時間の練習を維持したらしい。

愛称は「ガッツ」。
小笠原道大が東京ドームで打席に立つと、主力打者に負けない大きな声援が起こる。
ファンは人柄と努力をよく知っている。
今季は生き残りをかけた戦いになる。
私は復活を願う。

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救世主・宮國椋丞、セ・リーグ新人王レースに名乗り

きのう、読売ジャイアンツ(読売巨人軍)に救世主・宮國椋丞が現れたため、横浜DeNAベイスターズはついに指定席に収まった。
とはいえ、試合の内容は昨シーズンよりよくなっている。
人気が盛り返した東京タワーを見習い、投げやりにならずに頑張ってほしい。

⇒2012年4月9日「東京スカイツリーを見るベストスポット」はこちら。

実際、横浜は9回に2点を挙げ、5試合連続完封負けのプロ野球記録を免れた。
最後まで試合を諦めない姿勢がうかがえる。
中畑清監督は戦力不足を痛感しているはずだが、来シーズンは菅野智之が入団するかもしれない。

⇒2011年11月21日「菅野智之入団拒否、勇気ある決断を擁護する…ドラフト2012」はこちら。

⇒2011年11月5日「横浜DeNAベイスターズ、原辰徳監督就任、菅野智之1位指名なら人気回復!」はこちら。

巨人・宮國椋丞は強い意志が大きな目にこもっている。
表情もきりっとしている。
いい投手になる。
新婚の澤村拓一は結果を残さないと・・・。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

私は2012シーズンの新人王は、セ・リーグが広島東洋カープの野村祐輔、パ・リーグが千葉ロッテマリーンズの藤岡貴裕で決まりだと思っていた。
が、セ・リーグは宮國椋丞が新人王レースに名乗りを上げた。

⇒2011年12月4日「沢村拓一、山口鉄也・松本哲也・長野久義に続く新人王」はこちら。

同一チームから5年連続新人王選出となるのか・・・。

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横浜ベイ、本気なら落合博満監督…3年CS、5年優勝

事業内容の健全性を疑問視する声もあったが、「横浜DeNAベイスターズ」が誕生した。
DeNAの春田真会長が取締役オーナー、池田純執行役員が代表取締役社長になる。
42歳のオーナー、35歳の社長はともに球界最年少。
新たなファン層の開拓など、球界の活性化も期待されている。

横浜ベイスターズは4年連続最下位。
主催試合の観客数はおおよそ百十万人で、12球団最低。
ファンが口をそろえて望むのは、「とにかく強くなってもらいたい」。
横浜に暮らす私もそう思う。

春田真は記者会見で、来季に最下位脱出、3年以内にCS進出、5年以内に優勝と抱負を語った。
が、ことは簡単でない。

ついては、チーム編成の責任を担うゼネラルマネジャー(GM)に、北海道日本ハムファイターズでGMを務めた前東京ヤクルトスワローズ監督の高田繁を迎える。
監督に、横浜ベイスターズに2007年から3年間在籍した工藤公康を迎える。

しかし、監督はどうだろう?
工藤公康がその能力や手腕を持たないという意味でない。
未知数なので、チームが抱える「課題」に則した選択といえない。
親会社はプロ野球に初参入であり、もっとも必要なのは経験である。
とくに監督としての優勝の実績だ。
工藤公康は私が尊敬する野球選手の一人、念のため。

私は、中日ドラゴンズを退団した落合博満が適任と考える。
負け癖の染み付いたチームを比較的短期間で鍛えあげるのでないか・・・。
春田真は先の抱負が本気なら、迷わずにそうすべきだ。

⇒2011年9月27日「落合博満は横浜ベイスターズの監督就任へ…5年で立て直し」はこちら。

横浜DeNAベイスターズは読売ジャイアンツ(巨人軍)を退団するアレックス・ラミレス外野手の獲得に乗り出すらしい。
しかし、FA宣言した村田修一内野手(三塁手)の慰留がうまくいかないと、むしろ戦力は落ちる。
チーム立て直しの前途は多難である。

                      ◇◆◇

横浜ベイスターズに関するブログは以下のとおり。

⇒2011年11月5日「横浜DeNAベイスターズ、原辰徳監督就任、菅野智之1位指名なら人気回復!」はこちら。

⇒2011年10月25日「横浜モバゲーベイスターズ、新庄剛志監督就任…人気回復優先」はこちら。

⇒2011年10月23日「菅野智之は横浜と巨人が指名…ドラフト会議12球団1位予想」はこちら。

⇒2011年9月27日「落合博満は横浜ベイスターズの監督就任へ…5年で立て直し」はこちら。

⇒2010年5月1日「尾花高夫、横浜ベイスターズを再生」はこちら。

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沢村拓一、山口鉄也・松本哲也・長野久義に続く新人王

日本プロ野球2011年シーズンの新人王(最優秀新人)が決まった。
セ・リーグは読売ジャイアンツ(巨人軍)沢村拓一投手、23歳。
パ・リーグは埼玉西武ライオンズ牧田和久投手、27歳。

沢村拓一は29試合に登板し、11勝11敗。
前評判どおりの実力を発揮し、今季の新人でただ一人の2ケタ勝利を収めた。
セ・リーグ3位の防御率2.03も立派だ。
新人王が投球2百回を超えたのは、セ・リーグでは1964年の高橋重行以来。
巨人では1962年の城之内邦雄以来。
セ・パ両リーグを通じて1990年の野茂英雄以来。

沢村拓一は、周囲の期待の大きさを胸に刻んで投げた。
受賞の記者会見では、3年やって一人前と自分を戒めた。
昨季の新人王・長野久義は首位打者を獲得した。
沢村拓一は巨人のエース、セ・リーグの最多勝利投手を目指す。

なお、2008年の山口鉄也投手、2009年の松本哲也外野手、2010年の長野久義外野手に続く同一チームからの4年連続新人王選出はプロ野球史上初の快挙である。

牧田和久はチームトップの55試合に登板し、5勝7敗22セーブ。
シーズン途中から“守護神”として活躍した。
西武からの新人王は、1999年の松坂大輔以来12年ぶり。
パ・リーグで20セーブ以上を記録しての新人王は、1995年の平井正史、2004年の三瀬幸司に次いで3人目。
社会人出身の牧田和久はマイペース調整を貫き、開幕時に先発枠を得て、交流戦後に抑えに回った。
最下位から3位に躍進したチームを支えた。
牧田和久は先発に戻ることが決まっており、2ケタ勝利を目指す。
アンダースロー(下手投げ)ではチームの先輩の松沼博久が新人王になっているが、珍しい。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

新人王は、新聞・通信・放送各社の取材経験5年以上のプロ野球担当記者の投票で決定される。

以下に、「澤村拓一、ぶっちぎりセ・リーグ新人王…巨人4年連続選出」と題する2011年10月17日のブログをそのまま収める。

                       ◇◆◇

読売巨人軍(ジャイアンツ)の2010年ドラフト1位指名のゴールデンルーキー、澤村拓一投手が2011年セ・リーグ新人王を獲得することが確実になった。
ぶっちぎりの活躍を示し、対抗馬が見当たらない。
これにより巨人から4年連続で選出される。

澤村拓一はシーズンを通して先発ローテーションの一角を担った。
私が予想したとおりの実力をコンスタントに発揮しつづけた。
試合をつくれなかったのは2〜3度にすぎない(おそらく)。
大崩れがなく、非常に安定していた。
監督が1年間当てにできる新人投手は滅多に入団するものでない。

