コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

還暦

きょうが働ける最後の日

地獄のGWが幕を閉じた。
締め切りにとことん追い詰められた9日間だった。

実際には、もっと大変なGWをこれまでに数えきれないほど経験しているはずだ。
しかし、今年が一番つらく感じた。
途中、仕事が行き詰まり、疲労がピークになり、妻に「泣きたい」とこぼしてしまった。

「老い」が主因だろう。
1.頭が悪くなった。
2.心が弱くなった。
3.体が衰えた。
60歳の年齢と闘いつづけたGWだった。

講師の仕事が中心になるので、健康には注意を払っている。
講演やセミナー、研修に穴を開けるわけにいかない。
しかし、「きょうが働ける最後の日」というつもりで頑張りたいと、還暦の昨年あたりから思うようになった。
年を取るのは、ある意味で素晴らしい・・・。

おっと、凡人の私はそうした限界の状態を続けられるわけでない。
ときどきなのだが、「きょうが働ける最後の日」という決意で仕事に打ち込める。
それでも驚くべき変化である。

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年頭所感…元旦に手帳に大書する御利益(ごりやく)

私は長年「能率手帳」を愛用しています。
記憶が曖昧ですが、20代でもっともオーソドックスなタイプを使いはじめました。
昔は選べるほど種類がなかったと思います。
30代後半か40代前半にシステムダイアリーが流行し、3〜4年浮気をしたことがあります。
が、ほどなく能率手帳に戻りました。
ただし、サイズはA5判に変えました。
そして、かれこれ十年前後は「能率ダイアリーネクサス」を用いています。

私はこれまでも手帳に仕事上の目標や課題、方針などの大事なことをメモページなどに大きな文字で記してきました。
それによりときどき目に触れることになります。

最近はそれを発展させ、元旦にその年の取り組みの決意を書くことにしました。
まあ「年頭所感」です。
表紙を開けて目に飛び込むところ(見返し右側)に個人としての「和田創の誓い」、その裏面に会社としての「和田創研の約束」を毛筆と万年筆で認めています。
手帳は1日に少なくとも1回はかならず用いますので、連日のように気持ちが新たになります。
この繰り返しは私の働き方をおおいに高めてくれました。

「顧客第一」の鉄則からすれば、順序が逆になります。
しかし、「和田創の誓い」を守ると「和田創研の約束」を果たせるという関係です(零細企業ですので…)。
実行を最重視しなくては意味がなく、ならばこれでよしと考えました。

和田創の誓い私は還暦を迎えた昨年に多くの講演やセミナー、研修のコンテンツをつくりました。
作業は5年程前から進めていましたが、それなりのレベルに仕上げることができたのです。
演題(テーマ)のバリエーションが一気に広がりました。
それまでは私の代名詞となった「提案営業」に限られました。
職業人生で3度目の爆発的な頑張りでした。
それもこれも手帳に大書した年頭所感の御利益(ごりやく)です。

私はここ数年を60歳以降のサードキャリアへの挑戦を準備する期間と位置付けていました。
したがって、投資がずっと続いたことになります。
最低限のインフラが整い、それを商品として世の中に徐々に送り出す節目に差しかかりました。
その決意を今年も元旦に認めました。

和田創研の約束私はひどい悪筆です。
講師としてホワイトボードに板書するたびに自己嫌悪に陥ります。
私物の手帳は手書きで構いませんが、人目につく書斎と仕事場での掲出はさすがにはばかられます。
やむをえずパソコンでつくっています。
情けない・・・。
写真はそれ。

私は肉体労働しかやったことがありません。
プランナーとして20年近く、コンサルタントと講師として20年近く。
どちらも格闘技のようでした。
年齢的にそれが至難になったことを踏まえています。

                       ◇

ちなみに、見返しとはgoo辞書によれば、「書物の表紙と本文との間にあって、両者の接着を補強する2ページ大の紙。一方は表紙の内側に貼りつけ、もう一方は『遊び』といって、本文に接する」とあります。

私は来週、新テーマの講演を2本行うため、コンテンツ(テキスト)の準備に四苦八苦。
3連休は仕事漬け。
頭から湯気が立ち上りそう。

7月の61歳の誕生日までは肉体労働が延々と続きます・・・。

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昭和26年生まれが定年退職…まだ働ける、もっと働きたい

昭和26年(1951年)生まれの私は、7月に「還暦」を迎えた。
あっという間に60歳・・・。
私と同い年生まれの方が続々と「定年退職」を迎えている。
たいてい心も体も若く、元気一杯。
「まだ働ける」「もっと働きたい」との気持ちが強い。
表情がさみしそうで、気の毒だ。

