自分はリストラされる可能性があるか?
判定は簡単だ。
自分がいなくなっても、これといった不都合が起こらず、いまの職場が回っていく、続いていくとしたら、リストラの対象になりうる。
私たちが自分と愛する家族の生活を守るには、そうした問いかけを決して忘れてならない。
そして、肝心なことは、その答が会社の側でなく、自分の側にあることだ。
リストラは、「会社の事情」によると考えたいのは分かる。
しかし、「自分の能力」によると考えたほうがよい。
放り出して助かるのが会社であり、放り出されて困るのが自分である以上…。
リストラを「他責」と見なすかぎり、能力の伸長も人間の成長も図られない。
それでは不況が訪れるたびに職場を失い、収入が途切れる。
自分も家族も社会の底辺をさまよう。
まして中高年に達すると、それにより職業人生が幕を閉じかねない。
「転ばぬ先の杖」。
人は平時にしか備えられない。
例えば、2003年〜2007年の5年間。
追い風に背中を押されていたので、だれしも仕事でそれなりの結果を残して当然である。
この間、気を引き締めて自分の能力の向上を強く意識した働き方を行ってきたか?
他力に甘んじる人は、かならず他責にする。
「不況で売れない」と言うなら、「好況で売れている。自分の能力は無関係」と言うべき。
売れているときは自分のお陰で、売れないときは景気のせいでは…。
冷静に振り返ると、いつだって仕事の成果は景気がもたらした。
自分がつくったわけでない。
営業職が上げてくる数字を眺めれば実感できるはず。
例外は、一握りのプロフェッショナル。
いまさら悔やんでも仕方がないが、不況期になってアタフタしても手遅れである。
せめて、職場でかけがいのない存在になるための第一歩を踏み出そう。
そうすれば、まさかのときに“拾う神”も現れる。
◇
なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。
******************
講演TV(人生編)
リストラの判定法
******************
これは、2009年4月22日(水)の「和田創ブログ」に若干のアレンジを加えたものである。
Copyright (c)2009 by Sou Wada
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自分がいなくなっても、これといった不都合が起こらず、いまの職場が回っていく、続いていくとしたら、リストラの対象になりうる。
私たちが自分と愛する家族の生活を守るには、そうした問いかけを決して忘れてならない。
そして、肝心なことは、その答が会社の側でなく、自分の側にあることだ。
リストラは、「会社の事情」によると考えたいのは分かる。
しかし、「自分の能力」によると考えたほうがよい。
放り出して助かるのが会社であり、放り出されて困るのが自分である以上…。
リストラを「他責」と見なすかぎり、能力の伸長も人間の成長も図られない。
それでは不況が訪れるたびに職場を失い、収入が途切れる。
自分も家族も社会の底辺をさまよう。
まして中高年に達すると、それにより職業人生が幕を閉じかねない。
「転ばぬ先の杖」。
人は平時にしか備えられない。
例えば、2003年〜2007年の5年間。
追い風に背中を押されていたので、だれしも仕事でそれなりの結果を残して当然である。
この間、気を引き締めて自分の能力の向上を強く意識した働き方を行ってきたか?
他力に甘んじる人は、かならず他責にする。
「不況で売れない」と言うなら、「好況で売れている。自分の能力は無関係」と言うべき。
売れているときは自分のお陰で、売れないときは景気のせいでは…。
冷静に振り返ると、いつだって仕事の成果は景気がもたらした。
自分がつくったわけでない。
営業職が上げてくる数字を眺めれば実感できるはず。
例外は、一握りのプロフェッショナル。
いまさら悔やんでも仕方がないが、不況期になってアタフタしても手遅れである。
せめて、職場でかけがいのない存在になるための第一歩を踏み出そう。
そうすれば、まさかのときに“拾う神”も現れる。
◇
なお、本日のテーマについて、もう少し詳しく、あるいはもう少し掘り下げて語っている。
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これは、2009年4月22日(水)の「和田創ブログ」に若干のアレンジを加えたものである。
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