ただし、私が考えていたのは15勝以上であり、勝ち星でかなりの差が生じた。
統一球(飛ばない公式ボール)の採用が影響したのか、巨人打線は極度の不振にあえぎ、得点力が大幅に低下した。
打線が元気だったら、15勝を上回ったはずだ。
巨人は2〜3シーズン前の破壊力が消え失せた。

澤村拓一は10月14日に先発し、調子が悪いながらも中日ドラゴンズのセ・リーグ連覇を阻止した。
無四球2失点完投。
これが今季最終登板だろう。
ついに、先行する負け星に勝ち星が追い付いて11勝11敗。
結局、試合数28、投球回数 196 2/3、防御率1.97、完投5、完封1、奪三振 171。

年間2百イニング近く投げる投手の存在は大きい。
負けが多いが、逆に言えば、終盤まで試合をつくった証拠である。

なお、原辰徳監督が今季最終試合で澤村拓一の2百イニング投球をサポートするかもしれない。
最多勝利を競う先発・内海哲也投手のリリーフに回る?
むろん、試合展開による。

                       ◇

澤村拓一(沢村拓一。さわむら・ひろかず)。
1988年4月3日、栃木市生まれ。
184cm、90kg、A型。
佐野日大高、中大を経て、念願の読売巨人軍(ジャイアンツ)に入団した。
注目のドラフトは実質、逆指名になった。
重い速球を武器とする本格派右腕。

澤村拓一は野武士のような不敵な面構えながら、実直で求道的な雰囲気も漂わせる。
研究熱心で、鍛錬を怠らない。
また、負けん気が強く、度胸があってプロ向き。

クライマックスシリーズ(CS)では、巨人投手陣の軸として一番の活躍を見せるのでは…。
来季にはエースとして開幕投手を務めそうだ。

◆書き加え1(10月16日)

巨人は本拠地・東京ドームで中日に3タテを食わせ、胴上げを阻止した。
シーズンの最後に意地を見せた格好。
また、Aクラスを決めた。
クライマックスシリーズ(CS)進出へ勢いのつく勝ち方だ・・・。
これで、阪神タイガース・真弓明信監督の首が飛んだ。
勝負の世界は厳しい。

◆書き加え2(10月20日)

巨人の今季最終試合は本拠地の東京ドーム。
つまり、後攻。
残り3 1/3の澤村拓一の2百イニング投球と内海哲也の最多勝利を両方叶えるには、澤村拓一が先発して内海哲也がリリーフに回るほかにないと気づいた。
例えば、澤村拓一が4回まで投げ、巨人がリードした状態で内海哲也に引き継ぐ。
どうなる?

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ・澤村拓一投手に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年6月7日「澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!」はこちら。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

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菅野智之入団拒否、勇気ある決断を擁護する…ドラフト2012

球団がドラフトで選手を指名する。
選手がドラフトで入団を拒否する。
双方とも規約や権利に則っている。
その判断と行動に悪者は存在いない。
今回は球団の勇気と選手の勇気がぶつかっただけの話である。

⇒2011年10月29日「菅野智之…巨人油断、ドラフト一本釣り詰め甘く大失態」はこちら。

日本プロ野球は、球団の経営努力により業績や人気に大きな格差がついた。
その結果、有望選手が一握りの球団に集中して戦力が偏るという不都合が生じた。
それを防止するために取られた“必要悪”の措置がドラフト制度の導入だった。

⇒2011年10月30日「巨人1位指名は長身左腕・松本竜也投手…香川・英明高校」はこちら。

菅野智之は北海道日本ハムファイターズへの入団拒否を表明した。
「小さい頃からの夢が大きかった」。
自分の意志を貫く姿勢は立派の一言。
会見後の晴れやかな表情が印象的だった。

もっとも愚かなのは、「ドラフトは正しい」という前提のもとに菅野智之をけしからんと退ける指摘や風潮である。
時代錯誤もはなはだしい。
球団が取りたいと望み、選手が入りたいと望んでいるのに、それが叶わない仕組みがそもそも異常なのだ。
自由主義国とはとても思えない。

今回の件を受け、入団拒否選手への“締めつけ”を強化すべきとの暴論が沸き起こるだろう。
個人の「自由」は重い。
それを組織の「論理」で奪うべきでない。
まして何ら正当性を持たない制度に従えなど、論外。
問題は、日本プロ野球そのものの保守的な運営にあり、球界の抜本的な改革が急務である。
メジャーリーグでもベースボールの人気は年々低下している。
はっきり言って、野球は古い。
“縛り”だらけで腐臭を放っている。

私は、菅野智之が清武英利前代表の引き起こしたゴタゴタ劇に嫌気が差し、日本ハムファイターズに入団するかもしれないと考えていた。
しかし、読売ジャイアンツ(巨人軍)に対するこだわりはまったく揺るがなかった。

とはいえ、巨人はファン不在の内紛劇で補強がままならない。
また、球団(フロント)、監督・コーチ・選手などの精神的な動揺も小さくない。
来季もセ・リーグ制覇を逃す可能性がある。
そうなると原辰徳監督は解任となり、江川卓が新監督に就任する。
菅野智之は会見で、伯父の原辰徳監督とともにプレーしたいとも語っていた。
その夢が崩れる。

さらに、2012年ドラフト会議では、親会社が変わった「横浜DeNAベイスターズ」が迷わず1位指名に踏み切り、当たりくじを引く。
つまり、交渉権を獲得する。

⇒2011年10月23日「菅野智之は横浜と巨人が指名…ドラフト会議12球団1位予想」はこちら。

菅野智之は新監督・原辰徳とともに愛する地元の球団にすんなりと入りなさい。
めでたし、めでたし・・・。

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澤村拓一、ぶっちぎりセ・リーグ新人王…巨人4年連続選出

読売巨人軍(ジャイアンツ)の2010年ドラフト1位指名のゴールデンルーキー、澤村拓一投手が2011年セ・リーグ新人王を獲得することが確実になった。
ぶっちぎりの活躍を示し、対抗馬が見当たらない。
これにより巨人から4年連続で選出される。

澤村拓一はシーズンを通して先発ローテーションの一角を担った。
私が予想したとおりの実力をコンスタントに発揮しつづけた。
試合をつくれなかったのは2〜3度にすぎない(おそらく)。
大崩れがなく、非常に安定していた。
監督が1年間当てにできる新人投手は滅多に入団するものでない。

ただし、私が考えていたのは15勝以上であり、勝ち星でかなりの差が生じた。
統一球(飛ばない公式ボール)の採用が影響したのか、巨人打線は極度の不振にあえぎ、得点力が大幅に低下した。
打線が元気だったら、15勝を上回ったはずだ。
巨人は2〜3シーズン前の破壊力が消え失せた。

澤村拓一は10月14日に先発し、調子が悪いながらも中日ドラゴンズのセ・リーグ連覇を阻止した。
無四球2失点完投。
これが今季最終登板だろう。
ついに、先行する負け星に勝ち星が追い付いて11勝11敗。
結局、試合数28、投球回数 196 2/3、防御率1.97、完投5、完封1、奪三振 171。

年間2百イニング近く投げる投手の存在は大きい。
負けが多いが、逆に言えば、終盤まで試合をつくった証拠である。

なお、原辰徳監督が今季最終試合で澤村拓一の2百イニング投球をサポートするかもしれない。
最多勝利を競う先発・内海哲也投手のリリーフに回る?
むろん、試合展開による。