むろん、定年退職を待ち望んだ人も少なくない。
例えば、大手企業で勤め上げ、老後の備えが済んでいるなら、仕事から解き放たれて余暇を楽しみたいと考えても不思議でない。
私の周りにも趣味に燃えている人がいる。
ずっと貧乏暇なしだった私には、理想的な人生に映る。

しかし、働くことが大好きな人も非常に多い。
なかでも仕事を究めたいと頑張ってきた人は「不完全燃焼」の隙間風を感じているのでなかろうか・・・。

私は正直、サラリーマンを選ばなくてよかったと思う。
自分が働きたいだけ働ける。
自分で定年退職を決められる。
それは結構、幸せなことかもしれない。
大きなリスクを取った、ほんの小さな見返りだ。

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間寛平アースマラソン、万感のゴール…大阪城

年末にパソコンが破損し、データが消滅した。
私はそれによる仕事の遅れをなかなか取り戻せない。
書き溜め記事が中心のこのブログは実質休止。

以下に、「間寛平、がんに打ち克ちゴールへ…アースマラソン」と題する2011年1月5日のブログを収める。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットによる地球一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平がきのう、約2年ぶりに日本の地を踏んだ。
2008年12月17日に大阪・難波を出発し、2009年元日に千葉・鴨川から出航した。
太平洋、北米大陸、大西洋、ユーラシア大陸を自らの足とヨットで突き進んだ。
昨年1月に「前立腺がん」が見つかり、2カ月ほど米国で治療に専念した。
行く手に多くの苦難が待ち受けていたが、間寛平はそれをすべて乗り越えて帰国した。
とりわけ病魔に打ち克ったのは凄い。
スタートからの総距離は約4万キロメートル(海路を含む)。

間寛平は今後、福岡から大阪まで 620キロメートルを走り、1月21日に大阪城音楽堂にゴールする予定。
途中、複数の映画館で凱旋トークイベントを行う。

以下に、「間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ」と題する2010年4月25日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットで世界一周に挑戦しているお笑いタレントの間寛平。
今年1月に前立腺がんと診断され、経口と注射によるホルモン治療を行いながらマラソンを続けていた。
しかし、体調が思わしくなく、トルクメニスタンで一時中断し、米国サンフランシスコで放射線治療を受けている。
もちろん“完走”するため。
担当医師によると、腫瘍の程度は5段階の4と高いが、2カ月ほどで完治しそう。
再スタートの時期は様子を見て判断する。

アースマラソンは「山あり谷あり」。
間寛平は治療とトレーニングを並行し、一日も早く日本に着けるように頑張りたいと語った。
本人のブログには連日、激励のメッセージが届いている。
間寛平が病魔と闘いながらゴールを目指す姿は、ファンに大きな勇気と感動を与えよう。

人はだれしも“老い”を迎える。
行く末を考えれば不安が膨らみ、来た道を振り返れば悔いが残る。
さまざまな思いが交錯し、心が揺れ動く。
それでも間寛平はひょうひょうとして生きる。

私がやりたくてできないことを、間寛平は代わりにやってくれている。
セカンドライフに誇りと喜びを見出せなくて元気を失いがちな団塊の世代や60代の憧れでもあろう。

「地球を走って一周する」。
ここまで壮大でなくても、一生のうちにこれといった目標を掲げられ、なおかつ実行へ移せる人はどれだけいるだろう。
私たちは何となく歳月を過ごし、気づけば夕暮れにたたずみ、すぐに朽ちていく。

間寛平のチャレンジは、困難そのもの。
入念な準備は当然として、それまでの不断の鍛錬、それに基づく実績の積み重ねがあってこそ可能性が芽生えるし、支援者も現れる。
私には絶対に無理と承知しつつ、うらやましいと思う気持ちがどこかにある。

自然は美しい。
そして厳しい。
吹きすさぶ砂漠、荒れ狂う海原、降り注ぐ太陽…。
行程の大半は過酷極まりないのかもしれない。

間寛平は、人生の地平線をどこまでも走っている。
胸に時折去来する思いは何なのだろう。

還暦間近の私は思う。
垢で汚れてしまった心を空っぽにできたら…。
広辞苑によれば、還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還るからいう、数え年の61歳の称」とある。

私は以前、たまたま見た報道番組で深いため息をついてしまった。
自分の境遇とのあまりに大きな隔たり…。
そこには大海原を背景に、こぼれるような笑顔の間寛平が映し出されていた。

