人気ブログランキング←応援、よろしく!

以前のブログで述べた「やりたいことをやれる」とは、「やりたいことで食べられる」という意味。
そうした人はほんの一握りに限られる。
圧倒的大多数の人は、やりたいことで食べられるということはない。
では、やりたいことを諦めなければならないのか。
そうでもない。
「趣味」として行うという手がある。

私は、ここに趣味の意義と効用があると思う。
やりたいことで食べられなくても、やりたいことをやれる。
趣味の凄さにほかならない。

「趣味を楽しむ」。
「趣味が高じる」。
この言葉に続くのは?
「プロになった」。

幸い、人々の価値観が多様化し、細分化している。
メジャーに上れなくても、マイナーでそれなりに輝ける。
そう考えると、時間の余裕の大きいサラリーマンのほうが趣味に生きやすい。

なお、私について述べれば、やりたいことを趣味でやることさえできなかった。
働き詰めだったせい。
それは万事において不甲斐ない自分を象徴している。

いまや、凡人がやりたいことで食べられるようになるには、一生涯という長い歳月が必要なのかもしれない。
趣味のご褒美にほかならない。

Copyright ©2008 by Sou Wada