                       ◇

澤村拓一(沢村拓一。さわむら・ひろかず)。
1988年4月3日、栃木市生まれ。
184cm、90kg、A型。
佐野日大高、中大を経て、念願の読売巨人軍(ジャイアンツ)に入団した。
注目のドラフトは実質、逆指名になった。
重い速球を武器とする本格派右腕。

澤村拓一は野武士のような不敵な面構えながら、実直で求道的な雰囲気も漂わせる。
研究熱心で、鍛錬を怠らない。
また、負けん気が強く、度胸があってプロ向き。

クライマックスシリーズ(CS)では、巨人投手陣の軸として一番の活躍を見せるのでは…。
来季にはエースとして開幕投手を務めそうだ。

◆書き加え1(10月16日)

巨人は本拠地・東京ドームで中日に3タテを食わせ、胴上げを阻止した。
シーズンの最後に意地を見せた格好。
また、Aクラスを決めた。
クライマックスシリーズ(CS)進出へ勢いのつく勝ち方だ・・・。
これで、阪神タイガース・真弓明信監督の首が飛んだ。
勝負の世界は厳しい。

◆書き加え2(10月20日)

巨人の今季最終試合は本拠地の東京ドーム。
つまり、後攻。
残り3 1/3の澤村拓一の2百イニング投球と内海哲也の最多勝利を両方叶えるには、澤村拓一が先発して内海哲也がリリーフに回るほかにないと気づいた。
例えば、澤村拓一が4回まで投げ、巨人がリードした状態で内海哲也に引き継ぐ。
どうなる?

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ・澤村拓一投手に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年6月7日「澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!」はこちら。

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落合博満は横浜ベイスターズの監督就任へ…5年で立て直し

日本最大の人口を誇る横浜市。
その住民にとり最大の屈辱は、万年Bクラスどころか最下位が指定席のプロ野球チーム「横浜ベイスターズ」の存在である。
悲しいことに“横浜の恥”でしかない。

また、それは単に己の問題で済ませられない。
横浜ベイスターズはセ・リーグを毎シーズンつまらなくしている。
早々にペナントレースから脱落し、すぐに“蚊帳の外”になってしまう。
5位に何とか喰らいつくという状況でない。

パ・リーグと異なり、セ・リーグは実質5チームで戦っており、人気凋落の一因となっている。
横浜ベイスターズはセ・リーグのお荷物球団だ。

尾花高夫は投手コーチとしての手腕は折り紙付きである。
とくに若手を育成させたら日本一。
読売ジャイアンツの投手コーチをやめたことは、本人にとっても巨人にとっても不幸なことだった。
盤石に見えた「投手王国」は退団と同時に崩壊した。

しかし、監督としての力量は疑問符が付く。
表情から人柄のよさや性根の優しさが伝わってくる。
どん底に沈みっ放しのチームを鍛えあげるには、指揮官が心を鬼にしなくてならない。
そうでないと、負け癖の染み付いたチームの立て直しは絶対に叶えられない。
尾花高夫は指導の職人であり、“監督の器”でない。

横浜ベイスターズは最悪の成績が続いており、したがって興行収入が悪い。
加えて親会社のTBSホールディングスは、TBSの広告収入が落ち込み、それを簡単に回復させられる見込みがない。
球団経営の恒常赤字を補てんする余力を失った。
となれば、“身売り”に踏み切るしかない。

昨秋、住宅設備大手の住生活グループ(現LIXIL)と球団売却交渉の大詰めで決裂した。
本拠地を他都市に移転させたい住生活と折り合いがつかなかったのだ。
今季すでに複数の企業が球団買収に名乗りを上げている。
旅行代理店大手のエイチ・アイ・エス(HIS)、携帯ゲーム「モバゲー」のディー・エヌ・エー(DeNA)などらしい。

球団に本気で再建する意思がなさそうであり、このままのチーム状態だとしたら横浜に不要だ。

                       ◇

ところで、中日ドラゴンズの落合博満監督が3年契約終了との理由で退団させられる。
同球団で最長期間その地位に留まり、しかも素晴らしい成績を残した。
横浜ベイスターズは再建に招聘すべきだ。
まだ57歳と若く、5年程でチームを救えるだろう。
優勝などと贅沢は言わない。
せめてクライマックスシリーズ(CS)進出へ。

落合博満は野球(監督)を続けたい意向を持っているはずだ。
となると、信子夫人が関内の横浜スタジアムに毎試合、応援に駆け付けるかもしれない。

                      ◇◆◇

横浜ベイスターズに関するブログは以下のとおり。

⇒2010年5月1日「尾花高夫、横浜ベイスターズを再生」はこちら。

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原辰徳監督がサイン攻め…巨人軍はスター不在

先週金曜日、博多駅で「のぞみ」に乗車するために12番線のホームを歩いていたら、通行に支障を来たすほどの人ごみができていた。
それは、読売巨人軍(ジャイアンツ)の原辰徳監督を囲む大勢のファン(?)だった。
皆、お目当てはサイン。

そうか、「日本生命セ・パ交流戦」。
巨人は前日までヤフードームで福岡ソフトバンクホークスと2連戦だった。
今季絶好調、とくに交流戦はほとんど負け知らずのホークスに敗れ、巨人は4連敗。
しかも、ホークスに4戦全敗。
原辰徳監督がサイン攻めに合っているということは、選手らも一緒のはずだ(主力は新幹線と飛行機に分乗?)。

巨人は松井秀喜が2003年シーズンにメジャーリーグ(ニューヨーク・ヤンキース)へ移籍して以来、人気と実力を兼ね備えたスター選手がいない状態が続いている。
かつて打者では長嶋茂雄、王貞治、原辰徳など、投手では江川卓など、多くのスター選手がいた。
とはいえ、そこにいるだけで華のあるスター選手は長嶋茂雄など、ごくわずかだ。
両リーグを見渡しても、めったに現れないのかもしれない。

私は原辰徳監督がファンに囲まれる様子に、球界の盟主の凋落を感じた。
もっとも長嶋茂雄は監督在任中に脳梗塞で倒れるまで、巨人軍どころかプロ野球界で最大のスターでありつづけた。
その人気は突出しており、現役選手をまったく寄せつけなかった。

巨人はくじ運に自信がないせいか、ドラフトで人気選手の指名を避けてきた。
それもスター不在の一因だろう。
近年、高校卒に逸材が多いが、入団後の活躍に未知数な部分が大きく、育成に時間もかかりやすい。
巨人は即戦力になりそうな大学卒や社会人出に的を絞っている。
安全牌のドラフト指名選手を育成出身選手で補うとのチーム方針か。
しかし、このところ目覚ましい活躍を見せているのは高校卒だ。

私は驚いた。
原辰徳監督は9号車だったが、コーチなどを含めた10人程が10号車に乗った。
いまは喫煙ルームが設けられているが、もとは喫煙車両である。
ヘビースモーカーの私はずっと10号車であり、地元の神奈川県横浜市では犯罪者みたいに扱われている。
スポーツ選手がタバコを吸うという理由で非難されるのはどうかと思いながらも、意外。
私の後方におそらく小笠原道大、阿部慎之介、久保裕也などがいた。
いずれもチームの主力である。