⇒2011年1月4日「間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還」はこちら。

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間寛平、がんに打ち克ちゴールへ…アースマラソン

マラソンとヨットによる地球一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平がきのう、約2年ぶりに日本の地を踏んだ。
2008年12月17日に大阪・難波を出発し、2009年元日に千葉・鴨川から出航した。
太平洋、北米大陸、大西洋、ユーラシア大陸を自らの足とヨットで突き進んだ。
昨年1月に「前立腺がん」が見つかり、2カ月ほど米国で治療に専念した。
行く手に多くの苦難が待ち受けていたが、間寛平はそれをすべて乗り越えて帰国した。
とりわけ病魔に打ち克ったのは凄い。
スタートからの総距離は約4万キロメートル(海路を含む)。

間寛平は今後、福岡から大阪まで 620キロメートルを走り、1月21日に大阪城音楽堂にゴールする予定。
途中、複数の映画館で凱旋トークイベントを行う。

以下に、「間寛平、人生の地平線をどこまでも走れ」と題する2010年4月25日のブログを収める。
いくらか手を加えた。

                      ◇◆◇

マラソンとヨットで世界一周に挑戦しているお笑いタレントの間寛平。
今年1月に前立腺がんと診断され、経口と注射によるホルモン治療を行いながらマラソンを続けていた。
しかし、体調が思わしくなく、トルクメニスタンで一時中断し、米国サンフランシスコで放射線治療を受けている。
もちろん“完走”するため。
担当医師によると、腫瘍の程度は5段階の4と高いが、2カ月ほどで完治しそう。
再スタートの時期は様子を見て判断する。

アースマラソンは「山あり谷あり」。
間寛平は治療とトレーニングを並行し、一日も早く日本に着けるように頑張りたいと語った。
本人のブログには連日、激励のメッセージが届いている。
間寛平が病魔と闘いながらゴールを目指す姿は、ファンに大きな勇気と感動を与えよう。

人はだれしも“老い”を迎える。
行く末を考えれば不安が膨らみ、来た道を振り返れば悔いが残る。
さまざまな思いが交錯し、心が揺れ動く。
それでも間寛平はひょうひょうとして生きる。

私がやりたくてできないことを、間寛平は代わりにやってくれている。
セカンドライフに誇りと喜びを見出せなくて元気を失いがちな団塊の世代や60代の憧れでもあろう。

「地球を走って一周する」。
ここまで壮大でなくても、一生のうちにこれといった目標を掲げられ、なおかつ実行へ移せる人はどれだけいるだろう。
私たちは何となく歳月を過ごし、気づけば夕暮れにたたずみ、すぐに朽ちていく。

間寛平のチャレンジは、困難そのもの。
入念な準備は当然として、それまでの不断の鍛錬、それに基づく実績の積み重ねがあってこそ可能性が芽生えるし、支援者も現れる。
私には絶対に無理と承知しつつ、うらやましいと思う気持ちがどこかにある。

自然は美しい。
そして厳しい。
吹きすさぶ砂漠、荒れ狂う海原、降り注ぐ太陽…。
行程の大半は過酷極まりないのかもしれない。

間寛平は、人生の地平線をどこまでも走っている。
胸に時折去来する思いは何なのだろう。

還暦間近の私は思う。
垢で汚れてしまった心を空っぽにできたら…。
広辞苑によれば、還暦とは「60年で再び生まれた年の干支に還るからいう、数え年の61歳の称」とある。

私は以前、たまたま見た報道番組で深いため息をついてしまった。
自分の境遇とのあまりに大きな隔たり…。
そこには大海原を背景に、こぼれるような笑顔の間寛平が映し出されていた。

⇒2011年1月4日「間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還」はこちら。

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間寛平、愛妻と涙の抱擁…アースマラソン日本帰還

マラソンとヨットによる地球一周「アースマラソン」に挑戦中の間寛平が約2年ぶりに日本に帰還した。
元旦に中国・青島からヨットで出航し、4日に福岡の「西福岡マリーナ」に到着。
桟橋で出迎える約2千5百人のファンに、船上から両手を突き上げて応えた。
そして、愛妻と涙の抱擁…。
午後から最終ゴールの大阪城音楽堂へ向けて走り出した。

アースマラソンをやり遂げた瞬間の達成感はとてつもなく大きいだろう。
しかし、残りがわずかになるほど、終わりたくないという気持ちが湧いてくるのでないか…。
間寛平は長い旅にまもなく終止符を打つ。