巨人の選手らは負け疲れのせいか、眠り込んでいる。
移動時間に体を休めるのは悪いことでない。
この間、周囲の視線も気にしなくて済む。
皆、熟睡・・・。
やがて新大阪駅で降りた。
9号車か8号車か、沢村拓一がホームを歩いていた。
横顔が引き締まっている。
スーツを着ていても、鍛え抜いた筋肉が伝わってきた。

余談。
阿部慎之介はでかい。
サングラスをかけているが、まるで似合わない。
キャッチャーはどっしりとした安定感が必要なのかもしれないが、もう少し体を絞ったほうがよいのでは…。
重いとケガが増える。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年6月8日「斎藤佑樹、復帰戦は変化球主体の投球から脱却?」はこちら。

⇒2011年6月7日「澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!」はこちら。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ

西武ライオンズのドラフト1位・大石達也は先日、右肩に違和感を訴え、出場選手登録を抹消された。
私は、ローテーション入りは堅いと思ったが、先発投手としてのスタミナに不安を残していた。
が、宝物であることに変わりはない。
キャンプの疲労が取れれば、すぐに戻ってこられるだろう。
読売ジャイアンツのドラフト1位・澤村拓一などの活躍が気になるかもしれないが、焦らないことだ。

その代わりといってはなんだが、ドラフト2位・牧田和久が初登板で7回3分の1を1失点に抑える好投を見せた。
しかし、澤村拓一同様、救援陣が追い付かれて初勝利を逃した。

牧田和久はサブマリン。
年齢は26歳なので、「オールドルーキー」。
遅い直球を主体に、緩い変化球を交え、ソフトバンク打線を2安打と手玉に取った。
小気味よいテンポで投げ込み、完封ペースだった8回一死、右手中指に血豆ができて降板・・・。
球速のない投手は頭(ブレーンワーク)、つまりピッチングの組み立てで勝負するしかない。

それにしても西武ライオンズはクジ運が強い。
渡辺久信監督が、昨季の菊池雄星と同じ6球団が競合した大石達也を引き当てた。
そのうえ、牧田和久の掘り出し物を手に入れた。
こちらはクジ運というより“目利き”の勝利か。
セ・パ12球団で、西武ライオンズがドラフト会議で最大の収穫を上げたようだ。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

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⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

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沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督

読売ジャイアンツ(巨人)の宮崎1軍キャンプ。
新人でただ一人帯同している期待の星、沢村拓一が6日、初のフリー打撃(バッティング)に登板した。
坂本勇人と大田泰示を相手に55球。
巨人が松井秀喜(ゴジラ)の後継を託す大田泰示の背番号55を意識したかどうか、私は知らない。

沢村拓一は伸びのある内角直球で坂本勇人のバットを2度へし折った。
疲労がピークに達していたせいかブルペンで不安定だった制球がこの日、バッターに向かった途端にしゃんとした。
セットポジションからスピンの利いた速球を投げ込む。
このピッチャーは実戦にめちゃくちゃ強そうだ。
投球フォームも球筋もきれいな斎藤佑樹と対照的に、実にえげつない。

沢村拓一は、今後さらに切れと球速が増すだろう。
川口和久投手総合コーは「特上」と絶賛した。

課題はコントロール(制球)だが、売りはあくまで速球。
荒れるかも…。
打者からすれば、嫌な投手である。
好かれたらプロとしてやっていけない。
剛腕ルーキーは15日の紅白戦でデビューするようだ。
沢村拓一よ、小笠原道大のバットをへし折ってやれ。

原辰徳監督は開幕投手を白紙としており、沢村拓一は内海哲也、東野峻という左右の両エースと並んで最有力候補の一角。
私は本命と考える。
開幕投手テスト(試験)になろう。
本人も虎視眈々と狙っているはずだ。
決定のリミットは3月3日、雛祭り(ひなまつり)。

沢村拓一は3月25日、東京ドームのオープニングゲーム(開幕試合)、横浜戦の先発マウンドに立っていなくてならない。
21世紀に入り、プロ野球は話題がパ・リーグに集中している。
長らく球界の盟主を自負してきた巨人は人気面での巻き返しが必須なのだ。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

以下に、「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」と題する2010年11月12日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は日曜日の深夜(月曜日午前1時半過ぎ)だというのに、朝一に提出する経営トップ・営業幹部向けの講演パンフレットの原稿を作成しているところ。
テキストのレジュメを固めるまでが大変である。
これはそのまま講演のプログラムになる。
老いた頭を一日中動かしたので、くたくた…。
私は頑張っているのだけれど、仕事が非常に遅い。
朝方5時、6時は覚悟している。
終わらないかぎり眠れない。

そんなとき、つけっ放しのテレビ朝日「Get Sports」で、読売ジャイアンツから単独1位指名を受けた沢村拓一を取りあげていた。
母親と初めて見に行ったのが東京ドームの巨人戦だった。
念願の巨人入りを果たした。

私は沢村拓一の不敵な面構えが好きだ。
闘争心がそのまま顔になっている。

「自分をいじめることが好きなんですよ、結構」。
なるほど、「M」である。

沢村拓一は高校時代に投手失格を言い渡され、挫折を味わった。
悩み苦しみ、体重も落ちるところまで落ちた。
中央大学へ進学する際、ここで結果を出せないようなら野球をやめると誓った。
彼の気迫を真正面から受け止めたのが恩師・高橋善正監督だった。
この出会いが彼の人生を好転させた。

沢村拓一は「練習しないと、先はない…」とさらっと語った。
何と厳しい言葉だろう。
練習量が突出しており、徹底的に自分をいじめ抜く。
納得がいくまで決してやめない。

それと、沢村拓一がこだわったのがウエイト(筋力)トレーニング。
下半身を集中的に鍛え抜いた。
私はその映像を見たが、体を壊してしまうのでないかと心配になった。
野球選手、まして投手としてはあまりに過酷。
こうした壮絶な努力が実り、ついに大学球界最速時速 157キロメートルをマークした。

沢村拓一は今シーズン先発6試合、すべて完投。
そのなかに延長戦も含まれる。
9回でも時速 150キロメートル台の剛速球を投げる。

沢村拓一は不断の鍛錬により気持ちの強さと類まれなスタミナの両方を手に入れた。
1年目から読売ジャイアンツの先発完投型投手の一番手として大車輪の活躍を見せそう。
投手崩壊のチーム事情からすれば、開幕投手も夢でない。
ぜひ「沢村賞」を狙ってほしい。

力量では巨人のエース格だ。
メジャーリーグへ移籍した上原浩治の入団時よりも上でなかろうか。
掛け値なしに「逸材」と呼べる。
沢村拓一は持ち前の強気と執念でドラフトを実質的に「逆指名」に変えてしまった。

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◆書き加え1(11月8日)

野球の素人ながら、沢村拓一の言葉がちょっと気になった。
「自分は下半身しか鍛えない」。
基本は下半身であり、真っ当な考え方だと思う。
沢村拓一は力感あふれるダイナミックなフォームが魅力的である。

しかし、下半身があれほどまでに強いと、肩や腕を含めた上半身に相当な負荷がかかるのでは…。
上半身が下半身に負け、怪我や故障につながる可能性はないのか。
どうなのだろう?

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斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?

あっ、しまった。
いつの間にか「斎藤佑樹」が「斎藤祐樹」に変わっていた。
昨年11月のブログは大丈夫だったが、12月に入って間違いはじめた。
ホント、恥ずかしい。
言い訳にもならないが、私の妹は「祐子」。
過去にさかのぼって文字を直すことにした(妻に直してもらう)。

日本ハムファイターズのドラフト1位ルーキー・斎藤佑樹投手は2月1日から25日まで沖縄県名護市で行われる1軍キャンプに帯同する。
対外試合が組まれるので、実戦デビューを果たしそうだ。
私は非常に楽しみ。

本人は、「KOされたい」という趣旨の発言を行った。
プロの打者のレベルを体感しておきたいのだろう。
つまり、斎藤佑樹は開幕1軍と心に決めている。
頼もしいこと!

新人は入れ込み、キャンプで飛ばす。
1軍の切符がかかっているから当然だ。
が、斎藤佑樹は落ち着いており、しかもクレバーである。
私はプロで十分に通用すると見る。

名護キャンプでは、首脳陣からマイペース調整を許されている。
斎藤佑樹が見据えるのは公式戦登板だ。
名護キャンプでは練習試合も7試合行われる。

おそらくセ・パ12球団のキャンプインは2月1日(私はうとい)。
今年は新人、とくに投手に逸材が揃っており、初日からマスコミとファンがヒートアップするはずだ。
開幕が待ち遠しい。

◆書き加え1(1月29日)

千葉・鎌ケ谷での新人合同自主トレーニングが終わった。
この間、大勢のファンが訪れた。
斎藤佑樹は軽めの練習後、沖縄・名護キャンプへ向けて荷造りを行い、荷出し。
スーツケースたった1個。

31日には沖縄入りだ。

以下に、「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」と題する2010年12月15日のブログを収める。

                      ◇◆◇

NHK総合テレビで「“ハンカチ王子”と戦った4年間」が放送された。
私は仕事をしており、ときどき聞く程度。
早稲田大学野球部の斎藤佑樹投手に関するドキュメンタリー番組。
本人へのインタビューも含まれる。
ハンカチ王子と戦ったとは、期待の重圧と戦ったという意味だった。

私は大きな期待をかけられたことがない。
半世紀前を振り返れば、直江津小学校(新潟県直江津市)の高学年の頃はそれなりに活躍(?)した。
児童会長、鼓笛隊隊長、勉強、絵…。
60年近い人生で一番輝いていた。
親の期待をいくらか感じた。
しかし、それを面と向かって私に示さなかった。
うれしそうにしていた。
立派である。
ただし、親戚にはかなり自慢したらしい。

私は世間の注目を集めたことがなく、それがどれくらい大変か分からない。

2006年夏の甲子園決勝戦。
前評判が高くなかった早稲田実業・斎藤佑樹は、大会ナンバーワンの呼び声が高かった駒大苫小牧高校・田中将大とぶつかった。
2日連続の死闘を一人で投げ抜き、しかも田中将大に投げ勝った。
マウンド上で額の汗をぬぐったのがハンケチ。
端正なルックス、知的で清潔な雰囲気…。
「ハンカチ王子」の愛称がつけられ、一躍脚光を浴びた。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

斎藤佑樹は語った。
自分の名前が独り歩きし、イメージがどんどん膨らんでいった。
いわゆる「人気」。
それが早稲田大学野球部に在籍した4年間、ずっとついて回った。
周りからこれでもかと期待を寄せられた。

私は、斎藤佑樹がドラフトに不安を感じていたと知り、驚いた。
プロ野球の自分に対する評価を図りかねていたのだ。
当日、4球団の1位指名に笑みがこぼれた。
そして、運命の抽選くじ(当たりくじ)を引いた球団が日本ハムファイターズだった。

斎藤佑樹は群馬県で生まれ、高校から東京で暮らした。
ゆえに、在京球団、とくに東京六大学野球で活躍した神宮球場を本拠地とするヤクルトスワローズを願う気持ちがいくらかあったかもしれない。
しかし、彼は日本ハムの指名権獲得を心の底から喜んでいるように見えた。
いい男だ。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

番組で、斎藤佑樹は苦悩が深いほうだと知った。
表情をあまり崩さないので、これは意外だった。
汗用と思ったハンカチは涙用だった?

私が期待をかけられなかったということは、私が成果を上げなかったということ。
注目を浴びる立場になれなかったことにさみしさを感じた。

期待は人を変える。
おそらくよい方向へ導く。
問題は、大きな期待がかかったときだ。
それを重圧と感じ、逃げ出したくなる、押し潰される…。
本物や一流になるには、周囲の期待を自分のエネルギーに変えられなければならない。

なお、斎藤佑樹の目標は、子どもたちの目標になること(言葉は曖昧)。
やさしさが伝わってくる。
彼は人間として素晴らしい何かを持っている。

                       ◇

このブログで斎藤佑樹を幾度か取りあげた。
私は野球に限らず、スポーツに関する専門知識がない。

裏づけのない直感にすぎないが、斎藤佑樹はプロ野球で活躍する。
ダルビッシュ有が抜けるだろう再来期、日本ハムのエースに育っている。

現時点での実力は、読売ジャイアンツのドラフト1位指名・沢村拓一のほうがだいぶ上だ。
しかし、すでに投手として成長しており、ほぼ完成品。
それに比べ、斎藤佑樹はかなり伸び代が残っているのでは…。

乱暴を承知で、このブログで述べた。
開幕一軍などとケチくさいことを言わず、開幕投手に起用してほしい。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

プロ野球人気に陰りが出て久しい。
それくらいのファンサービスが用意されてもよい。
なぜかパ・リーグが注目選手をどんどん引き当てている。
セ・リーグと人気が逆転する日が近い?

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

あくまで直観だが、沢村拓一はそれくらいの実力を持っている。
当然、新人王。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

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一二三慎太の夢は江夏豊…完封&決勝本塁打

日曜日、テレビ東京の「ネオスポーツ」、阪神タイガースからドラフト2位(2順目)指名を受けた東海大相模(東海大学付属相模高等学校)の一二三慎太が登場していた。
まずは投手に挑戦する。
その結果により、打者に転向するかもしれない。
バッティングセンスは非凡だ。

私は神奈川県の横浜市に暮らす。
東海大相模は同県の相模原市。
万年Bクラスというか、このところ万年最下位(?)の横浜ベイスターズに入団して活躍してくれればうれしいと思っていた。
彼は大阪の出身だった。

以下に、「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」と題する2010年11月11日のブログを収める。

                      ◇◆◇

私は先々週後半、品川プリンスホテルのアネックスタワー(旧エグゼクティブタワー)に宿泊していた。
全室にゆったりとしたベッド(クイーンサイズ? キングサイズ?)が備わっており、欧米人でも窮屈さを感じない。
ほとんどがビジネスマン1名の利用だ。
とてもきれいでセクシーな女の子が館内を歩いていることがある。
私も幾度か声をかけられた。
目の保養になる。

                       ◇

さて、木曜日の夕方、周辺が騒がしい。
後で知ったのだが、隣のグランドプリンスホテル新高輪で「2010年プロ野球ドラフト会議」が行われていた。
午後5時〜8時。
12球団の首脳とスカウトはもとより報道陣が大勢詰めかけていたのだ。

ところで、東海大相模高校の一二三慎太が阪神タイガースから2順目で単独指名を受けた。
2位指名。
これも後で知ったのだが、彼は大阪の出身。
一二三慎太はドラフト会議の終了後、実は阪神ファンだったと明かした(不確か)。