私は今年、還暦を迎える。
間寛平は一昨年、大西洋上で還暦を迎えた。
仕事に忙殺されるわが身との境遇の違いに、ため息が出てしまう…。

以下に、「大西洋上で還暦を迎える幸せ!」と題する2009年8月18日のブログを収める。
わずかに手を加えた。

                      ◇◆◇

テレビ報道によれば、「アースマラソン」に挑戦しているお笑いアスリート・間寛平が大西洋上で還暦を迎えた。
マラソンとヨットで世界を一周する、人類初の冒険。
彼の輝かしいマラソン歴の“集大成”らしい。

私は2年弱で満60歳に達する。
ヨットでの航海中に還暦を祝えたら、最高の気分だろう。
人生の幾多の苦労も吹き飛ぶに違いない。

私はこれまで間寛平が走っている番組をついつい見てしまった(ながら視聴)。
もともと不思議な味わいを持つ芸人なのだが、マラソンとの取り合わせはきわめて魅力的だ。

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元日の初詣…センター北・杉山神社(横浜市都筑区)

元日、家族と自宅の近く、横浜市営地下鉄センター北駅前の「杉山神社」へ初詣に出かけた。
横浜・港北ニュータウンは21世紀に入って人口が急増した。
ここに引っ越してきた頃は人出がまばらだった。
しかし、やがて参拝客の行列ができ、それが年々長く延びていった。

⇒2016年1月2日「杉山神社に合格祈願…センター北初詣」はこちら。

私はNHK紅白歌合戦の直後を予定していたが、仕事に追われていて並ぶ時間が惜しい。
そこで元旦に変更しようとしたが、それでもかなり待たされる可能性がある。
安全策(?)を取り、午後に…。

結局、参拝までに30分近くかかった。
きのう知ったが、「卯年(うどし)」。
私はうさぎ年生まれなので、当たり前か…。
初詣に気合い(?)が入った。

このブログで幾度も述べたとおり、「還暦」を機にサードキャリアに挑む。
新しい講演の開催、そして初めての教材の発売が控える。
今年は勝負の年。
妻と相談し、帰りに「破魔矢(はまや)」を買い求めた。
表記から分かるように、もとは魔除けの矢。
いまは正月の縁起物。
一年の好運を射止められる。

いよいよ職業人生の最終ステージへ。
私は家族の協力と応援を得て、一段目をのぼろうとしている。
子どもはその決意を感じ取っており、見守る顔が心配そう…。

⇒2010年12月31日「紅白歌合戦が終わり明治神宮へ初詣…参拝客日本一」はこちら。

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2011年年頭所感…自分をコピーして働き、生きる

新しい一年を迎えた。

私たちはきのうの自分をコピーするようにして働き、そして生きている。
できそうなことを繰り返すので、これといった失敗を犯さない代わり、能力が伸びるとか、自分が育つとかいうこともない。
あったとしても、ほんのわずか。
そうして一年を終え、年齢を重ねる。

人は挑めばかならずしくじる。
世の中で輝きを放つ人の最大の共通点は、挑戦による失敗が突出して多いことである。
たいてい失敗を恐れ、挑戦どころか行動にブレーキをかける。

私が尊敬してやまないフィギュアスケート女子の浅田真央も失敗だらけだ。
失敗するために挑戦しているのでないかと思えるくらい…。

今年、私は還暦を迎える。
60歳からのサードキャリアへの第一歩を踏み出す。
はたしてどれくらい失敗を増やせるだろうか。

無難に働き、生きようとするかぎり、どんどん暮らしは悪くなる、人生は苦しくなる。

失敗がもっとも成功に近い。
失敗しか成功をもたらさない。

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どうしても頑張りすぎてしまう方へ

私は、2011年度以降をにらんだ「講演」の新メニューの開発に取り組んでいる。
要は、従来と異なる演題(テーマ)への挑戦。
自分にとっての「商品開発」ともいえよう。

もともと年初から来年3月までを準備期間と位置づけ、短時間の講演へのシフトを目指していた。
還暦が迫り、これまで行ってきた長時間の公開セミナーや企業研修が難しくなっていた。
更年期障害と重なり、とくに2〜3年前から体がもたなくなった。
実際に行えば分かるが、恐ろしく過酷な労働である。
終了と同時に倒れ込みそうになる。

むろん、講演講師への転職が目論みどおりに進むかどうかは別。
世の中はそんなに甘くないはずだ。
これまでの人生を振り返り、すんなりと運んだ例(ためし)は一度もない。
すべて苦闘の連続だった。

というわけで、私はそのコンテンツ(テキスト)の作成に連日のように頭を悩ませている。
1〜2カ月は睡眠不足が深刻で、頭がくらくらする。
元旦を含めて無休(おそらく)でやってきた疲れも蓄積している。

このところ、ブログの更新もままならない。
内容をじっくりと考えることができない状態が続く。
かなりのストック(書き溜め)もほとんど使い果たした。
すべての忘年会を遠慮させていただくのも初のこと。

私は年内にとりあえずの目途だけはつけたいと思っている。
師走は勝負。
どうなるだろう?