私は横浜に住んでおり、横浜ベイスターズに入ってくれればと思っていた。
負け癖が染みつき、セ・リーグのお荷物球団になっている。
横浜の恥である。
住生活グループによる球団買収の話が持ち上がり、しかも流れたばかり。
ファンも選手もつらいし、落ち着かない。
そうでなければ、東海大学へ進んで読売ジャイアンツに入るのではと思っていた。
原辰徳監督と同じ道を歩む…。

横浜ベイスターズも読売ジャイアンツも逸材を逃した?
3順目以降の指名を予定していたのか。
それとも…。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

一二三慎太はバッティングが大好きで、非凡なセンスが光る。
夏の甲子園では打率5割を大きく超えた。
他球団はおもに打者として評価していたが、阪神タイガースは投手として育成する方針のようだ。
本人はどちらでもと発言したことがあるが、本音は投手で勝負したい?
ドラフト会議の結果はそうした意向に沿うものであり、喜んでいるだろう。
おめでとう。

一二三慎太は球種の豊富さと直球の速さをあわせ持つ。
夏の甲子園の地区予選(神奈川県大会)からサイドスロー(横手投げ)に転向し、秋からオーバースロー(上手投げ)に戻した。
本人は模索している状態。
したがって、一二三慎太は投球フォームが固まっていない。
1軍に上がるまでに2〜3年はかかりそう。
将来のエースに育ってほしいところ。

◆書き加え1(11月7日)

一二三慎太は6日、阪神タイガースから指名の挨拶を受けた。
私は、その際のマスコミに対するスカウトの発言が気になった。
どうやら打者としての可能性(魅力)も捨てきれないようだ。
球団はじっくりと見極めていくつもりか…。

一二三慎太は、甲子園球場のマウンドに立つことを望んでいるだけでない。
夢はでっかく、完封&決勝本塁打。
1973年、江夏豊は延長11回を無安打無得点(ノーヒットノーラン)に抑え、サヨナラ本塁打を放った。
自分一人で試合を決める!
何と欲張りな…。
実際、毎日懸命に打ち込みを行っている。

打順が9番でない投手。
一二三慎太は7番や8番を打つかもしれない。
また、代打に出てくるかもしれない。
考えただけで、わくわくする。

一二三慎太はフォームが固まれば、直球の速度も変化球のキレも大幅に増すだろう。
すでにサイドスローで時速 150キロメートルをマークしている。
大器である。

12球団で出番がもっとも早いのが横浜ベイスターズだった。
地元の私は残念・・・。
国内フリーエージェント(FA)権を行使する内川聖一内野手など、主力選手がどんどん抜けていきそう。

⇒2010年5月1日「尾花高夫、横浜ベイスターズを再生」はこちら。

⇒2009年9月28日「横浜の恥…開国博、ベイスターズ」はこちら。

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斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍

NHK総合テレビで「“ハンカチ王子”と戦った4年間」が放送された。
私は仕事をしており、ときどき聞く程度。
早稲田大学野球部の斎藤佑樹投手に関するドキュメンタリー番組。
本人へのインタビューも含まれる。
ハンカチ王子と戦ったとは、期待の重圧と戦ったという意味だった。

私は大きな期待をかけられたことがない。
半世紀前を振り返れば、直江津小学校(新潟県直江津市)の高学年の頃はそれなりに活躍(?)した。
児童会長、鼓笛隊隊長、勉強、絵…。
60年近い人生で一番輝いていた。
親の期待をいくらか感じた。
しかし、それを面と向かって私に示さなかった。
うれしそうにしていた。
立派である。
ただし、親戚にはかなり自慢したらしい。

私は世間の注目を集めたことがなく、それがどれくらい大変か分からない。

2006年夏の甲子園決勝戦。
前評判が高くなかった早稲田実業・斎藤佑樹は、大会ナンバーワンの呼び声が高かった駒大苫小牧高校・田中将大とぶつかった。
2日連続の死闘を一人で投げ抜き、しかも田中将大に投げ勝った。
マウンド上で額の汗をぬぐったのがハンケチ。
端正なルックス、知的で清潔な雰囲気…。
「ハンカチ王子」の愛称がつけられ、一躍脚光を浴びた。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

斎藤佑樹は語った。
自分の名前が独り歩きし、イメージがどんどん膨らんでいった。
いわゆる「人気」。
それが早稲田大学野球部に在籍した4年間、ずっとついて回った。
周りからこれでもかと期待を寄せられた。

私は、斎藤佑樹がドラフトに不安を感じていたと知り、驚いた。
プロ野球の自分に対する評価を図りかねていたのだ。
当日、4球団の1位指名に笑みがこぼれた。
そして、運命の抽選くじ(当たりくじ)を引いた球団が日本ハムファイターズだった。

斎藤佑樹は群馬県で生まれ、高校から東京で暮らした。
ゆえに、在京球団、とくに東京六大学野球で活躍した神宮球場を本拠地とするヤクルトスワローズを願う気持ちがいくらかあったかもしれない。
しかし、彼は日本ハムの指名権獲得を心の底から喜んでいるように見えた。
いい男だ。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

番組で、斎藤佑樹は苦悩が深いほうだと知った。
表情をあまり崩さないので、これは意外だった。
汗用と思ったハンカチは涙用だった?

私が期待をかけられなかったということは、私が成果を上げなかったということ。
注目を浴びる立場になれなかったことにさみしさを感じた。

期待は人を変える。
おそらくよい方向へ導く。
問題は、大きな期待がかかったときだ。
それを重圧と感じ、逃げ出したくなる、押し潰される…。
本物や一流になるには、周囲の期待を自分のエネルギーに変えられなければならない。

なお、斎藤佑樹の目標は、子どもたちの目標になること(言葉は曖昧)。
やさしさが伝わってくる。
彼は人間として素晴らしい何かを持っている。

                       ◇

このブログで斎藤佑樹を幾度か取りあげた。
私は野球に限らず、スポーツに関する専門知識がない。

裏づけのない直感にすぎないが、斎藤佑樹はプロ野球で活躍する。
ダルビッシュ有が抜けるだろう再来期、日本ハムのエースに育っている。

現時点での実力は、読売ジャイアンツのドラフト1位指名・沢村拓一のほうがだいぶ上だ。
しかし、すでに投手として成長しており、ほぼ完成品。
それに比べ、斎藤佑樹はかなり伸び代が残っているのでは…。

乱暴を承知で、このブログで述べた。
開幕一軍などとケチくさいことを言わず、開幕投手に起用してほしい。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

プロ野球人気に陰りが出て久しい。
それくらいのファンサービスが用意されてもよい。
なぜかパ・リーグが注目選手をどんどん引き当てている。
セ・リーグと人気が逆転する日が近い?

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

あくまで直観だが、沢村拓一はそれくらいの実力を持っている。
当然、新人王。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

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沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…

私は日曜日の深夜(月曜日午前1時半過ぎ)だというのに、朝一に提出する経営トップ・営業幹部向けの講演パンフレットの原稿を作成しているところ。
テキストのレジュメを固めるまでが大変である。
これはそのまま講演のプログラムになる。
老いた頭を一日中動かしたので、くたくた…。
私は頑張っているのだけれど、仕事が非常に遅い。
朝方5時、6時は覚悟している。
終わらないかぎり眠れない。

そんなとき、つけっ放しのテレビ朝日「Get Sports」で、読売ジャイアンツから単独1位指名を受けた沢村拓一を取りあげていた。
母親と初めて見に行ったのが東京ドームの巨人戦だった。
念願の巨人入りを果たした。

私は沢村拓一の不敵な面構えが好きだ。
闘争心がそのまま顔になっている。

「自分をいじめることが好きなんですよ、結構」。
なるほど、「M」である。

沢村拓一は高校時代に投手失格を言い渡され、挫折を味わった。
悩み苦しみ、体重も落ちるところまで落ちた。
中央大学へ進学する際、ここで結果を出せないようなら野球をやめると誓った。
彼の気迫を真正面から受け止めたのが恩師・高橋善正監督だった。
この出会いが彼の人生を好転させた。

沢村拓一は「練習しないと、先はない…」とさらっと語った。
何と厳しい言葉だろう。
練習量が突出しており、徹底的に自分をいじめ抜く。
納得がいくまで決してやめない。

それと、沢村拓一がこだわったのがウエイト(筋力)トレーニング。
下半身を集中的に鍛え抜いた。
私はその映像を見たが、体を壊してしまうのでないかと心配になった。
野球選手、まして投手としてはあまりに過酷。
こうした壮絶な努力が実り、ついに大学球界最速時速 157キロメートルをマークした。

沢村拓一は今シーズン先発6試合、すべて完投。
そのなかに延長戦も含まれる。
9回でも時速 150キロメートル台の剛速球を投げる。

沢村拓一は不断の鍛錬により気持ちの強さと類まれなスタミナの両方を手に入れた。
1年目から読売ジャイアンツの先発完投型投手の一番手として大車輪の活躍を見せそう。
投手崩壊のチーム事情からすれば、開幕投手も夢でない。
ぜひ「沢村賞」を狙ってほしい。

力量では巨人のエース格だ。
メジャーリーグへ移籍した上原浩治の入団時よりも上でなかろうか。
掛け値なしに「逸材」と呼べる。
沢村拓一は持ち前の強気と執念でドラフトを実質的に「逆指名」に変えてしまった。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

◆書き加え1(11月8日)

野球の素人ながら、沢村拓一の言葉がちょっと気になった。
「自分は下半身しか鍛えない」。
基本は下半身であり、真っ当な考え方だと思う。
沢村拓一は力感あふれるダイナミックなフォームが魅力的である。

しかし、下半身があれほどまでに強いと、肩や腕を含めた上半身に相当な負荷がかかるのでは…。
上半身が下半身に負け、怪我や故障につながる可能性はないのか。
どうなのだろう?

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一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース

私は先々週後半、品川プリンスホテルのアネックスタワー(旧エグゼクティブタワー)に宿泊していた。
全室にゆったりとしたベッド(クイーンサイズ? キングサイズ?)が備わっており、欧米人でも窮屈さを感じない。
ほとんどがビジネスマン1名の利用だ。
とてもきれいでセクシーな女の子が館内を歩いていることがある。
私も幾度か声をかけられた。
目の保養になる。

                       ◇

さて、木曜日の夕方、周辺が騒がしい。
後で知ったのだが、隣のグランドプリンスホテル新高輪で「2010年プロ野球ドラフト会議」が行われていた。
午後5時〜8時。
12球団の首脳とスカウトはもとより報道陣が大勢詰めかけていたのだ。

ところで、東海大相模高校の一二三慎太が阪神タイガースから2順目で単独指名を受けた。
2位指名。
これも後で知ったのだが、彼は大阪の出身。
一二三慎太はドラフト会議の終了後、実は阪神ファンだったと明かした(不確か)。

私は横浜に住んでおり、横浜ベイスターズに入ってくれればと思っていた。
負け癖が染みつき、セ・リーグのお荷物球団になっている。
横浜の恥である。
住生活グループによる球団買収の話が持ち上がり、しかも流れたばかり。
ファンも選手もつらいし、落ち着かない。
そうでなければ、東海大学へ進んで読売ジャイアンツに入るのではと思っていた。
原辰徳監督と同じ道を歩む…。

横浜ベイスターズも読売ジャイアンツも逸材を逃した?
3順目以降の指名を予定していたのか。
それとも…。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

一二三慎太はバッティングが大好きで、非凡なセンスが光る。
夏の甲子園では打率5割を大きく超えた。
他球団はおもに打者として評価していたが、阪神タイガースは投手として育成する方針のようだ。
本人はどちらでもと発言したことがあるが、本音は投手で勝負したい?
ドラフト会議の結果はそうした意向に沿うものであり、喜んでいるだろう。
おめでとう。

一二三慎太は球種の豊富さと直球の速さをあわせ持つ。
夏の甲子園の地区予選(神奈川県大会)からサイドスロー(横手投げ)に転向し、秋からオーバースロー(上手投げ)に戻した。
本人は模索している状態。
したがって、一二三慎太は投球フォームが固まっていない。
1軍に上がるまでに2〜3年はかかりそう。
将来のエースに育ってほしいところ。

◆書き加え1(11月7日)

一二三慎太は6日、阪神タイガースから指名の挨拶を受けた。
私は、その際のマスコミに対するスカウトの発言が気になった。
どうやら打者としての可能性(魅力)も捨てきれないようだ。
球団はじっくりと見極めていくつもりか…。

一二三慎太は、甲子園球場のマウンドに立つことを望んでいるだけでない。
夢はでっかく、完封&決勝本塁打。
1973年、江夏豊は延長11回を無安打無得点(ノーヒットノーラン)に抑え、サヨナラ本塁打を放った。
自分一人で試合を決める!
何と欲張りな…。
実際、毎日懸命に打ち込みを行っている。

打順が9番でない投手。
一二三慎太は7番や8番を打つかもしれない。
また、代打に出てくるかもしれない。
考えただけで、わくわくする。

一二三慎太はフォームが固まれば、直球の速度も変化球のキレも大幅に増すだろう。
すでにサイドスローで時速 150キロメートルをマークしている。
大器である。

12球団で出番がもっとも早いのが横浜ベイスターズだった。
地元の私は残念・・・。
国内フリーエージェント(FA)権を行使する内川聖一内野手など、主力選手がどんどん抜けていきそう。

⇒2010年5月1日「尾花高夫、横浜ベイスターズを再生」はこちら。

⇒2009年9月28日「横浜の恥…開国博、ベイスターズ」はこちら。

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三菱UFJ20101116

木村拓也・大道典嘉・谷佳知…アスリート感動劇場

昨夜10時からテレビ東京で「アスリート感動劇場 1億の心に響く物語3」が放送された。
私たちに大きな勇気と深い感動を与えてくれるアスリートたち。
輝かしい活躍に隠された苦悩、孤独、逆境…。
そうした困難をどのように克服してきたのか、闘いつづける姿を追いながら、彼らを支える絆に迫るドキュメントである。

ストーリー1は、今年37歳の若さで急逝した読売ジャイアンツの木村拓也一軍内野守備走塁コーチだった。
彼がチーム内で一番信頼を寄せていたのが2歳年上の親友、大道典嘉選手。

互いに選手生命終盤の巨人移籍組。
スター揃いのジャイアンツで、華やかさと無縁、武骨で愚直。
二人の合言葉は「あきらめたら終わり」。
雑草の私は同感。

大道典嘉は、広島で木村拓也の葬儀が行われた日、東京で練習に打ち込んだ。
2軍のコーチやメンバーはびっくり…。

大道典嘉は1軍に戻れなかった。
悔しさを胸に、木村拓也の追悼試合をテレビで見た。
1点を追う8回、同じく移籍組の谷佳知外野手が代打逆転満塁ホームランを放った。
彼は木村拓也と同学年。