                       ◇

私は、アメーバブログで「和田創 人生の寺子屋」を展開している。
ふと浮かんだ人生の感懐を、ポエム調の短文に託している。
更新はまれ。

以下に、「自分を無事に走らせよう。」と題する2010年8月17日のブログを収める。

人は、根が真面目で、向上意欲が強いと、つい無理をする。

私は、どうしても頑張りすぎてしまう方にお読みいただきたい。
また、最近ちょっと疲れを感じるという方にお読みいただきたい。

休むことを知らない自分への言い聞かせでもある。
私は頑張りたがる。
困ったものだ・・・。

⇒2010年8月17日「自分を無事に走らせよう。」はこちら。

                      ◇◆◇

アクセルとブレーキ、
そしてハンドルが備わるから、
クルマを無事に走らせられる。
人も同じ。

職業人生は平坦でない。
長いデコボコ道が続く。

安全かつ確実に進むには、
アクセルを吹かすことと同じくらい、
ブレーキを踏むことが大事である。
また、障害を避けたり進路を変えたりするために、
ハンドルを操ることも大事である。

アクセルを吹かしっ放しだと、
クルマの負荷が大きい。
オーバーヒートや故障が起こり、
時を失いかねない。

アクセルを吹かしっ放しだと、
クルマの制御が難しい。
衝突や転落が起こり、
命を痛めかねない。

職業人生は遠く険しい。
息が上がらぬよう、
景色を眺めるもよし、
道草を楽しむもよし。

アクセルを吹かしたままでは、
ブレーキもハンドルも効きにくい。

速度をコントロールしながら、
方向をコントロールしながら、
自分を無事に走らせよう。

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頑張るから・・・妻と子に誓う

私はわりと最近まで、脇目も振らず突っ走ってきた。
一度も立ち止まっていない。

しかし、頑張ろうという意志、頑張らなくてはという義務感を持っていたわけでない。
家族の生活を守るといった意識もなかったのでは…。
自然に頑張れた。
したがって、それが凄いと思ったことはない。
当たり前だった。

ところが、50代半ばを過ぎた頃からそれが急に難しくなった。
還暦を来年に控えた現在では頑張ろうとしても頑張れない状態が続いている。

私は再婚し、子どもが小さい。
前妻の子ども3人の世話をしてくれた妻は今後が長い。
その心配をしなくてならない。
私はいま人生で一番の頑張りどきを迎えている。

勤続疲労(といっても自営業)と老化が主因となる体力の低下と体調の悪化に苦しんでいる。
テレビに出演していた大橋巨泉だったか、男にも「更年期障害」があると教えられた。
また、「ゲゲゲの女房」の水木しげる(村井茂)の姿に、ここ数年間は自分にとり「スランプ」だったと気づかされた。

私は、家族に頑張ってほしいと頼まれたことはない。
まして、尻を叩かれたことはない。
しかし、妻は私の様子を案じたり、私の仕事振りにイライラしたりしているはずだ。
黙って耐えているが…
私にはその気持ちが痛いほど分かる。

そこで先日、妻と子どものそれぞれに対し、私は「頑張るから…」と、あえて口にした。
はっきり家族に誓うとともに、自分に言い聞かせた。
これ以上、不安を与えたくなかったのだ。
少なくとも胸の内は伝えておこうと…。
子どもは私の目を見て小さくうなずいた。
やはり気にしていたのだ。
ごめん。

私は心の底から家族のために頑張りたいと思う。
それはおそらく、だれにとっても最大の喜びでなかろうか。

暗いトンネルを早く抜け出したい。

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このブログは、おもに長期出張の移動時や宿泊時などに数日分〜1月分の記事を書き溜め、それを家族に更新してもらっています。
しかも、私がときどき新しい記事を割り込ませています。
内容が古かったり、順序が変だったりするのはそのためです。

なお、ブログによりぎりぎりのジョーク、成人向けの内容が含まれます。
ご承知おきください。
私は執筆に当たり全人格を投影したいと考えます。
著作権について
ここに掲載した記事を複写・複製・翻訳・転載・掲示・送信・配信すること、および各種媒体に入力することは、著作者の権利侵害となります。
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プロフィール
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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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