谷佳知はお立ち台で、大道典嘉は部屋で涙を流した。
二人の思いは、天国の木村拓也に届いた。

そして、ウイニングボールは、パパのグラブで始球式を行った長男に手渡された。
仕事を離れた木村拓也は、これ以上はないという子煩悩だった。

⇒2010年4月8日「追悼…木村拓也という生き様」はこちら。

木村拓也の名言を取りあげた。

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巨人包囲網完成…セ・リーグ順位予想

金曜日から東京ドームで行われている「巨人−中日」の3連戦。
観客動員はそれなりのようだ。
せっかちなマスコミが「首位攻防」と煽るからだ。
きょうは、きのうに続いてデーゲーム。
すでに球場周辺は両チームのファンで賑わっているのでないか。

私は、「首位攻防」という触れ込みはあまり安易に用いるべきでないと思う。
が、的を射ているのも事実だ。
プロ野球ファン(セ・リーグファン)の多くが、読売ジャイアンツと優勝を争うとしたら中日ドラゴンズしかないと感じている。
とくに巨人ファンはそう…。

後に詳しく述べているが、私は巨人の金曜日の負けっぷりを見て、呆れてしまった。
かなり余力を残している。
負け試合でも強いのだから、勝ち試合ではもっと強い。

きょう巨人が勝つと、V4(4連覇)は動かない。
つまんねぇ〜。

球団(フロント)もチーム(監督・コーチ・選手)も勝つために戦っている以上、巨人に「勝つな!」と言えない。
したがって、東京ドームを埋める巨人ファンは心を一つにして中日を応援しなければならない。
それは巨人ファンが優勝の喜びを爆発させるために必須の手続き・段取りであろう。

実は、このブログは土曜日の11時にアップするつもりで、金曜日に書き記した。
ところが、私はマスターズ第2ラウンドで予選突破をかけてプレーする「石川遼」に感動した。
オーガスタの重圧にもがき苦しみ、恐怖に押しつぶされる姿があった。
金縛りの別人…。
ホールアウト後、放送席の解説者・中嶋常幸がねぎらい、慰めてくれた。
「自分がマスターズで8位になったときは、体が焦げるような感覚だった…」(うろ覚え)。
この言葉に、石川遼は気持ちを抑えきれずに大粒の涙を流した。

そこで、私は急きょ「石川遼1打差予選敗退…マスターズ」「石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙」と題する2本のブログをアップした。
⇒2010年4月10日「石川遼1打差予選敗退…マスターズ」はこちら。
⇒2010年4月10日「石川遼と浅田真央、あふれる悔し涙」はこちら。

以下に、土曜日に予定していた読売ジャイアンツに関するブログを載せよう。
1日遅れだ。

                       ◆

プロ野球セ・リーグの今シーズンはパ・リーグに1週間遅れて3月26日に開幕し、2週間が過ぎた。
オープン戦を含めて新鮮な話題が少なく、わりと静かに滑り出した。

そのセ・リーグは、4月にペナントの行方が見えた昨シーズンの二の舞になりそう。
読売ジャイアンツが早々と抜け出し、そのまま突っ走る?

巨人は投打、攻守のバランスがよい。
今季は走も加わり、総合力は群を抜く。
しかも原辰徳監督は選手の掌握と試合での采配が見事だ。
それを万全の球団(フロント)が支える。
スキが見当たらない。
開幕戦では、腰痛から復活した高橋由伸が8番を打った。
6番以降も“下位打線”でない。
投手陣が万全とは程遠い状態でありながら上位に留まっている。
戦力が出揃うのはこれからなので、そうなると手がつけられない。

私は思う。
大事なのは、巨人独走の芽を摘むこと。
5球団が会合を開いたり打ち合わせを行ったりしてはいけないが、暗黙のルールとして、しかし絶対の義務として、巨人戦に投手の3本柱、エース級をかならずぶつける。
これを守らないと、ペナントレースの興味が失われる。
それは巨人ファンにとっても不幸なことだ。
上位チームを追いかけていき、終盤でひっくり返すパターンが一番嬉しいのでないか。
「原巨人、歓喜のV4」。

このブログで述べたとおり、昨シーズンは「天王山」と呼べる試合が一つもなかった。
駅売りのスポーツ新聞もさぞかし見出しに困ったろう。
長いペナントレースでは、手に汗を握るクライマックス(山場)が8〜10月に2〜3回はほしいところだ。
昨シーズンは開幕早々に火が消え、とてもつまらなかった。
巨人がぶっちぎり。

                       ◇

2010年セ・リーグは大きな変化がなく、戦力的に4グループに分かれそう。
巨人が抜けており、次いで中日、やや差があってヤクルトと阪神、やや差があって広島と横浜。
何のことはない、昨シーズンと変わらない。
私は、このグループ内での順位の変動止まりと予想する。
城島健司捕手が加入した阪神タイガース、尾花睇彜篤弔就任した横浜ベイスターズがそれぞれ上位に来る可能性がある。

金曜日から東京ドームで巨人−中日3連戦が始まった。
初戦(午後6時〜)は中日ドラゴンズが制した。
私は巨人の負け試合を見て、巨人の強さを思い知らされた。
夏場を意識し、シーズン全体を見据えた、辛抱の選手起用だ。
この3連戦を巨人が勝ち越すようだと、ペナントレースの興味は一気に薄れる。
きょう、あすはデーゲーム(午後2時〜)。

私は、単独で巨人を倒せるチームはないと考えている。
5球団が協力して「エース包囲網」を構築すれば、中日がセ・リーグを制覇するはず。

また、横浜とヤクルトが巨人戦で頑張れば、昨シーズンと違った展開になる。
この2チームで「貯金25献上」はいただけない。
白ける。

                       ◇

ところで、なぜ興醒めの独走が起こるのか?

世間がチームの評価を、球団がチームの評価を、チームの成績だけで行うことも一因だろう。
むろん、監督やコーチ、選手は自らのチームの勝ち星を増やそう、順位を高めようと戦っている。

しかし、プロ野球ファンの立場から述べれば、それに劣らないほど大きな関心はシーズンを通じたペナントレースの盛りあがりだ。
日本プロ野球界の取り決めとして、球団は優勝チームをどれくらい苦しめたかを査定に反映させるように変えるべきだ。

例えば、2位になっても1位に大きく負け越したらマイナスと見なす。
天王山を台無しにしたペナルティである。

新査定方式の導入により最下位チームと首位チームの対戦もシーズン終盤まで熱くなれる。

ちなみに、9月中の優勝決定は5球団ともペナルティ。
無気力試合もいくらか減らせる。

巨人ファンはもとよりプロ野球ファンを大切にする長嶋茂雄終身名誉監督も私の意見に賛成してくれるはず。
現役時代と監督時代を通じ、エキサイティングなゲームを追い求めた。

⇒2009年9月25日「ONの時代…両雄並び立つ奇跡!」はこちら。

⇒2010年4月8日「追悼…木村拓也という生き様」はこちら。

⇒2009年3月26日「侍ジャパン、稲作型ベースボール」はこちら。

⇒2009年9月23日「原巨人独走胴上げV3、黄金期へ」はこちら。

⇒2009年4月12日「巨人を走らせるな!」はこちら。

                       ◇

⇒2010年4月7日「楽天不振に上機嫌の野村克也」はこちら。

⇒2009年11月5日「松井秀喜、MVPコールの感動!」はこちら。

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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。クライアントとともに77歳までに百社の設立を目指す(内、自ら11社)。

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